目次
輝いている時
夢中(ゆめのなか)
芝浜
江戸っ子
亀住町(平成13年7月1日)
モンセ・ワトキンス~夢のゆくえ~(平成14年1月3日)
新牌開眼
英霊(平成17年5月23日)
目覚め
よわい「齢」
また始めたらよい
三大聖樹(平成19年4月17日)
滅度(平成19年9月18日)
安住の地(平成20年11月15日)
心眼(平成22年3月1日)
とかくこの世は
とかくこの世は
祈り(平成17年11月29日)
品位(平成18年1月20日)
ニャンニーシンズ(平成18年3月1日)
鍵(平成18年4月25日)
チベット(平成20年5月1日)
SYOHOU
諸法
四十四の問い~ミヒャエル・エンデ
先ゆく輩
さき行く輩
祖師年譜
ダルマ
慧可
五洩霊黙和尚
石鞏慧蔵禅師
大珠慧海禅師
西川の黄三郎
馬祖道一禅師(馬大師)
五百生 百丈和尚
大梅山法常(752-839)
麻谷山宝徹禅師(平成12年1月27日)
鎮州普化(ふけ)和尚
寒山・拾得
虹の彼方に
ヘイヴン・ペックの場合―続貧しいけれど、豊かだった―
生前葬
平和を我らにーGIVE PEACE A CHANCE(平成13年10月31日)
ソクラテスとヤージャニダッタ
蓮(平成14年6月2日)
心-KOKORO(平成14年6月25日)
独り暮らし(平成15年4月12日)
老いが、咲いていた!(平成16年7月5日)
深濱-fukahama
死に顔
松山鏡(ソクラレストとヤージャニダッタの続き)
真ん中(平成20年4月1日)
百万回いきたネコ(平成21年1月1日)
夜来る鳥(平成21年1月1日)
だいじょうぶ、だいじょうぶ(平成21年2月1日)
無常への帰依
無常への帰依
希望(平成12年1月2日)
葬式坊主
泥棒
赤とんぼ
老い
……ロス
後姿
寿陵
ついで参り
目標
六道を行く
もの言わぬ羅漢達…揀択をこえて…
宮本武蔵
五合庵断章(平成10年10月17日)
K子さん!(平成12年7月19日)
今は昔
十一面観世音菩薩
尽七日忌(平成19年5月1日)
OSYOU
OSYOU
この手のひらに―禅僧の死―(平成10年11月18日)
戒(平成10年7月25日)
幽霊
みんな仏教徒(平成10年5月27日)
最後の晩餐(平成10年5月23日)
禅問答(平成10年5月31日)
分銅
天国は汝ら自身に宿る(平成10年11月24日)
宗派
穢れ(平成12年8月30日)
お彼岸
仏心
仏心
ご祈祷
施餓鬼会にて(平成17年5月28日)
永遠の命
輪廻する葦(平成10年5月27日)
連鎖する命(平成10年6月2日)
涅槃(平成10年8月12日)
鏡(平成10年7月25日加筆)
流星
TAO(平成11年1月3日)
四大
挨拶
冥福
盂蘭盆
祈り(平成14年7月4日)
仏事歳時記
再び 最後の晩餐
この手のひらにII(平成18年11月18日)
死んで生きる智慧(平成19年3月27日)
五百生(平成19年11月20日)
破地獄偈(平成20年5月24日)
この指止まれ
この指止まれ
家族と家庭(平成11年1月5日)
導師(平成11年2月26日)
家から個人へ、そして家族・友達へI
家から個人へ、そして家族・友達へII
脳死そして臓器移植(平成11年3月2日)
独り決めの生き方
僧堂I
僧堂II
僧堂III
恥じ
僧堂IV
返事
父殺し・母殺し・友だち殺し・子殺し(平成20年1月1日)
その後
その後
ほとけさま(平成17年5月1日)
仏が仏に合掌する
戒名(平成12年3月14日)
無用の用(平成12年2月21日)
世話
大きく育て!(平成11年1月18日)
しもべ(平成10年11月7日)
電話(平成10年8月22日)
意思
寡黙
妄想(平成10年8月2日)
川(平成10年8月22日)
風如(風のように)(平成10年6月18日)
追悼(平成10年5月27日)
受容(平成10年6月18日)
蒸発
臨終(平成10年6月8日)
外道
障子(平成13年3月10日)
日月(にちげつ)
年寄りの出番より
人生とは、闇を照らす一瞬の蛍の光
時の旅人
時計(平成12年1月3日)
星(平成11年10月15日)
溝(平成11年8月2日)
過去心…念の起こる処(平成11年6月19日)
与える時間(平成11年5月24日)
桜(平成12年3月2日)
無常(平成11年4月16日)
川(平成10年9月17日)
有時(時の構造)(平成12年2月5日)
時の旅人(平成12年2月1日)
揺れる木々の葉
この人生の速さはなんだ(平成14年12月26日)
法句経より-時の旅人(平成15年2月4日)
寂然不動 如春在花(寂然不動、春の花に在るが如し) (平成16年9月19日)
ZENGO
自立
橋は流れて(平成10年9月18日)
無事
過去(平成10年5月23日)
たまごっち(平成10年5月23日)
一衆觸礼(いっしゅうそくれい)
六道を輪廻する
二人三脚
生老病死
筋肉番付
ポケモン
俺は、親馬鹿か!
塵も積もれば山となる
生と死と永遠
最終章
一章
二章
三章
四章~(未完)
時間旅行
時間旅行
命の歌-母の短歌
礎-いしずえ-
離魂(平成19年8月25日)
海辺橋
海辺橋
ふるさと(平成18年3月4日)
千の風(平成18年9月16日)
人の道(平成18年9月18日)
あなたは、いつから、一年が始まりますか?(平成20年8月1日)
前住職 二十三回忌にて(平成20年9月1日)
平成21年お施餓鬼会を振り返って(平成21年6月1日)
奥付
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鏡(平成10年7月25日加筆)

鏡(平成10年7月25日加筆)

 鏡に鏡を映すと、鏡はその性質をいかんなく発揮して限りなく鏡を映す行為を重ねる。その闘志は滑稽に見えて悲しい。
人は外出の時に目的や場所を思案して服を選ぶ。その服が季節と合っているだろうか、乱れていないだろうか、おかしくはないだろうかと鏡の前に立つ。鏡は鏡の前にある事物を忠実にただありのままに映すのだ。人は鏡の持つ客観性をおのずから知り鏡の前に立つが、おのれ自身に客観性を持たぬことを知らない。それゆえ鏡の前に立つことは必然に長くなるが、独断にたければ短くなるのも道理に違いない。

 幾世代にわたって人は鏡の持つ魔力に引かれ、数多くの物語をつくり、そして考えてきた。鏡の前で「この世で一番美しい人は誰か」と問う女性がいたり、水面に映る自分の容姿にうっとりと時を忘れる人もいた。鏡の前に据わり涙を流す女性を映した映画を見たこともあった。鏡の前に立つことはこれから始まるドラマの初めであったり、あるいは終幕の後であったりと。鏡に向かって口紅をさす女性はけっして鏡の中の女性自身に、口紅を塗ることはできないのが不思議に思えたりもする。

鏡の色を考えてみるとき、日常よく使う鏡は銀色の鏡なのだが、ものを映す鏡の中の鏡の色は自分の色を持ってはいない。もちろん銀色でなくてもよいわけで、内容は表面粒子の細かさとか並び方が光沢を造るのだろうか。すると、鏡とは物質の表面の状態をたんに云うだけであって、物質は問わないのかもしれない。物質の表面の輝きが鏡を造るとしたならば、鏡自身が自分の色を持ち得なくなったときに初めて、鏡は鏡となるのだろうか。

昔、中国で瓦を一生懸命に磨いて、鏡を造ろうとする禅僧がいた。心を磨いて仏心を造る喩え話なのだが、ひょっとしたら現代の技術を使ったら鏡になっていたかもしれない。すると歴史は少し違っていたかもしれない。
人は自分自身の中に何らかの鏡を持つといえる。

江戸時代、赤穂に盤珪禅師がいた。不生の仏心を広めた禅師であり、禅師の説く不生の仏心の話はわかりやすく庶民に好かれた。
説法の日に、「私が話すことを聞こうと思って、この場所に皆さんおいで下さいました。ですが、話を聞いている間にも、皆さんの不生の仏心は、寺の外にて、犬が鳴きますると、犬の声と聞き知り、鳥が鳴きますると鳥と知ります。目には赤白の色を見分け、鼻によしあしの香りをかぎしります。見ようの聞こうのと覚悟無くて、見たり聞いたり致すところが、霊妙な仏心が不生にして、見聞きすると申すものでござる」

「仏心は不生にして、しかも霊妙でござる。仏心には念と物が在りませんから、色々様々の念が起ころうが、払おうとも、止めようともかまわず、取り合わねば、自然と不生の仏心に叶いまする。不生の仏心にはもともと、迷い無いことを知りなさい。また、一切をよく照らし別けまする」
「鏡は元来無心なものでござる。写りたる影を除こうとも、除くまいとも存ぜず致さぬが、明鏡の徳と言います」
「見ようとも思わずして、20年来の友来れば、友と知り、火にかざせば熱いと知る、霊妙なる徳というものでござる」

私がまだ高校生の頃だったと思うが、夏休みに信州の霧が峰に行ったことがあった。ただ覚えていることは真っ白な世界だったことだ。冷たい風に霧の白い濃淡が流れて、私が流されているのかのように錯覚したことがあった。自然の猛威と美しさの中で、くるくる舞う小さな舟のような自分の存在が、何かに向かって太刀打ちできない存在だということを思い知らされるかのように、それは美しい怖さだったと思う。白い闇に違いない。
鏡は暗闇の中で、像を映しているだろうか。それは光の無い世界で、物を映すという行為はあり得るのだろうか。光がなければ物は鏡に映る筈がない。鏡が私自身だとすると、闇にあるのは私の意識そのものを映すことになるのだろう。

年老いてここは何処、家に帰らなければと自分の安らぐ居場所を求めて、非日常の少女時代の我が家や兄弟を探してさまよう老人の鏡は、いったい現実の何を映しているのだろうか。鏡は鏡として忠実に現実の在りようを映していることに間違いはないのだが、老女は闇の中にいると変わらぬ。光り輝く現実その物が闇と化した老女の心意識は辛く苦しい。
辛く苦しいがゆえに、自分自身をも忘れて欲しいと思うのだが、人は自分自身を忘れることは至難の技だ。そうして夢の中の世界を「ここは、どこ!」と、今日もさまようすがたは、悲しく痛ましく感じる。健康で、ものの判断力は一人前と何ら不思議に思わない健常者の鏡は、はたして現実をそのものに映しているのだろうか。おそらく誰一人として、忠実に映している人はいまい。だから、人は迷い、苦しむ。そして、楽しいのである。ここに、人間の地に付かぬ原点があると思うのだが、どなたかお聞かせ願いたいものである。

先日ごく親しい友人と話していて、彼の言った言葉が示唆に富んでいる。彼は週末になると聖路加ガーデンにて水泳をするのだが、最初の300メートル400メートルを泳ぐのに息を切らして何年もかかってしまった。700メートルを連続して泳ぐのに数ヶ月かかった。其れから2,3ヶ月で何時間も泳げるようになったのだが、
「2キロぐらいは泳ぐだろうか、まず背骨をまっすぐに意識して肩の力をぬき、全身の力をぬいて泳ぐのだが、不思議なのは水の抵抗を意識しなくなってしまうことなんです」
自己に鞭打ってがんばるその先に、頑張らなくても全うする忘我の自分は、すべてを見とおしていて、染まらない自分でもある。そういえば、平成10年の不景気に、

「実は、こういう景気だからこそうちらあたりの商売に光があたるのです」と言った人がいました。多品種少量の廉価で機能性に富んでいるカバンの会社なのだが、多品種ゆえに生み出すのが大変と思われたが、「大変だったのはもう通り越してしまいました。今では、お客さんや従業員に支えられてバッグが随時生み出されています。今は楽しいです」と、この社長さんも肩の力を抜いて、感謝にあふれていました。

自分自身を忘れることは、まさしく現実を受け入れる大きな一歩であり、私自身の意識が闇そのものとなることでもある。私は太虚そのものとなり、宇宙となることによって、初めて私自身の存在になるに違いなく、ここに真の宗教のあるべき姿がある。(平成10年7月25日加筆)


流星

流星

今、われわれは輝いているだろうか!
流星の軌跡を追うか!
それとも、流星の輝きそれ自身となるか!

 人の一生をよく、流れ星、流星にたとえます。夜空に流れる、流星のように時間は短くとも、それぞれに輝いて軌跡を描いているとも言えるからです。
人の死は失うことと得ることのシーソーです。
 夫や妻の死は今の半分を失い、親の死は過去を失い、子供の死は未来を失い、友の死は一部を失うといいます。
 失うことによって、夫や妻を知り、親を知り、子供や友を知り、自分を知ります。築いたものが大きければ、失うものも多く、得ることも多い。失ったものが大きいか、得たものが大きいか、死はさまざまに、残された私達を試します。

 人が誕生したとき、私たちは何者にも染まらない、無垢の精神と肉体で生まれてくると言います。しかしながら、実際には、人は決められた時を、自らの中に刻まれて、誕生してくるともいえるでしょう。空を渡る鳥たちのように、ふるさとに帰る時を守ると言う、時の番人を、自らの肉体の中に住まわせているともいえます。

 時の番人の登場の時刻は、私達のうかがい知ることの出来ない時間です。このことに備えるために、私達は、私達の命を、いつでも、本当の自己とは何かと、知る必要があるといえます。
 そのことは、先に延ばすことはできない、いつでも、今ここが最後の場所であると。そしてこのことと同時に、今ここに、私はよみがえり再生するという。
 ギリシャのエピクロスは、「私が存在するときには、死は存在せず、死が存在する時には、私はもはや存在しない」と語りかけてきます。言葉は時を越えます。

 このことの意味を考えてみると、私達は、自分の誕生と死、そのものを確認するすべを持たないということです。自分自身の終末の時を迎えることはあっても、現実には、生の内に、自分の死そのものを絶対にできないということです。私達に出来る事は、自分の生のみを、最後まで生き続けるということです。
 このことは、私たち個人個人の意識にとっては、始まりも終わりもない世界を持つともいえます。始まりもなく終わりもない世界には、残された者の行く末の心配や、この世界から居なくなることも、世界の消滅もありません。
 確実な死とは、生き続ける、家族や友人・知人の生の中に、さまざまにゆだねるという意味を持つのだと思います。人の生き死にを確認するすべは、自分にはなく、遺族や友人知人、他者にあるといえます。

 多くの人は、私という存在そのものに疑問を持つことは少ないかもしれません。しかしながら、状況によって、私は、いたたまれず、我慢ができなく、得心が行かず、憤りを感じるものです。特に、私がないがしろにされる、置いて行かれる、ついて行けないという時、一人という対象化された自己と、対象化された他者や社会の問題に直面いたします。
 この原因は、私という自己の形を運ぶことにありそうです。

 川を人の一生の時間と空間として見た場合、橋の上に立つ私を今の私とすれば、上流の川は小さい頃の私であり、これより下流の川と海はその後の私であり、川は私の総てであると言えば、上流の川は眼には見えないけれど、今も流れて在り、下流の川は海に今流れ込んで同時に有るといえるでしょう。
 自分が今、存在すると言うことは、総てが存在して、私を表現してくれていることだと、仏教は教えます。さらに存在するものは時としてあるといえば、すべての時が、今を輝かせていることに気がつくのです。
 人が誕生し、成長し、病気、老いる、そして死、これら総てに、時間を運ぶ自己が、かかわっているように思えます。
 考えてみると、私達が充実している時を過ごすとき、つかの間の安らぎを得るとき、幸福なとき、ほっとするとき、時間は影のように表を見せない。
もし時間という概念がなかったら、私達は私達そのものをより実感できるのかもしれない。時間が私達を束縛し、苦しめ、悩ますといってもいいでしょう。

 さて仏教の時間論は、釈尊登場より今日まで、”永遠の今”を主張としています。現在を中心に過去と未来を持つ現代人に、絶対現在を認識することはとても難しいことです。
 過去や未来はただ今の命に集約され、自分を離れて時間や存在はあり得ない。存在するものはすべて時間としてあると、そしてその時間は"ただ今"があるのみであり、その今のまっただ中には、時間は存在しないことになる。
 瞬間とは存在しない時間であると同時に、総ての時が含まれるという時間でもあると思うのです。
そんな時間の、未来は現在を、時に不安にし、時に愉快にします。過去は私達を縛り、現在を未来をいざないます。人は、現在が未来を過去までも溶融する智慧を持つことを、理解できません。移ろい変化する時の波間を、 
人は翻ろうされ、逆らい難く、人はそれを運命と呼び、彷徨うことを煩悩の海といいます。

 真の存在は知覚を超えて時を止めます。其のことは存在への結びつきを無くすことから、始まります
。自分を対象化して、固定化して描かれた自己ではなく、思い描いて創造した自己でもないところに働く自己、それこそが、今ここに私は完結している。今ここは、最後の場所であると発言する、生きる主体としての自己です。

詩人ウィリアム・ブレイクは「一粒の砂に世界を見、一輪の野の花に天界を見、一握のうちに無限を思い、一時のうちに永遠を思い」と表現いたしました。私達が、何ひとつかけていないことを知らせる為に。

 人が誕生して年を重ねる先には、必ず行き着く先があります。それは、消滅か誕生か輪廻か。
 ヘルマンヘッセが八十五歳で亡くなる四年前の作品、”野の仏”の中にある一節が答えを示してくれているように思います。
 「人の一生は、みずから朽ち、消滅して、かたちなき限りなきものとなることへえの旅路です」と。
 かたちなき限りなきものとは、永遠の一なるものの、あらゆる変容のしるしです。
 土と水と炎と風のなかで、かたちをはなれ、その意味の完成を求めています。
 仏陀は「姿形によって私を見る者、音によって私に従う者は、吾れを見るものにあらず、さとりに目醒むるものこそ、つねに吾れを見るものなり。」と永遠の一なるものを説きます。
 答えは、貴方自身の中にあると同時に、貴方自身そのものです。

 古来、道を求めた禅の先人達は、自由を他に求めず、無我から自他不二を通り越したところに働きいずる大悲心をもって、真の自由を得てまいりました。
 真の自由とは輝きそのものに違い有りません。
一瞬一瞬動いてやまぬ心に正常な知識の光があり。
一瞬一瞬動いてやまぬ心に余計な分別以前の明瞭な知覚の光があり。
一瞬一瞬動いてやまぬ心に平等な知見の光がある。
 それぞれの光が集まり智慧を構成し、その働きが輝きとなる時、私達は変容そのものとなり、世界を時間を自由に羽ばたくことが出来るでしょう。
流星の奇跡を追うか、それとも、流星の輝きそれ自身となるか。


TAO(平成11年1月3日)

TAO(平成11年1月3日)

 インターネットという情報ネットワークが凄まじい勢いで世界中に張り巡らされて、国境と言う概念が薄れてゆく。この波に乗り遅れるかによって勝者が決まるかのように、あらゆる既成の体系が変化の波の中に翻弄されている。対応を一歩誤ると取り返しのつかない事態となる。何故ならば、構築体系化されたものは、次なる体系に、常に変化し再構築されなければ維持できないからだ。
お金や思想がその波に乗っかりまたたくまに、世界を何周もする時代に突入するj時代になってしまった。

 そんな時代の人々を見つめると、不景気も手伝ってか、自然と家庭や家族への回帰現象がおきているように思える。家族よりさ迷い出た人間は、犯罪を助長するかのように、人を襲う。
社会は新たなる規律や道徳を求めて動き出している。国家や世界が分裂と統合を繰り返し、すぐ目の前に迫った二十一世紀を模索している。

だが、来るべき時代に即応したビジョンは見えてこない。モラルも見えてこない。社会はより魅力ある秩序を探して、混沌の海の中をさ迷う。
社会の基礎となる核は、家族や家庭だ。その器は家である。
中身は一人一人の集まりであるのだが、家族を超えた大きな塊が秩序を求めてさ迷う時、その核となる社会の単位は結集して、核内に堅固な秩序を本能の回帰するが如くに形成する。そしてより大きな次なる秩序を形成して行くかのように見える。次なるより大きな秩序とは、新しき国家か、それとも家族単位で世界を漂流するか。

道はその家から始まる。隣の家にゆく道。会社への道。学校への道。友達のうちへの道。仲間と集う場所への道。どうやら、第三の道というものが出現してしまった。それがインターネットという獣道だ。自然と対峙しない無機質なケーブルの中の道、あるいは、電波と成って空間を突っ走る道。瞬間に生み出された意志だけがその軌道を走りつづける。家族の一人一人と言う単位に直通する道。だが、道というからには、必ず訪ね行く場所がある。

ある僧が尋ねた。 「道とはどのようなことものでしょうか」。
趙州和尚が答えた。 「その垣根の外にある」。
ある僧。  「その道のことではありません」。
趙州和尚。 「ではどの道のことだ」。
ある僧。 「大道のことでございます」。
趙州和尚。 「大道のことなら、長安に通じているよ」。

あまりにも有名な禅問答であるが、京都長岡禅塾の半頭大雅老師の言葉である。
「道というのも、もともとは、こっちの家からあちらの家に行く道なんですね。その道を修祓(しゅうふつ)する、ととのえ祓う、それが道徳ということらしいんです。だから、今の日本のように道路がきたないのは、人と人との関係がうまくいっていないことのあらわれ、ということになりますね」。
家族回帰は、最少単位の人と人との出会いや、結びつきを現実的に反省し整える姿なのだと。大道とは、現実的に、反省し整える姿、そのモノ、真っ只中にあるのだと教えてくれています。どうも、我々は先を急いで、目的地を目指しますが、実は真の目的地は、目先ではなく歩くそのもの中にあると言えます。

『人の道』と言うも、『天の道』というも、すべては今歩いている足元から始まります。私が歩くから道は存在すると同時に、歩いている私が無ければ、その道も存在しません。


四大

四大

…土と水と炎と風の中を…

 仏教で、地・水・火・風を、四大と言う。我々の肉体を形成する元素を指す言葉であるが、私はこの言葉が好きだ。

 地は糧である。土は大地に、我々が生れ、育まれる総てを含んで、そして我々の帰る場所でも有る。母も大地より生れることを思えば、大地は穢れのないものでなければならない。我々も汚染されることを思えば、地球を汚染しなければ発展しない文明は、いずれ滅びる運命を持つことになる。悲しい運命をもって生れた子供達の未来を、何とか明るく輝いたものに出来ないだろうか?仏陀は『人々が病むために、吾もまた病む』と言ったという。その言葉から、仏陀を大地に連想しすると、大地を傷つけないことは、我々のつとめとしたい。

水は潤いである。言うまでも無く命を支え、心を潤す水は、一滴より始まって大河を形成し、海に至る。このことは、道そのものとして、姿かたちを変え、やがて大海を形成する。その大海より人類が誕生したことを思えば、我々は水その物と言えるかもしれない。我々自身が限りなく潤う為に、慈しみと悲しみをたたえて、人に接し、水を注ぐことが大切なことである。

火は命である。命は炎の中にともし火続ける。我々の心のざわめきは総て炎として、我々を焼き尽くすかのように、青い火、赤い火、大きくなったり小さくなったり、心の在りかを示すと同時に、命そのものとして存在し、私達の体内で燃焼する。永遠をつかさどる炎は、けっして私達が消滅しても消えることはないと、そのことを私達は胸に刻んで、未来へ後を託そう。

風はさまざまな物を運ぶ。風は季節を運び、風は人を創る。人が歩けば風を起こす。炎を盛んにするのも、また消し去るのも風が吹くことによってであり、そのことに、風に真正面に向かうことも、また背を向けて除けることもある。風は人を、植物を鍛える。私達を運ぶ。

土と水と炎と風の中で、人は生れ、育ち、老いそして形を離れて、その意味の完成を求めています。揺らめかないために。


挨拶

挨拶

挨拶(あいさつ)とは、もともと禅の言葉で、問答をくり返し合うことです。そこには、真剣さがあり、切迫した気迫の応酬があります。挨は、立ち止まり、思い迷うの意味がありますから、拶は、そんな挨に、切り返して迫るのが、挨拶の本意なのでしょう。

 ずっと以前のことだが、「不思議だね。挨拶の言葉って、どうして今、現在のことを、問題にしているだろう」と、言われたことがあった。世界共通のことだそうだ。
「おはよう」「今日は」「今晩は」「最近会わないね。元気」
「どうも。どうも。お久しぶりです」。
出会いの挨拶は、当たり前の話ですが、貴方の今,ここ、どうしたのを問いかけます。時間、場所での状態を問います。
では、別れの挨拶は、「元気でね」「またお会い致しましょう(それまで元気で)」「いつまでも、お元気で」と、未来の状態を祈ります。
挨拶とは、今の状態を問い、未来の状態を祈るともいえます。
挨拶を出来ないでなくて、しない子どもが増えている。


 この子達は、人との大切な出会いの瞬間、人と人とが出会うということから起こるさまざまな実りを、拒否することに等しいということに気づかない。何故なら、人が生きるということは、何かしら自分以外の人や社会と密接に関係することによって、人は自分を知るのですが、挨拶しないことは、その出会いを、拒否することに繋がるからです。自分を知ることは、他人を知ることでもあり、他者とのかかわりを常に受けることを知ることにもなるからです。
朝起きて、「おはよう」。学校に行く時は「行ってきます」、それすらない家庭があるのです。
しかしながら、挨拶を礼儀と等しくすると、こんな言葉があります。
『最もよく礼儀に習熟した人は行動するが、これにこたえるものがないとき、袖をまくりあげて相手を引っぱろうとする。それゆえに『道』が失われたのちに、『徳』がそこにあり、『徳』が失われたのちに仁愛がそこにくる。仁愛が失われたのちに道義がきて、道義が失われたのちに礼儀がくる。およそ、礼儀は忠誠と信義のうわべであり、騒乱の第一歩である』。

 ふと、思い出したが、この言葉が”老子”か”孔子”の言葉だったやら、誰だったか思い出せない。
挨拶は礼儀の内に含まれるものかもしれないが、別のものと考えたい。他者と自分との関係の接続詞だからです。
多分、挨拶できない子ども達には、人と人との関係において大事な実りを欠落することになる。
網の目に喩えますと、魚を捕る網の一つ一つが、それぞれの子ども達だとします。その網を、海でも川でもよいから仕掛けます。魚がやってきまして、一つの目に掛かったとします。

魚をとった目は、他のたくさんの目に対して「どうだ上手いだろう。こんなでかい魚を俺様は一人で捕まえた」と選ぶって、他の目を、何の役にも立たないお前達だと思ったとしたら。
この一つの目は、自分で気がつかないけれど、他のたくさんの目と、密接にかかわっていることを解らないのです。それは、他の目は、魚をとることはできなかったかもしれませんが、全体で大きな網を構成していることを、理解できなかったことになります。他の目は、魚を取れませんでしたが、他の目がなければ、魚を捕った一目は役に立たないのです。それぞれの一目は全体を代表する一目であり、それぞれの一目は全体を支える一目であり、合わせて大きな一枚の網なのです。
挨拶とは、一目が他の目に、結びつきを確認する意味があるようにも思えるのです。そして全体を構成する一目にとっての役割を、人間に置き換えて考えてみた場合。人は、それぞれに身体的、精神的、環境的にさまざまな違いがあるのですが。次のことが大切なことです。

一、それぞれの人の、生き方が大切にされること
一、それぞれの人の、違いを受け入れること。
一、それぞれの人の、幸福を願うこと。



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