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銭湯 
 

おれの人生の唯一で贅沢な悦びは
週一回の休日 午後三時に
一番乗りで銭湯にはいること
がらんとした脱衣場で
ちゃちな怒りや悲しみを脱ぎ捨て
純粋な蛋白質にかえる
じょう舌な湯気を黙らせにさっそうと
湯につかっては分解しそうなのをこらえてじっと
傾きかけた陽が
膨大な曇りガラスをおびやかして
ずばぬけた明るさ
湯と石鹸と午後の時間を存分に浪費し
ありふれたからだを磨く
陶工のようにきちょうめんに
馬喰のようにあらあらしく
鏡のなかには なかなかの男前がいて
眉をうごかしたり めつきを鋭くしたり
コブシをきかした唄もでる
おれの人生の唯一で贅沢な悦びがきわまり
ふたたびちゃちな怒りや悲しみを身につけて
まっさきにおもてへ出る
だれもがまぶしげに見る
赤みがさした顔に それでも苦汁のしみが甦るまでに
たっぷり二時間はある

火の手 
 

動物園のオリのなかで
あるいは荒野で
背からずぶずぶ沈んでしまいそうな
へんに弾力性のある夜の岩にしゃがみ
おれこそ未来に生きのびる
たった一頭の気がして
 
はるかに火をつけ
つけられるやつ
人類のおもいでよりも
高く 清潔な火の手をあげて帰ってくるやつ
その火をかぞえ おれの目は
うるんだ砦
砦を越えておれを抱きしめた火よ
それきり夜の岩をはなれなかったのは
火を交わらせぬため
火と火のあいだの闇を行く
最後のたましいのため
岩があり ふたしかな
岩のうえにかろうじておれがいて
 
おれはまたもゆすぶられる
荒野で
オリのなかの蒸れた片隅で
つめたい手によって

豚のためのミサ曲 
 

豚が空を飛べるようになるまで
愛していさえすれば豚も
大根ほどには痩せるだろうし
神だか鬼だか痩せた欲望に
翼を授けるだろう
大地を走りつづける駝鳥は
はてしなく豚だが
孔雀さえ見かけだおしの
尾のむこうで豚だが
豚が耳を落とし
鼻をつめる分厚いまないたをこそ
畏れねばならぬ
教区にミサがながれ
晴れた屋根の上の豚
風の藤棚にひそむ豚が
風切を繰り 飛び立つ午前に
式を挙げよう (せめて指環のための
指はのこりますように)
どぶ泥をどよもす鐘が打たれ
魚肥にまみれる初夜
あすはだれに抱かれようとも
距爪けづめのはしった肌をかくし
豚のいない大まじめな空をスジと
皮になるまで見ている
花嫁よ
あれほど信仰された豚が
たんぽぽと飛び去っていま
だれの冷凍室に吊るされているか

手料理 
 

おれの想う肉に
水がたまるまで
おれの一挙手一投足に
みずごけがはりつくまで
そしておれの休息を
魚どもが喰いつくすまで
 
きみはあの湖をしめだそうとした森の
はるかな怨念のような炭火を
にらみつけていなさい
 
おれたちのぶっきらぼうな
虚無の金網を熱くしておきなさい
死臭がたちこめたら
言いたいことがまとまったら
湖に面した窓をあけなさい
 
生きているきみがなしうることは
そこまでだ
 
ふりかえった金網のうえで
裏がえされたもの
それはおれの掌のようなもの
きみの鼻と口とを同時にふさぐもの

コップ破り 
 

コップ破りの
鍋釜泣かせの
どら水が
コップ破りの
ウサギ殺しの
痩せ水が
水血症の思惑の突堤で
毛皮を着けて立ちどまる
氷柱つららの愛ののどがひらく
陽がのぼる
とけるコップ破りの
弱視の
ひね水が
大腸菌とぼうふらと


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