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門司城攻防戦
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門司城攻防戦 14
門司城攻防戦 結果
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門司城攻防戦 結果
泡姫はいかにして銭を集めたか? その一
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泡姫はいかにして銭を集めたか? その二
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泡姫はいかにして銭を集めたか? 20
泡姫はいかにして銭を集めたか? 21
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幕間 安芸国 吉田郡山城にて
幕間 安芸国 吉田郡山城にて 1
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幕間 安芸国 吉田郡山城にて 6
守護大名 大友義鎮という父
守護大名 大友義鎮という父 1
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守護大名 大友義鎮という父 6
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守護大名 大友義鎮という父 9
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守護大名 大友義鎮という父 12
秋月騒乱
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彦山川合戦
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彦山川合戦 結果
彦山川合戦 地図
彦山川合戦 合戦状況
彦山川合戦 結果
彦山川合戦 あとしまつ
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彦山川合戦 あとしまつ 6
彦山川合戦 あとしまつ 7
歪んだ父母娘のふれあい
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あとがき
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門司城攻防戦 4

 明らかに化膿する足軽が減って、回復する足軽が増えたのだから。

 その分、私に見てもらいたい足軽が増えて、私は死ぬほど忙しくなったけど。

「姫様。こちらにおられましたか」

 足軽の傷口を洗っている時に声がかかり、私はその方向を振り向くと鎧武者が供を連れて立っていた。

「爺、元気だった?」  

 私が爺と呼んだこの鎧武者は、私が世話になっている宇佐八幡宮近隣の武士達を束ねる宇佐衆筆頭の佐田隆居。

 私は彼にあてられた人質であり、私の才をいち早く見抜いて私を学ばせたり叱るので、私は爺と呼んで懐いている。

 当然、褒める時は甘いものをくれるからなのだが。

 しかし、女の体になってみると、甘いものが麻薬のように欲しくなるのは何故だろう?

 今回の戦において大友側の豊前国人衆は、総動員をかけられている。

 まぁ、私がこんな事をしている事もあって、豊前国人衆の士気は高い。

 なお、こんな場所に私一人で出張ると、エロゲ的陵辱イベントに遭うのは分かっているので、私の周囲には常に護衛がついている。

 その護衛が佐田隆居の息子である佐田鎮綱なのだが、真面目で文武両立していて公私の一線はきちんと守る。まさに執事。

「お館様がお呼びです」

 その佐田隆居の声に、私の顔が巫女から姫に変わる。

 今までの軽く気安い声から、凛とした声で私は爺に尋ねる。

「父上が?

 で、どちらに?」

 その私の問いに答えたのが、爺の後ろに控えていた佐田鎮綱だった。

「松山城にて。

 そこが本陣でございますゆえ」

 淡々と必要なことだけ語ると佐田鎮綱も口を閉ざす。

 私は少し迷ってから、思ったことを爺に尋ねてみた。

「爺、あの城落ちると思う?」

 多くの足軽を治療して思ったのだ。

 矢弾傷ならまだしも、城攻めの割には突き傷や切り傷が多すぎると。

 私が門司城を指して爺に尋ねると、爺はあっさりとその答えを言った。

「厳しいですな。

 後詰を抑え切れませぬ」


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門司城攻防戦 5

 それを父上に伝えろという事か。

 事実、この門司城攻防戦では大友軍が万の兵で押しているのに、背後の馬関(関門) 海峡が封鎖できないから、毛利水軍の後詰が背後から襲ってきて大友軍は甚大な損害を蒙っていた。

 おまけに、前世知識でこの戦が大友の敗戦で終わるのは知っている。

 というか、戦国が終わる時に大友という大名家が存在しないのも知っている。

 第二の人生とは言え、父や養母が守ろうとした豊後大友家という家にそれなりに愛着もある。

 何より、私を生んだ母上の為にも、歴史をひっくり返さねばならない。

 大友軍による宇佐八幡宮焼き討ち。

 その時、私が巫女をしていたのならば、きっとそのまま殺されてしまう。

 天下が欲しいとは思わない。

 けど、歴史通り滅ぶつもりは毛頭ない。

 その決意を胸に、私は歴史改変の本格的第一歩を踏み出す。

 その先は私にも分からない。

「わかったわ。

 父上に取り次いで頂戴」

 馬を走らせて松山城に急ぐ。

 距離にして約三里、十二キロという所なのだけど、馬でも向こうの城に一泊確定である。

 しかも、最近は毛利水軍の船が大友軍の背後に上陸して襲ってくるから、警護の者まで馬上で三十騎ばかりの集団になっている。

 巫女服姿で馬に乗る私は派手に目立つらしく、多くの足軽や鎧武者達が私を見て手を振っていたりする。

「姫さーん!

 何処に行くの~」

「父上の所~

 今日は帰らないからよろしく~」

 私に声をかけてきたのは、仕事前にのんびりしていた遊女や白拍子達。

 あでやかな着物の前は大きくはだけて、その自慢の胸やしなやかな肢体を足軽達が遠巻きに見て興奮していたり。

 万の兵士がいる、しかも全員男とくればそりゃ欲求もたまる訳で。

 そんな男達を餌にするおねーさん達も集ってくるのですよ。

 けど、遊女達の社会的地位なんて当然高くない訳で。

 彼女達に宇佐八幡宮の名前を貸して保護したのです。

 実は、遊女と巫女の繋がりはかなり深く、元々日本の巫女さんってのは実は娼婦兼業だったりする。


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門司城攻防戦 6

 神の言葉を聞く為にトランス状態を性行為で求めるのは、世界各地の古代宗教に残っていたりする。

 日本では芸能行為が神に捧げられた事から、彼女達のことを歩き巫女や白拍子と呼んでいる。

 そんな流れの遊女達に宇佐八幡宮の名前を貸した事で、彼女達は社会保障を受けられるという訳。

 もちろん、私にもメリットが。

 彼女達から名貸し料が入るし、それ以上に彼女達から情報が入手できるのが大きい。

 寝物語に出てくる男たちの愚痴や不満、戦場に流れる噂などを拾ってくれるのだ。

 そんな遊女達は麟姉さんに束ねてもらったり。

 私(姫) が率いる巫女なので『姫巫女衆』と命名。

 戦が終わって私の所に残る遊女達には巫女服を支給しようなんて考えていると、一人の遊女がこっちに近づいてきて、馬から降りた麟姉さんの耳元にごにょごにょと。

「姫様。

 お耳に入れたき事が……」

 麟姉さんが遊女から聞いたごにょごにょがそのまま私の耳に。

 うん。

 父上へのいいお土産になりそうだ。この話。

 幸い、途中何事も無く松山城に到着。

 ここが大友軍の本陣だけあって、最前線と同じぐらい守りが固められている。

 この松山城は眼前に海が広がる小山の上に築かれた事もあって、大友水軍も守りについていたり。

 もっとも、毛利水軍の数に押されて守るだけで精一杯なのだが。

 城内に入り、戦評定をしている広間に通される。

「久しいな。大きくなった」

 父上たる大友義鎮は三十一歳。

 男として将として脂がのりだした時期で、才気も溢れている。

「父上もお元気そうでなにより」

 父と娘の会話は居並ぶ重臣達の視線の中、こうして始まった。

「宇佐の姫巫女の噂は耳にしている。

 父として嬉しい限りだ」

 正面に父を見据えて、さっと父の周りにいる重臣達を見渡す。

 今回、大友軍は豊後・豊前・筑前から集めた一万五千の兵をこの戦に投入している。

 もちろん、父上自身が門司城まで出向く訳が無く、この松山城を本陣として五千の兵と共に予備として待機しているのだ。


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門司城攻防戦 7

 実際に門司城を攻めているのは、大友家の方分(かたわけ 方面軍司令官) の吉岡長増(よしおか ながます)で、加判衆という大友家最高意思決定機関に名を連ねる重臣でもある。

 吉岡長増は父上の頭が上がらないご意見番みたいなじじいで、なんだが眼光鋭く私を値踏みするような視線を放っていたり。

 このじじいがこっちにいるという事は、もう一人の大将である臼杵鑑速(うすき あきはや)が三角山城に残っているのだろう。

 臼杵鑑速は博多奉行も兼ねており、実質的な大友家の外務大臣として多くの外交官と日々話をしている姿しか見ないのだが、彼も戦国武将で大将をするだけの才能は持っていたり。

 この二人に吉弘鑑理(よしひろ あきまさ)を加えた三人を豊後三老と呼び、大友家を実質的に動かしていたりする。

 で、その吉弘鑑理もしっかりとこの席で私を睨みつけていたり。

 いや、私が何をした?

 豊後三老の二人も呼ばれているという事は、何か大きな事をしようと考えているのかもしれない。

「わたくしにできる事は、死者への弔いと、陣の士気を高める事。

 傷を負った者に手当てをする事しかできませぬ。

 戦は殿方のものゆえ」

 話しながら、さりげなく周囲に視線を投げて他の重臣もチェック。

 目を閉じて父上の後ろで控えて気配だけ飛ばしているのは、大友家の誇る軍師である角隈石宗(つのくま せきそう)。

 僧籍の人だけあって、目を閉じて考えているだけでえらく様になっている。

 この人の助言を父上が素直に聞いている間は、大友家は安泰である。

 聞かなくなった時が没落フラグなので、そんな意味でもこの人の動向は抑えておきたい。

 吉岡長増や吉弘鑑理に負けじと戦装束で身を固める爺は、田北鑑生(たきた あきなり)。

 加判衆筆頭だった事もあり、勢場ヶ原の戦いでは劣勢だった大友軍を率いて大内軍を撃退する大功をあげていたりするじじいである。

 彼の顔は孫を見る好々爺にしか見えないのだが。その戦装束さえなければ。

「……」

 そして、何も言う事無く、じっと私を威圧してくれる気が。気が。

 そうだよね。

 こんな大戦に、あんたが来ていない事がおかしいよね。

 大友家加判衆の一人である戸次鑑連(べっき あきつら)は、鎧姿で能面のように表情をこちらに読み取らせる事無く、父娘の会話に耳を傾けていた。


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門司城攻防戦 8

「謙遜するでない。

 お前が宇佐にいたおかげで、宇佐衆が寝返らなんだ。

 それだけでも、十分に功績となろう」

 本来ならば、宇佐八幡宮の巫女として振る舞う以上の事は求められていなかったのだろうが、私はそれ以上の仕事をすでにしていたりする。

 今回の門司城侵攻の前に、大友軍は豊前の反大友勢力を掃討している。

 その筆頭が、実は宇佐八幡宮および宇佐衆だったりするのだ。

 それは、天文三年(1534 年)四月に豊後国勢場ヶ原で行われた合戦に由来する。

 田北鑑生の所でちらりと出したけど、大内軍との間で行われたこの合戦で大友軍が苦戦した理由ってのが、大内軍についていた宇佐衆および宇佐八幡宮の存在だった。

 多くの身内を失って、宿敵大内家の手足となって働いた宇佐八幡宮および宇佐衆は、感情では許すことの出来ない紛れもない敵だったのである。

 それも約三十年という月日と、私という人質のおかげで大友側の掃討リストから外れ、宇佐大宮司である宮成公建(みやなり きみたけ) 及び宇佐衆が裏切らなかった事が大きい。

 もちろん、大友軍が攻め込んだ時には真っ先に私が殺されるのは目に見えていたので、必死に生き残り工作を図りましたが。

 豊前南部、特に山国川以南を親大友側にできたので、門司攻めの前段階として大友軍は香春岳城を攻略している。

 香春は宇佐と同じ豊前一の宮でもあったので、この戦で焼失した香春宮再建を宇佐衆と奈多氏の支援の下で進めている。

 なお、再建後の香春岳城及び近隣の領地を治めるのは私だったりする。

 実際は名貸しで城代を置くのだろうけど、父上ならやりかねんよな。

 この後、立花千代(たちばな ぎんちよ) を城主にする許可を出すし。

 待てよ。このままだと私という前例ができて就任という形か。

 城井谷の宇都宮氏も今は味方だし、敵でも味方でも動いてくれるなと心から思っているのは内緒。

 黒田官兵衛の数少ない汚点とまでいわれる城井谷攻めなんぞ、私もしたくない。

「門司城を見てきたらしいな。

 お前の目にはどう映った?」

 父上の顔に武将としての凄みが滲み出る。

 戦況は芳しくない。

 毛利軍が篭る門司城には兵が三千ほど詰めており、その対岸には一万を越える兵力と、その兵を渡海できるだけの水軍が集結していた。

 水軍衆まで入れたら、多分二万届くかどうか。



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