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かぜになって

 ハ、ハ、ハックショーン(ちくしょう)
 
 あぁ風邪をひいてしまった。今年の風邪はややこしい風邪なんだ。それは去年の年末あたりから大流行しはじめたらしいのだけれど。
 
 風邪をひく。鼻水が出る。くしゃみをする。そこまではいつもの風邪と同じ。ところが、くしゃみをした直後、小さな声なんだけど、他人の声が喉の奥から聞こえてくるんだ。自分の口から自分でない人の声がするんだ。
 
 ちょうど腹話術のようだ。ただ、くしゃみの直後にしか声は発せられない。内容も、人によってさまざまで、本人の品格とは無関係に、「ちくしょう」とか、「死にたくなかった」とかいう恨みごとから、「世話になった」「楽しかった」という感謝に満ちたものもあった。
 
 
 
 ある霊能力者は、死者の霊が空中をさまよい、風邪のウィルスと合体し、そのウィルス菌が飛ばされるくしゃみの時にこの世に残す言葉が発せられると分析した。一方で発せられる言葉の事例を集め研究したある言語学者は、死の直前のその人の思いではないかと分析した。
 
 
 
 ある種のよみがえりともとれるこの現象は、外国でも発症例が報告された。
 
 外国から帰ってきた人が向こうで風邪に感染したようで、くしゃみの後は(オマエガ)とか、(ホッタイモ)とか、わけのわからない「こだま」(事態が一ヶ月も過ぎるとくしゃみのあとの声をそう呼ぶようになっていた)が聞こえるそうだ。
 
 
 
 生前の生活を特定できることを言う場合、マスコミが取り上げてようやく遺族と対面という場面になると急に風邪が治ってくしゃみがでなくなってしまった。どうも遺族とは直接接触できないようになっているようだと、専門家と称する怪しい人たちがテレビの向こうでそう解説していた。
 
 
 
 また連続してくしゃみをすると、その後の言葉も連続するようで、ハックション、クション、クション(死ぬ前に・肉・食いたかった)くらいの内容の「こだま」が返ってくることもあった。
 
 
 
 A市に隣接するB市の風邪ひきが、連続性のくしゃみをしたら「こだま」が(わたしは・A市のCに・殺された)と返ってきた。警察はことの重大性に驚き、A市のC氏の周辺を調べてみると最近、同居中の妻の妹の姿を近所の人が見かけなくなったということがわかった。一人の刑事が早速様子を見にC氏宅に出向いた。
 
「最近義理の妹さんの姿を見ている人がいないのですが、どうなさっていますか。まさか、亡くなっているわけではないでしょうね」ちょっとした世間話のあとに話を振ってみると、
 
「義妹は、死んでなんかいません。今、風邪をひいて寝込んでいますよ。ほら咳き込んでいる声が聞こえるでしょ」
 
すると、頃合を見図ったかのように、
 
「ハ、ハ、ハックション」と咳き込む声。
 
「あれが義妹です」とC氏。
 
 刑事は、はっきりと断定するように言った。
 
「あなたは嘘をついていらっしゃる。あれはあなたの奥さんですね」
 
「失礼な。なんでそんなことが言えるんだ」
 
「はい、最近の風邪は、必ず咳の後に『こだま』が返ってくるのです。うそのくしゃみをしてはいけませんね」
 
「……」
 
 その後、C氏宅には家宅捜査が入り、大型冷蔵庫の中からC氏の義妹の遺体が発見され事件が明るみになった。冷蔵庫の内側から「A市のCに殺されーー」という血文字が見つかっている。
 
 
 
 世間を騒がせた、この「こだま」騒動も、なぜか、梅雨が終わり本格的な夏の訪れとともに発症例がなくなり、人々もこの話題に触れることもなくなった。

この本の内容は以上です。


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