勿論、アブレータは最後には、溶けて無くなってしまうのだけど、完全に溶け切る前に地表に落下できれば、カプセルを守るという役目は十分に果たすことになる。実際の「はやぶさ」は2010年6月13日、日本時間午後10時51分ごろ、豪州南部の上空で大気圏に再突入し、約60億キロの旅を終えて7年ぶりに地球に帰還した。
心配されていた回収カプセルの分離も問題なく、回収カプセルは、22時51分頃大気圏に突入。燃え尽きることなく目標地点に落下した。23時7~8分頃には、オーストラリア・ウーメラ砂漠にて落下したカプセルのビーコン発信を確認。23時56分には、ヘリから目視でカプセルの存在を確認できた。
回収カプセルは、高度約10kmでパラシュート開傘、前面および背面ヒートシールド分離し、ビーコンを放射しながら緩降下するよう設計され、着地予想地点は、長手方向約200km、幅約20kmの楕円領域を設定していたのだけれど、着地したのは、予想地点のど真ん中だったというから、「はやぶさ」スタッフの運行能力に敬意を評したい。
これまで、地球以外の天体から物質を持ち帰ったことは、月の石を持ち帰った旧ソ連のルナ計画と米国のアポロ計画。そして、彗星のチリを回収した米国探査機スターダストと太陽風物質を集めて地球に持ち帰ったジェネシスのカプセル(どちらもNASAによって実施)があるのだけれど、ジェネシスカプセルは大気圏再突入後、パラシュートが開かず、地上に衝突して大破したというから、さぞかし「はやぶさ」運用スタッフも気が気でなかっただろう。
現在、太陽系の天体からのサンプルを持ち帰った際には、「宇宙検疫」の問題をクリアすることが義務づけられている。勿論、宇宙から謎の病原体か何かを持ち込んで汚染されることを防ぐため。
特に、地球外生命体の存在の可能性がある天体から帰還する探査機や回収サンプルについては、地球-月系への帰還探査機の衝突回避、帰還探査機の完全殺菌、帰還試料の封じ込めが義務づけられている。
イトカワは生命の存在の可能性がある天体と見なされていないから、そこまで要求されてはいないのだけれど、JAXA宇宙科学研究所は、物質をまったく外気に触れない状態で回収・分析できる、「クリーンチェンバー」と呼ばれる世界で唯一の装置を備えている。クリーンチェンバーは、2室構成になっていて、カプセルを開封して、真空環境で一部試料を保管出来るように、超高真空仕様とした第1室と、大気圧高純度窒素雰囲気(不純ガス成分500ppb以下)で試料を扱うグローブボックス仕様の第2室に分かれている。
また、チェンバー内面や付属物、チェンバー内に導入される治工具は予め真空環境での加熱処理を行うことで、表面に付着している汚染ガス分子成分を極力取り除いている。クリーンチェンバー内は、粒子・塵発生源を限ることが可能な小さな空間で、内部の地球源微粒子をゼロに近づけることが出来るという。開封せずに日本に運ばれる、「はやぶさ」の回収カプセルは、このチャンバー内で開封される。カプセル内部には、残留ガス(重希ガス)があることも考えられていて、まずはガス質量分析を行なったのち、ガスがあればそれを抜いてから、試料の光学観察を行うことになっている。
その後、試料を汚染しないように、クリーンチェンバー外から長作動距離顕微鏡を使って、光学観察データを採取して、試料の粒度分布を解析する。また、試料の重さの測定もクリーンチェンバー内に組み込んだ電子天秤で実施する。もしも、試料が十分に有る場合は、赤外分光観測をして、光学特性を測定する予定もあるという。試料は、顕微鏡で観察しながら「特製ピンセット」で拾い上げるそうなのだけれど、このピンセットは専用に開発された超特製品。材質は、触れた物質を汚染する可能性が極めて低い石英ガラスで、これを加熱して両側から引っ張って、ちぎれた部分をピンセットとして使うという。
これによって、ピンセットの先端は幅1000分の1ミリ以下という超々極細。この先端に電圧をかけて静電気を起こし、そこに引き寄せられた粒子を回収する仕組みになっているそうだ。よくもまぁ、こんなピンセットを考えたもの。回収できた試料は、同じく石英ガラス製の容器に保存して、国内の初期分析チームが解析。その後、各国から寄せられた優れた研究テーマの提案者たちに配って、一部は真空の容器に収め、後世のために保存される。このクリーンチェンバーを見学に訪れた、NASAの研究者達は、その汚染を防ぐ構造やコンパクトな外観に「ビューティフル」の声を上げたという。
全てのミッションを完璧にこなした「はやぶさ」は、大気圏再突入し、燃え尽きたけれど、その活躍には世界各国からの賞賛の声が集まっている。今回の「はやぶさ」のように、地球外の天体からサンプルを持ち帰る計画は、日本だけでなく、世界でも進んでいる。アメリカは、近地球型小惑星からのサンプルリターンを行うOSIRIS計画を進めているし、欧州宇宙機構(European Space Agency)は、無人探査機による火星サンプルリターン計画を発表している。そして、中国は月探査機「嫦娥3号」による月からのサンプルリターン計画を、更には、インドが月探査機「チャンドラヤーン2号」による月からのサンプルリターン計画をそれぞれ発表している。
日本も、はやぶさ後継機である、「はやぶさ2(仮称)」で、イトカワとはスペクトルタイプの異なるC型小惑星からのサンプルリターン計画があり、更に、その次の小惑星探査計画も検討しているそうなのだけれど、科学技術に理解のない政府を持った国は、全く持って不幸であるとしか言い様がない。それにしても、あれほどのトラブルに見舞われながら、「はやぶさ」は、よくぞ地球まで還ってきたものだと思う。JAXAの川口淳一郎教授にして、こちらの声に応えてくれたと言わしめるほどの健気な働きぶりには感動すら覚える程。
「はやぶさ」最後のミッションは、大気圏再突入前に地球を撮影することだった。だけど、これは当初の予定にはなく、「はやぶさ」運用スタッフが、全てのミッションを終えたあと、はやぶさに地球を見せてやりたいとの計らいだったという。
「はやぶさ」は 全重量500kgという小型の軽自動車くらいの重量しかなくて、太陽電池パネルの端から端まで広げても、わずか5mしかないコンパクトな探査機。だから、重量約17kgの回収カプセルを分離した後、「はやぶさ」の姿勢は大きく擾乱して30~40度も乱れたのだという。それでもなんとか撮影をしようと、最後のリアクションホイール1基とキセノン生ガス噴射で姿勢を正す試みを続け、ようやく20時過ぎから航法カメラで地球撮像を行なった。
最後の1枚の画像を低利得アンテナにて内之浦の鹿児島局に送信中、22時28分30秒、通信途絶。最後に「はやぶさ」が送った画像が、自分が還る地球の姿だった。
イカロスの翼
「はやぶさ」うちあげから7年後の2010年5月21日午前6時58分22秒、H-IIA型ロケット17号機が種子島宇宙センターから打ち上げられた。H-IIA型ロケット17号機には、金星探査機「あかつき」と宇宙ヨット実証機「イカロス」が搭載されているのだけれど、今月11日に、その「イカロス」の帆の展開に成功したことが確認された。
イカロスとは、ソーラーセイル(太陽帆)と呼ばれる、ポリイミド樹脂製の厚さ僅か7.5μm、大きさが約14メートル四方に渡る超薄膜の帆を広げて、太陽光圧を受けて進む宇宙船。ソーラーセイルは、風の代わりに太陽の光を受けて進むから、エンジンも燃料も要らない夢の宇宙船と言われている。
イカロスのセイルの一部には、電力セイルと呼ばれる、薄い膜の太陽電池が貼り付けられていて、太陽の光を受けて発電することが出来るようになっている。イカロスのセイルの片面には、アルミが薄く吹き付けられ、太陽光をよく反射するようになっていて、また、万が一、膜が破れても、その亀裂が途中で止まるような構造になっているという。
流石は、「はやぶさ」で数々のフェイルセーフ機能を搭載していたJAXAだけのことはある。イカロスにも「真田さんな技術」は継承されている。イカロスの帆の展開作業は3日から開始されていて、円筒形の機体を回転(最速で毎分25回転)させ、側面に収納されていた樹脂膜を遠心力で伸展、約14メートル四方の帆が完全に広がったというから、まずは、第一ミッション成功。
イカロスには次の4つの実証確認というミッションが与えられている。
1.大型で薄いセイルを宇宙で展開
2.薄膜太陽電池による発電
3.ソーラーセイルによる加速の実証
4.ソーラーセイルによる航法技術の獲得