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彼女の美しさは月の様だった

 

「あの、少しお話していいかしら」

「えっ、いいけど・・・」

初めてマリアと会ったのは、ボンティーというクラブだった。その建物は帆船をモデルに造られており、すべて木で出来ていた。一階はパブとダンスホールに別れ、二階に上がるとデッキになり、空を眺めながら食事ができるようになっていた。


それは、俺が涼みにデッキへ出て、独りでオレンジジュースをアラッという米からできたバリの酒で割ったものを飲んでいる時だった。


彼女は少しか弱い感じで、日本人離れした神秘的な魅力を持つ美しい女だった。しかしなぜかとても淋しげな雰囲気と、人を容易には近づけない冷たさを併せ持っていた。


黒っぽいエスニックなサロンと、黒いタイトなティーシャツというラフなスタイルではあったが、それは彼女の魅力を引き出すのに十分だった。

それほど彼女は、神秘的で美しい日本女性だった。

 

「君独りでここへ?」

「ええ。あなたは?」

「俺も独り。でもバリには何度も来てるから、友達はたくさんいる」

俺たちはたわいもない話をしばらく続けた。


「女性のほうから声かけるなんて、驚いた?」

「まぁ・・・」

実を言うと俺は本当に驚いていた、今まで一度だって女性から声を掛けられる事なんてなかったし、ましてこんな美人からなんて。

「わたし、あなたを見たとき、何か運命的なものを感じたの・・」

俺は言葉に詰まった。

「突然こんな事を言う女なんて、変だと思うでしょ? わたしもどうしてだかわからないの。こんな気持ちになったこと、今まで一度もなかったし・・でもあなたを見たとき、何か心の深い深いところで感じたの。なんだか初めて会ったのではないと思えたの・・・ごめんなさい・・」

彼女はそう言うと、少し頬を赤らめた。

「名前まだ聞いてなかったね」

「マリアって呼んで」

「俺、トシ」

「最初日本人かな?て思ったのよ」

「何人かわからないって、よく言われるよ。髪も伸ばしっぱなしで背中まであるし、日焼けしてて黒いしね。髭だって・・」

俺は毛深いほうではなかったが、ヒッピーのように髪を伸ばし無精ひげをたくわえていた。ただ単にそるのがめんどくさかったのだけど。

彼女の美しいアジアの黒髪は怪しげな光沢を放ち、センスのよいショートヘアーは、その美しく神秘的で上品な顔立ちをひときわ引き立てていた。


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「日本では何を?」

「東京でモデルのお仕事、でもフルタイムじゃないの。トシは?」

「俺は、ただの旅人さ」

俺はコップに1/3くらい残ったオレンジWITHアラッをいっきに飲み干した。

「君もオレンジWITHアラッでいい、おごるよ」

「ありがとう・・」

「少しまっててね・・」

彼女は小さくうなずいた。

俺は、急いで木の階段を駆け下り一階のバーへと向かった。不思議に彼女の言葉がとても自然に感じられた。この亜熱帯の乾季特有の気候のせいだろうか?

俺は二杯のオレンジWITHアラッを手にデッキへと急いだ、早くマリアと会いたい一心で・・

 

デッキへ戻ると、そこには数人のヨーロピアン達が話しているだけでマリアの姿はどこにもなかった。俺はデッキからレギャン・ストリートの方を見下ろしてみたが、やはりマリアらしい姿はなかった。

何か変なことでも言ってしまったのだろうか?

それとも恥ずかしくなって消えてしまったのだろうか?

いずれにしても俺はがっかりしてしまった。

俺は二杯のオレンジWITHアラッを一気に飲み干し、ボンティーを出てレギャン・ストリートへ繰り出した。

 

インドネシアの甘い香りのたばこグーダンガラムと砂埃と甘いインド香の入り混じったクタの香り、何処からか流れてくるGREATFUL DEADのサウンド・・

二十三時というのに、夜はこれからと言わんばかりに人々が歩いている。道路わきには手足の無い乞食、子連れの物乞いの女、客引きのインドネシアン達。タクシーや小型バイクは渋滞で排気ガスを撒き散らしている。オーストラリア人やヨーロピアン達は我が物顔で歩いている。


俺はその雑踏の中、道路わきの屋台に腰を下ろし、ナシゴレンを注文した。周りにいたインドネシア人達が「ボス」「女」「ハッシッシ」と声を掛けてきたが、俺は英語で話し、自分は日本人ではないと言った。この方法がうるさく付きまとう客引きや物売りから逃れる一番の方法だということを心得ていたからだ。


マリアはどこへ行ってしまったのだろうか?

ただの気まぐれだったのだろうか?

だがなぜか不思議にマリアの言ったことがうそだとは思えなかった。俺は、美しい南半球の星空を眺めながらナシゴレンを一気にたいらげた。

HEY! THANKS LOT MAN!

俺はそういうとインドネシア人が払うのと同額だけを払い、安宿(ロスメン)アルカ・ニニへと帰っていった。


アルカ・ニニへ着くと宿仲間達が声を掛けてきた。 

HEY TOSHI! WHERE HAVE YOU BEEN MAN?

ティナ、アンディーそしてアミーゴもいる。いつものようにみんなでビールを飲んで盛り上がっていた。ティナとアンディーはこのアルカ・ニニに住み着いているインドネシア人。ティナには、年老いたオーストラリア人のティナいわく夫がいた?ティナは×一でジャワ島に8人の子供がいるともいっていた。


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アンディーは元ジャカルタの銀行員で、3年間フランスに不法滞在し、今はバリで暮らしていた。アンディーにはフランス人のフィアンセがいて、彼女はパリの大学に通っている、卒業したら結婚してバリで暮らすということだった。


アミーゴは本名カルロスといい、メキシコ人のジプシー(旅を続け自由に暮らしている人々)。父はネイティブメキシカン、母はスペイン系で金髪だといっていた。アミーゴはどちらかといえば、スペイン系の雰囲気だった。

20年以上も世界中旅して歩き、今も旅の途中だということだ。


バリが大好きで、年に数度立ち寄るらしい。そのたびにこのアルカ・ニニに宿を取る常連だった。アミーゴは誰に対しても笑顔で「アミーゴ」と声を掛けるそのラテン系の陽気な性格で、誰からも好かれていた。

しかし、どこか神秘的な部分も兼ね備えていた。


アミーゴの口癖は、女ならイタリア女が一番。イタリア女と出会いたけりゃサヌールビーチへ行け・・だった。44歳ということだが、普通日本人には考えられないくらい若々しかった。一ヶ月前にバリ島にやって来て、あと一ヶ月ほどでオーストラリアのダーウィンへ行くと言っていた。


もうひとつの彼の口癖は「本当の自由を求めるのなら結婚を諦めろ」だった。

クールな男だった。


俺達はコの字型に造られた中央のテラスに座り、今に乾杯した。

 

と其の時「おー新顔の英国人カップルのお帰りだ。HEY!アミーゴこっちに来て一緒にやらないか?」アミーゴが声を掛けると、その英国人カップルもこっちへやって来た。


名前はマイク22歳とクレア23歳。マイクはある中でジャンキー、クレアはマイクより一つ年上で面倒見のよいお姉さんといった感じの、かわいいイギリス人の女の子だった。彼らはインド、タイと旅して、バリの後はオセアニア方面に向かう予定だといった。


アルカ・ニニには他の客もいたが、たいていは2・3日で移動してしまうことが多かったので、ここに長期で滞在する旅人は、コの字型で各部屋のテラスが向かい合わせに造られたアルカ・ニニの構造上も手伝って、たいてい仲良くなってしまう。


しかし他のロスメン(安宿)と違って、日本人はめったに来なかった。ガイドブックに乗らない目立たないロスメンだったからだろう。

壁のあちこちに、何十年も前ここに滞在した人々のセフィア色に変色した写真が無数に貼り付けてあった。なぜかヒッピーが多かった。


ここクタは今でこそ世界的なリゾート地だが、元は今から数十年前、世界中からヒッピーが集い世界的に有名になった場所だ。その後サーファーたちがやって来るようになった。


壁に貼り付けられたセフィア色の写真を見るたびに、なぜだかノスタルジックな気分にさせられた。彼らはそれぞれの国に戻り、出世した今でもこのアルカ・ニニに来るという。もちろんバリに骨をうずめたヒッピーも大勢いたということだ。壁のあちこちには、必ずといっていいほどLOVE&PEACEの文字がセンス良く刻み込まれていた。


俺は飲みつかれて部屋へ戻ったが、マリアのことが気になって、その夜はなかなか寝付けなかった。

 

翌朝目が覚めると、すでに昼近くだった。俺は水シャワーを浴びTシャツと短パンに着替えアンディーの部屋へ行ったが、アンディーはどこかへ出かけていて留守だった。


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俺は、独りクタビーチへと向かった。

クタビーチでは、いつもマハラニホテルまえのビーチバーへ真っ先に行った。

そこは、俺の友人達の縄張りだったからだ。そこにはいつもマッド、ジョン、ジミーたちが居た。彼らはクタのビーチボーイだ、いつもそこに陣取り、旅行者の品定めをしていた。

WHATS UP MAN?俺は、いつもどうりの挨拶を交わしビーチバーへ腰を下ろした。

HEY TOSH! 昨夜はどこへ?」マッドが声を掛けてきた。

「ボンティー」

「探したぜ」

「わるかったな」

「いい女でも見付けたのか?」ジョンが言った。

「まーな」

「日本人の女なら紹介しろよ」ジミーも話に割り込んできた。

「そのうちナ」

クタビーチを眺めながら、俺達はいつものように取り留めの無い会話をしてすごしていた。

 

コンコン、、、突然誰かが背後から肩を叩いた。

振り返るとそこにはマリアが立っていたのだ。


驚いた俺に向かって、マリアは落ち着いた口調で言った。

「昨夜はごめんなさい。わたし、なんだか急に恥ずかしくなって、そこに居られなくなってしまって・・・」

「いいよ、気にしてないから。それよりまた会えて嬉しいよ。隣に座ったら・・」

「うん」

日中に見るマリアの姿は、また一段と輝いていた。

マッド、ジョン、ジミー達もすぐに席を替え、いっせいにマリアに話しかけてきた。マリアも英語は話せるのだが、いきなりいっせいに話しかけられ少し困った様子だった。

そんなマリアに向かって、俺は言った。

「少しビーチを散歩しない」

「いいわねー」

俺は、彼らを振り切るようにマリアと歩き始めた。

 

「どうしてここが?」

「なんとなく、トシに会えるような気がしたの」

俺は本当にどきどきしていた。マリアは黒いニットのビキニとバリっぽい巻きスカート、へそにはセンスのよいピアスが太陽に反射して光っていた。

「ボンティーの後どこへ?」

「タクシーでホテルに帰ったの」

マリアはなぜだか寂しげに答えた。

「どこに滞在してるの?」

「ヌサドゥア」

ヌサドゥアは、バリ一番の高級リゾート地だ。

俺のような貧乏旅行者には縁の無い場所だった。


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「俺の安宿とは大違いだ」

「トシはどこに?」

「俺はクタのロスメン。バリに来るといつもそこだから仲間もいるんだ。でも、マリアには似合わないかも?」

「決め付けないで!」マリアは少しむきになって言った。

「ごめん、俺はただ・・・」

「わたし決め付けられるのがいやなの、人はわたしのことをこういう女だって勝手に決め付けたがるの。それがいや、わたしは変化してゆきたいの・・・ごめんなさい・・」

「いいんだ。俺も同じだよ、人に決め付けられるのはむかつく・・・そーだ屋台でフルーツの盛り合わせでも食べない?」

「いーわねー、おいしそー」

俺達はビーチ沿いのフルーツ屋台でフルーツの盛り合わせを注文した。さすが南国というだけあってマンゴ、パパイヤ、メロン、など様々なフルーツが贅沢に盛り付けられていた。

YOU AER VERY BEAUTIFUL!!」屋台のおやじは、マリアにそういって大盛りにしてくれた。バリでは普通このフルーツ盛りに甘いソースを掛けて食べるのだが、俺はあまり好きではなかったので断った。フルーツのナチュラルな味を楽しみたかったからだ。マリアは「THANK YOU!!」といってその可愛いらしい口でおいしそうにほうばった。

「おいしー?」

「ほんとうにおいしいわ。ありがとう」

俺はたとえようの無い幸福な気持ちになっていた、しかし同時になぜか言い知れぬ不安が付きまとった。

俺達は食べ終わるとビーチ沿いのヤシの木陰に腰を下ろした。

「クタビーチのサンセットは、世界的にも有名なんだ」

「わたしもガイドブックで読んだわ、早く見たいなー」

「でもクタビーチは波が高いからサーフィンにはいいけど水泳は危険だね」

「トシ、サーフィンするの?」

「昔はね。今はやらない」

「どーして?」

「別に理由は無いさ。マリアはするの?」

「私は泳げないから・・・」

「よかったら水泳教えようか?」

「本当?でも諦めてるの」

「バリのウエストコーストは波が高くて危険だけど、イーストコースは波も穏やかで珊瑚礁なんだ。以前友人に連れて行ってもらってすごく気に入ったバンガローがある。一泊十ドルくらいで造りも古いバリスタイル、白い砂浜の上に建ってるんだ。部屋の中にはいつも静かな波音が聞こえてきて、静かな本当にいいところなんだ。それに観光客はまだほとんどいない、いまだにシークレットビーチさ、アメットていう所なんだ。それに夕食後にビーチサイドで地元の舞踊団とガムランのコンサートもある。本当に最高なんだ」

「部屋にいても波音が聞こえてくるんだ・・」

「そうさ、静かにね」


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