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again…

――ここは。
光の届かない深海。私は泡のように浮上して――。
……いや、ここは洞窟か? 洞窟を歩いて……いやいや、ここは森の中だ。どうも意識がはっきりしない。
 
「ねえ、メガ。悪竜のいる山ってもうすぐだよね?」
右隣で少年の声がする。メガ……そうだ、私はメガだ。
「はい、この森を越えればすぐのはずです」
無意識に私の口から出た答えに少年は喜ぶ。
「やっとか〜。よーし、絶対倒してやるぞ。ね、メガ」
「パリス様なら必ず倒せます。あなたはこの世界を救う勇者なのですから」
パリス様? 勇者? この少年は……。
 
突然、頭の中で記憶の花が開く――私はメガ。人々に災厄をもたらす悪竜を倒しに向かう勇者の従者。
我が勇者の名はパリス。ルビーを溶かしたような紅い髪、ブルーサファイアを埋め込んだような瞳、太陽光を反射する白い肌が印象的な12歳の少年だ。細い体躯だが、さすが勇者の名に恥じぬ力強さ、怪物たちと対等に闘う。
従者の私は巨大なハンマーを軽々扱う力自慢の中年。パリス様と並んで歩くと親子と間違われ、私は恐縮するがパリス様は非常に喜んだ――と思う。
そんな記憶の再構築が終わろうとするころ、私たちは森を抜けた先にある町の前にたどり着いたのだった。
「町だね。休んでいこうよ」
「はい。そう致しましょう」
――町は、葬式のような湿っぽい空気に覆われていてとても静かだ。女たちは目を伏せ、うつむきかげん。悲しみに浸った疲労の色が表情に出ている。
悪竜の住む山の近くだからか? 女性には声をかけづらいので家の前にいる男性に話しかけてみた。
「なんだ、すごい格好だね。え、勇者? ふーん。ここはヒュプノスだよ。ん、なぜ女たちが悲しそうかって? さあね。パリスが知ってるんじゃないか?」
「パリス?」
「では忙しいんで」
男性はそそくさと家の中へ入っていった。
「……パリス様。今の男性は」
「ねえ、勇者ってまずは王様とか偉い人のところに行くんだよね?」
「あ、はい。王や領主は外の世界の情報に飢えてますから私たちを歓迎してくれるでしょう」
「へー、じゃあ早く行こう。ここは町だから町長さんだね」
「はい……」
返事をしながら頭では先ほどの男性の言葉に対して考えていた。――パリスが知っている。それはどういう意味だろうか。同名の他人か。それとも神の名か……。
 
私たちは町の中央にある町長の家の前に着いた。門をくぐり広い庭を通り越すと白い石で建造された家が現れる。清潔というより殺風景な印象を与える家だ。
「さて入りましょうか」
「……」
さっきまではしゃいでいたパリス様は白い家に近づくにつれて口数が減り、家の扉の前で立ち止まってしまった。その表情はこの町の女性たちのよう……。
「どうされました?」
「……メガ、開けて。僕は嫌だ」
「扉を開けるのが嫌なのですか?」
「うん」
「そうですか。分かりました」
家の扉を開ける――中から怒鳴り声が聞こえた。
「おい、酒を持ってこいよ!」男の声。
「もうないわよ」女の声。
「無い? ならどこかで買ってこいよ!」
「買えって……お金がないのにどうやって買うのよ」
「うるさい! 売れるものくらいあるだろ……そうだ、ネックレス。あれ売ってこいよ」
「嫌よ。あれは大事な……」
「お前、誰に口ごたえしてるんだ!? おい!」
男の怒鳴り声に続いてバシッバシッと激しく叩く音。
そして「ごめんなさい」という悲鳴に近い声が私の心を揺さぶる。
止めなければ!――だが金縛りされたように体が動かない。パリス様は――うつむいている。怯えているような何かに耐えているような状態だ。
だがふいに手を伸ばし、私の手を掴む。
「行こう。早く……悪竜を倒そう」
気づけば叩く音は消え、泣き声だけが家の奥から聞こえた。
私は扉を閉める――耳を塞ぐように。
私たちは白い家を後にし、足早にヒュプノスを出たのだった。
 
舗装された一本道を進むと地平線上にきらめく横一文字が見えた。
「川ですね」
私たちは橋のかかった場所を見つけ、そちらへ向かう。すると橋の手前にいる武装した男が私たちを呼び止めた。
「待て! お前ら通行証は持っているのか?」
「通行証?」
「この橋を通るには町長の許可がいるんだ」
「ヒュプノスの町長?」――あの白い家。怒声。泣き声。
「ああ。橋を渡りたかったら町長から通行証をもらってくるんだな」
あの白い家に戻るのはパリス様が可哀想だが、橋番の頑なな態度に仕方なくきびすを返した。
「あの兵隊みたいな奴、川で溺れて死んじゃえばいいのに」
橋から少し離れてからパリス様が呟く。
「パリス様、あの人は仕事に忠実なのですよ。悪く言ってはいけません」
「分かってるよ。……ああ嫌だなぁ」
パリス様の歩調は重い。気が重いのだろう、彼は町長の家に着くまで無口だった。
 
ヒュプノスに辿り着き、白い家に直行した。
「失礼します」
家の中には物があまりなく、ただ広いという印象を持った。そして黄色い服を着た太り気味の中年男性だけが家屋にいた。彼は椅子に深く腰掛け私たちをギロッと睨んだ。
「なんだお前ら!?」
彼――パテル町長の威圧的な態度にたじろいだが気を取り直し
「私はメガ。勇者パリスの従者でございます。突然の来訪の無礼をお許しください」
と、頭を下げた。
「俺は町長のパテルだ。で、勇者たちが何のようだ?」
「私たちは悪竜を倒すため旅をしております。この町を越えた川を渡らねば悪竜が住むという山に近づけませんので、橋の通行証をいただきに参りました」
「通行証? じゃあ酒もってこいよ」
「お酒、ですか? 分かりました。それでは買ってきますので……」
「言っとくがこの町には売ってないぞ」
「え、ではどこに?」
私の問いにパテル町長はあからさまに不快な顔をする。
「知るかよ。探してこいよ、バカ」
「バ……パテルさん、いくらあなたが町長でも」
「メガ、行こう!……お願いだから」
私の手を引っ張るパリス様の必死な顔を見た私は怒りをこらえて一礼し、外へ出た。
 
酒を求めて町中探索する。
「この町にはお酒がないみたいだね」
「そうですね。BARや酒屋らしきものはないですね……。あ、ちょっとすみません」
情報が欲しい私は近くにいた女性に声をかけてみた。
その女性はビクっと小さく驚き、目を伏せたまま応じる。
「なんでしょうか?」
声が小さい。
「えー……この町でお酒を販売しているところをご存じないですかね?」
「お酒……あんな悪魔の水が欲しいのですか。私は知りません。ただ……毎日酔っている堕落した人なら知っています」
その女性はいつも酔っ払っているというおじいさんの居所を教えた後、そそくさと私たちから離れていった。この町の女性特有な、陰鬱な雰囲気に肩の凝りをおぼえたが、どうやら酒の在り処が分かったので話しかけて良かった。
私たちは教わったとおりに道を進み、目的の老人の家に着いた。
「ごめんください」
中に入ると鼻を赤くして妙にニコニコした老人がいる。
「おじいさん、お酒飲んでるの?」
「おお、少年戦士殿! 景気づけにお前さんも飲みたいんか?」
「別に飲みたいわけじゃないけど……」
「残念! あいにく全部飲んじまったわい。あのなぁ、この町のぉ……北東にな、酒の泉があるんじゃ。山を越えないといけないんじゃがその酒を飲んでみ、疲れなんか吹っ飛ぶぞ! ワッハッハッハ」
大口を開けてつばを飛ばしながら笑う老人。
「お酒は大嫌いだよ!」
顔についたつばを乱暴に拭きながらパリス様は答えた。
「ただなぁ、その酒はそこでしか飲めんのよ。あーつまりな、持って帰る事が出来ん。桶とかで酌むとふわっと無くなっちまうんじゃ」
「じゃあどうすれば?」
この老人は町まで運んできているはず。
「安心せい。わしはな、特別な器を持ってるんじゃ。そいつがあれば持って帰れる。至福のときが長続きじゃよ」
「おお。ご老人、その器をお借りしたいのですが」
「お、あんたは飲みそうだな! 頼むから泉の酒を全部飲むんじゃないぞ。わしの分も残しといてくれよ。余生の楽しみを奪わんでくれ~」
私を見ながら拝む老人。
「いや、あの、そんなには飲みませ」
「えーっと、わしの大切な器は、と……」
私の狼狽など気にせず、老人は辺りを探し始めた。
「器ちゃーん。うつぼちゃーん、おーい、うきわちゃーん」
鼻歌交じりで老人は楽しそうだ。
「あ、そうじゃ!」
はたと立ち止まった老人は私の顔を見て言う。
「ラクリマさんに貸しちまったわい」
「ラクリマ?」
「町長の奥さんじゃ。町長に酒を飲ますために持って行っちまったんじゃ」
「その泉へ一人で向かったのですか?」
「多分なぁ」
「メガ! 追いかけよう!」
パリス様は駆け出し、慌てて老人への礼を済ました私も後を追った。
 
ふと私はごく当たり前の疑問を抱いた。パリス様は泉の場所をご存知なのか、と。無意味に走り回っているだけでは――しかしまるで導かれるように道は開け、山の洞窟に辿り着いた。そして私たちは息を整える間もなく中へ入った。
鍾乳洞のような内部を探索しているとすぐに出口らしき箇所を見つけだし、私たちは外へ出てみる。
「酒の泉とやらは近いのでしょうか……ん、話し声が」
耳をすます。
「……持ち良かったよ。奥さん美人だしいい体してるし儲かるでしょ?」
「そうね……でも全部あいつが持っていっちゃうから」
「酷いなぁ。なんで別れないの?」
男と女の声だ。
「別れる……ね。あの人怖いし、それに私がいないと可哀想だから」
「でも暴力振るうしアル中だろ? ありゃ危ないよ。子供と一緒に逃げたらどうだい?」
 
「私、子供なんていないわよ」
 
「え、あの子……」
「あんなのどうでもいいわ」――私は岩陰にいるであろう彼らのもとへ行こうとした。が、さっきまでの元気が嘘のように棒立ちでうつむいているパリス様に気付き話しかけた。
「どうされました? ご気分でも悪いのですか?」
「……僕、ここにいる。疲れちゃった……」
「ではここでお休みください。私はちょっとあちらへ行ってみます」
頷いたパリス様はその場で座り込んだ。よほど疲れたのか、その目は虚ろだ。
 
声のする方向に進む。すると場違いなベッドがあり、中年男と体のラインが分かるきつめの服を着た女性が座っていた。
一瞬驚いた表情をみせた女性だったがすぐに誘うような目つきで私を見つめ
「ちょっと待ってて。焦っちゃダ~メっ」
と猫なで声をだした。
「いや、あの……私はメガと申しまして――えー、あなたは?」
「私はラクリマ」
その名前にドキッとした。
「え、町長夫人の……」
ラクリマは表情を消し
「町のおじいさんからこれをもらったの。これでお酒を運べるわ」
とひょうたん型の器を私に差し出した。
「それはあなたが旦那さんのために」
「いいのよ。通行証が必要なんでしょ?」
私はパリス様が気になり、というより居心地の悪いこの場から早く去りたかったので
「それではお借りします」
器を受け取り、ラクリマから離れた。
――なぜ通行証を得るために酒を欲していることを知っているのだろう? いや、知っているなんてことは不思議ではない。どこかで聞いて私たちが山に向かったと勘違いした彼女は器を携えて先に来ていた――いや、おかしい。
彼女は旦那のためにおじいさんから器を借りてこの山に来たのだ。でもそれは――逢引のため。現場を見られた彼女は取り繕うためにこの器を私に手渡した。多分そうなんだろう、つじつまが合う。
不倫――いや、あの会話と私を見たときの艶っぽい目つきは……娼婦? まさか……気が滅入るな。
「あ、パリス様」
石像のように固まっているパリス様の姿が見えた。
「終わった?」
「はい。向こうにいたのはラクリマさん……町長夫人でした」
一緒にいた男のことは話さないほうがいいだろう。
「そして――酒を汲める器をいただきました」
「そう」
パリス様はひょうたん型の珍しい器になんら興味を示さずさっさと洞窟に戻っていった。
洞窟内にはムカデの怪物や大きな吸血コウモリが私たちに襲い掛かる。薄闇の中で突然現れる怪物を目の当たりにすれば驚くものだが、パリス様は怪物たちにただ怒りをおぼえるようだ。
「もう、なんで僕の邪魔をするんだよ!」
殺されるかもしれないという前提はなく、パリス様は生きる障害物をなぎ倒す。さすがに強い。安心からか私は怪物たちの骸に目をむける――この生き物たちは私たちが現れなければ死ぬことはなかったはずだ。この生き物たちのテリトリーに入り込み「邪魔」の一言で命を奪う私たちは……だからといって同情していたら目的は達成できない。目的のために何かを犠牲にして進化する私たちの強烈なエゴ。共存は望めないのだろうか――。
「メガ、どうしたの?」
「え、ああ、すみません。考え事をしていました」
「弱虫たちはやっつけたよ。ねえ、ゴールはもうすぐな気がするんだ。早く行こうよ」
「はい、急ぎましょう」
生にしがみつくような痙攣が物悲しい骸たちを後にした。
 
パリス様の勘は当たり、出口はすぐに見つけられた。外は高い木々が密集する森のようだが、道が出来ていて、そのまま進めば泉に辿り着けると思われた。
「ん? なんだあれは?」
前方からゼリーのような緑色の大きな塊たちがこちらに向かってくる。
「あいつらだ……」
パリス様はつぶやく。そしてぷよぷよとした三体の塊たちは私たちの目の前で前進を止めた。
液体の塊には表面に顔のようなくぼみがあり、三体ともニヤニヤしているように見える。
「弱虫パリスが来たぜ」
三体のうちの一番大きな塊が喋りだす。すると一番小柄なやつが続く。
「おい、何しにきたんだよ!」
最後にもう一体が続く。
「お前、泉の酒を盗みにきたんだろ、ドロボウ。ピュシス、こいつやっつけちゃおうぜー」
ピュシスと呼ばれた大柄な塊は威嚇するようにゆっくり私たちに近づいてきた。
「そうだな、ラリアー。ドロボウはとっちめないとな。カキア、お前も賛成だよな?」
「あ、ああ。やっつけよう」
小柄なほうは躊躇しているようにみえる。
「よし。おい、ドロボウ。いつも通り泣かせてやるぞ」
液体の塊たちは私たちに飛び掛かってきた。
「なんでいつも……お前らなんか大嫌いだー!」
パリス様は剣を抜かず、自身の拳で立ち向かう。
ビシッ!
拳がピュシスと呼ばれたリーダー格の怪物の顔面にヒットすると他の二体はたじろいだ。
「うわ」
「痛そー」
「クソパリス! ちくしょう、おぼえてろ!」
ピュシスは捨てゼリフを吐き逃げ去る。
「バーカ」
「バーカ」
他の二体も同様に去って行った。
「あれは……パリス様のお知り合いですか?」
「あんな奴ら知らない! どうでもいいよ! メガ、早くお酒の泉に行こう」
パリス様はむくれて吐き捨てるように言うと、肩をいからせて先へ行ってしまった。
 
道をまっすぐ進むと、独特のニオイがしはじめ、泉が現れた。
「お酒臭い……」
パリス様は不快な表情で泉を見つめる。
「パリス様、本物の酒か確かめてみます」
私は両手で泉の水をすくい、飲んでみた。
「どう?」
「はい、これは間違いなく酒です……」
急に鈍器で叩かれたような頭痛に襲われ――
「……ところで…さっきのあんな奴らにいじめられてるのかよ。情けない奴だな!」
「え……ごめんなさい……」
「チッ、また泣きやがる。男のくせに泣くなよ! イライラさせるなパリ……?」
頭の痛みがひく。パリス様が泣いている?
「どうされました?」
「……」
「さあ酒を届けに戻りましょうか」
「うん……」
ひょうたん型の器に酒を汲み、早々にヒュノプスへ戻った。
 
「あの町長に会うのは気が引けますが、仕方ないですね。入りましょう」
私たちは中へ入り、形ばかりの挨拶をした後、酒をパテル町長に渡す。
「お酒持ってきたよ……」
「おお、やるじゃねぇか。いい子だぞパリス」
「……」
「通行証だ。遊んでこい」
通行証を受け取るパリス様の暗い顔を見た私は町長に礼を述べてさっさと退出した。
「ああ、うめぇ! 効くぜ、この酒! おいラクリマ、ちょっと来いよ……」
パテル町長の声が遠のき――しん、と静まりかえった。屋敷の外は不気味に静かだ。
人は――いる。しかし、皆うつむき、その場で突っ立っている。よく見れば女性は皆泣いている……。今にも雨が降りそうな暗い空が町をさらに異様な光景に見せる。
パリス様は足早に進む。私は通り過ぎる人々の声なき悲鳴が聞こえ、いたたまれなくなり聞いてみた。
「何をそんなに悲しんでいるのですか?」
誰も答えない。
皆、放心状態というか、悲しむことに集中することで何かから己を守ろうとしているかのような……。そして町を出ると驚くべき光景が目の前に広がる。
「どうしたというのだ? 一体何が……まさか悪竜に?」
町の外は草木の無い荒野と化していた。
私はふと背中に寒いものを感じ、振り返ると――
「な……」
ヒュノプスが消えていた。さっきまで存在していた町が綺麗に無くなっているのだ。
私は今起きている不可思議な現象を理解出来ず、とりあえずパリス様を追いかけることにした。
パリス様はかなり先へ進まれたようで、追いついたのは橋の手前だった。
「大変です。町が消えてしまいました」
「……」
「パリス様? ……草や木や花も消え、一面荒野になってしまいましたね。お気づきになられなかったのですか?」
「……」
パリス様はうつむき、黙っている。
表情は兜の影で隠れているが、悲しみを堪えているのではないかと思った。
私は視線を橋に移した。
「おや、橋番もどこかへ行ってしまったのでしょうか?」
私の疑問など聞こえぬかのように、パリス様は橋に向かって歩きだした。そして橋を渡り終えるとため息をついた。
「どうかされましたか? どこか具合いが悪いとか」
「大丈夫……うん、大丈夫だよ。慣れてるさ」
「少し休みますか? ……そういえば、あの町の女性たちは皆悲しんでいました。パリス様、もしかしたら町が消えてしまうということを知っていて悲しんで」
「違うよ。役目が終わったから……ううん、違う。いつもパパに泣かされているからだよ」
「え?」
――急に目の前が暗くなった。
 
体が軽くなったと思う刹那、意識が闇に溶けこみ――。
 
――「ねえ、メガ。悪竜のいる山ってもうすぐだよね?」
私の右隣で少年の声がする。
「はい、この森を越えればすぐのはずです」
考えていることと口から出る言葉が違う。
「よーし、絶対倒してやるぞ。ね、メガ」
「パリス様なら必ず倒せます。あなたはこの世界を救う勇者なのですから」
私は何か……疑問を抱いていたような気がする。何か抜けている。私は――ああ、勇者の従者だ。悪竜を倒す――そう、悪竜を倒すんだ。それが私の使命だ。
「おい、さっきはよくもやってくれたな!」
草むらから緑色の液体の塊が突然現れた。
「泣き虫の小便小僧のくせに」
「なまいきなんだよなー」
「こいつ、この森に閉じ込めようぜ」
「いいねー」
「さよならパリス」
一方的にしゃべり終えると塊たちは太陽のように光った。
「眩しい!」
目がくらむ。私は耳を澄まし、奴らが襲いかかってきても対処できるよう態勢を整えた。
しかし襲ってはこず、視力が戻り、辺りを見回すと姿はなかった。
「メガ、ここってさっきの所?」
パリス様に問われハッとする。太陽の光を遮る高い樹々。舗装された道は無くなり、土がむきだしの荒れた地面に私たちは立っていた。
「どこか……別の森に飛ばされたのでしょうか?」
「あいつら本当に嫌な奴らだ! こんな所まで僕を邪魔して、からかって……もう嫌だ!」
「パリス様、とりあえずこの森から出ることを考えましょう」
「……そうだね」
私たちは森の奥にでも飛ばされたのか、歩けど歩けど同じ景色が続いた。
「そろそろここから出たいなぁ」
「そうですね。しかしこの森はかなり広い……ん?」
視界の端に赤いものが映ったので注視した。
「あれはなんだ?」
赤いもの――大きな花だ。その側に緑の塊――草? 違う、あれは「あ、あいつ!」パリス様も気付いたようで、剣を抜き、走っていった。
「うわ、パリス!」
「カキア!」
「ちょ、ちょっとまって」
「うるさい!」
「ごめん、パリス。ピュシスがやれっていうから……いじめて悪かったよ。許して」
「カキア、なんで? 友達だったじゃないか! 一緒に遊んだじゃないか! なんでだよ……殺してやる!」
ぷるぷる震える液体の塊にパリス様は剣を振りかざす。
その様子に「なぜか」制止しなければならないと思った私は叫んだ。
「パリス! ……様。相手はあなたより弱いのですよ。しかも謝っています」
「だから許せっていうの? こいつは……いつもピュシスたちと一緒に僕を馬鹿にするんだよ」
「その剣をしまってください。あなたは大切なものを壊そうとしている」
「大切なものを壊したのはこいつだよ! こいつは……カキア! 死んじゃえ!」
「ヒッ」――
「……バカ! お前なんかどこか行っちゃえ!」
パリス様は剣を振り下ろすことなく、泣きじゃくった。
「お、覚えてろよ」
カキアと呼ばれた液体の塊はそそくさと逃げ出した。
「パリス様、ご立派です」
「悔しいよ……僕は何も悪いことしてないんだよ。僕が弱虫だからいじめられるの?」
「あなたは弱虫ではありません。自制心、優しさ……そう、強くなければ優しくなれません。あなたは強いのです」
「僕は強くないよ。泣き虫だもん」
「涙は心の汗といわれます。運動をすると汗をかきますよね。そして体は強くなる。涙を流せばそれだけ心が強くなるのですよ、パリス様」
「ふーん、そうなんだぁ」
「ハハハ」
私が笑うとパリス様も笑った。
「ハハハ…あれ? ……あ、そこから森を抜けられるよ!」
パリス様は赤い大きな花びらで隠れていた、人が入れるほどの穴を見つけ喜んだ。
地面にぽっかりあいた穴。パリス様は躊躇なくそこに飛び込んだ。
「パリス様!」
なぜその穴がこの森をぬける出口なのか? 穴が深かったら怪我では済まない。直感で行動するのは……私は穴をのぞく。
「パリス様ー!」
「どうしたの? 早く降りてきなよ」
パリス様は手を伸ばせば触れられる程のところにいた。
穴は地下に通じる出入口のようで、緩やかな傾斜の地下道が奥へと続いている。
「パリス様、もう少し慎重に行動してください。もし何かあったら」
「心配してくれてるの?」
「当たり前です!」
「でも絶対大丈夫と思ったから」
「思い込みの行動はいつか怪我をします。慎重に。まず私に相談してください」
「うん。……嬉しいな。僕を心配してくれるなんて。メガ、いつまでも一緒にいてね」
いつまでも――なぜかその言葉に不安を感じる。が、口から出る言葉は
「はい。私たちはいつまでも一緒です」
嘘ではなく、願いに近いもの。
 
私たちは松明に火を灯し、地下道を下る。道は想像していたよりも短く、すぐに行き止まりであった。が、壁に近づいてよく見れば梯子が下がっていることに気づく。
「登ろう!」
「お待ちください」
私は松明をかかげ真上を見る――光が射し込んでいる。地上に出られそうだ。
「大丈夫だよ。ほら」
パリス様は梯子に手をかけた。
「そのようですね」
「先に行くよ」
「くれぐれもお気をつけて」
私たちは地上を目指す――地上までかなり距離があった。だが私たちは冗談を言い合ったり歌をうたったり、とまるで遠足のような感じだったので疲労感や時間がかかった気はしなかった。
梯子をのぼりきると、そこは山の麓のようだった。
「ここは……山でしょうか?」
「絶対ここに悪竜がいるんだよ。だって見てよ。草とか木が真っ黒だよ」
確かに黒い。まるで影絵の中にいるようだ。
「ここが悪竜の住処なら……」
でき過ぎではないだろうか? 罠……いや、導かれている。巨大な力。世界を動かす――神。
神? ……神とはなんだ?
「メガ、頂上に悪竜がいるはずだよ。倒しに行こう!」
「……は、はい」
パリス様の勘は当たる。ならば山頂にいるのだろう。気を引き締めねば。
 
空を仰げば鉛色の雲に近づいている。山頂もそろそろではないかと思う。
「待て待て! おい、しつこいぞパリス」
見ればあの液体の塊トリオが通せんぼしている。
「ま、俺たちがしつこいんだけどなー」
「さっきはよくもビビらせてくれたな!」
「カキア、逃がしてあげたじゃないか。どいてよ!」
「いやだ」
「パリス、今度は負けないぞ!」
「へへへ、負けないよー」
液体の塊たちは一斉に襲ってきた。
パリス様は彼らの体当たりを素早くかわし、剣を抜き、構えた。そして、息つく間もなく彼らを切り裂いた。
「うわ!」
「ぎゃあ!」
「やられたー」
ピュシス、カキア、ラリアーの順で絶叫する。斬り裂かれた彼らは――いや、元の姿になっている。液体の塊ゆえか?
「……パリスって強いんだな」
「ホントにビックリー!」
「パリス、ごめん」
「もういいよ。そこどいて」
パリス様はうつむき加減で彼らの横を通り過ぎようとした。その姿は勝者ではなく敗者に見えた。
「おい、パリス」
一番大きな塊――ピュシスが呼び止める。
「パリス、今度遊ぼうぜ」
「え!?」
目を大きく開いたパリス様は振り返った。
「パリス、俺さ、新しいゲーム買ったんだ。一緒にやろう」
「本当に? ……本当に僕もいいの?」
「もちろん!」
「探検とかも面白いよー」
「パリスが隊長でいいぜ」
「そうだね、強いし」
「隊長ー、我々を伝説の大地に導いてくださーい」
「ハハハ」
パリス様は笑った。いつもその笑顔なら――。
「じゃあ俺たちは行くぜ」
「パリス、頑張れよ」
「またねー」
液体の塊たちは山を下りはじめる。
「バイバイ!」
パリス様は大きく手を振る。
彼らはたまに振り返ってはぴょんぴょん飛び跳ねてみせた。
ほほえましい光景。のはずなのに違和感をおぼえる。
「メガ、そろそろ山頂だね」
「ええ、行きましょう」
あと少し。悪竜がいる山頂。憎むべき悪竜――ついに私たちは山を登りきった。
山頂は平坦な地形で、竜らしきシルエットが地平線上に確認できた。
「あれだね」
パリス様が私にささやく。
「はい。悪……」
「よし、行こうメガ」
パリス様は剣を抜き、ゆっくりと歩を進める。緊張感が伝わってくる。パリス様は勇者。悪竜がどれほどのものでも必ず倒し、世界に平和が訪れ……
 
「世界に平和?」
 
私は無意識につぶやいていた。
私は――悪竜に殺された人を知らない……破壊された町や村を知らない。いや、どこかの町が消えたような……しかしそれは悪竜の仕業ではないのだ。
「なぜだ?」――そういえば、私はパリス様とどこで知り合ったのだ? 
私の故郷はどこだ?
私の親は?
家族は?
 
私は……何も知らないではないか!
 
一瞬、空が暗くなった。と思う間に悪竜が私たちの目の前に降りてきた。巨大なトカゲのような体。背中にはコウモリのような翼。そして――顔は人間。どこかで見た顔だった。
 
「俺を殺しにきたのか? 育ててやってるのに歯向かうつもりか!」
悪竜は酒臭い息を吐く。
「ああ酒飲みてぇなぁ。おい、かっぱらってこいよ。お前はガキだから捕まってもムショには行かなくて済むからよ」
「……」
「早く行けよクソガキ! おい!!」
「うわー!」
パリス様は剣を突き刺す構えで悪竜に向かって走り出した。
悪竜は爪を立て、パリス様を捕らえようとする。
「危ない!」
パリス様に迫る悪竜の前脚をハンマーで叩いた。そして――パリス様は跳び、悪竜のわき腹に剣を突き刺した。
刺された箇所が大きく膨らむ。バーンっと弾ける。血――ではなく、透明の液体が勢いよく噴き出し、パリス様は弾け飛んでしまった。
「クソガキ、もったいねぇだろ!」
傷口から噴き出る液体――酒の臭いがする――を前脚で止めようとする悪竜。
「チッ、酔いが醒めるじゃねぇか。おい、酒持って来い!」
悪竜が叫ぶ。すると――。
頭上の鉛色の雲に穴が開き、光をまとった天女が大きなひょうたんを抱えて降りてきた。
「悪いな。お前だけだ。俺にはお前しかいないんだ」
悪竜が天女に言う。
「分かってるわ。あなたは私しか守ってあげられない可哀想な人。私だって――」
「僕もだよ! 僕だって……」
 
ジリリリリリ!
 
突然けたたましい音が世界に鳴り響く。なんだこの音は?
「あ、起きなきゃ」
起きる? ――めまいがする。
いつの間にか悪竜や天女は消え、目に映る世界がぼやけてきた。存在感が薄れ――
「学校に遅れちゃう……いやだ、学校なんて行きたくない! 起きたくないよ、僕はここにずっといたい! メガと一緒にいたいよ!」
パリス様の泣き顔。
「メガ!」
涙が世界に滲み、全ての形が歪んでいく。
「メガー!」
 
……パリス様はいなくなった。歪んだ形たちは融合していく。そして色も。
やがて――全てが合一となり、単一となり、消滅するのだろう。
「この世界はパリス様の夢の世界なのか」
 
世界は儚い。人も儚い。でも、全ては生まれる。
 
「私は創られた夢の中の存在か。……パリス様、聞いてください。あなたは現実の世界で勇者になってください。立ち向かうのです。もし疲れたなら違う世界で……」
 
また……。
 
<again…完。第2部anotherへ続く>
 

another

闇。

 

ただひたすら闇。

そこにうっすら聞こえる声。

「私の声を聞いて」

「私と話しましょう」

「だって私は」

……聞こえなくなった。いや、聞きたくないのかもしれない。

 

そんなことはどうでもいい。早く終わらせないと……。

 

黒色の草木が生い茂る不気味な山。

元々この山は炭鉱だったが、悪竜が住みついたせいで今は廃坑だ。
俺の名はホルメ。悪竜を殺しに向かう勇者。
旅のサポートをする女ヒーラーの僧侶イリスと悪竜の根城を目指し――ついに俺たちは廃坑の入口に辿り着いた。
今にも崩れそうなその入口に俺は旅の終わりを実感する。
「この山の頂上に悪竜がいるんだよな」
「はい。そうですね」
「さっさとうざい存在は消さないとな」
「それは……」
僧侶の格好をしたイリスが何かを言いたげに俺を見た。が、
「さあ行くぞ。チクショウめ」
俺は気付かないふりをした。

松明に火をともし、坑内に入る。
無人の廃坑なので明かりはないものと思っていた。
しかし、不思議なことに俺たちが中に入ると壁に取り付けられているカンテラに火が点る。
闇は光に押され隅にうずくまった。
「フン、歓迎されてるのか」
「この火は魔法によって制御されていますね」
たまねぎのような形で燃えている炎を見たイリスが俺に言う。
「魔法……悪竜のか?」
「それは分かりません。もしそうだとすると」
「凄い力を持ってるってか」
「ええ。もしかしたら私たちでは勝てないかもしれません。諦めたら……」
「は? 冗談言うなよ。ここまで来てやめる……やめるわけにはいかねぇよ。奴を殺さなきゃいけないんだ。こんなくだらねぇ世界でも解放しなきゃ……それしかないんだ。引き返せねぇ」
「……」
「ま、なんにせよ良く見えるようになったんだし行こうぜ」
俺は地面に落ちていた動物の骨をわざと踏みつけて先に進んだ。

 

坑内に俺たちの足音が響く。不気味なくらい静かだ。
あの角を曲がると化け物が待ち構えている――当初はそう身構えていたが、姿どころか気配もなく、徐々に落ち着いた気分になった。
「なあ、イリス」
「なんでしょうか?」
「ここに化け物どもはいないのか?」
「私には分かりません。魔を引き寄せるのは気持ちしだいかと思います」
「気持ち?」
「気を緩めてはいけません」
バカらしい。俺は鼻で笑って先を急いだ。すると――作業現場のような広い場所に着き、そこには化け物たちがうじゃうじゃいた。
奴らは俺に気付くと威嚇するように唸り、牙をむく。
巨大ネズミの化け物たち。
気の緩みが魔を引き寄せる、か。ハハハ。
俺には恐れも緊張感もない。
これから始まるつまらない単純作業に対する「かったるさ」しかない。
「ホルメさん、彼らは怖がっているみたいです」
「今にも襲ってきそうだぜ? どこが怖がってるんだよ」
「弱いものほど自分の内からこみあげる恐怖感に耐えられないんです。私がスパーク(呪文)で脅かせば彼らは逃げると思います」
「逃がすねぇ。さすが僧侶だな。でもな、一度睨んだら、そいつらはいつまでも襲い掛かってくるんだ。しつこくバカにしやがる……おい、俺の力を上げろ。一匹残らず皆殺しだ」
「……」
「早くしろよ! あいつらがくる前にやらなきゃ。…チッ、おい命令だ!」
複雑な表情で躊躇しているイリスを俺は怒鳴った。
彼女は軽くため息をついた後、俺に手をかざし呪文を唱えた。
――力がみなぎる。体が軽い――行くぞ!
俺は殺意の暴風と化して奴らに突っ込んだ。巨大ネズミどもも荒波のように俺に向かってくる。
「遅ぇよ!」
身体能力が極限まで高まった俺には奴らの動きは緩慢にしか思えず、剣の一振り、一振りで確実に命を奪っていった。
「弱いくせに俺の前に出てくんじゃねぇ!」
――一方的な殺戮はあっという間に終わった。
全滅させた後も俺は怒りの興奮が抑えられず、死骸を蹴飛ばしたり、巨大な腹を裂いて内蔵を引きちぎったり……
「ホルメさん!」
「なんだよ!」
「やめてください! 死体に乱暴をするのは命を侮辱することですよ!」
イリスの必死な呼び止めに、血に酔った俺の興奮は徐々に覚めていく。

「フン、説教パターン、か」
俺は血で濡れた剣を拭き、さやに収めた。
「死ねばただの『物』だろ。別にどう扱おうがいいじゃねぇか」
「ホルメさん。もしあなたにとって大切なものを誰かが乱暴に扱ったらどう思いますか?」
「そんなこと……慣れてるさ……」
「……魂にとって肉体は同時に成長したとても大事なものなのです。だから手荒に扱ってはいけない。魂に失礼な行為です」
「あ、そう。くだらねぇ。そういうことは平和な時に言ってくれ」
俺はイリスに背を向け、辺りを見回すと奇妙なものが目に飛び込んできた。
鉄格子――牢屋だ。
「お姫様でもいたりしてな」
俺は牢屋に近づく。中には――子供がいた。

牢屋の前には立て札があり「珍獣弱虫」と書かれている。
「ちんじゅうよわむし? 見世物か? おい、お前。捕まったのか?」
ひざを抱えて小さく座り込んでいる子供が首を横に振った。
「じゃあなんでこんな所に……ん?」
牢屋の鍵は内側からかけられていることに気付いた俺は
「お前、自分でここに入ったのか?」
と、聞くと子供は頷いた。
「なるほどな。おい、もうここには化け物はいねぇよ。こっから出て逃げな」
「お兄ちゃん、誰?」
牢屋は薄暗くて分からなかったが、子供は男の子のようだ。
「俺はホルメ。悪竜を殺すためにきた、まあ勇者みたいなモンだ」
「え! 悪竜をやっつけるの?」
「ああ」
「世界を救うんだね?」
「そうなるんじゃねぇか?」
俺が答えると少年はパッと立ち上がり、目の前まで駆け寄ってきた。
「僕、パテス! お兄ちゃん、僕も連れて行って! 僕も悪竜を倒したい!」
「は? 子供がいたんじゃ足手まといだ」
「僕、強いから大丈夫だよ」
パテスの返事に俺は笑う。
「こんなところに逃げ込んだくせに強いって? 笑わせるなよ」
「証拠をみせるよ」
「証拠?」
「お兄ちゃん、危ないから下がって」
パテスが喋り終わると、バーン! と鉄格子の枠から火花が立ち、続いてゆっくりと鉄格子が倒れてくる。
「おっと」
素早く避ける。悲鳴のような衝撃音が響く。
「僕ね、強く念じると爆発を起こせるんだよ」
「……魔法か?」
「魔法ではありませんね」
いつの間にかイリスが側に立っていた。
「スパークとかエクスプロージョン系じゃないのか?」
「その子は呪文を唱えていません。精霊や神の御力を借りていないです。あの爆発は念の力……心の力……」
イリスは悲しそうな表情でパテスを見つめている。
「おい、そんな力があるならなんでこんな所にいたんだ?」
珍獣弱虫? 全然弱くねぇじゃないか。こいつのことじゃないのか?
「仲間にしてくれたら教えてあげる」
仲間――まあこいつの力は役に立つ、か。ガキの相手は女のイリスに任せればいいよな。
「いいぜ。ただし条件がある」
「なーに?」
「俺の命令は絶対に従え。絶対に逆らうな」
俺の言葉にパテスは目を伏せ――薄く笑う。
「……同じだね」
「ん? なんか言ったか? で、どうする?」
「はーい、分かりましたぁ!」
パテスは満面の笑みで答えた。
「待ってくださいホルメさん。ちょっと」
イリスが俺に耳打ちしようと近寄ってくる。柔らかい髪が俺の首をくすぐる。良い匂いがする。
鼓動が早まる――ああ、むかつく!
「なんだよ! 近づくな気持ち悪い!」
「この子を連れて行くのは良くないです」
イリスはパテスに聞こえないように小声でささやいた。
「なんでだよ。ガキを巻き込みたくないってか?」
「それもありますが……」
「ハッキリ言えよ……っておい、なんだよ」
パテスが俺の手を引っ張る。
「お兄ちゃん、僕がここにいた理由を聞きたいんでしょ?」
「え、ああ」
「僕、悪竜も怖いんだけど、もっと怖いものから逃げるためにここにいたんだ」
「悪竜より? フン、お前みたいなガキが怖いっていったら」
次に言おうとした言葉は口に出なかった。心臓の鼓動が異常に早まり、めまいがした。
そんな俺を見てパテスは笑った――気がした。

「……結局、全て悪竜が悪いんだ。あいつがいなければ世界は平和で停滞することはなかったんだ。……でも動き出したんだ。やっと」
めまいが治った頃にはパテスの話は終わりに近づいているようだった。
「悪竜を倒して、世界を解放しようね!」
「ああ。早いとこ終わらせたい」
「ホルメさん」
「黙れよ。俺はこいつを連れて行くことに決めたんだ」
「この子は……」
「さあ、お兄ちゃん急ごう。僕、頂上までの道を知ってるから」
パテスは駆け出し、少し離れたところで立ち止まり手招いた。
「おい待て! ったくガキは……」
つぶやきながら俺はパテスの後を追った。

パテスの導きどおり進み、廃坑の出口から外へ出るとそこは山の麓だった。
俺たちは頂上を目指し、山の細道を上へ上へと歩くと皮も肉もない骨だけで歩く人の化け物が3体現れた。
見たこともないスケルトン……だが、なぜか知っている気がした。
「おいどけよ、ガリガリども」
「あ、弱虫が来たぜ」
「お漏らし野郎だ」
弱虫? ……パテスのことか? 俺は「珍獣弱虫」の文字を思い浮かべ、苛立ちを覚えた。
「邪魔だ、骨ども。犬にでも食われてろ」
耳がないので聞こえないのか、俺の言葉を無視して言葉を続ける。
「なあ、お前の母親さ……」
「チッ、消えろよ」
「お前って誰の子供ー?」

 


「うるさい! うるさい! うるさい!」

俺の頭の中の声をパテスが叫び――バーン! とスケルトンは爆発し粉々になった。
仲間がやられたというのにカタカタ笑っている骨どもに、俺は腸が煮えくり返り剣を振るった。
「うるせぇんだよ」
残り2体の首をはねる。
これで耳障りなノイズは消える――と思ったが、しゃれこうべはまだ笑ってやがる!
「チッ、あいかわらずしつけぇな!」
鋼で造られた靴で思いきり踏みつけて――しゃれこうべは割れた卵の殻のようになり動かなくなった。
嘲笑のノイズは一つ消え、あと一つ。
俺はカタカタ動くおもちゃのようなしゃれこうべのもとへ行き、何度も何度も踏みつけ、欠片すら残らぬよう粉々にしてやった。
「俺を笑うからこうなるんだ! クソども!」
バーン!
背後から爆発音がしたので振り返ると、パテスがスケルトンどもの首のない無様な胴体を破壊していた。
しかし――なぜこいつらが俺を笑っていると思ったのか?
なぜこんなに腹が立つんだ? パテスのことを笑っていたのに。
「ホルメさん、あなたにとって命とはなんですか?」
イリスが近づき俺に問う。面倒臭ぇな。
「命ねぇ。大事なもの。って言えばいいのか」
「大事なものを奪っていることについてどう思いますか?」
「こいつらの命か? 別に。死にたくなければ出てこなければいいんだよ。俺に向かってこなければ……俺と敵対しなきゃいいんだ」
「想像してください。私たちが殺めた生き物たちには家族がいるかもしれません。愛するものがいるかもしれません」
「ちょっと待て」
イリスの言葉に俺は骨どもに対した時とはまた違う怒りがこみ上げてきた。
「奴らは俺の邪魔をするんだぜ? いや、殺そうとして現れてるんだ。そんな奴らに同情しろって? お前バカだろ」
「誰かが相手の事を想わなければ戦いは終わりませんよ」
「俺を殺そうとしている奴を許せっていうのか? そして死ねと。話になんねぇよ。じゃあお前はどうなんだ? 襲われたら戦うだろ?」
「私は不必要な殺生はしません」
「フン、ていうことは必要な殺しはするってことだな。俺と一緒じゃねぇか」
「いいえ。私は彼らの『命』を意識しています。命を奪い、魂の成長を止める罪を意識しています」
「罪ね。そうだな、悪いと分かってやってるなら俺より酷いな」
俺はわざと冷笑してみせる。馬鹿らしい問答だ。
「まあしかし僧侶ってのは面倒だな。結局、死にたくないんだろ? 生きていたいから傷つけたり命を奪うんだろ?」
「大人は自己正当化するからね」
パテスが俺の側にきて笑った。
「子供のくせに難しい言葉を使ってんじゃねぇよ。パテス、頂上はまだか?」
「もうちょっとだよ。早く悪竜を倒して「こんな世界」を救ってね、お兄ちゃん」
「ああ。おい、イリス。もうくだらない話はするな。命令だ」
「……」
俺たちは再び頂上を目指し、歩き始めた。

――真っ黒な草木。影絵の山。
この景色は見覚えがある。誰かと一緒に。大切な誰かと……。
「さあ頂上だよ!」
山頂は草木のない平坦な地形だ。
ここは――俺はある予感がして中心地点まで走った。
あの人がいる。大切な――予感は当たった。山頂の中心地には悪竜ではなく中年の男がいた。
「メガ……」
「お久しぶりです」
「あんたがここにいるなんて……」
「お兄ちゃん、そいつが悪竜なんだね!」
後から来たパテスが叫ぶ。
「いや、この人は」
「そうです。私が悪竜です。さあ、戦いましょうか……」
「待て、なんでお前が? 違う、お前じゃない! 俺が殺したいのは」
「さあ戦いましょう」
「嫌だ!」

――私の声を聞いて

「さあ、私を殺してください」
「なんでだよ! 嫌だよ!」

――私と話しましょう

「私は……いない存在ですから……」
「いるよ。いるじゃないか。あんたはいる。いなけりゃ俺は本当に……」

だって私は――

……。

……闇。

自分の体も見えない真の闇に包まれる。
「ど、どうしたんだ!? メガ! どこにいるんだ!」
私はあなたなのだから――イリスが淡い光を放ちながら目の前に現れた。
「おい、一体どうなってるんだ?」
「私はあなた。あなたの一部。あなたの優しさです」
「優しさ? ふざけたこと言ってないで状況を教えろよ」
「目が覚めて、この世界が消えても私はいつもあなたの中にいます。私はあなたの側にいますから……だから私の声を聞いて。何かに迷ったら私と話しましょう。そして聞いて」
目が覚める?……世界が消える……。
「誰かが必ずあなたを愛しています」
「……」

嘘だ!

誰かが叫んだ。

突然明るくなった。
草木の無かった山頂にいつのまにか「火のついた」草木で満ちていた。
「愛なんてどこにあるんだよ! 世界にそんなものは無いよ! お兄ちゃん、騙されちゃダメだよ。大人はみんな嘘つきだから。大人は嘘ばっかついて自分が誰なのか分からなくなってる連中なんだ。信じちゃダメだよ。早く悪竜を殺そう。この苦しいだけの世界を解放してよ」
「違うわ。悪竜は殺すんじゃない……許すの。弱い存在として許してあげることが世界を平和に導くことになるのよ」
もやのような実体感のないイリスが言う。息を吹きかけたら消えそうだ。
「うるさい、嘘つき! お姉ちゃんは目が覚めたらこの世界が消えるって言ったけど、消えないじゃないか! 隠されて見えなくなるだけだ! お兄ちゃん、悪竜は敵だよ。僕たちや世界を傷つける敵なんだ。カキア、ピュシス、ラリアーと同じ、ううん、それ以上の敵なんだ。絶対悪だ!」
そうだ。あの骨どもはそんな名前だ――憎い敵。
山はさらに勢いよく燃え盛る。
「悪竜は敵よ。でも、殺してしまったら全てが終わってしまうの。パテス……君は知ってるんでしょ?」
イリスに問われたパテスは悲しげな顔でうつむいた。
「……こんな苦しいだけの世界は無くなっちゃえばいんだ。悪竜を……悪竜を殺して世界を壊すんだ。それがこの世界をつくって、僕を閉じ込めて逃げた創造主への復讐さ」
創造主? 神、か?
「創造主が消えないと世界も消えないってことに僕は気付いたんだ。全ての世界は創造主の中にあるから……」
「よくわかんねぇな。創造主なんてどこにいるんだよ。悪竜を殺すことが創造主を消すことになる? じゃあ悪竜が創造主ってか」
「ううん。確かに悪竜はこの世界を創るきっかけになった。でもね、この世界を捨てたのは創造主なんだ」
「わけわかんねぇ。創造主を殺しちまえよ」
パテスの話に俺は考えるのが面倒で適当に答えた。
「直接殺すなんてできないよ。でも影響は与えられるんだ……お兄ちゃんがね、ホルメさんとしてここにいることで良いんだ」
パテスが顔をあげる。ニッコリと笑うその顔は山の炎の灯りで彩られ、不気味だった。
「俺が? 悪竜を殺すことが?」
「ダメよ! ホルメさん、あなたは」
「黙ってよお姉ちゃん。……お兄ちゃん、その人は悪竜の手下だよ。だって、愛なんて言葉を他人に軽々しく言うんだもん。あの怖い人と同じさ」
あの怖い人――脳裏にチラッと、だがハッキリと映った女の俺を見る目――鼓動が早まる。背中に冷たい汗が流れるのを感じる。
蛇に睨まれた蛙。なぜ? なぜなの? ああ、嫌だ!
山の炎は天まで届き、世界が燃え始めた。
愛なんて……優しさなんて、嘘だ。

「私の声を聞いて。許すの。悪竜も、世界も、あなた自身の――」

「さよなら、お姉ちゃん!」

パテスが叫ぶとイリスは炎に包まれ、一瞬強く燃えるとその姿は消えていた。

「お前……」

「邪魔者はいなくなったよ。さ、お兄ちゃん終わらせて。この世界を終わらせて。ね、ホルメーさん」

 

――俺は浅い眠りから目を覚ました。

夢を見ていた気がするが、どんな夢かは覚えていない。

ただ『ホルメー』という言葉だけは覚えている。ホルメー――衝動――? さてどんな夢だったのか。

 

俺は仰向けのまま頭の下の枕に手を入れる。

隠したジャックナイフに指が触れる。

そして耳を澄ます。

怒鳴り声が聞こえる。まだか。

 

――私の声を聞いて。私と話しましょう……。

 

闇の中で聞こえる声。俺は聞こえないフリをしてその時が訪れるのをただ待ち続けた。

 

<another 完。第3部and_endへ続く>

 


and_end

親父が俺の頭をなでる。

 

母さんが俺を抱きしめる。

 

なんだよ、これ。嘘の記憶か?

 

――それは本当に求めている も ――。

 

 

俺は闇から抜け―― 光が――

 

 

いや、あれは!

 

……。

 

――――――――――――――――――――――――――――

第3部はパソコン用RPGです。

windowsXP、もしくはvistaで動作いたします。

 

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お読みいただきありがとうございました。

 

dieshogun


この本の内容は以上です。


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