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十五才の夏休み 3

「じゃあな」

「また明日な」

宏明んちを出て、さっきのスーパーの前を通り過ぎたところで、

「じゃあな。俺こっち」

リキが俺たちの家とは逆方向に向かって歩きだした。

「あれ、おまえんちこっちだろ」

「まだ帰んねえよ」

「もうこんな時間だぞ」

「どうせ帰ったってうちに誰もいねえし」

「そっか・・。でもおまえ今からどこ行くんだよ」

「適当に遊んでくわ。じゃな」

俺はその場所に立ったまま、少しづつ薄い闇の中に消えていくリキの背中を、ちょっとだけ見送った。

 

家に着いた。路地の奥にある何の変哲もない一戸建ての家だ。

俺は無言で家の中に入る。普通に「ただいま」と言っていたのがいつだったか、もう思い出せない。

玄関の靴箱の上に、家族の写真が飾ってある。赤い色のフレーム。嫌でも必ず目に飛び込んでくる。こんなもの別に見たくもないのに。写真にはなぜか俺の姿はない。写っているのは、親父とあの女、そして弟と妹。一体どういうつもりであの女がこんな写真をわざわざここに飾っておくのか、俺にはさっぱりわからない。どういうつもりなんだろう。

部屋の奥から弟たちが騒ぐ声が聞こえる。その声が、俺が廊下を歩き出した瞬間、さっと静かになる。いつものことだ。

「あんたたち、静かにしなさい」あの女が弟たちにそう言っているのが目に浮かぶ。

(ま、どうでもいいや)

俺はそいつらがいるリビングには寄らずに、まっすぐ奥の洗面所に行って水道をひねった。水が生ぬるい。

「お帰りなさい。勇気くん」

顔に水をバシャバシャやっていると、頭の上でロボットみたいな声がした。一応今は俺の母親、ということになっているあの女の声だ。

俺は黙って水を止め、タオルで顔を拭いた。

「もうごはん食べるんでしょ?」

「うん」

「じゃ、すぐ持っていくから」

ああ、イライラする。何でこの女は、俺の顔を見るたびにひどく引きつった顔をするのだろう。俺は猛獣か。悪魔か。ばかやろう。心の中で毒づいてやる。

そのまま二階の自分の部屋に行き、ベッドに寝転んでいると、

「勇気くん、開けて」

あの女が晩飯を運んできた。

「これ・・・」

俺は無言でそれを受け取り、あの女も俺にトレイを渡すとさっさと下に下りていく。また弟たちが騒ぎ出したようだ。テレビをつけると何回か見たことのあるドラマをやっている。俺はそれを見ながら、皿の上のとんかつやら野菜の煮物やらを咀嚼していった。

味なんかしない。うまくてもまずくてもどっちでもいいんだ。これはただの栄養補給なんだから。

ちょうど画面に、家族が揃って飯を食っているシーンが映った。

夕食をこの部屋で一人で食べるようになったのはいつからだったっけ。俺はふと考えてみた。たぶんお母さんが死んで、あの女がうちに来てからだから、小六の頃だ。もう三年になるのか。あれから・・・。

女優のキンキン声がどうも耳に障る。俺はリモコンでチャンネルを変えた。

 

お笑いタレントが司会をやってるバラエティを少し見たところで、ドアがいきなり開いた。親父だ。帰ってきたのか。

「おい、勇気」

「何だよ」

俺は慌ててテレビを消す。親父はいつもこうだ。絶対にノックをしない。中三男子の部屋にいきなり入ってくるのがどれだけやばい行為か考えないのだろうか。おかげで俺はいつも気が抜けない。自分の部屋にいる時でさえ、だ。

前に一度、親父に抗議したことがある。

「ノックしてから入ってよ」

あの時の親父の言い分。

「ノックだあ? 何で親が子供の部屋に入るのにいちいち確認を取らなきゃならないんだ?ふざけるな。この家のローンを払ってるのは誰だと思ってるんだ。この俺だぞ。俺には、この家のすみからすみまで全部自由にできる権利がある」

――だとさ。ああ、くだらねえ。あれ以来、この親父には何を言っても無駄と言うことがわかったので、もう一切抗議するのはやめたんだ。

「勇気、おまえ、今日もまた帰りが遅かったんだってな」

「知らないよ」

俺は横を向いた姿勢のまま答える。またあの女か。ちくり女め。あの女はいつもこんなふうに俺の行動を逐一親父に言いつける。それがまるで生きがいのように。

「夏休みだからって遊んでばかりいるんじゃないぞ」

「遊んでねえよ」

「塾のほうはどうなんだ。ちゃんと進んでるのか」

「まあね」

「そんなにのんびりしてたら高校に行けないぞ。うちはおまえの下に小さいのが二人もいるんだ。おまえには何が何でも公立に入ってもらわないと困るんだからな。今が勝負だ。わかってるのか」

「ああ、わかってるよ。もういいだろ」

「とにかくしっかりやれ」

これでやっと出ていってくれる、とほっとした瞬間、親父が振り向きざまに言った。

「あとおまえ、お母さんにあんまり反抗するなよ」

その瞬間、俺の中で何かがはじけた。

「何だよ、俺が何したっていうんだよ。アイツ親父に何て言ってるんだよ!」

「お母さんのことアイツなんて言うんじゃねえ!」

いきなり頬に親父の拳が飛んだ。火花が飛び散る。

ちくしょう!

起き上がろうとするが目の前がくらくらして立ち上がれない。

「わかったか。ガキのくせに生意気な口聞くのは俺が許さねえからな!」

親父が捨て台詞を吐いて出て行った。

俺は拳で思い切り目の前の壁を叩く。

ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!

壁紙がめくれ、穴があく。俺はもう一度ありったけの力をこめて、その穴に向かってこぶしを突っ込んでやった。ドスン、と鈍い音が響く。

おそらく驚いたあの女がまた引きつった顔で二階を見上げているはずだ。

そんなこと俺には知ったこっちゃない。ちくしょう!


3
最終更新日 : 2015-03-14 14:41:39

十五才の夏休み 4

俺は机に置いていた携帯をつかんでベッドに仰向けに寝転んだ。その姿勢のままメールを打つ。壁を殴った右手が痛い。

To宏明

メッセージ『明日やっぱり東京行くべ』

送信――と。

すぐに携帯が震え出し、着信音にしているスキマスイッチの曲が流れた。

「おう」

「勇気?メール読んだけど・・・どうしたんだよ、急に」

「そのままだよ。明日東京行こう」

「だっておまえ、さっきはそんなの無理だとか言ってたじゃん」

「気が変わったんだ。でさ、おまえ自分専用のパソコン持ってるだろ。くわしい時間とか予約方法とか調べてくんね? 俺んち、親父と共用だからさ」

「まあいいけど。でもおまえ大丈夫なの?勇気んちって、門限とかあんじゃん」

「バカ、そんなの関係ねえよ。とにかくもう決めたんだ。みんなでパーッと遊んでこようぜ」

「塾はどうする」

「一日くらい休んだってどうってことねえだろ。どうせ来週から嫌でも毎日塾ばっかになるんだしさ」

「まあそうだな。わかった。じゃあ調べてみるわ」

「悪いな。よろしく」

さて、次はリキだ。

 

= リキ in ゲームセンター =

 

ジーンズの腰のポケットに入れた携帯がブルルと動いた。リキはゲームの画面に見入ったまま、片手でそれを取り出した。メールか。勇気からだ。

From勇気

メッセージ『明日東京行くぞ!くわしいことは調べてまたメールする』

は?東京?何だよ、さっきはのってこなかったくせに。何考えてんだ?

リキがさっき東京に行こうと言ったのは、別にいきなり思いついたわけではなかった。もうずっと前から東京に行きたいと思っていた。渋谷、原宿、新宿。六本木。テレビや雑誌の中にある、あのキラキラした場所に行ってみたかった。仙台という地方都市に住むリキにとって、東京はすべてが揃った万能の街だった。ほしいものは何でもあるような気がする。

わけはわからないが勇気がその気になってくれたらしい。

よーし。東京だ!東京に行くぞ!

リキは残りのメダルをつかんで立ち上がった。


4
最終更新日 : 2012-04-25 18:46:04

十五才の夏休み 5

= 宏明 in 自分の部屋 =

 

風呂から上がり、髪をこすりながら部屋に戻ると、なんと妹の詩乃がいる。あろうことか、宏明の携帯を見ているではないか。

「勝手に見んじゃねえよ!」

宏明は慌てて妹の手からそれを取り返した。

「だって何回も鳴ってたから、急ぎなのかなと思って」

「ほっとけよ。いいから」

全く油断もすきもない。

「ねえ、お兄ちゃん、明日東京行くの?」

げっ。やっぱしっかり俺のメール見てるじゃねえか、コイツ。

「おまえに関係ねえだろ」

「お母さんには言ったの?」

「言うわけねえだろ。おまえ、絶対親に言うなよ。言ったらみろよ」

「わかったよ。でも条件がある」

詩乃はただでさえ細い目を更に細めて言った。

「原宿でね、これ買ってきてほしいんだ。仙台じゃ売ってないんだもん」

派手な女の写真がいっぱい載った、わけのわからない雑誌を持ってきて、白っぽいスカートを指差す。

「店の名前はね、えーと」

「俺、そんな余分な金ねえんだけど」

「お兄ちゃん、お年玉とか結構ためこんでるの、あたし知ってるけど」

宏明は思わず言葉につまった。全く、まだ中一のガキのくせに、こんなことにばっかり興味をもつようになって。

「約束ね」

「買えたらな。ほらさっさと自分の部屋に行けよ」

宏明は強引に詩乃を部屋から追い出すと、まだ濡れている髪の毛をごしごしとこすった。

さっき勇気に頼まれてネットで調べたら、サンバード観光とかいう会社の高速バスにたまたま三席分の空席があった。リキが言ってた通り、片道三千円。すぐに予約を入れ、支払いもさっきコンビニで済ませ、三人分のチケットもとってきた。もちろん立て替えた金はあとで集金する。これで準備はOK。

あとは明日の朝、新宿行きのこのバスに乗り込むだけだ。


5
最終更新日 : 2012-04-25 18:46:04

十五才の夏休み 6

= リキ in 自宅 =

 

巨大なマンションの裏に隠れるように建っている二階建ての古い木造アパート。この二階の部屋がリキの自宅だ。

ギシギシときしむ階段を上り、部屋の鍵を開ける。ドアを開けた瞬間、すえたような匂いが鼻をつく。いつものことだが、いつも決まってため息が出る。

奥からガンガンテレビの音が鳴っている。姉貴が帰ってるのか。

「ただいま」

中に入ると、姉のハルカが煙草を吸いながら一心不乱にメールを打っている。

彼女は十七才だが、去年高校を一年で中退し、今はアルバイトをしたりやめたりする生活を送っている。

「食うもの、何にもないよ」

ハルカが携帯に視線を落としたまま、独り言のように言う。

「いらねえよ。適当に食べたから」

「あっ、そう」

リキはそこに立ったまま、しみじみと姉を見た。散らばったモノの中に埋もれるようにしてメールをしているその姿は、何だかこの部屋に落ちているごみのひとつのようだ。

それにしてもきたねえ部屋だ。

「なあ、おまえさ、少しここ片付けようとか思わねえの?一応女だろ」

「うるせー。あいつに言いな」

あいつというのは母親のことだ。リキの母親はスナックに勤めている。その他に保険の代理店みたいなこともやっているらしく、年がら年じゅう家にはいない。父親とはもうだいぶ前に離婚していて、それ以来リキは父親と一度も会っていない。

別に家にあいつがいないのはかまわないけど、困るのは飯だ。作って置いていってくれるならいいが、あいつはそんなことは一切おかまいなしだ。おかげでこっちはいつも腹をすかせている。

姉貴にはああ言ったが、夕方から何にも食ってない。腹ペコで死にそうだ。台所に行って一応冷蔵庫を開けてみる。使いかけのマーガリン、干からびた味噌。変なつくだ煮みたいなのが入ったビン。だめだ。やっぱり何もねえ。

がっかりしてドアを閉めようとしたその時。台所の床を何か黒いものがさっと横切っていくのが見えた。でっけえゴキブリだ。それを見た瞬間、リキは心の底からもうこの家にはいたくない、と思った。

もううんざりだ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ!

リキはありったけの力で冷蔵庫のドアを閉め、台所の横にある自分の部屋に行った。

「うるせえな、何してんだよ!」

ハルカが怒鳴るのにもかまわず、リキは押入れからスポーツバッグを引きずり出し、それに目につくまま服や下着などを詰め始めた。

 


6
最終更新日 : 2012-04-25 18:46:04

東京 1

2 東京 

 

次の日の朝。携帯の音楽が鳴る前に俺は自然と目をさました。

珍しい。普段朝は地獄の苦しみなのに。毎朝こんなふうにすっきりと起きられたらどんなに幸せな人生だろう。

宏明の話だと、バスの出発時刻は七時半。その前にコンビニにも寄りたいし、髪の毛も今日はちょっと気合入れないとな。一応東京に行くんだから。

俺はベッドから飛び降り、たんすをあけ、着ていく服を選び始めた。とはいってもそんなに選ぶほど服を持っているわけじゃない。結局いつものTシャツにお気に入りのジーンズ。上に半そでのシャツをはおる。ま、こんなもんか。

ザックを持って下に下りると、

「勇気くん、朝ごはんは?」

またロボットの声がした。あの女だ。

俺の顔見りゃ「ごはん、は」か。それしか言うことがないのか。うんざりだ。俺にはめしさえ食わしておけばいいとでも思ってるみたいだ。俺が何時に家を出ようがどこに行こうがこの女には何の関心もないんだろうな。

「朝ごはんは?」

ああもう、うるせえな。どう答えようか考えあぐねている間に、体が先に家の外に出てしまった。まあいいや。俺はそのまま小走りに駆け出した。

あーあ。いつもこうだ。そんなつもりはなくても、結果的に俺が悪いことになってしまう。またあの女は親父に俺のことをチクるだろう。

「今朝ね、勇気くんが私のこと無視したのよ」

「またか、あのクソガキ。俺がガツンと言ってやる」

また殴られるのか。ちくしょう。もうどうだっていい。今日は東京で思いっきり遊ぶんだ。むかつくことなんか全部忘れてやる。

 

途中コンビニで飲み物やガムを買い、駅の集合場所に行くと、リキと宏明はもう来ていた。

「遅いぞ勇気」

「ごめんごめん」

「えっと、バス代が往復で六千円な」

「わかった」

俺は宏明に立て替えてもらっていた分を渡した。

「勇気、金、大丈夫だったか」

「何とかな。こづかいとか適当に貯めてたやつかき集めてきた。リキは?」

「俺も何とかなったよ」

見ると、リキの荷物がやけに多い。背中にいつものザックと、手にはパンパンにふくらんだスポーツバッグを下げている。

「リキ、おまえ何だよ、その格好。まるで家出するみたいじゃん」

俺がふざけて言うと、リキは黙って笑いながら目をそらした。

すぐにバスが来た。俺たちは嬉々としてそれに乗り込んだ。

「一番後ろ行こうぜ、後ろ」

「バカ。遠足じゃねえんだぞ。席は指定なの」

「そっかあ」

ここから東京までは高速で約五時間だそうだ。新宿に着くのはお昼過ぎになるらしい。

バスが走り出してからしばらくは、大してかわりばえのしない景色が続く。さすがにめったにしない早起きがたたったのか眠くなってきた。揺れに合わせてうとうととするがすぐに目が覚めてしまう。

隣にいる宏明がうるさいのだ。俺の体をつついてきたり、がさがさとお菓子を食いだしたり。何でこいつこんなにテンションが高いんだ?

それと対照的なのがリキだ。後ろの席でずっと黙ったまま窓の外を見ている。自分から東京行こうって言い出したくせに、いまいち気が乗らないんだろうか。

ふと気付くと一人で騒いでいた宏明がいつのまにか眠っている。だんだんとこっちに傾いてくる宏明の頭を何度か押し戻してから、俺もシートを倒して目を閉じた。

やれやれ、これでやっと一眠りできる。そのあとは一切記憶がない。

「着いたぞ!」

何時間たっただろう。宏明のかん高い声で起こされた。慌てて窓の外を見る。えっ、ここが東京?

「なあなあ、エビちゃんいるかないるかな」

「バーカ。恥ずかしいからやめろって」

と言いつつ、俺もひそかにテンションが上がってくるのを感じていた。

やった! とうとう来た! 東京だ!

 



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