目次
輝いている時
夢中(ゆめのなか)
芝浜
江戸っ子
亀住町(平成13年7月1日)
モンセ・ワトキンス~夢のゆくえ~(平成14年1月3日)
新牌開眼
英霊(平成17年5月23日)
目覚め
よわい「齢」
また始めたらよい
三大聖樹(平成19年4月17日)
滅度(平成19年9月18日)
安住の地(平成20年11月15日)
心眼(平成22年3月1日)
とかくこの世は
とかくこの世は
祈り(平成17年11月29日)
品位(平成18年1月20日)
ニャンニーシンズ(平成18年3月1日)
鍵(平成18年4月25日)
チベット(平成20年5月1日)
SYOHOU
諸法
四十四の問い~ミヒャエル・エンデ
先ゆく輩
さき行く輩
祖師年譜
ダルマ
慧可
五洩霊黙和尚
石鞏慧蔵禅師
大珠慧海禅師
西川の黄三郎
馬祖道一禅師(馬大師)
五百生 百丈和尚
大梅山法常(752-839)
麻谷山宝徹禅師(平成12年1月27日)
鎮州普化(ふけ)和尚
寒山・拾得
虹の彼方に
ヘイヴン・ペックの場合―続貧しいけれど、豊かだった―
生前葬
平和を我らにーGIVE PEACE A CHANCE(平成13年10月31日)
ソクラテスとヤージャニダッタ
蓮(平成14年6月2日)
心-KOKORO(平成14年6月25日)
独り暮らし(平成15年4月12日)
老いが、咲いていた!(平成16年7月5日)
深濱-fukahama
死に顔
松山鏡(ソクラレストとヤージャニダッタの続き)
真ん中(平成20年4月1日)
百万回いきたネコ(平成21年1月1日)
夜来る鳥(平成21年1月1日)
だいじょうぶ、だいじょうぶ(平成21年2月1日)
無常への帰依
無常への帰依
希望(平成12年1月2日)
葬式坊主
泥棒
赤とんぼ
老い
……ロス
後姿
寿陵
ついで参り
目標
六道を行く
もの言わぬ羅漢達…揀択をこえて…
宮本武蔵
五合庵断章(平成10年10月17日)
K子さん!(平成12年7月19日)
今は昔
十一面観世音菩薩
尽七日忌(平成19年5月1日)
OSYOU
OSYOU
この手のひらに―禅僧の死―(平成10年11月18日)
戒(平成10年7月25日)
幽霊
みんな仏教徒(平成10年5月27日)
最後の晩餐(平成10年5月23日)
禅問答(平成10年5月31日)
分銅
天国は汝ら自身に宿る(平成10年11月24日)
宗派
穢れ(平成12年8月30日)
お彼岸
仏心
仏心
ご祈祷
施餓鬼会にて(平成17年5月28日)
永遠の命
輪廻する葦(平成10年5月27日)
連鎖する命(平成10年6月2日)
涅槃(平成10年8月12日)
鏡(平成10年7月25日加筆)
流星
TAO(平成11年1月3日)
四大
挨拶
冥福
盂蘭盆
祈り(平成14年7月4日)
仏事歳時記
再び 最後の晩餐
この手のひらにII(平成18年11月18日)
死んで生きる智慧(平成19年3月27日)
五百生(平成19年11月20日)
破地獄偈(平成20年5月24日)
この指止まれ
この指止まれ
家族と家庭(平成11年1月5日)
導師(平成11年2月26日)
家から個人へ、そして家族・友達へI
家から個人へ、そして家族・友達へII
脳死そして臓器移植(平成11年3月2日)
独り決めの生き方
僧堂I
僧堂II
僧堂III
恥じ
僧堂IV
返事
父殺し・母殺し・友だち殺し・子殺し(平成20年1月1日)
その後
その後
ほとけさま(平成17年5月1日)
仏が仏に合掌する
戒名(平成12年3月14日)
無用の用(平成12年2月21日)
世話
大きく育て!(平成11年1月18日)
しもべ(平成10年11月7日)
電話(平成10年8月22日)
意思
寡黙
妄想(平成10年8月2日)
川(平成10年8月22日)
風如(風のように)(平成10年6月18日)
追悼(平成10年5月27日)
受容(平成10年6月18日)
蒸発
臨終(平成10年6月8日)
外道
障子(平成13年3月10日)
日月(にちげつ)
年寄りの出番より
人生とは、闇を照らす一瞬の蛍の光
時の旅人
時計(平成12年1月3日)
星(平成11年10月15日)
溝(平成11年8月2日)
過去心…念の起こる処(平成11年6月19日)
与える時間(平成11年5月24日)
桜(平成12年3月2日)
無常(平成11年4月16日)
川(平成10年9月17日)
有時(時の構造)(平成12年2月5日)
時の旅人(平成12年2月1日)
揺れる木々の葉
この人生の速さはなんだ(平成14年12月26日)
法句経より-時の旅人(平成15年2月4日)
寂然不動 如春在花(寂然不動、春の花に在るが如し) (平成16年9月19日)
ZENGO
自立
橋は流れて(平成10年9月18日)
無事
過去(平成10年5月23日)
たまごっち(平成10年5月23日)
一衆觸礼(いっしゅうそくれい)
六道を輪廻する
二人三脚
生老病死
筋肉番付
ポケモン
俺は、親馬鹿か!
塵も積もれば山となる
生と死と永遠
最終章
一章
二章
三章
四章~(未完)
時間旅行
時間旅行
命の歌-母の短歌
礎-いしずえ-
離魂(平成19年8月25日)
海辺橋
海辺橋
ふるさと(平成18年3月4日)
千の風(平成18年9月16日)
人の道(平成18年9月18日)
あなたは、いつから、一年が始まりますか?(平成20年8月1日)
前住職 二十三回忌にて(平成20年9月1日)
平成21年お施餓鬼会を振り返って(平成21年6月1日)
奥付
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流星

流星

今、われわれは輝いているだろうか!
流星の軌跡を追うか!
それとも、流星の輝きそれ自身となるか!

 人の一生をよく、流れ星、流星にたとえます。夜空に流れる、流星のように時間は短くとも、それぞれに輝いて軌跡を描いているとも言えるからです。
人の死は失うことと得ることのシーソーです。
 夫や妻の死は今の半分を失い、親の死は過去を失い、子供の死は未来を失い、友の死は一部を失うといいます。
 失うことによって、夫や妻を知り、親を知り、子供や友を知り、自分を知ります。築いたものが大きければ、失うものも多く、得ることも多い。失ったものが大きいか、得たものが大きいか、死はさまざまに、残された私達を試します。

 人が誕生したとき、私たちは何者にも染まらない、無垢の精神と肉体で生まれてくると言います。しかしながら、実際には、人は決められた時を、自らの中に刻まれて、誕生してくるともいえるでしょう。空を渡る鳥たちのように、ふるさとに帰る時を守ると言う、時の番人を、自らの肉体の中に住まわせているともいえます。

 時の番人の登場の時刻は、私達のうかがい知ることの出来ない時間です。このことに備えるために、私達は、私達の命を、いつでも、本当の自己とは何かと、知る必要があるといえます。
 そのことは、先に延ばすことはできない、いつでも、今ここが最後の場所であると。そしてこのことと同時に、今ここに、私はよみがえり再生するという。
 ギリシャのエピクロスは、「私が存在するときには、死は存在せず、死が存在する時には、私はもはや存在しない」と語りかけてきます。言葉は時を越えます。

 このことの意味を考えてみると、私達は、自分の誕生と死、そのものを確認するすべを持たないということです。自分自身の終末の時を迎えることはあっても、現実には、生の内に、自分の死そのものを絶対にできないということです。私達に出来る事は、自分の生のみを、最後まで生き続けるということです。
 このことは、私たち個人個人の意識にとっては、始まりも終わりもない世界を持つともいえます。始まりもなく終わりもない世界には、残された者の行く末の心配や、この世界から居なくなることも、世界の消滅もありません。
 確実な死とは、生き続ける、家族や友人・知人の生の中に、さまざまにゆだねるという意味を持つのだと思います。人の生き死にを確認するすべは、自分にはなく、遺族や友人知人、他者にあるといえます。

 多くの人は、私という存在そのものに疑問を持つことは少ないかもしれません。しかしながら、状況によって、私は、いたたまれず、我慢ができなく、得心が行かず、憤りを感じるものです。特に、私がないがしろにされる、置いて行かれる、ついて行けないという時、一人という対象化された自己と、対象化された他者や社会の問題に直面いたします。
 この原因は、私という自己の形を運ぶことにありそうです。

 川を人の一生の時間と空間として見た場合、橋の上に立つ私を今の私とすれば、上流の川は小さい頃の私であり、これより下流の川と海はその後の私であり、川は私の総てであると言えば、上流の川は眼には見えないけれど、今も流れて在り、下流の川は海に今流れ込んで同時に有るといえるでしょう。
 自分が今、存在すると言うことは、総てが存在して、私を表現してくれていることだと、仏教は教えます。さらに存在するものは時としてあるといえば、すべての時が、今を輝かせていることに気がつくのです。
 人が誕生し、成長し、病気、老いる、そして死、これら総てに、時間を運ぶ自己が、かかわっているように思えます。
 考えてみると、私達が充実している時を過ごすとき、つかの間の安らぎを得るとき、幸福なとき、ほっとするとき、時間は影のように表を見せない。
もし時間という概念がなかったら、私達は私達そのものをより実感できるのかもしれない。時間が私達を束縛し、苦しめ、悩ますといってもいいでしょう。

 さて仏教の時間論は、釈尊登場より今日まで、”永遠の今”を主張としています。現在を中心に過去と未来を持つ現代人に、絶対現在を認識することはとても難しいことです。
 過去や未来はただ今の命に集約され、自分を離れて時間や存在はあり得ない。存在するものはすべて時間としてあると、そしてその時間は"ただ今"があるのみであり、その今のまっただ中には、時間は存在しないことになる。
 瞬間とは存在しない時間であると同時に、総ての時が含まれるという時間でもあると思うのです。
そんな時間の、未来は現在を、時に不安にし、時に愉快にします。過去は私達を縛り、現在を未来をいざないます。人は、現在が未来を過去までも溶融する智慧を持つことを、理解できません。移ろい変化する時の波間を、 
人は翻ろうされ、逆らい難く、人はそれを運命と呼び、彷徨うことを煩悩の海といいます。

 真の存在は知覚を超えて時を止めます。其のことは存在への結びつきを無くすことから、始まります
。自分を対象化して、固定化して描かれた自己ではなく、思い描いて創造した自己でもないところに働く自己、それこそが、今ここに私は完結している。今ここは、最後の場所であると発言する、生きる主体としての自己です。

詩人ウィリアム・ブレイクは「一粒の砂に世界を見、一輪の野の花に天界を見、一握のうちに無限を思い、一時のうちに永遠を思い」と表現いたしました。私達が、何ひとつかけていないことを知らせる為に。

 人が誕生して年を重ねる先には、必ず行き着く先があります。それは、消滅か誕生か輪廻か。
 ヘルマンヘッセが八十五歳で亡くなる四年前の作品、”野の仏”の中にある一節が答えを示してくれているように思います。
 「人の一生は、みずから朽ち、消滅して、かたちなき限りなきものとなることへえの旅路です」と。
 かたちなき限りなきものとは、永遠の一なるものの、あらゆる変容のしるしです。
 土と水と炎と風のなかで、かたちをはなれ、その意味の完成を求めています。
 仏陀は「姿形によって私を見る者、音によって私に従う者は、吾れを見るものにあらず、さとりに目醒むるものこそ、つねに吾れを見るものなり。」と永遠の一なるものを説きます。
 答えは、貴方自身の中にあると同時に、貴方自身そのものです。

 古来、道を求めた禅の先人達は、自由を他に求めず、無我から自他不二を通り越したところに働きいずる大悲心をもって、真の自由を得てまいりました。
 真の自由とは輝きそのものに違い有りません。
一瞬一瞬動いてやまぬ心に正常な知識の光があり。
一瞬一瞬動いてやまぬ心に余計な分別以前の明瞭な知覚の光があり。
一瞬一瞬動いてやまぬ心に平等な知見の光がある。
 それぞれの光が集まり智慧を構成し、その働きが輝きとなる時、私達は変容そのものとなり、世界を時間を自由に羽ばたくことが出来るでしょう。
流星の奇跡を追うか、それとも、流星の輝きそれ自身となるか。


TAO(平成11年1月3日)

TAO(平成11年1月3日)

 インターネットという情報ネットワークが凄まじい勢いで世界中に張り巡らされて、国境と言う概念が薄れてゆく。この波に乗り遅れるかによって勝者が決まるかのように、あらゆる既成の体系が変化の波の中に翻弄されている。対応を一歩誤ると取り返しのつかない事態となる。何故ならば、構築体系化されたものは、次なる体系に、常に変化し再構築されなければ維持できないからだ。
お金や思想がその波に乗っかりまたたくまに、世界を何周もする時代に突入するj時代になってしまった。

 そんな時代の人々を見つめると、不景気も手伝ってか、自然と家庭や家族への回帰現象がおきているように思える。家族よりさ迷い出た人間は、犯罪を助長するかのように、人を襲う。
社会は新たなる規律や道徳を求めて動き出している。国家や世界が分裂と統合を繰り返し、すぐ目の前に迫った二十一世紀を模索している。

だが、来るべき時代に即応したビジョンは見えてこない。モラルも見えてこない。社会はより魅力ある秩序を探して、混沌の海の中をさ迷う。
社会の基礎となる核は、家族や家庭だ。その器は家である。
中身は一人一人の集まりであるのだが、家族を超えた大きな塊が秩序を求めてさ迷う時、その核となる社会の単位は結集して、核内に堅固な秩序を本能の回帰するが如くに形成する。そしてより大きな次なる秩序を形成して行くかのように見える。次なるより大きな秩序とは、新しき国家か、それとも家族単位で世界を漂流するか。

道はその家から始まる。隣の家にゆく道。会社への道。学校への道。友達のうちへの道。仲間と集う場所への道。どうやら、第三の道というものが出現してしまった。それがインターネットという獣道だ。自然と対峙しない無機質なケーブルの中の道、あるいは、電波と成って空間を突っ走る道。瞬間に生み出された意志だけがその軌道を走りつづける。家族の一人一人と言う単位に直通する道。だが、道というからには、必ず訪ね行く場所がある。

ある僧が尋ねた。 「道とはどのようなことものでしょうか」。
趙州和尚が答えた。 「その垣根の外にある」。
ある僧。  「その道のことではありません」。
趙州和尚。 「ではどの道のことだ」。
ある僧。 「大道のことでございます」。
趙州和尚。 「大道のことなら、長安に通じているよ」。

あまりにも有名な禅問答であるが、京都長岡禅塾の半頭大雅老師の言葉である。
「道というのも、もともとは、こっちの家からあちらの家に行く道なんですね。その道を修祓(しゅうふつ)する、ととのえ祓う、それが道徳ということらしいんです。だから、今の日本のように道路がきたないのは、人と人との関係がうまくいっていないことのあらわれ、ということになりますね」。
家族回帰は、最少単位の人と人との出会いや、結びつきを現実的に反省し整える姿なのだと。大道とは、現実的に、反省し整える姿、そのモノ、真っ只中にあるのだと教えてくれています。どうも、我々は先を急いで、目的地を目指しますが、実は真の目的地は、目先ではなく歩くそのもの中にあると言えます。

『人の道』と言うも、『天の道』というも、すべては今歩いている足元から始まります。私が歩くから道は存在すると同時に、歩いている私が無ければ、その道も存在しません。


四大

四大

…土と水と炎と風の中を…

 仏教で、地・水・火・風を、四大と言う。我々の肉体を形成する元素を指す言葉であるが、私はこの言葉が好きだ。

 地は糧である。土は大地に、我々が生れ、育まれる総てを含んで、そして我々の帰る場所でも有る。母も大地より生れることを思えば、大地は穢れのないものでなければならない。我々も汚染されることを思えば、地球を汚染しなければ発展しない文明は、いずれ滅びる運命を持つことになる。悲しい運命をもって生れた子供達の未来を、何とか明るく輝いたものに出来ないだろうか?仏陀は『人々が病むために、吾もまた病む』と言ったという。その言葉から、仏陀を大地に連想しすると、大地を傷つけないことは、我々のつとめとしたい。

水は潤いである。言うまでも無く命を支え、心を潤す水は、一滴より始まって大河を形成し、海に至る。このことは、道そのものとして、姿かたちを変え、やがて大海を形成する。その大海より人類が誕生したことを思えば、我々は水その物と言えるかもしれない。我々自身が限りなく潤う為に、慈しみと悲しみをたたえて、人に接し、水を注ぐことが大切なことである。

火は命である。命は炎の中にともし火続ける。我々の心のざわめきは総て炎として、我々を焼き尽くすかのように、青い火、赤い火、大きくなったり小さくなったり、心の在りかを示すと同時に、命そのものとして存在し、私達の体内で燃焼する。永遠をつかさどる炎は、けっして私達が消滅しても消えることはないと、そのことを私達は胸に刻んで、未来へ後を託そう。

風はさまざまな物を運ぶ。風は季節を運び、風は人を創る。人が歩けば風を起こす。炎を盛んにするのも、また消し去るのも風が吹くことによってであり、そのことに、風に真正面に向かうことも、また背を向けて除けることもある。風は人を、植物を鍛える。私達を運ぶ。

土と水と炎と風の中で、人は生れ、育ち、老いそして形を離れて、その意味の完成を求めています。揺らめかないために。


挨拶

挨拶

挨拶(あいさつ)とは、もともと禅の言葉で、問答をくり返し合うことです。そこには、真剣さがあり、切迫した気迫の応酬があります。挨は、立ち止まり、思い迷うの意味がありますから、拶は、そんな挨に、切り返して迫るのが、挨拶の本意なのでしょう。

 ずっと以前のことだが、「不思議だね。挨拶の言葉って、どうして今、現在のことを、問題にしているだろう」と、言われたことがあった。世界共通のことだそうだ。
「おはよう」「今日は」「今晩は」「最近会わないね。元気」
「どうも。どうも。お久しぶりです」。
出会いの挨拶は、当たり前の話ですが、貴方の今,ここ、どうしたのを問いかけます。時間、場所での状態を問います。
では、別れの挨拶は、「元気でね」「またお会い致しましょう(それまで元気で)」「いつまでも、お元気で」と、未来の状態を祈ります。
挨拶とは、今の状態を問い、未来の状態を祈るともいえます。
挨拶を出来ないでなくて、しない子どもが増えている。


 この子達は、人との大切な出会いの瞬間、人と人とが出会うということから起こるさまざまな実りを、拒否することに等しいということに気づかない。何故なら、人が生きるということは、何かしら自分以外の人や社会と密接に関係することによって、人は自分を知るのですが、挨拶しないことは、その出会いを、拒否することに繋がるからです。自分を知ることは、他人を知ることでもあり、他者とのかかわりを常に受けることを知ることにもなるからです。
朝起きて、「おはよう」。学校に行く時は「行ってきます」、それすらない家庭があるのです。
しかしながら、挨拶を礼儀と等しくすると、こんな言葉があります。
『最もよく礼儀に習熟した人は行動するが、これにこたえるものがないとき、袖をまくりあげて相手を引っぱろうとする。それゆえに『道』が失われたのちに、『徳』がそこにあり、『徳』が失われたのちに仁愛がそこにくる。仁愛が失われたのちに道義がきて、道義が失われたのちに礼儀がくる。およそ、礼儀は忠誠と信義のうわべであり、騒乱の第一歩である』。

 ふと、思い出したが、この言葉が”老子”か”孔子”の言葉だったやら、誰だったか思い出せない。
挨拶は礼儀の内に含まれるものかもしれないが、別のものと考えたい。他者と自分との関係の接続詞だからです。
多分、挨拶できない子ども達には、人と人との関係において大事な実りを欠落することになる。
網の目に喩えますと、魚を捕る網の一つ一つが、それぞれの子ども達だとします。その網を、海でも川でもよいから仕掛けます。魚がやってきまして、一つの目に掛かったとします。

魚をとった目は、他のたくさんの目に対して「どうだ上手いだろう。こんなでかい魚を俺様は一人で捕まえた」と選ぶって、他の目を、何の役にも立たないお前達だと思ったとしたら。
この一つの目は、自分で気がつかないけれど、他のたくさんの目と、密接にかかわっていることを解らないのです。それは、他の目は、魚をとることはできなかったかもしれませんが、全体で大きな網を構成していることを、理解できなかったことになります。他の目は、魚を取れませんでしたが、他の目がなければ、魚を捕った一目は役に立たないのです。それぞれの一目は全体を代表する一目であり、それぞれの一目は全体を支える一目であり、合わせて大きな一枚の網なのです。
挨拶とは、一目が他の目に、結びつきを確認する意味があるようにも思えるのです。そして全体を構成する一目にとっての役割を、人間に置き換えて考えてみた場合。人は、それぞれに身体的、精神的、環境的にさまざまな違いがあるのですが。次のことが大切なことです。

一、それぞれの人の、生き方が大切にされること
一、それぞれの人の、違いを受け入れること。
一、それぞれの人の、幸福を願うこと。


冥福

冥福

  同じ町内にある明治小学校は、陽岳寺にあった寺子屋が発展したもので、来年で130周年になります。その校章は○の中に『明』が記され、燦然と輝く光線が八方にのびたデザインです。校章の由来には「若き子らの学び舎にとって、生命の根源としての日月と、成長の根源としての水と躍動する大気の中で愛と勇気の智恵を象徴する緑の大樹を形象化したものである。日月は、明治の明のシンボルである。」とあります。
『明』を夜と昼、光と闇、見える世界と見えない世界というように対立するものを含めた世界を極めることを、この校章は示し、これこそが教育の眼目ではないかと考え、明治の『明』を通り越した先人達の卓越した見識をみることができます。

さて、人が亡くなってから、通夜・葬儀・年に幾度となくの墓参・そして数年ごとの年回に、故人を偲び、冥福を祈ります。こうして墓守を続けて思うことは、いつも絶やさない樒(しきみ)や花が飾られているお墓があるかというと、彼岸とお盆と年末か新年に花が飾られ、線香が手向けられる墓が大半なのですが、淋しくなるのは、ほとんどと言っていいほどに、墓参に訪れる人がないお墓があることです。

 毎朝、墓地を掃いて、訪れる人の居ない墓を前にして、ここに眠っている人の葬儀をしたことがあり、遺族が社会的に地位がある人だったとしても、今は良い子ども達や家庭に恵まれていたとしても、今の自分は、もちろん本人の努力により今の環境は在ることですが、やはり訪れることがなく、苔むした墓を見ると、後継者が居なくなってしまったのならともかく、立派にいることを思うと、寂しいかぎりです。
見るに見かねて、その墓石を洗って苔を取ると、その墓の主が「すまない」と、声を掛けてくる気がします。亡くなった当初の悲しさが嘘のようです。年数が経てば仕方ないものかと思うものの、中には、連れあいを葬って後、あとは私の楽しい人生とでも思っているとしたら悲しく思います。

「ご冥福をお祈り申し上げます。」の言葉に、辞書は、『冥福』を、死後の幸福と記しますが、幸福とは、安らぎと解釈いたします。しかしながら、この『冥』の字は、恐い内容を含んでいます。
日と六とで十六日の意であり、何故に十六日かというと、月が十六日を過ぎて、欠け始め暗くなることを指し、更にヮ冠で覆うことは、『幽冥』となることであると、大漢和辞典にある。しかし総ての意が、暗く奥深い中で、『冥合』のように、暗黙の間に意志の一致するというの意味を持つこともあり、『冥婚』のように、死して男女を一緒に添い遂げさせる壮絶な恋言葉もある。しかしながら、『冥』は徹底して暗く深いらしい。
そこで『冥界』とは、暗くて深いかどうかも解らない世界ですので、真っ暗闇では我々自身の姿も見えないと同様に、この『冥界』は、自分自身の姿形・精神もはっきりとは、見えないのではないかと思います。

そんな『冥界』の『冥』で覆われた冥福を、“死後の幸福”から“見えない幸福”と理解した方が幸福の意味が研ぎ澄まされると思います。見える幸福は、壊れやすく一時のものであり、その状態を維持することを考えれば簡単に苦に衣替えするのです。苦を含んでいる幸福と異なって、絶対の安らぎこそ、“冥福そのもの”であると思います。
ですから、現実に直ぐ側(そば)に冥界があったとしても、否、現実には裏表の世界であったとしても、一枚の紙の表面が、裏面を見れないように、また裏面になれないように、私達には見えなくてよいのです。もし私達に見えたら、私達が『冥界』の住人なったということですから。

「冥福を祈る」とは、亡くなった方の“絶対の安らぎ“を、真摯に観念すること、それが祈るということなのではないでしょうか。また、そうすることが私達の安らぎでもあることに気が付くべきです。祈るという行為は、心が渇望し揺らいでいることでもありますが。表面的、形式的に祈るのではいけません。こちらからはあちら側の姿形は見えないことは話しました。では、相手からはこちらの姿は見えるとしますと、祈るという行為を忘れてただひたすら祈ることが必要なのでしょう。何だか子どもの頃に読み聞かされた、小泉八雲の“耳なし抱一”の話に似ているとおもいませんか?因みに、抱一の全身に書き込まれたお経は、『見えない幸福』を謳っている般若心経です。これは本当に心を込めてお祀りしないといけません。

生前おばあちゃんが好きだった食べ物・飲み物を供えて、「おばあちゃん春になりましたね」とか、孫の卒業証書を供えて「太郎も中学生になりました」とか、「私もこんなに年を取りました」と家族をさらけだすことが、おばあちゃんの冥界での冥福をお祈りすることの本質なのだと思います。さらに言えば、冥界との対話なのだと思いました。私達一人一人がしなければ、誰がしてくれるのだろう。

今、私達が社会の景気や政治・経済に忙殺され、目前の事に振り回され、安らぎを得たいと思ったとき、私達の心に潤いや味わいというものが必要となするなら、『故人の冥福を祈る』ことそのことこそ、私達の安らぎでもあります。
私達は、普段目に見える世界だけで物事を判断しています。『明』と『冥福』を通して、目に見えない世界と見える世界は別のものではありません。耳に聞こえない声、舌で味わう事の出来ない味わいに触れてみる事が大切ではないでしょうか。
(四国の実相寺、やんと師からご指示を仰ぎました)



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