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びわの毛皮

 

 

 花びらが落ち、びわの毛皮が残る。

 いや、毛皮のなかでは、つぎの夏へ向けて、実りへのいとなみが絶えることはない。

 ただ外気は冷たく、毛皮はいよいよ毛ぶかく、いのちを包む。


枯れ野に在り

 

 

森のほとりのユズは
実るにまかせ
落ちるにまかせ
ふたつみっつ、ひろって

くたびれたコートのポケットにしのばせ


わたしのふるまいに

森がさざめき
やせた白い花が

こつぶの赤い実が

しんとした冷たい空気をやぶって

かがやきはじめる



 

 

 

わたしは ちいさなけもののように
おののき
ふるえ
枯れ草のふりをする


トンボの歯ぎしりを聴いたかい

 

 

駐車場の周縁にくいが打たれ、太い針金がいっぽん張り巡らされている。

 この針金がトンボの恰好の休息の場らしく…いや、トンボがそこに止まって、はたして休息しているのかどうか、そんなふうに見せかけて獲物の飛来を待ち受けているのかもしれないが。

 手なぐさみの写真撮影で針金の上のトンボを撮っていると、入れ替わりにやってきたトンボがいて、そいつは口の部分を光らせている。なにかとおもえば、小さな虫を口に含んでいて、獲物の透明な羽が午後の光を受けて光っているのだ。

 トンボがなにかの虫を追っかけるのを見ることはあっても、捕食しているさまを見ることはめったにない。(いちど、トンボがトンボを喰っているのを目撃したことがある。喰っているトンボと喰われているトンボのあたまが同じ大きさでならぶのを見るのは、ちょっとおぞましい)

 針金の上のそいつは、のんきにカメラを持ってかまえているやつのところへわざわざやってきて、

「ほら見てくれ、いま、ご馳走にありついたんだ」


 とばかりにムシャムシャやっているというわけだ。

 じつにムシャムシャと口を動かすさまは、ヒトとそっくりで、無精ひげを生やしたおっさんが、喰い意地を…というかんじなのだ。

 そしてあろうことか上唇をひらいて、喰っているものをわざわざ見せびらかしたりする。

「おれの周りにそんなことをするやつはひとりもいねえよ」

 ぺろりと舌まで見せてくれそうな。

 いや、舌も歯もないはずだが、舌なめずりをして。

 と、ヒトの目の前ですっかり獲物を嚥下して満足げな顔をくらくら振っている。

 いかにもヒトと似た喰いっぷりに、特に親近感がわくのでもなく、むしろ、おれもトンボと同じだ、とみずからを卑下するような心持になるのだが、ヒトと似ている、ということでは、トンボの歯ぎしりの音を聴いたという話を知って、こちらのほうにもっと興味をもったのだ。

 ブログの記事で、<ギリギリという物音を聴いて、もしやとおもったら、トンボが歯ぎしりをしていた>とある。(「いしころとまとの花野果村(はなやかむら)」2007年9月・宮城県)



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