目次
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奥付
奥付

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 気がつくと、巨大なベットの上にいた。部屋を照らしているのは隅にある小さな間接照明だけで薄暗い。ここは何処だろう。そう思って体を起こす。頭がぼんやりしている。酔っ払っているんだろう。ここが何処で、何でここにいるのかも思い出せない。
 レミさんと焼肉屋さんを出た後、小さなバーに入ってしこたま飲んだんだっけ。酒の味は高くても変わらないもんだなあ、と思った記憶がある。で、そこからは何も憶えていない。
ガチャ。
 扉の開く音。そのすき間から黄色い光が漏れる。黒い人影。立っていたのはレミさんだった。体にバスタオルを巻いていて、黒い髪は濡れている。入浴後、という感じだ。
 ほのかに笑みを浮かべ、僕を見つめながら歩いてくる。ベットまでくると僕の横に腰掛けた。シャンプーのいい匂いが鼻に香る。
「起きたんだ。」
「はい。ここ、何処ですか?」
「ホテル。」
ホテル。僕は何と答えればいいんだろう。僕はレミさんを見た。レミさんも僕を見ている。
 レミさんは黙ったまま手をのばして僕の髪を触る。その指先は頬を伝って、唇をなぞり、僕の口の中に入る。舌は彼女の指先を知覚する。舐めてみるとレミさんの指もそれに答える。暫く僕の舌と戯れた指はそっと口から出てゆき、また手に戻って僕の目蓋を閉ざした。
 柔らかな感触が唇に触れる。恐る恐る舌を伸ばし触れてみると、その柔らかな物も濡れていて、それがレミさんの唇だと分かる。彼女の口の中に下を入れると、そこにも舌があって、同じだ、と思って安心する。
 顔を離して眼を開けると、レミさんが僕を見ている。彼女は今何を思っているのだろう、それが知りたくなって、瞳を覗き込んでみる。でもそこには何も映ってはいなくて、僕には何も分からなかった。
 レミさんが笑っている。体を寄せ、僕の耳元でそっと話しかける。
「今まで、こういう事したことある?」
「・・・、少しは。」
「ウソつき。」
ゾク、僕は芯まで剥きはがされてしまった気がして、急に恥ずかしくなった。絶望、それに近い。また僕の眼を見る彼女。
「私には分かるの。何でも分かるの。瞳を見れば分かるの。」
彼女は僕を抱きしめて、そっと頭を撫ぜてくれる。そしてまた耳元でささやく
「寂しかったのね、恐かったのね、痛かったのね。もういいのよ。もう大丈夫よ。あなたの、そのままでいいんだからね。」
 急に、僕の中で湧き上がってくるものがあって、抗し難く、僕はレミさんを押し倒し、貪り付いた。体に巻きつけられた白いバスタオルを引きはがすと、重みを湛えた白い乳房が剥き出しになる。それに吸い付き、細い体を強く抱きしめる。彼女が呻く。レミさんの中でも僕と同じ物が湧き上がっているんだ、そう思うと嬉しくて、より一層に自分の中が彼女を求める気持ちで一杯になっていくのであった。
 衝動に溺れる中で、また不安な気持ちが顔を出して膨らんできたので、体を起こして彼女を見てみる。艶のある潤んだ瞳が僕を見ていた。ああ、彼女もまた僕を求めている、僕がそうするのと同じように。
 が、そこまでであった。急に心に薄い膜が張ったようになって、僕を隔てた。僕は息ができなくなって苦しさを感じた。そしてそこにいた彼女が急にいなくなってしまったように思えた。目の前にあるのは残された抜け殻、肉の塊。
 それはとても辛いことのように思われ、今一度彼女の核心にありつきたくて、僕は彼女の身体を弄ってそれを探した。しかし、一度消えてしまったそれは、もう何処にも見つからなかった。彼女はまだ潤んだ眼で僕を見つめていたし、僕を求めてくれていることは分かったけれど、もうどうにも駄目だった。
 何が変わったんだろう?変わったのは彼女ではなくて僕の方だろう。結局のところ、次にどうすればよいのか分からなかったのかもしれない。欲求が湧き上がるのは一瞬の事で、僕たちはすかさずそれを捕まえて、二人で次々と昇華させてゆかなければならなかったのではないだろうか。でも、僕は未熟であったから、それと知らず、持続するものと思い込んで取り逃がしたのだ。
 僕は精一杯困った顔をして、彼女に笑いかけるしかなかった。こうなるともう、言葉というものは出てこないものなんだなあ。瞳で、仕草で、伝えるしかないんだなあ。
 彼女も僕がそれを取り逃がした事に気がついたようで、とても優しく、僕を包み込もうと微笑み、身を起こして僕を抱き、口付けをしてくれた。その所作は僕にこう語りかける。
「やりたいようにやってみたけれど、駄目だったのね。見失って迷ってしまったのね。いいのよ、それでも。何も変わりはしない、何も失ってはいないわ。ただそのままでいいのよ。今度は私がしてあげるから。」
 それは口で発せられたものではなくて、彼女を通して直に僕に伝えられた。そんなことは初めてで、それはとても心地よかった。僕は落ち着きを取り戻して、彼女に身を任せ、その中でまた彼女を求めたいと思った。そんな僕を彼女は導いてくれる。
 レミさんは、優しく、ゆっくりと、しかし迷うことなく昂ぶり、僕を昂ぶらせていった。こじれた紐を解いていく様に。
 そして、その時が来る。僕はベットに寝かされ、跨るレミさんを見上げる。彼女は我が子を抱く母親のように微笑む。ゆっくりと腰を沈め、僕は彼女の中に帰る。
「あったかい。」
「だって、生きてるんだもの。」
彼女はそういって僕を慈しんだ。
 ゆっくりと、規則的に、押し寄せる波。その一回一回が僕を溶かし、僕は段々と海と混じり合ってゆく。その中で頂が見えてくる、あそこが僕の往きつく先だ。そこには彼女がいて、僕を待っている。波に揺られて、ゆっくりと近づいていく。
もう少し、
もう少しだ。
ああ、
もう待ちきれない。
 僕は駆け出して、彼女を抱きしめる。
 まばゆい光が差し込み、目の前が真っ白になって、何も分からなくなった。