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幻灯傘 1

 何かが爪先に引っ掛かって、よろめいた途端に、狭い通路に不安定に積み上げてあった箱に手を付いた。そのせいで、箱の山が盛大に崩れ落ち、一瞬にして、辺り一面もうもうと立ち込める埃に包まれた。
「も~気を付けてよね」
 煙の向こうから、咳込む俺を気遣う気配など微塵もない彼女の声が言う。
「お宝壊したりしたら、元も子もないじゃない」
「俺の体より、お宝かよ」
「蔵にあるお宝売れば、結婚資金になるかもって言ったの、あんたでしょ。だから、こんな埃っぽい所で、埃まみれになりながら、宝探ししてるんじゃ、ないんですか?」
「へいへい、俺が悪うございました」

付き合い始めて、三年。最近の俺達は、口喧嘩が絶えない。


俺達は近々結婚することになった。言い方が何だか客観的になってしまうのは、多分、俺にその実感がまるでないからなのだろう。
 というのも、実を言うと、俺的には、まだまだその気ではなかったからだ。おまけに、先月、不景気のあおりを食って失業したばかりで、収入はないし、預金だってたかが知れている。
 それでも、結婚という話になってしまったのは、彼女に子供が出来たから・・

 その事を知ってから、彼女の目の色が変わった。人生気楽に行こうよ的な空気は、彼女の中からきれいに払拭されて、最近、やたらと「人生設計」なんて言葉を口にする。

 特に目的もなく、ただ田舎にいるのが嫌で、俺は、家出同然に都会に出た。だから、今まで、敷居が高くて家には戻れなかった。だが、そんな風に敬遠していた実家にも、彼女に引っ張られる様にして、こうして連れて来られる羽目になった。
 そして、案の定、人生あまりうまくやっていない様子の俺に、両親が雨あられと降らせた叱咤は、俺を大いにへこませた。
「好き勝手にやればいい」
 という父親の捨て台詞と共に、実家からの援助の道はあえなく絶たれた。

 そんな俺に、唯一助け船を出してくれたのが、祖母だった。
 蔵に、亡き祖父が趣味で集めた骨董の類があるから、好きなものを持っていけばいいと言ってくれた。それで、俺達は宝探しを始める事になったのだ。
「何か、言うほど目ぼしいものないわよねえ・・」
 崩れた箱を積み直していると、彼女の声が聞こえた。それに答える気もしなくて、俺は黙々と箱を片付ける。何だか、こんな風に、目の色を変えて金目のものを物色している自分たちが、急にさもしく思えたのだ。

 箱があらかた元の場所に納まって来ると、先刻俺がつまずいたと思しきモノが、床に転がっているのが目に止まった。良く時代劇とかで見かける、白い和傘である。
「・・唐傘・・っていうんだっけか、こういうの」
 古ぼけて、すこし黄ばんでいる辺りが、いかにも年代物という風情がする。
 物珍しさも手伝って、俺はその傘を手に取って開いてみた。ばんっという軽快な音と共に、傘が開く。

「・・でかっ」
 思わずそう呟いていた。柄の長さが、記憶にあるものよりも長い様な気がしたのは、気のせいではなかったらしい。広げると、大人が三、四人は入れるのではないかという大きさだった。
「何?その傘のお化け」
 彼女も、宝探しに嫌気がさしていたのだろう。俺の手にしているものに興味を示して、傘の中に入り込んで来た。
「・・傘持ちの持つ奴かな」
「傘持ちって?」
「・・ほら、時代劇とかで、花魁なんかの後ろから、傘を差しかけてる人いるじゃん、あれ」
「花魁さんの使ってた傘にしては、随分と地味な傘ねえ」
 言われれば、傘は白地で、そこには何の模様もない。

・・と、見上げる目の端で、何かが動いた。


1
最終更新日 : 2010-06-24 22:17:40

幻灯傘 2

「ねえ・・今、何か見えなかった?」
 彼女もそれに気づいた様で、その辺りを目を凝らして見据えている。

・・と。

「あ、ほら」
 彼女の指した指の先、少し黄ばんだ白い傘紙の上を、すい~っと黒い魚が横切って行った。
「見たっ?」
「・・見た」
 目を見張る俺達の前で、そこに幾つもの水の波紋が浮かび、傘紙が白から淡い水色へと変化を遂げる。その水の中を、今度は鮮やかな色を纏った錦鯉が通り過ぎた。

「・・どういう仕掛け?」
「さあ・・」

 やがて、水の波紋は幾重にも重なって消えていき、傘は、何事も無かったかの様に元の白色に戻った。
「ちょっと、持たせて」
「いいけど、結構重いよ」
 傘の柄を掴むと、彼女は傘をくるりと回す。
 その途端、傘紙の上に、淡いピンクの桜の花びらが舞った。
「うっわ、楽しいかも」
 彼女が歓喜の声を上げる。
 俺たちが、しばらく桜を楽しむと、傘はまた白に戻る。そこで彼女がまた傘を回す。

 

  宵闇に浮かぶ蛍。
  蒼天の紅葉。
  夕暮れに舞う蜻蛉。
  降り積もる雪に足跡を残していく兎。


 

 彼女が傘を回すごとに、幾つもの情景が浮かんでは消えていく。

そして・・

「・・何か、凄いねえ・・」
 頭上の天の川を仰ぎながら、彼女が溜め息混じりに言った。
「うん?」
「こういうのホントに宝物っていうんじゃない?」
「そうだね」
「これ、もらってもいいのかな?」
「・・これ売って、お金にする?」
「まさか。売るなんて勿体ない。これって、ホントの宝物だよ」
 そう言って目を輝かせた彼女の笑顔は、まるで子供の様で、俺は思わず微笑んでいた。
「じゃ、うちの家宝にでもするか」
 そう言うと、
「あたしたちには、随分と分不相応な言葉じゃない?」
 と、彼女が笑った。


 

 蔵から出た後、俺は、親父に土下座をして、今までの自分の態度を詫びた。この宝物の前では、そんな事はたいした事ではないという気分になっていたのだから、不思議だ。

 また山程の小言のおまけ付であったが、親父は、幾ばくかのお金を渡してくれた。もちろん、これは貰うのではなく、これから何年掛かっても、返すつもりでいる。

 

 帰り際、玄関先まで見送りに来てくれた祖母が、俺が抱えている古ぼけた傘を見て、ふと、何かを思い出した様に笑って、そして言った。

「その傘ね・・お爺さんが、なけなしのお金、はたいて買ってきてね。戦後の何もない頃よ。遠くまで食べ物を調達しに行った筈なのに、持って帰ってきたのは、その傘一本で・・それで、結婚して初めて大げんかしたのよ。こんなもの買ってきて、明日から何を食べるおつもりですかってね」

「・・それで?」
「ふふ。相合傘で、仲直りってところかしら・・」
 祖母がウインクをしたのを見たのは、この時が初めてだった。
「お幸せにね」
 その言葉が、俺達の前途に明るい花を添えてくれた。



【 幻灯傘 完 】


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最終更新日 : 2010-06-24 22:17:32

この本の内容は以上です。


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