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きみをだれかがそらと呼んだ

 

 

 

 きみは目深にかぶっていた帽子をあぜ道にかなぐり捨てた。

 なにに腹を立てたのか、わからない。

 あずまやからだれか女のひとが、

「そら」

 と呼んだ。

そうか、そらという名前なんだ。

きみはあたかも、

「わたしは、そらじゃない」

とでもいうように無視している。

こぶしを握って虚空をにらんだまま動かない。

 四歳くらいになると、ああして頑固にじぶんの想いを主張するのか。

 

■こちらの拙文をイメージして曲『きみをだれかが「そら」と呼んだ』を創ってみました。4分半ほどのDTMによる作曲です。関心がおありでしたらどうぞ聴いてください。こちら


 テコでも動かない、といううしろ姿がほほえましい。

 おさないわがままゆえのたわいない怒りにしても、名を呼ばれて返事もしないきみは、愛すべき女の子だ。

 そして、そらと呼んだそのひとをきみは愛している。そのことをきみじしんが知っているのだろう。

 だから虚空に向かってはっきりといえる。

「おとうさんはきらい」

 そんなふうにいえば、父親が急にやさしくなることもきみは知っているのかもしれない。

 なかばあきれ声で女のひとがまた呼びかける。

「ぼうしをかぶらないと、あついでしょう」

「ちっともあつくない!」

 スイセンの枯れた花にとまって動かないヤンマと、あぜ道でそっぽを向いて仁王立ちしている女の子のあたまを真夏の太陽が照りつけている。

 

 

  【写真】ウチワヤンマ 2008年7月19日


この本の内容は以上です。


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