目次
まえがき
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タイトル目次
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第1章 エコ技術と生産技術
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アメリカの新車燃費規制
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公差の魔術
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海賊版対策とIpadの中身
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第2章 資源と環境技術
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リサイクルされるレアメタル
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レアアース戦争
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微生物と植物が地球を救う
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日本が産油国になる日
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第3章 電気社会の到来
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宇宙太陽光発電衛星計画
海洋温度差発電
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直流送電技術
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ワイヤレス送電技術
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電気自動車の可能性
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キャパシタ搭載バス
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ハイウェイトレイン構想
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ギガンティック・トウキョウ
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第4章 食料生産技術
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野菜工場
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CAS冷凍技術
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クロマグロの養殖
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第5章 宇宙科学技術
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小惑星探査機「はやぶさ」
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アブレータ耐熱技術
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イカロスの翼
学術・科学技術予算について
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第6章 軍事技術
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CSMミサイル構想
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F22とF35はガンダムとジムくらいに違う
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自衛隊がF22を持つ意味
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空母型護衛艦「ひゅうが」
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第7章 日本の安全保障と国家モデル
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軍事力による平和
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ODAは肉食動物を太らせた
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アメリカの強さの源泉
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日本がスネ夫になるための2つの条件
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しずかちゃんに成りかけた日本
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かつての日本はノビスケだった
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日本が出来杉君になる日
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あとがき
あとがき

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かつての日本はノビスケだった

日本というのび太は、何も、最初からのび太だったわけではない。昔はそれなりに強かった。

 

ドラえもんには、のび太が、大人になったのび太に会いに行くという話があるけれど、大人になったのび太は、しずかちゃんと結婚して、ノビスケという一人息子をもうけている。

 

このノビスケは、外見こそのび太にそっくりなのだけれど、乱暴者で喧嘩が強く、ジャイアンやスネ夫の息子と思われる同年代の子達(ジャイチビ、スネ太)を苛めたりしている。

 

つまり、戦前の日本は、ああいったノビスケのように、強くて、ある意味恐れられている存在でもあった。

 

そのノビスケが、ジャイアンとタイマンの喧嘩をして、死闘の果てに敗れたのが先の大戦だった、とみることも出来るだろう。

 

だけど、問題なのは、その後で、ノビスケと喧嘩したジャイアンも、勝ったとはいえ、相当なダメージを受けてボロボロになってしまった。

 

ノビスケの余りの強さに恐れをなしたジャイアンは一計を案じ、ノビスケを弱くしようと考えた。

 

つまり、ノビスケに眼鏡を掛けさせて、お前はノビスケではなくて、のび太だ、と言い聞かせて、そう思い込ませるようにしようとしたのだ。

 

一方、ノビスケの方も、ノビスケなりの計算があって、ズタボロになったままジャイアンに逆らうよりは、今はまず、体力の回復が先だとして、自分はのび太だ、と思い込むことにとりあえず同意した。


この、戦後日本はノビスケからのび太になった、というのは、日本とアメリカの関係を比喩的に述べたに過ぎないのだけれど、現実を良く言い表している。

 

つまり、自身の腕力を封印するために、自分で両手両足を縛りつける、いわゆる平和憲法を制定して、ジャイアンに逆らわないと誓う代わりに、在日米軍を受け入れることで、ジャイアンに傍に居て貰う約束を取り付けたのがこれまでの姿。

 

おそらく、始めのうちは、そのうちチャンスを見て、両手両足の縄を解く、すなわち憲法改正を考えていたのだろうけれど、両手両足を縛ったままにしているうちに、いつしかノビスケは本当に自分がのび太だと信じ込むようになってしまったのが悲劇の始まりだったのかもしれない。

 

そして、更に厄介なことに、ノビスケとジャイアンの喧嘩の際に、あおりをくらって怪我をした連中、すなわち、中国や韓国、北朝鮮がノビスケを責め苛むようになった。あのときの喧嘩で俺達は怪我をした、どうしてくれるんだ、治療費よこせ、と。

 

もはやすっかり自分がのび太だと信じ込んでしまっているノビスケは、彼らの文句にビビっては、顔色を伺う毎日を過ごしてきた。これが、有る意味において、今の日本の置かれている状況ではないかと思う。

 

そんな自分をのび太を思い込んでいるノビスケだけど、最近になって、やっぱり自分はノビスケなんだ、と思い出して、ノビスケ宣言しようという動きがあったた。安倍政権のこと。

 

安倍元総理は、戦後レジュームの総決算と銘打ち、憲法改正を睨んだ改革に着手していった。のび太からノビスケへの目覚めを志向したのだ。

 

ところが、ノビスケへの復活の動きは、周辺国をいたく刺激した。過去の記憶に恐れをなした各国が警戒を始めた。

 


のび太が本来のノビスケに戻るというのは、本人にとっては至極当たり前のことかもしれないけれど、周りからみれば、危険極まりなく映ってしまう。

 

だから、ノビスケとジャイアンの喧嘩で煽りを食らって怪我した連中は、殊更にノビスケは悪い奴だ、と喧伝し、のび太がノビスケとして目覚めないように牽制している面もあるだろう。

 

世界はノビスケを警戒している。昔の乱暴者のイメージが抜けていない。本人はもうそんな気は全然無いのだとしても、周りはそうは思わない。

 

安倍政権は志半ばで潰えてしまったけれど、仮にそのまま続いたとしても、世界から警戒の目で見られた可能性はあったと思われる。もちろん、ノビスケの方にも言い分はあるのだけれど、世界から黙殺されている。

 

ただ、最近になってようやく、アメリカでも、やっぱりノビスケの方がよいという声が強くなってきているようだ。

 

だけど、ノビスケとジャイアンの喧嘩で、煽りを食らって怪我した連中はそうは思わない。これはほぼ確実だと思われる。

 

だから、日本はノビスケとして目覚めるのもひとつの方法かもしれないけれど、もう一段違ったキャラクターとして生きていく道もあるのではないか。

 

それは出来杉君になるという道。

日本が出来杉君になる日

日本がスネ夫ではなく、しずかちゃんでもないキャラクターになろうとすれば、ノビスケに戻るよりは、出来杉君になるほうが良いと思われる。

 

ただし、これは半ば空想に近いくらい難しい話になるのだけれど、ひとつの可能性として、述べてみたい。

 

ドラえもんの中での出来杉君は、完璧に近いキャラクターとして存在している。

 

勉強が出来て、テストはいつも100点。スポーツ万能でジャイアンの野球チームでプレーすれば大活躍。ジャイアンをして、お前のお陰で勝てたとまで言わしめたこともある。

 

何事にもソツがなく、クラスからの尊敬を集めている。先生からの信頼も篤い。読んで字の如く「出来過ぎ」なキャラクターが出来杉君。

 

そんな、出来杉君というキャラクターを国に当てはめるのに無理があることは重々承知しているけれども、あえていうとするならば、グローバルレベルでの世界のリーダー、それも、みんなが出来杉君に宿題を教わりに来るように、世界各国が国家運営について、教わりにくるレベルの国ということになるだろう。

 

もう少し具体的に言うならば、政治、経済、文化、いずれも一級品であり、かつ時代に一歩先んじている、即ち、未来の国家モデルを体現している国だということ。

 

かつて、日本も敗戦後は、アメリカの国家モデルを理想として、それに追いつこうと走ってきたけれど、未来を指し示し、他国がその真似をしたいと思うくらいのレベルに達して始めて、出来杉君のレベルに到達する。

学校の宿題をただ解いているだけでは、未来モデルの国家になることはできない。日々起こる問題に対処しているだけでは、普通に国家運営をしているレベルを超えられない。

 

だから、出来杉君のような国とは、今の時代にあって、今を超えた国。例えば、進学塾か何かで、小学校4年生が、4年生の勉強なんかとっくに済ませて、5年生、6年生の勉強をするように、50年、100年を先取りした国家になることによって、他国が教わりに来るような国があれば、それは出来杉君のレベルに達した国。

 

そして、それは科学技術といったものだけではなく、文化・政治・経済システム等、あらゆるものが未来を先取り、若しくは予感させるものでなくてはならない。

 

果たしてそんな国家があり得るのか。

 

過去を振り返ってみると、たとえば、フランス革命などはひとつの転機であったように思われる。

 

あのフランス革命によって、王制が終わりを告げ、民主制が始まったわけだけれど、あの時代に提示された「自由と平等」の精神が、当時における未来モデルの提示であったと思う。

 

その後、その精神に立脚した国家がどんどんと建国され、今も尚「自由と平等」は民主国家の精神的基盤を為している。

 

ですから、事は簡単ではないのだけれど、ある国が出来杉君になるということは、つきつめていえば、未来への時代精神を持っている、ということになると思う。

 

フランス革命から早や200年が過ぎ、共産主義は崩壊し、自由主義もサブプライムとその後の金融危機で、その問題と限界が露呈してきているけれど、世界各国はこれらの問題を解決しようと躍起になり、なんとか国家立て直そうとしているようにも見える。

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