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十五才の夏休み 4

俺は机に置いていた携帯をつかんでベッドに仰向けに寝転んだ。その姿勢のままメールを打つ。壁を殴った右手が痛い。

To宏明

メッセージ『明日やっぱり東京行くべ』

送信――と。

すぐに携帯が震え出し、着信音にしているスキマスイッチの曲が流れた。

「おう」

「勇気?メール読んだけど・・・どうしたんだよ、急に」

「そのままだよ。明日東京行こう」

「だっておまえ、さっきはそんなの無理だとか言ってたじゃん」

「気が変わったんだ。でさ、おまえ自分専用のパソコン持ってるだろ。くわしい時間とか予約方法とか調べてくんね? 俺んち、親父と共用だからさ」

「まあいいけど。でもおまえ大丈夫なの?勇気んちって、門限とかあんじゃん」

「バカ、そんなの関係ねえよ。とにかくもう決めたんだ。みんなでパーッと遊んでこようぜ」

「塾はどうする」

「一日くらい休んだってどうってことねえだろ。どうせ来週から嫌でも毎日塾ばっかになるんだしさ」

「まあそうだな。わかった。じゃあ調べてみるわ」

「悪いな。よろしく」

さて、次はリキだ。

 

= リキ in ゲームセンター =

 

ジーンズの腰のポケットに入れた携帯がブルルと動いた。リキはゲームの画面に見入ったまま、片手でそれを取り出した。メールか。勇気からだ。

From勇気

メッセージ『明日東京行くぞ!くわしいことは調べてまたメールする』

は?東京?何だよ、さっきはのってこなかったくせに。何考えてんだ?

リキがさっき東京に行こうと言ったのは、別にいきなり思いついたわけではなかった。もうずっと前から東京に行きたいと思っていた。渋谷、原宿、新宿。六本木。テレビや雑誌の中にある、あのキラキラした場所に行ってみたかった。仙台という地方都市に住むリキにとって、東京はすべてが揃った万能の街だった。ほしいものは何でもあるような気がする。

わけはわからないが勇気がその気になってくれたらしい。

よーし。東京だ!東京に行くぞ!

リキは残りのメダルをつかんで立ち上がった。


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最終更新日 : 2012-04-25 18:46:04

十五才の夏休み 5

= 宏明 in 自分の部屋 =

 

風呂から上がり、髪をこすりながら部屋に戻ると、なんと妹の詩乃がいる。あろうことか、宏明の携帯を見ているではないか。

「勝手に見んじゃねえよ!」

宏明は慌てて妹の手からそれを取り返した。

「だって何回も鳴ってたから、急ぎなのかなと思って」

「ほっとけよ。いいから」

全く油断もすきもない。

「ねえ、お兄ちゃん、明日東京行くの?」

げっ。やっぱしっかり俺のメール見てるじゃねえか、コイツ。

「おまえに関係ねえだろ」

「お母さんには言ったの?」

「言うわけねえだろ。おまえ、絶対親に言うなよ。言ったらみろよ」

「わかったよ。でも条件がある」

詩乃はただでさえ細い目を更に細めて言った。

「原宿でね、これ買ってきてほしいんだ。仙台じゃ売ってないんだもん」

派手な女の写真がいっぱい載った、わけのわからない雑誌を持ってきて、白っぽいスカートを指差す。

「店の名前はね、えーと」

「俺、そんな余分な金ねえんだけど」

「お兄ちゃん、お年玉とか結構ためこんでるの、あたし知ってるけど」

宏明は思わず言葉につまった。全く、まだ中一のガキのくせに、こんなことにばっかり興味をもつようになって。

「約束ね」

「買えたらな。ほらさっさと自分の部屋に行けよ」

宏明は強引に詩乃を部屋から追い出すと、まだ濡れている髪の毛をごしごしとこすった。

さっき勇気に頼まれてネットで調べたら、サンバード観光とかいう会社の高速バスにたまたま三席分の空席があった。リキが言ってた通り、片道三千円。すぐに予約を入れ、支払いもさっきコンビニで済ませ、三人分のチケットもとってきた。もちろん立て替えた金はあとで集金する。これで準備はOK。

あとは明日の朝、新宿行きのこのバスに乗り込むだけだ。


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最終更新日 : 2012-04-25 18:46:04

十五才の夏休み 6

= リキ in 自宅 =

 

巨大なマンションの裏に隠れるように建っている二階建ての古い木造アパート。この二階の部屋がリキの自宅だ。

ギシギシときしむ階段を上り、部屋の鍵を開ける。ドアを開けた瞬間、すえたような匂いが鼻をつく。いつものことだが、いつも決まってため息が出る。

奥からガンガンテレビの音が鳴っている。姉貴が帰ってるのか。

「ただいま」

中に入ると、姉のハルカが煙草を吸いながら一心不乱にメールを打っている。

彼女は十七才だが、去年高校を一年で中退し、今はアルバイトをしたりやめたりする生活を送っている。

「食うもの、何にもないよ」

ハルカが携帯に視線を落としたまま、独り言のように言う。

「いらねえよ。適当に食べたから」

「あっ、そう」

リキはそこに立ったまま、しみじみと姉を見た。散らばったモノの中に埋もれるようにしてメールをしているその姿は、何だかこの部屋に落ちているごみのひとつのようだ。

それにしてもきたねえ部屋だ。

「なあ、おまえさ、少しここ片付けようとか思わねえの?一応女だろ」

「うるせー。あいつに言いな」

あいつというのは母親のことだ。リキの母親はスナックに勤めている。その他に保険の代理店みたいなこともやっているらしく、年がら年じゅう家にはいない。父親とはもうだいぶ前に離婚していて、それ以来リキは父親と一度も会っていない。

別に家にあいつがいないのはかまわないけど、困るのは飯だ。作って置いていってくれるならいいが、あいつはそんなことは一切おかまいなしだ。おかげでこっちはいつも腹をすかせている。

姉貴にはああ言ったが、夕方から何にも食ってない。腹ペコで死にそうだ。台所に行って一応冷蔵庫を開けてみる。使いかけのマーガリン、干からびた味噌。変なつくだ煮みたいなのが入ったビン。だめだ。やっぱり何もねえ。

がっかりしてドアを閉めようとしたその時。台所の床を何か黒いものがさっと横切っていくのが見えた。でっけえゴキブリだ。それを見た瞬間、リキは心の底からもうこの家にはいたくない、と思った。

もううんざりだ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ!

リキはありったけの力で冷蔵庫のドアを閉め、台所の横にある自分の部屋に行った。

「うるせえな、何してんだよ!」

ハルカが怒鳴るのにもかまわず、リキは押入れからスポーツバッグを引きずり出し、それに目につくまま服や下着などを詰め始めた。

 


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最終更新日 : 2012-04-25 18:46:04

東京 1

2 東京 

 

次の日の朝。携帯の音楽が鳴る前に俺は自然と目をさました。

珍しい。普段朝は地獄の苦しみなのに。毎朝こんなふうにすっきりと起きられたらどんなに幸せな人生だろう。

宏明の話だと、バスの出発時刻は七時半。その前にコンビニにも寄りたいし、髪の毛も今日はちょっと気合入れないとな。一応東京に行くんだから。

俺はベッドから飛び降り、たんすをあけ、着ていく服を選び始めた。とはいってもそんなに選ぶほど服を持っているわけじゃない。結局いつものTシャツにお気に入りのジーンズ。上に半そでのシャツをはおる。ま、こんなもんか。

ザックを持って下に下りると、

「勇気くん、朝ごはんは?」

またロボットの声がした。あの女だ。

俺の顔見りゃ「ごはん、は」か。それしか言うことがないのか。うんざりだ。俺にはめしさえ食わしておけばいいとでも思ってるみたいだ。俺が何時に家を出ようがどこに行こうがこの女には何の関心もないんだろうな。

「朝ごはんは?」

ああもう、うるせえな。どう答えようか考えあぐねている間に、体が先に家の外に出てしまった。まあいいや。俺はそのまま小走りに駆け出した。

あーあ。いつもこうだ。そんなつもりはなくても、結果的に俺が悪いことになってしまう。またあの女は親父に俺のことをチクるだろう。

「今朝ね、勇気くんが私のこと無視したのよ」

「またか、あのクソガキ。俺がガツンと言ってやる」

また殴られるのか。ちくしょう。もうどうだっていい。今日は東京で思いっきり遊ぶんだ。むかつくことなんか全部忘れてやる。

 

途中コンビニで飲み物やガムを買い、駅の集合場所に行くと、リキと宏明はもう来ていた。

「遅いぞ勇気」

「ごめんごめん」

「えっと、バス代が往復で六千円な」

「わかった」

俺は宏明に立て替えてもらっていた分を渡した。

「勇気、金、大丈夫だったか」

「何とかな。こづかいとか適当に貯めてたやつかき集めてきた。リキは?」

「俺も何とかなったよ」

見ると、リキの荷物がやけに多い。背中にいつものザックと、手にはパンパンにふくらんだスポーツバッグを下げている。

「リキ、おまえ何だよ、その格好。まるで家出するみたいじゃん」

俺がふざけて言うと、リキは黙って笑いながら目をそらした。

すぐにバスが来た。俺たちは嬉々としてそれに乗り込んだ。

「一番後ろ行こうぜ、後ろ」

「バカ。遠足じゃねえんだぞ。席は指定なの」

「そっかあ」

ここから東京までは高速で約五時間だそうだ。新宿に着くのはお昼過ぎになるらしい。

バスが走り出してからしばらくは、大してかわりばえのしない景色が続く。さすがにめったにしない早起きがたたったのか眠くなってきた。揺れに合わせてうとうととするがすぐに目が覚めてしまう。

隣にいる宏明がうるさいのだ。俺の体をつついてきたり、がさがさとお菓子を食いだしたり。何でこいつこんなにテンションが高いんだ?

それと対照的なのがリキだ。後ろの席でずっと黙ったまま窓の外を見ている。自分から東京行こうって言い出したくせに、いまいち気が乗らないんだろうか。

ふと気付くと一人で騒いでいた宏明がいつのまにか眠っている。だんだんとこっちに傾いてくる宏明の頭を何度か押し戻してから、俺もシートを倒して目を閉じた。

やれやれ、これでやっと一眠りできる。そのあとは一切記憶がない。

「着いたぞ!」

何時間たっただろう。宏明のかん高い声で起こされた。慌てて窓の外を見る。えっ、ここが東京?

「なあなあ、エビちゃんいるかないるかな」

「バーカ。恥ずかしいからやめろって」

と言いつつ、俺もひそかにテンションが上がってくるのを感じていた。

やった! とうとう来た! 東京だ!

 


東京 2

降車場所である新宿のセンタービルの前でバスが止まった。

「すげえ、見ろよ。ヨドバシがある。マックも!」

「バカ。当り前だろ。東京なんだから」

「そっか」

「ほら、降りるぞ」

俺は異様にはしゃぐ宏明をせきたてて立ち上がった。リキもついてくる。

「お世話になりました~」

「どうも~」

ドライバーさんにお礼を言って、俺たちはとうとう東京の地に降り立った。いつも映像の向こうにあるだけの街に、自分が実際に立っていることがちょっと不思議な気分だった。同時に体の深いところから押さえきれない昂揚感がわきあがってくる。

あの息の詰まりそうな場所からやっと飛び出てきたんだ。

今、俺たちは自由だ。自由なんだ。

「まずどこ行く」

「やっぱ渋谷だろ」

「でもどうやって行くかわかる?

「いや、わかんねえけど・・とにかく駅に行こう。新宿駅」

ということで、まず駅に向かうことにしたが、歩いている人が多いのにはびっくりだ。ただ普通に歩いているだけで常に誰かとぶつかりそうになる。仙台の人の数とはけたが違う。これで普通の日なのか?まるで七夕祭りだ。

ひたすら案内板を頼りに、数分後俺たちはどうにかこうにか渋谷の駅に着いた。

「すっげえ、渋谷だ、渋谷」

「ハチ公じゃーん」

異様なテンションできょろきょろしながら歩く俺たちは、誰の目にも田舎から出てきたばかりの中坊に見えたに違いない。マックで昼めしを食い、パルコの中をうろうろし、センター街をぶらぶらと歩いた。

「次どこ行く?」

「東京タワー!」

「は?まんまおのぼりさんじゃん」

「いいじゃん。東京にきたらやっぱ東京タワーだろ」

「何だ、それ」

そんな調子で俺たちは何度か路線を間違えたりしながら、それでも思いつくまま東京の街を精力的に回った。六本木ヒルズも見たし、竹下通りでは安い服も買った。だんだん電車の乗り方にも慣れてきた頃、気がつくともう夕方になっていた。

早いなあ。あっという間だった。同時に俺の財布の中身もずいぶんあやしくなってきている。所持金を確認すると、もうここからバス乗り場までの電車賃くらいしか残っていない。

「あーあ、もう東京も終わりかあ」

「エビちゃんに会えなかったなあ」

「それはあきらめろって」

俺たちは屋台で買ったクレープを食いながら公園の中をぷらぷらと歩いていた。

もう帰らなくちゃいけないんだな。そんな余韻に浸っていると、

「勇気、俺、もう家には帰んねえから」

リキが俺に小声でそう話しかけてきた。俺たちより少し前を歩いている宏明には、リキの声は聞こえていない。

「え? 何だよそれ」

俺は思わず立ち止まった。

「言った通りだよ。初めからそのつもりで来たんだ」

「だ、だって、どうするんだよ」

「このままこっちで働く。お前らは帰れよ」

「・・・」

俺は何て言ったらいいのか言葉が出てこなかった。リキが本気で言っていることがわかったからだ。

「あーっ!」

突然宏明が素っ頓狂な声を上げた。

「どうしたんだよ」

「財布がない」

「なにぃ?」

「どうしよう。財布の中に親父のカードとかも全部入ってたんだよ」

「さっきの屋台に忘れてきたんじゃねえか」

「戻って聞いてみようぜ」

俺たちはダッシュで公園を抜け、さっき寄ったクレープの屋台に戻った。並んでいる客をかきわけて店員に財布が落ちていなかったか聞いてみる。が結果はバツだった。

ていうか、あるわけないんだよな。仮にここに落としたとしても、もうとっくに拾われてるだろ。のどかな田舎町じゃないんだから。

「どうする」

「どうするっていったって」

宏明は泣きそうな顔になっている。ふと気がつくとリキがいない。

「おい、宏明。リキがいない」

「迷子かよ。こんな時に何してんだよお、あいつ」

「あのさ」

俺は少し躊躇しながら言った。

「実はさ、あいつさっきもう家には帰らないとか言ってたんだよ」

「何だよ、それ」

「俺もよくわかんねえけど」

「ったく。勇気電話してみろよ」

「そうだな」

俺は慌てて携帯を出し、リキの番号にかけた。だめだ、つながらない。

「どうすんだよお。もう時間ないよ」

宏明は本当に泣きそうだ。

「とにかくまずバス乗り場に行こう」

「リキは?」

「バスが出る場所はあいつも知ってる。案外そこに来てるかもしれないし」

そうだ、リキのことだ。面倒くさくなってきっと先に行っちゃったのかもしれない。乗り遅れたら大変だ。急いでいこう。

「あのさ、勇気、悪いんだけど、俺の電車代貸してくれる?」

「そうか・・・・」

俺は財布を出し、祈るような思いで小銭を数えた。ここから新宿まではたしか・・・その二人分として・・・ああ、だめだ。絶望的だ。

 

 



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