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 やあ、皆さんこんにちは。これから僕が書こうと思っているのは、少し前に僕が体験した奇妙な体験についてだ。その体験は、なんだかあまりにも現実離れしたものであったから、これを皆さんに信じていただけるかどうか、正直に言って僕には自信がない。ただ、この経験について書くという事が現在の僕にとっては是非ともやらなければならない事のように感じられるのである。であるからして今、僕は書き始めている。
 また、今これを読んでくださっている皆さんにとってこの話を読むことが何の得になるのか、と考えてみると、考えるまでもなく「何も無い」と断言できる。だからして、これを読んでくれる皆さんがいささかなりとも「楽しんで」くれさえすれば、ただそう願うばかりである。
 そのための第一歩として、早速「本題」に入ってしまおうかと思う。長い前置きなんぞは退屈以外の何物でもないでしょうから。
 それでは皆さん、僕の体験した珍妙奇天烈な出来事のお話を、せいぜい楽しんでおくんなはれ。イヒッ。

 

 まずは僕の生い立ちについて少し話しておこうと思います。
僕の両親は、「いたって普通」である事が彼らの人生における最優先事項であり、その事に彼らは人生のよりどころを見出しているかのような人たちであった。
 しかしながら、そしてそれはとても残念なことに、僕は産まれついての性分からしてそれほど「いたって普通」な要素を持ち合わせてはいなかった。そのために僕は幼い頃から「いたって普通」ではいられなかった。
 小学校の時の僕は、学校中僕の名前を知らないものはいない、札付きの問題児であった。落ち着きが無い、先生の話を聞かない、のべつ幕なしに奇声を発する、掃除をサボる、身の回りの整理整頓ができない、思いやりに欠けている、女の子の髪の毛に糊を塗りたくる、校舎の壁に泥を擦り付ける、室内でボール遊びをして教室に飾ってあった花瓶を割る、等々、問題児であると思われるに至った理由を挙げればきりがない。先生に口答えをしては廊下に立たされ、座席は先生の目の前、監視の行届いた「特別席」の常連であった。
 そして、さらに残念極まりない事には、僕はそんな「問題児」であったにもかかわらず、自分が悪いことをしているという自覚が微塵もなかった。それゆえに、先生が何故そんなに怒っているのかが不思議でならなかった。今から思うと、その無自覚さがますます先生を苛立たせ、僕を「手に負えない子供」に仕立て上げていった様に思われる。
 僕が何か問題を起こす度に母親は学校に呼び出され、ペコペコと頭を下げ、先生に謝っていた。そして家に帰ると鬼のような形相で僕を叱り、折檻するのであった。「いたって普通」が信条の母親にとって、僕が学校で問題を起こすことはこの上もない「屈辱」であったのだろう。
 しかしながら、そんな母親の怒りや嘆きは、自覚のない僕にとっては反省を促すものではなく、ただ理不尽な苦痛でしかなかった。「先生もお母さんも、何でそんなに怒って僕を叱るのだろう、僕は何も悪いことはしていないのに。」幼き日の僕は常々そんな疑問を胸に抱いていた。
 そんな小学生時代の僕にとって最も辛かったものが「反省文」である。何の罪の意識もない少年が自分を省みて悔い改める事などできるはずもないのである。それでも、先生は書くまでは許してくれない、それを書かされるのは大抵放課後であったから、書くまでは帰れない、つまりは友達と遊べない、理不尽極まりないことであった。仕方がなく少年は筆を取り書き始める、真っ赤なウソを。その内容は以下の様なものであったように思う。

 

「反省文
 僕は今日、じゅぎょう中に友だちのたかしくんとおしゃべりをしていて先生におこられました。それでも、先生の話よりもたかしくんとおしゃべりをする方が楽しかったので、先生の言うことをむししてたかしくんとしゃべっていました。
 すると先生がぼくの所に来て、ぶちました。ぼくはなんでたかしくんはぶたないで、ぼくだけがぶたれなきゃいけないんだろうと思って、むかつきました。そして、せんせいに「さべつすんな」と言いました。
 すると、先生はもっと怒って「先生に対してそんな口の聞き方をするとはなんですか。」と言って、またぶちました。ぼくはいたくてむかついていたので、「体罰だ、教育委員会にうったえてやる。」と言いました。そしたら、先生はキレて僕をろうかに引っぱり出して、立たせました。
 先生にさからうのはいけない事だと思いました。今は反省しています。もうそんなことは二度としません。そして、明日からは先生の言うことにさからわない良い生徒になりたいと思います。」

 

 幼かった僕が自分を偽ることを強制された体験は、取り返しのつかないような傷となって心に残った。自分が自分のままでは社会からは受け入れられない、この体験は僕が初めて社会というものと遭遇した瞬間であったように思う。出た杭であった僕は完膚なきまでに打ち付けられ、幼き僕は抗う術を持たず、ただ打ち砕かれた自己を痛感し、その痛み悔しさをかみ締め、その心に反抗心というものを芽生えさせたのであった。
 そしてこの瞬間に、その後の僕の人間としての方向性のようなものが決定してしまったように思う。先生、親、友達、つまりその頃の僕にとっての社会というものは、僕にとっての敵であり、僕はただ一人でそれと戦わなければならない、という認識が出来上がったのである。そして、その認識は少年の心に今に至るまで続く強烈な孤独を植えつけたのである。その孤独はどこか飢餓感と似ている様に思う。

 その後、反抗的な問題児は中学生になり、その傾向にますます拍車をかけた。そして、学校という社会は僕を打ちのめし続け、僕は怒り、絶望、孤独、そういった痛みを刻印のように心に刻みつけ続けていった。
 しかし、悪いことだけではなかった。連戦連敗であった僕は一筋の光明を見出したのである。この世に抗う術、たった一つの武器と出会ったのである。それは一枚のCDであった。それはロックンロールミュージックであった。その音楽家の叫び声に、僕は自分をもう一人見つけたような気がした。その瞬間の喜び、歓喜に魂が打ち震えた。絶叫せずにはいられなかった。すぐに母親が飛んできて、怒って何かを言った。しかし、何も聞こえなかった。ああ、俺は一人じゃなかったんだ。こんなところに仲間がいた。ああ、負けやしない。俺は決して負けやしないぞ。そんな気分だった。
 その後も僕は「仲間」を探し続け、手当たり次第にありとあらゆる「表現」をあさった。そして、数多くの仲間と出会った。それはある時はパンクロックであったし、またある時は文学であった。その形態は何でもよかったのだ。そこに自分が抱えているのと同質の痛みが含まれていれば僕はそれに感動し、言いようのない喜びと親近の情を覚えた。
僕は「表現」というものに溺れた、他の多くの少年達がそうするのと同じように。何も特別じゃなかった、いたって普通であった。それなのに何故、僕は彼ら同世代の少年達と友情を深め、孤独を埋めることができなかったんだろう。どうして、音楽や文学の表現者達としか仲間になれなかったんだろう。それは多分、その頃の僕が自分に対して、自分の孤独に対して、非常に傲慢だったからだろう、と今になっては思う。
 
 今述べた「表現」との出会いが僕の人生にとっては最も強烈なものであり、今ある僕を決定的に形作ってきたものである。しかし、表現というものは僕が生きるための武器となったことはもう書いたが、それは同時に諸刃の剣でもあった。
 僕が出会った仲間達、表現者、とりたてて文筆家達が持っていた孤独、怒り、そういったものは、僕が持っていたものと同質のものであったが、僕のそれをはるかに凌駕する強烈なものであった。つまりは天才だったであった。そんな彼らに出会い、彼らの魂の燻りを垣間見る度、僕は圧倒され、打ち崩された。凄過ぎるのである。僕の持っているそれなんてものはお話にならないのである。仲間であると思った人達は、僕を置いて遥か先にいるのである。もはや同じ地平上に立っているのかも疑われる。悔しい、とも思えなかった。ただ、彼らに少しでも近づきたい、そう思うばかりであった。
 こうして僕はますます表現に没頭し、自分の孤独を磨き上げていった。そしてそのことは結果的に、僕と外部をさらに乖離させ、孤独を大きくした。負のフィードバック、悪循環である。行き着く先のない片道切符の道程、それが今僕の中にある記憶の全てである。

 そんな孤独の探求の過程で、僕はある思いに囚われる様になっていった。それはつまり、発狂、身の破滅、ということである。
 嘘をつかず、ただありのままでいようとするならば、社会と折り合いなどつくはずが無い。それは短いこのの人生の中でも十分に、嫌と言うほど思い知った。かといって、今更「すいません、私が間違っておりました。悔い改めますので仲間に入れてください。」なんぞとは口が裂けても言えない。もう引き返せない所まで来ているんだ。そしてそれすなわち、もうこの世の中では真っ当には生きられず、肉体の滅びるまで、破滅へと突き進むしか道はない、ということである。それは百も承知しているんだ。ただそこで問題になってくるのは、その途中かその果てに俺が一番に求めていたものに巡り逢えるか、ということなんだ。一目でもそれを拝めるならば、俺はもうなんの悔いもなく死ねる気がする。
 で、それが何か。それが分からないんだ。何で分からないんだろうか。多分それは俺がまだ自分が行く道の果てまで達していないからなんだろう。ただ、その果てに達するには何か越えなくちゃならない境界があるように思える。突破、逸脱だよ。そのためにはどうしても発狂ということが必要になってくるんじゃないだろうか、そう思えてならない。
 つまり、今の俺が何をしていいかも分からずうろうろと迷っているのは、中途半端に未練を引きずっているからであって、それを断ち切って己が求めることの極みに達するには発狂するほかに手立てはないんじゃなかろうか、ということである。
 その考えは恐ろしくもあったけれども僕を魅了した。「発狂」、なんと優美な響きであろう。

 しかし、それはあくまでも頭の中を蠢いている「こうあるべき」であって、現実はそれに伴わない。発狂寸前、しかし発狂しきれず、求めるも得られず、というなんとも中途半端な状態で、恐怖心が枷になってどうしてもそこから先に踏み切れないのである。それはとてもストレスフルな状態である。
 毎日毎日悶々悶悶として過ごし、徒に時をすごす。この世を、すべてを捨てなければ求めるものは得られない、でも恐い、本当は寂しい、誰かと仲良くしたい、幸せになりたい、でもそんなんではどこにも辿り着けない。ジレンマ、ジレンマ。果てることのない思考の堂々巡りが僕を蝕んで疲弊させる。


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