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門司城攻防戦
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門司城攻防戦 結果
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泡姫はいかにして銭を集めたか? その一
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幕間 安芸国 吉田郡山城にて
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守護大名 大友義鎮という父
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守護大名 大友義鎮という父 6
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秋月騒乱
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彦山川合戦
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彦山川合戦 結果
彦山川合戦 あとしまつ
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歪んだ父母娘のふれあい
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あとがき
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門司城攻防戦

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門司城攻防戦 1

一 門司城攻防戦

 

 永禄四年(1561 年) 十月 豊前国 門司 三角山城近郊 大友軍陣屋

 

 関門海峡を挟んで軍が集結している。

 九州側に陣取るのが、大友軍。

 本州側に陣取るのが、毛利軍。

 そして、九州側の端にある門司城にも毛利の一に三つ星紋が翻る。

 そんな戦場に似つかわしくない巫女が一人、供を連れてその惨状を眺めていた。

 現実の戦場に立って思い知った事が三つ。

 最初に、死体。

 私がいる大友軍だけで一万五千。

 これだけの大兵力だと死体処理も追いつかない。

 仕事と割り切るがまだ夢に出る。

 それでも、斬死にの死体とかは可愛く見えるようになった。

 やっかいなのが腐乱死体。

 あれは本当にやばい。

 いっそのこと白骨化してくれたら助かるのに。

 次に、血と硝煙の臭い。

 最初慣れずに何度吐いた事か。

 さすがに、九州は鉄砲の伝来が早く、この戦で大友軍が千丁も鉄砲を揃えているのにはびびった。

 で、それだけの装備を持ちながら、門司城が落ちてないのがまたなんとも。

 毛利方の鉄砲は攻勢正面でばたばた大友兵を倒しているというのに。

 最後は、意外なほどに長い待ち時間。

 だから私みたいな存在が士気高揚に役に立つのだろう。

 自己紹介が遅れました。

 私、宇佐八幡宮で巫女をしています珠(たま) と申します。

 父親は大友家当主かつ大友軍総大将である大友義鎮。

 母親は…………比売大神(ひめのおおかみ)

 父上。幾ら色狂いだからと言って、神様とまで交わらなくてよろしいでしょうに……

 おかげて、神力と前世の過去を持って私は生まれましたとも。

 二十一世紀日本のオタク男子の前世を。

 物心ついて、『うわー役たたねー』と絶望したのはいい思い出です。


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門司城攻防戦 2

 別府の湯治場で交わって、私を身篭って生んだ後に父上に押し付けたとか。

 母上も母上だけど、それで育ててくれた父上も父上だ。

 しかも、時期的に両親が私を作っていた時って、露骨に大友二階崩れとかぶるのですが。

 ちなみに、養母であり父上の正室でもある奈多夫人には、私自身が寺社作法を学んた事もありかわいがわれていました。

 誰の子か知らぬ(神の子なんて信じないだろうし) 私を、

「母上と呼ぶが良い」

と言って、私の宇佐八幡宮行きに反対したのが奈多夫人だったり。

 とはいえ、戦国の世にそんな愛情に政治が勝つのは当然なわけで。

 宇佐八幡宮を掌握すれば、豊前南部の国人衆を大友側に引き込め、それを後押しした奈多夫人の父上である奈多鑑基(なだ あきもと)の影響力が増すから。

 だから、私が奈多夫人の手を振り払って、宇佐八幡宮に行く事に賛成した本当の理由を言えません。

 私がまだ嫁に行きたくないからの窮余の一手だった事を。

 私の前世が巫女服萌えだった事を。

 とりあえず、私に与えられた神力は二つ。

 一つ目は身体的な事だけど、美貌と容姿、おまけに健康。

 元男だけど女に生まれた以上、これは素直に感謝。

 二つ目は豊饒の神力。

 何処の賢狼かと突っ込みたいが、ゆっくりと地力を溜めて豊かな大地にできます。

 前世知識で開発始めた方が豊かになりかねんと気づいて、悶絶した程度の力です。

 何?このびみょースキル?

 まぁ、母上自身が二十一世紀では幻想郷に行きかねないほど忘れられた神様なので、仕方ないのですが。

 一応宇佐八幡宮の主神ですよ。主神。

 いや、本当に一度宇佐八幡宮に来てもらうと分かるから。祭られている場所の位置で。

 八幡神が主神と勘違いしている人ばっかりだし。

 大友にも毛利にも「八幡大菩薩」の旗が。

 だから、こんな場所に引っ張られてきたのですが。

 まだ初潮もきていない花の十歳児なのですよ。にぱー。

 前世の記憶を総動員して三歳にして言葉と文字を覚え、五歳にして算術と和歌・茶道を嗜み、八歳で「神童」と家臣達に持ち上げられながら宇佐八幡宮の巫女に納まりましたよ。ええ。

 体の良い人質とも言いますが。


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門司城攻防戦 3

 少し真面目な話をしますが、宇佐八幡宮のある豊前の国は九州の玄関口で、本州との境目にある事もあって、常に騒乱の舞台になっていました。

 近年は大友と大内が死闘を繰り広げ、大内が滅んだ後にこうして毛利と激しく争う事に。

 そんな土地柄だから、地元豪族は完全に大友に臣従しておらず、こちらが弱くなれば即座に寝返る始末。

 で、私が人質として宇佐八幡宮に送り込まれたのです。

 何しろ子供ですから、侍女やその護衛を堂々と宇佐に駐屯できます。

 私が戦場にいるのも、それが理由。

 迷信はびこる戦国時代で、「神童」である大友の娘が宇佐八幡宮の巫女になるというのは、神仏の力が強いこの時代において大きな影響力を持っているからなのです。

 何しろ、因縁の相手である毛利との戦で、使える駒なら猫の手でも欲しい状況。

 私の志願は父である大友義鎮を喜ばせて、こうして私は初陣を飾る事に。

 まぁ、戦場に出ないのだから初陣というは語弊がある気もしないではないけど。

「傷を見るわ。湯は沸かしている?」

「はい。既に冷ましたのはこちらに」

 大友軍の陣屋にて、私は負傷兵達の手当てをしている。

 私についている侍女にお湯を沸かせて、冷ました水で傷口を綺麗にするのだ。

 この侍女は私が女だからと宇佐衆からではなく、大友家からの紹介で来ていたりする。

「林左京亮(はやし さきょうのすけ)の娘で麟と申します。

 姫様。これからどうぞよろしくお願い致します」

 いや、貴方誰よ?

 自己紹介の時に心の中で突っ込んだのだけど、こうして私のわがままに近い足軽達の治療にもこうして付き合ってくれるいいお姉さんで、私は彼女の事を麟姉と呼んでなついている。

 ちなみに、護衛も兼ねているので、寝るときも一緒である。

 だから、麟姉に抱きついて長い黒髪にもふもふしてみたり、しなやかな肢体をさわりさわりしたり、たわわな胸に埋まったりしても問題がなかったりする。

 朝、それでよく叱られたりするのだが。

「ありがてぇ……いっ……」

「男なら我慢する!」

 前世知識から戦場に立ってびっくりしたのが、戦場での衛生環境の悪さ。

 死体は戦が終わるまで放置だし、怪我人の治療も足軽クラスは基本放置で、迷信が入り込んで塩水を傷につけるとかあったぐらい。

 私が宇佐八幡宮の巫女やっている事を利用して、

「八幡神のお告げよっ!」

と、適当な事を言って傷口を綺麗に洗う事を始めたのだけど、これが大当たり。


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門司城攻防戦 4

 明らかに化膿する足軽が減って、回復する足軽が増えたのだから。

 その分、私に見てもらいたい足軽が増えて、私は死ぬほど忙しくなったけど。

「姫様。こちらにおられましたか」

 足軽の傷口を洗っている時に声がかかり、私はその方向を振り向くと鎧武者が供を連れて立っていた。

「爺、元気だった?」  

 私が爺と呼んだこの鎧武者は、私が世話になっている宇佐八幡宮近隣の武士達を束ねる宇佐衆筆頭の佐田隆居。

 私は彼にあてられた人質であり、私の才をいち早く見抜いて私を学ばせたり叱るので、私は爺と呼んで懐いている。

 当然、褒める時は甘いものをくれるからなのだが。

 しかし、女の体になってみると、甘いものが麻薬のように欲しくなるのは何故だろう?

 今回の戦において大友側の豊前国人衆は、総動員をかけられている。

 まぁ、私がこんな事をしている事もあって、豊前国人衆の士気は高い。

 なお、こんな場所に私一人で出張ると、エロゲ的陵辱イベントに遭うのは分かっているので、私の周囲には常に護衛がついている。

 その護衛が佐田隆居の息子である佐田鎮綱なのだが、真面目で文武両立していて公私の一線はきちんと守る。まさに執事。

「お館様がお呼びです」

 その佐田隆居の声に、私の顔が巫女から姫に変わる。

 今までの軽く気安い声から、凛とした声で私は爺に尋ねる。

「父上が?

 で、どちらに?」

 その私の問いに答えたのが、爺の後ろに控えていた佐田鎮綱だった。

「松山城にて。

 そこが本陣でございますゆえ」

 淡々と必要なことだけ語ると佐田鎮綱も口を閉ざす。

 私は少し迷ってから、思ったことを爺に尋ねてみた。

「爺、あの城落ちると思う?」

 多くの足軽を治療して思ったのだ。

 矢弾傷ならまだしも、城攻めの割には突き傷や切り傷が多すぎると。

 私が門司城を指して爺に尋ねると、爺はあっさりとその答えを言った。

「厳しいですな。

 後詰を抑え切れませぬ」


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門司城攻防戦 5

 それを父上に伝えろという事か。

 事実、この門司城攻防戦では大友軍が万の兵で押しているのに、背後の馬関(関門) 海峡が封鎖できないから、毛利水軍の後詰が背後から襲ってきて大友軍は甚大な損害を蒙っていた。

 おまけに、前世知識でこの戦が大友の敗戦で終わるのは知っている。

 というか、戦国が終わる時に大友という大名家が存在しないのも知っている。

 第二の人生とは言え、父や養母が守ろうとした豊後大友家という家にそれなりに愛着もある。

 何より、私を生んだ母上の為にも、歴史をひっくり返さねばならない。

 大友軍による宇佐八幡宮焼き討ち。

 その時、私が巫女をしていたのならば、きっとそのまま殺されてしまう。

 天下が欲しいとは思わない。

 けど、歴史通り滅ぶつもりは毛頭ない。

 その決意を胸に、私は歴史改変の本格的第一歩を踏み出す。

 その先は私にも分からない。

「わかったわ。

 父上に取り次いで頂戴」

 馬を走らせて松山城に急ぐ。

 距離にして約三里、十二キロという所なのだけど、馬でも向こうの城に一泊確定である。

 しかも、最近は毛利水軍の船が大友軍の背後に上陸して襲ってくるから、警護の者まで馬上で三十騎ばかりの集団になっている。

 巫女服姿で馬に乗る私は派手に目立つらしく、多くの足軽や鎧武者達が私を見て手を振っていたりする。

「姫さーん!

 何処に行くの~」

「父上の所~

 今日は帰らないからよろしく~」

 私に声をかけてきたのは、仕事前にのんびりしていた遊女や白拍子達。

 あでやかな着物の前は大きくはだけて、その自慢の胸やしなやかな肢体を足軽達が遠巻きに見て興奮していたり。

 万の兵士がいる、しかも全員男とくればそりゃ欲求もたまる訳で。

 そんな男達を餌にするおねーさん達も集ってくるのですよ。

 けど、遊女達の社会的地位なんて当然高くない訳で。

 彼女達に宇佐八幡宮の名前を貸して保護したのです。

 実は、遊女と巫女の繋がりはかなり深く、元々日本の巫女さんってのは実は娼婦兼業だったりする。


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門司城攻防戦 6

 神の言葉を聞く為にトランス状態を性行為で求めるのは、世界各地の古代宗教に残っていたりする。

 日本では芸能行為が神に捧げられた事から、彼女達のことを歩き巫女や白拍子と呼んでいる。

 そんな流れの遊女達に宇佐八幡宮の名前を貸した事で、彼女達は社会保障を受けられるという訳。

 もちろん、私にもメリットが。

 彼女達から名貸し料が入るし、それ以上に彼女達から情報が入手できるのが大きい。

 寝物語に出てくる男たちの愚痴や不満、戦場に流れる噂などを拾ってくれるのだ。

 そんな遊女達は麟姉さんに束ねてもらったり。

 私(姫) が率いる巫女なので『姫巫女衆』と命名。

 戦が終わって私の所に残る遊女達には巫女服を支給しようなんて考えていると、一人の遊女がこっちに近づいてきて、馬から降りた麟姉さんの耳元にごにょごにょと。

「姫様。

 お耳に入れたき事が……」

 麟姉さんが遊女から聞いたごにょごにょがそのまま私の耳に。

 うん。

 父上へのいいお土産になりそうだ。この話。

 幸い、途中何事も無く松山城に到着。

 ここが大友軍の本陣だけあって、最前線と同じぐらい守りが固められている。

 この松山城は眼前に海が広がる小山の上に築かれた事もあって、大友水軍も守りについていたり。

 もっとも、毛利水軍の数に押されて守るだけで精一杯なのだが。

 城内に入り、戦評定をしている広間に通される。

「久しいな。大きくなった」

 父上たる大友義鎮は三十一歳。

 男として将として脂がのりだした時期で、才気も溢れている。

「父上もお元気そうでなにより」

 父と娘の会話は居並ぶ重臣達の視線の中、こうして始まった。

「宇佐の姫巫女の噂は耳にしている。

 父として嬉しい限りだ」

 正面に父を見据えて、さっと父の周りにいる重臣達を見渡す。

 今回、大友軍は豊後・豊前・筑前から集めた一万五千の兵をこの戦に投入している。

 もちろん、父上自身が門司城まで出向く訳が無く、この松山城を本陣として五千の兵と共に予備として待機しているのだ。


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門司城攻防戦 7

 実際に門司城を攻めているのは、大友家の方分(かたわけ 方面軍司令官) の吉岡長増(よしおか ながます)で、加判衆という大友家最高意思決定機関に名を連ねる重臣でもある。

 吉岡長増は父上の頭が上がらないご意見番みたいなじじいで、なんだが眼光鋭く私を値踏みするような視線を放っていたり。

 このじじいがこっちにいるという事は、もう一人の大将である臼杵鑑速(うすき あきはや)が三角山城に残っているのだろう。

 臼杵鑑速は博多奉行も兼ねており、実質的な大友家の外務大臣として多くの外交官と日々話をしている姿しか見ないのだが、彼も戦国武将で大将をするだけの才能は持っていたり。

 この二人に吉弘鑑理(よしひろ あきまさ)を加えた三人を豊後三老と呼び、大友家を実質的に動かしていたりする。

 で、その吉弘鑑理もしっかりとこの席で私を睨みつけていたり。

 いや、私が何をした?

 豊後三老の二人も呼ばれているという事は、何か大きな事をしようと考えているのかもしれない。

「わたくしにできる事は、死者への弔いと、陣の士気を高める事。

 傷を負った者に手当てをする事しかできませぬ。

 戦は殿方のものゆえ」

 話しながら、さりげなく周囲に視線を投げて他の重臣もチェック。

 目を閉じて父上の後ろで控えて気配だけ飛ばしているのは、大友家の誇る軍師である角隈石宗(つのくま せきそう)。

 僧籍の人だけあって、目を閉じて考えているだけでえらく様になっている。

 この人の助言を父上が素直に聞いている間は、大友家は安泰である。

 聞かなくなった時が没落フラグなので、そんな意味でもこの人の動向は抑えておきたい。

 吉岡長増や吉弘鑑理に負けじと戦装束で身を固める爺は、田北鑑生(たきた あきなり)。

 加判衆筆頭だった事もあり、勢場ヶ原の戦いでは劣勢だった大友軍を率いて大内軍を撃退する大功をあげていたりするじじいである。

 彼の顔は孫を見る好々爺にしか見えないのだが。その戦装束さえなければ。

「……」

 そして、何も言う事無く、じっと私を威圧してくれる気が。気が。

 そうだよね。

 こんな大戦に、あんたが来ていない事がおかしいよね。

 大友家加判衆の一人である戸次鑑連(べっき あきつら)は、鎧姿で能面のように表情をこちらに読み取らせる事無く、父娘の会話に耳を傾けていた。


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門司城攻防戦 8

「謙遜するでない。

 お前が宇佐にいたおかげで、宇佐衆が寝返らなんだ。

 それだけでも、十分に功績となろう」

 本来ならば、宇佐八幡宮の巫女として振る舞う以上の事は求められていなかったのだろうが、私はそれ以上の仕事をすでにしていたりする。

 今回の門司城侵攻の前に、大友軍は豊前の反大友勢力を掃討している。

 その筆頭が、実は宇佐八幡宮および宇佐衆だったりするのだ。

 それは、天文三年(1534 年)四月に豊後国勢場ヶ原で行われた合戦に由来する。

 田北鑑生の所でちらりと出したけど、大内軍との間で行われたこの合戦で大友軍が苦戦した理由ってのが、大内軍についていた宇佐衆および宇佐八幡宮の存在だった。

 多くの身内を失って、宿敵大内家の手足となって働いた宇佐八幡宮および宇佐衆は、感情では許すことの出来ない紛れもない敵だったのである。

 それも約三十年という月日と、私という人質のおかげで大友側の掃討リストから外れ、宇佐大宮司である宮成公建(みやなり きみたけ) 及び宇佐衆が裏切らなかった事が大きい。

 もちろん、大友軍が攻め込んだ時には真っ先に私が殺されるのは目に見えていたので、必死に生き残り工作を図りましたが。

 豊前南部、特に山国川以南を親大友側にできたので、門司攻めの前段階として大友軍は香春岳城を攻略している。

 香春は宇佐と同じ豊前一の宮でもあったので、この戦で焼失した香春宮再建を宇佐衆と奈多氏の支援の下で進めている。

 なお、再建後の香春岳城及び近隣の領地を治めるのは私だったりする。

 実際は名貸しで城代を置くのだろうけど、父上ならやりかねんよな。

 この後、立花千代(たちばな ぎんちよ) を城主にする許可を出すし。

 待てよ。このままだと私という前例ができて就任という形か。

 城井谷の宇都宮氏も今は味方だし、敵でも味方でも動いてくれるなと心から思っているのは内緒。

 黒田官兵衛の数少ない汚点とまでいわれる城井谷攻めなんぞ、私もしたくない。

「門司城を見てきたらしいな。

 お前の目にはどう映った?」

 父上の顔に武将としての凄みが滲み出る。

 戦況は芳しくない。

 毛利軍が篭る門司城には兵が三千ほど詰めており、その対岸には一万を越える兵力と、その兵を渡海できるだけの水軍が集結していた。

 水軍衆まで入れたら、多分二万届くかどうか。


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門司城攻防戦 9

 その為に一万の兵で攻めても門司城が落ちず、既に毛利水軍を率いる大将乃美宗勝(のみ むねかつ)の逆上陸で大敗を喫していたり。

 それでも敗走していないのは、私がマスコットとして動いて士気が高く、臼杵鑑速と吉岡長増の両名の将才が優れているからに他ならない。

「爺の受け売りですが、後詰を何とかせねば落ちませぬ。

 既に毛利の後詰は赤間関に集まり、その兵は万を越えると」

 私の言葉を佐田隆居の意見として取り上げてもらう。

 さて、ここからが本番だ。

「問題は、水軍衆にあります。

 毛利についた瀬戸内の水軍が後方で暴れると城攻めに集中できませぬ」 

 居並ぶ諸将から感嘆の声があがる。

 あくまで爺の意見という事なのだが、メッセンジャーが神童だとこうなるわけだ。

 その内、「ようじょつおい」と呼ばれるのは時間の問題だな。

「毛利軍を率いるは、毛利隆元に小早川隆景。

 特に、小早川隆景は、門司城に将旗を移して戦っております」

 毛利両川の一人である小早川隆景。

 まごう事ない、戦国の傑物の一人。

 彼が前線で頑張っているのだから、簡単に門司城が落ちるとは思えない。

 ちなみに、逆上陸をかましてくれた乃美宗勝の上司でもある。

 毛利隆元は早世して歴史的評価は低いが、大内義隆の娘(養女)を娶り、大内の後継者として周防・長門の国人衆を従える事ができる、欠かす事ができない人間である。

「次に、私の手の者から気になる報告が。

 毛利に匿われていた、秋月の忘れ形見が豊前に戻っているとの事」

 これは、さっき麟姉さんから聞いた話。

 こういう話を拾ってくるから、遊女や白拍子達が持ってくる情報網は馬鹿にならない。

 私の報告に諸将だけでなく父上も顔色を変えた。

「まことか?それは?」 

 声に凄みがかかる。

 嘘だったらただではおかない感じだが、この手の噂話を証明できる訳もない。

 そしらぬ顔して私は続きを話す。

「我らの背後を突くなら当然でしょう。

 この戦、かなり厳しいかも知れませぬ」

 秋月の忘れ形見とは秋月種実(あきづきたねざね) の事で、彼の父秋月文種(あきづきふみたね) の時に毛利の手引きで謀反を起こし、父上の攻撃で居城古処山城は落城。

 嫡男の晴種とともに城中にて自刃し滅亡した事になっている。


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門司城攻防戦 10

 だが、次男の種実は毛利に逃亡し、その庇護下において帰還のチャンスをずっと狙っていたのだった。

 私が口を閉じると諸将が皆口を開く。

「背後で秋月が暴れるなら、先に筑前を何とかすべきでは?」

 吉弘鑑理が口に手を当てて、地図上の門司ではなく筑前を眺めて呻く。

「門司を残すのはまずい。

 秋月攻めの背後を今度は毛利が突く事になるぞ」

 その呻き声に田北鑑生が即座に合いの手を入れる。

 長く共に戦場を駆けただけに、互いの呼吸が良く分かっている。

「秋月だけで終わるとも思えぬ。

 原田、宗像、筑紫等筑前の国衆も時同じく蜂起しかねん」

 大友家の謀略担当である吉岡長増は、筑前の国衆の動向を頭に思い浮かべているのだろう。

 枯れた声に苦味が滲んでいる。

 諸将の活発な議論に、私は口を挟まない。

 だから、私と父上は黙って諸将の意見に耳をかたむけていた。

 史実での門司攻防戦の敗退の理由を考えると、戦略面の失敗が大きかったと私は思っている。

 大友の今回の軍事的目的は何か?

 豊前の掌握である。

 では、豊前を押さえる政治的目的は何か?

 領土の拡大もあるがそれは二の次。

 豊前を毛利から切り離す事で、間接的に博多を掌握する事にある。

 この当時、日本有数の貿易港として栄えている博多は町衆が統治しており、誰の支配も受けていない。

 だが、博多に向かう流通を握る事で、周囲の大名は莫大な富を得ていたのだった。

 つまり、博多から堺にぬける瀬戸内交易がその富の源泉であり、馬関(関門)海峡支配が最終目標となる。

 その為には水軍が必要なのだが、豊後水軍だけでは安芸水軍に加えて村上水軍まで押さえている毛利に勝てない。

 戦う前から負けている戦だったりするのだ。実は。

「何か申したき事があるのか?」

「いえ。何もございませぬ」

 考えていたのがばれたのだろう。

 父上が私に声をかけるが、ここはいらぬ口を挟む場所ではない。

 既に、門司よりも筑前の不安定さに皆が気を取られている。


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門司城攻防戦 11

 後は門司から兵を損なわずにどうやって筑前に転進するかだが、それは諸将の仕事だ。

「構わぬ。申してみよ」

 そこまで言われると、何か言わないといけないだろうなぁ。

 さっきまで考えていた、『戦う前から負けている』なんて言ったら機嫌悪くするだろうし。

 少し考えるそぶりをしながら座りなおし、真っ直ぐに父上を見つめて口を開く。

「されば。

 この戦、叩くべきは門司の城ではなく、後詰の毛利水軍衆かと」

 後ろの角隈石宗が反応するが、私はそれを気にせずに続ける。

「水軍衆を叩けば門司の城への後詰はもちろん、我らが筑前を攻める時に彼らは手を出す事はできませぬ」

 私の言葉に諸将の視線が変わる。

 当たり前の事だが、豊前と長門の間には細く狭いとはいえ、海が広がっている。

 そして、海は歩いて渡る事は基本的に出来ない。

 簡単だけど、諸将が見落としていた視点を口にした事で、父上が楽しそうに笑う。

 私を狩りの獲物のような視線で見据えたまま、その方法を父上は尋ねた。

「毛利の水軍は我らより多いぞ。

 それをどうやって叩く?」

 父上の言葉に私は笑ってその策を告げた。

「父上。叩くのは船ではございませぬ」

 と。

 それから三日後、大友軍の門司城総攻撃が開始された。

 攻めるは臼杵鑑速と吉岡長増の二人の大将で兵は九千程度。

 その攻撃は熾烈を極めているように見えた。

 足軽達の喚声に、降り注ぐ矢の雨。

 火矢も混じっているそれを消す指示を出しながら、小早川隆景は陣頭に立って防戦に努めていた為に、その違和感に気づけない。

 火矢まで降り注いでいるのに、どうして鉄砲が出てこないのか?

 何で大友軍が矢戦のみで、足軽を取り付かせようとしないのか?

 毛利軍は門司城の奮戦を横目に、前回と同じく集結していた毛利水軍が大友軍の背後を突くべく、矢鉄砲を陸地に向けて構えながら浜に兵を上陸させた。

 それは私が待ち望んだ瞬間。

 大友軍のほとんどが門司城を向いていて、毛利水軍に目を向けない。

 毛利水軍が次々と船を浜にあげる。

 そこは敵が誰も居ない……はずだった。


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門司城攻防戦 12

「姫様。

 そろそろ合図を」

 爺こと佐田隆居が私に囁く。

 手を上げて下ろすだけなのに、それが途方もなく遠い。

 私は、私の意志で人を殺すのだ。

「姫様。

 ご無理ならば、それがしが手を……」

と言おうとした佐田鎮綱の口を視線で封じる。

 私は何の為にここに来た?

 何の為にここにいる?

 ずっと離れない麟姉さんは私の片方の手を握ったまま。

 もし、この合戦で大友軍が敗北すればどうなる?

 一度だけ目を閉じて口をぎゅっと閉じたまま、手を勢いよく上げた。

「兵士諸君。

 任務ご苦労

 さようなら」

 その言葉が出たのは、狂わないと、遊ばないと、初めての人殺しの重さに耐え切れなかったからだろう。

 私が手を振り下ろすと爺が兵達に命じてかき集めた鉄砲千丁が次々と轟音を響かせ、鉛玉が一斉に毛利兵に襲い掛かった。

 岸近くの毛利軍はこちらの姿を確認する事もできず、大友軍の火力の前に次々と倒れてゆく。

 こちらの兵は穴を掘ってその中に身を隠し、船を下りた毛利兵は遮蔽物の無い海岸上で次々と屍を晒していった。

 どこかのオマハビーチみたいになるかなと思っていたがまさかここまでとは。

 火縄銃は連発ができないから数で補う大友軍。

 そして波と砂で足を取られる毛利兵は格好の的だった。

 とはいえ、射程が短い火縄銃でつるべ打ちにできるとは思っておらず、本格的に上陸しだした毛利兵に私は防ぎ矢を当てる事にした。

「放てぇ!」

 鉄砲隊の護衛についていたのは大友の軍神たる戸次鑑連。

 八百もの弓を毛利兵に向けて放ち、鉄砲隊の弾込めの時間を稼ぐ。

 次々に射られる毛利兵が組織的な攻撃も出来ぬうちに再び轟音が響き、毛利兵が血を流しながら斃れて波に攫われてゆく。

「横槍!突っ込めい!」


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門司城攻防戦 13

田北鑑生の大声と共に、毛利兵を討ち取る為に海岸奥の草地に隠れていた足軽達が横から突っ込んでゆく。

 ちなみに、田北鑑生も先頭で槍を振るっているあたり本当に老人なのだろうか。

 先に毛利軍にやられた大友軍はこの兵力をどこから出したと思うだろうが、これは松山城に後詰として控えていた五千の兵の内三千を使っているのだった。

 毛利軍も後詰を叩く可能性は考えなかった訳ではないだろうが、毛利両川の一人である小早川隆景が戦略的要衝である門司城に篭っているという事実を無視できる人間がいる事など想定外だったのだろう。

 いつの間にか鉄砲の音がやみ、初めて戦が終わった事を理解した。

 この浜の戦は一刻もかからなかった。

 砂浜に上陸した毛利兵はその殆どが屍を晒し、毛利水軍も途中で諦めて去っていったからだった。

 この後方での戦に毛利側は落胆し、大友側は大いに士気をあげた。

「初陣、おめでとうございます。姫様」

 爺や麟姉さん、戸次鑑連や田北鑑生が次々に祝いの言葉を述べるが、私はまだ震えが止まらなかった。

 初めて、自らの意思で人を殺す。

 その結果が眼下に広がっている。

 赤く染まる波。

 倒れて動かない人だった物。

 血で溺れたのか浮いた魚に、毛利の一文字三つ星の旗が波間に揺れていた。

 目を閉じて手を握り、お腹に力を込めて私は口を開く。

 まだ、戦は終わっていないのだから。

「この戦で、負けはなくなりました。

 後は、どのように兵を退くかだと」

 皆の顔が変わるのを見ながら、私は続きを話す。

「門司城へ毛利の後詰は続けられますし、あくまで此度の戦は後詰の一部を討ち取ったのみ。

 それに、筑前の秋月残党が蜂起すれば、我らは戦どころではなくなりまする。

 戸次様。田北様。

 どうか、父上にこれ以上の戦を長引かせることないようにお願いできないでしょうか?」

 私を真っ直ぐに見つめていた戸次鑑連が、私の目線にまで膝をついて微笑みかける。

「かしこまりました。姫様。

 この戸次鑑連が戦を終わらせる事をお約束しましょう」


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門司城攻防戦 14

 この戦の後も双方にらみ合いが続いたが、十一月に入って大友軍は毛利軍に対して和議を求める。

 条件は毛利軍の退去と門司城の破却。

 筑前の秋月の蠢動もあり大友もこれ以上の戦をしたくなかったし、後方遮断に失敗して水軍衆に損害を出した毛利側も士気は落ち、出雲の尼子家と死闘を続けている為にこれ以上の戦力を長門に貼り付けておくわけにはいかなかったのだった。

 この和議に毛利方も同意し、門司での戦は終わった。

 大友家はこの戦で兵一万五千を用い、後で知ったが毛利家も後詰を含めて兵一万八千を集め、双方千近い死傷者を出していた。

 一応大友の勝利と記載されるだろうが、結局の所引き分けという所だろう。

 父上は松山城に田原親賢を置いて毛利への押さえとし、私の城となった香春岳城の城代に志賀鑑綱(しが あきつな)を指名して豊後に帰っていった。

 この戦以後、「大友の戦姫」「宇佐の姫巫女」の名前で私の名前が広がる事になる。

 それは、更なる修羅の道の始まりでもあった。