目次
まえがき
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タイトル目次
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第1章 エコ技術と生産技術
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アメリカの新車燃費規制
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公差の魔術
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海賊版対策とIpadの中身
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第2章 資源と環境技術
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リサイクルされるレアメタル
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レアアース戦争
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微生物と植物が地球を救う
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日本が産油国になる日
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第3章 電気社会の到来
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宇宙太陽光発電衛星計画
海洋温度差発電
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直流送電技術
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ワイヤレス送電技術
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電気自動車の可能性
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キャパシタ搭載バス
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ハイウェイトレイン構想
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ギガンティック・トウキョウ
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第4章 食料生産技術
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野菜工場
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CAS冷凍技術
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クロマグロの養殖
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第5章 宇宙科学技術
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小惑星探査機「はやぶさ」
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アブレータ耐熱技術
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イカロスの翼
学術・科学技術予算について
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第6章 軍事技術
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CSMミサイル構想
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F22とF35はガンダムとジムくらいに違う
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自衛隊がF22を持つ意味
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空母型護衛艦「ひゅうが」
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第7章 日本の安全保障と国家モデル
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軍事力による平和
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ODAは肉食動物を太らせた
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アメリカの強さの源泉
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日本がスネ夫になるための2つの条件
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しずかちゃんに成りかけた日本
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かつての日本はノビスケだった
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日本が出来杉君になる日
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あとがき
あとがき

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第5章 宇宙科学技術

 

 

 

 

 

 

 

第5章 宇宙科学技術


小惑星探査機「はやぶさ」

200359日に宇宙科学研究所から打ち上げられた小惑星探査機・通称「はやぶさ」は、2005年夏に火星軌道近傍の小惑星イトカワに着陸、サンプルを採集して20106月に見事地球へ帰還した。

 

JAXAは、カプセル内部で確認された微粒子の分析を進め、11月には、微粒子のほぼ全部がイトカワ由来の物質だと発表した。探査衛星「はやぶさ」は小惑星イトカワに接近した際に、様々な観測をおこなっていて、「近赤外線分光器(NIRS)」による、イトカワの地域ごとの反射スペクトルの観測や、「蛍光X線スペクトロメータ(XRS)」による総スペクトルの観測によって、イトカワの組成は、普通コンドライトであると推定されていた。

 

そして更に、「はやぶさ」がイトカワの「ミューゼスの海」と名付けられた、なだらかな部分への降下中に捉えた、イトカワ表面の画像には、表面の殆どで、数cmの大きさに揃った小石が敷き詰められたように存在し、観測の結果、輝石とかんらん石であることが分かっていた。カプセル内の微粒子にも、かんらん石や輝石、斜長石などが含まれ、イトカワの表面観測結果と一致していたことも、回収された微粒子がイトカワのものとする決め手の一つとなったという。

 

JAXAはこれまで、電子顕微鏡による組成分析では「イトカワ由来」と判断するのは難しいとして、より詳細な分析を行ってから結論を出す予定だったそうなのだけれど、上野宗孝・JAXAミッション機器系副グループ長は「大量の微粒子がそろって、イトカワ由来の傾向を示したので、科学的にも間違いない。簡易分析でこれほどはっきりした結果が出るとは、予想していなかった」とコメントしている。

 

小惑星に着陸するのも世界初なら、地球に帰還するのも世界初。そしてとうとうサンプルまで持ち帰っていた。正に快挙と言う他ない。

「はやぶさ」の名称は「第20号科学衛星 MUSES-C」。実は、はやぶさの名称は、打ち上げして、軌道投入確認後に決定された。命名の由来は、探査機が小惑星の表面を採取する様子を、隼が獲物を捕らえてさっと舞い上がる様子になぞらえたものだそうで、当時内之浦へと向かう寝台特急「はやぶさ」や、薩摩隼人の「隼」といった理由もあるという。

 

ただ、偶然にも、日本の宇宙開発・ロケット開発の父であり、旧帝国陸軍一式戦闘機「隼」の開発にも携わった、故・糸川秀雄教授の名に因んで命名された、小惑星「イトカワ」に、「はやぶさ」の名を冠した探査衛星が訪れるというのも、何やら運命的なものを感じないではいられない。

 

「はやぶさ」のミッションである、小惑星からサンプルを持ち帰るという「サンプルリターン計画」は国際的にも高く注目されていて、大きく次の4つの実験を目的としていた。

 

(1)イオンエンジンを主推進機関とした惑星間航行

(2)光学観測による自律的な航法と誘導

(3)惑星表面の標本採取

(4)惑星間軌道からの直接大気再突入と回収

 

「はやぶさ」はこれらのミッションを完璧に果たしたけれど、その運行はほとんど奇跡といっていい程のものだった。姿勢制御装置の故障や化学エンジンの燃料漏れによる全損。姿勢の乱れ、電池切れ、通信途絶にイオンエンジンの停止・・・。様々なアクシデントに見舞われてなお、ミッションを遂行したJAXAのはやぶさスタッフには素直に敬意を表したい。

 

たとえば、イトカワへの着陸では、XYZの3方向制御のために3台設けられていた姿勢制御用のリアクションホイール2台が壊れるというアクシデントに見舞われてなお、精度の出ないガス噴射制御での着陸を慣行し、見事に成し遂げている。


しかも「はやぶさ」に指令を送るのが片道30分、往復1時間かかるから、指令センターは、現実の「はやぶさ」の30分前の位置情報を受け取って、30分後の「はやぶさ」到達位置を予測して指令を出し続けたという。職人業以外の何者でもない。

 

元々「はやぶさ」は2007年に地球に帰還する計画で、2003年の打ち上げから5年の使用には耐えられる設計だった。ところが、イトカワ着陸後の燃料漏れによる通信途絶とその復旧のため、地球帰還は2010年6月に遅延することとなった。この遅延で、設計寿命の5年間を大幅に超えてしまうことが決定したにも関わらず、更に2年も余分にイオンエンジンを動かして航行を続けている。

 

こんな想定外の過酷な環境でもなお運用できているのは、JAXAスタッフや開発チームのありとあらゆる事故を想定してフェイルセーフ機能を搭載していたことによる。特に、2009年11月4日に起こった、4基中3基目のイオンエンジンの故障停止はもう駄目かと思わせるものだった。

 

ところがJAXAスタッフは既に故障によって運用を休止していたイオンエンジン2基のうち無事な部分同士を繋ぎ合わせることで2基で1基のエンジンとして使用するという離れ業をやってのけた。もちろん「こんなこともあろうかと」それを可能とする回路を仕込んでいたお陰。ネットでは、アニメ宇宙戦艦ヤマトに登場するキャラクターで天才科学者の真田さんになぞらえて、「なんという真田さん」だとか「変態技術だ」とか、妙な賞賛の声しきり。流石だという他ない。

 

「はやぶさ」に搭載されているイオンエンジン(μ10) はエンジン単体の性能試験や2万時間にも及ぶ連続稼動試験などを得て、「はやぶさ」本体に搭載されたのだけれど、事前に試験したことは、サブシステムを含めた各システム単体の試験で、システム全体の総合試験は行われなかった。サブシステム間の連携に関する試験は、エンジン動作を伴わない簡易チェックのみだったという。

それでも、いきなり本番でこうしてシステム全体を動かしてみせる日本の技術の高さについて、我々は、認識を新たにすべきだろう。「はやぶさ」のイオンエンジン(μ10)は、NECと米Aerojet-General社の協力を得て、人工衛星向けエンジンとして、2011年の販売を目指しているという。

 

イオンエンジンとは、アルゴンやキセノンといったガスをイオン化させ、電気の力でそのイオンを加速して後方に押し出すことで推進力を得るというエンジンのこと。推進剤がキセノンやアルゴンなどの軽量なため、十分な速度を得るには、長時間の加速が必要で、また瞬間的な推力も低いので、重力や空気抵抗のある地表面での使用には適さない。

 

その反面、従来のロケットエンジンのように「燃焼」をさせる必要がないから、酸素が要らなくて、少ない推進剤ですむという利点から、惑星探査機など長距離・長時間運用する宇宙機のエンジンとして期待されている。通常のヒドラジンを推進剤につかったエンジンだと、その燃焼ガスの放出速度は秒速3km程なのだけれど、「はやぶさ」のイオンエンジンは、秒速30kmでイオン化したキセノンを放出する。

 

プロ野球選手が投げる150キロの速球でも、秒速に直すと41mくらいにしかならないから、イオンエンジンの秒速30kmが如何に凄い速度か分かる。

 

また、イオンエンジンは燃料の重量占有率に対して、軌道変換能力が高く、従来のヒドラジンを使ったロケットと比較して、推進剤の重量は1/4程度にも関わらず、軌道変換能力は4倍もある。イオンエンジンは、プラスに帯電したキセノンイオンを電気の力で加速し放出するためのイオン源と、負電荷を持つ電子を放出してキセノンイオンを中和するための中和器から成り立っている。

中和器とは、イオン源から放出されて、プラスに帯電したキセノンイオンにマイナスイオンをぶつけて中性にする装置のことで、中和しないと、折角放出したプラスイオンが、今度は、プラスイオンを放出することで、マイナスに帯電してしまっている「はやぶさ」本体に引き寄せられてしまい、加速することができなくなってしまう。

 

今回の故障したエンジン同士を繋ぎ合わせた、というのは、イオンエンジンBのイオン源とイオンエンジンAの中和器を繋ぎ合わせてひとつのエンジンとしたということ。凄い裏技である。こうした、「こんなこともあろうかと」という数々のフェイルセーフ機能というのは、実に日本人的は凝り性の賜物のように思える。

 

それは、おそらく、島国で資源もなく、限られたあるもので、兎に角なんとかしようという工夫の精神の発露ではないかとさえ。

 

アメリカなんかのようにアメリカンドリームを求めて、次から次へと人がやってくる国だったら、駄目だったら、出来そうなのに取り替えればいい、なんて簡単にできるけれど、日本のように、人の入れ替えが効かない国だと、そうはいかない。今ある人をやり繰りしてなんとかするしかない。まるで選手交代できないサッカーの試合のようなもので、フィールドプレーヤーの誰もがFWもできればMFもDFも出来るみたいな、マルチロールな使い方をすることを考える。

 

それと同じで、「はやぶさ」の開発チームも、もしこれが故障したら、こうする。ここが壊れたらあっちに切り替えるなど、実に様々なケースを開発段階から、きっちりと考えていたように思われる。これも、一種の日本文化が貢献した結果なのかもしれない。

アブレータ耐熱技術

地球に帰還した「はやぶさ」は、イトカワの入ったカプセルを分離、投下回収までの一連のミッションを見事にやり遂げたけれど、ここで、サンプル投下ミッションについて少し振り返ってみたい。

 

投下ミッションでは、「はやぶさ」は地球に近づくにつれ軌道を微調整しつつ、内蔵のカプセルをオーストラリアのウーメラ砂漠に落下させる。「はやぶさ」は、地球近傍までは、およそ秒速12kmで近づき、月軌道程度まで来たところで、カプセルを分離する。

 

分離されたカプセルは約10時間の単独飛行を行なった後、極超音速で地球に再突する。落下したカプセルは、高度約10kmでパラシュートを開いて降下。パラシュートを開くと同時にカプセルからビーコン信号が発信され、それをキャッチして回収するまでが、サンプル投下のミッション。

 

再突入カプセルは、直径約40cm、重量17kg で蓋のついた中華鍋のような形をしている。カプセルはアブレータと呼ばれる繊維強化型プラスティックの耐熱材料で覆われ、さらに「はやぶさ」の軌道上での熱制御のために、太陽光の反射率と吸収率が正確に管理された、アルミ蒸着カプトンが表面に貼られており、金色に輝いている。

 

高速で地球に再突入するカプセルが曝される空力加熱は、スペースシャトルのノーズの30倍、使い捨てライターの炎の300倍にも達し、表面温度は1万度にもなるという。スペースシャトルの耐熱タイルでもこんな高温には耐えられないし、耐えられる材料も存在しない。したがって、カプセルの耐熱は逆転の発想で「熱に耐えないで溶ける」ことで熱を防ぐ、アブレ―タ耐熱材を使用している。

 

繊維強化型プラスティックであるアブレータ最表面は、再突入時に分解して炭になるのだけれど、表面からすこし内側の繊維層は熱分解してガスとなり、同時にアブレータから熱を吸収する。発生したガスはアブレータ表面に噴出して1万度にもなる空気との間を漂って空力加熱を遮断するという。

勿論、アブレータは最後には、溶けて無くなってしまうのだけど、完全に溶け切る前に地表に落下できれば、カプセルを守るという役目は十分に果たすことになる。実際の「はやぶさ」は2010年6月13日、日本時間午後10時51分ごろ、豪州南部の上空で大気圏に再突入し、約60億キロの旅を終えて7年ぶりに地球に帰還した。

 

心配されていた回収カプセルの分離も問題なく、回収カプセルは、2251分頃大気圏に突入。燃え尽きることなく目標地点に落下した。2378分頃には、オーストラリア・ウーメラ砂漠にて落下したカプセルのビーコン発信を確認。2356分には、ヘリから目視でカプセルの存在を確認できた。

 

回収カプセルは、高度約10kmでパラシュート開傘、前面および背面ヒートシールド分離し、ビーコンを放射しながら緩降下するよう設計され、着地予想地点は、長手方向約200km、幅約20kmの楕円領域を設定していたのだけれど、着地したのは、予想地点のど真ん中だったというから、「はやぶさ」スタッフの運行能力に敬意を評したい。

 

これまで、地球以外の天体から物質を持ち帰ったことは、月の石を持ち帰った旧ソ連のルナ計画と米国のアポロ計画。そして、彗星のチリを回収した米国探査機スターダストと太陽風物質を集めて地球に持ち帰ったジェネシスのカプセル(どちらもNASAによって実施)があるのだけれど、ジェネシスカプセルは大気圏再突入後、パラシュートが開かず、地上に衝突して大破したというから、さぞかし「はやぶさ」運用スタッフも気が気でなかっただろう。

 

現在、太陽系の天体からのサンプルを持ち帰った際には、「宇宙検疫」の問題をクリアすることが義務づけられている。勿論、宇宙から謎の病原体か何かを持ち込んで汚染されることを防ぐため。

 

特に、地球外生命体の存在の可能性がある天体から帰還する探査機や回収サンプルについては、地球-月系への帰還探査機の衝突回避、帰還探査機の完全殺菌、帰還試料の封じ込めが義務づけられている。

イトカワは生命の存在の可能性がある天体と見なされていないから、そこまで要求されてはいないのだけれど、JAXA宇宙科学研究所は、物質をまったく外気に触れない状態で回収・分析できる、「クリーンチェンバー」と呼ばれる世界で唯一の装置を備えている。クリーンチェンバーは、2室構成になっていて、カプセルを開封して、真空環境で一部試料を保管出来るように、超高真空仕様とした第1室と、大気圧高純度窒素雰囲気(不純ガス成分500ppb以下)で試料を扱うグローブボックス仕様の第2室に分かれている。

 

また、チェンバー内面や付属物、チェンバー内に導入される治工具は予め真空環境での加熱処理を行うことで、表面に付着している汚染ガス分子成分を極力取り除いている。クリーンチェンバー内は、粒子・塵発生源を限ることが可能な小さな空間で、内部の地球源微粒子をゼロに近づけることが出来るという。開封せずに日本に運ばれる、「はやぶさ」の回収カプセルは、このチャンバー内で開封される。カプセル内部には、残留ガス(重希ガス)があることも考えられていて、まずはガス質量分析を行なったのち、ガスがあればそれを抜いてから、試料の光学観察を行うことになっている。

 

その後、試料を汚染しないように、クリーンチェンバー外から長作動距離顕微鏡を使って、光学観察データを採取して、試料の粒度分布を解析する。また、試料の重さの測定もクリーンチェンバー内に組み込んだ電子天秤で実施する。もしも、試料が十分に有る場合は、赤外分光観測をして、光学特性を測定する予定もあるという。試料は、顕微鏡で観察しながら「特製ピンセット」で拾い上げるそうなのだけれど、このピンセットは専用に開発された超特製品。材質は、触れた物質を汚染する可能性が極めて低い石英ガラスで、これを加熱して両側から引っ張って、ちぎれた部分をピンセットとして使うという。

これによって、ピンセットの先端は幅1000分の1ミリ以下という超々極細。この先端に電圧をかけて静電気を起こし、そこに引き寄せられた粒子を回収する仕組みになっているそうだ。よくもまぁ、こんなピンセットを考えたもの。回収できた試料は、同じく石英ガラス製の容器に保存して、国内の初期分析チームが解析。その後、各国から寄せられた優れた研究テーマの提案者たちに配って、一部は真空の容器に収め、後世のために保存される。このクリーンチェンバーを見学に訪れた、NASAの研究者達は、その汚染を防ぐ構造やコンパクトな外観に「ビューティフル」の声を上げたという。

 

全てのミッションを完璧にこなした「はやぶさ」は、大気圏再突入し、燃え尽きたけれど、その活躍には世界各国からの賞賛の声が集まっている。今回の「はやぶさ」のように、地球外の天体からサンプルを持ち帰る計画は、日本だけでなく、世界でも進んでいる。アメリカは、近地球型小惑星からのサンプルリターンを行うOSIRIS計画を進めているし、欧州宇宙機構(European Space Agency)は、無人探査機による火星サンプルリターン計画を発表している。そして、中国は月探査機「嫦娥3号」による月からのサンプルリターン計画を、更には、インドが月探査機「チャンドラヤーン2号」による月からのサンプルリターン計画をそれぞれ発表している。

 

日本も、はやぶさ後継機である、「はやぶさ2(仮称)」で、イトカワとはスペクトルタイプの異なるC型小惑星からのサンプルリターン計画があり、更に、その次の小惑星探査計画も検討しているそうなのだけれど、科学技術に理解のない政府を持った国は、全く持って不幸であるとしか言い様がない。それにしても、あれほどのトラブルに見舞われながら、「はやぶさ」は、よくぞ地球まで還ってきたものだと思う。JAXAの川口淳一郎教授にして、こちらの声に応えてくれたと言わしめるほどの健気な働きぶりには感動すら覚える程。

「はやぶさ」最後のミッションは、大気圏再突入前に地球を撮影することだった。だけど、これは当初の予定にはなく、「はやぶさ」運用スタッフが、全てのミッションを終えたあと、はやぶさに地球を見せてやりたいとの計らいだったという。

 

「はやぶさ」は 全重量500kgという小型の軽自動車くらいの重量しかなくて、太陽電池パネルの端から端まで広げても、わずか5mしかないコンパクトな探査機。だから、重量約17kgの回収カプセルを分離した後、「はやぶさ」の姿勢は大きく擾乱して3040度も乱れたのだという。それでもなんとか撮影をしようと、最後のリアクションホイール1基とキセノン生ガス噴射で姿勢を正す試みを続け、ようやく20時過ぎから航法カメラで地球撮像を行なった。

 

最後の1枚の画像を低利得アンテナにて内之浦の鹿児島局に送信中、222830秒、通信途絶。最後に「はやぶさ」が送った画像が、自分が還る地球の姿だった。

イカロスの翼

「はやぶさ」うちあげから7年後の2010年5月21日午前65822秒、H-IIA型ロケット17号機が種子島宇宙センターから打ち上げられた。H-IIA型ロケット17号機には、金星探査機「あかつき」と宇宙ヨット実証機「イカロス」が搭載されているのだけれど、今月11日に、その「イカロス」の帆の展開に成功したことが確認された。

 

イカロスとは、ソーラーセイル(太陽帆)と呼ばれる、ポリイミド樹脂製の厚さ僅か7.5μm、大きさが約14メートル四方に渡る超薄膜の帆を広げて、太陽光圧を受けて進む宇宙船。ソーラーセイルは、風の代わりに太陽の光を受けて進むから、エンジンも燃料も要らない夢の宇宙船と言われている。

 

イカロスのセイルの一部には、電力セイルと呼ばれる、薄い膜の太陽電池が貼り付けられていて、太陽の光を受けて発電することが出来るようになっている。イカロスのセイルの片面には、アルミが薄く吹き付けられ、太陽光をよく反射するようになっていて、また、万が一、膜が破れても、その亀裂が途中で止まるような構造になっているという。

 

流石は、「はやぶさ」で数々のフェイルセーフ機能を搭載していたJAXAだけのことはある。イカロスにも「真田さんな技術」は継承されている。イカロスの帆の展開作業は3日から開始されていて、円筒形の機体を回転(最速で毎分25回転)させ、側面に収納されていた樹脂膜を遠心力で伸展、約14メートル四方の帆が完全に広がったというから、まずは、第一ミッション成功。

 

イカロスには次の4つの実証確認というミッションが与えられている。

 

1.大型で薄いセイルを宇宙で展開

2.薄膜太陽電池による発電

3.ソーラーセイルによる加速の実証

4.ソーラーセイルによる航法技術の獲得


学術・科学技術予算について

こうした宇宙開発を始めとした学術・科学技術の開発は、継続的に行なわなければ中々身を結ぶものではない。だけど、政権交代後の民主党政権は、事業仕分けと称して、学術・科学技術を次々と削減していった。2009年11月24日、東京大学を始めとする、9大学の総長は、事業仕分けで、学術・科学技術予算の削減に対して異議を唱え、見直しを求める共同声明を発表した。9大学とは、旧7帝大と早稲田・慶応の9大学だから、日本の学術トップがこぞって削減に反対したと言っていい。

 

学術・研究分野は、いうまでもなく、1年、2年で簡単に成果が出るものじゃないから、その場で儲かる儲からないといった基準で考えると真っ先に削られてしまう類のものであることは、確かにそのとおり。だけど、それでも研究開発されているのは、それが必要とされているからだということは言うまでもない。現代社会は多かれ少なかれ、専門情報や過去の研究結果を下敷きにして、文明が作り上げられており、それがないと成り立たない。たとえば、燃料電池に関する素晴らしい研究が行われていたとする。それが突如研究費がゼロになってそれ以上続けられなくなったとしたら、当然研究開発が進められる環境を探して、そこで研究を続けることを考えるのが普通。

 

もしも、その研究環境を提供してくれるところが、海外だったら、そこに人材は流出してしまう。アメリカが偉いと思うのは、あれだけ合理主義で、金儲けだけを考えていながら知識や学問の価値を認め、世界中から優秀な才能を呼び寄せ、研究させていること。尤も、成果がでないと途端に解雇されてしまうという厳しい社会ではあるけれど、才能および成果には、それに見合った報酬をきちんと支払うという精神が、アメリカをあそこまでの大国にのし上げた。

2009年の4月27日、全米科学アカデミー(NAS)で、オバマ大統領はアメリカの研究開発投資をGDP2.66% から3%以上に増加させると演説している。日本の研究開発費は2006年度の統計によれば、184,631億円と米国の434,000億円に次いで主要国中2位だけど、対GDP比だと3.61%で世界一になる。

 

更に、研究者数では、日本は709,691人で、米国1,838,000人、中国1,224,000人についで3位となっている。だけど、世界一といっても、この額は民間の研究開発投資額を足したものであって、政府負担の額じゃない。日本の研究開発の費用負担は、民間の比率がとても高く、2005年の調査では政府は23.9%しか負担していない。だから、政府負担割合でみると、対GDP比率は03年度統計で0.68%となっていて、フランスの0.92%、アメリカ、ドイツの0.80%を下回っている。

 

こうした研究開発投資はただ漫然と行うのではなくて、これから成長する分野、挑戦する分野に対して行うのも重要なことで、オバマ大統領は、「クリーンエネルギー」、「先進自動車技術」、「ヘルスIT」を重視するという。経済産業省は、「政府研究開発投資の資源配分にあたっては、科学技術が挑むべき課題に対して、重点化を行うことを基本とすべき」としており、対応が望まれる。

 

ともあれ、今の日本の技術がこうした基礎研究・技術開発に支えられていることを理解した上で、予算を考えるべきだろう。 特に、最先端技術を駆使した生産ラインなんかは、一旦閉鎖したら、二度と同じものを立ち上げるのは非常に難しい。なぜかというと、そうした最先端分野では、部品ひとつとっても特注品であったり、生産ラインのメンテナンスなども非常に高度かつ「手作り」な部分が多くて、各所に職人がいて漸く維持できるものだから。

 

製品ひとつ作るのでも、機械が勝手にやってくれて、人間は寝てても大丈夫、なんてマンガみたいな話があるわけなくて、現実には、その機械やラインを「正しく」動かすのに物凄く人手がかかるもの。

もちろん、量産品を作る工場で何年も生産を続けているようなものだったら、生産ラインも省力化や簡略化が進んでいるから、それこそ人間は見てるだけでいいケースもあることはあるけれど、それだってラインの立ち上げ当初は、最初から最後まで人が面倒をみて、時には職人技で機械を調整して、どうにかこうにか動かしていた。ましてや、JAXAのように、ロケット分野ともなれば、宇宙空間で修理なんておいそれと行えないから、部品一つとっても、とんでもない耐久性能や精度、安全性が求められる。しかも量産品のように大量に出るものではないから、そんな部品を開発する生産ラインともなると、殆どJAXA専用のラインになって、値段も馬鹿高いものになる。普通そんな製品は商売にならないから、国家プロジェクトや補助金を出したりして、なんとか進めるものになる。

 

仮に、直ぐには商売にならないからといって、宇宙開発を不要だとしてしまえば、JAXAだけでなく、そのロケット分野を支える関連部門の生産ラインからノウハウから、一切合財なくしてしまうことになる。これを学問に例えてみるならば、数学なり物理なりひとつの学問分野を、丸ごと消去してしまうことに相当するのではないかとさえ思う。これは、笑いごとではなくて、もっと真剣に考える必要がある。なぜなら、こうした最先端技術を含む分野は、一旦無くしてしまったが最後、二度と元に戻らないかもしれない危険を孕んでいるから。それらを陰で支えている専門家達をスポイルしてしまって、彼らが亡くなってしまったら、永遠にその技術は失われてしまうかも知れないことを、もっと自覚するべき。

 

ひとつの生産ラインを立ち上げるのに必要な人手と技術に対して、どれほどの先行投資を行っているのかを知れば、特に、最先端技術を有する分野の行政法人を必要ない、だなんてとても言える筈がない。それにも関わらず、科学技術開発投資に力を入れないどころか、事業仕分けの遡上にあげるなんて、一体どういう神経をしているのだろう。目先の飲み水の為に、田んぼから水を全部抜いてしまっては元も子もなくなってしまう。
埋蔵金を探し出そうという熱意は買うけれど、何でもかんでもみんな削ってしまうと、国力を大きく毀損することがあることを、もっと自覚する必要がある。