目次
序章 七一一年夏
序章 七一一年夏 1
序章 七一一年夏 2
序章 七一一年夏 3
一章 六七四年初夏
一章 六七四年初夏 1
一章 六七四年初夏 2
一章 六七四年初夏 3
一章 六七四年初夏 4
一章 六七四年初夏 5
一章 六七四年初夏 6
一章 六七四年初夏 7
一章 六七四年初夏 8
一章 六七四年初夏 9
一章 六七四年初夏 10
一章 六七四年初夏 11
一章 六七四年初夏 12
一章 六七四年初夏 13
一章 六七四年初夏 14
一章 六七四年初夏 15
一章 六七四年初夏 16
一章 六七四年初夏 17
二章 六七四年初秋
二章 六七四年初秋 1
二章 六七四年初秋 2
二章 六七四年初秋 3
二章 六七四年初秋 4
二章 六七四年初秋 5
二章 六七四年初秋 6
二章 六七四年初秋 7
二章 六七四年初秋 8
二章 六七四年初秋 9
二章 六七四年初秋 10
二章 六七四年初秋 11
三章 六七五年冬
三章 六七五年冬 1
三章 六七五年冬 2
三章 六七五年冬 3
三章 六七五年冬 4
三章 六七五年冬 5
三章 六七五年冬 6
三章 六七五年冬 7
三章 六七五年冬 8
三章 六七五年冬 9
三章 六七五年冬 10
三章 六七五年冬 11
三章 六七五年冬 12
三章 六七五年冬 13
四章 六七五年初春
四章 六七五年初春 1
四章 六七五年初春 2
四章 六七五年初春 3
四章 六七五年初春 4
四章 六七五年初春 5
四章 六七五年初春 6
四章 六七五年初春 7
四章 六七五年初春 8
四章 六七五年初春 9
四章 六七五年初春 10
四章 六七五年初春 11
四章 六七五年初春 12
四章 六七五年初春 13
四章 六七五年初春 14
四章 六七五年初春 15
四章 六七五年初春 16
四章 六七五年初春 17
四章 六七五年初春 18
四章 六七五年初春 19
四章 六七五年初春 20
四章 六七五年初春 21
五章 六七五年夏
五章 六七五年夏 1
五章 六七五年夏 2
五章 六七五年夏 3
五章 六七五年夏 4
五章 六七五年夏 5
五章 六七五年夏 6
五章 六七五年夏 7
五章 六七五年夏 8
五章 六七五年夏 9
五章 六七五年夏 10
五章 六七五年夏 11
五章 六七五年夏 12
五章 六七五年夏 13
五章 六七五年夏 14
五章 六七五年夏 15
五章 六七五年夏 16
五章 六七五年夏 17
五章 六七五年夏 18
五章 六七五年夏 19
五章 六七五年夏 20
五章 六七五年夏 21
五章 六七五年夏 22
五章 六七五年夏 23
六章 六七六年春
六章 六七六年春 1
六章 六七六年春 2
六章 六七六年春 3
六章 六七六年春 4
六章 六七六年春 5
六章 六七六年春 6
六章 六七六年春 7
六章 六七六年春 8
六章 六七六年春 9
六章 六七六年春 10
六章 六七六年春 11
六章 六七六年春 12
六章 六七六年春 13
六章 六七六年春 14
六章 六七六年春 15
六章 六七六年春 16
六章 六七六年春 17
六章 六七六年春 18
六章 六七六年春 19
六章 六七六年春 20
六章 六七六年春 21
六章 六七六年春 22
六章 六七六年春 23
六章 六七六年春 24
六章 六七六年春 25
六章 六七六年春 26
六章 六七六年春 27
六章 六七六年春 28
六章 六七六年春 29
六章 六七六年春 30
七章 六七六年秋
七章 六七六年秋 1
七章 六七六年秋 2
七章 六七六年秋 3
七章 六七六年秋 4
七章 六七六年秋 5
七章 六七六年秋 6
七章 六七六年秋 7
七章 六七六年秋 8
七章 六七六年秋 9
七章 六七六年秋 10
七章 六七六年秋 11
七章 六七六年秋 12
七章 六七六年秋 13
七章 六七六年秋 14
七章 六七六年秋 15
七章 六七六年秋 16
七章 六七六年秋 17
七章 六七六年秋 18
七章 六七六年秋 19
八章 六七七年初夏
八章 六七七年初夏 1
八章 六七七年初夏 2
八章 六七七年初夏 3
八章 六七七年初夏 4
八章 六七七年初夏 5
八章 六七七年初夏 6
八章 六七七年初夏 7
八章 六七七年初夏 8
八章 六七七年初夏 9
八章 六七七年初夏 10
八章 六七七年初夏 11
八章 六七七年初夏 12
八章 六七七年初夏 13
八章 六七七年初夏 14
八章 六七七年初夏 15
八章 六七七年初夏 16
九章 六八〇年初秋
九章 六八〇年初秋 1
九章 六八〇年初秋 2
九章 六八〇年初秋 3
九章 六八〇年初秋 4
九章 六八〇年初秋 5
九章 六八〇年初秋 6
九章 六八〇年初秋 7
九章 六八〇年初秋 8
九章 六八〇年初秋 9
九章 六八〇年初秋 10
九章 六八〇年初秋 11
九章 六八〇年初秋 12
九章 六八〇年初秋 13
一〇章 七〇三年初夏―七〇七年初夏
一〇章 七〇三年初夏―七〇七年初夏 1
一〇章 七〇三年初夏―七〇七年初夏 2
一〇章 七〇三年初夏―七〇七年初夏 3
一〇章 七〇三年初夏―七〇七年初夏 4
一〇章 七〇三年初夏―七〇七年初夏 5
一〇章 七〇三年初夏―七〇七年初夏 6
一〇章 七〇三年初夏―七〇七年初夏 7
一〇章 七〇三年初夏―七〇七年初夏 8
一一章 七〇七年七月
一一章 七〇七年七月 1
一一章 七〇七年七月 2
一一章 七〇七年七月 3
一一章 七〇七年七月 4
一一章 七〇七年七月 5
一一章 七〇七年七月 6
一一章 七〇七年七月 7
一一章 七〇七年七月 8
一一章 七〇七年七月 9
一一章 七〇七年七月 10
一一章 七〇七年七月 11
一一章 七〇七年七月 12
一一章 七〇七年七月 13
一一章 七〇七年七月 14
一一章 七〇七年七月 15
一一章 七〇七年七月 16
一一章 七〇七年七月 17
一一章 七〇七年七月 18
一一章 七〇七年七月 19
一一章 七〇七年七月 20
一一章 七〇七年七月 21
一二章 七〇七年八月
一二章 七〇七年八月 1
一二章 七〇七年八月 2
一二章 七〇七年八月 3
一二章 七〇七年八月 4
一二章 七〇七年八月 5
一二章 七〇七年八月 6
一二章 七〇七年八月 7
一二章 七〇七年八月 8
一二章 七〇七年八月 9
一二章 七〇七年八月 10
一二章 七〇七年八月 11
一二章 七〇七年八月 12
一二章 七〇七年八月 13
一二章 七〇七年八月 14
一二章 七〇七年八月 15
一二章 七〇七年八月 16
一二章 七〇七年八月 17
一二章 七〇七年八月 18
一二章 七〇七年八月 19
一二章 七〇七年八月 20
一三章 七〇七年秋―七一一年夏
一三章 七〇七年秋―七一一年夏 1
一三章 七〇七年秋―七一一年夏 2
一三章 七〇七年秋―七一一年夏 3
一三章 七〇七年秋―七一一年夏 4
一三章 七〇七年秋―七一一年夏 5
一三章 七〇七年秋―七一一年夏 6
一三章 七〇七年秋―七一一年夏 7
終章 七一一年夏―冬
終章 七一一年夏―冬 1
終章 七一一年夏―冬 2
終章 七一一年夏―冬 3
終章 七一一年夏―冬 4
終章 七一一年夏―冬 5
終章 七一一年夏―冬 6
終章 七一一年夏―冬 7
終章 参考文献
終章 おことわり
あとがき
あとがき 1
あとがき 2
あとがき 3
あとがき 4
あとがき 5
あとがき 6
あとがき 7
奥付
奥付

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一二章 七〇七年八月

一二章 七〇七年八月 1

 一二章 七〇七年八月


 

 阿礼と由衣は飛鳥寺から北上して香具山に向かった。途中立ち寄った旧飛鳥浄御原宮にはすでに宮の原形を留めるものは何一つなかった。藤原京をつくる時、ここにあった建物はことごとく解体され、移築されたからである。遷都からは一二年がたっていて、宮殿跡は田と畑にかわっていた。二人は過ぎ去った飛鳥時代の仕事と暮らしを懐かしみながら、北に向かい香具山の頂上に立った。木立の切り払われた頂から西に目をやると、眼下に藤原京が広がっているのが見える。都城の暮らしを支える田畑はすでに畝傍山の麓近くまで迫っている。わずか一〇数年の間に飛鳥京をはるかに凌ぐ都域に変貌していた。
 そしてこの藤原京も今その寿命を迎えようとしているのである。元明女帝は亡き息子文武の意向を受け、新しい都城の候補地選びを進めているはずだ。恐らく、移転先は列島各地を結ぶ水上交通と陸上交通の連絡がよく、河川の治水や灌漑施設が行き届き、大和盆地の中ですでに最も豊かな農耕集落となっている平城(なら)の地に落ち着くのではないか。いずれにしても遷都になれば、今見てきた飛鳥京のように、眼下の建造物はそのほとんどが解体され、新都に移築されてしまう。都城の跡は水田にかえられることだろう。そんなことを想像しながら、阿礼は由衣に視線を向けた。


一二章 七〇七年八月 2

 「当初の計画では、大国主神による国譲りがなり、天照大御神の孫が葦原中国に降る天孫降臨を最後にして上つ段を終え、次は旧記にそう形で中つ段に入る。そう考えていた。そして中つ段の最初の語りとして初代天皇神武が兄と共に日向から大和の地へ向かう東遷(東征)物語を準備していたんだが、この天孫降臨と東征物語の間に、旅で出会った蝦夷と隼人をモデルにした話を挿入してみようと思うんだ。両方だと長くなりすぎるから一つにまとめて、舞台は隼人の地、西南日本にする」
 「隼人の地を選ぶ理由は?」
 「先にアマテラスの孫、ヒコホノニニギノ命の天降り先を竺紫の日向の高千穂の霊峰にし、そこに彼が宮殿を建てて住んだという筋語りをつくったろう。あれがあるからニニギノ命のその後としてこれを語るには、西南九州を舞台にする方がいいんだ」
 「今度の旅では日向・大隅・薩摩・阿多と四つの隼人集団に出会ったけれど、全部を扱うの?」
 「いや、これも一つに絞ろう。薩摩国の最も奥、西南の先端に暮らす阿多隼人にしよう。一番世話になったのも阿多の語り部だったし、彼らの語った隼人の歴史が最も忘れがたいからだ」
 「日向に降り立ったニニギノ命を、最南の阿多隼人の国に旅させるのね?」由衣の目が輝いた。


一二章 七〇七年八月 3

 「笠沙の御碕(かささのみさき)に立たせるというのはどうだろう。ニニギはそこで、阿多隼人の娘に出会う。二人の間に子供が三人生まれることにし、そのうちの長子と三男に隼人の役とヤマトの役を配して、西南日本の地を巡る隼人族とヤマト王権との攻防を物語るという筋立てにする。
 このくだりを利用して、一つ決めておきたいことがある。それは天皇の寿命を有限にする時点だ。古事語の創作を開始した時、神々は死なない、皇祖神も生き続ける、ただしこの神々に直接つながるその後の天皇たちの命は有限にするという設定でストーリーをスタートさせた。しかし当時はまだ天皇の寿命をどこで無限なものから有限なものに切り替えるか決めてなかったんだ。それをここにしてはどうだろう。
 寿命を持つのは、高天原から葦原中国の高千穂の霊峰に降り立った皇祖神の次の世代からにする。そう、ニニギノ命が地上で最初の配偶者を選び、子供を誕生させる、その子供たちが何かの理由で、有限の寿命を持つようになったとしたいんだ。でもどんな手がいいかなあ」
 「そうですね。二人の娘を用意する。一方と結婚するとこれまでのように無限の寿命を持つ子が生まれる。もう一方を配偶者にすると有限の寿命を持つ子が生まれる。ニニギノ命はそれを知らずに自分の気持ちのままに一方を選ぶ。その結果、子孫の寿命がことごとく限りあるものになるという筋立てはどうでしょうか」


一二章 七〇七年八月 4

 「そのアイデアを生かすと、こんな展開になる……」

 

 〈ヒコホノニニギノ命が阿多隼人の国を訪れた時、笠沙の御碕で美しい乙女に出会った。
 「誰の娘か?」と尋ねた。
 少女が答えるには「私は大山津見神(おほやまつみのかみ)の娘で、名は神阿多都比売(かむあたつひめ)、別名を木花乃佐久夜毘売(このはなのさくやびめ)と申します」
 そこでさらに、「そなたには姉妹があるのか?」こう尋ねると、
 「私には石長比売(いはながひめ)という姉がおります」こう答えた。
 ニニギノ命が「私はそなたと結婚したいと思うのだが、そなたの気持ちはどうか」
 こう尋ねたところ、「私からは何も申し上げられません。父のオホヤマツミノ神の返事をお聞きください」そう答えた。
 そこで早速オホヤマツミノ神に使いを出し、姫との結婚を申し出た。
 父神はその申し出を聞いて喜び、数え切れないほどの台を用意し、そこに結納の品々をうずたかく載せると共に、コノハナノサクヤ姫だけでなく、姉のイハナガ姫をも添えて差し出した。
 ところがその姉の方はひどく醜い容姿をしていたので、ニニギノ命は一目見るなり怖じ気づき、父親のもとに送り返した。そして妹のコノハナノサクヤ姫だけを留めて一夜の契りを結んだ。


一二章 七〇七年八月 5

 さて姉妹の娘を送り出した父神オホヤマツミノ神である。彼は姉のイハナガ姫が返されたことを深く恥じて、次のように申し送った。
 「私が娘を二人、一緒に差し上げたのにはわけがあります。もしイハナガ姫をお選びになるならば、天つ神の御子の命は、雪が降り風が吹いても、常に岩のように永遠のものとなるように、またコノハナノサクヤ姫を選ばれれば、木の花が咲き誇るがごとく繁栄いたしますように、そして二人を一緒に選ぶなら、永遠の命と限りない繁栄の二つを手に入れられますように、そう祈念したからにほかなりません。
 ところがあなた様は、イハナガ姫を送り返し、コノハナノサクヤ姫だけをお留めになりました。それ故、これから誕生する天つ神の御子の寿命は、木の花のようにはかないものになりましょう」
 こういうわけで、今に至るまで、天皇の命は永遠ではなくなった〉

 

 「こうした展開にした上で、ヤマト王権の支配に組み込まれながらも失われることのない隼人の誇りや気概を、天孫の子を宿した木花乃佐久夜毘売(このはなのさくやびめ)の言動を通して歌い上げたいんだ。こんなふうに……」


一二章 七〇七年八月 6

 〈しばらくの時が経過した後、コノハナノサクヤ姫がニニギノ命のもとを訪れ、次のように伝えた。
 「私はあなたの子を宿し、今や出産の時を迎えました。この子は天つ神の御子ですから、私一人の子として生むことはできない、そう思って申し出たのです」
 それを聞いてニニギノ命は嘲るようにいった。「何とコノハナノサクヤ姫よ、そなたは一夜の契りで孕んだというのか。それは私の子ではあるまい。きっと国つ神の子に違いない」
 するとサクヤ姫は、「私が孕んだ子がもし国つ神の子なら、お産は無事には済みますまい。でも天つ神の子なら必ずや無事に生まれることでしょう」
 こう毅然と答えると、直ちに八尋もある産殿(うぶや)を造らせ、その中に入るや内側から土を塗って戸口を塞いでしまった。そしてお産が始まると産殿に火を放ち、三柱の子を生んだ。
 火が勢いよく燃え盛った時に生まれた御子の名は火照命(ほでりのみこと)、この命は阿多隼人の豪族、阿多の君の祖神である。次に生まれた御子の名は火須勢理命(ほすせりのみこと)、その次に生まれた御子の名は火遠理命(ほをりのみこと)、またの名は天津日高日子穂穂手見命(あまつひこひこほほでみのみこと)である〉


一二章 七〇七年八月 7

 「この三柱の子のうち長男ホデリノ命を隼人役に、三男ホヲリノ命をヤマト役に仕立て、二人を戦わせるんだ。ホデリノ命を海の獲物を糧に生きる海幸彦、ホヲリノ命を山の獲物を糧に暮らす山幸彦にし、二人がお互いの生業を象徴する釣鉤(つりばり)と弓矢を交換し、相手の稼業に挑戦するというのはどうだろう」
 「ヤマト役のホヲリノ命を狩猟の民にするのは何故、どうして農耕の民にしないのですか?」
 「海と山は象徴で、それぞれが対照的な世界に住む存在だという区別をしているだけだよ。物語だからなるべくシンプルな方がいいんだ。話の展開も釣鉤を手にした山幸彦の方に焦点を合わせ、弓矢を受け取った海幸彦が山でどうだったか、うまくいったのか、いかなかったのか、そっちの首尾は省略しようと思うんだ」
 「そういうところを見ると、海に向かった山幸彦は慣れないことに挑戦して、失敗ばかりすることになるわけね」
 「よくわかったね。おまけに海幸彦から借りた大事な釣鉤をなくしてしまうという筋立てでどうだ。山幸彦は代わりの釣鉤を作らせ、それで責任を果たそうとするんだけど、海幸彦は承知しない。海幸が山幸に渡した釣鉤というのは単なる釣り具の一つではなく、狩猟・漁労・採集の民―隼人―が長い歴史の中で育んだ共同体であり、彼らが自然との相互作用の中で築き上げた生活環境なんだ。それを山幸―ヤマト―は破壊してしまった」


一二章 七〇七年八月 8

 「だから海幸は、山幸に代わりのものを返す、別のもので償うといわれても承服しないのね」
 「困り果てた山幸彦に手を貸す神が登場する。海の神だ。山幸はこの海神の国にいって、そこの姫をもらう。さらになくしたと思った兄の釣鉤を見つけてもらう。それだけでなく、兄を懲らしめる、海幸をやっつける術を教授されて帰ってくるんだ」
 「兄の海幸をやっつける手助けをする海神とその娘がいる、海の国というのは何をさすのですか」
 「そう、海の中にあるように描写しようと思っているんだが、実はそこも隼人の国で、別の地域の隼人国をイメージしているんだ。ヤマト王権が隼人の反乱を制圧する時に、他の地域に住む隼人族の手を借りただろう。〈隼人を制するには隼人をもって〉、それを〈山幸が海幸の追及から逃れるために海神の手を借りる〉、そういうふうになぞらえたいんだ」
 「不公平な話ですよね。山幸は海神の手を借りて海幸をやっつける。それが、大和が隼人の手を借りて隼人をやっつけるということを表すわけでしょ。いずれにしても山幸は海幸に勝ち、実際ヤマトは隼人に勝つんだけど、聞き手はそれを正当な勝ちだと評価するかしら。聞いた人は負けた海幸、いや隼人の方に同情を寄せるんじゃないかしら」


一二章 七〇七年八月 9

 「そこがねらいなんじゃないか。確かにこんな勝ち方をした山幸彦、つまりヤマト王権は人々の支持は得られない。得られないどころか、反発を受けること必至だ。山幸、王権がそうした事態を回避しようとするなら、このあとが大事なんだ。これから先山幸=ヤマトが服属した海幸=隼人に対してどれだけのお返しができるか、つまり同胞となった彼らの仕合わせをどれだけ真剣に考慮し続けられるかなんだ。その願いを込めつつ、でもここでは余計なことは語らない。海幸は降参し、山幸に服従を誓う。今起きていることは実際そういうことだろう。そこで物語を終えてしまう。あとは聞き手の感性に委ねてしまうんだ」

 

 〈さて長男ホデリノ命は海の獲物を追う海佐知毘古(うみさちびこ・海幸彦)として大小さまざまな魚を釣り上げるのを生業とした。三男ホヲリノ命は山の獲物を追う山佐知毘古(やまさちびこ・山幸彦)として大小さまざまな鳥獣を仕留めるのを生業とした。
 ある時弟のホヲリノ命が兄のホデリノ命に向かって、「私の弓矢と兄さんの釣鉤を交換して、私が海で、兄さんが山で仕事をしてみませんか?」と提案した。
 何度提案しても海幸彦は首を縦に振らなかったが、山幸彦があまりにうるさくいうので、根負けして山幸彦に釣鉤を貸すことになった。


一二章 七〇七年八月 10

 山幸はその釣り針を手に海に出たが、慣れない仕事では一匹の魚も釣り上げることができなかった。それどころか、やっとの思いで兄から借りた大事な釣鉤をなくしてしまうのである。
 途方に暮れて帰宅すると、兄の海幸が「山の道具は狩人が持つべきもの、海の道具は釣人が持つべきもの、そろそろ元通りに道具を取り替えよう」という。いわれた弟の山幸は困り果て、「兄さんから借りた釣鉤で魚を釣ろうとしたけどただの一匹も取れなかった。その上兄さんの大事な釣鉤を海の中になくしてしまったのです」と事の顛末を語ったが、兄は許さず、「何としてもあの釣鉤を返せ」と弟を責め立てた。
 仕方なく弟は腰に帯びた十拳剣(とつかのつるぎ)を潰して鉤を五〇〇本作り、これで勘弁してくれと頼んだが、兄は受け取ろうとしない。山幸はさらに鉤千本作って償おうとしたが、それでも海幸は手を触れようともせず、「元の釣鉤を返せ」と迫った。
 途方に暮れたホヲリノ命が海辺で泣き悲しんでいると、潮路を司る塩椎神(しほつちのかみ)がやってきて尋ねた。「日の御子、虚空津日高(そらつひこ・天津日高・あまつひこ)よ、どうなさいました。何故そんなに泣き悲しんでおられるのです?」
 こう聞かれて、ホヲリは次のように答えた。「私は、自分の道具と引き換えに、兄のホデリノ命から釣鉤を借りたのですが、それをなくしてしまったのです。代わりになる鉤をたくさん作って返そうとしたのですが、兄が『それではだめだ。元の釣り針を返せ』といって聞かないので、こうして泣き悲しんでいるのです」


一二章 七〇七年八月 11

 それを聞いたシホツチノ神は「それでは私奴がうまい手立てを教えましょう」といって、細かく編んだ竹籠の子船をつくり、それにホヲリノ命を載せ、次のように指示した。
 「私がこの船を押し出します。しばらく流れに身を任せなさい。そのうちよい潮路にぶつかるでしょう。その潮路に乗っていくと、魚の鱗(うろこ)のように建物が立ち並ぶ宮殿に行き着きましょう。それが海の神、すなわち綿津見神(わたつみのかみ)の御殿でございます。その御門まで行きますと、傍らに泉があり、そのほとりに聖なる桂の木があるでしょう。その木の枝に登ってお待ちになれば、海の神の娘があなたを見つけ、あとを仕切ってくれましょう」
 ホヲリノ命はその指示に従った。全てがシホツチノ神のいった通りに進行し、ホヲリは桂の木の枝に登って待った。すると海の神の娘、豊玉毘売命(とよたまびめのみこと)の侍女(はしため)が玉器(たまもひ)を手に姿を現した。侍女が水を汲もうとした時、泉の水に光が差した。不思議に思って振り仰いでみると、見目麗しい若者の姿が目に止まった。
 その瞬間ホヲリノ命は侍女に水を所望した。侍女はそれに応え、器に水を入れて差し出した。ホヲリノ命は水を飲もうとはせず、首にかけた玉の緒を解き、玉を一粒口に含み玉器の中に吐き入れた。すると玉は器にしっかりと張り付き、侍女が剥がそうとしても剥がれなかった。そこで侍女は器に玉を付けたまま、トヨタマビメノ命に差し上げた。


一二章 七〇七年八月 12

 トヨタマビメは器の玉を認めて、侍女に尋ねた。「もしや門の傍に誰かいるのではないの?」
 侍女はそれに次のように答えた。
 「泉の傍の桂の木の上に人がおります。たいそう美しい、立派な若者で、わが海神の宮の王にも勝る気貴いお方です。その方が所望なさるので水を差し上げましたが、お飲みにならず、この玉を器に吐き入れたのです。取ろうとしてもどうしても取れませんので、玉を入れたまま器をお持ちしました」
 これを聞いてトヨタマビメは不思議なことだと思って外に出た。すると確かに素晴らしい青年が立っている。姫は一目でホヲリを気にいり、宮に戻って父神に伝えた。「わが門前に見目麗しい立派な方がおられます」と。
 海神が門の外に出てみると確かに若者がいた。「この方は天津日高の御子、虚空津日高だ」海神はそういうと、直ちにホヲリノ命を宮殿の中に招き入れ、海驢(あしか)の皮畳を八重に重ね、またその上に絹畳を八重に重ねて敷き、その上に座らせた。そして数え切れないほどの台の上に結納の品々と御馳走をうずたかく並べ、娘のトヨタマビメを妻に差し上げた。こうしてホヲリノ命は、三年の間海神の国で過ごすことになった。


一二章 七〇七年八月 13

 三年が瞬く間に過ぎたある日、ホヲリは事の始まりを思い出し、深いため息を漏らした。それを聞いた妻のトヨタマビメは父に相談した。「三年の間ただの一度も嘆かれることはありませんでしたのに、昨夜に限って深いため息をつかれました。何かわけがあるのではないでしょうか」と。
 そこで父のワタツミノ大神が聟君(むこぎみ)に尋ねた。「今朝方娘がこう申しました。共に暮らして三年、一度として嘆息なさることもありませんでしたのに、昨夜初めて深いため息を漏らされたと。何かわけがあるのでしょうか。そもそもあなた様がこの国に来られたわけは何なのでしょうか?」
 そこでホヲリノ命は、ワタツミノ大神に、兄から借りた釣鉤をなくし、それを返せと責め立てられたことから始まったいきさつを詳しく物語った。
 海神はこの話を聞くと、海の中の全ての魚を呼び集め、くだんの釣鉤を取った者がいないかどうか尋ねた。すると魚どもが口ぐちに答えた。
 「先ごろ、赤鯛が喉に何かが刺さっていて何も食べられないとこぼしておりましたから、きっとこの者が取ったのでございましょう」
 そこで海神が赤鯛の喉を探ったところ、果たして釣鉤が刺さっていた。海神はそれをすぐさまはずし、洗い清めてホヲリノ命に差し上げた。この時ワタツミノ大神は次のような策略を授けた。


一二章 七〇七年八月 14

 「この釣鉤を兄君にお返しになる時には、〈この鉤はふさぎ鉤・いらいら鉤・貧乏鉤・愚か鉤〉と呟いて、後ろ手でお渡しなさい。さらに兄君が高地に高田(あげた)を作ったら、あなた様は低地に下田(くぼた)をお作りなさい。また兄君が下田を作るようなら、あなた様は高田をお作りなさい。私は水を司る神、兄君を三年間不漁・不作に陥らせましょう。
 もし兄君がそれをあなた様のせいだと思って攻めてくるようなら、ここに差し上げる潮満珠(しほみつたま)を出しておぼれさせ、もし兄君が参って許しを請うようなら、潮干珠(しほひるたま)を出して救い上げ、これを交互に繰り返して懲らしめてお上げなさい」そういって潮満珠と潮干珠の二対の珠を授けた。
 さらに海にいる鮫(わに)という鮫を呼び集め、「天津日高の御子、虚空津日高がお国に帰られようとしている。御子を送り届け、それを復命するのに何日かかるか、一人ずつ答えてみよ」といった。
 かかる日数はワニの身の丈にほぼ応じていた。一番大きな一尋鮫(ひとひろわに)が「私は一日でお送りして戻ってまいりましょう」と答えた。
 そこで海神はそのヒトヒロワニに向かって「それならお前がお送り申せ。ただし海の中を渡る時、怖い思いをおさせしてはならぬぞ」といいつけて、ホヲリノ命をそのワニの首に乗せて送り出した。


一二章 七〇七年八月 15

 ヒトヒロワニはいった通り一日で送り届けた。帰り際ホヲリノ命は身に帯びた小刀をはずし、ワニの首に結び付けてやった。
 国に帰ったホヲリノ命は、釣鉤を海神の教えた通りのやり方で兄のホデリノ命に返し、田を作った。それ以後ホデリノ命は次第に困窮し、それを弟のせいだとして攻めてくるようになった。
 そこでホヲリノ命は、ホデリノ命が攻めてくる時には潮満珠を出しておぼれさせ、許しを乞う時には潮干珠を出して救い上げる手を繰り返した。やがて兄のホデリノ命はすっかり降参し、弟のホヲリノ命に頭を下げていった。「私はこれから先、昼夜を置かず、守護人(まもりびと)となってあなたに仕えます」と。
 それからしばらくの時が経過し、海神の娘、豊玉毘売命(とよたまびめのみこと)が夫のホヲリノ命のもとを訪ねてきて、次のようにいった。
 「私はあなたの子を身ごもり、いよいよ出産の時期が迫りました。天つ神の御子を海原で産むわけにはいきませんので、こうして地上に出向いてきたのです」そういって、早速海辺の渚近くに鵜の羽を葺草(ふきぐさ)にして産屋(うぶや)を造り始めた。
 ところがその産屋の屋根が葺き終らないうちに陣痛が始まり、トヨタマビメはこらえ切れなくなって産屋に駆け込んだ。いよいよお産が始まろうとする時、姫は夫に向かって頼んだ。


一二章 七〇七年八月 16

 「出産の時、妊婦は誰しも故郷の国の姿で子を産むものでございます。私もまた本来の姿にかえってお産をいたします。お願いですから私の姿をご覧にならないでください」と。
 ホヲリノ命はこの言葉に惑わされ、妻のお産をのぞき見た。すると姫は、八尋もある大ワニに姿をかえ、床の上を這い回り、身をくねらせているではないか。ホヲリノ命は恐ろしさのあまり逃げ出した。
 トヨタマビメは夫にのぞき見られたことを知り、「これまで私は、海の道を通って里とここを行き来しようと思っていましたが、あなたに元の姿を見られ、恥ずかしくてそれもかないません」といって、海の果ての境をふさぎ、生まれた子を残して海神の国に帰ってしまった。
 こういうわけで、この時に生まれた御子の名は、天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命(あまつひこひこなぎさたけうかやふきあへずのみこと)という。
 トヨタマビメはその後、のぞき見られたことを恨めしく思いながらも、夫を慕う気持ちを抑えることができなかった。そこで残してきた御子の乳母として妹の玉依毘売命(たまよりびめのみこと)を遣わし、彼女にことづけて次のような歌を送った。
 「赤玉はそれを貫く緒までも、光り輝くほどに美しいものですが、それにも増して、白玉のようににおうあなたの気貴さが忘れられないでいるのです」


一二章 七〇七年八月 17

 これに対して夫のホヲリノ命も次のような歌を送って返した。
 「沖にすむ鴨の立ち寄る綿津見(わたつみ)の島に、共寝(ともね)をした麗しい妻がいることを、いつまでも忘れることはないであろう」
 ホヲリノ命、すなわち火遠理命、別名天津日高日子穂穂手見命(あまつひこひこほほでみのみこと)は高千穂宮にいて五八〇年に及んだ。御陵は、その高千穂の山の西にある。
 そのホヲリの子、天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命が、その姨(おば)に当たる玉依毘売命を妻として産ませた御子の名は、五瀬命(いつせのみこと)、次に稲氷命(いなひのみこと)、次に御毛沼命(みけぬのみこと)、次に若御毛沼命(わかみけぬのみこと)、別名豊御毛沼命(とよみけぬのみこと)、さらなる別名神倭伊波礼毘古命(かむやまといはれびこのみこと)。以上四柱。
 このうちミケヌノ命は白波の穂を踏んで、常世国に渡っていった。イナヒノ命は妣(はは)の国を訪ねて、海原へ旅立った〉

 

 「これで上つ段は終了するのですね」
 「そうなんだ。ホヲリノ命の一番目の孫五瀬命と四番目の孫、別名を二つ持つ若御毛沼命の話は中つ段の冒頭に置くつもりだ。彼らは日向高千穂で成長し、長じて一緒に国を治めるようになるが、日向一国だけでは満足できずに、東国に向けて征服の旅に出る。その東征の時には弟の若御毛沼命にリーダーシップを発揮させ、呼称として彼の二つ目の別名、神倭伊波礼毘古命(諡神武)を使いたいと思っているんだ。その東征(東遷)物語と共に中つ段が始まることになる」


一二章 七〇七年八月 18

 そういいながら阿礼は立ち上がり、香具山の山頂から藤原京に出る山道を下った。あとに従った由衣が語りかけた。
 「こんなに面白い物語ができ上がろうとしているのに、依頼主の天武天皇ははるか遠くにいってしまわれました。聞いていただくわけにいかないのが残念」
 「存命中に間に合ったとしても、聞いてはいただけなかったかもしれない。天武の希望する内容とはならなかったからね」
 「この古事語(いにしえのことがたり)は、最初からそういう内容になる運命を持っていたのではないかしら。何故って、創作者にあなたが選ばれたんですから」
 「そうかもしれない。こうする以外になかった」
 「私には、このようにでき上がったものの方が多くの人に受け入れられることになるように思えるわ。今度の旅であなたの語る古事語に聞き入る人々の顔を見てきてそう確信しているの。でもこのままではもっと多くの人に伝えることはできないし、長い命を保つこともできません。あなたは一人、しかも歳はすでに六〇を越えているのですから。少しでも多くの人に受け入れられながら、命脈を保たせるにはどうしたらいいか、それを私はずっと考えているの。


一二章 七〇七年八月 19

 これまでのように後継者を育てて語り継いでいくという方法があります。でもこれだけの作品を語れる人は限られます。語り部が限られれば、聞き手も限られます。やがて語り継ぐ人が得られなくなれば、この物語は消えてしまいます。
 物語を最初に文字や書物(巻き物)にすることは、それはそれは大変なことだと思います。でも書いたものは一旦できあがればあとは写書(写巻)で済みます。写巻は語り部ほどではありませんが、それに似た役目をして、相手に物語を伝えることができます。しかも写書はいつでも、どこでも、いくらでも簡単につくることができます。語り部の後継者を育むのと大きな違いです。
 問題は、受け手です。語りの場合、受け手は聞き手、写書の場合は読み手。これまでは語り部がいて、人はその聞き手として聞く能力を磨いてきた。読み手になるなんてことは考えてもみなかった。でも文字は少しずつ人々の生活の中に入ってきています。読むことができるようになっても初めは語り部が語ってくれるほどには味わうことはできないかもしれないけれど、これが当たり前になれば、読む力が磨かれ、肉声が伝えるものと同じ、いやそれ以上のものを感じ取れるようになる可能性はあると思うのです。


一二章 七〇七年八月 20

 文字を読む人の数はまだ少ない。でもそれに馴染んでいく人の数はこれから増えていくはずです。それに合わせて、写巻の数も増えていく。あなたが創った物語は、多くの人に読まれ、読み継がれることになる。天武天皇もそれを考えておられた。古事語が完成したら誰かにそれを文字にさせる、そういわれたと伺いました。その機会がなくなった今、改めてその役を私がするというのはどうかしら?」
 「そんな大変なことを考えていたのか。文字をもたないこの国が他国の文字を借りて日本語を書き表す、その試みは始まったばかり。それを専門にする学者でも至難だというのに、由衣、お前がそれをやれば、それこそ命を削ることになる」
 「命を削るように大事なことに打ち込めれば、こんな仕合わせな人生はないでしょう。あなたと生きた証になるわ」
 「たとえ書き上げられたとしても、それが世に出る保証はないぞ。書を世に出すには王家の力なくしてはかなわないからだ。古事語は天武の発案で誕生したものだけれども、彼の望むようにはでき上がらなかった。そんな物語を、あとを継いだ王家が書として公にするだろうか?」
 「私は見返りを求めません。ただやってみたいの。この物語にはそれだけの価値があるのだから」