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横須賀市―同和地区が消えた街に残された同和住宅

横須賀市―同和地区が消えた街に残された同和住宅

 同和対策事業時代に全国で同和向け公営住宅が建設されたが、現在では徐々に“一般化”がすすめられている。一方で、それがほとんど進まない地域もある。同和向け公営住宅の一般化が進まない理由はなぜなのか、その1つの例として横須賀市にある1つの市営住宅の謎に迫った。


地域改善向住宅

 我々のもとに、「部落探訪」を趣味とする人物から、「神奈川県にも同和向けの公営住宅がある」というメールが寄せられた。それは、横須賀市|武《たけ》1丁目にある市営住宅、「武ハイム」のA棟であるという。なぜそう言えるのか、彼はメールの中で詳しく説明した。
 神奈川県地域人権運動連合会(神権連)の機関紙「人権のとも」(2008年10月15日)に、神権連から神奈川県知事への要求書が掲載されており、そこに「横須賀市、小田原市にある同和向け公営住宅の家賃と入居の一般化をはかられたい」と書かれている。神権連は地域人権運動連合会(人権連)の下部団体である。人権連の前身は全国部落解放運動連合会(全解連)という同和団体であり、神権連もかつては神奈川県部落解放運動連合会(神解連)と呼ばれた。ご存知の通り人権連は部落解放同盟と対立する共産党系の団体であり、同和対策事業の終盤からは「行政による同和向けの特別対策を終わらせるべき」という主張で一貫してきた。2004年には「部落解放運動の発展的転換」として団体名から「部落解放」の文字を取り除いて改組し、現在の名前になった。
「家賃と入居の一般化をはかられたい」という要求の意味は、現状は家賃が普通の市営住宅に比べて減免されており、同和関係者だけを入居させているということだ。そして、「一般化」とは新規の入居者から入居要件を普通の市営住宅と同じにし、家賃も正規の金額にすることを意味する。
 もう1つの資料は、神奈川県内の部落解放運動について書かれた「ドキュメント差別糾弾―横浜の教育現場が投げかけたもの」(部落解放同盟神奈川県連合会)という本である。これには、横須賀市における「同和向け公営住宅」建設の経緯が書かれている。はっきりと場所や時期は書かれていないのだが、「戦前の海兵団の施設」「(部落解放同盟神奈川)県連が結成されて十年目」といった、場所や時期を示唆するキーワードがある。
 そして、決定的なのは図書館で見つけたという横須賀市の決算説明資料である。資料には次のとおり書かれていた。

②地域改善向住宅の建設 306,700千円
(新)(仮称)第2武アパート
中層耐火 5階建 1棟 25戸
(61・62継続事業)

 この建物は、現在の武ハイムA棟に間違いないという。横須賀市武にある市営住宅は竹川《たけかわ》ハイムか武ハイムのいずれかであるが、以前からネットで「親戚の横須賀市OBが武ハイムは同和だと言っていた」といった噂が流れていた。そして、実際に住宅地図で武ハイムを調べると、ABCの3つの棟のうちA棟の戸数が資料と同じ25戸なのだ。

昭和61年度の横須賀市の決算説明資料。昭和61~62年の2年がかりで建設されたことがわかる。


 部落探訪を趣味とする人々の間では独特のノウハウがあり、部落解放運動団体の機関紙や書籍、過去の行政資料、歴史書や古地図を調べるだけでなく、住宅地図や電話帳から読み取れる住民の姓名から地縁、血縁関係を推定し、数々の状況証拠から“被差別部落”の場所を割り出してゆくのだという。中には、まさに「キチガイレベル」(情報提供者)の調査能力を持つ人もいるということだ。こうして、武ハイムA棟の住民の多くは、おそらく林2丁目から来たということまで特定された。
 何がそこまで彼らを駆り立てるのかというと、それは趣味だからとしか言いようがない。例えば歴史上の人物の墓が見つかれば、「歴史ファン」が行列を作って訪れている様子がニュースになる。歴史や地理にはそれだけ人を惹きつける魅力があるのだろう。
 情報提供者に「その公営住宅を取材する」とメールしたところ、「いつまで家賃の減免を続けているつもりなの?」「なぜ全ての棟に同和関係者が分散して住むという方針にしなかったの? 日当たりのいいところ、交通の便がいいところだけ独り占めにしちゃって!」「あそこは、本(ドキュメント差別糾弾)にあったとおり、過激な連中が潜んでいると予想されます。間違っても、『あなたたちは被害者意識をすてるべきだ』とか、火に油を注ぐようなことを言ったらそれこそ、その場で糾弾会となりましょう」と、実に率直な返事が返ってきた。しかし、本誌が解くべき疑問はまさにその点であろう。普通の人が聞きにくい質問であるほど取材をするに値する。一番の疑問は、国の同和対策事業が終わった後も、なぜ一般化されないまま置かれているのかということだ。
 同和関係施設を一般化するには、まずは国や県への補助金の返還、補助の打ち切りといった財政的な問題が考えられる。しかし、首都圏に位置しており比較的大きな都市である横須賀市に、それほどの財政的余力がないとは考えにくいのである。私は取材のために、早速横須賀市へと向かった。


横須賀の部落解放運動が遺した物

 横須賀市は人口40万を超える中核都市である。現在でも米海軍や自衛隊の基地が多数ある“軍都”だ。横浜市のベッドタウンという側面もあり、起伏の多い土地にいくつも住宅地が切り開かれている。
 情報提供者によれば、横須賀市内では、林2丁目、浦賀1丁目、野比《のび》2丁目、馬堀《まぼり》町2~3丁目の一角が被差別部落とされていたという。運動団体の機関紙には度々「部落探訪」の記事が掲載されているが、地名は伏せられていることがある。しかし情報提供者は「場所当てゲームみたいなもので、A地区とか、B地区とか書かれていると、それがどこのことなのか、ついつい一所懸命調べてしまいますよ」と語る。
 読者が実際にそこに住んでいたとして「ひょっとしてオレの家の場所も同和地区かも!?」と期待してもおそらく無駄である。ほとんどの場合、その地域のごく一角の十数軒から数十軒程度の小さな集落であったが、開発のために住民が分散し、現在はほとんど痕跡が残っていない。馬堀町は比較的大きな集落であったというが、部落のあった海岸沿いが埋め立てられ、今は高級住宅地と化している。昔ながらの被差別部落があることを期待して現地に行ったとしても、何もなさすぎて拍子抜けすることだろう。行政としても、歴史的なことはともかくとして、同和地区との指定をされている地域が現存しているとは認識していないという。
 ちなみに、歴史的には公郷町《くごうちょう》にも被差別部落が存在していたが、こちらは戦後間もない頃には既に消滅していたようである。
 林2丁目の隣、御幸浜《みゆきはま》には自衛隊用地があり、用地内には海上自衛隊横須賀教育隊、陸上自衛隊武山駐屯地、陸上自衛隊高等工科学校がある。ここにはPAC―3ミサイルが配備され、北朝鮮の弾道ミサイルに対して睨《にら》みを効かせている。実は武ハイムA棟のルーツはここだ。「ドキュメント差別糾弾」には、武ハイムA棟が建設されるまでの経緯が次のとおり記されている。

 横須賀の地区は、約二十戸。しかし、周辺に散在する家が四十戸以上ある。もとは、同じ地区に住んでいたのであるが、戦前の海兵団の施設を作る時七十%くらいの人が、強制移転させられて分散した。
 横須賀の解放運動は、住宅要求から始まった。県連が結成されて、十年目のことである。
 海兵団に土地を奪われて狭くなった地区に住宅が込み入り、しかも老朽化していた。そこに「同和」対策事業を施行して公営住宅を建てようとした。しかし、この事業も、部落問題を理解しようとしない横須賀市行政によって拒まれていた。根強く続けられた交渉の席で、市の役職者が、ふと本音をもらした。劣悪な住宅環境の実態を示して改善を迫る同盟員に向かって、「あなたがたも被害者意識を捨てるべきだ」と、開き直ったのである。
「その発想は、差別だ」交渉の席にいた同盟員が怒った。就職差別があるから、働きたくても働けない生活が続いてきた。しかも、それが長期にわたっているため、学校に行きたい子供も、上級の学校に行けない実態がある。」
 二重三重の差別によって、地区住民の生活が困窮し、生活環境全体が劣悪化している。そうした実態の前で、「あなたがたの被害者意識」とはなんたる認識か。行政側にそのようなまちがった認識があるから「同和」対策事業がやれないのだ。きびしい同盟員の追求が続いた。その中で市長がついに謝罪。行政側にある差別観を克服しながら、「同和」対策事業を実施することを約束したのである。それから三年後、「同和向け公営住宅」を勝ち取る。

「横須賀の地区」とは、林2丁目に存在した同和地区のことである。「海兵団の施設」とは、昭和17年に開設された横須賀第2海兵団の施設のことであり、現在は前述の自衛隊施設になっている。海上自衛隊横須賀教育隊のホームページによれば、御幸浜という現在の地名は、大正5年に大正天皇が、当時「武山村の林」と呼ばれた地区からの眺めが素晴らしいという話を耳にし、景色を見るために行幸したことを記念して付けられたという。
 その後、被差別部落のほとんどが強制的に軍用地となり、わずかに残った土地に住宅が密集する状態となった。その住環境改善のために建設されたのが「同和向け公営住宅」武ハイムA棟なのだ。ただし、現在では入居者は林2丁目出身の住民に限定されているわけではなく、横須賀市内の全ての同和関係者のための住宅ということになっている。
 ところで、「あなたがたも被害者意識を捨てるべきだ」というフレーズで思い出したのは、神権連の運動方針案(2010年4月11日)の次の記述だ。

被害者的意識の克服
中高年のごく一部にあった『自分への不利益は、同和問題が原因である』として自分にとっての悪い結果を部落差別に求めようとする傾向について、具体的な事例の見聞はなく解消されつつあると考えます。

 このように、運動団体によっても考え方は様々なのだ。特に3団体が文字通り三つどもえになっている神奈川県においては、部落問題の認識について「正解」などない。1つだけ言えることは、同和関係者や解放運動家とはこのようなものだというステレオタイプは全く通用しないということだ。もちろん、時代の流れによる変化という要素もあるだろう。
 話をもとに戻そう。当時、部落解放同盟は林2丁目の住民を中心に「住宅要求者組合」を組織して、横須賀市に対して公営住宅建設のための運動を行った。時期は1980年代前半で、同和対策事業特別措置法(同対法)が失効し、代わりに地域改善対策特別措置法(地対法)が施行された時期である。そういった意味で、横須賀市の部落解放運動は全国的にはかなり出遅れた方だ。
 当時のことを知る団体関係者はこう語る。
「(糾弾会について)今また同じようなことをできるかというと、あり得ないでしょうね。今から見れば、やり過ぎた面はありました。しかし、当時はそこまでしないと通らなかったのです」
 2002年には、国の同和対策事業が終わった。現在では同和対策事業が盛んだった関西地方でも、同和向け公営住宅の入居者の一般公募、あるいは住民への払い下げが進められている。武ハイムもいずれはその波に飲み込まれざるを得ないだろう。しかし、今すぐにそれができない理由の1つに、当の住民の意思の問題があるという。
「特に、解放同盟側の住民にとっては、武ハイムA棟は我々が作ったものということ、そして市に協力して大事に管理してきたという愛着があります。また、差別に立ち向かうために団結した共同体としての意識もあって、一般化の名のもとにそれを崩されることに住民は抵抗を持っているのです」
 私は、以前から抱えていた率直な疑問を1つぶつけてみた。
「同和地区といっても、ほとんどは混住地区なので、同和地区に住んでいるからといって同和関係者とは限りません。しかし、武ハイムA棟の住民は100%同和関係者です。誰が住んでいるかは表札を見れば分かるし、もっと手軽に電話帳や住宅地図からも分かります。よく考えたら大変なことだと思うのですが」
 返ってきた答えは、もっともなことである。
「それはやむを得ないでしょう。どこに誰が住んでいるか分からない状態で生活なんてできないですから」
 また、当時の運動に関わった別の団体関係者は「横須賀市においても、かつて同和関係者は低学歴のために低収入であり、しかも昭和40~50年頃まで就職差別が横行していたため、生活支援として同和住宅が建設されたことを理解して欲しい」とした上で、「一般化はできない」と強く主張する。
「(武ハイムA棟は)横須賀市ではなく国を相手に解放同盟が勝ち取ったものでね、建設するための土地も解放同盟が探したし、市が勝手に作ったものではないんです。同和対策の法律が切れても、それは事業が国から地方に移っただけで、一般化できないことは市も認めている」
 地元の解放同盟は単に住宅の建設を要求するだけでなく、候補地の選定のために市に協力してきたのだという。同和対策目的ということは市が認めてきたことで、「いつ一般化するか」以前に「解放同盟が続く限り、役所が勝手なことはできない」というのである。「ドキュメント差別糾弾」には簡単に概要が書かれているだけだが、当時の運動に関わった人々にとって、武ハイムA棟は横須賀の「部落解放運動の最大の成果」としての記念碑的な意味合いがあるように感じられた。
 そして、多くの関係者が口をそろえて言うのは、団体の中でも様々な考えがあることだ。例えば同じ解放同盟でも神奈川県連と横須賀支部では考え方に違いがある。後述する同和会も同様だ。さらに、団体に所属する個人個人の中でも意見はまちまちだ。
 共産党の指導のもとに鉄壁の結束を誇るというイメージがある神解連(当時)でさえ、武ハイムA棟建設に至る過程では組織内での食い違いがあった。神解連は同和向け公営住宅建設の運動には反対していたという。当時の神解連の運動に関わった神権連の関係者は、その理由についてこう語る。
「同和向けの公営住宅を作ることは、新たな同和地区を作ることになるからです。そうならないよう、我々は戸建ての住宅を建設するように主張しました」
 団地であれ、“二戸一《ニコイチ》”であれ、同和向けの公営住宅を建設すれば、「ここは同和地区だ」と言わんばかりのある種独特の地域が出現する。それが好ましくないことは、当時から認識されていた。そのことを嫌って、貸付金により各自が家を新改築した地域もあった(もちろん、これもやり方によっては“同和御殿”と揶揄《やゆ》されるような異様な地域が出現した)。同和対策事業が行われていた地域であっても、地区ごとにその風景に違いがあるのは、こういった事業の方針の違いが大きい。
 しかし、結局は神解連も同和向け公営住宅の建設を「了承」したのだ。
「神解連の中では、幹部の話し合いで建設には反対という方針で決まっていたのに、そのすぐ後に横須賀支部長が了承するという書面に捺印してしまったのです」(前出神権連関係者)
 後で支部長が交代させられ、再び支部として反対にまわったが後の祭りである。かくして武ハイムA棟は建設された。そして現在、武ハイムA棟だけでなく、武地区全体が同和地区であるかのように思われてしまい、また「なんであそこだけ家賃が安いんだ」といった周辺住民とのあつれきが生まれているという。
 冒頭でも説明したとおり、武ハイムA棟の一般化を求める急先鋒は神権連である。一般化の必要性について、前出の神権連関係者はこう力説する。
「今、一般開放を行えば新しい住民との間で問題が起こることが確実なのは分かっています。しかし、それを乗り越えないといつまでたっても終わらない。例えば(神権連事務所がある秦野市)曽谷《そや》でも最初はいろいろあったが、今では1つの自治会で仲良くやっている」


市営住宅の“裏メニュー”

 さて、それでは武ハイムA棟とはどのような市営住宅なのだろうか。
 先の資料によれば建設費用は3億670万円、中層耐火構造で耐用年数は70年、現在築23年である。さらに、入居要件について横須賀市役所で取材したところ、案外あっさりとその詳細を知ることができた。武ハイムはA棟だけが地域改善対策住宅、つまり同和住宅になっていることは事実である。
 では、どのように“同和関係者”を判別しているかというと、市が直接判断するのではなく、同和団体が判断するのである。具体的には、25戸のうち20戸が部落解放同盟神奈川県連合会横須賀支部に割り当てられ、5戸が全日本同和会神奈川県連合会横須賀支部に割り当てられている。同和会は武ハイムの建設を要求する運動には関わっていなかったが、後で割り当てを受けたものである。神権連は当初から建設に反対だったこと、また「入居希望者がいなかった」(他団体関係者)という理由もあって割り当てを受けていない。
 いずれかの団体に割り当てられた部屋に空きができると、団体に所属する者の中から入居者が決められるという仕組みである。横須賀市には同和地区があったとは言っても住民が広い地域に分散してしまっており、地区指定の意味はほとんどなく、現状では「属人主義」に近いと言える。「行政が同和関係者を判別できるものではない」(団体関係者)ためだ。
 団体に所属するかどうかは、各団体の支部長が発行する確認書により証明することになっている。同和会の確認書には「上記の者は、正に現在横須賀支部に所属していることを横須賀支部長として確認しました」と書かれる。解放同盟の確認書はもっとストレートで「上記の者は、正に同和地区出身であり現在横須賀支部…(以下同文)」と書かれている。確認と言ってもそれだけのことで、なぜその人が同和地区出身と言えるのかは書かれていない。結局は支部長の良心に委ねられているのである。
 同和対策事業においては、同和向け公営住宅に限らず、税の減免や貸付金など、同和対策事業に関して同和団体が絶大な権限を持っていることが度々ある。それは、行政との信頼関係だけで成り立っている。言ってしまえば行政から団体への丸投げである。そのため、「誰かがその信頼関係を裏切ってしまえば、直ちに問題が起こってしまう」(団体関係者)と、非常に危うい面がある。同和対策事業の終盤に不正腐敗が続出した原因は、このようなシステムの問題が第一にあるだろう。

同和関係者であり、なおかつ団体に所属することを証明する確認書。

 武ハイムA棟は単なる同和向け公営住宅というよりは、普通の公営住宅の入居要件に同和関係者であることが上乗せされた公営住宅である。ご存知の通り、公営住宅は低所得者、高齢者、障害者等を優先して入居させるようになっており、また入居には所得制限がある。原則として月収が15万8000以下(高齢者、障害者、就学前の子供がいる家庭等は21万4000円以下。また状況により様々な控除が適用されるので、実際の月収はもう少し高くなる)であることが要件であり、あまりにも高額所得者になると、入居後であっても強制的に退去させられる。もちろん、公営住宅を住居以外の目的で使うことはできないし、特に最近では暴力団関係者の入居は厳しく禁止される。
 一方、武ハイムA棟には特別に家賃と駐車場使用料の減免がある。月収20万円以下の世帯では家賃を30%減免、それ以外の世帯では20%減免、そして駐車場使用料は月収に関係なく20%減免される。正規の場合、家賃は部屋によるが2~3万円程度、駐車場使用料は月額6000円ということだ。ちなみに、駐車場はBC棟には全戸に行き渡らないが、A棟は行き渡るようになっている。
 入居にあたっては普通の公営住宅と同様の制限があるため、団体の会員であるという確認書さえあれば誰でもフリーパスで入れるというわけではない。また、優遇といっても現在はそれほど大きな金額でなく、戸数も多くないということもあって「不正をやるにしてもリスクに見合う利益がないだろう」(団体関係者)というのが実情だ。
 このような入居要件や減免措置については、広く周知されているとは言い難い。ただし、市がウェブサイトで公開している「特定目的住宅戸数」という資料に「地域改善」として武ハイムへの25戸の割り当てが書かれていることから、分かる人には分かる。しかし、具体的な入居手続きや、減免のことについては市や同和団体に直接聞かない限り分からない。言わば“裏メニュー”のような状態だ。
 では、武ハイムA棟の入居要件について何かしら文書化したものはあるかと言うと、驚くべきことに条例はおろか要綱のようなものも一切無いという。減免措置は市営住宅条例に定められた「特別な事情」ということで市長の裁量でやっている状態だという。同和団体との覚え書きのようなものも無い。担当者の間で口頭だけで引き継いできたもので、過去の経緯や交渉内容についての記録簿もないという。文書化したものと言っても「特定目的住宅戸数」が唯一の資料だ。
 さすがに何もないことはないだろうと思ったが、解放同盟や同和会の関係者に聞いてみても、確かに市の間で交わしたような書類はないというのだから、本当に何も無いのだろう。逆説的ではあるが、未だに多くの同和行政を抱えている自治体は、それがあまりに多岐にわたることから文書化して厳密にしないことにはやっていられないのに比べて、横須賀市のようなほとんど同和行政が残っていない自治体では単純であるがゆえに、口頭だけで引き継いでいても続けられるということなのだろう。
 大阪、奈良のようなところでは「1人で複数の同和住宅を借りている」「同和住宅が会社の事務所になっている」「同和住宅の前になぜかポルシェが停まっている」「同和住宅にヤクザが住んでいる」といった公営住宅にあるまじき状況があった。最初に我々に情報を提供した人物も、同和住宅に対してそのようなイメージを持っていたようである。幸い、武ハイムA棟に関してはそういった極端な状態は起こっていない。しかし、別の意味で非常に特殊で、そして危うい面がある。
 他の自治体でも、事実上同和団体や自治会に認定を丸投げしている例は少なくない。一方で、隣保館長や生活相談員のような市の職員が行っていることもある。しかし、いずれにしても団体の会員に入居者を限定しているわけではなく、同和関係者であれば誰でも入居できることが建前だ。普通は、同和行政が行われている地域では、「同和地区」という区域が行政により線引きされているか、あるいは厳密ではなくても地元住民からある程度認識されており、同和地区に昔から住む同和関係者、つまりは「属地・属人」が「客観的」に分かる。そのため、団体に属さないからといって明らかに資格のある人の申請を拒むことはできないし、団体の会員でなくなったからといって追い出すようなことをすれば、訴訟モノである。不公正な理由で生活権を侵害することは、まさに“人権侵害”そのものであるからだ。
 しかし、横須賀市の場合は“同和枠”というよりも、完全に“同和団体枠”になってしまっている。そもそも、横須賀市の現状は同和地区の区域がほとんど分からなくなっており、仮に生活困窮者が同和地区と縁のある人であっても、それに気づいていない人や、調べることが不可能になっている人が相当数にのぼると考えられる。さらに団体に所属していることが要件であれば「同和対策」としても公平公正とは言い難い状況だ。
 市営住宅は、公民館や隣保館等と同じく、法律上は地方自治法で定められた「公の施設」であり、「住民が公の施設を利用することについて、不当な差別的取扱いをしてはならない」とされる。大阪や滋賀などでは、例えば隣保館の一角が解放同盟の事務所となっている状況があり、それ自体が「不当な差別的取扱いである」とされ、行政や住民から訴訟を起こされて退去させられるということがしばしば起こっている。市営住宅も隣保館と同じく公の施設である以上、根拠となる条例もなく事実上団体に占有されている状態は違法と判断され得る。ただし、隣保館とは違って市営住宅の場合は既に生活している入居者を強制的に退去させるということは、余程のことでないとできないし、法律上は入居できるということと、そこに住みたいと思う住民がいるかどうかということは別問題だ。
 ところで武ハイムA棟は同和対策で建てられたものなので、おそらく建設費用の3分の2は国の補助である。補助金は県を通じて支払われたものなので、当初の地域改善対策から一般用に用途を変更する場合は、県を通して補助金の返還が必要になると考えられる。まだ耐用年数の3分の1程度しか経っていないことから、1億円くらいは返還が必要になる計算だ。
 そこで、神奈川県に聞いてみると、県には補助金関係の書類が残っておらず、「そういう物は横須賀市にあるはずだ」という。しかし、前述のとおり、横須賀市には武ハイムA棟の地域改善対策の資料は残されていない。よくよく聞いてみると、補助金の返還は必要ないということで県とは話がついているということだ。県知事の裁量で、用途変更は認められるという。また、国に対する補助金の返還は県の責任であって横須賀市が関知することではないし、おそらく国が補助金の返還を求めることはないだろうということだ。
 同和行政に詳しい他の行政関係者に聞いたところ、確かにそういったことはあり得るという。隣保館を公民館に変えたり、改良住宅を払い下げたりするのとは違って、同和向けの住宅から同和という要件を外すだけであれば、そもそも用途変更とは言えないと解釈できるというのだ。同和向け住宅という存在自体が法的根拠を失っているので、一般開放したところで、何かしら法的な位置づけが変わるわけではないということは納得出来る。うがった見方をすれば、国が法的な後始末をしっかりとしなかったため、必然的にそうせざるを得なくなってしまっているとも言える。
 当然、現在の減免措置等に国や県からの補助はなく、市が自腹を切ってやっていることである。減免を止めれば少しばかり市の財政負担が軽減されることはあっても、市が損をするということはない。
 いずれにせよ、“お金の問題”は解決済みということだ。しかし、神奈川県から「住民や関係団体とはちゃんと話をつけるように」と釘を刺されているという。では、なぜそれができないのだろうか。
 入居希望者の認定に関わる団体の関係者は、一般化について次のように語る。
「家賃についての激変緩和措置は既に始まっていて、今の20%または30%減免というのは後で減免率が下げられた結果なのです。昔は本当に安くて、月5000円くらいの家賃でした。だから、今は家賃の減免といってもたいしたことはないですよ。近いうちに正規の家賃になったとしても、それほど大きな影響はないと思います。一般化するとして残っているのは人的な問題で、これは住民次第です」


「一般棟」と「同和棟」

 一般化が難しい要因と言われる「人的な問題」とは何なのか。ともかく、現地へと足を運んだ。
 武ハイムはおせじにも交通の便がいいとは言い難い場所にある。京急横須賀中央駅からバスで30分、JR衣笠駅からはかろうじて自転車で通える程度だ。しかし、その分家賃が安いという利点もある。市営住宅の家賃は駅からの距離で決まるためだ。
 現地へ来てみると、一見したところでは普通の市営住宅と何ら変わりがなく、道路沿いには「武ハイム」と書かれた案内板が出ている。しかし、驚いたのはA棟の集会所に「人権生活相談所 解放同盟横須賀支部」という看板が掲げられていることだ。

武ハイムの集会所に掲げられた人権生活相談所の看板。生活に困っている人であれば、同和関係者以外からの相談もOKだ。

 これなら、A棟が同和対策目的であろうことは地元の住民であれば一目瞭然だ。まさに「何も隠し立てすることはない」状態である。
 事情を知る地元の団体関係者は次のように語る。
「一般開放? それは難しいだろうなあ。あそこが同和ということが知られすぎているし、一般の人は入りたがらないんじゃないか」
 A棟の住民からは、A棟は「同和棟」、BC棟は「一般棟」と呼ばれているという。管理組合も別々になっており、集会所もそれぞれのために2つある。1つの市営住宅でも事実上は2つに別れているような状況だ。建設の経緯を知る人物によれば、当初は全棟が同和対策目的となるはずであったが、なぜか最終的にA棟だけということになってしまい、それが現在のいびつな状況を生んでいるという。そして「いっそのこと全棟が同和向けだった方がよかった」とぼやく。
 団体関係者から聞こえてくる声は、前出のとおり「県連」のレベルであれば、神権連は当然ながら一般化を積極的に要求、同和会は「一般化はしないといけないがソフトランディングできる方法」で、そして解放同盟は「なるべく一般化はしたくないが、いずれはそうせざるを得ない」といったところである。しかし、地元で取材することで見えてきたのは、横須賀支部や当の住民の中でもいろいろな考えがあるということだ。
 特に解放同盟はもともと主義主張が強い性格がある上、武ハイムA棟について、林2丁目や横須賀市内に散らばる同和関係者のために苦労して獲得した「我々の住宅」という強い自負がある。地元の解放同盟の関係者は、私が最初から「一般化」や「横須賀では部落がなくなってきている」といった趣旨のことを話すと、不快感を示す。
 一方で同和会には同和会らしい実利主義的な考えがある。強いリーダーシップと結束を誇る同和棟の管理組合を一般化により変えてしまうことは、住民のためにならないという考えがあるのだ。また、住民が全て団体関係者という特殊な状況で「一般住民」が入ってきても、現状について理解を得るのは難しく、新しい住民は“立ち位置”がなくなってしまう。
 市関係者によれば、武ハイムA棟の会長と副会長は選挙で選ばれるが、長らく同じ人が務めており、住民からの人望は非常に厚いという。一方、市営住宅課によれば、確かに市営住宅のほとんどの自治会は、会長のなり手がいないので、持ち回りで会長をやっている状態だ。しかし、武ハイムA棟のように同じ人が会長をしているという自治会も、多くはないが「それなりにある」ということだ。
 また、団体関係者によれば武ハイムA棟の家賃の減免については大した額ではないものの、それで助かっている人がいる以上、廃止には抵抗があるという。例えば、A棟でも何人かが家賃が払えないという状況が度々ある。市営住宅の家賃さえ払えない状況になれば、もはや生活保護しかないと考えられるが、交通の便があまりよくないにも関わらず、自動車を持っているからといった理由で、役所は簡単には認められないという。しかし、市によれば市営住宅の家賃の滞納は武ハイムA棟に限らず、これも「それなりにある」ことだという。
 A棟の住民に取材を試みたが、住民の1人から「自分は構わないけど、BC棟の住民にまで迷惑がかかる」と非常に強く言われてしまった。同和棟ということは別に隠さないし、隠せることでもないけれども、とにかく、関係ない人に迷惑をかけるわけにはいかないというのだ。
 地元事情通によれば、武ハイムが建設された後も、市との間でトラブルがあったという。市の職員がBC棟の入居者に「A棟の住民には関わらないように」といった説明をしていたため、それがBC棟だけでなく、地元全体に広がってしまい、本当にその通りにする住民が出てきてしまったという。一時期は、A棟の住民が地元で駐車場を借りようとしたら断られたということもあった。
 再度無理を承知で住民にその点について聞いたところ「本当は一般棟の住民との交流を持ちたいところそのようなことを言われるのは不本意」ということで、「あれは市と我々の間の問題であって、BC棟の住民の責任ではない」ことを強調した。実際、現在ではBC棟の住民はA棟のことは知らずに入居してくることがほとんどなのだ。別の住民によれば、それでも何とか「融和」を試みており、来年度には全棟で合同の防災組織が結成される予定だという。A棟の住民も様々で、実情を理解してもらうために取材に答えたいという考えもある反面、周辺住民・行政との関係にも配慮しなければいけないというジレンマを抱えているのだ。
 行政から「A棟の住民には関わらないように」というような説明が本当にあったのか。これについて市関係者はこう語る。
「常識的に考えて、市の職員がそのような説明はしないと思います。仮にあったとしても、かなり前のことですから、当時の担当者がもういないので確認しようがありません。本当にそう言ったのか、説明不足で誤解されてしまったのか分からないので、認めて謝るということも無責任にはできないのですよ」
 果たして実際はどうだったのか。かつては県内の一部の行政関係者に同和団体に対する異常なまでの恐怖が広がったことがあった。例えば、ある団体の関係者からはこんな話を耳にした。
「湯河原に意見交換会に行ったときのことですが、町役場の職員の様子がどうもおかしいのです。聞いてみると、同和団体が来るというだけで朝から大騒ぎだったそうです」
 現在の感覚からは想像もできないが、その場しのぎでトラブルを回避するために、無責任な対応をした職員がいた可能性は否定できない。
 しかし、市営住宅には昔から住んでいる住民がいる一方で、市役所の職員は定期的に異動する。市の担当者が変わった時点であらゆることがリセットされてしまうし、担当者によっても同和問題に対する考え方には違いがある。しかも行政側に今までの経緯について文書化した記録が一切ないというのであれば、真相は藪の中だ。


横須賀市民の財産

 なぜ一般化できないのか、結論を出すとすれば、第一に建設に至るまでの過程に関わった人々に強烈な思い入れがあるということ、第二にいろいろな意味で現状が居心地がよいために住民として変化を望まないということがあるだろう。もちろん、実際は単純ではなく、これまで述べてきたような複雑な事情が絡み合っている。
 そして、私が戸惑ったのは、現在の横須賀市では「同和地区」や「同和関係者」の姿が見えないということだ。私が取材してきた鳥取県や滋賀県のような「分かりやすい同和地区」というのが存在せず、見えるのはあくまで「同和団体」や「団体会員」であり、彼らの主義主張に気遣うことはあっても、具体的な「部落差別」や「部落が抱える貧困」というものを見ることができないのだ。このような状況で、本来は同和地区内と同和地区外との格差解消のための事業として建設された同和住宅が、現在もその役割を果たしているように理解することは難しいであろう。
 それでは、「現状維持」以外にはどのような解決方法があるだろうか。
 1つは神権連の言うとおり「トラブル上等」で一般化を強行する方法である。物事は「案ずるよりも行うが易し」で、やってみたら杞憂であったという例も多々あるものだ。もちろん、それを実行する人には少しばかり勇気が必要になるだろう。
 2つめの方法は、時間をかけたソフトランディングである。まずは行政の管理監督の下に現状の団体枠を撤廃して、あくまで同和関係者は誰でも入居できるという基準に変え、最終的に一般公募に移行する方法である。しかし、そもそも何をもって同和関係者と言えるのか、横須賀市でその基準を定めることは難しい。それをクリアしたとしても、いつ一般公募に移行できるかは行政と住民双方の協力次第であり、現状維持で先延ばしするのとあまり違わないことになってしまう可能性がある。
 3つめの方法は、シンプルに“金で解決”する方法だ。A棟の管理組合が土地と建物を市から買い取ってしまうのである。資金をどこから調達するか、市がいくらで売却するか、一般化とは違って単なる用途変更ではないので同和対策の補助金の返還をどうするか、市議会の議決が必要…と、ハードルは高いが、他の自治体で戸建ての改良住宅を安く住民に払い下げている例があることを見れば、「絶対に不可能」なことではないと考えられる。行政の手を離れて自立してしまえば、文字通り「我々の住宅」ということになるので、その後は何をどうするのも完全に自由である。
 いずれにしても、原理原則から言えば、武ハイムA棟はあくまで公の施設であり、本来は横須賀市民の財産である。武ハイムA棟を横須賀の部落解放運動の遺産として、名実共に市民の財産として引き継ぐことができるかどうか、市民が判断すべきことだろう。その出発点として市民が問題の存在を知ることに、小誌が少しでも貢献できれば幸いである。(鳥)