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宇宙離婚旅行

「はい、その件は、すでに進展がありまして、必ずやご期待に添えるかと……」
「ーーはい」「ーーええ」「ーーはい。それでは」
 ちらっと、俺を見たような気がした。電話の相手と俺のことを話しているような……。受話器を置くと、
「どうぞこちらにお座りください」
 こちらも、あちらもない小さな事務所に、小太りで、さも愛想笑いとわかる表情で俺を客用のソファーに座らせた。
「はい、どちらの方面がご希望でしょうか」
と言っているわりに手には俺の望む旅行のパンフを持っている。
「こちらで取り扱っている離婚旅行について知りたいんだけど」
「はいはい」より愛想笑いが濃くなった。
「ええ、口コミで広まっているようで、お問い合わせ、ご依頼が殺到しております。ありがたいことです」
「円満に離婚するための旅行プランがあるって聞いたんだけど」
「はあい、旅行プランにつきましては、目的が目的なだけに、秘密厳守をお願いしておりまして、契約後にしか内容をお知らせすることはできません。けれど、離婚達成率は、現在のところ92%になっておりますし、ご利用になられたお客様の100%からご満足いただいております。金額と旅行期間等につきましてはこのパンフレットをご覧ください。これ以上のことはお伝えできません」
 なかなか高飛車だ。しかし俺はむしろ安心感さえ覚える。なぜなら、俺は商売は、お願いして買ってもらう態度をとると、客は心配になり、売ってやるぞという態度を示すと、買わなきゃという気持ちになるという持論を常日頃、部下に言っている。一気に目の前の男への好感度が上がった。
「よし、じゃあさっそく契約をしよう。カード支払いでいいかな」
 契約を済ませると、ようやく旅行プランの全貌を聞くことができた。
 
 
 話は、数日前のことだ。
 二〇××年。会社に行かなくとも、自宅近くのサテライトと呼ばれるコンピュータルームで仕事ができるようになった。仕事の効率化と通勤時のエコ対策のようだ。もちろん俺が、それなりの地位にいるからこそではある。それでも、月に一度は本社に出勤し、会議に参加する。テレビ会議システムでは得られない情報があるし、連帯感の向上にもつながる。もちろん、俺の楽しみは、仕事が終わってからの同期の仲間や同僚との飲み会だ。
 その飲み会の席で、家族ぐるみで付き合っている同期のAが、すり寄ってきた。
「面白い話があるんだけどさ。お前、離婚旅行って聞いたことあるか。営業のBがそれで不倫しているにもかかわらず、慰謝料をほとんど支払わず円満に離婚したってもっぱらの噂だぜ」
「へぇ。でも、噂は噂だからなぁ」
 できるだけそっけなく応答した。しかし、その関係の需要のある俺にとっては重要な情報だ。
「それで」
「それでって、それだけだよ。詳しく知りたいんなら、直接Bに聞いてみるんだな。お前、知らない仲でもないんだろ。奥の席で飲んでたぜ」
「別に関心があるってわけじゃないよ」
 俺は話をそらし、しばらくAととりたてて意味のない世間話をした後、トイレに行くふりをして、Bのいる席に近づいた。
 
 
 小太りの旅行インストラクターは、ちょっと姿勢を正した。
「私どもの業界には、結婚させるには合コン船の事故。という定説があります。外界と遮断されて、宇宙空間の中で、男女それぞれ3,4人がしばらく宇宙船の中に閉じ込められると、船の中だけで恋愛競争が発生し、必ず1組は結ばれる。というものでして、我が旅行社はそれの逆を考えたのでございます。すなわち、男女を別れさせたいのであれば、船の中にしばらく2人きりにしてやる。すると、本当に助け合える者たち以外は、船から降りると、二度と顔を合わせることはない。そんな簡単ではない。とお考えかもしれませんが、我が社のデータが実証しております」
 男は、一気にしかも自信たっぷりに言い切ると、今度は、優しく、言った。
「昔は、成田離婚というのがございました。新婚旅行で海外に行ったものの言葉が通じなく、普段とは違う環境の中で2人が支え合えなくなりけんかが始まり、ようやく日本に戻る頃には顔も見たくなくなる。ところが今の時代、自動翻訳機あり、GPSケイタイありで、困るようなことはございません。宇宙こそが、人類に残された外部との情報を遮断できる唯一の辺境なのです。本当に面倒な時代になりましたねえ」
  
 
 旅行社も契約したからすぐ実行とは行かず、1ヵ月後にようやく準備ができたとの連絡が入った。それから、妻に地球の周りを回る宇宙ステーションで会社の経営上重要なパーティーがあり、俺も妻同伴で参加しなければならなくなったと伝えた。地球上ではたびたび同様のパーティーがあったから、妻は不審がらず旅行を同意した。疑われるかと心配したが、肩透かしに終わり、ほっとした。

宇宙離婚旅行

 数日後、近くの宇宙空港から飛び立った自動操縦型の宇宙船は大気圏を抜けるとすぐに事故が発生し、地球その他どこにも連絡が取れない状態になった。計画通りだ。
 船内は2つの船室があるが、別々にいては、計画が進まない。なるべく顔を合わせるようにした。そして口げんか。
「あなたの言うことを聞いてうまくいったことはなかったわ。今回もこの有様よ」
「俺はどっちでもよかったんだ。お前が付いて来ると言ったくせに」
 ここだ。ここで怒らせて、性格の不一致という理由で離婚に持ち込まなければ。
「お前は、悪いことはいつも俺のせいにする。お前が何不自由なく暮らせるのも、俺が外で汗水流して働いているからだろ」
「あなたは、すぐに自分が働いて私を養っているって言うけど、私はあなたのペットじゃないのよ」
「そうさ、ペットならもっと言うことを聞くさ」
「まっ」
 妻は、怒り狂って別室に移動。とりあえず、第1ラウンド終了ってとこか。こちらから絶対離婚を提案しない。あくまでも、妻からの提案で渋々離婚に同意するという形をとらなければならない。この閉ざされた空間は、妻を追い詰めるのに適している。この宇宙空間のいいところがもう1つ見つかった。ここで仮に俺の不倫疑惑を突かれようと、それを証明する情報を入手する方法がない。この閉じた空間の中で議論をすれば、お互いの性格がいかに一致しないかだけが、議論の中心になる。最高の環境だ。
 俺の不倫が離婚の理由でない以上、財産の取り分は、五分五分になる。しかし、それではだめだ。妻が、一方的に離婚をしたがっている状況をつくりだすことで、条件はこっちに有利だ。離婚の落とし所は、まあ、七対三くらいにすることだ。俺には新しい彼女との生活が待っている。
  
 
「もしもし、私ですけど」
「奥様、一応その宇宙船は、通信ができないという設定になっておりますので、あまりこちらに連絡をされないほうがよろしいんでございますが」
「ええ、わかっているわ。ちょっと確認したいことがあって。今回の旅行の前に、夫の生命保険を宇宙旅行用に増額してほしいとお願いしましたけど、ちゃんと、手続きは済んだかしら」
「はいもちろん。その件は、奥様の代理人のAさまに確認していただいております。でも今回は、円満な離婚のための旅行ですので、あんな高額な生命保険は、無意味かと……」
「意味があるか、ないかは、あなたが決めることじゃないわ。あなたには、夫の依頼に忠実に、事故で通信ができなくなる宇宙船を手配していただいて感謝しているわ。それを前もってお願いしたのはわたしだけど」
「はい、奥様のおっしゃられたとおり、数日後、旦那様が当社においでになりましたので、ご希望の旅行を準備いたしました。それ以上のことは関与しておりません。それではよい結果をお祈りしております」
「ありがとう。それで結構よ。でも、もしかしたら、もう1つ事故が発生して、帰りは1人になるかもしれないわ。その時は、新しい彼との旅行を企画していただこうかしら。もちろん安全な奴をね」
 
「はい……」
 小太りの旅行インストラクターは、ちょっと姿勢を正した。

この本の内容は以上です。


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