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それぞれの一夜 5

「でも俺・・」

「いいから。一緒に寝よ」

アンリはジャージを脱ぎ、下着姿になってベッドにもぐりこんだ。リキもジーンズを脱いでアンリに続く。

それからはもう夢中だった。アンリの柔らかい肌をリキはひたすらまさぐっていた。そして、あっと思った瞬間リキの下半身が熱くほてった。

「あっ、ごめん」

「いいよ」

アンリが笑いながらリキの首に腕を回してくる。それから先はもう記憶にない。覚えているのはとにかく女の体がめちゃくちゃ柔らかいということと、生まれてはじめて味わった快感の余韻だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


13
最終更新日 : 2012-04-25 18:46:43

補導 1

4 補導 

 

鳥のさえずる声で目が覚めた。

――あれ、ここどこだっけ?自分がホームレスのテントの中に寝ているということに気付くまで少々時間がかかった。

おっさんはもう起きていて、何かごそごそやっている。

「おう、起きたか」

「はい。――おい、宏明、起きろ。朝だぞ」

俺は隣でまだグースカ寝ている宏明をたたき起こした。宏明も間抜けさ丸出しの寝ぼけ顔で「ここどこ?」などと言っている。

「悪いなあ。朝飯が何にもなくてなあ」

おっさんがすまなそうな声で言う。

そうか。そうだよな。朝になったからといって、うちみたいに冷蔵庫を開ければ何か入っているというわけじゃないんだ。まず食べ物の確保をしなければいけないんだよな。

そこで俺は初めて気がついた。昨日俺たちが当り前みたいに食べたパンとラーメン。あの硬くなったあんパンも具が何もないラーメンもおっさんの大事な大事な食料だったんだよな。俺たちがおっさんの食べるはずだった分を奪ったんだ。そんなことにも気付かなかった自分の鈍感さに俺はものすごく腹が立った。心から腹が立った。

おっさん、もしかしたら夜から何も食べてないんじゃないのか。

「おじさんは朝飯、どうするんですか」

「今から調達しに行くさ」

「俺たちもそれ手伝います」

「は?勇気。おまえ何言ってんだよ」

まだグダグダしていた宏明が俺の言葉に反応して慌てて飛び起きる。

「いいんだよ。ほら行くぞ」

俺たちは(正確には俺が強引に宏明を引っ張りながら)食料を調達しに行くというおっさんについていくことにした。

街にはネクタイをしめたサラリーマンとかスーツを着た女の人があふれている。

ああ。一日が始まったんだ。俺は遠慮のない日差しに少しだけ目を細めながら思った。

おじさんと俺たちは早足で急ぐ人たちの間をぬうようにして街の中を歩いた。

「なあ、勇気。もう行こうぜ。ホームレスと一緒にいるなんて恥ずかしいよ」

雑踏の中で宏明がそっと耳打ちしてくる。

「だって昨日あんなに世話になったんだぞ。このままさよならなんてできるかよ」

「でもさあ・・・」

と、おっさんが急に立ち止まった。

「お前たち、ここでちょっと待ってろな」

そう言って角にある小さなパン屋さんに入って行く。すぐに出てきたと思ったら手にパンをいくつか持っている。どうやらおっさんはこの店の人と顔見知りで、いつもこうして売れ残りのパンをもらっているらしい。

「ほれ、朝飯だ」

おっさんがそのパンを一個ずつ俺と宏明に差し出す。

「俺らはいいです」

思わず辞退すると、

「ガキが遠慮すんじゃねえ。大人はな。子供にメシを食わせる義務があるんだ」

おっさんは強引に俺たちの手にパンをねじこんだ。

「お前らな、しっかり頭に刻みつけとくんだぞ」

パンを食いながらおっさんが唐突にそう言った。

何のことだろう。

「大人の大事な役割ってのは、な。俺が思うに、てめえの生き様を子供にちゃあんと見せてやることなんだ。たーだそれだけだ。あとはコチャコチャ言わなくたって、子供は勝手に自分でいろんなことを学んで生きていくさあ。なあ。――そうか。おまえらは大人になったことがないからわかんねえんだな」

おっさんは何だか楽しそうにイッヒッヒと笑った。

「お前らそれ食ったら早く家に帰れ。母ちゃんたちが心配してるぞ」

「おじさんはこれからどこに行くんですか」

「仕事だ」

「仕事って?」

「アルミ缶を集めて業者に売る。早く行かないと、みんな取られちまうからなあ」

「俺たちそれ手伝います。手伝わせて下さい」

「お、おい」

宏明が俺をつつく。

「別に急いで帰らなきゃなんないってこともないだろ。どうせ昨日は無断外泊したんだ。ここまできたらいつ帰ったって一緒だよ」

「そりゃそうだけどさあ・・・」

「手伝います」

というわけで、俺たちはおっさんについてごみ置き場を回り、アルミ缶を拾い集めた。いつも何の気なしにその辺に捨てていた、ただの空き缶。それをおっさんは、

「これが結構な金になるのよ」

と言って一生懸命に集めている。

いろんなものがあふれ返っている街の中を、ただひたすらアルミ缶を探して歩く。それをみじめだとか恥ずかしいとか思う前に、俺はただただ圧倒されていた。この現実に。確かにここに存在する現実というやつに。

おっさんの過去に何があったのかは知らない。こうなった原因が何なのかもわからない。ただ実際に、街の隅っこでこうやって懸命に生きている人がいる。

今まで俺はホームレスの人たちのことを単なるなまけものだと思っていた。「働きやがれ!」心の中でそう毒づいていた。要するに見下していたんだ。

でもたぶんそれは間違っている。少なくとも俺みたいなガキがそんなことを言える資格はない。こういう人たちを生み出す社会のほうが間違っているんだ。きっと。

それに、自分だけはいつでも対岸にいる人間だなどとどうして言い切れるんだろうか。ホームレスとそうじゃない人たちとの間は、たぶんそんなに大きく離れてはいない。

「勇気、いつまでこんなことしてるんだよ」

歩きながら宏明が言った。

「もういい加減に行こうぜ」

「うん・・」

俺はもうちょっとおっさんと一緒にいたかった。理由はわからない。でもとにかくもう少しいたい。心がそう叫んでいた。たぶん俺は、このホームレスのおっさんのことが好きになっていたのだ。

「わっしょい。わっしょい」

向こうから御輿をかついだ行列がやってきた。地域のお祭りか何からしい。

子供たちがお揃いのはっぴを着て、ぞろぞろ歩いてくる。小学校の頃、よくこんな行事があったっけ。

「わっしょい、わっしょい」

子供たちの掛け声に合わせるように、

「そーれ。そーれ」

おっさんが突然声を張り上げて、踊りだした。

「やだな。ハズイよ、離れようぜ」

宏明が俺の腕を引っ張る。でも俺はそこから動けなかった。どうしても動けなかった。踊っているおっさんは心から楽しそうだった。手足をひらひらさせながら笑っている。

「そーれ。それそれ」

なのに道行く人の誰一人としておっさんのことを見ない。みんな無視して通り過ぎて行く。

それは見事なくらいの完璧な無視だ。

(誰か見ろよ!おっさんのことをちゃんと見てやれよ!)

俺は大声で叫び出したくなった。

ここにおっさんがいるんだよ!こぎたねえホームレスだけどな。一生懸命生きてんだよ!何もしなくてもいい。せめて無視すんなよ。見ろよ。どんな目でもいいから見ろよ。少しくらい足を止めて見てやれよ!

何でか知らないが切なくてたまらなくなった。笑顔で踊り続けるおっさんの姿がにじんで流れていく。

「君たち」

ふいに腕を強い力でつかまれた。ぎょっとして振り向くと警官が俺の腕をつかんでいる。

「なんだよ、離せよ」

「君たち中学生だろう」

見ると宏明も他の警察官に腕をつかまれている。

「今から警察署にきてもらうからな」

「はあっ? 何でだよ」

その時だ。なんと警察のヤツ、踊っているおっさんのことも捕まえたのだ。もがくおっさんをニ、三人で羽交い絞めにしている。

「抵抗するな。未成年者誘拐容疑で逮捕する」

「やめろ!」

俺は必死で叫んだ。

「おっさんを放せ!おっさんは悪くない!」


補導 2

俺たちは警察署につれていかれた。「少年課」と札が下がった部屋。

「何でこんなところに連れてこられなきゃなんねえんだよ!」

俺は警官に向かって、むかむかした感情を吐き出した。

「都民からホームレスが中学生を無理矢理連れまわしているという通報があったんだ」

けっ、冗談じゃねえ。俺はますます怒りを覚えた。

誰だかしらねえが、変だと思ったら通報なんかする前に、俺らに直接声をかけてくればいいじゃないか。こそこそしやがって。何だか知らないけど、とにかくむかつく。

「それから君たちの捜索願いが出ているらしいぞ」

「え?捜索願い?」

俺はびっくりした。そんなことになっていたのか。

「だめじゃないか。夏休みだからって、家の人に黙って東京まで来たりしちゃ。親御さんが心配するだろう」

そういわれて、俺たちは初めて自分たちのことが大変な事態になっていることを知った。俺たちが昨日家に帰らなかったことで、連絡を取り合った親たちが騒ぎ出したため、宏明の妹が俺たちが東京に行ったと親に話したらしい。

「今保護者の方と連絡がついた。親御さんたちが迎えに来るまでここで待つように」

警官が偉そうに言う。

「詩乃のやつ、親には絶対黙ってろって言ったのにな」

そういいつつ、宏明の表情は明らかにどこかほっとしていた。親にたっぷり怒られるのを覚悟してもこのまま東京でウロウロすることにならなくてよかったという安堵感だろう。

これでやっと家に帰れる――。そう思ってるんだろうな。俺もその気持ちはわかる。

でも俺は何だかひどくみじめだった。胸の中がカミソリで切られたみたいにヒリヒリする。

俺たちは、結局親の手のひらの上で遊んでいた孫悟空みたいなものなのか。

自分の力でつかんだと思っていた自由はにせものだったのだろうか。

あ、そういえばおっさんはどこにつれていかれたんだろう。

俺は自分のことよりおっさんのことが心配だった。おっさん大丈夫かな。

と、いきなりドアが開いて警官と一緒に誰かが入ってきた。

「リキ!」

「リキじゃん!」

俺と宏明はほとんど同時に声を上げた。リキ・・・。仙台に帰っていたんじゃないのか。

リキはすねたような顔で椅子に座り、なぜか俺たちの顔を見ようともしなかった。

 


補導 3

= リキ・・・・ =

 

昨夜はあれからまた何度かアンリと抱き合った。アンリの肌に触れるたびに、幾度も寄せる波のようにリキの体は何度もエキサイトを繰り返した。自分でも驚きだった。

――これでもう俺は大人になったんだ。大人の男に。

アンリのふわふわした体を抱きながらリキはそう信じていた。あの時までは・・・。

「早く家に帰りなよ」

今日の午後、家を出る前にアンリはリキにそう言い残して行った。

その時は「うん」と曖昧にうなずいて見せたけれど、リキには家に帰る気なんかさらさらなかった。当然だ。アンリがいいと言ってくれるなら、ずっとアンリの部屋にいたかった。ここでアンリと一緒に暮らしたい。心からそう思った。アンリだって俺がそう言ったら絶対に賛成してくれるはずだ。リキにはそんな確信があった。そのためにも仕事を探さないといけない。

リキはさっそく仕事を見つけるつもりで街に出た。昨夜あのおばさんに教えられたように、コンビニで履歴書というやつを買い、適当に記入する。もちろん年齢はサバを読み、架空の高校を卒業したことにして。よし。準備万端だ。リキはそれを持ってバイト募集の紙が貼ってあるコンビニに入った。今度こそうまくやるぞ。

店内は空いていた。

「ここで働きたいんですけど」

レジにいたおじさんにそう声をかけると、

「わかりました。ちょっとここでお待ちくださいね」

おじさんはにこにこしながら奥の事務所に行った。よしうまくいった。リキはてっきり雇ってもらえるものと思っていた。なのに・・・いきなり店に警官が入ってきてリキを捕まえたのだ。中学生らしい子が面接にきているが、家出人ではないかとオーナーが警察に通報したらしい。

ちくしょう、あのオヤジ!リキは思いきり暴れた。アンリ。アンリ、助けてくれ。

パトカーに乗せられて泣いたのは怖かったからじゃない。ただ悔しかった。心底悔しくてたまらなかった。十五歳という自分の年が。役立たずの年齢がただ悔しくてリキは大声で泣いた。

 


補導 4

親たちが到着した時はもう夜になっていた。親父が部屋に入るなり、すごい形相で俺の前に立った。俺はすぐに歯をくいしばった。殴られるのはとっくに覚悟済みだ。殴るなら早く殴れ。でも親父はなぜかそうしなかった。代わりに俺の後ろにいる警官に黙って頭を下げた。

「ご迷惑をおかけしました」

人に頭を下げている親父の姿を見るのはおそらくこれが初めてだった。

「もうお父さんやお母さんに心配かけるんじゃないぞ」

「はい」

親父につられたせいか、俺もとっさに頭を下げていた。今まであんなに敵意むき出しだったくせに、自分でもびっくりだ。

少年課を出ると、ちょうど別の部屋から出てくるおっさんと会った。

「釈放だ」

付き添いの警官がそう言っている。当り前だ。おっさんは何も悪いことなんかしていないんだから。

「おじさん!」

声をかけると、おっさんはこっちを振り返り、俺たちにピ-スサインを出してにやっと笑った。

「ボウズたち。気をつけて帰れよ」

日に焼けたしわだらけの顔がまるで幼子のように光っていた。涙が出た。

ごめんね。おっさん。この東京で俺たちにちゃんとかまってくれたのは、おっさんだけだった。信じられないくらいたくさんの人がいたけど、その中で、おっさんが一番まともな大人だったよ。少なくとも俺にとっては。

おっさんがまるで追い出されるみたいにして警察署を出て行く。

疑いが晴れてよかったけど、またおっさんが街に放り出されることが切なかった。またおっさんは一人ぼっちになる。



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