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 目覚める瞬間の感覚、起きているんだかまだ眠っているんだか、そのどっちにいるんだかよく分からないぐらいの時、僕はあの時が好きだ。宙ぶらりんで無重力な感じ、それを言葉にしてみようとしてみた所で、土台それは無理な話で少し歯がゆいが、きっと分かるでしょう?あの時の感覚、それをどう感じるか、体が感じるものがそのまま全てみたいなあの感じの感じ方、それは人それぞれ独自のものであるはず。だからして、僕が感じるあのドロドロ状態は僕だけのオリジナルドロドロ状態であるはずであって、そう考えるとなんかちょっと嬉しいような気もしてくる。
 とまあ、僕は今そのオリジナルドロドロ状態の後期にいる。つまり、覚醒してむくっと起き上がる一歩手前の状態、まだ起きたとは言えないけれど「うんむ、ぐぐぐ、・・・んむん」とかは言い初めている位のところだ。
 眠い。眠い、けれども、いつかは起きなければならない訳で、まあそうと決まった訳でもないかも知らんのだけど、でもね、どうしようか、ああ、眠いな、そろそろ起きてもいいんじゃないかな、てか今日は何曜日だっけ、昨日は学校行かなかったから今日はたぶん、でも俺最近学校行かないしなぁ、今日は何曜日だっけ、あ、携帯見ればいいじぁん、携帯どこだ?んんむ、手は動くな、あ、あったあった、パカッとな、ポケモンにポチッとなっていうセリフあったでしょ、今それ意識したんだよ、フムフム、今日は日曜日、現在午前10時14分、うむ、そろそろ起きてもいいな、今起きれれば一応「朝」起きた事になると思うし、でも眠いな、ってゆーか逆に、日曜日だからまだ寝ててもいいんじゃないのかな、うん、そうだな、いいと思う、イイトモー、は見れなくなっちゃうけれど、うん、寝よう。

 結局、僕が起きたのは午後三時ごろだった。あのファーストドロドロから、チョイ寝チョイ起きを繰り返しての結果だった。まあ、悪くはない。いつもの事だ。あのドロドロ状態の時には、僕は正常、論理的な判断に基づいて行動する事ができない。生理的欲求が最優先されてしまうのだ。悲しきかな堕落。
 しかしまあ、僕は今はもう起きた訳であるし、ということは少し遅くはあるけれどもこれから一日が始まるということなのだよ。くさくさしててもしょうがない。
 さて、何をしましょうか。一日の初めということだし、歯でも磨きましょうか。しかし、僕がこう思う事は、僕にとっては非常に珍しい事でもある。なぜなら、僕は基本的に歯を磨かないからだ。それどころか、あまり風呂も入らない。限界まで我慢する。面倒くさいし、必要性を感じないからだ。エコだよ、エコ。
 とは言いつつも、今起きてみて、気づけば口の中がすごくヌメヌメして臭い。そういえば、最後に磨いたのはいつだっけ?まあ、歯ぐらい磨いてもよかろう、という感じで先ほどの「歯を磨こう」と思うに至った訳だ。
 「うんしょ。」
 ベッドから起き上がって、床中に転がっている物と物の間を縫うようにして部屋を出る。部屋を出ればもうそこは台所兼出入り口と部屋を結ぶ通路だ。狭い部屋って便利ね、行きたいところにすぐ行けるんだもの。
 で、磨きました。グシュグシュ、ペッ、で歯ブラシの臭いを嗅ぐ、くさっ、どぶみたいな匂いする、はずなんだけど、あれ、しないぞ、おかしいな、いつもは物凄いくさい臭いするのにな、おかしいな、むしろちょっとシトラス的ないい匂いするぞ、調子狂うな、まっ、いいか。ってな感じで磨き終わった。
 次。何しようかな、次は。うん、小便。小便しよ。という事で、一歩歩いて便所へ。狭い家って本当に便利ね。ポチッとな、電気をつけて、扉を開けて、中に入って、おチンチンを出して、皮をむいて。

アレ。

あれ。

that.

アレ。

むけてる。ムケムケ。

いや、むけてるとかむけてないとかいう問題の前に、大きさが。おかしい。長さが。

倍になってる。

しかも右に曲がってたのも治ってる。

え、何で?

朝起きたらチンチンの皮がむけててしかも大きさ倍になってるってどういう事?

 という感じで、自らの体に起こった突然の変化に戸惑いながらも、とりあえず出すものは出さなければ、そう思い直し、僕は用を足した。まったくもって不可解である。一晩のうちに急に男性器だけが成長するなんて話は聞いたことがない。何で?まあ、ちょっと嬉しいけどさ。でも、変な病気だったら嫌だなあ。最近は風速行ってないんだけどな、金無いから。いや、まさかね。でも、万一って事もあるしな。潜伏してたのが発病したとか。病院に行ってみようかな。性病科ってどこかにあったっけな。でもまだ病気って決まった訳じゃないしな。別に痛くないし。もしかしたら、神様が俺にご褒美くれたのかな、普段の行いが良いからって。

神?

あ?

まさか、

あれ、夢じゃなかったのかな。

あのオッサン。


 と思い当たった僕であったが、その予想はまだにわかには信じがたいものであった。だってそうでしょう。常識的に考えて夜中にいきなり自称神が部屋に入ってきて、チンコだけデカクしてしまうって、それが現実に起こった事だと信じられる訳がないでしょう。ありえないでしょう。ってゆーか、どうせ願いを叶えてくれるんならお金くれるとかもっと他にやり方があったでしょうに、チンコでかくするって・・・、それが神のすることですかね。でもまあ・・・事実、でかいのである。仕方がない。

 とかなんとかグタグタと思いながらも小便を終え、部屋に戻った。
と、その時である。チラッ、と部屋にあった鏡に目をやった。

「!!!。」

 絶句したね。言葉が出なかったよ。だって、
鏡の中にはこれ以上無いって位に美しい男の人が立っていたんだもの、
汚らしい僕のパジャマを着てね。

 

 さっきからじっと立ちつくして、鏡に映る見知らぬ美しい男を眺めている。どうやら、昨日夢に出てきた神と名乗るあのおっさんによって、僕の容姿はこの美しい男に変えられてしまった。しかし、心というか人格というか、そういった中身の部分はそっくりそのまま、僕のままであるらしい。
今、この状況から判断できる事は、分かることはそれだけである。それ以上でもそれ以下でもない。余りに唐突に過ぎるので、そこから何の感情もわきあがってこない。ただ、昨日の夢の内容を思い出してみると、あのおっさんはたしか「願いを叶えてあげる」とか何とか言っていた。とすると、俺の願いというのが、こうなることだったのだろうか。分からん。
確かに俺は、まったくもって女には相手にされず、そのことを嘆いてはいた。しかしだね、その問題を解決するとなれば、ただ単に女が寄ってくるようにすれば良い訳であって、なにもこのような変身をさせなくたってよいのではないだろうか。
それはまあ、僕の容姿は美しいほうではなかったかもしれない。うん、美しくはなかった。そして、これといった特徴のない顔たちだったことは認めよう。しかし、しかしだね、そんな顔ではあるけれども、僕は二十年以上あの顔と一緒に、あの顔を僕として生きてきたわけであるよ。それを何の了解もなく、心の準備もなく、一夜のうちにまったく別の顔に変えられちまったとなるとだね、それはその顔がいくら美しいくても、おまけにおちんちんまで立派になったとはいってもだね、やっぱりなんかしっくりとしないし、寂しい気持ちがしないでもないんだよ。うん。

とか何とか云々といった具合に、僕は鏡の前に立ちつくして、ゴチャゴチャと何処かに行きつくあてもない考えを頭の中にめぐらせていたのである。しかし、段々とあほらしくなってきた。冷静に考えてみれば、朝起きたらいきなり姿形が変わってしまっているというそのこと自体が、まったくもって常軌を逸した珍事であって、そんなことに対して「何でだろう、どうしよう」とウジウジ悩んでみても、分かるはずも、どうにかできるはずもなく、意味が無いのである。
ではこうなってしまった今、俺が真に考えるべきこと、行うべきことは何であろうか。これは明白である。
まず次のことを調べてみなければならない。容姿以外に何か変わってしまっていることはないか。そして、僕のもともとの知り合いは、僕のことを見てどんな反応を見せるのか、つまり、親なんぞはこの変わり果てた姿を見て、果たして僕であると分かるだろうか。甚だ不安である。これはまず真っ先に確かめなければならない。
「よっこらせ。」
机の上においてある携帯電話を手にとり、電話帳を開く。
うむ。
電話帳のメモリーは0件です、という旨の表示がされている。
次。その横においてある財布を調べてみる。
うむ。
保険証、学生証、銀行のカード、その他一切俺が俺であるということを証明する物は無くなってしまっている。財布に入っていたのは現金785円、それっきりである。
 つまりだ、冷静に、冷静に考えるならば、俺が俺であると認識しているこの俺の心、それ以外の俺に関するものは全て、一つ残らずこの世から消し去られてしまったというわけか。そういうことかな、冷静に考えればね。
 あれ、でもそしたら、俺が今いるこのアパートは誰が借りてることになっているんだろうか。だって、俺はこの世にいないことになっているわけだし、親とか友達は消えちまったかどうかは分からないけれども、少なくとも俺とは無関係な人間として存在しているわけだろ、たぶん。ちょっと気になるな。
 てな訳で、押入れの奥から不動産屋の契約書を引っ張りだしてきた。契約者の欄を見てみる。
「契約者、神。」
そう書いてあった。あのおっさん、とことんやってくれるな。まあ、これでもう俺がこの世から抹消されてしまったということは、かなりはっきりとしてしまった。
 自分の存在がこの世からなくなってしまった。分かった。口に出して言う言葉では、
「ああそうか、俺は消えたのね」
と、その事実は理解できる。でもやっぱり、その実感というか、それで俺はどんな気持ちなのか、というようなところがいまいちよく分からない。にわかには信じがたい、といったところだ。そりゃね、何しろいきなりの事だしね。
だけどね、何だかぼんやりとした、漠然とした、なんだろうこの気持ち、不安、恐怖なのか、自分が水面にポツンと浮かぶ小さな葉っぱになってしまったような、よくわかんないけど、あんまりいい気分じゃないよ。うん、どうしよう。自分はもう何処にもにも存在していないという事実を突きつけられて、せっかくクールに前向きになっていた気持ちが、シュンとしぼんでしまって、また元の「どうしよう、どうしよう」という状態に戻ってしまった。

途方にくれてベッドに腰掛けて、なんとなくまた鏡に眼をやる。何度見てもそこには見慣れない美しい男がいて、不思議そうな、なんとなく困ったような顔をして僕を見ている。彼のそんな顔でさえも、とてもこの世のものとは思えない、美の極みである。いつまで経っても、その美しい顔がいつもの見慣れたあまり美しくない自分自身の顔に戻ることはない。僕は美しい彼を眺めるのにも飽きて、うんざりして、使い慣れた自分のベッドに寝転がる。
「あーあ、やんなっちゃうな。どうしよう。」
この世から消されてしまえば、もうやることは何にもない。二度寝、ふて寝である。理不尽に変えられてしまった現実から眼をそむけるべく、僕は眠りに引きずり込まれていった。もう、起きるもんか、そう思いながら。

 

 午後六時、目覚める。全身がだるく、頭が痛い。寝過ぎた為である。今日は十時ごろに目覚めて、変身させられていることに気づいて、不貞腐れてまたすぐに寝てしまって、一体どれくらい寝たのだろうか。何にもしたくないのにこれ以上寝れないってなかなか辛いことだな、なんて思いながらも、そろそろ起きて何かしなければなるまい。
 この前確かめて判ったとおりに、自分で死のうと思って死ぬのはなかなか難しいことで、勝手に変身させられて社会的に抹殺されてしまっても、こうして息している以上は何とかして飯食って生きていかなけりゃならん。このまま、寝て、起きて、不貞腐れて、寝て、を繰り返すだけだったら、そのうち腹が減ってしまう。腹が減って死ぬっていうのは、それはとても辛く苦しいもので、前に一度「俺は何日食わないでいられるのか」試して見たことがあるのだけれど、記録は18時間だったな。牛丼屋に駆け込んで、飲む様にして牛丼を食べたなぁ。あの牛丼はたいそう美味しかったっけ、はは、懐かしいな。
 って、ノスタルジアはいかんよ。それはいかん。今、俺がまずしなくちゃならないことは、考えることでしょうが、これからどうするかを。ほら、そんなことを考えていたら、何だか腹が減ってきたぞ、うん、お腹空いたなあ、そういや朝から何も食べてないもんな。あ、でも俺、一円も持ってないぞ、冷蔵庫に何か残ってなかったっけ。
 冷蔵庫の中を確認してみたけれど、やはり、というべきか、何も入っていなかった。神は徹底している。さて、困ってしまったね、本格的にね。俺にはもう親もいない、友達も知り合いもいない、戸籍もない、働けない。どうしよう。考えなくちゃ。あれ、何だかグルグルと廻って帰ってきてしまったぞ。まずいな、このグルグルはまずい兆候だ。しっかりしろ、冷静に、筋道たてて考えるんだ。
 考えることしばし。俺は結論に達した。それは以下の通りである。
 つまり、だ。俺は突然に、そして理不尽に、神によって俺が今まで持っていたもの全てを奪われた。そしてそれと引き換えに、ただ一つこの人間離れした美しい容姿だけを、だけを与えられた。その上まだ生きている、つまりまだ死ねない、生きなければならない。
 以上のことをふまえ、神が俺に与えたもうたメッセージを予測するならば、それは、
「生きろ、俺が与えたものだけを使って。」
ということだろう。うん、そういうことだろう。実にシンプルだ。そしてもう俺に選択の余地は与えられていない。
 分かった。理解した。十分に悟ったよ、神よ。クヨクヨしている暇もないって事ですね。牛丼、牛丼。
 僕は部屋を出た。