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それぞれの一夜 3

おっさんについて公園の中を横切ると、そこにブルーシートを使ったテントの並ぶ一角があった。学校に行く途中の公園にもホームレスが住み着いている場所があるが、それとは規模が違う。比較にならない。ここはまるで一つの街のようなのだ。石垣沿いにずらりとテントが立ち並ぶさまはある意味壮観だった。

「ここが俺んちだ。お前ら入れ」

おっさんはその中の一つのテントの中に入っていった。

「なあ、やっぱりもう帰ろうよ」

「帰るってどこに帰るんだよ」

俺はまだグズグズ言っている宏明を引っ張って、垂れ下がったシートをかきわけた。考えてみればホームレスのテントの中に入れるなんて、こんな機会そうはないぞ。

中に入ってみてびっくりした。中は普通の部屋のようだった。配線がどうなっているのかわからないが電球もあるし、ベッド、テーブル、棚の上にはテレビまである。

「お前らパンだけじゃ足りねえだろう。成長期だもんなあ。今ラーメン作ってやっからそこに座って待ってろ」

「え、作れるんですか」

「そりゃそうさ」

見ると確かにコンロがある。醤油とかサラダ油とか調味料も結構揃っている。すごいんだなあ。俺はただただ感心していた。

(なあ、大丈夫かな)

(パンも何でもなかったし平気だろ)

さっき、なまじっかパンをかじったせいでかえって空腹感が増してきている。おそらく宏明も同じだろう。

「さあ食え」

俺たちはおっさんが作ってくれたラーメンに食いついた。具なんか何も入っていないただのインスタントラーメンだけど、うまい。すごくうまい。湯気の向こうに、ラーメンをすする俺たちを満足げに見ているおっさんの顔がかすんでいる。

――ふう。これでやっと腹も何とか収まった。

「お前ら今日はここでぐっすり寝ろ」

あんなに嫌がっていたくせに宏明はおっさんが貸してくれたベッドに横になるとすぐにぐうぐう寝息を立て始めた。まあ無理もない。今日はめちゃくちゃ疲れたもんな。

隣に俺も横になるがなかなか眠れない。体は泥のように疲れている。でもどういうわけか頭の芯が妙な感じに冴えていて眠れない。

「何だ、こっちのボウズは眠れねえのか」

おっさんが話しかけてきた。

「はあ」

「ちょっと外に出るかあ」

そう言っておっさんはテントの外に出ていった。
外にって・・・。どこに行くんだよ。まあいいや。どうせこうしていたって眠れないんだ。 俺は体を起こした。

東京の夜はかなり蒸し暑い。仙台の暑さとは質が違う。汗で体がべたつく。ああシャワーあびてえなあ。コーラものみてえ。早く朝にならないかな。

そんなことを考えていると、

「座れや」

おっさんがテントのそばのベンチに腰掛けている。とっさに「人に見られたら嫌だな」と思い、そしてすぐに気が付いた。俺もバカだな。この街に知り合いなんか一人もいないんだ。誰に見られようが関係ないじゃないか。

「まあ座れって」

おっさんは、なかば強引に俺の腕をつかんで隣に座らせた。

「そんなに警戒しなくてもいい。誰もとってくいやしねえ」

おっさんは心底うまそうに短くなった煙草をふかしながら言う。

「お前ら、家出してきたのか」

「いや違います」

「まあ何でもいいけどな」

「あの――聞いていいですか」

「なんだ」

「おじさんは、あの・・・何でこういうことになったんですか」

こんなこと聞いたらいけないのかもしれない。たぶん失礼なことなんだろう。でも俺は知りたかった。この豊かな国でこういう人たちが存在するという矛盾。その理由をすごく知りたいと思った。

「お前バブルって知ってるか」

「はい、聞いたことは」

「そうか。まあボウズくらいの子たちがちょうど生まれた頃だわな。そのバブルがはじけたんはなあ。会社つぶしたりな、まあいろいろあったわけさ」

「また働こうとは思わないんですか」

そう口にした瞬間「やばいかな」と思った。おっさんは俺に何も聞かないのに。俺だけが無神経にこんなことを聞いていいのか。でも好奇心が勝っていたのは確かだ。

おっさんは無言だった。沈黙が続く。やっぱり怒らせてしまったんだ。

後悔し始めた時におっさんがようやく口を開いた。

「わからんなあ」

それだけ言っておっさんはベンチの背に大きくもたれかかった。おっさんの目じりに深く刻まれたシワが、小学生のときに死んだじーちゃんに重なって見えたのはなぜだろう。

わからんなあ。おっさんのその答えだけで俺は不思議と納得していた。人生にはきっとわからないとしか答えられないことがあるんだ。俺だってそうだ。「わかんねえよ」親父に何を言われたってそれしか言えない時が何度もあるじゃないか。

「外も暑いなあ。そろそろ戻るか」

「はい」

「ぐっすり寝るんだぞ」

テントに戻ると宏明は腹を出して熟睡していた。のんきなヤツだ。

ベッドに俺の携帯が落ちている。さっき起き上がった時にポケットから落ちたんだ。着信ランプが光っている。親父からだ。俺はすぐ電源を切った。これが一応初めての無断外泊ということになるのか。ま、俺がいないほうがあの家では都合がいいからな。関係ねえや。そうだ。リキはどうしたかな。意外と一人で仙台に帰ってるかもな。うん、きっとそうだ。

何度か寝返りを打った後、俺は眠りに落ちていった。


それぞれの一夜 4

= リキ in 彼女のアパート =

 

メモに書かれた住所にどうにかこうにかたどり着いたときには、もう夜中の十二時を回っていた。

――やっと着いた。リキは足をひきずるようにしながら、そこにある四角いアパートを見上げた。ここに着くまで一体何本の電車に乗って、何度道を間違えただろう。

まったく、どうせなら最寄り駅くらい教えてくれればいいのに。ぶつぶつ言いながらアパートに近づくと、急に人の気配がして、リキはぎくりとして立ち止まった。

「遅い!何やってたの」

いきなり怒鳴られる。

「えっ、す、すいません・・道がわかんなくて、俺・・」

「いいから早く鍵!」

慌てて鍵を渡すと、さっきの女の人はそれを奪い取るようにつかみ、ガチャガチャとドアノブを回した。

「ほら、さっさと入りなさい」

「あ、はい。じゃ、おじゃましま・・す」

彼女に促されて中に入る。隅に小さなキッチンがついたワンルーム。

「汚いけど適当に座ってて」

確かに少々乱雑だけど、ごみ屋敷みたいなうちよりは百倍ましだ。とリキは心の中で思った。

「はいこれ。おなかすいてるんでしょ」

リキの鼻先にコンビニの袋が差し出された。そうだ、今日は昼から何にも食っていなかったんだ。あまりに疲れすぎて忘れてた。そう意識したとたん、急に耐えがたい空腹感が襲ってくる。

「すいません」

リキは袋を開け、鮭おにぎりとハムサンドをむさぼるように食った。そんなリキをジャージみたいな服に着替えた女の人が面白そうに見ている。

「ね、ところであんたいくつ」

「十八です」

「また嘘ばっかり。本当のこと言いなさい」

「・・・お姉さんはいくつですか」

「あたしに振るか。まあいいわ。あたしは十八。先週なったばっかり。あんた名前は?それくらい言えるでしょ」

「リキ。小野寺力」

「リキね。覚えやすい名前だね。あたしはね、杏里。アンリって呼んでいいよ」

「アンリ・・」

「言いたくないことは無理矢理聞いたりしないから、今夜はここに泊まっていきなさいよ」

「なんで見ず知らずの俺にそんなに親切なんですか」

アンリはリキの質問には答えずに、ペットボトルのウーロン茶をごくりと飲んだ。

「あんたさ、家出少年でしょ。ま、正確にいえばまだどうしようか迷ってるって感じだけど」

「迷ってねえよ。別に」

思わずため口が出てしまった。

「ふうん。まあどうだっていいけど。あたしは別に家に帰れなんてえらそうなこと言うつもりはないしさ。あたしだって家出してきたくちだからね」

「えっ、お姉さんも・・」

「アンリでいいってば。そうだよ。去年高校やめて、栃木からこっちに出てきたの」

そうか。先週十八才になったばかりということは、まだ高校三年生ということだもんな。

「それはどうして・・」

「親が嫌だったし、学校もつまらなかったしね。とにかく東京に来たかった」

わかるわかる。俺もそうなんだよ。全く同じだよ。

リキはおにぎりの海苔を咀嚼していなかったら絶対にそう叫んでいたはずだった。

「リキ。あんたさ、家出して東京にさえ出て来ちゃえば何とかなる、とか思ってない?」

図星だった。

「だってそんなもんだろ」

「バカ。甘いよ。実際さっきだってうちのママに相手にもされなかったじゃん。あれが現実」

「それは・・・面接なんて初めてだったし。次からはうまくやるよ」

「とにかく東京に来たからって、何とかなんかならないからね。絶対に」

アンリはリキの目をまっすぐに見据えて言った。

「確かに探せば仕事はあるかもしれない。ううん、いくらだってあるよ。きっと。でもね、仕事するのって楽じゃないよ」

「そんなのわかってるよ」

「わかってない。嫌なことなんてね。数え切れないくらいあるんだから。何とかならないことだっていっぱいあるんだよ。まああたしの場合は自分で決めたことだから後悔はしてないけど、でも普通に高校行ってたほうが楽だったかもなあ、と思ったことは何回あるかわかんないもん」

「今の仕事、そんなに大変なの」

「楽じゃないよね。嫌な客もいるし、体もしんどい。でも前の仕事よりは全然まし」

「前の仕事って?」

「フーゾク」

アンリはそう言って少し笑った。

「ね、お風呂入る?」

リキは急にドキドキしてきた。女の家に泊まるなんて初めてだ。もしかして今夜はこのひと――アンリと「やる」ことになるんだろうか。こんなことならクラスの女子と練習しておくんだったとリキはひそかに後悔した。

はっきり言って女子の胸や下をちょっとだけ触らせてもらったことはある。そういうのが好きな女子もいるからな。でもアレはまだ未体験だった。

「それともこのまま寝る?」

リキのドキドキが頂点に達した。心臓が皮膚を突き破って飛び出しそうだ。

「ねえ、あたしとしたい?」

「うん。したい」

リキはお菓子をほしがる子供みたいに素直にうなづいていた。


12
最終更新日 : 2012-04-25 18:46:04

それぞれの一夜 5

「でも俺・・」

「いいから。一緒に寝よ」

アンリはジャージを脱ぎ、下着姿になってベッドにもぐりこんだ。リキもジーンズを脱いでアンリに続く。

それからはもう夢中だった。アンリの柔らかい肌をリキはひたすらまさぐっていた。そして、あっと思った瞬間リキの下半身が熱くほてった。

「あっ、ごめん」

「いいよ」

アンリが笑いながらリキの首に腕を回してくる。それから先はもう記憶にない。覚えているのはとにかく女の体がめちゃくちゃ柔らかいということと、生まれてはじめて味わった快感の余韻だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


13
最終更新日 : 2012-04-25 18:46:43

補導 1

4 補導 

 

鳥のさえずる声で目が覚めた。

――あれ、ここどこだっけ?自分がホームレスのテントの中に寝ているということに気付くまで少々時間がかかった。

おっさんはもう起きていて、何かごそごそやっている。

「おう、起きたか」

「はい。――おい、宏明、起きろ。朝だぞ」

俺は隣でまだグースカ寝ている宏明をたたき起こした。宏明も間抜けさ丸出しの寝ぼけ顔で「ここどこ?」などと言っている。

「悪いなあ。朝飯が何にもなくてなあ」

おっさんがすまなそうな声で言う。

そうか。そうだよな。朝になったからといって、うちみたいに冷蔵庫を開ければ何か入っているというわけじゃないんだ。まず食べ物の確保をしなければいけないんだよな。

そこで俺は初めて気がついた。昨日俺たちが当り前みたいに食べたパンとラーメン。あの硬くなったあんパンも具が何もないラーメンもおっさんの大事な大事な食料だったんだよな。俺たちがおっさんの食べるはずだった分を奪ったんだ。そんなことにも気付かなかった自分の鈍感さに俺はものすごく腹が立った。心から腹が立った。

おっさん、もしかしたら夜から何も食べてないんじゃないのか。

「おじさんは朝飯、どうするんですか」

「今から調達しに行くさ」

「俺たちもそれ手伝います」

「は?勇気。おまえ何言ってんだよ」

まだグダグダしていた宏明が俺の言葉に反応して慌てて飛び起きる。

「いいんだよ。ほら行くぞ」

俺たちは(正確には俺が強引に宏明を引っ張りながら)食料を調達しに行くというおっさんについていくことにした。

街にはネクタイをしめたサラリーマンとかスーツを着た女の人があふれている。

ああ。一日が始まったんだ。俺は遠慮のない日差しに少しだけ目を細めながら思った。

おじさんと俺たちは早足で急ぐ人たちの間をぬうようにして街の中を歩いた。

「なあ、勇気。もう行こうぜ。ホームレスと一緒にいるなんて恥ずかしいよ」

雑踏の中で宏明がそっと耳打ちしてくる。

「だって昨日あんなに世話になったんだぞ。このままさよならなんてできるかよ」

「でもさあ・・・」

と、おっさんが急に立ち止まった。

「お前たち、ここでちょっと待ってろな」

そう言って角にある小さなパン屋さんに入って行く。すぐに出てきたと思ったら手にパンをいくつか持っている。どうやらおっさんはこの店の人と顔見知りで、いつもこうして売れ残りのパンをもらっているらしい。

「ほれ、朝飯だ」

おっさんがそのパンを一個ずつ俺と宏明に差し出す。

「俺らはいいです」

思わず辞退すると、

「ガキが遠慮すんじゃねえ。大人はな。子供にメシを食わせる義務があるんだ」

おっさんは強引に俺たちの手にパンをねじこんだ。

「お前らな、しっかり頭に刻みつけとくんだぞ」

パンを食いながらおっさんが唐突にそう言った。

何のことだろう。

「大人の大事な役割ってのは、な。俺が思うに、てめえの生き様を子供にちゃあんと見せてやることなんだ。たーだそれだけだ。あとはコチャコチャ言わなくたって、子供は勝手に自分でいろんなことを学んで生きていくさあ。なあ。――そうか。おまえらは大人になったことがないからわかんねえんだな」

おっさんは何だか楽しそうにイッヒッヒと笑った。

「お前らそれ食ったら早く家に帰れ。母ちゃんたちが心配してるぞ」

「おじさんはこれからどこに行くんですか」

「仕事だ」

「仕事って?」

「アルミ缶を集めて業者に売る。早く行かないと、みんな取られちまうからなあ」

「俺たちそれ手伝います。手伝わせて下さい」

「お、おい」

宏明が俺をつつく。

「別に急いで帰らなきゃなんないってこともないだろ。どうせ昨日は無断外泊したんだ。ここまできたらいつ帰ったって一緒だよ」

「そりゃそうだけどさあ・・・」

「手伝います」

というわけで、俺たちはおっさんについてごみ置き場を回り、アルミ缶を拾い集めた。いつも何の気なしにその辺に捨てていた、ただの空き缶。それをおっさんは、

「これが結構な金になるのよ」

と言って一生懸命に集めている。

いろんなものがあふれ返っている街の中を、ただひたすらアルミ缶を探して歩く。それをみじめだとか恥ずかしいとか思う前に、俺はただただ圧倒されていた。この現実に。確かにここに存在する現実というやつに。

おっさんの過去に何があったのかは知らない。こうなった原因が何なのかもわからない。ただ実際に、街の隅っこでこうやって懸命に生きている人がいる。

今まで俺はホームレスの人たちのことを単なるなまけものだと思っていた。「働きやがれ!」心の中でそう毒づいていた。要するに見下していたんだ。

でもたぶんそれは間違っている。少なくとも俺みたいなガキがそんなことを言える資格はない。こういう人たちを生み出す社会のほうが間違っているんだ。きっと。

それに、自分だけはいつでも対岸にいる人間だなどとどうして言い切れるんだろうか。ホームレスとそうじゃない人たちとの間は、たぶんそんなに大きく離れてはいない。

「勇気、いつまでこんなことしてるんだよ」

歩きながら宏明が言った。

「もういい加減に行こうぜ」

「うん・・」

俺はもうちょっとおっさんと一緒にいたかった。理由はわからない。でもとにかくもう少しいたい。心がそう叫んでいた。たぶん俺は、このホームレスのおっさんのことが好きになっていたのだ。

「わっしょい。わっしょい」

向こうから御輿をかついだ行列がやってきた。地域のお祭りか何からしい。

子供たちがお揃いのはっぴを着て、ぞろぞろ歩いてくる。小学校の頃、よくこんな行事があったっけ。

「わっしょい、わっしょい」

子供たちの掛け声に合わせるように、

「そーれ。そーれ」

おっさんが突然声を張り上げて、踊りだした。

「やだな。ハズイよ、離れようぜ」

宏明が俺の腕を引っ張る。でも俺はそこから動けなかった。どうしても動けなかった。踊っているおっさんは心から楽しそうだった。手足をひらひらさせながら笑っている。

「そーれ。それそれ」

なのに道行く人の誰一人としておっさんのことを見ない。みんな無視して通り過ぎて行く。

それは見事なくらいの完璧な無視だ。

(誰か見ろよ!おっさんのことをちゃんと見てやれよ!)

俺は大声で叫び出したくなった。

ここにおっさんがいるんだよ!こぎたねえホームレスだけどな。一生懸命生きてんだよ!何もしなくてもいい。せめて無視すんなよ。見ろよ。どんな目でもいいから見ろよ。少しくらい足を止めて見てやれよ!

何でか知らないが切なくてたまらなくなった。笑顔で踊り続けるおっさんの姿がにじんで流れていく。

「君たち」

ふいに腕を強い力でつかまれた。ぎょっとして振り向くと警官が俺の腕をつかんでいる。

「なんだよ、離せよ」

「君たち中学生だろう」

見ると宏明も他の警察官に腕をつかまれている。

「今から警察署にきてもらうからな」

「はあっ? 何でだよ」

その時だ。なんと警察のヤツ、踊っているおっさんのことも捕まえたのだ。もがくおっさんをニ、三人で羽交い絞めにしている。

「抵抗するな。未成年者誘拐容疑で逮捕する」

「やめろ!」

俺は必死で叫んだ。

「おっさんを放せ!おっさんは悪くない!」


補導 2

俺たちは警察署につれていかれた。「少年課」と札が下がった部屋。

「何でこんなところに連れてこられなきゃなんねえんだよ!」

俺は警官に向かって、むかむかした感情を吐き出した。

「都民からホームレスが中学生を無理矢理連れまわしているという通報があったんだ」

けっ、冗談じゃねえ。俺はますます怒りを覚えた。

誰だかしらねえが、変だと思ったら通報なんかする前に、俺らに直接声をかけてくればいいじゃないか。こそこそしやがって。何だか知らないけど、とにかくむかつく。

「それから君たちの捜索願いが出ているらしいぞ」

「え?捜索願い?」

俺はびっくりした。そんなことになっていたのか。

「だめじゃないか。夏休みだからって、家の人に黙って東京まで来たりしちゃ。親御さんが心配するだろう」

そういわれて、俺たちは初めて自分たちのことが大変な事態になっていることを知った。俺たちが昨日家に帰らなかったことで、連絡を取り合った親たちが騒ぎ出したため、宏明の妹が俺たちが東京に行ったと親に話したらしい。

「今保護者の方と連絡がついた。親御さんたちが迎えに来るまでここで待つように」

警官が偉そうに言う。

「詩乃のやつ、親には絶対黙ってろって言ったのにな」

そういいつつ、宏明の表情は明らかにどこかほっとしていた。親にたっぷり怒られるのを覚悟してもこのまま東京でウロウロすることにならなくてよかったという安堵感だろう。

これでやっと家に帰れる――。そう思ってるんだろうな。俺もその気持ちはわかる。

でも俺は何だかひどくみじめだった。胸の中がカミソリで切られたみたいにヒリヒリする。

俺たちは、結局親の手のひらの上で遊んでいた孫悟空みたいなものなのか。

自分の力でつかんだと思っていた自由はにせものだったのだろうか。

あ、そういえばおっさんはどこにつれていかれたんだろう。

俺は自分のことよりおっさんのことが心配だった。おっさん大丈夫かな。

と、いきなりドアが開いて警官と一緒に誰かが入ってきた。

「リキ!」

「リキじゃん!」

俺と宏明はほとんど同時に声を上げた。リキ・・・。仙台に帰っていたんじゃないのか。

リキはすねたような顔で椅子に座り、なぜか俺たちの顔を見ようともしなかった。

 



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