目次
第1章 2025年
第1章 2025年
第2章 2010年
第2章 2010年
第3章 臨時大会
第3章 臨時大会
第4章 公開討論会
第4章 公開討論会-01 すり替え
第4章 公開討論会-02 バトル開始
第4章 公開討論会-03 コマーシャル
第4章 公開討論会-04 600億円
第4章 公開討論会-05 コマーシャルのツケ
第4章 公開討論会-06 コールセンター その1
第4章 公開討論会-07 3000億円
第4章 公開討論会-08 天気予報
第4章 公開討論会-09 官営
第4章 公開討論会-10 災害報道
第4章 公開討論会-11 ニュース
第4章 公開討論会-12 バラエティー
第4章 公開討論会-13 紅白
第4章 公開討論会-14 教育番組
第4章 公開討論会-15 スポーツ
第4章 公開討論会-16 全廃
第4章 公開討論会-17 得られるもの
第4章 公開討論会-18 歌のお姉さん
第4章 公開討論会-19 タイタニック
第4章 公開討論会-20 ハイビジョン
第4章 公開討論会-21 BS
第4章 公開討論会-22 国営化
第4章 公開討論会-23 民営化
第4章 公開討論会-24 スクランブル化
第4章 公開討論会-25 復活
第4章 公開討論会-26 JAL
第4章 公開討論会-27 外国勢力
第4章 公開討論会-28 不払い拡大
第4章 公開討論会-29 都会の人、過疎地の人
第4章 公開討論会-30 一律徴収方法と不祥事
第4章 公開討論会-31 携帯と解約
第4章 公開討論会-32 国民会議
第4章 公開討論会-33 1兆円企業
第4章 公開討論会-34 社会実験
第4章 公開討論会-35 コールセンター その2
第5章 『ミヤビーノ』
第5章 『ミヤビーノ』
第6章 葬式
第6章 葬式
第7章 リクルート
第7章 リクルート
第8章 ボランティア
第8章 ボランティア
第9章 新聞
第9章 新聞
第10章 渡米
第10章 渡米
第11章 投稿
第11章 投稿
第12章 横田農場
第12章 横田農場
第13章 第1話
第13章 第1話
第14章 夜桜組
第14章 夜桜組
第15章 張り込み
第15章 張り込み
第16章 第2話
第16章 第2話
第17章 発見
第17章 発見
第18章 函館五稜郭
第18章 函館五稜郭
第19章 盗聴
第19章 盗聴
第20章 追跡
第20章 追跡
第21章 一軒家 その1
第21章 一軒家 その1
第22章 穴
第22章 穴
第23章 救出
第23章 救出
第24章 線路
第24章 線路
第25章 一軒家 その2
第25章 一軒家 その2
第26章 カーチェイス
第26章 カーチェイス
第27章 薩摩テレビ
第27章 薩摩テレビ
第28章 騎馬武者
第28章 騎馬武者
第29章 生中継
第29章 生中継
第30章 安静
第30章 安静
第31章 京都へ
第31章 京都へ
第32章 謝罪
第32章 謝罪
第33章 函館山
第33章 函館山
第34章 事業仕分け
第34章 事業仕分け

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第1章 2025年

 

注意:この作品はフィクションです。実在の人物、団体、事件などには一切関係ありません

 

 

 

 東寺の五重塔が見えてきた。新幹線が京都駅に停止する。吉田スミレは妹の初産で、東京に2週間手伝いに行っていた。
 妹の小百合は学校を出たあと、サンフランシスコの大学で日本語教師をしていた。そこで小百合は生徒のアメリカ人に見そめられて結婚し、現地で暮らしていた。その御主人が、昨年、アメリカ大使館員となって日本に赴任し、現在、二人は東京の麻布に住んでいる。御主人は多忙で、最初の子供が生まれるというのに、毎週のように日米を行き来している。それで、姉のスミレがお産の手伝いに来ていた。先週、小百合の御主人も立会えて、無事、女の赤ちゃんが生まれた。目が青いことを除けば、小百合が赤ちゃんだった時とそっくりだ。スミレは小百合より十歳年上なので、小百合が生まれたときの顔を覚えている。


 そして、京都の建設会社で設計の仕事をしているスミレの夫、吉田健一郎も、お祝いに駆けつけ、大晦日の今日、夫婦で京都に帰って来たのである。家では二男三女の五人の子供たちが待っている。15年前に始まった大家族ブームのはしりである。当時、子供手当の支給から始まった少子化対策が徐々に功を奏し、世帯当たりの子供の数が増えて、今では4~5人が珍らしくない。


 スミレと健一郎は駅前でバスに乗って金閣寺に着いた。金閣寺は室町幕府の三代将軍足利義満が建てさせたもので、当時はここが日本の政治の中心地だった。昭和の時代に金閣寺は国宝に指定されたのだが、残念なことに火事で全焼してしまった。そのあと再建された今の金閣は国宝ではなくなったが、世界遺産にも登録されて今日、このように美しい姿を見れることは有難いことである。二人が境内に入ると、朝方にかけて降り積もった雪で金閣はすっかり雪化粧していた。金閣は池に面していて、その池の対岸が半島状に伸びている。風が吹き始める前に水面に映る逆さ金閣ごと撮影しようと、カメラマンが所狭しと三脚を並べている。

 

 健一郎も、そのカメラマンの中に割り込んで10枚ほど写真を撮った。金閣寺を出て5分ほど歩くと、もう自宅だ。そばまで来ると、子供たちの声が聞こえてきた。出かける前に、長女の美鈴に、東京のお土産を食べながら新紅白を一緒に見るから、それまでに年末の大掃除を済ませておくよう頼んでおいたのだ。2025年も、あと数時間で閉じる。見ると、上の子2人が下の子たちを上手に使って掃除をしていた。
「ただいま。美鈴、これ、おみやげ。掃除、はかどってるようだね」と健一郎が言うと、
 美鈴が玄関の上を指して、
「うん。お父さん、この『MMK』とかいうラベル、剥がっしゃっていい?」と聞いてきた。なるほど、古ぼけていて汚らしく見える。
 健一郎とスミレは互いに顔を見合わせ、
「う~ん、二度と手に入らない記念品なんだけど。もぅいいか?」と健一郎が自問すると、
「そうねぇ…。美鈴、剥がっしゃって」と言うスミレの顔は左の眉毛がちょうど真ん中で5ミリほどスキがあり、左手の甲には10センチほどの傷跡がある。
 美鈴はMMKのラベルを剥がそうと背伸びして爪で取ろうとするが、引っかからない。
「これって、お父さん、この柱に元から付いていたもの? 全然剥がれそうにないけど?」
「そんなことないよ。後から貼ったものだよ」と健一郎が答える。
「ふーん」と言いながら、美鈴はポケットからキーリングを取り出し、キーの平らなところで強く押すと、以外にも全体がぺロッと剥がれて、ストンと下にあったゴミ箱に納まってしまった。
 健一郎とスミレは、(あの時と同じだ)と言わんばかりに互いにうなずいた。


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第2章 2010年

 年は15年逆のぼって2010年12月。午後2時、京都東山中央高校のテニス部員がコートで練習をしている。学校の周囲をバレーボール部員がランニング中で、両部とも、京都府では5本の指に入る実力があり、夜まで練習をしている。
 正門の前にコンビニがあり、その駐車場の中に『京都子育て支援の会』事務所のプレハブがある。会の代表、斉藤美智子の祖父がこのコンビニの経営者で、孫の美智子に建ててくれたものだ。美智子は30歳、夫と5歳の娘がいる。
 中では、美智子のほかに、田口頼子と角田幸子が会のホームページを見ている。三人は高校のクラスメートで同じバドミントン部であった。美智子が主将でまとめ役だった。
「最近、いやがらせが多くなったわね。やんなっちゃう」と美智子が愚痴をこぼすと、田口頼子が、
「MMK廃止論を出してからよね」と言った。頼子には夫と4歳の息子がいる。

「そう。こんな嫌がらせしないで、代案を出してくれればいいのにねぇ」と角田幸子。幸子には夫と4歳の娘がいる。三人とも子供が同じ幼稚園に通っている。リーマンショックで夫の収入が大幅に減ったので、三人とも外に働きに出たいのだが、保育所は空きがなく、今、子供を通わせている幼稚園は延長保育をやっていないので働けない。よく手伝いに来てくれる沢田一美と、この三人は、ご主人の両親と同居なのだが、その両親が現役で働いているので夜は預けられるが、昼間は預けることができない。


 三人は、皆ノートパソコンを持っていて『支援の会』のホームページには、普段は自宅からアクセスして読んだり、編集している。しかし、話し合ったりするのは、このプレハブに集まって話すのが一番で、そのときは自分のノートパソコンを持ってくる。昼間、子供が幼稚園に行っている時とか、夫や、その両親がいる夜に、プレハブに集まることが多い。子供を連れて来てもいいように窓の下に3畳ほどのキッズコーナーを作って、レゴやおもちゃが置いてある。
 この会を発足させたのは2010年6月で、長引く不況によって働きに出たいお母さんたちが要望する保育園の待機児童解消と病気児童の受入れ体制の拡充を実現するのが目的であった。ホームページを立ち上げて、世論を盛り上げてきたのだが、政策実現に必要な年間3000億円の財源をどう確保するかで、壁に突き当たった。しかし、ネット上で論議をしていくうちに、主婦の間から、電気、ガス、水道は節約はできても、止めることは難しい。しかし、MMKはライフラインではないので、やめようという意見が大勢を占めるようになってきた。

 それまで災害報道はMMKが一番充実してると思っていたが、2010年2月末のチリ地震による津波警報の時、MMKは番組を中止して、『何々港は潮位30センチ』などとアナウンサーが突っ立ったまま1日中放送していただけで、その内容は気象庁の発表を読み上げただけであった。民放は番組を中止しないで気象庁発表の各地の潮位を書き込んだ日本列島の図を画面に重ねて合わせて放映していたが、それで十分だ。
 MMKがなくても大丈夫だ。待機児童解消と病児受入拡充は年間3000億円もかかるが、MMKが我々庶民から強制的に徴収している年間6850億円の受信料をやめさせて、半額を税として徴収し、それに当てるという考えである。
 何か新しいことをしようとすると、これまで当たり前としてやってきたことを、削らなければならない、ということである。パイが年々大きくなっていった古き良き時代とは違い、今はシビアなのだ。ネットで論議を展開しているので、どうしても一般の人よりもテレビを見る時間の少ない人が多い。従って、それに比例して、MMKを情報源として頼りにしている人も少ない。しかし、別の見方からすれば、テレビそしてMMKの生活の中における相対的地位が下がってきている、とも言える。
 それもあって、ネット上では、テレビを持っているだけでMMKの受信料を徴収するという、今のやり方に反発する人が増えてきたのだ。ポストを持っていると郵便局が毎月、集金に来るみたいなものだ。
三人は今日の書き込みを全部読んで分類し、ホームページの更新を終えて10時に事務所のプレハブを閉めた。

翌日の朝、コンビニに集配に来た宅配便の運転手の吉田が『支援の会』のプレハブの落書きに気付いた。
 プレハブの壁に、
『天誅組参上!』
『ばかやろう!』と黒のスプレーで大書きされていた。
 そこへ、斎藤美智子がドアのカギを開ける為にやってきて、
「何これ? 誰?」
「私じゃないですよ。 今、集配に来て、この落書きに気付いたんですよ。誰がこんなもの書くんでしょうねぇ?」と吉田が首をかしげた。
「えぇ? どうしよう。おじいちゃんに建てて貰った新品のプレハブなのに?」と美智子が困惑していると、吉田が、
「ホームセンターでシンナー買ってきて、ぼろ布に沁み込ませてこすれば、消えますよ」
「本当? シンナーって誰でも買えるの?」
「塗料コーナーに行けば、売ってます。誰でも買えますよ」
「いくらぐらいするもの?」
「思いのほか安くて、このくらいのビンで200円しませんよ」
「あら、詳しいのね」
「昔シンナーやってましたから」
「本当?」
「なんて冗談ですけど。はっはっはっ」

 

 吉田はこのコンビニへは、朝9時過ぎと夕方5時過ぎに集配に来る。29才独身、185センチの長身でハンサムな青年である。コンビニ前の高校の女子高生がその時刻に待ち構えていて携帯で写真を撮るほどだ。吉田の帽子をかぶっているところがいいとか、かぶってないところもいいとか、大変である。コンビニの裏で集配作業をしていると、女子高生に入ってこられてしまうのだ。女子高生もお客さんなのであまり強いことも言えず、コンビニ側としては、吉田に表のレジ横で集配業務をするように頼んだ。それで、女子高生が店の裏に紛れ込んでくることは無くなったが、吉田が来るころには、店内が女子高生でごった返すようになった。が、しかし、売り上げはそんなにも上がらなかった。コンビニが困った顔をしているのを、吉田も気付いて、あるとき携帯で自分を撮影している女子高生たちに、
「君たち、ここに来たら、一つでいいから、何か買ってあげてね」と言ったところ、それ以来、コンビニの売り上げが伸びてきたのだ。女子高生がコンビニで買うものだから、そんな高価なものではないのだけれど、何しろ数が多いので、結構、売り上げアップにつながるのだ。

 

 美智子は吉田が去った後、携帯でその落書きを写真に撮って、幸子と頼子にメールで送った。
 すると幸子から、
「シンナー買って行きます」と返事がきた。
午後になって、幸子と頼子がやってきた。
「誰が、こんなの書くんだろう?」と幸子がつぶやくと、美智子が、
「きのう、晩の10時に閉めたときは、無かったんだから、それ以降で、朝、宅配便の吉田君が見つけてくれた9時ごろまでの間よね」
「その吉田君ってのが犯人だったりして。なにしろ、第一発見者が一番怪しいって言うじゃないの?」と頼子が吉田を疑う。美智子が、
「たぶん、そんな人じゃないと思うわ。今朝の9時じゃ明るくて、あんな落書きしてれば誰かに見られるわよ。絶対、夜中に誰かが来たのよ。それにシンナーで拭けば、取れるって教えてくれたのも吉田君よ」と言うと、
「ますます怪しいわ。消し方まで心得ているなんて」と頼子が更に疑う。幸子は、
「そんなに人を疑うもんじゃないわ」と言い、美智子は、
「そうよ。でも、このプレハブって、最初あたしが中古を探していたのよ。知ってるでしょ?」
「うん、一緒に、あちこち歩いて探したよね」と幸子が言う。
「そして、おじいちゃんに、ちょっと相談したら、この新品を買ってきちゃったのよね」
「そうだったね」と頼子。
「あとで調べたら、この広さで冷暖房も付いてるから100万はしたみたい。だから、大事に使っているのに」
「じゃ、おじいちゃんに見つからないうちに早く消さなきゃ」と頼子が笑う。
そして、三人はぼろ布にシンナーを含ませて、落書きを少しずつ消していった。幼稚園のバスが来たので、三人の子供を一緒に降ろして、プレハブの中で遊ばせている。

  向かいから女子高生が、コンビニへぞろぞろやってくる。(5時過ぎになったな)と美智子は思った。この時間に吉田が来るので、それを見に来るのだ。何かしら一品買ってくれるので、コンビニも歓迎しているのだ。
吉田が来た。首にシルバーのネッカチーフを巻いている。女子高生が携帯で写真を撮る。実は、吉田は、来るときに帽子をかぶっているか、いないかぐらいしか変化がなかったので、写真撮影も一段落した時期がある。
コンビニの店員が、
「近頃、ブームも下火になったね」と言うのが聞こえた。店内がごった返さないのでやれやれ、とホッとする半面、売り上げが下がるので、困る面もある。下がると、チェーン店なので、原因は何か、どうすれば上げられるか、バイトでも、ひとりひとり書かされて、本部に上げなければならない。特に、大いに繁盛したことがあると、あとの反動がひどい。逆に言うと、後で下がってしまうような、一時的ブームならば来ない方がいい、そっとしておいて欲しいと防衛的に思ってしまうのだ。吉田は、そんなコンビニの経営者やバイトの気持ちも、ちょっとした毎日の会話で感じるし、自分も、人気が若干陰り気味である事に、寂しさを感じたりもしているのである。


 そこで、どこまで意識していたかはわからないが、吉田は色違いのネッカチーフを付けるようになったのである。このくらいなら、宅配業者の服装規定にも違反はしないのであろう。これまでに首に巻いてきたネッカチーフの色は十色以上あるようだ。今、女子高生の間では、吉田のネッカチーフは何通りあるのか、自分はそのうち、いくつの写真を持っているか、が話題になっているのだ。そういう訳で、最近、ブームが再燃したような形になっている。

 

 その吉田が、プレハブにやって来て、
「きれいに消えましたね」と言うと、
「ええ、お陰さまで。幸子さんにホームセンターでシンナー買って来て貰ったの」
と言って幸子の方を見た。
幸子が、にっこりして頭を下げた。
「ここのホームページ見てますよ。こんな、嫌がらせに負けないで下さいね。みんな応援してますから」
と吉田が励ますと、幸子が、
「えっ? この落書きって、あたしたちの活動と関係あるのかしら?」
「あるんじゃないかな。だって、先月、『MMKを守る会』が右京区にできたでしょう。MMK側も活動し始めたってことじゃないですか?」


 美智子ら三人は、鈍いのかもしれないが、落書きの内容が、特にMMKと関連しているわけではないので、ただ、一般的ないたずらと思っていたのだ。しかし、ホームページへの悪意ある投書からすれば、ありうることだ。
 そして最初の落書きから1週間が経った。

「やっぱり」と吉田はつぶやいた。
 

 前回、教えてもらった美智子のアドレスに、
「また落書きです」とメールして、次の集配先へ移動した。美智子はメールを見て、子供を送り出したあと、プレハブの前に来た。美智子の家はプレハブの逆の向きに門が付いていて子供を送り出したりするときは、そっちを使うのでプレハブの異変には、すぐ気付かない。吉田はプレハブの前を通ってコンビニの横に駐車して集配の仕事をするから、プレハブの前を必ず通るし、しかも、運転席側にあるから、いやでも見えてしまうのだ。

 美智子が、新しい落書きを携帯で撮っている。
『MMK廃止反対!』
『非国民!』
『殺すぞ!』と書いてある。

 美智子は、やっぱり吉田君の言った通りだと思った。『MMKを守る会』が先月できて、この同じ京都の反対側、右京区に事務所があるという。まだ行ってはいない。京都は以外に狭くて、美智子のいる左京区の八坂神社から右京区の嵯峨野までは10キロメートルしかない。だから、時速60キロでノンストップで走れば、10分で到着する。そんな近くに『守る会』ができたと言うのだから、もし、悪気があれば、いたずら書きくらいしているかも知れない。どうしよう。美智子は背筋が寒くなった。

 

 午後には、美智子、頼子、幸子と毎日ではないけれど、よく来てくれる沢田一美、友美の姉妹が混じって5人で善後策を練っていたが、なかなか話がまとまらない。そのうちに、幼稚園バスが来たので、メンバーの子供を一緒に降ろしてプレハブの中で遊ばせた。話し合いを続けているうちに、向かいの高校の女子高生がコンビニに集まり始めていた。あぁ、もうそろそろ、吉田君が来る頃だ。美智子はちょっとホッとした。吉田君なら、いい考えをズバッと言ってくれるかもしれない。案の定、しばらくして吉田のトラックが来た。手押し車を押してコンビニに入って行った。吉田は十分くらいで、荷物をトラックに積み集配完了。その後、プレハブにやって来た。

 

「まだ、消してないんですか?」と聞く吉田に美智子は、
「そうなのよ。写真は撮ったけど、消していいものか、警察に見て貰おうかとか、みんなで話し合っているのよ」
「警察に被害届を出した方がいいですよ。前回のいたずら書きも含めて出せば、筆跡を絞り込めるでしょ。それで、ここに来て、見て貰うように頼むんです。怖くて怖くてしょうがないって言うんですよ」
「警察なんか、そんな簡単に来てくれやしませんよ、どうせ」と頼子が言うと、吉田は、
「でも、この次があるかもしれないんで、今から、来て見てくれって言っておくんですよ。で、話はちょっとズレますが、あそこにあるコンビニの防犯カメラ、ここから見えるでしょ。っていうことは、向きさえ変えれば、このプレハブをあのカメラで撮影できるはずです。だから、おじいちゃんに頼んで向きをこちらに当分変えてもらうといいですよ」


「そんなの変えちゃって大丈夫かしら?」と心配する美智子に、吉田は、
「コンビニ本店との契約では、あの出入口を監視するようになってる筈ですが、このプレハブだってあのコンビニの駐車場の中にあるわけだから、カメラの向きをこっち向きにしたところで、大きな契約違反にはなりませんよ。駐車場で問題行動をする人がいるようなので、向きをそっちに向けたって言えば大丈夫ですよ」
「ずうっとじゃないしね」と美智子が言うと、
「そう。それから、ゴム引きのマットみたいなものをこのプレハブの前に敷くんですよ。そうすれば、犯人の足跡が採れるかもしれない。そのためには、プレハブを閉める前に、ちゃんと拭いておかなければいけませんけどね」
「防犯カメラでビデオ撮って、足跡も採れて。それなら、犯人捕まりそうね」と美智子が乗り気になった。

 

 すると吉田が、
「どっちの落書きも第一発見者が私だから、まずは私が疑われるんですよ。警察も仕事なんで、しょうがない。だから被害届を出すときに一緒に行ければ、警察も私を事情聴取で呼び出す手間が省けるというもんです。でも、私は7時じゃないと仕事が終わらないんです。それまで、待ってもらうより、先に警察に行って、『被害届出したよ』ってメールもらえば、帰りに警察に出向きますよ。警察には吉田が仕事帰りに寄りますって言っといてくれればいいですから」
と、そこまで言うと、吉田は宅配便のトラックに飛び乗って次の集配に行ってしまった。何と、テキパキとしたことだろう。みんな感心した。幸子も、
「カッコいいわねぇ。あれじゃ、女子高生が出て来て写真撮るわけよね。言うことも、しっかりしてるし」
 沢田姉妹が帰った後、美智子、幸子、頼子の三人は、結局7時まで待って、吉田と警察に行くことにした。
 警察では、予測通り、来て見てくれるとは言ってくれなかったが、被害届を受理してくれた。
「これでいいんです。あとは、あの防犯カメラとゴムマットで、うまく証拠が集まれば、犯人を捕まえることができるか、少なくとも牽制はできますよ」と吉田は言って帰った。


 翌日、頼子が家で使ってないゴムマットを持ってきてくれた。その晩から美智子は、事務所を閉めた後、ゴムマットをよく水拭きして、足跡が取れるようにしていたところ、5日目、また、落書きされたのであった。
『MMK廃止反対!』
『暴挙を許すな!』
『公共放送を守ろう!』と書いてある。また、見つけたのは吉田である。プレハブの前のゴムマットを見ると、ハッキリ足跡が付いていた。
(やったぞ!)
 吉田はガッツポーズをした。
 すぐ、携帯でメールしたところ、美智子が出てきた。
 吉田は、ゴムマットの足跡を保存するよう言って、集配の仕事に戻った。
 美智子は、位置関係がわかるように落書きと足跡を一緒に撮影し、そのあと、ゴムマットを囲うように、花を植えてあるプランターを並べた。誰かに不用意に踏み消されないようにだ。午後には、レギュラーの三人が集まり、コンビニの裏の事務所に行って、美智子のおじいちゃんに防犯ビデオを見せて貰った。
「あ、ここっ」
と美智子が叫んだ。
 おじいちゃんは巻戻しボタンを操作して、犯人が画面に入って来るところで止めた。
「ずいぶん、大きいわね。プレーにして、おじいちゃん」と美智子が頼んだ。
すると、画面の犯人は上下ジャージでランニング中という感じだ。
プレハブの前まで来ると、ジャージの下に隠し持っていたスプレーを取出し、慣れた手つきで、すらすらと落書きを始めた。
 書き終わるまでに1分とかかっていない。 たぶん、3回目だからだろう。ふざけたやつだ。 書き終わると、スプレーをジャージの下に隠し入れ、左右をちらっと見て、走り出した。身長は180センチ近く、体重は150キロくらいはありそうだ。
 そして画面から外れていった。目出し帽で覆われているが、顔がやけに四角く、特徴がある。
 すると、おじいちゃんがつぶやいた。
「世も末だね、MMKがこんなまねするようじゃ。戦後、ここらへんでテレビを買ったのは、うちが最初だったんだ。近所中の人が夕方、うちのテレビを見に来たもんだよ。あの頃は、MMKの受信料を払ってることが、自慢だったんだ。時代が変わったんだね」

 三人がビデオを警察に見せると、刑事が捜査班と一緒にプレハブまで、やってきて足型をとった。
刑事は、
「隣のコンビニは、警察官立ち寄り所になっているので、パトロールの警官には、こちらのプレハブが被害にあっているので警戒するように、申し送りします。
ただし、24時間付けておくわけにもいかないので、こちらでも自衛手段を取ってくれませんか?」
「とおっしゃいますと?」と美智子が聞くと、刑事は、
「夜はライトアップして下さい。そして落書きしにくいように夜間はプレハブの周囲にロープを張るんです。そうすれば、ライトアップされてる中で、ロープをくぐっていくには、抵抗がありますから、犯罪を抑止する効果があるんです」
これを聞いて、三人はホームセンターに買い物に出かけ、早速その晩から、ロープを張り、ライトを朝方までつけるようにした。
 翌日の夕方、美智子が、
「今日は大丈夫だったね」と言うと、
「あすはどうなることやら」と頼子が心配をもらす。すると、幸子が、
「ねぇ、こうやって、毎日ビクビクして待ってるより積極的に打って出ない?」
「積極的に活動したためにMMKの連中から、いやがらせをされているのよ」と頼子が制止しようとすると、幸子が、
「違うのよ、公開討論会を申し込むのよ」と新提案を出した。
「どうせ出て来やしませんよ」と頼子が言うと、美智子は、
「幸子のアイデアいいかも。頼ちゃんと同じで、あたしも、MMK派は出てくるわけ無いと思うけど、公開討論会の申込みに対して逃げ回っているっていう印象をネットで流せば、それだけでこちらが有利になると思うわ」


 すると幸子が更に進んで、
「こんなのどうかしら? 『真剣バトル・京都子育て支援の会 v.s. MMKを守る会』というタイトルで市民会館ホールを先に借りちゃうの。そして市民傍聴者をホームページで公募するのよ。もし、『守る会』が出てこなければ、自動的に欠席裁判になるってわけ。マスコミには事前に取材を呼びかけておくのよ」。すると、美智子も、
「圧力をかけるために、落書きとか目出し帽の男の動画とかホームページに載せちゃおうよ」と言う。しかし頼子が、
「こちらの手の内は犯人側には見せないようにって警察から言われてるのよ」と反対。幸子は、
「でも、落書きは3回もあって、筆跡も分かってるし、目出し帽の男が、次は素顔で現れるわけじゃないし、足跡だってあんなにくっきり採れてるんだから、それ以上いい足跡は期待できないわ」


 美智子も、
「それに万一、犯人捕まえたって、MMKの会長でした、なんてことはありえないよね。『頭にきたので私ひとりで、やりました』って単独犯行を主張すれば、それで終わりでしょうからね」
「確かにそうね。じゃ、あたしは、落書きと動画をホームページに掲載するわ」と頼子も積極策に賛同し、
「じゃ、あたし市民会館にホールの予約を取るわ」と幸子が言って一挙に動き出した。
 翌日、市民会館の小ホールの予約が取れた。早速、ネットで市民傍聴者を募るとともに、『守る会』に公開討論会に出席するようネットで呼びかけ、更に美智子が郵便局から申入書を配達証明で発送した。

 

 そして1週間が経った朝、また集配に来た吉田が異変に気づいた。プレハブの窓ガラスが割られていたのである。吉田はすぐに美智子にメールを送ってコンビニの集配業務に戻った。美智子は携帯で現場を写真に収めながら、プレハブの中に大人のげんこつほどの石を見つけた。血で染めたのだろうか、真っ赤だ。子供たちを遊ばせておくキッズコーナーの真ん中にあったレゴで作った家が木っ端みじんに壊れていた。子供たちがいるときに飛んできたら大怪我をしていたかもしれない。そう思うとぞっとする。指紋でも採れるかもしれないので触らずに写真だけ撮った。そして、すぐに頼子と幸子にメールを送った。


 2人は子供を幼稚園バスに乗せた後、やって来たので、美智子が機械を操作して、三人で防犯ビデオを見始めた。おじいちゃんがビデオを操作するのを見ていたので、もう覚えたのだ。朝方の6時、5時、4時まではガラスが割れたままだ。そして3時50分、窓ガラスが割れるところが写っていた。しかし、石が飛んでくるところは写っていなかった。
「今度は石よ。事務所の中にまだあるわ」
 窓はガラスが2枚あって、左側が割れていた。割れたガラスが外にも落ちていた。大部分のガラスは事務所の中に落ちており、美智子の言った真っ赤な石が転がっていた。


「これって、血かしら?」と幸子が自問すると、頼子が、
「何だか怖くなってきたよね、どうする? こんなことパパに言ったら、すぐやめろって言うわよね?」
「それにこんな大きな石、子供にでも当ったら怪我どころか死んじゃうかもしれない」と幸子も不安を口にした。

 そこへ、吉田から美智子の携帯に電話が掛かってきて、
「石を投げた犯人、写ってました?」
「いぇ、それが全然。犯人も写ってなければ、石が飛んできたところも、写ってないのよ」と返す美智子に吉田は、
「あぁ、そうか。遠くから投げれば、犯人は写らないし、石も速いから、写ってないか」
「ねぇ、あたしたち怖くなっちゃってさぁ。仕事終わったら、顔出してくれない?」
「じゃ、仕事終わったら行きます。でも、その前に警察にまた被害届けを出しといて下さい」

 

 7時過ぎに吉田がやって来た。心配して、美智子のおじいちゃんと頼子のご主人が来ていた。
「吉田君、有難う。割れたガラスも、バラバラになったレゴの家もそのままにしてあるわ」と美智子が説明すると、吉田が、
「石はどこですか?」と聞いた。
「警察が持ってちゃって無いの」と言って美智子は真っ赤な石の写真を携帯で見せた。
「それは良かった」
「良かったって、何が?」
「警察がやる気があるってことですよ」
「そうなの?」
「今朝、被害届けを出したでしょう?」
「そう、ビデオと写真を持って、三人で警察に行ってきたわ」
「石を警察が持って行ったということは、現場検証をして、証拠品を持ち戻ったということでしょう? 捜査に積極的だってことですよ」


 すると頼子のご主人の田口が、
「吉田さん、普通、そうするもんじゃないんですか、警察って?」
「いいえ、告訴があれば、そうしますが、被害届けだけだと、さっきのビデオと写真を受け取った段階で、終わりになっちゃう場合が多いんです」
「じゃ、警察は何もしないわけ?」
「例えば、別の事件で捕まった犯人が、あの投石も自分がやりましたと自供すれば、『犯人が捕まりましたよ』って教えてくれる程度です」


「じゃ、告訴すればいい」と田口があっさり言うと、
「告訴状を提出するには、弁護士とか、印紙代とか、結構何万円も掛かるんですよ。それでも、最悪、受理されない場合があるんです。だから、費用の掛からない被害届けだけで警察が動いてくれたから助かるんです」と吉田が説明してくれた。


「警察はどうして動いてくれたんだろうね?」とおじいちゃんが聞くと、吉田は、
「落書きの写真、足跡、目出し帽の男のビデオ、赤い石と、みんな具体的な証拠があったからだと思います」
「あんた、若いのによくそんなこと知ってるね」とおじいちゃんが吉田を褒めたが、田口の方はいい顔をしなかった。
「あたしたちの、このMMK廃止の方向って間違っているのかしら?」と幸子が自問すると、頼子が、
「財源探しでMMK廃止に行き着いたんだけど、税金ってのは何十兆円とかあって、それをどう使うかは国会で決めることでしょ。だから、MMKを潰して、そのお金を待機児童解消や病児受入拡充に当てろっていうのが、絞り込み過ぎってことかしら?」
「それで、襲撃を受けている」と美智子が話をしめくくる。


「襲撃するなんて卑怯な連中を許しておいちゃいけない」と吉田は、憤りを隠せない様子。吉田が怒ると鼻の穴がふくらむのが美智子にはおかしかった。
「でも、MMK擁護派の連中だという証拠をつかめてないし」と頼子が自信なさげに言うと幸子が、
「逆に、みんなで、夜中待ち伏せして捕まえようかって話をしてるんですって警察に言ったら、『怪我をすると危ないので止めなさい』と言われたのよ」
 今度は美智子が、
「窓ガラスを割られた件もあるけど、これまでの嫌がらせの写真や動画をホームページに載せたし、公開討論会を申し込んだし、新しいことが一杯だから、明後日の水曜日、臨時大会を招集しようよ」
「そうね。みんなで、今後どうするか話し合いした方がいいね」と幸子が同意すると、
「じゃ、あたし、召集メール作るわ」と頼子が引き取った。するとご主人の田口が、
「頼子、じゃ俺、先に帰るよ」と言って帰って行った。

 

 美智子におじいちゃんが、
「明日、窓に板を貼ってやるよ。ちょっと暗くなるけど。ガラスをまた入れたって割られそうだし、けが人が出ちゃ困るから」と言って帰って行った。
 メールの作成と送信には5分と掛からなかった。そして、幸子が、
「ねぇ、『MMKを守る会』の事務所を偵察に行かない?」
「そうね、向こうがこちらを知ってるのに、こっちが向こうの場所も知らないじゃ、しゃくね」と美智子が乗ると、
「やめとこうよ。こんなことする連中だから、与太者よ、どうせ」と頼子は慎重だ。


「場所だけでも、わかれば敵のイメージつくし」と幸子が言うので、
「あれは、確か右京区の嵯峨野でしたね」と吉田が引き取ってパソコンで『MMKを守る会』のホームページを開けて地図を印刷した。折角印刷したんだから、ということで四人で行くことになった。
 嵯峨野に着いてみると、マンションの1階に『MMKを守る会』と表札が出ている。
 美智子が、
「外から、見るだけにしましょう。直接、接触してトラブルになったら、どっちもどっちだ、と言われかねないから、やめとこ」
「そうですねぇ。夜の8時だし、とりあえず、ここにあるってことだけ確認できたんで、今日は引き上げましょう。それに人がいる気配がしないし」と吉田も美智子の消極案に同調すると、幸子が引かない。
「あたしら、毎晩、10時近くまでやってんのよ。『守る会』のくせに、8時には全員ご帰宅じゃ、MMKは守れやしませんよ。そんなところまで、お役所なんだから。とにかく、いるかいないかだけでも確かめなくちゃ」
「じゃ、インターホン押してみる?」
と美智子が乗ると、頼子が、
「あたしはイヤ。どうせ、まともな奴じゃないよ」
「まぁ、そう言わないで、頼子。相手がいきなり噛み付いてくるわけじゃないだろうし、吉田君もいることだし。あたしが押すわ」と言ったものの、美智子も恐る恐るインターホンを押したのだった。
 しかし、何度押してみても反応が無かった。


 確かに、幸子の想像通りで『守る会』といっても代表の黒川以外は、それほど熱心ではない。詰めているOBは10人で、MMK退職後は、毎日ひまで、やることがないので黒川からの一声で、毎日『守る会』事務所に詰めるようになった。ホームページ運営などは学生バイトまかせで、自分たちは、京都駅、河原町、出町柳、四条大宮などでビラまきを行なっているが、6時前には、みな帰ってしまう。


 黒川自身はつい先程まで中にいたのだが、東京から打合せのために来るMMKの国会対策担当三井を京都駅に迎えに行っていて、今は留守なのだ。
「1階だから、裏へ回れば中の様子が少しは見えるかもしれないんで、ちょっと行って見てきますよ」と吉田が裏へ回った。
 吉田の背中が丁度見えなくなったとき、反対側の駐車場から二人の男がやってきた。代表の黒川が三井を出迎えて戻ってきたのだ。スポーツ担当の黒川が定年退職したとき、政治部の三井は黒川と同期だったが、政治家とのパイプが太かったため、MMKに残れたのだ。
「何か御用ですか?」と黒川が聞くので、
「『MMKを守る会』の方ですか?」と美智子が聞き返した。
「そうですが。あなたたちは?」
 幸子は一瞬、躊躇したが、うそを言うわけにもいかないので、
「『京都子育て支援の会』の者です」と、まともに名乗った。


「そうか、あんたらか、ずい分派手にキャンペーン張ってるな。公開討論会の配達証明まで送りつけてきて。許さんぞ、MMKは法律に基づいて仕事してんだ。不払いとか法律に反する事を、あおっているとタダじゃ済まさんぞ。こっちには弁護士だって何人もいるんだ」その間、三井は表情ひとつ変えず脇に立って聞いていた。
「そんなこと言ってないで公開討論会に出て来なさいよ。逃げてんじゃないわよ!」と幸子が噛み付くと、美智子も、
「そうよ。公開討論会を逃げ回って、挙句の果てに、その返事が今朝の投石? 落書きだけならまだしも、うちの事務所の窓ガラス割ったりして、それこそ法律違反じゃないの! 弁償しなさいよ!」
「あんた、証拠も無しに、私を落書きや投石の犯人呼ばわりして。今の言葉」と言って黒川は背広の胸ポケットをポンと叩いて、
「録音したからな。弁護士に聞かせて、あんたらを名誉毀損で告訴してやる!」
「え! あ! 済みません。いま言ったの取り消します。済みませんでした」と、美智子が謝ると、
「済みませんでした」と幸子も謝り、
「申し訳ございませんでした」と頼子まで謝って『支援の会』は総崩れ状態になった。
「謝って済むなら、警察は要らねぇんだよ!」と黒川が目玉をむいて一喝すると、『支援の会』の三人は青くなって棒立ちになっている。

 『支援の会』は、投石で加害者が特定できないままの器物損壊の被害届けを出しただけだが、『守る会』は、加害者を目の前で特定した上での名誉毀損による告訴だから、勝てそうも無い。

 

 『MMKを守る会』はMMKとは別もので、黒川も、OBだから、MMKを直接代表するものではない。が、MMKが万が一にでも潰れれば、OBは自分の年金が危ない。二人の孫には会うたびに何かしら買ってやっているから、なついているが、年金がパーになって何も買ってやれなくなったら、孫も寄りつかなくなる。かと言って、一日中、老夫婦が家でにらめっこじゃ息が詰まる。だから黒川も何とかMMKを守りたいのだ。黒川は、若いころ学生相撲で何度も全国大会へ出たことがある。MMK入社後はスポーツ畑で活躍し特に相撲の担当を長年していた。それで力士に顔がきく。下っ端の弟子にも、冬にはおでんを差し入れてやったり、夏にはアイスクリームを買ってきてやったりして面倒をみていた。それをポケットマネーでやっていた。貰ってる方もそれを知っていて、黒川をみな慕っている。

 

 また自分の下の二人の弟たちも、病弱な父親に代わって学費を出してやった。私利私欲を捨てて周りのために働くことから『守る会』代表にも選ばれたのだ。そして『守る会』は、OBのカンパで運営しているが、黒川の顔でMMKからも資金援助を受けている。MMKの国会対策役員の三井が出向いてくるのもそのためだ。
 そして、黒川は『公開討論会に出る必要はない』という本部の意向は知ってはいたが、微妙なところで、黒川はすでにMMKの職員ではない。もう、給料を貰っているわけではないのだ。そして出ない事にひけ目を感じていた。『逃げてる』とか『卑怯だ』とか毎日書き込みされる度に機会があれば、『支援の会』の連中をぎゃふんと言わせてやりたいと思っていたのだ。


 黒川は『支援の会』のホームページでこの三人が中心人物であることは知っていた。
会ってみると、なんだ、この程度かと思い、
「じゃ、公開討論会に出てやるよ。うちのホームページで出席するって、今日、回答するから。お前たちこそ、逃げ出すんじゃないぞ!」と三人に釘を刺して、黒川は上機嫌で事務所の鍵を開けて三井と二人で入って行った。
「ごめん。どうしよう!?」と美智子が言ってるところへ吉田が帰ってきた。
「窓の近くまで行って中を覗いたんですが、パソコンが2台、机の上にあって、テーブルにはコップがいくつもあるから、早い時間なら、結構、人がいるんでしょうね」と吉田が報告すると、
「帰りましょ」と美智子たちは足早に車に乗り込み、帰りの車の中で今起きたことを吉田に説明した。

 

 一方、『MMKを守る会』の事務所の中では、
「三井、公開討論会に出るのは確かに危険な賭けだ。本部は出るなと言ってるが、あの連中は市民ホールを3週間後の2月9日にすでに予約していて、傍聴者やマスコミを集めているんだぞ」
「やつらのホームページで見たよ。黒川が出席しなきゃ欠席裁判で好きなように悪口を言うつもりだ。が、今日見る限り、あの連中なら勝てそうだな」
「そうだ。名誉毀損だって言ったら、青くなって、すぐ謝ったのが『支援の会』代表の斉藤美智子だ。だから、公開討論会には、あの女が出てくる。俺は、『ネット上で論戦をしてるのに、なぜ顔を合わせて討論ができないんだ』って、毎日、あの女達に攻められているんだぜ」
「たしか、公開討論会の申入書には代表同士の一対一の討論って書いてあったな」
「うん。あの女の今日のビビリようだと、」とそこまで言って黒川は冷蔵庫から缶ビールを2つ取り出して開け、
「心理的に、すでにこっちの勝ちだ。逆に、あいつらが公開討論会の申し入れを取り下げるんじゃないかと、そっちの方が心配になってきたよ。前祝いに、乾杯しよう」と言って二人で飲み始めた。すると、三井が、
「さっき、車の中でも言ったが、明日から国会が始まる。MMK廃止法案が提出されているが、これを絶対通過させる訳にはいかない。だが、状況は厳しい。これは公表してないから、本当にここだけの話だが、不払いが50%を越したんだ」
「本当か!?」
「そうなんだ。今年も600億円近く契約収納費に掛けて不払い撲滅のローラー作戦をやってるのに逆に不払いが増えたんだ。訴訟で勝っても不払いが50%を超えれば国民の過半数がMMKの不支持に回ったと思われてしまう。そうすれば、選挙で票数を気にする政府はMMKと心中したくないから、MMKを見捨てるつもりだ」
「じゃバレれば、民営化とかスクランブル化を押し付けてくるな?」


「民放は殆んどが赤字スレスレで、MMKの民放化には抵抗が以前にもまして強くて難しい。スクランブル化は、やれば、受信料収入は最悪、今の4分の1になると試算されているから、とてもできない。残るは国営化だが…」と三井が涙目になって声を詰まらせると、黒川が、
「昔から、『某国営放送』なんて陰口たたかれていたのに、本当にそうなったんじゃ、現場の連中がかわいそうだ」と、目に涙を浮かべる。


「そうなんだ。中で働いてる者にとっては屈辱だ。しかも国営化するには地上波をやめて、BS衛星放送二チャンネルだけにスリム化して年間千円にしろとか言ってくるだろう。そうなれば、単純計算で職員は10分の1に減ることになる。それじゃ、潰れるのと同じで組合も黙ってはいない。今日、ここに押しかけてきた連中はMMK廃止論者だが、やつらがいなくても、明日から始まる国会ではスクランブル化か国営化を迫られても、おかしくない状況なんだ。もし、不払いが50%を越したことがバレれば、本当にそうなる。だが、金のことだから、最後まで隠し通せるものじゃない。前門の虎、後門の狼ってわけだ」


 二人はしゃべってるうちに冷蔵庫の中のビールを全部飲み干してしまった。
「コンビニにビール買い足しに行って来るよ」と言って立った黒川に、
「お前が公開討論会に出ることは、俺が本部を説得する。座して死を待つより、打って出るしかないってな」と三井がうなった。

 

 

 

 

 


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第3章 臨時大会

 そして2日経った午後3時、『京都子育て支援の会』の臨時大会が開かれた。キッズコーナーの中では子供たちが静かに遊んでいる。ガラスを割られた窓は、おじいちゃんが厚手の木製パネルを全面に貼ってくれたので、もう石が飛んでくる心配はない。
「たった15人かぁ。頼子も、やめろって、ご主人から言われたんでしょう?」と美智子が言うと、頼子は、
「そうなのよ。でも頑張るわ」


「全会員30人に出席依頼出したのに出席が15人。脱会が15人で会員半減よ、どうします?  やります?」と見回して幸子が聞くと、美智子が、
「でも、始めましょう。 え~、皆さん、昨2010年6月にこの『京都子育て支援の会』は発足致しました。経済不況が回復せず財源を新税に期待できない状況です。そこでアンケートを8月に実施したところ10万件を超える回答が寄せられ、90%がMMKを廃止して財源とするという集計結果で、9月にホームページ上に発表しました。それ以来、当ホームページ上では、MMK廃止の是非などを論議していましたが、そういった中、昨年12月に右京区の嵯峨野に『MMKを守る会』が発足しました。ところが、年が明けた現在1月19日までのわずか1ヶ月の間に、本事務所壁へ『MMK廃止反対!』とか『殺すぞ!』などの落書きが3回発生しました。

 

 そこで、私たちは、この間の落書きや、それを描いた目出し帽の男の動画をホームページ上に載せました。同時に『MMKを守る会』に公開討論会への出席を申し入れました。しかし、二日前には、窓ガラスが割られ、嫌がらせがエスカレートしてきました。私たちは、その日のうちに本日の臨時大会の召集メールを発信し、更に嵯峨野にある『MMKを守る会』事務所を見に行ったところ、『守る会』代表の黒川に言葉尻を捕らえられて名誉毀損で告訴すると言われてしまいました。しかし、別れ際、代表の黒川は、公開討論会には出るといい、実際、彼らのホームページには出席するとの表明がなされました」と美智子は一気に言って、更に

「『名誉毀損で訴える』と言われたのは私です。軽率でした。済みません」と美智子が詫びると、幸子が、
「行こう、と誘ったのは私です。私も軽率でした。済みません」と謝った。


 すると頼子が、
「私は、こんなに出席者が少ないのは、この間の嫌がらせが原因だと思いますので、それを電話インタビューで調査して、その結果もホームページに載せたいと思います」
「じゃ、それから、やりましょうよ。名簿を分担して携帯で電話すれば、すぐまとめられるわ」と幸子が言って、手分けして電話をかけ始めた。30分足らずで回答が集まった。脱会15人のうち、10人が、ご主人や家族に話したら『危ないからやめろ』と言われたので、との回答、残りの5人は『危険なことなら、小さい子もいるので、ついていけないと自分で判断した』と回答した。


「落書きや窓ガラスが割られたことで、皆やめたのね」と幸子が肩を落とすと、頼子が、
「逆に言えば、失うものはもう無いってことね」

 そこへ、美智子のおじいちゃんが差し入れを持ってきた。
「シュークリーム好きだろ。コンビニのじゃないぞ。駅前の風月堂さ。外がカリカリで中がトローリッてやつだ」と言って、美智子に渡して帰って行った。

「うわ! ずい分、大きいわねぇ! 30個ちゃんとあるよ。しかも子供用の小さいのも入ってる」と頼子が叫んだ。
 大人も子供も食べ終わると、大きいのが15個残った。
「二つ目食べる?」と美智子が聞くと、
「無理無理、こんなデカイの1つがやっと」と皆が言う。
「じゃ、どうしよう? 吉田君でも、呼んであげようか? 今日は非番だって言ってたから」と幸子が提案した。
「そりゃいいわね、いっぱい手伝ってもらってるから」と言って美智子が携帯で連絡すると、
「すぐ行きます」と二つ返事で、やって来た。

「済みません。風月堂のカリカリ・シュークリームと聞いて、居ても立ってもいられず、やって来てしまいました」
 すると美智子が、
「あぁ、初めての人もいるから、紹介するけど、彼は吉田さん。宅配便の集配で、そこのコンビニに朝9時過ぎと夕方5時過ぎに来るの。それで、今回の落書き3回と窓ガラスを割られた件、4回とも、第一発見者なの。それ以来、ずうっと手伝ってくれているの」と紹介して、吉田の方を振り向き、
「吉田君、これよ。全部食べてもいいわよ。いまコーヒーいれてくるから」と美智子がシュークリームの箱をすすめた。
「じゃ、頂きます」と言って食べながら、
「日曜働いて水曜が非番でも、何もすることないすよ。遊ぶ相手いないから」と吉田が言うと、
「独身はいいわねぇ」と言って、みんな吉田が食べるのを見ている。

「これって、10個以上あるじゃないですか? 皆さんは食べたんですか?」と吉田が聞くと、幸子が、
「美智子のおじいちゃんが会員数の30個買って来てくれたんだけど、例の嫌がらせで、何と半分の15人脱会で来てないのよ。ねぇ、吉田君、それ全部食べていいから『支援の会』に入会してくれない?」
「えぇ? これって女性だけでしょ?」
「そんなことないわよ。『京都子育て支援の会』だから、趣旨に賛成してくれる人であれば男も女もないのよ」
 頼子も、
「て言うか、これまでは女だけでやってきて、全然問題無かったのよ。だから、1人だけ男が入ると何かと面倒くさかったんだけど、この間の嫌がらせでさ、1人でも男の人がいれば、ナメられなくて済むんじゃないかしらって思うのよ、最近」
 美智子がコーヒーを持ってきて、
「ちょっと、あんたたち、やめなさいよ。吉田君怖がって食べるのやめたじゃないの。さぁ遠慮しないで食べて」
「じゃ、遠慮なく」と言って吉田が二つ目を食べ始めると、美智子が、
「吉田君は大学で機械設計を勉強して、建設会社に就職したんだって。でもリーマンショックで倒産したのよね?」
「はい」
「そして不況が長引いて、当分、同じ仕事に就けそうも無いんで、宅配便の運転手をやって、しのいでるの」と美智子が吉田の来歴を説明した。


 すると頼子が、
「吉田君、あたしたちは、小さな子を持つ母親で、だいたい意見がいつも一致するんだけど、吉田君は、独身で男性でしょ。吉田君には『京都子育て支援の会』ってどう映ってる?」とあらためて聞いた。
「え~、僕には姉がいて、4歳の姪が幼稚園に行ってます。姉のご主人、つまり義理の兄貴の会社が不況で調子が悪くて家のローンが危ないんだそうです。それで、姉が働き口を半年くらい前から探してるんですけど、保育所の空きが無いから全然だめだそうです。『支援の会』が言っている待機児童解消が必要だと実感してます」

「MMKについてはどう思いますか?」と沢田友美が聞くと、吉田は、こう答えた。

「僕は宅配便の運転が仕事なんで、夜は12時前には寝るようにしています。ところが、MMKは12時を過ぎても民放顔負けのお笑い番組とか、高そうな外国ドラマやネイチャーものとか、やってるんですよ。これっておかしいと思うんですよ。例えば、市役所の住民票の出し入れなんかがコンビニのATMでもできるようになって、200人いる職員が100人で、できるようになったとします。すると、それまで、ぶっきらぼうだった市役所の職員が急に言葉が丁寧になったり、窓口をLEDで飾り付けたり、待合室にマッサージチェアを置いたりし始める。でも、市民税は下げる気がない。

 

 MMKがやっていることは、これなんだと思うんです。2000年以降は民放が過疎地も衛星放送でカバーするようになったわけですから、MMKは強制的に受信料を徴収する根拠が無くなったわけです。ところが、1万人近い職員をかかえたMMKは事業を縮小するどころか、さっきの市役所のたとえ話のように、逆に飾り立てている。間違いは、自分達の組織と生活を維持するには、市民税や受信料収入を維持しなければならないと考えてることです。でも、今、働いている自分の職場を廃止しようなんて、発想する筈が無いですよ。だから、払う立場の我々国民が、縮小しろとか廃止しろとか言うしかないんです。だから、この『支援の会』のMMKの廃止提案は正解だと思いますよ」
「あれ、シュークリーム4つ目食べてる。食い逃げは無いよね?」と頼子が笑いながら言う。
「うッ」と吉田が喉を詰まらせる。


「ねぇ、ちょっと、みんな。吉田君に入会してもらって、私の替わりに代表になって、公開討論会に出て貰おうと思うんだけど、どぉ?」と美智子も言い出した。
「えぇ? さっき、吉田君がシュークリーム食べられなくなるから、そんなこと言うなって自分で言ったじゃないの」と頼子が噛み付く。でも美智子は、
「今の話聞いて、吉田君なら公開討論会で勝てると思ったのよ。私、公開討論会、申し込んだけど、一昨日、告訴するって言われて謝っちゃったから、公開討論会でも気おくれしそうで、自信無くなっちゃったのよ」
「ごめんね、あたしが行こうなんて言ったから」と幸子がまた謝る。


「確かに、告訴されるかも知れないのに、美智子さんを公開討論会に出させるわけにはいかないわね」と沢田一美が言う。
「それに、吉田君はイケメンだから、女性会員また増えるわよ、絶対」などと頼子が言う。
「ねぇ、吉田君、是非、入会して頂戴?」と幸子が再び切り出すと、
「入会どころか、あたしの替わりに代表になって頂戴よ」と美智子がたたみかける。
「そういう美智子さんこそ、ご主人なんかはどうなんですか?」と吉田が切り返すと、
「単身赴任で東京に行きっぱなしで3ヶ月に1回帰ってくるだけだからダメなのよ」

「幸子さんのご主人は?」
「うちの人は、通勤時間が3時間あるから、10時前に帰ってきたことないのよ」
「頼子さんのご主人、先日来てたじゃないですか?」
「危ないからやめろって最近言い出したのよ」と頼子。すると美智子が、
「ね、みんな聞いて。吉田君に頼む前に、本当に申し訳ないんだけど、あたしの替わりに代表になって公開討論会に出れそうな人、自薦他薦を問いませんから、この中に誰かいない?」
「はぁーい、市川さんができそうな気がします。気が強いのは町内一だから」
「やめてよ。気は確かに弱くはないけど、頭が弱くて。自慢じゃないけど、小学校の成績はマックス3で、4や5は夢のまた夢だったし」
「それじゃ、やめといて」


「はぁーい、田淵さんは頭いいから、公開討論で絶対、勝てるよ」
「あたしはダメ。親戚にMMKがいるの。名前や顔が出たら親戚中から村八分にされるわ。ここに来るのも、お忍びなんだから。見てよ、この帽子とサングラス!」
「ほかは?」
「…」
「ダメか。じゃ、次の質問。この中で、ご主人が、この会に入ってくれて、あたしの替わりに代表になって公開討論に出てくれそうな人いませんか? 自薦他薦を問いません」
「はぁーい。溝口さんのご主人はどう?」
「うちのは、高校の数学の教師だから、頭は悪くないけど、公開討論会は2月9日でしょ? その前後1週間は、受験生を連れてホテルで合宿だから無理よ」
「はぃ、坂口さんのご主人はどう? 去年、PTAの会長やってたでしょ? 坂口さんのご主人って、ああいう役職が好きそうだもん」
「やめてよ。言えば飛びつくわ。すぐ代表になっちゃうわよ。でもダメ。あたし自身が、うちの人が言ってること理解できないくらいだから。公開討論会なんか出たら、うちの人が何言ってんだかわからなくて、相手は気が狂っちゃうわよ」
「それなら、勝ちやん」
「そんなんでも良ければ、一度話してみようか?」
「やめてよ。恥ずかしくて、外を歩けなくなる」
「他にはいませんか?」
「…」
「だめか、なかなか適任者は見つからないね」と幸子が言う。
「たまたま、今日は臨時大会で、大事な案件を評決で決めるんだけど、代表の人事も、その一つなの」と美智子が言うと、
「女だけで、この事務所守るの怖くて。吉田君、ね、お願い、助けると思って」と頼子が泣き落としにかかった。
「あの血の付いた石を見た時、ぞっとしちゃった。あたしたち怖いのよ。男手がいるの」と沢田姉妹が懇願すると、
「…」と、返事ができずにいる吉田を見てとって、すかさず、幸子が、
「では評決をとります。吉田さんの入会兼、代表就任に賛成の方、挙手願います」
すると、15人全員が勢いよく挙手をした。


「満場一致! じゃ、吉田さん、是非お願いします。あたし達を助けると思って。さぁ、みんなで頭下げて」と幸子が音頭をとると全員が吉田に深々と頭を下げた。
「…」と、吉田がまだ返事を渋っていると、

頼子が(食い物だけじゃ無理か、と頭を働かせて)、

「ね、みんな、この中に、まだ結婚してない妹さんがいる人は手を挙げて」と聞くと5人が手を挙げた。

「吉田君、入会兼、代表就任が決まったら、今晩、お祝いにみんなでカラオケに行って、5人の妹さん達も紹介するわよ」

「えッ、本当ですか?」と言って吉田が目を輝かせた。


「これで決まり! じゃ、吉田さんの入会兼、代表就任祝いに、今夜はカラオケ行って大いに盛り上がりましょう!」と美智子がまとめあげた。集まっていた15人は一度、家に戻ったあと、車に分乗してカラオケ屋に再集結し、大いに飲んで歌った。妹たちも参加して、吉田に紹介された。歌い終わった幸子が、
「今日、臨時大会で吉田君が新代表になったことを大々的にホームページで発表しようね。イケメンだから、会員また増えるよ。新代表の写真を掲載するから、こっち向いて。写真撮るから」と言って、吉田がポーズをとっていると、
「ちょっと待って。その代表の交代は伏せておきましょうよ」と頼子が言うので、幸子が、
「そんな出し惜しみすること無いわよ。絶対会員増えるから」


「違うのよ。あの時、黒川が、公開討論会に出るって言ったのは、あたしたちが名誉毀損で脅かされて謝っていた時でしょ?」
「そうよ」
「だから、コイツらには勝てると思ったのよ、きっと。配達証明の申入書の名義人も美智子だから、もし、吉田君に代表が替わったと分かれば、約束が違うと言って、出席をキャンセルして来るかも知れないわ」
 すると美智子が、
「確かに、そうかもしれないわ。法律を盾にとる以外にMMKには論戦で勝ち目が無いのに、のこのこ公開討論に出てくるなんて、おかしい。たぶん、出るなと言われている筈よ。それを、あの時、出るって言い切ったのは、あたしたちが告訴って言われて青くなって平謝りしてたからだわ。それで、これなら勝てると思って、つい、出るって言ったのよ。だから、名誉毀損問題でハンデのない吉田君が出てくるって分かれば、キャンセルしてくるかも」


 しかし幸子が弱気になって、
「でも黙っていると、代表美智子で、市民会館も、傍聴者募集も、マスコミ取材依頼も出してるから、ウソついたことになっちゃう」
 すると頼子が、
「いいのよ。市民会館も傍聴者もマスコミも、うちの代表が美智子か吉田君かなんて関係ないのよ。大有りなのは『守る会』の黒川だけ。だから、当日、黒川が着席するまで、隠しておくのよ。あいつらがした落書きや投石からすれば、このくらいのウソ、何てこと無いわ」

 幸子も、頼子に乗って、
「それに、ウソを言ってる訳じゃなくて、ホームページの更新、ちょっと遅くなっちゃってゴメン程度。それに、私たちって上場してる企業でもないし、NPO法人でもないし、そんなキッチリ報告する義務なんてないから」というわけで、臨時大会自身も一切伏せることにして、翌日以降は、勉強会を毎日開き、フリップを作ったり、模擬討論会を実施したりして準備を進めた。『支援の会』のホームページには是非、公開討論会で勝って貰おうと資料や考え方を入れ知恵してくれる応援者が、下は高校生から上は80を越えるお年寄りまで大勢いた。


 


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第4章 公開討論会-01 すり替え

 2011年2月9日、遂に公開討論会が開かれた。会場は京都中央市民会館小ホール。
「皆さん、こんにちは。京都第1テレビのアナウンサーの鞍馬です。これから2時間の予定で公開討論会『真剣バトル・京都子育て支援の会 v.s. MMKを守る会』を開催致します。そして、司会の中立性を維持するために、どちらにも属さない私、鞍馬が司会をさせて頂くことになりましたのでよろしくお願い致します。 

               
 そして本日のテーマは『京都子育て支援の会』が主張する『MMK廃止で得た財源で待機児童解消と病児受入拡充を実現する』という提案についてでございまして、是非とも気合の入ったバトルを展開して頂きたいと思います。
それでは両代表、ご登壇願います」と紹介されて、拍手の中を黒川が、まず傍聴者50名の前のテーブルの席についた。すると、黒川の知らない背の高い男があとから付いてきて、もう一つの席についた。
(なに? 『支援の会』の代表が斎藤美智子じゃない?)つい先ほどまで控え室に斉藤美智子が見えていたので、黒川はてっきり斉藤が出てくるものと思っていた。当てが外れて黒川は少なからず動揺した。

 

 司会の鞍馬が、
「えー、『京都子育て支援の会』代表は斉藤美智子さんと、ご案内しておりましたが、2週間前に『支援の会』の臨時大会が開かれまして、斉藤美智子さんは副代表に退かれ、今、ご登壇頂いた吉田健一郎さんが替わって代表に就任したことをご了承願いたい、とのことでございます。では、この公開討論会の呼びかけ人である『京都子育て支援の会』の新代表吉田さんからお願い致します」と司会が吉田を紹介した。


(はめられたか? しかし、代表が替わっただけで、この席を蹴って出て行くのも大人げないと言われそうだ、どうしよう? 抗議ぐらいしてやろうか?)と黒川が考えを巡らせている内に、吉田が話を始めてしまった。タイミング的にもう遅い。


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第4章 公開討論会-02 バトル開始

「『京都子育て支援の会』代表の吉田です。昨2010年6月に『支援の会』が発足して以来、私どもは保育園の待機児童解消と病児受入拡充のため、年間3000億円が必要として、国会に請願をして参りました。子供手当ての半額支給が始まって、少子化対策の貴重な第一歩が踏み出されたと喜んでおりますが、私たちは、更に制度的な改革を求めています。

 

 しかし、国の財源不足は深刻で、このまま請願を続けても実現困難と考えるに至り、インターネットを通じて、財源確保の打開策について広くアンケートを実施したところ全国からの回答者約10万人のうち、圧倒的多数の90%の回答者から、MMKの廃止で財源を作るという回答を頂き、それ以来、MMKを廃止する為のキャンペーン活動も並行して行なって来ております」と言い終わって傍聴者に向かって頭を下げた。

 

「では、『MMKを守る会』の黒川代表、お願い致します」と司会が促すと、
「はい。『MMKを守る会』代表の黒川です。みなさん、MMKは1927年に東京、名古屋、大阪のラジオ放送局3社が合併して財団法人として出発致しました」と言って、フリップを取り出してMMKの歴史の紹介を始めた。

「終戦後の1950年にMMKは特殊法人として再出発致しました。そのあと1960年にカラー放送、89年に衛星アナログ放送、91年にハイビジョン放送、2000年に衛星デジタル放送、そして2003年に地上波デジタル放送を開始して今日に至っております。私自身はMMKでアナウンサーを30年勤めた後、後輩の指導を行なって一昨年定年退職致しました。従って私はMMKを直接代表する者ではないことを、あらかじめ、ご了承願います。

 

 ところで最近、MMKの受信料の不払いが増加したり、MMKの事業形態を民営化するとかの論議が出ており、私どもOBとしては、是非とも、かわいい後輩たちの職場を守るために『MMKを守る会』を昨2010年12月に発足させたのでございます」と言い終わるや、また別のフリップを出して、
「これは子供を大学に入れるために、大学関係者に頭をぺこぺこ下げている両親の姿です。これ自身は、特に悪いところは無いんですが、次のフリップを見て下さい」と言って2枚目を取り出し、
「これは、両親が名指しで『あの子を落として替わりに、うちの子を入れて下さい』と大学関係者に働きかけている姿です。これはひどいでしょう? 吉田さん、あなた方がやっているのは、これなんですよ!」
「うーん、確かに…」と会場がどよめいた。

 吉田は、会場が黒川に同調するので、ひどく動揺し、頭の中が、真っ白になってしまった(いきなり、こんな切り口から突っ込んでくるとは)。それを見てとった黒川がたたみかけた。
「吉田さん。私どもは、『支援の会』の目標が間違っているなんて思ってません。でも、MMKを潰した金で実現するっていう手段は、人の道に反したやり方ですよ」
「うーん」と会場。

「私は退職したけど、MMKには職員が1万人いるんですよ。関連企業は5千人が働いている。平均三人家族とすれば、4万5千人の人たちがMMKの番組製作を通じて生活しているんです。それを犠牲にして、自分たちの要求を実現しようっていうのは、自分勝手すぎませんか?」

 

「…」と吉田が返答に窮していると、黒川は(ふん! 代表を勝手に変えやがって、抗議してやろうと思ったが、その必要もなさそうだ。コイツも大したことない。楽勝だ!)と思うと、口元が思わず緩んできた。
「頑張れ、吉田。負けるな!」の声援がテレビ中継を見ている『支援の会』事務所の会員から飛ぶ。


 『MMKを守る会』事務所ではOB10人が、昼間からビールを飲みながら、
「楽勝でんな、黒川はん」とソファーにふんぞり返っている。バイトの5人も、にやにや笑いながら一緒に見ている。
吉田は29才だ。相手の黒川は62才だから吉田より倍以上も世の中を生きている。経験も豊かだ。 


 ようやく、吉田が口を開いた。
「すみません、上がっちゃって。公開討論会なんて初めてなもんで。ところで、黒川さん、さっきの話ですが、MMKは総務省管轄下の特殊法人で、その業務内容は民放とダブっています。だから総務省にMMKを廃止してもらって、そのお金を保育園増設に回して下さいって、われわれ国民は言えるんですよ」
「ふぅーっ」と『支援の会』事務所の全員が安堵の胸をなでおろした。
「いきなり、負けるかと思ったわ。危ない、危ない」と頼子。



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