目次
序章 七一一年夏
序章 七一一年夏 1
序章 七一一年夏 2
序章 七一一年夏 3
一章 六七四年初夏
一章 六七四年初夏 1
一章 六七四年初夏 2
一章 六七四年初夏 3
一章 六七四年初夏 4
一章 六七四年初夏 5
一章 六七四年初夏 6
一章 六七四年初夏 7
一章 六七四年初夏 8
一章 六七四年初夏 9
一章 六七四年初夏 10
一章 六七四年初夏 11
一章 六七四年初夏 12
一章 六七四年初夏 13
一章 六七四年初夏 14
一章 六七四年初夏 15
一章 六七四年初夏 16
一章 六七四年初夏 17
二章 六七四年初秋
二章 六七四年初秋 1
二章 六七四年初秋 2
二章 六七四年初秋 3
二章 六七四年初秋 4
二章 六七四年初秋 5
二章 六七四年初秋 6
二章 六七四年初秋 7
二章 六七四年初秋 8
二章 六七四年初秋 9
二章 六七四年初秋 10
二章 六七四年初秋 11
三章 六七五年冬
三章 六七五年冬 1
三章 六七五年冬 2
三章 六七五年冬 3
三章 六七五年冬 4
三章 六七五年冬 5
三章 六七五年冬 6
三章 六七五年冬 7
三章 六七五年冬 8
三章 六七五年冬 9
三章 六七五年冬 10
三章 六七五年冬 11
三章 六七五年冬 12
三章 六七五年冬 13
四章 六七五年初春
四章 六七五年初春 1
四章 六七五年初春 2
四章 六七五年初春 3
四章 六七五年初春 4
四章 六七五年初春 5
四章 六七五年初春 6
四章 六七五年初春 7
四章 六七五年初春 8
四章 六七五年初春 9
四章 六七五年初春 10
四章 六七五年初春 11
四章 六七五年初春 12
四章 六七五年初春 13
四章 六七五年初春 14
四章 六七五年初春 15
四章 六七五年初春 16
四章 六七五年初春 17
四章 六七五年初春 18
四章 六七五年初春 19
四章 六七五年初春 20
四章 六七五年初春 21
五章 六七五年夏
五章 六七五年夏 1
五章 六七五年夏 2
五章 六七五年夏 3
五章 六七五年夏 4
五章 六七五年夏 5
五章 六七五年夏 6
五章 六七五年夏 7
五章 六七五年夏 8
五章 六七五年夏 9
五章 六七五年夏 10
五章 六七五年夏 11
五章 六七五年夏 12
五章 六七五年夏 13
五章 六七五年夏 14
五章 六七五年夏 15
五章 六七五年夏 16
五章 六七五年夏 17
五章 六七五年夏 18
五章 六七五年夏 19
五章 六七五年夏 20
五章 六七五年夏 21
五章 六七五年夏 22
五章 六七五年夏 23
六章 六七六年春
六章 六七六年春 1
六章 六七六年春 2
六章 六七六年春 3
六章 六七六年春 4
六章 六七六年春 5
六章 六七六年春 6
六章 六七六年春 7
六章 六七六年春 8
六章 六七六年春 9
六章 六七六年春 10
六章 六七六年春 11
六章 六七六年春 12
六章 六七六年春 13
六章 六七六年春 14
六章 六七六年春 15
六章 六七六年春 16
六章 六七六年春 17
六章 六七六年春 18
六章 六七六年春 19
六章 六七六年春 20
六章 六七六年春 21
六章 六七六年春 22
六章 六七六年春 23
六章 六七六年春 24
六章 六七六年春 25
六章 六七六年春 26
六章 六七六年春 27
六章 六七六年春 28
六章 六七六年春 29
六章 六七六年春 30
七章 六七六年秋
七章 六七六年秋 1
七章 六七六年秋 2
七章 六七六年秋 3
七章 六七六年秋 4
七章 六七六年秋 5
七章 六七六年秋 6
七章 六七六年秋 7
七章 六七六年秋 8
七章 六七六年秋 9
七章 六七六年秋 10
七章 六七六年秋 11
七章 六七六年秋 12
七章 六七六年秋 13
七章 六七六年秋 14
七章 六七六年秋 15
七章 六七六年秋 16
七章 六七六年秋 17
七章 六七六年秋 18
七章 六七六年秋 19
八章 六七七年初夏
八章 六七七年初夏 1
八章 六七七年初夏 2
八章 六七七年初夏 3
八章 六七七年初夏 4
八章 六七七年初夏 5
八章 六七七年初夏 6
八章 六七七年初夏 7
八章 六七七年初夏 8
八章 六七七年初夏 9
八章 六七七年初夏 10
八章 六七七年初夏 11
八章 六七七年初夏 12
八章 六七七年初夏 13
八章 六七七年初夏 14
八章 六七七年初夏 15
八章 六七七年初夏 16
九章 六八〇年初秋
九章 六八〇年初秋 1
九章 六八〇年初秋 2
九章 六八〇年初秋 3
九章 六八〇年初秋 4
九章 六八〇年初秋 5
九章 六八〇年初秋 6
九章 六八〇年初秋 7
九章 六八〇年初秋 8
九章 六八〇年初秋 9
九章 六八〇年初秋 10
九章 六八〇年初秋 11
九章 六八〇年初秋 12
九章 六八〇年初秋 13
一〇章 七〇三年初夏―七〇七年初夏
一〇章 七〇三年初夏―七〇七年初夏 1
一〇章 七〇三年初夏―七〇七年初夏 2
一〇章 七〇三年初夏―七〇七年初夏 3
一〇章 七〇三年初夏―七〇七年初夏 4
一〇章 七〇三年初夏―七〇七年初夏 5
一〇章 七〇三年初夏―七〇七年初夏 6
一〇章 七〇三年初夏―七〇七年初夏 7
一〇章 七〇三年初夏―七〇七年初夏 8
一一章 七〇七年七月
一一章 七〇七年七月 1
一一章 七〇七年七月 2
一一章 七〇七年七月 3
一一章 七〇七年七月 4
一一章 七〇七年七月 5
一一章 七〇七年七月 6
一一章 七〇七年七月 7
一一章 七〇七年七月 8
一一章 七〇七年七月 9
一一章 七〇七年七月 10
一一章 七〇七年七月 11
一一章 七〇七年七月 12
一一章 七〇七年七月 13
一一章 七〇七年七月 14
一一章 七〇七年七月 15
一一章 七〇七年七月 16
一一章 七〇七年七月 17
一一章 七〇七年七月 18
一一章 七〇七年七月 19
一一章 七〇七年七月 20
一一章 七〇七年七月 21
一二章 七〇七年八月
一二章 七〇七年八月 1
一二章 七〇七年八月 2
一二章 七〇七年八月 3
一二章 七〇七年八月 4
一二章 七〇七年八月 5
一二章 七〇七年八月 6
一二章 七〇七年八月 7
一二章 七〇七年八月 8
一二章 七〇七年八月 9
一二章 七〇七年八月 10
一二章 七〇七年八月 11
一二章 七〇七年八月 12
一二章 七〇七年八月 13
一二章 七〇七年八月 14
一二章 七〇七年八月 15
一二章 七〇七年八月 16
一二章 七〇七年八月 17
一二章 七〇七年八月 18
一二章 七〇七年八月 19
一二章 七〇七年八月 20
一三章 七〇七年秋―七一一年夏
一三章 七〇七年秋―七一一年夏 1
一三章 七〇七年秋―七一一年夏 2
一三章 七〇七年秋―七一一年夏 3
一三章 七〇七年秋―七一一年夏 4
一三章 七〇七年秋―七一一年夏 5
一三章 七〇七年秋―七一一年夏 6
一三章 七〇七年秋―七一一年夏 7
終章 七一一年夏―冬
終章 七一一年夏―冬 1
終章 七一一年夏―冬 2
終章 七一一年夏―冬 3
終章 七一一年夏―冬 4
終章 七一一年夏―冬 5
終章 七一一年夏―冬 6
終章 七一一年夏―冬 7
終章 参考文献
終章 おことわり
あとがき
あとがき 1
あとがき 2
あとがき 3
あとがき 4
あとがき 5
あとがき 6
あとがき 7
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奥付

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八章 六七七年初夏

八章 六七七年初夏 1

 八章 六七七年初夏


 

 飛鳥一帯は、苗代作り・種蒔き・田起こし・地拵(じこしら)えと続いてきた一連の作業を締めくくる、田植えの季節を迎えていた。阿礼が少年だったころには直播(じかまき)も行われていたが、いまでは役所の指導が徹底し、飛鳥とその周辺では田植え法が定着している。
 田植え法では、苗代から抜いて束ねた稲苗を一株ずつ手に取って植え直さなければならない。しかも各戸に与えられた水の順番がくる日には全ての作業を完了させねばならなかったから、田植えは家族・親族・近所総出の作業となった。この日ばかりは内乱で主を失った農家の田にも多くの人の姿があった。
 稲作は家ごとに行われるが、それぞれが勝手に作業を行っているわけではない。特に田植えは、村ごとに決められてきた約束事に従って進められる。一枚の田の田植えの時間は、村の取り決めで配分される水の流れによって決められているからである。作業は早くても遅くてもならない。各家々が同じ歩調で作業を進めている。
 ついこの間まであった狩猟・採集生活はそうではなかった。人々は常に人よりも早く獲物や山菜を見つけ、人よりも多くこれらを射たり、摘んだりしようとその技術を競い合った。そこでは人とは違う独自の工夫が尊ばれた。だから一所に人がこんなに多く姿を見せて働くことはなかった。


八章 六七七年初夏 2

 稲つくりはその対極にあった。ここでは多くの人が集い、人並みに働くことが高い価値を持った。そうした労働風景が飛鳥一帯では伝統になろうとしていた。その見なれた風景を窓越しに眺めていた由衣が、視線を阿礼に戻していった。
 「今日はいよいよ国譲り物語に取り掛かるとおっしゃいましたが、どんな展開になるのですか?」
 「前に話したように、ここでは今から百七・八十年ほど前の六世紀初頭に始まって、ほぼ百年の歳月をかけて進められた国造化という統一事業あるいは政策がモデルになるんだ。順を追って説明しようか。
 国づくりの始まりは前四世紀、この時期から大陸生まれの稲つくりが九州北部から本州中央部に向かって広がっていく。それと共に稲つくりをする共同体が進化していくんだ。初めは濠をめぐらした環濠集落だったが、それが複数集まって村社会(農耕集落)になった。その農耕集落がいくつか合わさって地域社会(豪族的国家)が形成され、その豪族的国家が複数集まって豪族的国家連合(国)となった。二世紀末、この国同士が激しく抗争し合う、倭国争乱の時期を迎える。その争乱を経た三世紀初め、筑紫・吉備・播磨・讃岐などの豪族的国家連合が連携し、大和盆地の一角に首都を置く王国を形成する」


八章 六七七年初夏 3

 「これが今の統一国家の源流の一つとなるヤマト王権、新生倭国ね」
 「新生倭国は三世紀代・四世紀代と、二〇〇年の歳月をかけて列島内に王権を伸長させ、五世紀代には列島の統一をリードする。各地の豪族的国家同士の抗争に介入し、より忠実な勢力と手を結んでこれを軍事的・経済的に支援するという形で、統一への動きを加速させたんだ。
 そして六世紀代、ヤマト王権は中央政権として統一をさらに進める。旧来の豪族的国家であった時の在地首長、地方豪族を国造(こくぞう・くにのみやっこ)という倭王権の地方官に任じることによって、列島各地の地方政権(地域社会)をその支配下に組み入れようとした。
 この中央政権となるヤマト王権を高天原、ヤマト王権の支配下に組み入れられていく各地の豪族を国主、彼らが建設した地方国家(豪族的国家)の総称を葦原中国というふうにこれまで話を組み立ててきただろう。その地方政権の国主が、六世紀代中央政権の求めに応じて国造になっていく過程を国譲りの物語にしようというわけなんだ」
 「はるかな昔に起きたことのように描きながら、随分と近い歴史的出来事を念頭に置いているということね」
 「そう。その国造化をモデルにして大国主神の国譲り物語をつくり、合わせてその中でこの間話した壬申の乱が世に問うた継承権の正当性という問題を語りにしたいと思っている。そうした構想の下で考えている国譲り物語の粗筋がこれなんだけど、聞いてくれるか」


八章 六七七年初夏 4

 〈天照大御神は、地上の葦原中国が稲が永遠に豊かに実る葦原の国になったことを聞き、この豊葦原の千秋長五百秋の水穂国(とよあしはらのちあきのながいほあきのみずほのくに)の統治をわが子の正勝吾勝勝速日天忍穂耳命(まさかつあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと)に委ねようと、彼を日継の御子(皇太子)に任命し、高天原から葦原中国に降るよう命じた。
 指令を受けて、アメノオシホミミノ命が天と地の間にかかる天の浮橋まできた時、地上の様子がひどく騒がしいのに気付いた。地上ではどうやら豊葦原の水穂国を奪い合う騒乱が起きている模様だった。御子は一旦高天原に戻り、どうしたらよいかアマテラス大御神に相談した。
 大御神は高御産巣日神(たかみむすひのかみ・別名高木神)と相談して天の安河の河原に智慧の神、思金神(おもひかねのかみ)を初め八百万の神々を招集し、「アメノオシホミミノ命を日継の御子に指名して葦原中国を統治させようと、かの国に降らせようとしたが、どうもそこは国つ神たちが国の盗り合いをしているようだ。彼らを帰順させるにはどの神を遣わしたらよいか」と尋ねた。


八章 六七七年初夏 5

 そこでオモヒカネノ神や八百万の神々が相談して、天菩比神(あめのほひのかみ)を選び、彼を使者として送り出した。ところがアメノホヒノ神は大国主神になびいて、三年たっても戻らなかった。
 そこでアマテラス大御神とタカミムスヒノ神はまた、オモヒカネノ神を初めとする八百万の神々を集めて「アメノホヒノ神が使いに出てすでに長い時が流れた。それなのにまだ何の連絡もない。次はどの神を使いに出したものだろうか?」と相談した。
 そこでオモヒカネノ神が八百万の神々と相談して次のように答えた。「天津国玉神(あまつくにたまのかみ)の子である天若日子(あめのわかひこ)を遣わしましょう」と。
 それを受けてアマテラス大御神とタカミムスヒノ神は、アメノワカヒコに鹿狩り用の弓と矢―天之麻迦古弓(あめのまかこゆみ)・天之波波矢(あめのははや)―を授けて地上の国に遣わせた。ところがアメノワカヒコは葦原中国につくと、オオクニヌシノ神の娘、下照比売(したてるひめ)を妻にして、八年たっても連絡を寄こさなかった〉

 

 阿礼に一息入れさせようと、由衣が口を挟んだ。
 「役立たずな相談。何をやってもだめなのね」
 「それくらい葦原中国の平定、そして国譲りは大変だったということを伝えたいのさ」


八章 六七七年初夏 6

 「なるほど、なかなかうまい手かもしれない。ではもう一つ質問。このくだりでアマテラスがタカミムスヒを初めとして八百万の天つ神に相談を持ちかけるでしょ。アマテラスは天上の最高神で、一人で全てを決めることができるはずですよね。それがどうして他の神々の意向をうかがうように設定したの?」
 「アマテラスを独裁者にしたくなかったからなんだ。いかに最高権力者でも他者の意見に耳を傾ける存在でなければならない。そのことをここにこめたかったんだ。
 特に男神タカミムスヒノ神がアマテラスの最も信頼せる相談役に設定されているだろう。この神は外来神で天上界の主神にして太陽神、在来神アマテラスと同じような地位と力を持っている。アマテラスはその外来の男神と絶えず一緒になって重要事項を決めていく。そう描写することによって理想の最高権力者像を聞き手に印象付けることができるのではないか、そう期待してのことなんだ。
 さらに鳴女(なきめ)という名のキジを登場させてみたんだが」

 

 〈キジの鳴女は使者となって天若日子のもとに行き、「八年もなるのに何故戻って復命しないのか」と、天つ神から受けた命令を復誦する。それを聞いたアメノワカヒコは、天つ神から授けられた天之麻迦古弓と天之波波矢で、キジを射殺してしまう。ところが鳴女の胸を射抜いたその矢が高天原まで飛んで行き、それが再び地上に還ってきてアメノワカヒコの胸板に突き刺さり、ワカヒコは死んでしまう。その死は残された妻や高天原にいる肉親を悲しませ、死者の魂を慰める歌や踊りが八日八晩続いた。


八章 六七七年初夏 7

 これまでの試みはことごとく失敗だった。そこでアマテラス大御神はまた尋ねた。「今度という今度はどの神を使いに出したらよいものか」と。
 そこでオモイカネノ神と八百万の神々が協議して、次のように答えた。「天の安河の上流にある天の石屋(あめのいはや)にいる剣(つるぎ)の神、伊都之尾羽張神(いつのをはばりのかみ)、別名天之尾羽張神(あめのをはばりのかみ)か、その子供である建御雷之男神(たけみかづちのをのかみ)がよいでしょう。とりあえず天迦久神(あめのかくのかみ)を使いに出してイツノヲハバリノ神の意向を尋ねさせたらどうでしょう」と。
 使いに立ったアメノカクノ神に、アメノヲハバリノ神は次のように答えた。「かしこまりました。お引き受けしましょう。しかしこの度の仕事は私よりも息子の方が適任だと思われます。タケミカヅチノヲノ神を遣わしましょう」と。
 そこでアマテラス大御神はタケミカヅチノヲノ神に、船の神、天鳥船神(あめのとりふねのかみ)を付き添わせて葦原中国へと旅立たせた。


八章 六七七年初夏 8

 二柱の神が降り立ったのは出雲国の伊那佐の小浜(いなさのをばま・稲佐浜)だった。大国主神と大后須勢理毘女命が住む宇迦の山の山本の宮はその近くにあった。
 二神は腰に帯びた十掬剣(とつかつるぎ)を抜くと、それを逆さにして波頭に突き差し、剣の切っ先にあぐらをかいて座った。そうしてオホクニヌシノ神を呼び、次のように尋ねた。「われわれは、アマテラス大御神、タカギノ神の命令でナンジの意向を訊くために使者となった者である。大御神は、ナンジが今国主として領有している葦原中国を、日継の御子に統治させたいと考えておられる。ナンジの考えはどうであるか」と。
 こう尋ねられて、オホクニヌシノ神は次のように答えた。「私の一存で答えるわけにはまいりません。私には八重言代主神(やへことしろぬしのかみ)、別名八重事代主神(やへことしろぬしのかみ)と建御名方神(たけみなかたのかみ)という二人の息子がおります。それぞれの考えを聞きたい思います」と。
 兄のヤヘコトシロヌシノ神はこの時、鳥を射ち、魚を釣るために御大の岬(みほのみさき・美保埼)に出かけていた。迎えに行ったアメノトリフネノ神と共に戻ってくると、父のオホクニヌシノ神にいった。「お話は伺いました。恐れ多いことです。この国を天つ神の御子に差し上げたらどうでしょうか」そういうや否や、呪術を使い、今乗ってきた船を青葉の柴垣にかえ、その中にこもってしまった。


八章 六七七年初夏 9

 弟のタケミナカタノ神の態度は兄のそれと対照的だった。千人がかりでやっと動くほどの大岩を、片手で軽々と差し上げながらやってきて、「誰だ、私の国にきてこそこそとつまらぬことをいう奴は。この国を盗りたければ、力比べで勝ってからにしろ。まずワレが先にお前の手をへし折ってやろう」
 そういって、タケミカヅチノヲノ神の手を掴んだ。するとその手は一瞬のうちに氷柱(つらら)に変じ、さらに剣の刃に転じた。ひるんだタケミナカタノ神の手を、今度はタケミカヅチノヲノ神が掴んだ。すさまじい怪力だった。掴んだ手を二男神の腕に移動させ、まるで葦の若茎を手折るようにひしぎ上げ、体ごと地面にたたき付けた。
 タケミナカタノ神はかなわずとみて逃げ出した。タケミカヅチノヲノ神はそれを追い、ついに科野国(しなののくに・信濃国)の州羽の海(すわのうみ・諏訪湖)まで追いつめて、息の根を止めようとした。
 その時タケミナカタノ神は命乞いをしていった。「恐れ入りました。命だけは助けて下さい。私はこの州羽の地以外のところには決してまいりません。また父のオホクニヌシノ神のいう通りにいたします。葦原中国は天つ神の御子の仰せられるままに差し上げましょう」
 そこでタケミカヅチノヲノ神は出雲国に戻ってきてオホクニヌシノ神に尋ねた。「ナンジの子神、ヤヘコトシロヌシノ神とタケミナカタノ神はいずれも天つ神の仰せに従い、決して背かないと申している。そこでナンジだが、いかがするか」


八章 六七七年初夏 10

 オホクニヌシノ神は、かつて祖父神須佐之男命にいわれた言葉を思い浮かべながら、次のように答えた。
 「私の子供二柱の神が申しましたように、私もまた決して背くことはありません。葦原中国は仰せに従い悦んで献上いたしましょう。ただし一つだけ条件があります。私の住んだところに、天つ神の御子が皇位継承の暁に住まわれる立派な御殿のように、地底の岩根に届くまでに深く穴を掘って宮柱を埋め、高天原に千木が届くほど屋根の高い神殿を築いてくださいますか。その約束が果たされますならば、私は遠い遠い幽界に身を隠すことにいたしましょう。また私の子供、百八十柱の神々は長兄八重事代主神を中心にお仕えいたしますゆえ、一柱として仰せに背く者はありますまい」
 このようにいってオホクニヌシノ神はこの国を譲り、去った。
 タケミカヅチノヲノ神は約束通り、出雲国の多芸志の小浜(たぎしのをばま)に神殿をつくらせ、それが済むと高天原に戻り、葦原中国を平定し、帰順させたことを復命した〉

 

 「何故、神殿なのかしら?」
 「神殿はこの国の繁栄と人々の安寧の象徴なんだ。聞き手はそれでわかってくれると思う」
 「それにしてもずいぶんあっさりと国土奉還をしてしまうのですね」


八章 六七七年初夏 11

 「本当はもっと苦悶・立腹するはずだよね。自分自身の努力もさることながら、あれほどたくさんの神々の協力でつくり上げた国を譲れと迫られるんだから。でもね、あっさりと譲らせることによって大国主神の無念さがより強く伝わると思ったんだ。同時にね、譲るということによって相手を立てるだけではなく、やがては自らもまた立ち栄える可能性を持つ。そのことも語り伝えたかったんだ」
 「高天原の方もまたいとも気前よく約束を果たしてしまうのね」
 「譲られた者は、譲った者の無念さをいつまでも思い続けなければならない……という戒めが神殿を建て、それを保存することによって守り続けられるのだというふうにしたかったんだ。さらにいえば、統一国家に参加した方が現状よりも大きな可能性が拓けるのではないか、そう願う地方政権の期待に中央政権は応え続けなければならない。そしてもしその約束が守り続けられず、地域社会の安寧が損なわれるようなことがあったら、それが反乱の源泉になり、どんな国家だっていとも簡単に崩壊してしまう。その哲理を国土創成物語の中に組み込んでおきたかった」
 「だとしたら高天原が神殿を立てたというくだりに、こんな話を加えませんか。国譲りをした大国主神とその子孫に対する高天原側の敬意、約束を果たそうとする者の誠意を表すために。


八章 六七七年初夏 12

 私が仕えていた杵築の社(きづきのやしろ)では、地元の海人たちが豊漁を祈願したり、感謝したりする時に、自ら釣り上げたそれはそれは大きな鱸(すずき)を御饗(みあえ)として神前に供えるの。供える前に食膳の調理を司る人々、膳手(かしわで)が料理するのですが、その時に特別な火を使うのが習わしなのです。    
 火は檜の板にくぼみを作り、そこに先端を尖らせた檜の棒をあてがって、強い力で揉んで起こすの。このくぼみのある檜の板のことを火鑽臼(燧臼・ひきりうす)、先の尖った檜の棒を火鑽杵(燧杵・ひきりきね)と呼んで、この二つで鑽り出すようにして起こした火は特別に神聖な火で、これを使って調理したスズキはまた特別に聖なる御饗(御馳走)とされるのです。これを神殿に供えるというのはどうかしら」
 「ああ、それはいい考えだね。伊邪那岐命・伊邪那美命の二神が生みだした河口の神、水戸神(みなとのかみ)の孫、櫛八玉神(くしやたまのかみ)をその膳手にしよう」

 

 〈櫛八玉神が鵜に変身して海の底に潜り、海布(めふ)と呼ばれる海藻の茎を刈り取って火を鑽る臼を、海蓴(こも)と呼ぶ海藻の茎で火を鑽る杵をつくる。そしてこの臼と杵で火を鑽り出し、次のような祝詞(のりと)を奏上する。


八章 六七七年初夏 13

 「私が鑽り出した火は天を衝いて燃え上がり、その煙は天上を覆って下界に垂れさがるほどの煤(すす)を生む。私が鑽り出した火は地上を這い、地中深く燃え下がり、地底の岩根を焼き凝らす。その鑽り火を使って、楮(こうぞ)の皮の繊維で撚り上げた千尋の縄で海人が釣り上げた口が大きく尾鰭(おびれ)が長い見事な鱸を、調理しました。それを竹張りの台がたわむ程に盛り付けましたので、どうぞお召し上がりください」〉

 

 「うーん、いいですね」
 「これで天降る準備はできたんだが、国譲りをした大国主神との約束―地上の国の安寧―を果たすにはそれにふさわしい統治者を見付けないと。初めは天照大御神の御子を候補者に設定しているんだが、葦原中国の平定にずいぶん長い歳月がかかってしまった。だから新たに後継者が選ばれて葦原中国に降るという筋立てになるんだ」
 「それで、アマテラスの孫神になるわけね」

 

 〈葦原中国の平定が完了したという報告を受けた天照大御神は、高木神と連れだって日継の御子、正勝吾勝勝速日天忍穂耳命(まさかつあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと)のところに行き、「葦原中国の平定が完了したという連絡が入った。かねて任せた通り、私の後継者として天降り、かの国を治めるがよい」と仰せられた。


八章 六七七年初夏 14

 するとアメノオシホミミノ命は次のように答えた。「天降りの支度中に思わぬ時が流れ、その間に私に二柱の子が生まれました。タカギノ神の娘、万幡豊秋津師比売命(よろづはたとよあきつしひめのみこと)を妻として生んだ天火明命(あめのほあかりのみこと)と天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命(あめにきしくににきしあまつひこひこほのににぎのみこと)です。二柱の命のうち、日の神の子で稲穂のみずみずしさを表す名を持つ、弟のヒコホノニニギノ命が適任だと思いますので、この子を後継者にいたしましょう」
 そこでアマテラス大御神はニニギノ命を後継者にする一方、付き添うメンバーを選定した。まず天児屋命(あめのこやねのみこと)・布刀玉命(ふとだまのみこと)・天宇受売命(あめのうずめのみこと)・伊斯許理度売命(いしこりどめのみこと)・玉祖命(たまのやのみこと)の五柱。
 次に大御神は、智慧の神思金神(おもひかねのかみ)、天の石屋戸(あめのいはやと)で功績のあった天手力男神(あめのたぢからをのかみ)、御門(みかど)の守護神である天石門別神(あめのいはとわけのかみ)三柱の神を選び、八尺の勾玉(やさかのまがたま)・鏡・草薙(くさなぎ)の剱を持たせることにした。
 さらに露払いとして天忍日命(あめのおしひのみこと)・天津久米命(あまつくめのみこと)の二柱を選び、それぞれ背には矢を入れる靭(ゆぎ)を負わせ、腰にはコブ状の柄頭(つかがしら)を持つ頭椎之太刀(くぶつちのたち)を吊るさせ、手には天之波士弓(あめのはじゆみ)と天之真鹿児矢(あめのまかこや)を持たせた〉


八章 六七七年初夏 15

 「葦原中国から道案内がくるというのはどう?」
 「なるほど、ではこうしよう」

 

 〈準備が整うと、天照大御神はヒコホノニニギノ命に命じた。「豊葦原の水穂国の統治はナンジに委ねられた。直ちに天降りなさい」と。この指令を受けてヒコホノニニギノ命が一行と共に下界に降りようとした時だった。天上の道が八またに分かれているところで、上は高天原を照らし、下は葦原中国を照らしている神が見えた。
 そこでアマテラス大御神とタカギノ神はアメノウズメノ命を遣わして尋ねさせた。「何者であるか。何のために、わが孫の天降るべき道をふさいでいるのか?」と。
 その問いに応えて、男神は次のようにいう。「私は国つ神で、名前は猿田毘古神(さるたびこのかみ)と申します。ここにおりますのは、天つ神の御子が天降りなさるという声を聞いたからでございます。道案内をさせていただければ、こんな仕合わせはありません」と。
 葦原中国側の先導に助けられ、ヒコホノニニギノ命は高天原の神座、天之石位(あまのいはくら)を離れ、一行と共に天空に幾重にもたなびく雲を押し分け、道なき道を神威をもってかき分け、途中天の浮橋から浮島に立って下界を眺めたあと、竺紫(つくし)の日向(ひむか)にある、高千穂の霊峰に天降った。
 この時ニニギノ命は次のようにいう。「この地は韓国(からくに・朝鮮)に近く、南には薩摩の笠沙の御碕(かささのみさき・野間崎)に向かう道が通じている。朝日が射し、夕陽が映える吉相の土地だ」
 そしてこの地に地底の岩根まで届く太い宮柱を立て、千木が天空に高々と聳え立つ壮大な宮殿を築いて住んだ〉


八章 六七七年初夏 16

 「天孫が大八島(日本列島)を治めるために天より降るとすれば、その場所は現在皇室のある日本列島の中央、大和国に定める方が自然ではないの。どうしてわざわざ九州の日向に降臨させるのですか?」
 「天武に渡された『帝紀』・『本辞』でそうなっているから、われわれの古事語(いにしえのことがたり)もそれに従いたいと思っているんだ。旧記の編纂者たちは、こう考えたのではないかな。確かに現在の王都は大和にあるのだから、ここに降臨させた方が自然かもしれない。でもそれでは統治の対象となる国がこのあたりだけになってしまうと。
 ヤマト王権は九州から近畿に及ぶ豪族的国家群の連合政権として誕生した。しかも大八島に広がっている農耕文明は大陸から半島を経由して、まず九州にもたらされ、そこから東に向かって大和まで及んだ。さらにそれを支える地方国家も西から東に向かって広がったんだ。日本の統一をめざす王朝としてはその西の九州からスタートし、東に移動しながらその間にある地方の全てを自分たちの王権のもとに参加させた上で大和の地に根を下ろしたとした方が、最初から大和にいたというよりもずっと大きな存在になると。
 いずれにしてもこの天孫降臨で一区切りにし、ここまでを上つ段としよう。次は『帝紀・本辞』の記述にそう形で中つ段に進みたい。中つ段はニニギノ命の子孫、豊御毛沼命(とよみけぬのみこと)、またの名、神倭伊波礼毘古命(かむやまといはれびこのみこと・諡神武)の東征(東遷)物語づくりからスタートしたいと思っているんだが、それを始める前に、上つ段を仕上げなくてはね」