目次
序章 七一一年夏
序章 七一一年夏 1
序章 七一一年夏 2
序章 七一一年夏 3
一章 六七四年初夏
一章 六七四年初夏 1
一章 六七四年初夏 2
一章 六七四年初夏 3
一章 六七四年初夏 4
一章 六七四年初夏 5
一章 六七四年初夏 6
一章 六七四年初夏 7
一章 六七四年初夏 8
一章 六七四年初夏 9
一章 六七四年初夏 10
一章 六七四年初夏 11
一章 六七四年初夏 12
一章 六七四年初夏 13
一章 六七四年初夏 14
一章 六七四年初夏 15
一章 六七四年初夏 16
一章 六七四年初夏 17
二章 六七四年初秋
二章 六七四年初秋 1
二章 六七四年初秋 2
二章 六七四年初秋 3
二章 六七四年初秋 4
二章 六七四年初秋 5
二章 六七四年初秋 6
二章 六七四年初秋 7
二章 六七四年初秋 8
二章 六七四年初秋 9
二章 六七四年初秋 10
二章 六七四年初秋 11
三章 六七五年冬
三章 六七五年冬 1
三章 六七五年冬 2
三章 六七五年冬 3
三章 六七五年冬 4
三章 六七五年冬 5
三章 六七五年冬 6
三章 六七五年冬 7
三章 六七五年冬 8
三章 六七五年冬 9
三章 六七五年冬 10
三章 六七五年冬 11
三章 六七五年冬 12
三章 六七五年冬 13
四章 六七五年初春
四章 六七五年初春 1
四章 六七五年初春 2
四章 六七五年初春 3
四章 六七五年初春 4
四章 六七五年初春 5
四章 六七五年初春 6
四章 六七五年初春 7
四章 六七五年初春 8
四章 六七五年初春 9
四章 六七五年初春 10
四章 六七五年初春 11
四章 六七五年初春 12
四章 六七五年初春 13
四章 六七五年初春 14
四章 六七五年初春 15
四章 六七五年初春 16
四章 六七五年初春 17
四章 六七五年初春 18
四章 六七五年初春 19
四章 六七五年初春 20
四章 六七五年初春 21
五章 六七五年夏
五章 六七五年夏 1
五章 六七五年夏 2
五章 六七五年夏 3
五章 六七五年夏 4
五章 六七五年夏 5
五章 六七五年夏 6
五章 六七五年夏 7
五章 六七五年夏 8
五章 六七五年夏 9
五章 六七五年夏 10
五章 六七五年夏 11
五章 六七五年夏 12
五章 六七五年夏 13
五章 六七五年夏 14
五章 六七五年夏 15
五章 六七五年夏 16
五章 六七五年夏 17
五章 六七五年夏 18
五章 六七五年夏 19
五章 六七五年夏 20
五章 六七五年夏 21
五章 六七五年夏 22
五章 六七五年夏 23
六章 六七六年春
六章 六七六年春 1
六章 六七六年春 2
六章 六七六年春 3
六章 六七六年春 4
六章 六七六年春 5
六章 六七六年春 6
六章 六七六年春 7
六章 六七六年春 8
六章 六七六年春 9
六章 六七六年春 10
六章 六七六年春 11
六章 六七六年春 12
六章 六七六年春 13
六章 六七六年春 14
六章 六七六年春 15
六章 六七六年春 16
六章 六七六年春 17
六章 六七六年春 18
六章 六七六年春 19
六章 六七六年春 20
六章 六七六年春 21
六章 六七六年春 22
六章 六七六年春 23
六章 六七六年春 24
六章 六七六年春 25
六章 六七六年春 26
六章 六七六年春 27
六章 六七六年春 28
六章 六七六年春 29
六章 六七六年春 30
七章 六七六年秋
七章 六七六年秋 1
七章 六七六年秋 2
七章 六七六年秋 3
七章 六七六年秋 4
七章 六七六年秋 5
七章 六七六年秋 6
七章 六七六年秋 7
七章 六七六年秋 8
七章 六七六年秋 9
七章 六七六年秋 10
七章 六七六年秋 11
七章 六七六年秋 12
七章 六七六年秋 13
七章 六七六年秋 14
七章 六七六年秋 15
七章 六七六年秋 16
七章 六七六年秋 17
七章 六七六年秋 18
七章 六七六年秋 19
八章 六七七年初夏
八章 六七七年初夏 1
八章 六七七年初夏 2
八章 六七七年初夏 3
八章 六七七年初夏 4
八章 六七七年初夏 5
八章 六七七年初夏 6
八章 六七七年初夏 7
八章 六七七年初夏 8
八章 六七七年初夏 9
八章 六七七年初夏 10
八章 六七七年初夏 11
八章 六七七年初夏 12
八章 六七七年初夏 13
八章 六七七年初夏 14
八章 六七七年初夏 15
八章 六七七年初夏 16
九章 六八〇年初秋
九章 六八〇年初秋 1
九章 六八〇年初秋 2
九章 六八〇年初秋 3
九章 六八〇年初秋 4
九章 六八〇年初秋 5
九章 六八〇年初秋 6
九章 六八〇年初秋 7
九章 六八〇年初秋 8
九章 六八〇年初秋 9
九章 六八〇年初秋 10
九章 六八〇年初秋 11
九章 六八〇年初秋 12
九章 六八〇年初秋 13
一〇章 七〇三年初夏―七〇七年初夏
一〇章 七〇三年初夏―七〇七年初夏 1
一〇章 七〇三年初夏―七〇七年初夏 2
一〇章 七〇三年初夏―七〇七年初夏 3
一〇章 七〇三年初夏―七〇七年初夏 4
一〇章 七〇三年初夏―七〇七年初夏 5
一〇章 七〇三年初夏―七〇七年初夏 6
一〇章 七〇三年初夏―七〇七年初夏 7
一〇章 七〇三年初夏―七〇七年初夏 8
一一章 七〇七年七月
一一章 七〇七年七月 1
一一章 七〇七年七月 2
一一章 七〇七年七月 3
一一章 七〇七年七月 4
一一章 七〇七年七月 5
一一章 七〇七年七月 6
一一章 七〇七年七月 7
一一章 七〇七年七月 8
一一章 七〇七年七月 9
一一章 七〇七年七月 10
一一章 七〇七年七月 11
一一章 七〇七年七月 12
一一章 七〇七年七月 13
一一章 七〇七年七月 14
一一章 七〇七年七月 15
一一章 七〇七年七月 16
一一章 七〇七年七月 17
一一章 七〇七年七月 18
一一章 七〇七年七月 19
一一章 七〇七年七月 20
一一章 七〇七年七月 21
一二章 七〇七年八月
一二章 七〇七年八月 1
一二章 七〇七年八月 2
一二章 七〇七年八月 3
一二章 七〇七年八月 4
一二章 七〇七年八月 5
一二章 七〇七年八月 6
一二章 七〇七年八月 7
一二章 七〇七年八月 8
一二章 七〇七年八月 9
一二章 七〇七年八月 10
一二章 七〇七年八月 11
一二章 七〇七年八月 12
一二章 七〇七年八月 13
一二章 七〇七年八月 14
一二章 七〇七年八月 15
一二章 七〇七年八月 16
一二章 七〇七年八月 17
一二章 七〇七年八月 18
一二章 七〇七年八月 19
一二章 七〇七年八月 20
一三章 七〇七年秋―七一一年夏
一三章 七〇七年秋―七一一年夏 1
一三章 七〇七年秋―七一一年夏 2
一三章 七〇七年秋―七一一年夏 3
一三章 七〇七年秋―七一一年夏 4
一三章 七〇七年秋―七一一年夏 5
一三章 七〇七年秋―七一一年夏 6
一三章 七〇七年秋―七一一年夏 7
終章 七一一年夏―冬
終章 七一一年夏―冬 1
終章 七一一年夏―冬 2
終章 七一一年夏―冬 3
終章 七一一年夏―冬 4
終章 七一一年夏―冬 5
終章 七一一年夏―冬 6
終章 七一一年夏―冬 7
終章 参考文献
終章 おことわり
あとがき
あとがき 1
あとがき 2
あとがき 3
あとがき 4
あとがき 5
あとがき 6
あとがき 7
奥付
奥付

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七章 六七六年秋

七章 六七六年秋 1

 七章 六七六年秋


 

 飛鳥一帯ではすでに早稲(わせ)・中稲(なかて)・晩稲(おくて)というふうに収穫時期を少しずつずらせた品種の作付けが一般的になっていた。これによって気候変動などの自然的被害がずいぶんと緩和されるようになったが、戦乱などによる人的災害に対しては無力だった。四年前(六七二年)の壬申の内乱がもたらした水田の荒廃はひどかった。とりわけ一家の大黒柱が動員され死傷した農家のこうむった痛手は、癒されることなく今も続いている。家を取り巻く田は丁度早稲種の稲刈り期を迎えていて、通常ならどの家の稲も人の腰丈まで成長し、穂はたわわに実っているはずだが、成員が揃った家の田と、主を失った家のそれとでは稲の高さ、穂のたわみ具合に歴然とした差が見えていた。
 その差は収穫直前の田のあちこちに立てられた鳥追いの案山子にも見て取れた。ワラを束ねた頭部と胴体、ヨコに貫かれた竹の棒の腕は同じだが、被りとなる頭巾、着せられた衣、腕の棒の両端に付けられた威紐(おどしひも)の色具合、質量感に大きな差があった。現状のその厳しさを心に留めながら、阿礼は考え抜いたシナリオについて語り始めた。


七章 六七六年秋 2

 「今日の課題は葦原中国の国作りなんだが、そのあとに続く国譲りも視野に入れた上で下図を描いてみよう。この間話したように王権継承の正当性は、結局は地方政権がそれを支持するかどうかによって決定される。この事実を浮き彫りにしたのが壬申の内乱だった。その本質を、葦原中国の国作りと国譲りの物語の中に投影させてみたいんだ」
 「これまで考えてきた筋語りでは、葦原中国の支配権は天つ国の神々の最高神であり皇祖神でもある天照大御神が握っている。けれどこの時の葦原中国はまだ国作りが済んでいない。アマテラスが支配したのは、いわば未開拓の葦原中国だった。そういう荒筋でしたね」
 「その葦原中国が大国主神によって開拓され、国作りが完了する。アマテラスは国作りが終わって豊葦原の水穂国(とよあしはらのみずほのくに)と呼ばれるようになった葦原中国の統治権を、自らの子、最終的には孫に継承させ、新生葦原中国の統治神にしようとするんだ。この時には当然のことながら、その継承された統治権が正当かどうかが問われることになる。
 その正当性は、継承権に最初から組み込まれているのではなく、実際に葦原中国を建設しその国の統治権を譲った神とその子孫神が、アマテラスの子孫を支持するかどうかにかかっている。つまり支持を取り付け、継承権の正当性を獲得するためには、アマテラスの子孫神は国を譲った神とその子孫を相手に、譲られた時に交わした約束を守り続けなければならない。


七章 六七六年秋 3

 何故って、譲るということはとてつもなく大きな犠牲を払うことを意味するからだ。一国の建設にはたくさんの人々の、たいへんな苦労・苦難が重ねられている。その営為を思えばつくられた国を本当は自分たちのものにしておきたい。それなのにやむをえざる事情でそれを手放さなければならないのだから、手放す者たちの落胆・苦悩はかぎりなく大きい。
 それを癒すには、譲り受けた側が交わした約束を守り続けるしかない。つまり統治権の継承者は譲渡者に対してとてつもなく大きな義務を負っている。それを忘れた時、継承の正当性はいとも簡単に崩壊してしまう。この哲理を根底において、物語を創作したいと思っているんだ。
 いずれにしても国を譲れる神、譲る決断のできる神は特別な霊異を持つ存在でなければならない。大国主神をそのような存在に仕立てるには、どんな仕掛けがいいと思う?」
 「苦難をくぐらせる?どんなに育ちがよく、生まれつきの才能があっても、苦労を知らない者は駄目だというではありませんか」
 「私もそう思う。大国主神には苦難に次ぐ苦難を与えよう。それを通してこの神は譲りに譲る精神を身に付け、最後に国土奉還という最大の譲りを実現する、そういうふうに国作りの筋を運ぼう。


七章 六七六年秋 4

 葦原中国は無数の地域社会からなる日本列島の写像で、この間も決めたようにその代表として出雲国を使うんだが、この出雲を中心に舞台を自在に変化させ、同時に大国主神の名前も使い分ける。まずオホクニヌシを別名の大穴牟遅神(おほなむぢのかみ)にかえ、出雲国から隣国であり先進地でもある稲羽国(いなばのくに・因幡国・鳥取県東部)に向けて妻を求める旅をさせることにする。そしてこの旅の中に、昔お前が語ってくれた稲羽の白うさぎの伝承も組み込んで、稲羽国の八上比売(やがみひめ)を手に入れるストーリーを考えてみたんだ」

 

〈大穴牟遅神の旅は一人旅ではなく、母を異にする八〇人の兄神―八十神(やそがみ)―がこれに同行する。八十神はいずれも出雲国の各地を治める国つ神で、誰もが八上比売を妻にしたいという思いを共有すると同時に、この時まだ国を持たないオホナムヂノ神を自分たちの従者だと考えている。
 八十人の異母兄弟神は旅の道具を入れた大きな袋をオホナムヂに背負わせて、先に稲羽国に向かった。重い荷物のせいでずっとあとを歩くオホナムヂが、気多の岬(けたのみさき・鳥取市西方)までやってくると、皮を剥がれ赤裸になった兎が一羽、泣きわめきながら転げ回っているのに出くわした。
 オホナムヂは泣きわめく兎に声をかけた。
 「どうしてお前はそんなに泣き苦しんでいるのか?わけを話してごらん」


七章 六七六年秋 5

 すると兎が次のように答えた。
 「私は海の向こうに見える淤岐島(おきのしま)に住んでいた兎です。島を出て本土に渡ってみたいものだと思っていたのですが、なかなか手立てが見つかりません。ところがある時うまい手を考え付きました。海にいる鮫(わに・フカ)を騙し、彼らを並ばせて、それを橋がわりにするという方法です。そこで私はワニにこういいました。
 「お前たちワニ族とわれわれウサギ族とではどちらが数が多いか、一つ競べてみようではないか。お前は同族という同族をことごとく連れてきて、この島から向こうの気多の岬まで一列に並ばせる。そうしたら私がその上を踏んで渡って数をかぞえてやろう。そうすればワニ族とウサギ族ではどちらの方が数が多いかわかるというもんだ」
 ワニの奴らは単純でした。騙されたとも知らず、島から岬まで見事に一列に並んだんです。そこで私は一体ずつワニの背中を踏んでは数をかぞえ上げ、岬まであと一歩のところまで渡ってきたのです。そこまできた時、よせばいいのについ図に乗って、こう口走ってしまったのです。
 「何てお前たちは大バカ者なんだ。騙されたとも知らずに、こうして私をここまで連れてきてくれるなんてなあ」
 いい終るか終らないうちに、岬に一番近いところにいた大ワニが、身を翻して頭部を持ち上げ、歯をむき出して私をくわえ、体中の毛皮をはぎ取ってしまったのです。


七章 六七六年秋 6

 泣き暮れているところに、八十神が通りかかりました。私から話を聞きだした神々はこういいました。
 「それなら海水にたっぷりつかり、あとは風に当たって寝ていればいい」
 教えられた通りにしてみました。そうしたら状態はさらにひどくなり、こんな赤むくれの無残な体になってしまったのです。
 そこでオホナムヂは兎にこう教えてやる。
 「急いで河口に行き、真水で体を洗いなさい。そうしたら今度は河口に生えている蒲(がま)の穂の黄色い花粉を集めて撒き散らし、その上を転がってみてごらん。そうすればお前の肌は元に戻るはずだ」
 兎が教えられた通りにしてみると、本当に元通りのきれいな体になった。すると兎は大穴牟遅神に向かってこう予言する。
 「八上比売を妻にすることができるのは立派ななりをしたあなたの異母兄弟神ではなく、彼らのあとを家来のように従うあなた様でございましょう」
 この兎はただの兎ではなく、稲羽の素兎(いなばのしろうさぎ)というウサギ神だった。
 さて先に稲羽国についた八十神である。彼らは早速ヤガミ姫に結婚を申し入れた。しかし姫はウサギ神の予言通り、次のように答えた。
 「あなた方の申し出をお受けすることはできません。私は大穴牟遅神のところに嫁ぐつもりでございます」


七章 六七六年秋 7

 これを聞いて兄神たちは逆上した。彼らは弟のオホナムヂを殺害してしまおうと相談し、伯伎国(ははきのくに・伯耆国・鳥取県西部)の手間山(てまのやま)の麓まで来た時に、それを実行に移す。
 兄神はあとからきたオホナムヂに、
 「手間山には赤い猪がいるという噂だ。われわれがそいつを山の上から追い落とすから、お前は下で待ち受けていて、逃がさぬように捕まえろ」
 と命じておいて、猪に似た大石を真っ赤になるほど火焼きして、これを山の上から突き落とした。それとは知らないオホナムヂノ神は、転がり落ちる焼け石を赤い猪だと思い込んで抱きとめた挙句、焼死してしまう。
 この報せを聞いて嘆き悲しんだのが、オホナムヂノ神を生んだ刺国若比売命(さしくにわかひめのみこと)。母神は何とか息子を生き返らせようと高天原に上り、神産巣日神(かみむすひのかみ)に泣き付いた。生成をつかさどるカミムスヒノ神は蘇生術に長けた二柱の姫神―赤貝と蛤―を下界に送り、オホナムヂを生き返らせる。
 こうしてオホナムヂノ神は高天原の神々の助けを借りて試練を乗り越えるのだが、苦難はこれで終わらなかった。オホナムヂを再び殺そうと、兄弟の神々が次の手を打ってきたからである。彼らはまたまたオホナムヂノ神を騙して山奥に誘い込み、くさびを抜くと一瞬のうちにふさがるように仕掛けた大木の割れ目に押し込んだ。仕掛けは見事に働き、オホナムヂはそれで挟み殺されてしまう。


七章 六七六年秋 8

 その報せを聞いたサシクニワカヒメノ命は、またも泣きながら息子の行方を捜し歩き、大木の割れ目に挟まれている亡骸を発見する。母神はすぐさま木を引き裂いて息子を取り出し、再びカミムスヒノ神の助けを借りてオホナムヂを復活させる。
 サシクニワカヒメは、オホナムヂノ神の試練はこれで終わるまい、八十神はもっと非道な仕打ちを考え出すだろうと、息子を紀伊国(きのくに)の木の神、大屋毘古神(おほやびこのかみ)のもとに逃がした。しかしそこも安全なところとはならなかった。兄弟神が所在を聞き付け、オホヤビコノ神にオホナムヂの身柄を引き渡すよう迫ってきたからである。
 オホヤビコノ神はオホナムヂノ神にいう。
 「あなたの祖父神、須佐之男命は今黄泉国にいらっしゃる。彼のもとにお行きなさい。何かいい謀(はかりごと)をめぐらして下さるはずです」
 その助言を聞いて、オホナムヂノ神は根の堅州国に赴き、スサノヲノ命の宮殿を訪ねた。案内の声を聞いて現れたのが、スサノヲの娘、須勢理毘女命(すせりびめのみこと)だった。出会った瞬間、互いに一目ぼれだった。二人は眼と眼を見合せて、永遠の夫婦の誓いを交わした。オホナムヂノ神はこれで苦難から解放されると思ったが、そうはいかなかった。スサノヲノ命によるさらに厳しい試練が待ち構えていたのである。


七章 六七六年秋 9

 スセリビメが夫のオホナムヂノ神を連れて父のスサノヲノ命のところにいくと、スサノヲは一目見るなりいった。
 「この男は、葦原色許男命(あしはらしこをのみこと)という名の神だ。お前にふさわしい男かどうか、おれが一つ試してやろう」
 そういうな否や、アシハラシコヲノ命を蛇の群がる室(むろ)の中に引き入れ、ここで一夜を過ごせと命令した。これを聞いた妻のスセリビメノ命は、蛇を払い除ける魔法の布切れを夫に渡していった。「蛇が食いつこうとしたら、これを三度振って打ち払いなさい」と。
 見事な霊力だった。どの蛇もたちどころに鎮まり、アシハラシコヲはその夜安らかに眠り、翌朝さっぱりとした顔で室を出た。
 次の晩、アシハラシコヲノ命はムカデと蜂の群がる室に入れられた。今度も妻の姫が、ムカデと蜂を払い除ける魔法の布切れを渡して使い方を教えたので、翌朝無事に室を出ることができた。
 次に課せられたのは、燃え盛る野火をくぐり抜ける試練だった。スサノヲノ命は鏑矢(かぶらや)を一本、果てしなく広がる野原に射込み、それを拾ってくるように命じた。アシハラシコヲノ命がうなりを上げて飛んだ矢をめざして草原の真っ只中に入った時だった。周囲から火の手が上がった。スサノヲノ命が火を付けたのだ。


七章 六七六年秋 10

 火は一気に燃え上がり、あたり一面真っ赤な火の海で、どっちへ逃げたらいいのか全くわからない。万事休したと思ったとたん、ネズミが一匹ちょろちょろと現れて囁いた。「内はほらほら、口はちょぼちょぼ」と。
 その囁きに従って足下を踏んだとたん、ストンと穴に転がり落ちた。周りを見るとなるほどうつろな洞穴、口がすぼまっていて、野火をやり過ごすのに格好の逃げ場だった。火が遠くに去るや、ネズミが例の鏑矢をくわえて現れた。
 一方野火が燃え盛るのを見たスセリビメはもはや夫は亡きものと思い、泣き暮れながら葬具を整えた。父の大神もこれでは奴も生きてはいまい、そう思いながら火のくすぶる野原に出た。その時だった。何とアシハラシコヲノ命があの鏑矢を手に、涼しい顔でやってくるではないか。
 何て奴だ。スサノヲノ大神はあきれると同時に、さらに苛んでやろうと聟(むこ)を宮殿の大室(おおむろ)に呼び入れて、自分の頭の虱(しらみ)を取れと命じた。よく見るとスサノヲの髪に巣食っているのは虱ではなく、ムカデだった。この時妻のスセリビメは素早く椋(むく)の実と赤土(はに)を夫の手に忍ばせた。アシハラシコヲはすぐに妻のねらいに気づき、椋の実を噛み砕き、赤土を口に含んでは唾(つばき)と共に吐き出した。


七章 六七六年秋 11

 それを見て大神は、アシハラシコヲノ命がムカデを噛み砕いては吐き出しているのだろうと思い込み、かわいいムコだと内心喜びながら寝入ってしまった。
 逃げ出すのはこの時とばかり、アシハラシコヲは寝ている大神の髪を束に分け、大室の垂木という垂木に括り付け、五百人力でやっと動かせるほどの大岩を運んできて、大室の戸口をふさいでしまった。
 それが済むと、アシハラシコヲノ命は妻のスセリビメを背負い、大神の宝物、生太刀(いくたち)・生弓矢(いくゆみや)、それに神意をうかがうための琴、天の詔琴(あめののりごと)を抱えて逃げ出した。
 慌てふためいていたので、天の詔琴をかばう余裕がなかった。琴線の敏感なこと、それが樹の枝に触れたと思った瞬間、大地が鳴動するような音を発した。
 その轟音にスサノヲがはっと目を覚まして起き上った。その勢いで大室は吹き飛んだが、垂木という垂木に括りつけられた髪はなかなかほどけない。
 この間に二人は少しでも遠くへ逃げようと必死にかけた。髪をほどき終えた大神はあとを追い、根国の境界、黄泉比良坂(よもつひらさか)までやってきた。この時アシハラシコヲノ命、別名オホナムヂノ神の姿ははるかかなたにあった。大神はそのオホナムヂに向かって次のようにいった。


七章 六七六年秋 12

 「お前が持ち出したその生太刀・生弓矢で、お前の腹違いの兄どもを山の下に追い落とし、河の瀬に突き流せ。そしてお前は大国主神となり、また宇都志国玉神(うつしくにたまのかみ)と名乗り、わが娘の須勢理毘女命を正妻として宇迦の山(うかのやま・出雲大社の東北に位置する御崎山・みさきやま)の麓に、太い宮柱を地中深く掘り立て、千木(ちぎ)が高天原に届くほど高い屋根を持つ宮殿を構えて住むがいい。かわいいムコ奴」
 スサノヲの試練と恩恵によって大国主神は大きく成長を遂げた。彼は祖父神がくれた生太刀と生弓矢で、八十神を追い落とし、突き流した。そのすさまじい霊力に恐れをなし、兄弟の神々は、それぞれが治める出雲の地を、オホクニヌシノ神に譲り渡した。こうして彼は出雲国を舞台に、大后須勢理毘女命と共に国作りを始めることになった〉

 

 「大国主神にはどのような国作りをさせるの?」
 「実際に展開した日本列島の国づくりは、長江下流域で進展し、半島を経由しつつ何世代にも亘って押し寄せ続けた渡来人が運び込んだ水田稲作だったよね。これはこの国の自然と社会を大きくつくりかえるものだった。


七章 六七六年秋 13

 それまでの列島人の暮らしは自然の恵みに依存した狩猟・採集・漁労を中心とする定住生活だった。先住民はその定住生活の中でアワ・ヒエ・イネ・ダイズ・サトイモなどの雑穀・豆類・根菜を主要作物とする農耕の体験を積み上げていたが、この時期の農耕はいわば補助的で、それが狩猟・採集・漁労の獲得経済を凌駕することはなかったんだ。
 ところが渡来人が運び入れた水田稲作は、旧来の獲得経済を根底から再編する力を持った生活様式だった。それは雑穀の中から選び出したイネを、水田という特別な耕地で集中してつくる水稲栽培型の稲作だった。
 しかもこれには水路・畦・堰からなる水田システム、耕作用具・収穫用具・保存施設・儀礼用具・生活用具などの技術システムがセットになって組み込まれていた。さらにこの稲作農耕は灌漑・水利事業を組織する管理システムとそれを支える共同体の統治原理を伴っていた。
 これは以前よりもずっと困難な仕事だった。しかしこれをうまくこなせば、これまで以上に豊かで安定した暮らしが見通せたから、列島の先住民は渡来人と共にその実現をめざしていくことになったわけだ。
 大国主神にはこの営みを負わせ、大きくて強固な共同体を編成していく仕事を与えることになるんだ。語りの中での国作りは、稲作という営みを次々と妻を求めて結婚し、子を生んでいく妻問いと神婚に置き換えて表現しようと思う。まず初めは稲羽国(いなばのくに)の素兎(しろうさぎ)の物語に登場したかの八上比売(やがみひめ)との結婚だが、こうしてみよう」
 


七章 六七六年秋 14

 〈さてかの八上比売は、先の約束通り大国主神と結婚し、出雲国に連れてこられた。しかし正妻の須勢理毘女命(すせりびめのみこと)の嫉妬を恐れて、産んだ子を木の股に差し挟んで稲羽国へ帰った〉

 

 「こう語れば、聞き手はわが身に置き換えて想像するはずだ。スセリビメのやきもちを案じ、好きな男との間にできた子を置いて去る八上比売の思い、それは無念だろうか、それともサバサバとしたものだろうかと。つまり稲作の先進技術を携えて出雲国にやってきた稲羽国の農耕技術者、彼らは技術移転を完了させて帰国した。その時彼らの胸に去来したものはさびしさだろうか、それとも満足だろうかと」
 「いずれであっても、出雲国が受けた恩恵は計り知れないということが聞き手に伝わるというわけね」
 「そうなんだ。さらにその先だ。出雲国のはるか北東には高志国(こしのくに・越国)と呼ばれる蝦夷(えみし)文化圏が広がっている。稲作はそんな辺境の地にまで及んだ。その様子をイメージして大国主神による妻問いと神婚の物語をつくると、こうなる。


七章 六七六年秋 15

 彼の名は今度は八千矛神(やちほこのかみ)、相手は高志国の沼河比売(ぬなかはひめ)。はるばる訪ねてはみたが、姫は寝屋の板戸を開けようともしない」

 

 〈「私は日本中を歩いて妻となる姫を探し求めたが、その願いはかなわなかった。でも遠い遠い高志国には見目麗しく、心優しい女性がいると聞いて、こうしてはるばる訪ねてきたのです。しかし何度通っても寝屋の板戸は固く閉ざされたまま。今宵もまたむなしく時がたち、いつしか暁を告げる鳥が鳴き始めた。何と恨めしい鳥どもだ。あの鳥たちが鳴くのを止めてくれないか、空を駆ける使者の鳥よ」
 八千矛神はこの焦がれる想いを歌にして、沼河比売に語り伝える。
 それでもヌナカハ姫はすぐには寝屋の板戸を開かず、「今はあなたの気持に添えないでいますが、青山の向こうに日が沈み、夜の帳が下りたなら、あなたをお迎えしましょう。それまでしばらくお待ちくださいな」と、相手を焦らしながらも、その熱情に応えたい気持ちを、やはり歌にしてヤチホコノ神に語り返す。
 それから二晩目、ヤチホコノ神は高志のヌナカハ姫の寝所に入って共に寝た〉


七章 六七六年秋 16

 「このくだりの最後は、〈寝所に入って共に寝た〉というだけに留め、子が生まれたかどうかは語らない」
 「なるほど、聞き手はこれで、高志国では国作り、つまり稲作はうまくいかなかったんだろうと想像してくれるというわけね」
 「このあとは、舞台を出雲国に戻そう。名前も大国主神を使う。相手は大后(おおきさき)のスセリビメだ」

 

 〈正妻須勢理毘女命は、八上比売が子を置き、里の稲羽国へ帰らねばならなかったという語りが示すように、ほかの后に対して激しいやきもちを焼いた。その嫉妬心がもとで、夫婦の間にはいさかいが絶えなかったが、この度はそれが特にひどかった。売り言葉が買い言葉を生んで、大国主神は出たくもないのに家を出て、はるか遠くの大和国に行くといい出す羽目になった。
 止めてもらいたかったが、スセリビメは止める気配を見せない。引っ込みのつかなくなったオホクニヌシノ神は馬の用意をし、片手を馬の鞍に掛け、片足を鐙に踏み入れながら最後のセリフを歌にして語り伝える。「行くのは本心ではないけど、このままだと本当にいってしまうぞ、お前はそれでいいのか」と。


七章 六七六年秋 17

 その語り伝えが通じたのである。大后のスセリビメは酒杯を取り、馬にまたがろうとしている夫の側に近づいて、いいたくていい出せなかった最後の想いを同じように歌にして語り伝える。「あなたは強い男だから、どこの島、どこの岬をめぐっても若い妻に不自由はしないでしょう。それに引きかえこの私は女ですから、あなたをおいて男はいない。あなたをおいて夫はないのです。どうかいかないでほしい。まずはこの豊御酒(とよみき)を一杯召し上がれ」と。
 その語り伝えが通じ、オホクニヌシノ神は機嫌を直した。二人は酒杯を取り交わして夫婦の契りを固めた〉

 

 「大国主神が大后のスセリビメと夫婦の契りを固めるという表現を使いながら、彼らの根拠地である出雲国がどこよりも豊かな農耕地に仕上げられていく様子を聞き手に伝えるのですね」
 「さてその次だ。オホクニヌシノ神の国作りは出雲国だけでは終わらない。出雲を越えて各地に次々と広がっていく。その様子を再び妻問いと神婚で描写してみよう。オホクニヌシが各地の女神たちと結婚して子供を増やす。その子供たちがさらに各地の女神たちと結婚して子供を増やし、それがとうとう一七柱の神々になる。その配偶神とその子供神の名前を一つ一つ列挙しながら、聞き手に大国主神が国作りにかけた苦心と努力を伝えようと思っているんだ」


七章 六七六年秋 18

 「一七柱の神々の名を一気に語り上げるのね。間違えることも、いい淀むことも許されない。語り部の本領が試されるところだわ」
 「でもそれだけではまだ十分ではない気がする。大国主神とその配偶者、その子供と配偶者、つまり家族や一族だけで拓ける水田には限度があるからね。そこでオホクニヌシノ神を助ける協力神を創り出したいんだが、どんな神がいいだろう」
 「出雲の民が語り継いできた、海のかなたの常世国(とこよのくに)、不老不死の国からくる神というのはどうでしょう」
 「いいね。考えていたこととぴたりと合う」

 

 〈大国主神が出雲の御大の岬(みほのみさき・美保埼)にいた時のことだった。白波の立つ沖の方から、ががいもの実の船に乗って岬に近づいてくる、小人のような神があった。名前を尋ねても答えない。伴の神々に聞いても誰も知らない。そこにひきがえるが現れて「案山子のくえびこならわかるでしょう」といった。
 そこで、歩けないけど何でも知っているクエビコノ神を呼んで尋ねると、「これは天つ国の神産巣日神(かみむすひのかみ)の御子、少名毘古那神(すくなびこなのかみ)でございます」こう答えた。
 大国主神はこの子神を連れて高天原に上り、母神のカミムスヒノ神に仔細を尋ねた。するとカミムスヒノ神は次のようにいった。「確かにこの子は私の子供です。私が生んだ子供たちの中で、私の指の股からこぼれ落ちた子供です」


七章 六七六年秋 19

 母神は次のように命じた。「スクナビコナノ神よ。お前はアシハラシコヲノ命と兄弟になって、葦原中国を作り固めなさい」こうしてオホナムヂとスクナビコナの二柱の神が共に力を合わせてこの国の経営に当たった。
 ところが国作りの目途が立たぬ前に、スクナビコナノ神は常世国に帰ってしまう。大国主神が途方に暮れているところに、今一柱の協力神が海上を照らしてやってくる。
 この神はいう。「大和国の御諸山(みもろやま・三輪山)に自分を祀るならば手を貸そう」と。大国主神はいわれた通り大和の三輪山にこの神を祀り、その協力のもとに葦原中国の未開の地を切り拓く〉

 

 「それでも葦原中国は広い。この二人の協力神だけでは切り拓けない。もっともっと多くの協力神を用意したいが、どこから持ってこようか?」
 「須佐之男命の神統譜に連なる神々を使うというのはどうかしら?」
 「それはいいアイデアだ。スサノヲノ命の子、大年神(おほとしのかみ)を祖神とし、その神統譜に連なる神々の名を次々と挙げよう。全部で二五柱にし、全ての神々に国土の守護神・大地の母神・穀物の成長を司る神といったそれぞれ異なる役割を振り分けよう。こうした神々の協力によって葦原中国の国作りが一気に進み、物語はいよいよ出雲国の国譲りに入っていく。工夫がいるなあ。これには相当時間がかかるだろう」