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十三夜の蒲公英

 青い光が夜の野原を照らす。地べたに座ってぼんやりと月を見上げるのは、黄色い毛糸の帽子をかぶった男の子。ふっくらとした手には白い綿毛のタンポポが握られていた。

 男の子がそっと手を振る。ぱっと舞い上がる綿毛はまるで雪のよう。それは風にさらわれ、いずこへと運ばれた。

 

  *

 十五夜なんてつまらない。子供騙しだと思うの。お月見をしている家を一軒一軒回って、お団子やお芋なんて貰って歩いても面白くなんてないわ。どうしてこんな行事が生まれたのかしら。
 ウサはお団子を貰って歩く子供たちの輪から離れ、膨れっ面で足の向くまま歩いた。すでに、はしゃぐ子供たちの声は聞こえない。そこまで来てようやく足を止め、辺りを見回した。
「わぁ」
 深い緑の海のところどころに黄色と白色の輝きが見える。お月さまは青い光でこの緑の海を照らしている。こういうのを幻想的っていうんだっけ。その幻想的な緑の海よりも、宙を舞う雪のようなタンポポの綿毛はもっときれいだった。
 ウサはその綿毛に誘われるようにして野原の奥へと足を進めた。野原の真ん中に何かがある。何だろうと思ってさらに歩く。
 赤ちゃん。お月さまの子?
 地面にぺたんと座る男の子の手には茎だけになったタンポポが握られている。
「タンポポの子?」
 ウサが聞いても男の子は首を傾げるだけだった。
「ポポ」
 男の子はぽつりと言った。濡れた愛らしい瞳がウサをじっと見つめている。その瞳にウサはドキドキした。
「ポポくん? わかった、ウサがお姉ちゃんになってあげる」
 それはとてもいい考えに思えたので、ポポを家に連れて帰ることにした。
 よいしょ
 背中から抱っこして、そのまま後ろにひっくり返る。
「ありゃ」
 困った困ったと考え込みながら、ウサがポポの手を取ると、ポポはあっさりと立ち上がった。
 ポポはウサより頭一つ分背が低い。やっぱり男の子、というよりは赤ちゃん、と言った方がしっくりと来る。
 ウサは小さくふっくらとしたポポの手を引いた。あっさりと立ったわりには足取りがおぼつかないが、ウサは気にせずに歩き始めた。

「ウサコ、どこに行ってたの。最後のおうちに行ったらウサコがいないって、お友達心配してたのよ。どうして黙っていなくなったりしたの」
 母が凄い勢いでおこごとを並べる。ウサはさらりと聞きながし、家に上がる。そして自分で靴を脱げないポポの靴を四苦八苦して脱がせた。
「一緒に十五夜にまわってくれた子の家にお電話しなくちゃ……………え?」
 廊下で右往左往していた母が玄関に向かってダッシュする。そして膝をついて思いっきりポポを覗き込む。
「ウサコ…この子、誰?」
「ポポ」
「どこの子?」
「タンポポの子」

 母は何やら難しそうな顔をして考え込む。よくわからないけれど、ちょっとだけお外は寒かったから早くお風呂に入りたい。まだかなぁ。
「あなたまさか拾ってきたの?」
「お外寒いし、風邪ひいちゃうでしょ」
「だからって」
「ウサね、ポポのお姉ちゃんになることにしたの」
 母ががっくりとうなだれた。
「あなたって子は、次から次へと…」
 なんでママはこんなに驚いているんだろう。ポポはきっとお月さまから来たタンポポの子だし、とっても可愛いのに。
 さて、お姉ちゃんらしくポポをお風呂に入れてあげよう。
「あー、ちょっと待って、ウサコ。そのまま湯舟にいれちゃだめよ。まだ赤ちゃんなんだから」
 四苦八苦してボタンを外し、洋服を全部脱がしてお風呂場に立ったウサを母が必死に止める。
「このまま入れたらこの子火傷しちゃうし、溺れちゃうわ」
「ポポだよ」
 ウサは訂正する。
「うん、ポポくんね。このタライでいいかしらね。お風呂のお湯をちょっと汲んでくれる?」
 ウサは言われた通りタライにお湯を入れる。
「ウサコ、この湯かげんどう?」
 ウサはタライに手を入れ確かめる。お湯のあったかさがじんわりと手に広がる。
「丁度いい」
「うん、ウサコにはね。でもポポにはまだ熱いのよ」
 そういって母が水を足した。そのお湯にウサは再度手を入れる。
「温い」
 正直に言うと母は笑った。
「これがポポ温度。覚えておくのよ」
 うなずき、ポポを入れる。ポポは少しだけ笑ったように見えた。
 こうしてウサはポポのお姉ちゃんになった。

 

  *

 

 ポポが来て、一月近くがたった。

 今日は十三夜。ウサはポポの手を引き、近所の子供たちと近所の家を回った。
 ママはずっとポポのお母さんを探していたみたい。見つかるわけないのに。だってポポはお月さまから来たタンポポの子だもの。

「十三夜くれとくれ」
「じゅ~りゃ~…れっ」
 十五夜の時よりもしっかりと歩けるようになって、こうして一緒に声掛けもできるようになった。一軒一軒声をかけてまわれば、お団子やお芋が貰える。ずっとくだらない行事だと思っていたけど今は違う。だってお団子をもらったポポは凄く嬉しそうなんだもの。ポポはまだ食べれないけどね。
「あ……」
 目の前を白い綿毛が舞う。ウサは思わず足を止めた。そこはポポを見つけた濃緑の海だ。その中に白く輝く美しい女の人がいた。
 ふわりと歩き出すウサを、ポポの付き添いで来ていた母が慌て追う。
「ウサコ、どこにいくの」
 母もその女の人に気付いたらしい。はっと息を飲むのがわかる。
「マァマ」
 ポポが小さく言った。あの白いお月さまみたいな人がポポのママなのだろうか。でも、この人なら納得もいく。とてもきれいな人だ。
「あの……あなた、この子のお母さんかしら?」
 母がぎこちなく女の人に声をかける。
「ふふふ」
 女の人が笑いながら近づく。しかし、どこかおかしい。ウサはポポを守るようにたちはだかった。
「んあー、あー」
 きれいな女の人の口からこぼれたのは言葉ではなかった。母も困惑の表情を浮かべている。そのとき、遠くから男の人の声がした。
「つーきーこー、どこだー」
 その声を聞いて、白い女の人はぱっと顔を輝かせた。
「あー」
 返事をしているみたいに声を出す。男の人もその声に気付いたみたいで、まっすぐこっちに駆けてくる。
「月子(つきこ)、こんなところにいたのか」
 男の人はぎゅっと女の人、月子さんを抱きしめた。それから、ウサの母に顔を向けた。
「すみません、ちょっと目を離した隙に」

「月子さん……では、あなた方が」
 母がすっとウサたちのほうに視線を落とし、そして男の人もつられるようにしてポポに目を向けた。
「ひ、光(ひかり)」
 男の人はポポに飛び付く。手を繋いで隣に立つウサには目も向けない。それを見てたらなんだが心がざわざわした。
「ポポに何するのっ」
 気がつくとウサは男の人と引き離すように、ポポを抱き寄せていた。男の人は驚いたようにウサを見て、そして母に目を移す。
「ポポ?」
「えぇ。タンポポの子だそうよ」
 母が苦笑しながら説明する。
「そうですか。確かに、もう秋なのにここにはたくさんのタンポポがあるのですね」
 男の人はすっとあたりを見渡し目を細める。優しそうな人だった。
 それから男の人は母とお話を初めてしまったので、ウサはポポの手を引いて女の人の側に行った。月子さんはただ微笑みを浮かべてウサたちを見ている。
「ウサはポポのお姉ちゃんなの」
 月子さんは小さくうなずいた。なんだ、ちゃんと話がわかるじゃない。少しだけ憤然としていると、今度は月子さんが歩み寄り、ウサともどもポポを抱きしめた。

 この人が本当にポポのお母さんなんだってわかってしまった。わかってしまったからこそ胸が苦しい。
「ポポはウサの弟なんだよ」
 腕の中で強く主張したけど、それ以上言えなかった。ウサはポポのお姉さんだけど、お母さんではないのだもの。ただ。この人がポポを連れて行ってしまう。それがとても怖かった。

 ウサが月子さんの腕から解放されると、すぐ横に母が立っていた。
「ウサコ」

 母の声はとても優しくて、でもだからウサは嫌だった。なんでも知っているような女神様の声。でも、本当は何もしらない。そして告げるんだ、ウサが嫌な言葉を。

「ポポとお別れしなさい」

「やだ」
 ママは本当にわかっているのかしら。ポポはお月さまに帰ってしまうのに。
「やだ。ウサの家族だもん。ずっと一緒に暮らすのよ」
 そう、ウサはポポの家族なんだよ。家族がバラバラでいいわけないわ。

 母が困った顔をする。そんな顔をさせたかったわけじゃない。

 ねぇ、ママ。ママだってポポと別れたくないでしょ?
「ウサコ、ポポは本当のお母さんと一緒に暮らしたほうがいいと思うわ」
「・・・・・・そんなの、ママが決めることじゃない」

 自然とそんな言葉が口をつく。ウサでさえ、自分で何を言っているのかわからない。
「どうして?」

 わからない。でも、言葉は次々と出て行く。

「ポポのことだもん。ポポに決めてもらえばいいわ」

 そうよ。ポポに決めてもらえばいいのよ。

 ウサはポポの前にしゃがみこむ。

「ねぇ、ポポ。ポポはウサと月子さんとどっちと一緒にいたい?」
 ポポはキョロキョロと二人を見比べる。どっち? って身振り手振りで示すと、だんだんとポポの笑顔が消え、しまいには泣き出してしまった。

 どうして? ポポはウサを選べばいいだけなのに。
「ねぇ、ポポ、泣かないで答えてよ。ウサの家族でしょう? 一緒に暮らそう?」
「ウサコ、こっちを向いて」

 ふいに母が言う。少し驚いたけれど、ウサは母を見た。

「ポポには両方が必要みたいね。じゃあ・・・・・・ねぇ、ウサコ、あなたはポポとママ、どっちと暮らしたい?」
 何を言っているの、ママ? 何でポポかママか選らばなくちゃいけないの? そんなことできないよ。
 つっと涙が頬を伝った。そうしたら、もう涙が止まらなくなって顔がぐちゃぐちゃになるまで泣いた。
「ウサコ、よく聞いて。あなたはポポに酷い仕打ちをしたのよ。大好きなお姉ちゃんとお母さん。ポポに選べるわけないわ。それは誰にも決められないことよ」

 そうなのかな。そういうことなのかもしれない。

「だからね、より自然な方を選ぶのよ」
「自然なほう?」
「そう。ポポはお母さんから生まれたのだもの、お母さんと一緒のほうが自然だと思うわ。ウサコもよ。ウサコもママから生まれたでしょう?」
「でもそれじゃあもうポポと会えなくなっちゃうわ」

「どうしてそう思うの? 会いに行けばいいじゃない」

「でも、だって」

 言葉にしたら本当になってしまいそうで言うのをためらう。でも、言わなくちゃママにはきっと伝わらない。
「だって、ポポはお月さまに帰っちゃうんでしょう?」
 母は驚いたように目を見開き、笑った。何で笑われるのかウサにはまったくわからない。
「ウサコはばかねぇ、そんな心配をしてたの?」
 そして母はウサをぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫よ、また会えるわ。お月さまなんて目と鼻の先じゃない」
 母が腕を弛めると、今度は男の人が、ポポの手を取ってウサに差し出す。
「来年の十三夜にもくるよ。十五夜にも。指切りをしよう」
 ウサはうなずいて、ポポの小さな小さな小指に自分の小指を絡めた。
「ポポ、約束だよ。来年、また来てね」

 ポポは不思議そうにウサを見上げて、そして笑った。

 

  ゆーびきーりげんまん うそついたらはりせんぼん のーます! ゆびきった!

 

  *

 

 ウサがポポと分かれて一週間。一つの小包が届いた。

「ウサコ、ポポのお母さんからあなたへの贈り物ですって」

 ウサは飛びつくようにして包みを開く。包みがびりびりになってしまったことなんて気にしない。

 包みから出てきたのはタンポポの綿毛のような真っ白な毛糸の帽子。

「ママ、これ、ポポとおそろいのよ」

 ウサはその白い帽子を深くかぶって、母に飛びつく。母は驚きながらもにっこり笑って、一枚のカードを差し出す。受け取ってウサものぞき込む。

 

 『 わ たしのかわ いいむす めへ  つ きこママ より 』

 

 それは、ミミズみたいなおかしな文字。

 でも、月子さんが頑張って覚えて書いてくれたんだってこと、ウサは知ってる。

 だってお月さまの住人でしょ? 使い慣れない文字は難しいに決まってる。

 ウサも母に教えてもらいながら返事を書く。

 

 『 ぼうしをありがとう。もうひとりのママとだいすきなおとうとへ  ウサ 』

 

 

  <終>

 


この本の内容は以上です。


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