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補導 5

俺とリキと宏明はそれぞれの親の車に乗って帰ることになった。外に出て銀色のワゴン車のドアを開けようとして、俺はびくっとして手を引いた。助手席にあの女が乗っている。  今は一応俺の母親となっている女だ。まさか、この女が親父と一緒に来てたなんて思いもしなかった。今頃邪魔者がいなくなった家の中で、弟たちと楽しくやっているものだとばかり思ってたのに。

「弟たちは?」

「置いてきた」

運転席のドアを開けながら親父が答える。

「ガキだけに留守番させて大丈夫なのかよ」

「誰のせいだ、ばかやろう」

そりゃそうだ。俺はそれ以上何も言い返せない。

「よかった。勇気くん、ほんとに無事でよかった」

急にあの女が言った。声が震えている。泣いているのだろうか。俺は何だかいたたまれなくなって、わざとその女の顔を見ないようにして車に乗り込んだ。

車内では誰も何も話さなかった。親父は黙ってハンドルを握り、あの女も黙って外を見ている。

「ご迷惑をおかけしてすみません」

と言ってさっき親父は頭を下げた。でも自分ではそんなつもりは全然なかったんだ。何もかも全部自分の責任においてできると思っていた。実際そうなるはずだった。なのに、いつも周囲の大人が勝手に騒いで、俺たちが一方的に迷惑をかけたことになってしまうんだ。 なんてめんどくさいんだろうな。十五歳って。体はもう充分大人、いや、そのへんの大人なんかよりよっぽど体力があっていろいろなことができるのに、自由だけがないんだ。俺たちには。

俺は後部座席の窓に頭をつけたまま、ぼんやりそんなことばかり考えていた。

赤信号で、親父がふいに大きなあくびをした。俺はその時初めて「親父はもう何時間運転しているんだろう」と思った。仙台と東京の往復だ。やっぱり疲れてるよな。こんな簡単なことにも思いがいたらないなんて。俺はやっぱりまだガキなのかな。

車は高速に入り、窓の外を光の束がすごい速さで流れていく。ひっきりなしに襲ってくる睡魔に俺はとうとう降伏して、そのままの姿勢で目をつぶった。 


十五の殻 1

5 十五の殻 

 

中学最後の夏休みが終わった。またいつもの日常が始まった。

うちは相変わらずだ。義理の母親は俺に異常に神経を使い、そのことが俺をいらだたせる。親父は新しい家庭を自分の理想どおりにしようと張り切りすぎ、空回りを繰り返す。リキたちと東京に行った前と後とでは何も変わらない。まあ当り前か。

いや、一つだけ変わったことがある。あの時以来俺はメシを自分の部屋じゃなく、みんなと一緒に食うことにした。だからといって、別段何かを話すわけじゃないし、家族の団欒なんてものには程遠いものだけど、何となくそうしたほうがいいような気がした。

生きていくとか大人になるっていうのは、こうして普通の日々を気が遠くなるくらい延々と積み重ねていくことなのかもしれない。――たぶん。

 

朝、俺は久しぶりに制服のネクタイを締める。玄関の鏡に向かってサッと髪の毛を直し、靴を履く。いつもの儀式だ。

「いってきます」

言いながら、この言葉を口にしたのはずいぶん久しぶりだ、と思った。

見送りに出ようと廊下を歩いてきた義理の母親が、背後で立ちすくんだのがわかった。

「いってらっしゃい」

そう返されるのがどうにも照れくさくて、俺は家を出るなり全力で走り出した。

 

= リキ in 自宅 =

 

朝、学校に行く準備をしていると、珍しく母親が起きてきた。

「今、急いで朝ご飯作るからね」

そう言って、寝巻き姿のままで台所に立とうとする。

は?なに考えてるんだ。

リキはあきれ返って母親の後ろ姿を見た。

あの一件以来、母親なりに何か思うところがあったのかどうか知らないが、母親はリキを怒る代わりに、こんなふうに妙な接し方をするようになった。息子に対して気を使っているのが見え見えだ。リキはそんな母親の態度が無性にカンに障った。

「くわねえからいいよ」

「すぐだから待ってなさい」

「いらねえってば」

「食べていきなさい」

「いいっていってんだろ!」

リキはいらだって声を荒げた。

「仕事で疲れてんだろ。いいから黙って寝てろよ!」

母親が驚いて菜箸を下に落とす。我関せずで携帯をいじっていた姉のハルカもポカンとしてリキを見上げる。

「あんた、何興奮してんの」

「うるせえよ」

リキには一つだけわかったことがある。それは親も人間なんだということ。親だって仕事が忙しければ疲れもするし、完璧にはいかないこともある。この当り前のことに気付かせてくれたのはアンリだった。

もちろんだからといって、親に対する恨みみたいな気持ちが消えたわけではない。ただ親もいろいろ大変なのかもな。何となくそんなふうに思えるようになっただけだ。うまく説明なんかできないけど。

「行ってくる」

リキはカバンを肩に引っさげて家を出た。光がまぶしい。

東京から無理矢理つれもどされた時は、リキはただただ絶望していた。すぐにアンリに会いに行こうと思った。アンリにこのまま二度と会えないなんて耐えられない。でも――この状態のままアンリのところに行ったとしても、アンリは受け入れてくれないかもしれないとも思う。たぶん今はちょっとだけ早すぎるだけなんだ。とりあえず今はもう少し中学生というやつを続けよう。そしていつか絶対にまた東京に行く。アンリに会うために。今よりもう少し大人になってから。その時は彼女もきっと受け入れてくれるだろう。リキはそう心に決めていた。

――この夏休み、リキは十五才になった。

角を曲がると、前を勇気たちが歩いている。

リキは白いワイシャツに向かって駆けだした。 


十五の殻 2

「おう」

いきなり肩を叩かれて振り向くとリキが立っていた。

「リキか。びっくりさせんなよ」

「何だ、おまえら眠そうだなあ」

「まあな」

俺と宏明とリキは連れ立って通学路を歩いた。あちらこちらに制服がいる。

「あーあ。また学校かあ」

「終わっちゃったな、夏休み」

「いろいろあったよな」

学校の前の交差点。信号が赤になる。

「俺はもう東京はいいや。まっぴらだよ。やっぱあそこは住むとこじゃねえな」

宏明が言った。

俺は黙っていた。たしかにひどい街だったけど、それでも俺はあの街が嫌いではない。また行きたいと思う。いや、きっと俺はまた東京に行くだろう。

あれから俺はひそかにホームレス支援のボランティアを始めた。土曜日の夜に炊き出しなんかをして公園を回るのだ。今俺にできるのはこんなことぐらいしかない。でもそれがあのおっさんへの恩返しにつながると信じている。

おっさん。また必ず会おう。それまでどうか元気でいて下さい。

信号が青に変わる。制服がたくさん校門に吸い込まれていく。

「おはよ~」

「おはよ」

俺たちの夏はもう終わる。十五才の夏はもう二度とない。

いつか俺は大人になる。今、俺の身体を包んでいる見えない強固な殻。この殻を破る時期がくる。そしてその日は今からそんなに遠くはないはずだ。何年か先、少年の日々を振り返る時、俺の眼にこの十五の夏は一体どんな色に写るんだろう。

涼しさを含んだ風が俺たちの間を通り抜け、夏の名残の一片が制服と一緒に校門に吸い込まれていった。

 


この本の内容は以上です。


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