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新しい操作技術の管理のための闘い

 「今後は、人間の反応を、前もって決めておいた方向に確実に引き起こすことができるようになる」と、両世界大戦間に革命派とファシストが共に集団に対して使用した感化方法に関して、セルジュ・チャコティーヌ*1は書いた(『政治プロパガンダによる群衆の凌辱』ガリマール社)。以来、科学の進歩はたゆむことがない。行動のメカニズムについての実験的研究は進展している。既存の装置の新しい利用法が見つかり、また、新しい装置が発明されている。かなり前から、見えない広告(映画の筋の展開の中に、それとは別個の24分の1秒の映像を何度も挿入する。その映像は網膜には感知されるが、識閾下にとどまる)とか、聞こえない広告(超低周波音による)とかの試みが行なわれている。1957年にカナダ国防省の諜報局は、退屈についての次のような実験的研究を実施した。被験者を、何も起こりえないように調整された環境(壁には何の飾りもなく、照明は遮断されることがなく、家具は心地よいソファだけ、臭いも音も温度変化も全くない小部屋)の中に隔離したのである。研究者たちは、被験者の行動の広範な障害を確認した。脳は、感覚刺激がないと、正常な働きに必要な標準的興奮状態に保たれることができないのである。それゆえ、研究者たちは、退屈な環境が人間の行動に及ぼす有害な影響を結論として引き出し、またそれによって、オートメーションの普及とともに必然的に増えていく単調労働の際に突発する不慮の事故を説明することができた。
 ラヨシュ・ルフなる人物の証言によれば事態はもっと先に進んでいる。それはフランスのマスコミに取り上げられ、書籍としては1958年初めに書店に出た。彼の物語は、多くの点で疑わしいけれども、いかなる空想科学的な細部の描写も含んでいない。それは、1956年にハンガリーの政治警察が彼に施したとされる「洗脳」について記述している。ルフは、部屋の中に閉じこめられて6週間を過ごしたと述べている。そこでは、いずれもよく知られている諸手段の統一的な使用によって、彼が自分の外界知覚および自分の人格を信じられなくなるようにすることがめざされた──そして結局それに成功した。それらの手段とは次のようなものである。まず、その密室の徹底的に異様なインテリア(透明な家具、曲がったベッド)。照明は、毎夜外から入る光線によってなされ、そして、その光線が身体に及ぼす影響に気をつけろという警告がわざと彼に与えられているのだが、彼はその光線を避けることができない。また、日常会話の際に、医師により精神分析の諸技法が利用される。あるいはまた、様々な麻薬。そして、それらの麻薬のおかげで成功した初歩的なまやかし(彼はその部屋から何週間も出ていないと信じるだけの全く正当な理由があるにもかかわらず、あるとき目覚めてみると、服は濡れていて靴は泥まみれであったりする)。さらに、支離滅裂またはエロチックな映画が上映され、それはその室内で時おり起きる別のシーンとごっちゃになる。あげくに、訪問者が彼に、まるで彼が冒険物語──ハンガリーにおけるレジスタンス運動のエピソード──の主人公であるかのように話しかけ、別の一連の映画がその冒険物語を彼に見せる(細かな経緯がそれらの映画の中と現実の会話の中で再現され、彼はついにはその行動に加わる満悦感を感じることになる)。
 われわれはそこに、かなり複雑な段階に達した環境構築の弾圧的な使用を見て取らなければならない。非実利的な科学研究の発見は全て、これまで、自由な芸術家からは無視され、すぐさま警察によって利用されてきた。見えない広告は米国でいくらかの不安をかき立てたが、初めに放映された2つの宣伝コピーは誰にとっても危険がないだろうと告げられて、皆が安心した。それらのコピーは次の2つの方向へ影響づけるだろう。「もっとゆっくり運転しなさい」──「教会に行きなさい」。不可侵にして不変の人格という、人間主義的、芸術的、法的な観念全体が、いまや破綻している。その観念が躊躇せずに去っていくのを、われわれは目の当たりにしている。しかし、われわれは、これから、新しい操作技術の使用法の実験と開発をめざした、自由な芸術家と警察の問のスプリント競走に立ち会い、参加することになる、ということを理解する必要がある。その競走において警察はすでにかなり先行している。しかしながら、わくわくするような解放環境が出現するか、それとも、旧来の圧制と恐怖の世界という環境が強化される──科学的に管理され、突破口もなくなる──かは、その競走の結果次第である。われわれはいま自由な芸術家と言ったけれども、20世紀に蓄積された諸手段を奪取するまでは、芸術の自由はありえない。それらの手段は、われわれにとって芸術生産の真の手段であり、それらの手段を持たない人々は、この時代の芸術家たりえないのである。もしそれら新しい手段の管理が全面酌に革命的でないならば、われわれは、文明化された蜜蜂社会の理想の方へと導かれていきかねない。自然の支配は、革命的であるか、それとも過去の勢力の絶対的な武器になるか、いずれかであろう。シチュアシオニストは、忘却の必要性に奉仕する立場に立つだろう。シチュアシオニストにとって何かを期待できる唯一の勢力とは、理論的に言って過去を持たず常に全てを再発明せざるをえないプロレタリアート、つまり、かつてマルクスがプロレタリアートは「革命的であるか、それとも何ものでもないかである」と述べたが、まさにそのプロレタリアートである。そのようなプロレタリアートは現代にあるのか否か。その問題は、われわれの論題、すなわち、プロレタリアートは芸術を実現しなければならない、という論題にとって重大である。


*1:セルジュ・チャコティーヌ 不詳。『政治プロパガンダによる群衆の凌辱』は1952年刊。

映画とともに、映画に反して

訳者解題

 ここに主張されているような、「状況の構築」のための映画の積極的利用、またそのための実験映画への関心は、シチュアシオニストの前身であるコブラとレトリスト・インターナショナルの時代からすでに見られたものである。
 コブラは、1949年6月から7月にかけて、ベルギーで、ドトルモンが中心になって「国際実験映画フェスティヴァル」を開催し、1951年10月の、リエージュでの「第2回実験芸術家インターナショナル展」でも、ジャン・レーヌが組織して「抽象映画フェスティヴァル」を開催している。これらの映画フェスティヴァルでは、ハンス・リヒターやマン・レイなどのダダイストやシュルレアリストの映画だけでなく、フィルムに直接イメージを彫り込むカナダの実験映画作家ノーマン・マクラーレンの映画なども出品され、60年代のアンダーグラウンド・シネマをはるかに先取りしていた。また、リエージュのフェスティヴァルのために、コブラは自ら、『ペルセフォン』というタイトルの映画も作っている。これには、後にフランスのヌーヴェル・ヴァーグの後見人となるシネマテーク・フランセーズのアンリ・ラングロワが協力し、ベルギーのコブラのメンバーが総出演している。ゼウスと大地の女神ディメテルの娘ペルセフォネをもじったタイトルのこの映画は、ドトルモンによると電話(テレフォン)を主題としたもので、人(ペルソンヌ)が喋るとその声が違って聞こえるという物語になっていたらしい。ベルギーのコブラのメンバーはみな、ガスマスクをかぶって出演した。
 これらの活動を中心的に行っていたベルギーのドトルモンやレーヌは、シチュアシオニスト・インターナショナルには参加しなかったため、SIの映画理論のもとになっているのはレトリストの映画である。レトリストはドゥボールらのレトリスト・インターナショナルにしても、それ以前のイズーのレトリスムにしても、映画への関心は並々ならぬものがあり、映像と文字・言葉・音を総合的に実験できる映画を実際に数多く作った。カンヌ映画祭で「アヴァンギャルド観客賞」などを獲ったイズーの『涎と永遠についての概論』(1951年)、ジル・ヴォルマンのシネマトクローヌ『アンチコンセプト』(51年)、ドゥボールの反映画『サドのための叫び』(52年)など、レトリストの映画は、何よりも、音をイメージの随伴物にせず、互いに独立したものとして扱い、そのために、フィルム上のイメーシに優先的な価値を与えず、シークエンスの不連続な接続や断絶の多用、既存の映画フィルムの使用、フィルムそのものへの直接の切り込み、といった傾向を持つことにおいて共通していた。これらは実験的というよりもむしろ、「反映画」と形容すべきものである。それは、第7芸術として多くの可能性をはらんでいた映画を、物語映画という固定したスタイルにおとしめ、スペクタクルとして受動的な観客に消費させる商業映画を解体しようとするものであった。またそれは、彼らが高く評価していたロシア革命当初にマヤコフスキーとジガ・ヴェルトフが行ったキノ・プラウダの試みを継承するものでもあった。ドゥボールは、レトリストの映画雑誌『イオン』第1号(1952年4月)の「未来の映画すべてへの前提原理(プロレゴメナ)」の中で自らの映画について次のように書いている。
 「写真の切り貼りと文字の使用(レトリスム)(与えられた要素としての)とは、ここでは、反逆の表現そのものと見なされる。(……)
 ナレーションは、ところどころ削除された文章──そこでは言葉を削除することによって弾劾されているのは反動的勢力だ(『理論的散文の破壊のためのアピール』を参照せよ)──と、より完全な解体の萌芽である1文字ずつ綴られた言葉によって、疑問にさらされる。
 この破壊は、映像とそれに随伴する音の重ね合わせによってなされる。すなわち、文章は視覚的にも音響的にもずたずたにされ、そこで写真映像は言語表現の中に乱入するのである。声と文字による対話は、その文章がスクリーン上に書き込まれるとともに、サウンド・トラックの上でも続き、次いで互いに応え合う。
 結局のところ、私は、2つの無意味(完全に意味のない映像と言葉)の関係、すなわち叫びを乗り越える関係によって、『支離滅裂な映画』の死に至りついたのである。
だがこれはすべて、すでに終わった時代、私にはもう何の関心もない時代に属するものである。(……)未来の芸術は状況を転覆するものとなるだろう。さもなくば無であるだろう。




 映画は現代社会の中心芸術である。映画の発展が、いろいろな新しい機械技術のたゆまぬ集積運動のうちに探求されているという意味においても、その通りである。それゆえ、映画は、逸話表現や形式表現としてのみならず、その物質的下部構造においても、いろいろな発明が無秩序に併置されている(有機的に組み合わされているのではなく、単に付け加わっている)時代を最もよく表しているものである。ワイド・スクリーン、ステレオ音響の登場、立体映像の試みの後に、米国は、「サーカラマ*1」という方式をブリュッセルの博覧会に出展した。『ル・モンド』紙4月17日付が報じているように、その方式によれば、「観客は、スペクタクルの真っただ中にいて、スペクタクルを生きている。というのも、スペクタクルの一部になりきっているのだから。車内にいくつもの撮影カメラを搭載した自動車がサンフランシスコの中国人街に飛び込むと、観客は、車の乗客のとっさの反応と興奮を味わえる」。他方、最新の噴霧スプレーの応用によって、においのする映画も実験されており、有無を言わせぬ迫真の効果が期待される。
 このように、映画は、現在可能な統一的芸術活動の受動的代用物という様相を呈している。映画は、いまだかつてない力を、参加なきスペクタクルという古くさい反動勢力に与える。くだらないスペクタクルの真っただ中に自由もなくいる「というのも、スペクタクルの一部になりきっているのだから」ということを理由に挙げて、観客は我々の知っている〔現実の〕世界に生きている、などと忌憚なく述べられている。しかし、生は、そんなものではないし、観客はいまだに世界に属していない。とはいえ、その世界を構築しようと望む人々は、映画において、状況の反-構築(奴隷の環境の構築、大聖堂の継承)を構成しようとする傾向と闘いつつも、同時に、それ自体において有効な新しい技術的応用(ステレオ音響、におい)の意義も認識しなければならない。
 芸術の現代的徴候の出現が映画において遅れている(例えば、形式に関して破壊的な幾つかの映画作品は、美術や文学においては2,30年前から受け入れられてきたことに相通ずるものなのに、まだシネ・クラブ*2においてさえ拒絶されている)原因はといえば、あからさまに経済的な軛や理想主義の粉飾をこらした軛(道徳的検閲)だけではない。現代社会における映画芸術の実際的重要性もまた、その原因である。映画のこの重要性は、映画が実行しうる優れた感化手段に依拠しており、それゆえ必然的に、支配階級による映画の管理強化を招くことになる。それゆえ、映画における真に実験的な部門を奪取するために闘わなければならない。
 われわれには、映画の利用法として、次の2つが考えられる。まず、プレ・シチュアシオニスト的過渡期における一種のプロパガンダとしての利用。次に、実現された状況を構成する要素としての直接的な利用。
 このように、万人の生における映画の今日的重要性の点で、また、映画に革新の道を閉ざしている諸限界の点で、しかしまた、映画が秘める革新の自由が持っているに違いない広大な影響力の点で、映画は、建築に比することができる。環境の心理学的機能に基づいて粗織された建築を見つけ出すことで、絶対酌機能主義の掃き溜めの中に隠された真珠を取り出せるのと同じように、商業映画の進歩的な側面を利用しなければならない。


*1:サーカラマ 原語 Circarama。不詳だが、全周(360度)映画のことか。

*2:シネ・クラプ 古典・前衛作品中心の映画上映会。通例、討論会や講演を伴う。



遊びのシチュアシオニスト的定義試論

 遊びという概念を取り巻く語彙的混乱と実際的混乱を免れるためには、遊びという概念をその運動の中で考察しなければならない。遊びのもともとの社会的機能は、2世紀にわたってたゆまぬ生産の理想化により否定され続けた後では、もはや退化した遺物という様相を呈しているのみであり、しかもそれに、そのような生産を現在のように組織するための諸要件に直接に起因する、より劣った諸形態が入り交じっている。しかし同時に、遊びの進歩的な諸傾向も、生産力の発展自体との関係において現れている。
 遊びの肯定の新段階は、競争の要素いっさいの消滅を特色とするべきだと思われる。現在まで遊戯活動とほとんど不可分である勝ち負けの問題は、財の占有をめぐる諸個人の間の緊張を表す他の全ての形態に結びついているように見える。遊びにおいて勝つことが重要だという感情は、実利的な満足感であれ、あるいはたいていの場合のように非実利的な満足感であれ、悪しき社会の悪しき産物である。そのような感情は、当然、あらゆる保守勢力に利用される。保守勢力は、自らが押しつけている単調でむごい生活条件を隠蔽するために、そのような感情を利用するのである。競争=試合形式のスポーツは、まさに英国においてマニュファクチャーの飛躍的発展とともに近代的な形のもとに幅をきかせてきたが、そのようなスポーツによって逸らされる[=転用される]あらゆる要求のことを思い浮かべるだけで十分だろう。群衆は自分をプロの選手やチームと同一視し、選手やチームは、群衆に代わって人生を享受する映画スターや決定を下す政治家と同じ神話的役割を担っているわけであるが、ただ単にそれだけではない。さらに、それらの試合の相次ぐ得点結果が、試合に注目する人々をわくわくさせるのである。遊び=ゲームへの直接の参加は、たとえそれがある程度の知的訓練を要するゲームの中から選ばれたものであっても、いざ、決められた規則の枠内で、競争それ自体のために競争=試合を受けて立つとなると、これまた、あまり面白いものではない。遊びの概念が含まれる現代的侮蔑の発露として、タルタコウェルの『チェスのバイブル』の冒頭の思い上がった確言ほどのものはない。いわく、「チェス・ゲームは、世界中で、遊びの王様として認められています」。
 競争という要素は、真に集団的な遊戯観のために、消滅するべきである。すなわち、精選された遊戯環境の共同創造、という遊戯観である。乗り越えるべき主要な区別とは、遊びと日常生活の間に立てられている区別、つまり、遊びを孤立した一時的な例外とみなすことである。ヨハン・ホイジンガ*1は次のように書いている。「遊びは、世界の不完全さと生活の混乱の中に、限られた一時的な完全さを実現する」。日常生活は、これまで生活の糧の問題によって条件づけられてきたが、合理的に支配されうるだろう──その可能性は、現代の全ての紛争の中心にある。そして、遊びは、限られた遊戯時間・空間との関係を根本的に断ち切って、生活全体を覆い尽くすべきである。完全さは、少なくともそれが生活に対立する停滞した構築を意味する限りにおいては、その目的になりえない。しかし、生活の美しき混乱を完全さの域にまで押し進めるようとすることはできる。かつてエウヘニオ・ドールス*2は、バロックを、最終的に限定して、「歴史の欠如」と形容したが、バロックおよび組織されたバロックの彼方は、余暇の来たるべき天下のうちに大きな位置を占めるであろう。
 このような歴史的展望において、遊び──遊びの新機軸の永続的な実験──は、けっして、倫理学の外、生の意味の問題の外に現れることはない。遊びに認めうる唯一の成功とは、遊びの環境の直接の成功であり、また、遊びの力の恒常的な増大である。遊びは、現在、凋落期の残滓と共存しているせいで、競争的な面を完全に免れることはできないが、たとえそうであるにしても、遊びの目的は、少なくとも、じかに生きるために好都合な条件をもたらすことでなければならない。その意味において、遊びは、さらに闘争であり、表現でもある。すなわち、欲望に相応する生活のための闘争であり、そのような生活の具体的な表現なのである。遊びは、仕事の過酷な現実に比べて副次的な存在であることから、仮構(フィクション)であると感じられている。しかしながら、シチュアシオニストの仕事は、まさに、来たるべき遊びの可能性を準備することである。それゆえ、人々は、シチュアシオニスト・インターナショナルに壮大な遊び=大ばくちの側面の幾つかを見てとる限りにおいては、シチュアシオニスト・インターナショナルを無視したくなるかもしれない。「しかしながら」とホイジンガは言う、「既に述べたように、『ただ遊ぶだけ』という観念は、この上なく厳粛にその『ただ遊ぶだけ』を実行する可能性を、まったく排除しないのである……」

   

*1:ヨハン・ホイジンガ(1872一1945年) オランダの文化史家。代表的な著作に『中世の秋』(1919年)、『ホモ・ルーデンス』(1938年)がある。後者は、1950年代初頭にフランス語に訳されている。

*2:エウヘニオ・ドールス(1882一1954年) スペインの哲学者、美術批評家。著書に『バロック論』など。なお、日本での姓の表記としては、ドールスの他に、オルス、デオルスなどとも記される。

状況の構築のための予備的諸問題 

 「状況の構築は、スペクタクル概念の現代的展開を越えたところに開始される。非一介入というスペクタクルの原理そのものが、古い世界の疎外といかに深く結び付いているかは容易に見てとれる。それとは逆に、文化における革命的探求のなかで最も価値あるものが、スペクタクルの観客のヒーローへの心理的同一化を破壊し、その観客を積極的な行動に引きずり込むようにどれほど努めてきたかもよく知られている。(……)状況とは、したがって、それを構築する者たちによって生きられるために作られるものである。そこでは、受動的とは言わないまでも少なくとも単に端役的なだけの『公衆』の役割は、常に減少することになる一方で、もはや役者ではなく、言葉の新しい意味において『生きる者』と呼ばれる者の関与するところが増大する。」 『状況の構築に関する報告』


 「構築された状況」についてわれわれが持つ理解は、環境の空間的-時間的拡がりと勢いがいかに大きかろうと、環境の構築に貢献する芸術的手段を統一的に利用することだけに限られるものではない。状況とは、同時に、時間のなかでの1つのまとまった行動でもある。それは、ある瞬間の生の舞台装置(デコール)のなかに含まれた一連の行為から成る。これらの行為は生の舞台装置とその行為そのものから生み出されたものである。そして、それらの行為がまた別の形の生の舞台装置と別の行為とを産み出すのである。これらの力をいかにして方向付けることはできるだろうか。機械的な挑発によって様々な驚きを産み出すことを期待するような環境実験の試みだけで満足するわけにはゆかない。シチュアシオニストの活動の真に実験的な方向は、程度の差こそあれはっきりと世に認められた種々の欲望から出発して、それらの欲望に好都合な当面の活動の場を作り出すことにある。それを作り出すことではじめて、原初の欲望が明らかになり、まさにシチュアシオニスト的構築によって構成された新しい現実に物質的に根づいた新しい欲望が無秩序に出現するようになるのである。
 それゆえ、シチュアシオニスト的目的にかなう一種の精神分析を考察せねばならない。この冒険に参加する各々の者は、環境に対する正確な欲望を、まさにそれを実現するために見つけ出さねばならないのであって、それはフロイト思想から生れた諸流派が追求している目的とは逆のものである。だれもが自分の愛するもの、自分を魅き付けるものを探さねばならない(そしてそこでもまた、現代のエクリチュールのある種の試み──例えばレリス*1──とは逆に、われわれにとって重要なことは、われわれの精神の個々の構造でもその形成過程を説明することでもなく、構築された状況のなかでそれを適用する可能性である)。この方法を用いて、建設すべき状況を構成する様々な要素、またそれらの要素の運動のための様々な計画を調査することができる。そうした探求は、状況の構築という方向で実践的に働いている諸個人にとってしか意味を持たない。彼らはみなその時、自発的にであれ、意識的かつ組織的なやり方でであれ、プレ・シチュアシオニストである。すなわち、1つの同じ文化欠如状態を通して、また自分たちに直接先行する実験的感性を同じように表現することを通して、この構築の客観的必要性を感じ取ってきた個人なのである。彼らは、1つの専門によって、また彼らの専門分野での1つの同じ歴史的前衛への帰属によって、互いに結び付けられている。それゆえおそらく、すべての者のうちに、シチュアシオニスト的欲望の共通のテーマを数多く見出すことができる。この欲望は、現実の活動局面に移るやいなや、常にそれまで以上に多様なものとなるだろう。
 構築された状況は、その準備段階においても実際の展開においても、必然的に集団的なものとなる。しかしながら、少なくとも初期の実験の時期には、ある与えられた状況で個人がある種のヘゲモニーを取らねばならないこともあるように思われる。つまり、その状況の演出者となるのである。状況の計画──それを探求する者たちのグループによって研究された──を立て、それを、例えば何人かでの一夜の感動的な集まりと組み合わせて行うようになると、おそらく、指揮者または演出者と、状況を生きる直接的な行為者と、受動的な観客とを区別しなければならなくなるだろう。指揮者は、生の舞台装置を構築するためにあらかじめ必要な要素を調整し、さらに、出来事のなかへのある種の介入を予見することも引き受ける(この後者のプロセスは、他の者の介入のプランをあまりよく知らない複数の責任者の間で分担されることもある)。状況を生きる直接の行為者は、集団での計画の創造に参加し、環境の実際の製作のために働いた者である。観客とは構築の仕事に無縁な者だが、その彼らを行動に走らせることが望まれる。
 当然、指揮者と状況を「生きる者」との関係は、それぞれの専門家どうしの関係となることはない。シチュアシオニストのグループ全体と孤立した実験の責任者との従属関係は単に一時的なものにすぎない。こうした展望、あるいはそのための仮の呼び方は、劇場の延長に関することだと思わせるようであってはならない。ピランデッロ*2やブレヒトは、演劇的スペクタクルの破壊と、それを超えたいくつかの主張を示して見せてくれた。状況の構築は、現実の生の構築が常にますます宗教に取って代わってきたという意味においてのみ、演劇に取って代わるだろうと言うことができる。明らかに、われわれが取って代わり成し遂げようとしている主たる領域は、詩の領域である。それは、現代の前衛のなかで自らを焼き尽くし、完全に消滅してしまったものである。
 個人の実際の成就は、シチュアシオニストが発見した芸術的実験の場合と同様、必然的に世界を集団的に支配することを通して行われる。この支配以前には、まだ個人というものは存在せず、他人から無秩序に与えられたモノに取り憑いた影しか存在しない。われわれは、偶然の状況において、偶然に行き交う1人1人に分離された個人に出会う。彼らの多岐多様な情動は中和され、退屈でびくともしない環境を維持している。われわれは、高等な遊びの狼煙をあちこちで上げることによって、この状態を粉砕するだろう。
 今日、技術の進歩の不可欠な表現である機能主義は遊びを完全に排除しようとやっきになり、「インダストリアル・デザイン」の信奉者たちは、人々がますます遊びに向かう傾向にあることで、自分たちの活動が悪化していると嘆いている。インダストリアル商業はこの傾向を浅ましいやり方で利用し、この上なく有益な成果もたちまちなきものとしてしまうため、遊びへの傾向は新たな姿を取ることを余儀なくされる。われわれは、冷蔵庫の形を芸術的な仕方で次々とリニューアルすることを薦めてはならないと考える。だが、説教好きな機能主義は、この点に関して何も行いえない。唯一の進歩的解決策は、それとは別の場で、さらに大規模に、遊びへの傾向を解放することである。それ以前には、インダストリアル・デザインの純粋な理論がもつ素朴な憤りは、例えば、個人の自動車は主として愚かな遊びであり、交通手段であるのは不随的なことにすぎないという深い事実を妨げることはできないだろう。常に反動の政治と結び付き、幼児段階に回帰するあらゆる退行的な形態の遊びに反して、革命的遊びの実験的形態を支持しなければならないのである。


*1:ミシェル・レリス(1901一90年) フランスの作家・民族学者。若くしてシュルレアリスムに参加した後、民族学研究を続けながら、『成熟の年齢』(1939年)など一連の自伝的作品で注目を集める。ここでは、後に『ゲームの規則』全4巻を構成する一連の著作、『ビフユール』(1948年)、『フルビ』(1955年)のなかで、言語を通して個人の生の深層を探る試みを続けるレリスの文学が示唆されている。

*2:ルイジ・ピランデッロ(1867一1936年)イタリアの劇作家。『作者を捜す六人の登場人物』(1921年)によって、従来の劇の制度に変革をもたらしたことで有名。1934年、ノーベル文学賞。

定義

  • 構築された状況  統一的な環境と出来事の成り行きを集団的に組織することによって具体的かつ意図的に構築された生の瞬間。
  • シチュアシオニスト(状況派・状況派の)  状況の構築の理論もしくはその実践活動に関すること。状況を構築することに努める者。シチュアシオニスト・インタナショナルのメンバー。
  • シチュアシオニスム(状況主義)  上の用語から派生して誤って作られた無意味な語。シチュアシオニスムなど存在しない。そんなものは、既存の事実に対する解釈の教義を意味するにすぎないだろう。シチュアシオニスムという概念はあきらかに反シチュアシオニストらの着想した概念である。
  • 心理地理学  意識的に整備された環境かそうでないかにかかわらず、地理的環境が諸個人の情動的な行動様式に対して直接働きかけてくる、その正確な効果を研究すること。

  • 心理地理学的  心理地理学に関係するもの。情動に対する地理的環境の直接的作用を示すもの。
  • 心理地理学者  心理地理学的現実を探求し、それを伝える者。
  • 漂流  都市生活の諸条件に結び付いた実験的な行動様式、すなわち、変化に富んだ環境のなかを素早く通過する技術。より特殊には、この実験を連続的に行う期間を指すこともある。
  • 統一的都市計画  様々な実験的行動とダイナミックに結び付いた環境の完全な構築に与する芸術および技術の全体の利用の理論。
  • 転用  前もって作られた美的要素の転用、という言い方を省略して用いられる。現在のまたは過去の芸術生産物を環境のより高度の構築に統合すること。この意味では、シチュアシオニストの絵画やシチュアシオニストの音楽というものはありえず、ただこれらの手段のシチュアシオニスト的使用があるだけだ。より原始的な意味では、昔の文化の諸領域の内部での転用は、プロパガンダの方法であり、それはこれらの芸術領域の衰弱と重要性の喪失のあかしである。
  • 文化  それぞれの歴史的瞬間において、日常生活を組織する様々な可能性を反映し、予示するもの。美的なもの、感情、風習の複合体。それによって、共同社会は、その経済が自らに客観的に与えている生活に対応する。(われわれはこの用語を、諸価値の創造という展望においてのみ定義するのであって、それらの価値の教育という展望において定義するのではない。)
  • 解体  より優れた文化の構築を可能にすると同時にそれを要求しもするより優れた自然支配の手段の出現の結果、伝統的な文化形態が自ら解体するプロセス。古い上部構造の実際の破壊という、解体の積極的段階──それは1930年ごろに終る──と、それ以来ずっと優勢である反復の段階とを区別せねばならない。解体から新しい構築への移行の遅れは、資本主義の革命的清算の遅れと結び付いている。


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