目次
若き日の自分
それが夢ならば
アンコントローラブル
MZ-2000の頃
ここじゃないどこかへ
千葉工業高校の頃
夢中! 熱中! MSX2
ゼッパチ人間の過去・現在・未来
プログラマになるべきか
社会人になって
出てけと言われたその日から
ダリアの花散るとき
はじめての機械設計(1)
はじめての機械設計(2)
エディトリアルデザイナー
瞬きもせず
目覚めの朝、午前5時
ナナゼロ世代のこれから
思索と模索の日々
デジタルネイティブ
恐慌突破!
倒産したら、どうする
とほほな中小企業
これはもうダメかもわからんね
神様がくれた最后の5分
時には母のない子のように
アラフォー世代の挑戦
ブレイクスルーしたくて
謹賀新年2009
応用情報技術者試験
セミナーを受けに行きました
サーチエンジン 小説大好き!!
小説 個人情報の住む街
能動的に生きるということ
勉強嫌いの勉強法
浴びるほど 飲んだ奴ほど 死んで行く
サバイブするということ
仮想自営体験
自営するということ
自己観察 ―セルフモニタリング―
ハチロク世代がやってきた
なぜコンピュータにこだわるのか
JWNTUGの頃
人生の踊り場で小休止
拝啓 15歳の僕へ
90歳のミスター
自分をメンテナンスする
ワークライフバランス
花の生涯
2010年はチカラを温存する年に
謹賀新年2010
思索と模索の果てに
勉強嫌いな学生の皆さんへ
応用情報技術者試験、その後
これから製作所
ハッタリのススメ
中小企業が守っていない企業経営の基礎
ギスギスした職場への処方箋
選手からコーチへの転身
タクシードライバー
デイ・ドリーム・ビリーヴァー
関東と関西の境界線
10年前に、クラウドがあったなら
輝く人になりたくて
工業高校生の就活について(1)
工業高校生の就活について(2)
糖尿病 ―40歳からの警告―
後に続け青春たちよ
小説を始めました
工業高校生の夏休み
校舎の外の世界では
快適!! 朝型生活のススメ
ルック・アジア型にシフトしよう
幸せって何だっけ
連載2周年 書き始めた動機について
最近思うエトセトラ
気合いだ! はどこから来ているのか
PHPビジネス新書『伝える力』/池上 彰
Twitterに違和感を覚える人々
「させていただきます」の濫用
Windows 7 のHDD換装は超簡単!!
電子書籍の奔流
隣の芝生が青く見えた時
休筆のお知らせ
最近思うエトセトラ Part2
MSX PLAYerに寄せるノスタルジー
プログラミングの現場で『もしドラ』を生かす
ソニーの電子書籍 Reader を試してみた
Outlook 2007 で、KB2412171のアップデートをされた方へ
母校の恩師、クリティカルシンキングを語る
神奈川県座間市の電脳書房さん
近況報告 64bitパソコン導入など
ソーシャルメディアがたこ焼きを変える
最近思うエトセトラ Part3
東北地方太平洋沖地震
SPAMはSPAMであってspamにあらず
マイクロソフト スマートビジネスセンター 景品当選!!
呼吸をするように、自然にものが書けるようになればプロ
日本語という言語を極めたい
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関東と関西の境界線

 皆さん、特に東京と大阪の皆さん、ご存じでしたか。日本の東西で「馬鹿」と「阿呆」のニュアンスが、強烈に違うことを。東京では「馬鹿」は軽くて「阿呆」は罵倒ですが、大阪では「阿呆」は軽くて「馬鹿」は罵倒なのです。真逆なのです。これ、知っておいて損はないです。

 たとえば、大阪でむやみに「お前はバカだ!!」などと気楽にやると、関西人は、激怒するかもしくは立ち直れなくなるかのいずれかになります。また、東京で「お前はアホや!!」だなんて、気楽に言ったら、もしかすると半殺しの目に合うかもしれませんね。

■神戸に来て、おやっ? と思ったこと

 初めての会社。関東人の僕は、澄ましておとなしくしていました。そうしたら、同僚の社員から不気味がられました。どうやら、初対面から腹を割って打ち解けて話をしないと、打ち解ける気がないものと見なされるそうです。最初からフレンドでもないのに、フレンドリーにしなければ、なかなか仲良くなれません。もっと言えば、しゃべくりの街。それはもうテンション全開で……それは言い過ぎにしても、しゃべくらないと通じませんね。

■たぬきそばは、揚げ玉入りにあらず

 また、関東人の僕が、神戸高速鉄道の新開地駅の立ち食いそば屋さんで、平成3年ごろに困ったことがあります。僕は朝ご飯に「たぬきそば」、つまり、揚げ玉が乗っているそばを期待して「たぬき」を買ったのです。そうしたら、油揚げの乗ったおそばが……。「揚げ玉がはいってないんですが」「お客さんが買わはった食券はたぬきでっしゃろ? 間違いおませんがな」「いいや、揚げ玉が乗ってないからダメだ」「そんなことおまへん」「じゃあ、何を買えと言うのだ」「そしたらお客さん、『ハイカラそば』を買うてくんなはれ」……揚げ玉が乗ったそばの、どこがハイカラなんだ、という、釈然としない気持ちを胸に、油揚げの乗ったそばをすすったのでありました……。ハイカラ……。

■関東では「ねこまんま」関西では「お汁かけご飯」

 関西に来て、味噌汁の中にご飯をぶちこんでサラサラと注ぎ込む人がいますが、関西では立派な「お汁かけご飯」なので、関東の人におかれましては、「わー、ねこまんましてるコイツ」とかいうと、ジモティーはたいへん立腹します。また、「お好み焼きにご飯」とかいうメニューも普通にあるので、決して「おい、デンプンばっかり食べてるな」とか茶化さないでください。郷には入れば郷に従え……レッツゴー!!

■釣りに行って「チヌ」ってどんな魚?

 印刷会社時代の平成8年ごろ、直属上司に、淡路島に釣りに連れていってもらいました。そこまでは良かったのですが、上司が「みんな、チヌが釣れたぞ、やっほー」と言うので、魚を見てみると、なんと「クロダイ」。それからしばらくして言い争いがあって、「チヌじゃ!!」「いいえ、クロダイです!!」「チヌじゃ言うてるのに!!」「いいえ、クロダイです!!」「チヌ言うてるやろボケ」「ボケ言われたくありません、全国的に見ればこれはクロダイです!!」……とまあ、しょうもない言い争いが延々とありました。帰りの車中でも延々と……。

■メロンパンにあらず、サンライズ?

 神戸では、瓜を縦半分に切ったような形のやわらかいパンの中に、白いこしあんが入っているのが、メロンパンだったりします。少なくともコープこうべでは、全国的に見られるいわゆる「メロンパン」は、「サンライズ」と呼びます。あ、ガンダム作っている会社と同じ名前か。それにしても、なにゆえメロンパンをサンライズと呼び、メロンパンでないものをメロンパンと言うのか、僕は釈然としませんでした。メロンパンでないものがメロンパンでハイカラで……(無限ループ)

■移住から20年が経って……

 もう、メロンパンがメロンパンでなくても、たぬきそばがたぬきそばでなくても、怒ることはなくなりました。チヌはチヌとして理解し、例えアホとからかわれても、そば屋で醤油臭くないダシのおそばが出てきても、何にも感じなくなりました。最近ではタクシードライバーに、「お客さん、地元の人でっしゃろ?」と誤認されるぐらい、関西ナイズされてしまいました。20年も経てば、いい加減なじむものです。このように、慣れというものはおそろしいものです。


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最終更新日 : 2015-01-16 01:54:54

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糖尿病 ―40歳からの警告―

 ある日、久しぶりに近所の内科医に行ったら、ビタミン注射の針が静脈に刺さらない。そして、涙が出るほど痛い。原因は、適切な血糖値管理ができないまま、約1年もよその病院で検査もせずに放置したため、静脈が硬化を起こしていたのです。「静脈硬化」と聞かされた時には、驚きました。そして、全身これなのか、と思うと、鳥肌が立つのでした。関西では「さぶいぼ」とも言います。身の毛がよだつ、とはこのことです。

■こうすればあなたも生活習慣病!!


 10歳のとき、ドラえもんのテレビ本放送が始まりました。場所は川崎市高津区(宮前区)宮前平。そこで、○ヤリースジュースのおまけとして、1ダース12本買うと、もれなくドラえもんグラスがもらえる仕組みになっていました。まだ、家が豊かだったので、グラス全種類をコンプリートするために、それはもう湯水のようにバ○リースジュースを飲んでいたわけです。酒屋さんが、1ダースの瓶を持ってくるたびに、ドラえもんグラスがゲットできた。そんなわけで、11歳にして僕は「オナカの大きな王子様」になってしまったのです。メタボの前兆ですね。


■高校には食べに来ていました


 前述の通り、高校には食べに来ていました。正直に申し上げますと、食べるのが趣味。朝は立ち食いそばを食べ、昼は学食で満喫し、夕方は千葉駅の目玉焼き入り焼きそばと、電車の車中では退屈なので成田駅まで車中で駅弁。しかもとんかつ弁当。そりゃー肥えるわな、誰だって。パソコンいじってるか、寝てるか、食べてるか、電車に乗ってるか、といった生活でしたし、しかも、運動は苦手で、体育系の部活にも行かなかった。なので、おかげさまで、余ったカロリーで身体がふくよかになって、肥満に拍車がかかるというものです。


■大人になってバランスを欠いた食事で


 某システムインテグレータでの勤務は過酷で、電車がなくなる寸前まで帰らせてもらえませんでした。朝はコンビニ弁当。昼は定食屋のチキン南蛮。おやつはおやつグ○コ。夜はす○家のマヨ牛丼。もしくは、宴会で酒やビールを浴びるように呑む。そして、退職して初めて分かった病名が「2型の糖尿病」という結果でした。肝臓エコーや、CT(コンピューテッド・トモログラフィ)を撮って見た自分の肝臓が、腹の真ん中で、どでかく真っ白に写っている。これ、みんな脂肪。つまり、肝臓に脂が巻ききった、極度の脂肪肝になって、現在に至ります。


■グラクティブという新薬で様子を見る


 今では、比較的節制はしているのですが、どうしても運動不足。脳みそに栄養を与えるために、どうしても高血糖にキープしがち。そこで、最近になって、新薬に切り替えました。アマリールと、グラクティブというクスリ。前者は、インシュリンの分泌を促すクスリ。後者は、インシュリンを破壊しようとする酵素を破壊するクスリ。これがダメなら……。


医師
「これがダメなら、インシュリン注射しかないね。見てご覧、ほら、ゲーム感覚で楽しいよ、針も細いし痛くはないし」

田所「い、いえ、あまり楽しそうじゃないです……」


 こうして、日々、インシュリン注射になるのを恐れながら、びくびくと食生活を送るのでありました。おやつ好き好きなのはいいけど、結果は40歳代になって現れるので、若いからと言って油断禁物です。高カロリーなものばかりを食べて、運動不足でいると、やがて将来、大変なことになりますよ。


■インシュリン注射に突入……


 ランタス注ソロスターという、最新式のインシュリン注射です。量にもよりますが、蚊が刺すより痛くないです。昔に比べれば。最近では、患者のQOL(クオリティー・オブ・ライフ)を損なわないために、工夫をされているそうですが、注射は注射。寝る前だけとはいえ、皮膚をアルコール消毒したり、何かと面倒だし、痛くはないとはいえ、れっきとしたインシュリン注射には違いないのです。


 薬で刺激し続けてきた、弱った膵臓をかばい、膵臓の機能を補うために行う、インシュリンというホルモン(だということは、案外知られていない)の注射を行うことになったのです。僕はまだマシな方で、14単位で済んでいます。これは粘度の高い液体で、しかも結晶でして、もし、この注射器をガシガシ振るようなことがあると、インシュリンの結晶が壊れます。

 過ぎたるは及ばざるがごとし、という言葉があるように、人間、度を越して暴飲暴食すると、肝臓は沈黙の臓器、知らない間に糖尿病になります。これは、普通のレントゲンではわからないものでして、肝臓エコーや、CTスキャンでないと、内臓脂肪は分かりません。それはもう、不気味に、秘密裏に進行していきます。


 また、インシュリン注射は、低血糖リスクも存在するのです。人間、低血糖や高血糖になると、意識を失って昏倒(こんとう)します。意識朦朧となります。だから、こんな面倒なことになる前に、お酒を控え、甘いものを控え、脂っこいものを控えて、もっと楽な生き方をしようではありませんか。


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最終更新日 : 2015-01-16 01:54:54

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気合いだ! はどこから来ているのか

 最近はもう、「エンジニア」を名乗るのも、ここで書かせてもらうのも恥ずかしいのが本音なんですが、僕はちゃんと働いてましたよー。終電がなくなりそうになるまで。今はものを書くことに専念することに決めましたけどねえ。最近思うんです。たとえ、僕がエンジニアをやらなくても、誰も困らない……ということに、最近、気付いたのです。

 

■内科医の先生が褒めてくれました

 

 僕の作文。むかし、内科医の先生が褒めてくれました。学歴なんかなくったって、建築家の安藤忠雄さんみたいな生き方もありなんじゃないかと、おっしゃっていただいて。なるほどね。もの書きに専念したっていいわけだ。僕が、安藤忠雄さんレベルになれるかは別問題として、そういう道もアリか。今の立場ならば。もの書き修行ですね。稲川淳二さんも機械設計エンジニアだったのが、今では怪談語りをしておられます。

 

 僕のへたくそな生き方。職務経歴書を見るプロ何人かに見てもらいました。エッジの効いた、必殺技がないのです。なので、即戦力にはならないだそうです。どんなにマジメに勤め上げても、今、人材を欲している企業と、自分がミスマッチを起こしていては、職務経歴書はただの紙くずになるのです。

 

■そうだ、物書きがいい

 

 幾百の眠れぬ昼と夜を越えて分かったこと。僕は得意分野を見誤った。そもそもの始まりは、キヤノンのキャノワードがOAデビューであって、パソコンが先ではなかったこと。プログラム言語をつむぐより、日本語をつむいでいる方が気が楽なこと。自分に向いていると思います。なので、エンジニアライフでありながら、エンジニアとしてのこだわりを棄てて、35歳定年説に倣った生き方をしてみよう。そう思いました。

 

 もっといえば、仕事がないなら、自分で仕事を作り出してしまおう。足りないモノは補いつつ、ライターさんの仕事のまねごとをしよう。最初からプロ級の文章は書けないので、自分なりのスタイルで……。夢や希望を送り届けることはできなくても、ぼうぜん自失や底しれない空しさから、その人を救うことができるかもしれない。大それたエンターテインメントでなくても、等身大のエンターテインメントでいいじゃないか。そうだ、作家がいい。そうだ、作家がいい。ノンフィクションからファンタジーまでをこなす、そんなもの書きになりたいのです。

 

■会社の主戦力は20~30歳代

 

 人間は老いていく。これはベルトコンベアのようなもので、あらがいようのない事実です。元旦を迎えるたび、誕生日を祝うたび、人間はいつの間にか老いてゆくものです。いつか、中島みゆきさんの「まつりばやし」(歌詞)を引用したことがありましたが、人間はいつの間にか片隅に追いやられて、静かに死んで行くものなのです。無に帰るのです。

 

 ここで僕が1人頑張って、まだエンジニアです、と必死にアピールしたとしても、世間が認めなければ、世間にニーズがなければ、その場を去るしかないと思います。これは、どなたにでもいえることで、管理者になるか、業界を去るか、会社の片隅に追いやられていくかの、いずれかになると思います。なぜなら、現在、主に会社で活躍しているのは、20~30歳代の現役世代の方々だからです。

 

■人生二度なし ~実践人の家~

 

 人間の性能は有限です。だから、限りある若さを大切に生きましょう。歌の文句でいい古された言葉、「二度と戻らない日々」。このことを「人生二度なし」といわれた先哲の先生がおられます。森 信三(もりしんぞう)先生といいます。愛知県の教育関係者で、「修身教授録」をお書きの方です。兵庫県尼崎市西立花町に「実践人の家」があり、また、関係する出版社としては「致知出版社」という会社もあります。

 実践人の家
http://www.jissenjin.or.jp/

 

 1994~2000年まで、尼崎市にあった阪神印刷株式会社というところで、月刊実践人担当だったのですが、当時DTPをしながら、この人の原稿を打つと、いろいろとためになりました。僕が40歳になった現在。いかに生涯を熱く生きるか、ということへの示唆を与えてくれます。40歳にもなったなら、後進の指導をやらなければなりませんねえ。

 

■伊達や酔狂でいってるんじゃない

 

 あの、アニマル浜口さんも40歳代を迎え、森 信三先生の「修身教授録」に衝撃を受け、この人なりに考えた結果が「気合いだ!」の域に達した、というわけです。「気合いだ!」という一言に、すべてが込められているのです。だから、アニマル浜口さんは、伊達や酔狂で「気合いだ!」といっている訳ではなかったのです。

 

 まあ、実践人も懐かしい思い出でしたが、アニマル浜口さんの「気合いだ!」のルーツが、まさか、森 信三先生だったとは、実践人の家ホームページを見るまで知らなかった。というわけで、後進の指導かあ……僕は一体、何をどうすれば。人間、気合いだけでは生きては行けませんが、気合いなしでも、とても生きられない。なので、取りあえず、叫んでおきましょう。気合いだ! 気合いだ! 気合いだ! 気合いだ! 気合いだ~!!


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MSX PLAYerに寄せるノスタルジー

 お久しぶりです皆さん。1日で、郵便局と信用金庫とコンビニとスーパーと自転車店と書店と灯油店と病院と100均ショップに行き、心底へとへとになっていて(全行程チャリ)もはやこれは文筆より眠るしか他になさそうです。

 眠る前に一言、言っておきたいことがあります。ファミコンがはやる前、「ガキでも分かるBASIC付きゲームマシン」というのが、20年ほど前にあって、それが、MSX2でした。このたび、MSXPLAYerとして、アスキーから発売されました。もうすでにお求めになられた方も少なくはないでしょう。

 


MSXマガジン 永久保存版 表紙

 

■ちょっとした演算処理をさせるのに便利

 

 10 FOR I=1 TO 10
 20 PRINT I
 30 NEXT
 40 END

 

 最低限、たったこれだけのソースで動くプログラム言語(インタプリタ)だったのです。今みたいに、イベントドリブン方式ではなく、ウインドウの制御や、ボタン類の配置を決めてからコンパイルしなくても、電子計算機としては、電卓よりも便利でした。なにせ、計算式だけ入れれば動くのですから、当然と言えば当然ですね。

 


MSX2エミュレータの起動画面

 

 さすがに、20有余年も経つと、マシン語をいじくっていた昔とは違って、FOR文の文法さえど忘れしてしまうのですが、この、起動画面を見ているだけで、それはもうノスタルジーを感じるわけなのです。ちなみに、このエミュレータは、Windows Vista以降では動作しません。

 

■MS-DOSの基礎はここから学んだ

 

 そうして、なぜ若くしてMS-DOSのコマンドが分かったかというと、実は、MSX-DOSでこっそり練習していたのです。1984年から、マイクロソフトフリークだったのです。なので、ファミコン前の世代は、MSXで育てられたと言っても過言ではないと思います。

 


MSX-DOSのファイル一覧

 なんと、標準でZ80のコンパイラとアセンブラ、そしてデバッガ付きだったのです。まあ、Z80の知識しか身に付かなかったけどね。その後の Visual Basic は敷居が高くなってしまったのですが。お手軽という点では、MSXの他にないでしょう。

 追伸:12月16日だというのに、もう鏡餅セットを展開してしまいました。僕には、クリスマスも神戸ルミナリエもお節料理もないのでした。

 
鏡餅セットを展開するの図

 (というわけで、久しぶりの投稿でした)


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最終更新日 : 2015-01-16 01:54:54

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ソーシャルメディアがたこ焼きを変える

 僕は、阪急神戸線の武庫之荘(むこのそう)駅が最寄り駅なのですが、冬頃から武庫之荘1丁目の「たこ之荘」さん がツイートのお仲間に加わって、実際に何度か足を運んでいます。一見、ふつうのたこ焼き屋さん。小粒のたこ焼きがポイント。しかし、他のたこ焼き屋さんとは明らかに違うところは、コンピュータに囲まれた上で、ソーシャルメディアを活用して、日々たこ焼きを改善していっている点にあります。そこが、他と違って、賢いところです。

 

 毎日新聞、平成23年3月3日(木)、朝刊の紙面です。(兵庫・阪神版)

 

 
通称「きよさん」です たまに「キヨミ」になってツンデレします

 UStreamを駆使して、たこ焼きの実況中継をしたり、Twitterで寄せられた意見をもとに改良を進めたり、「一人終礼」もUStreamで生中継するなど、ある意味「いまだかつてない」たこ焼き屋さんなのです。時代の波にうまく乗っかった、というよりは、普通、たこ焼きとソーシャルメディアを組み合わせて何かをしよう、なんて考えつきません。

 

 惜しむべきは、国内で成功したら、海外進出を目論んでおられるそうで、武庫之荘からできれば消えてほしくはないお店なんです。今回、お店の新聞記事が掲載されるに当たっても謙虚で、「勝って兜の緒を締める」覚悟だそうです。

 

 ちょっと発想を変えてみる。これまでのタブーを少し破ってみる。思い切り、自分を表現してみる。いつもポジティブに考える。あらゆる方向にアンテナを張る。失敗を恐れずにチャレンジしてみる。目標は高く大きく持つ。そして、聞き上手になる。これ、すべての人に当てはまることだと思います。

 

 ちなみに、この記事が公開される3月12日(土)は、尼崎商工会議所主催の「武庫之荘バル」が行われます。飲食店の活性化が目的なようですが、武庫之荘の街を挙げたお祭り、とも行ってもいいでしょう。このたこ焼き店も参加しています。

 

 尼崎商工会議所/武庫之荘バル 

 

 (たこ焼きも、ソーシャルメディアの時代になりました)


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最終更新日 : 2015-01-16 01:54:54

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東北地方太平洋沖地震

 3月11日(金)に発生しました三陸沖を震源とする東日本大震災により、亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様、そのご家族の方々に対しまして心よりお見舞い申し上げます。

 

 関東・甲信越・東北地方の皆様におかれましては、このたびの地震や津波などで甚大な被害をこうむられ、謹んで心よりお見舞い申し上げます。特に千葉県を含めた関東地方は、第2の故郷と言っても差し支えない場所であり、遠く関西より皆様の無事をお祈りするものであります。

 

 ここは、記事が予約配信でして、地震当日がたこ焼きや、武庫之荘バルの記事になりまして、発信した者としても「あちゃー」と思った次第です。地震。こればかりは予測がつかず、予約配信によって、気分を害された方々には、心よりお詫び申し上げます。

 

 16年前、阪神大震災(自分の記事)を経験した者としては、落ち着けオレ、落ち着けオレ、と言い聞かせながら、街が壊滅だ、原発で被爆だ、体育館に安置されている遺体だ、リーマンショック以来の相場下落だ、などと報道される度に、複雑な気持ちになるのです。

 

 NHK大阪・NHK神戸「リエゾン被災人」 http://www.nhk.or.jp/hisaito/

 

 できること。東京電力のホームページにアクセスして、メールやツイート、それからファクシミリで関東地方の親類縁者に計画停電のスケジュールと地域の情報を送ったことです。また、NHKラジオニュースで、緊急地震速報が流れる度に、都度ツイートしたということです。

 

 関西にいても、本気で心配していれば、疲れるぐらいですから、当事者の皆様におかれましては、相当のストレス、疲労感というのが感じられるかと思います。なお、母校の高校では、今日現在、内房線・外房線・京葉線が不通なので、学校はお休み、だそうです。

 

 ちょうどこれを書いている日(3月15日)の晩に、メンタルクリニックに通院しました。「神戸を思い出してつらいのです」と言うと、院長先生が「最近、そういう人多いですよ、本当に」と言われました。それにしても、神戸には津波も原発もなかったのですから、マグニチュード9.0の厳しさは、いかほどのものか。

 

 また、僕は一時PTSDを発症しました。「兵庫県 こころのケアセンター」に相談したところ、次のポイントを伺いました。

  1. ここは安全だ、今は揺れてない、揺れてないんだ、と暗示をかける
  2. 報道やニュースからできるだけ遠ざかる
  3. メンタルクリニックでカウンセリングを行う

 そういうことが必要らしいです。まあ、これは神戸の場合で、現在進行形なのでまた違った治療があるのかも知れませんが……。

 

 周波数変換で、電力量の融通に限度がある近畿ですが、どうか無事に生きてください、と祈ることしか、為す術がないのです。


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最終更新日 : 2015-01-16 01:54:54

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SPAMはSPAMであってspamにあらず

 ネット上には、スパムメールというものがある、ということは、情報技術者はほとんどが知っています。では、そもそもスパムメールの「スパム」って何? ということに、情報技術者はあまり知らないのではないでしょうか。

 

 僕は今年になって初めて知ったのですが、アメリカには「スパム」という名のランチョンミートがあるということを……。

 

 

 ホーメルフーズ/SPAMランチョンミート http://www.spam-jp.com/ なお、CMでは「焼くなり煮るなり好きにして」ということらしいです。

 

 沖縄やハワイに行ったギークでマニアな人々には、このSPAMの味が忘れられないそうです。僕は、随分前に沖縄へ社員旅行で行ったのですが、ジモティーが食べるこのSPAMランチョンミートは知らなかったです。沖縄の県民食にもなっていて、もともとは、米軍が持ち込んだとされています。料理としては、チャンプルーか何かにも混ざっている場合があるそうです。また、薄く切ってスパム寿司というのもアリだそうです。

 

 ホーメルフーズでは、スパムメールを、小文字で表記するよう推奨しています。「spamメール」と書けと。で、ランチョンミートの方は、大文字で「SPAMランチョンミート」と表記するよう推奨しています。なかなかややこしい。

 

 元を正せば、アメリカのコメディアンが、スパムランチョンミートしかないお店の給仕で、お客様にメニューを「スパムと、スパム、スパム……」と際限なく言う古典的なギャグから生まれた皮肉の一種だそうです。また、冷戦下、西ベルリンに唯一空輸された肉類ということで、「飽き飽きする食べ物」という暗喩を含んでいるそうです。

 

 なので、これからは、SPAMランチョンミートと、spamメールをごっちゃにしないようにしましょう。飽き飽きするメール、それがspamメールだそうです。弁えて使いましょう。

 

※2011年4月8日追記:
 その後、Twitterで"SPAM"の記事に間違いがあるというご指摘を受けました。アメリカのコメディアンではなく、英国の「モンティー・パイソン」という番組の1シーンであることが分かりました。お詫びして訂正します。


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最終更新日 : 2015-01-16 01:54:54

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マイクロソフト スマートビジネスセンター 景品当選!!

 えー、いつのことだか、思い出せないぐらい……確か、今年の1月か、2月ぐらいだったのですが、マイクロソフト スマートビジネスセンターでアンケートがあって、何の気なしに、ありのままをお答えしたのです。で、今日(4月16日)午後5時に、宅配便が。おかしいな、何も注文してないのに、変だな、怪しいな、と扉を開けたら、なんと西濃運輸さん。

 マイクロソフト スマートビジネスセンター

 http://www.microsoft.com/business/smb/ja-jp/default.mspx

 

   

 一見、何の変哲もない段ボール箱。しかし、送り主がいつもと違っていた。「日本マイクロソフト株式会社」という……。ええっ! まさか、もしかして、何か当たった!?

 スマートビジネスセンターの景品であることに気付いた。なんと、1等賞ですよ。640GB(正味596GB)のHDDですよ。えらいこっちゃですよ。前の会社でも、こんなに大きなストレージは支給されなかったから、サポートで大失敗しちゃったんですが。もしあの時ストレージがあれば、あんな惨めな思いはしなくて済んでいた。

 

   

 中堅中小企業向け、お客様総合サイト、の懸賞に応募したら、忘れた頃に1等賞ですよ。これも、天の神様が、地元中小企業のパソコンの設定に、ほぼ手弁当でがんばる田所にくれた慈悲だと思います。すげー! やったー!!

 

 というわけで、会社辞めてもくじけへんぞ、というわけで、現在に至ります。さて、バックアップに使って……あとは何に使おうかな……。妄想は膨らむ一方であります。トルネがあれば、それに使えるそうですが、プレステ3も買えないのに、トルネは……。

 

 ありがとう、マイクロソフトさん! お礼のメールを差し上げたのは、言うまでもありません。たとえ下層でも、マイクロソフト パートナープログラムの一員ですからね。中小企業の皆さん! マイクロソフト スマートビジネスセンターを利活用しましょう。


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最終更新日 : 2015-01-16 01:54:54

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呼吸をするように、自然にものが書けるようになればプロ

 どうも、お久しぶりです。どうにかこうにか、起承転結のあるお話を一個書き終え、さて、次はどうすっかなあ、と考えている一介の貧乏人です。

 

■呼吸をするように、自然にものが書けるのがプロ

 

 先日、大阪で、東京の旧知のシナリオライターさんとお会いしまして、どちらも照れ屋さんなので、余り突っ込んだお話はできなかったのですが、まあ、ラブでプラスなゲームのシナリオの一部を担当された方なのですが、その方がおっしゃるには「呼吸をするように、自然にものが書けるのがプロ」とおっしゃっていたことを思い出します。

 これは、ある一定の境地に達した人でなければわからないと思うのですが、なまじっか、文学をかじっていると、煮込みが足りない大根のような、くさいうんちくを傾けたくなるものですが、達観されておられると、逆に、世の中に対して謙虚になるようで、大きな仕事をした人ほど、きさくで、大所高所から物事を見ることができると感じました。すっかり煮込まれた大根のように、味わいと深みが出て、くさい話はしたがらないものです。

 こんな貧乏なわたくしに、そのシナリオライターさんは、僕に……目方で言うと、8.5キログラム相当のラノベの文庫本を恵んでくださいました。勉強せえよ、ということですかね。事実、そのシナリオライターさんは、大学を卒業して、僕とほぼ同い年にもなるのに、日本脚本家連盟のシナリオスクールに時々足を運ばれます。また、蔵書が豊富な、国立国会図書館に出かけられて、資料の収集に当たられます。

 前述の池上彰さんではないですが、ふんぞり返って出世したという高級官僚がいないのと同じように、人間、謙虚に、まだまだだ、まだまだなんだと思っていないと、これはまずいかも知れませんね。新渡戸稲造さんがおっしゃっていたのは、盆栽の松になるな、大樹になれ、という意味のことを、確か「修身」の著作の中でおっしゃっていたようです。盆栽の松とは、狭い世間でねじ曲がって、ひねくれて育つ小さな松のこと。同じ松でも、でっかい松の木は、広い世間を見渡して、まだまだだ、まだまだなんだ、と成長をやめないそうです。

 

■呼吸をするように、プログラムを書けてこそプロ

 

 僕は一時期、ある小さなプログラム受託開発会社に籍を置いていた時期があったのですが、すばらしいJava使いさんに会ったことがありました。Kさんという人なのですが、普段はとってもきさくで、後輩思いで、やさしい人なんですが、プログラマとしてはきわめて優秀な人で、チームリーダーを務めるぐらいの方でした。2000年当時ですから、まだそんなにJavaで開発するということは、あったのでしょうが、あまり一般的ではなかったように思います。

 そのKさんは、まだ一般にオブジェクト指向が世間に知られていなかった頃からのJava使いさんで、受託先で仕事を真っ先に片付け、他の言語のチームの助っ人までなされていた、余裕すら感じられる、すごい人でした。しかし、決して威張らず、それこそ呼吸をするように、プログラム言語を扱っていた人でした。本当に凄い人は、前述のように、ふんぞり返らず、常に謙虚で、世間を広く生きて、なおかつ仕事もする。プログラマになるにはもう遅すぎるけれども、ああいう懐の広い人に、僕はなりたいものです。

 

■職業、職域は、社会的機能に過ぎない

 

 世間は広いし、いろいろな考えの人がいて、いろいろな身分階層に住み、いろいろな境遇があり、仕事というか、生きるためのやり方は、顔のかたちの数だけ、人の数だけあると思うのです。理想型なんて、きっとないものだと思います。気がついたらこうなっていた。生きてたらこうなっていた、といった、偶然も作用するかも知れません。

 今の不平不満を嘆いているうちに、もっと劣悪な境遇に陥るかも知れませんし、不平不満がいつの間にか取れていた、というの事もあるかと思います。落とし穴を掘ったつもりが自分で落ちていたり、良いことをしていると、いつの間にか誰かが助けてくれたり。そんな風にして因果応報があり、チャンスのはずがピンチになったり、ピンチのつもりがチャンスだったりするのでしょう。

 僕は、DTPはやったことはありますが、物書きとしては見習い同然です。努力はしますが、果たしてこの目論見がうまく行くかどうかの保証もありません。ここ二十年、情報技術業界周辺を転々として、ただひとつ、得られたものは、謙虚な人ほど他人の上を行くのだということ。これだけです。そして、職業というか、職域というものは、広い世の中にある、ひとつのファンクションに過ぎないことです。情報技術だって例外ではありません。ひとつのファンクションに過ぎないのです。言い換えれば機能。小説も情報技術も、ひとつの社会的機能に過ぎないのだろう、と僕は思います。

 

■自然体でものが書けるようになれたらいいな

 

 というわけで、少々理屈っぽくなってしまいましたが、僕の小説、まだまだ他人様にお見せするには、年甲斐もなく稚拙な文体で、申し訳ないです。修行はこれからも続くと思います。どこにもない物語を書いてゆく。オリジナリティだけは誰にも負けないと思っていますので(なにせこんな経歴ですから)、やがては自然体でものが書けるような境地に達することが出来ればいいな、と思っています。人生80年。めざせ新人賞。ではまた。


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最終更新日 : 2015-01-16 01:54:54

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日本語という言語を極めたい

 どうも、デビュー前の作者です。35歳になる前に、もっともっと社内SEになる勉強をしておくべきだったのですが、時既に遅し、同じような事を考える同世代の対抗馬が多すぎた。

 さて、ライトノベル。何と、今年の電撃大賞では、約5800作が編集部に届いたそうです。これでは下読みをするのにも苦労しますね。つまり、5800分の1で、大賞が決まるのです。ラノベデビューも、難しくなってしまいました。

 

 僕が応募した、講談社ラノベ文庫新人賞では、1109作が編集部に届いたそうです。下読みしづらい原稿を送ってしまって、ああ、しまったー、と嘆くばかりです。今となっては。佳作でも奇跡に近いですね。

 

 田所稲造、41歳になる前に、拙作「紅葉野日記」を書いて送りました。これ、バインダークリップとレターパック500に収めるの、苦労するんですから。紙に空気を吹き込んで、何とか紙を束ねる。140枚前後が、物理的で、事実上の限界ですね。

 

 おかげさまで、キヤノンのLBP-3100は、インジケーターが壊れるなどの故障に見舞われ、いまだに家に帰って来ません(まあ、インクジェットはあるのですが)。予備機を買おうにもお金がない。いやあ、一作品で、校正用紙も含めて、2000枚の紙(ゲラ)が飛んでゆくのですから、レーザープリンタは必須ですね。苦しいけど、一番安い通販(NTT-Xストア)で、9800円で買いました、予備機を。

 

 よろしければ、こちらをご覧下さい。http://p.booklog.jp/users/inazotaddy/

 

 読書→プロット→執筆→校正→送付→読書……という流れはエンドレスでして、また、プロデビューしてからの売りになるようなとっておきの作品は置いといて、ひたすらこのプロセスを繰り返します。

 

 プログラム言語もそうでしょうが、日本語でバグを出すわけにはいかず、大変に神経を遣います。また、レーベル毎に、求めているターゲットが違うわけです。ティーンの少女向け、ティーンの少年向け、大人向け……いろいろですね。レーベルのカラーを知らないと、せっかく書いたのに不採用、ということもままあります。

 

 執筆は孤独な作業です。小説は知れば知るほど、奥が深いです。あと、貧困に耐えなければなりません。孤独に耐えるチカラと、深みにはまらないチカラ、貧困に負けないチカラが必要です。

 

 しかしながら、僕は新しい地平を見たような気がします。ここ20年間、情報技術というくくりだけで職を選び、いいように中小企業に遊ばれて……という繰り返しはもうこりごりです。自分が得意とするのは日本語なので、それを極めたい。そして、これまで情報技術という狭い井戸の中で見上げていた空が、文筆業を選んだ段階で、クリアに拡がりました。新しい地平……例えば、業界人ぶらず、カタカナ言葉に振り回されることもなく、休みたい時に休み、書きたい時に書く、という自由を獲得したのです。

 

 それでも、職業作家になったら、作品を量産しなければならない楽しい苦しみに耐えていかなければなりませんし、アイデアの枯渇が死を招くかも知れません。それは大げさにせよ、作家生命の終わりを覚悟しなければなりません。

 

 15歳の頃、目指したかったものは「マルチプル・クリエイター」。初心に帰って、がんばりたいと思います。僕のフリーエージェント先は、まず、ライトノベル作家ということ。これに尽きますね。むむむ、デビューしなければ。

 

※追伸※
 ふと入ったユニクロで、エヴァTシャツを買いました。アスカ・ラングレーですね。

 あまりにもデザインが良いので、もう一枚追加発注しました。ではでは~。
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奥付



インフラ系SEの波乱万丈伝


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著者 : 田所憲雄
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