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象と逢う朝 
 

いつかまた象と逢えるのだと
ぼくが生きているばかりに
象のゆめしか見たことがないかあさん
象と象のたわいないあいだで
酔いつぶれるかあさんをしりめに
あらそわなければならない
二頭ぶんのりくつもあるのだ
かあさんの悲鳴はもう一頭の
象のかたちをとるだろうし
三頭の象は鼻をぶらぶらさせて
いるだけだろう
ぼくのむすめがはじめて
象と逢う朝
象とさえつながれていない象とつながれた
かあさんのしわだらけの腹に
千頭の象よりもいたわりぶかい
目をむけているにちがいない
ほんとうの象よ
ほんとうに象なのよと 

 
 

雨はどこを降る
ひだりの耳のひろがりを
ついに鳴らぬ鍵穴を
闇のなかでの挨拶を降る
 
雨はなぜたたく
生皮の記憶を
めくれあがる高さを
うしろ手の火をまたなぜたたく
 
雨はいつぬらす
立ち去るばかりの宣告を
儀礼と棒のあわいを
いまつかみあう自由をぬらす

椅子 
 

これがきみのための
きみにだけ到る椅子である
腰とともにあらゆる
疑いを引きおろす椅子である
膝のみが組みかわる哲理は
きみのその姿勢が支え
椅子にならってころげ
あるいは声高にわらえ!
きみから椅子が欠落するとき
雑駁な部屋できみ自身こそ
死のための椅子である

 
 

きちんと栓をされて
ぼくはねむった
けれどもそっとしてはおけず
さらにふかい眠りへ
しずむ栓のように
ぼくの寸法は自在だった
 
闇はあふれたくらさを恥じたか
敷居をまたぎ
とりかえしのつかない夜となった
ぼくはあかるく
からっぽだった
 
それから雨戸が鳴りだした
掻痒のような雨風が
ぼくをうまいぐあいに満たした
ひきかえして来はしないかと
鍵穴から壁の画鋲へ
ともす釈明はないものかと
 
ながいながい溜飲のはての
いじけた栓のような
だれにも解せぬ時刻だった
てのひらでもまにあわぬ
しずかな朝だった
あいつが打ちあげる花火のおとを
ぼくはぼんやり聴いていた

 
 

霧の内輪でもとりわけ
霧と目される流れを
魚がにおってくる
意味のないひとことずつの
冬の街路樹から
つと口つぐむくだり坂
うっすらと血を予感した
盲目の庖丁は
凍える家 ひとつの分際へと
痩せた膝をくりだす
白い息をつめた
紡錘形の光を横たえ
暗く実質的な頭部を
撃ち落すのだ
胡瓜のふるい切口や いまだに
手を切れぬ人びとの真っ只中で
死が裾をととのえ
霧を含んでふくらんだ
白木の板塀へ声高にのしかかる
流れを骨ごと
そっくり受けついだ切先は
未練な狂躁を一挙にはらおうと
そりかえったのどごし
空前の糸へ接近する


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