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センチメンタル・ネギ 
 

葱は泣いた
固唾をのんでひとが出ていく
不祝儀な夜の廂から
いきなりくすぐったい話の
ひげをさらして
葱は泣いた
泣きながら ぴしりと伸びた
まっさおな空洞を
葱は呪った
鳴咽だけが引返してくる空洞を継いで
あなたにもゆくりなく
鼻につんとくる夜は
台所はなんと
陰湿な塔となり
はるかに聾え立っていることだろう
だれかがまた固唾をのみ
あなたがこらえきれず笑いをもらすところに
杭がうたれ
鞭が霧をくゆらせてい
葱は泣いた
月がかかるのど笛を刺して
葱は泣いた
血と 土を吐きもどし
すこししびれた葉末をふるわせ
もはや何者にも朝を告げぬ
生坂にすがって
泣きじゃくった
冗談だったあれから
鳥肌立ったままの凄惨な風呂あがり
他人のあなたに
葱はふかくきざまれたか

一家皆殺し 
 

台所の灯はしなびて
レモンのようになまあたたかく
おれはほそくちぎった
地図の一点でながいこと見あげていた
あれへ行きつく階段は
たんねんに洗ったすね毛の濃い
あしをかける煮えたった階段はどこだろう
おれはすばやく歩き めざす一家を
とりちがえるはずもなく
平均台のような地上をひきかえす
台所の人影には
あの日おれの怒りをかった頭部がない
あいつをうつむかせたきりの料理
こんどはだれとの悲惨な晩餐だ
レモンの内部のもっとも輝かしい夜に
朝までは待てぬおれを見透かしたか
地図の上の気狂いじみた一点に
虫ピンをたて さらにつよく突刺してくる
台所の灯はしなび
ついにかき消えた下で
おれはうろたえ はずかしい気がした
まだ刃をひらかずにいた果物ナイフが

銭湯 
 

おれの人生の唯一で贅沢な悦びは
週一回の休日 午後三時に
一番乗りで銭湯にはいること
がらんとした脱衣場で
ちゃちな怒りや悲しみを脱ぎ捨て
純粋な蛋白質にかえる
じょう舌な湯気を黙らせにさっそうと
湯につかっては分解しそうなのをこらえてじっと
傾きかけた陽が
膨大な曇りガラスをおびやかして
ずばぬけた明るさ
湯と石鹸と午後の時間を存分に浪費し
ありふれたからだを磨く
陶工のようにきちょうめんに
馬喰のようにあらあらしく
鏡のなかには なかなかの男前がいて
眉をうごかしたり めつきを鋭くしたり
コブシをきかした唄もでる
おれの人生の唯一で贅沢な悦びがきわまり
ふたたびちゃちな怒りや悲しみを身につけて
まっさきにおもてへ出る
だれもがまぶしげに見る
赤みがさした顔に それでも苦汁のしみが甦るまでに
たっぷり二時間はある

火の手 
 

動物園のオリのなかで
あるいは荒野で
背からずぶずぶ沈んでしまいそうな
へんに弾力性のある夜の岩にしゃがみ
おれこそ未来に生きのびる
たった一頭の気がして
 
はるかに火をつけ
つけられるやつ
人類のおもいでよりも
高く 清潔な火の手をあげて帰ってくるやつ
その火をかぞえ おれの目は
うるんだ砦
砦を越えておれを抱きしめた火よ
それきり夜の岩をはなれなかったのは
火を交わらせぬため
火と火のあいだの闇を行く
最後のたましいのため
岩があり ふたしかな
岩のうえにかろうじておれがいて
 
おれはまたもゆすぶられる
荒野で
オリのなかの蒸れた片隅で
つめたい手によって

豚のためのミサ曲 
 

豚が空を飛べるようになるまで
愛していさえすれば豚も
大根ほどには痩せるだろうし
神だか鬼だか痩せた欲望に
翼を授けるだろう
大地を走りつづける駝鳥は
はてしなく豚だが
孔雀さえ見かけだおしの
尾のむこうで豚だが
豚が耳を落とし
鼻をつめる分厚いまないたをこそ
畏れねばならぬ
教区にミサがながれ
晴れた屋根の上の豚
風の藤棚にひそむ豚が
風切を繰り 飛び立つ午前に
式を挙げよう (せめて指環のための
指はのこりますように)
どぶ泥をどよもす鐘が打たれ
魚肥にまみれる初夜
あすはだれに抱かれようとも
距爪けづめのはしった肌をかくし
豚のいない大まじめな空をスジと
皮になるまで見ている
花嫁よ
あれほど信仰された豚が
たんぽぽと飛び去っていま
だれの冷凍室に吊るされているか


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