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 赤い実は、やがて、黒へとかわるのだろうか。

 直径十ミリほどの固い実からは、そうした兆しはうかがえなかったけれど。

      

 資料館のひとにたずねてみればよかった、とあとになっておもった。

 受付のひとと、話はしたのだ。サクランボの話ではなく、館の前庭に栽培されているホトトギスについて。

 

 メタセコイヤの木の下で、そこから落ちるしずくが、ホトトギスによからぬ影響を与えているのではないか、とそのひとはいう。

 

 さらに、ここでは自生しているのがほかにあって、そのひとも、ことしこそ、その花をみたい、という。

 

 ことしは、だから、龍ケ崎と、もしかすると成田市でも、自生のホトトギスがみられるかもしれない。


びわの毛皮

 

 

 花びらが落ち、びわの毛皮が残る。

 いや、毛皮のなかでは、つぎの夏へ向けて、実りへのいとなみが絶えることはない。

 ただ外気は冷たく、毛皮はいよいよ毛ぶかく、いのちを包む。


枯れ野に在り

 

 

森のほとりのユズは
実るにまかせ
落ちるにまかせ
ふたつみっつ、ひろって

くたびれたコートのポケットにしのばせ


わたしのふるまいに

森がさざめき
やせた白い花が

こつぶの赤い実が

しんとした冷たい空気をやぶって

かがやきはじめる



 

 

 

わたしは ちいさなけもののように
おののき
ふるえ
枯れ草のふりをする


トンボの歯ぎしりを聴いたかい

 

 

駐車場の周縁にくいが打たれ、太い針金がいっぽん張り巡らされている。

 この針金がトンボの恰好の休息の場らしく…いや、トンボがそこに止まって、はたして休息しているのかどうか、そんなふうに見せかけて獲物の飛来を待ち受けているのかもしれないが。

 手なぐさみの写真撮影で針金の上のトンボを撮っていると、入れ替わりにやってきたトンボがいて、そいつは口の部分を光らせている。なにかとおもえば、小さな虫を口に含んでいて、獲物の透明な羽が午後の光を受けて光っているのだ。

 トンボがなにかの虫を追っかけるのを見ることはあっても、捕食しているさまを見ることはめったにない。(いちど、トンボがトンボを喰っているのを目撃したことがある。喰っているトンボと喰われているトンボのあたまが同じ大きさでならぶのを見るのは、ちょっとおぞましい)

 針金の上のそいつは、のんきにカメラを持ってかまえているやつのところへわざわざやってきて、

「ほら見てくれ、いま、ご馳走にありついたんだ」



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