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 住宅も、築80年を過ぎると魔法が使えるようになる。住人に思い出し笑いを起こさせることが出来るようになるのだ。しゃっくりのように襲う笑いと、煤けた柱のコントラスト。住人はしだいに心を病むが、存在しなかった愉快な日々の残照がいつまでもその顔を照らす。


 乗用車も、走行距離が88万Kmを過ぎると魔法が使えるようになる。ヘッドライトが見えないものだけを照らすようになり、運転者のリアリティに風穴をあける。人と車はかつてない一体感とともに蛇行しながら裏返しになり、それでもなお着実に前進しているという事実が彼らの心を支える。


 パイ生地も、折りたたみ回数が70000回を超えると魔法が使えるようになる。焼きあげて一口食べれば芳醇な香りが脳内のあらゆる受容器を塞ぎ、あなたから言葉を奪う。この美味しさを伝えたい人がいる。その人が魔法でカエルに変えられたことをあなたはまだ知らない。


 自動販売機も、硬貨投入が1億回を超えると魔法が使えるようになる。見本として並ぶ缶の表面に小さな顔が浮きだすのだ。いずれも物問いたげな表情で、「彼らは何を問いたいのでしょうか? 何を問いたいのでしょうか?」販売機もそう通行人に問い続け、やがてどこかへ運ばれてゆく。


 小学校の焼却炉も、処理ゴミが5000トンを超えると魔法が使えるようになる。子供のころに失くしたものを蘇らせてくれるのだ。少年の心をとり戻そうと扉から頭を突っ込み、かわりに丸めたテストの答案を口いっぱいに詰めて戻る中年たち。その表情はまんざらでもない。


 プロポーズも、10102回を数えると魔法が使えるようになる。求婚の言葉を口にする瞬間に3~5人に分裂し、より大きな選択の自由を提供できるのだ。相手は弾を込めた銃を持っているので、それを用いて選択肢を手早く刈り込み、丁重な断りを添える。極めて現代的な手続きである。


 シャープペンシルも、ノックの回数が2億4千万を超えると魔法が使えるようになる。書く文字に時おり鏡文字が混じってしまうというのがそれで、あなたは「田」を「田」としか書けないことに戦慄し、パニックは試験会場全体に伝播する。試験官は「おそろしかった」と振り返る。


 ラムネの玉も、再利用が40回になると魔法が使えるようになる。眼のまえにかざして風景を眺めると、日本のどこかで誰かが転ぶ。その誰かに、あなたは死ぬまでにかならず出会う、というのが魔法である。出会った先には魔法はないが、不満のあろうはずもない。


 ぼくは、さんじゅっさいに、なったので、まほうが、つかえるようになりました。じが、かけます。まえのあしが、ごはんをくれる、うしろあしであるく、いぬと、おんなじ、かたちです。しっぽが、なくなったのは、ちょっと、さびしいです。

この本の内容は以上です。


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