目次
輝いている時
夢中(ゆめのなか)
芝浜
江戸っ子
亀住町(平成13年7月1日)
モンセ・ワトキンス~夢のゆくえ~(平成14年1月3日)
新牌開眼
英霊(平成17年5月23日)
目覚め
よわい「齢」
また始めたらよい
三大聖樹(平成19年4月17日)
滅度(平成19年9月18日)
安住の地(平成20年11月15日)
心眼(平成22年3月1日)
とかくこの世は
とかくこの世は
祈り(平成17年11月29日)
品位(平成18年1月20日)
ニャンニーシンズ(平成18年3月1日)
鍵(平成18年4月25日)
チベット(平成20年5月1日)
SYOHOU
諸法
四十四の問い~ミヒャエル・エンデ
先ゆく輩
さき行く輩
祖師年譜
ダルマ
慧可
五洩霊黙和尚
石鞏慧蔵禅師
大珠慧海禅師
西川の黄三郎
馬祖道一禅師(馬大師)
五百生 百丈和尚
大梅山法常(752-839)
麻谷山宝徹禅師(平成12年1月27日)
鎮州普化(ふけ)和尚
寒山・拾得
虹の彼方に
ヘイヴン・ペックの場合―続貧しいけれど、豊かだった―
生前葬
平和を我らにーGIVE PEACE A CHANCE(平成13年10月31日)
ソクラテスとヤージャニダッタ
蓮(平成14年6月2日)
心-KOKORO(平成14年6月25日)
独り暮らし(平成15年4月12日)
老いが、咲いていた!(平成16年7月5日)
深濱-fukahama
死に顔
松山鏡(ソクラレストとヤージャニダッタの続き)
真ん中(平成20年4月1日)
百万回いきたネコ(平成21年1月1日)
夜来る鳥(平成21年1月1日)
だいじょうぶ、だいじょうぶ(平成21年2月1日)
無常への帰依
無常への帰依
希望(平成12年1月2日)
葬式坊主
泥棒
赤とんぼ
老い
……ロス
後姿
寿陵
ついで参り
目標
六道を行く
もの言わぬ羅漢達…揀択をこえて…
宮本武蔵
五合庵断章(平成10年10月17日)
K子さん!(平成12年7月19日)
今は昔
十一面観世音菩薩
尽七日忌(平成19年5月1日)
OSYOU
OSYOU
この手のひらに―禅僧の死―(平成10年11月18日)
戒(平成10年7月25日)
幽霊
みんな仏教徒(平成10年5月27日)
最後の晩餐(平成10年5月23日)
禅問答(平成10年5月31日)
分銅
天国は汝ら自身に宿る(平成10年11月24日)
宗派
穢れ(平成12年8月30日)
お彼岸
仏心
仏心
ご祈祷
施餓鬼会にて(平成17年5月28日)
永遠の命
輪廻する葦(平成10年5月27日)
連鎖する命(平成10年6月2日)
涅槃(平成10年8月12日)
鏡(平成10年7月25日加筆)
流星
TAO(平成11年1月3日)
四大
挨拶
冥福
盂蘭盆
祈り(平成14年7月4日)
仏事歳時記
再び 最後の晩餐
この手のひらにII(平成18年11月18日)
死んで生きる智慧(平成19年3月27日)
五百生(平成19年11月20日)
破地獄偈(平成20年5月24日)
この指止まれ
この指止まれ
家族と家庭(平成11年1月5日)
導師(平成11年2月26日)
家から個人へ、そして家族・友達へI
家から個人へ、そして家族・友達へII
脳死そして臓器移植(平成11年3月2日)
独り決めの生き方
僧堂I
僧堂II
僧堂III
恥じ
僧堂IV
返事
父殺し・母殺し・友だち殺し・子殺し(平成20年1月1日)
その後
その後
ほとけさま(平成17年5月1日)
仏が仏に合掌する
戒名(平成12年3月14日)
無用の用(平成12年2月21日)
世話
大きく育て!(平成11年1月18日)
しもべ(平成10年11月7日)
電話(平成10年8月22日)
意思
寡黙
妄想(平成10年8月2日)
川(平成10年8月22日)
風如(風のように)(平成10年6月18日)
追悼(平成10年5月27日)
受容(平成10年6月18日)
蒸発
臨終(平成10年6月8日)
外道
障子(平成13年3月10日)
日月(にちげつ)
年寄りの出番より
人生とは、闇を照らす一瞬の蛍の光
時の旅人
時計(平成12年1月3日)
星(平成11年10月15日)
溝(平成11年8月2日)
過去心…念の起こる処(平成11年6月19日)
与える時間(平成11年5月24日)
桜(平成12年3月2日)
無常(平成11年4月16日)
川(平成10年9月17日)
有時(時の構造)(平成12年2月5日)
時の旅人(平成12年2月1日)
揺れる木々の葉
この人生の速さはなんだ(平成14年12月26日)
法句経より-時の旅人(平成15年2月4日)
寂然不動 如春在花(寂然不動、春の花に在るが如し) (平成16年9月19日)
ZENGO
自立
橋は流れて(平成10年9月18日)
無事
過去(平成10年5月23日)
たまごっち(平成10年5月23日)
一衆觸礼(いっしゅうそくれい)
六道を輪廻する
二人三脚
生老病死
筋肉番付
ポケモン
俺は、親馬鹿か!
塵も積もれば山となる
生と死と永遠
最終章
一章
二章
三章
四章~(未完)
時間旅行
時間旅行
命の歌-母の短歌
礎-いしずえ-
離魂(平成19年8月25日)
海辺橋
海辺橋
ふるさと(平成18年3月4日)
千の風(平成18年9月16日)
人の道(平成18年9月18日)
あなたは、いつから、一年が始まりますか?(平成20年8月1日)
前住職 二十三回忌にて(平成20年9月1日)
平成21年お施餓鬼会を振り返って(平成21年6月1日)
奥付
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一衆觸礼(いっしゅうそくれい)

一衆觸礼(いっしゅうそくれい)

 この熟語を見て、すぐに意味がわかる人はいません。多分、臨済宗のお坊さん以外はわかる人はいないだろうと思いますが、貴方は、初めこの言葉に接した時、頭をかしげたのではないでしょうか。そう、いつでも最初は、何のこっちゃなのです。
言葉とは不思議なもので、その場所で大きな意味を持つ熟語があるのです。
この言葉の使用される場所は、晋山式(しんざんしき)に於て使われることが、我が臨済宗では専らです。さらに、晋山式という言葉が理解できない時代になってしまったのではないでしょうか。
平成12年10月3日、私の寺の親戚であるお寺に、新しい住職が入山いたしました。その入山の儀式が、晋山式です。

晋の字は、易の、六十四卦の一つ。坤下離上(コンカリジョウ)というそうです。『地上にあかるみの出るかたち』であり、すすむ、さしはさむ、おさえるという意味を持つそうです。天地創造を、私は思いました。何故なら、前日から雨でとても心配いたしました。朝、その寺に行く途中も、雨がパラパラと降っているのです。稚児行列をいたしますので、そのことも気になりますが、来られる檀信徒や和尚様方も、足もとが悪く不便をかけます。

どんな時でも、進むには、進む道理があり、それは、時に進まなければならないことでもあります。また、自分で進んでいると思っていても、そうではなくて、進まされているということもあります。そして、進むためには、進む方向に空間、場所がなければ進めません。もちろん、進んで思っていても下がっていることも多いことに違いありませんが、それも進むことなのです。何故なら、進むことは明るさを持つことだからです。
何の仕事、伝統、文化でもそうです。後事を託すことは、託す人と託される人 もちろん託す人も、元は託される人だったのですが、託す人と託される人のお互いの資質が、その時試されるのではないかと思います。そして、世代を形成する。

世代の世の字が、30年という年月を表現するものであるなら、次の世代もまた30年という年月を維持し、次の世代に託すという努めがあります。200年300年経ってみれば、いっかいの寺の一世代の住職は、名も知れない住職に過ぎませんが、名も知れないゆえに、私は返ってその重みを考えてしまいます。その世代に名を連ねる意味は、多くのことを含んで連ねるのです。今という時代は、共生、連環、リサイクルと叫んではいるものの、叫ぶものの覚悟が見えません。一つの時代に、自分の生を掛け、死を賭してこそ、進むという意味があるのではないでしょうか。晋=進むとは、時代を巻き込んで、地上に明るみの出ることなのです。私の一歩も貴方の一歩も、共に明るさを含んで、進むのです。

さて、この行事の最大の特色は、法要の式次第の中に、総茶礼(そうざれい)といいまして、その晋山式に出席した全員が、お茶を飲むことです。
法要は本堂で行われますから、その場でお茶を頂きます。そして、お茶を頂いた後に、全員が『一衆觸礼』の発声にて、頭を深く垂れるのです。もちろん、今日の出会いの全員、100名、200名が一斉に頭を垂れる姿は、見事です。

礼の基本は、尊し、貴しです。私はこう思います。
「何百人、何千人いようと、たった一人の礼が尊いと思います。私一人が頭を下げるのです。するとどうでしょうか、そこに出会った全員が、頭を下げてくれるではありませんか。たった一人の礼が、全員を動かし、私一人を尊しとしてくれるのです。何百人いようと、たった一人の礼なのです。そしてたった一人の私の礼は、全員を構成する、貴方を尊しとする一つの礼でもあるのです。」
晋山式で、こう全員が感じてくれたら、全員が主人公となり、大きな山が進む姿を想像できるのではないかと思いました。


六道を輪廻する

六道を輪廻する

 三途(さんず)とは、地獄(じごく)・餓鬼(がき)・畜生(ちくしょう)の世界です。三途に阿修羅(あしゅら)・人間(にんげん)・天上(てんじょう)を足したものが六道です。そして、この一つ一つは別々のものではなく、それぞれ私達の心の状態を指しています。現実と心の状態とのギャップを表現したものです。それは、希望、願望、切望、欲求、……と心の渇きから繰り返します。

地獄とは、もがき苦しむ正にそのものの状態をさすと言ってよいでしょう。「……が、たまらなくしたい。……が、どうしても欲しい。」と、いまだ実現しない状態です。そのもがく苦しむ状態から、抜け出そうと必死になって無理をする状態は、餓鬼そのものです。そうするともう他人なんか見えずに、おかまいなしに悪いことまでして、人を蹴落とし、抜け出そうとする状態を畜生と言ったらよいのでしょう。

阿修羅となると、その欲求を抑えることが出来なくて、暴力をふるって、人に危害を加え、悪知恵を働かして、人を虐げます。そんなことをして目的を達し、やっと、落ち着いたところが人間で、ホッとした所ですが、それはすぐに転落するものを含んでいる世界です。
そうすると、人はうぬぼれて、今度は自分が見えなくなり、つまりは、固定的な観念に陥ってしまいます。それが天上で、しばらくすると、「何で私が受け入れられないのだ」と、地獄に逆戻りです。六道の一つ一つは、それぞれが五つの道を含んでいるから、すべてが繋がっていると言えそうです。この現状にたいして、仏道とは、この連鎖を断ち切る行為なのだと思います。
煩悩即菩提と言うように、煩悩の荒れ狂う海の中では、彷徨える船を操る梶も竿も不要な時がある、かえって任せることも静けさには必要なことではないだろうか。それは、辛く苦しく、悲しく寂しく、不安や恐怖に、いらいらすることも、それを取り除けない今の私なのだと徹することのうちに、豊かに潤いのある姿を見つけることかも知れません。


二人三脚

二人三脚

 結婚式のお祝いの言葉に、聞いたのが、私は初めてでした。それが、『二人同行』という言葉でした。すぐに四国のお遍路さんを思い出し、仏さん、あるいは弘法大師と一緒に旅をする姿を浮かべたものでした。そして、遍路の白装束の、『南無大師金剛返照』の言葉の返照に、仏に照らされて旅をする巡礼の姿が、何とはなしに浮かびはしたものの、これを、夫婦にたとえての祝福の言葉に、上手いことを言うものだと、人ごとのように聞いていたのは、二十年か前のことだったのです。それは、そうです。未だ連れ添ってもいない長い夫婦の旅路の、二人の共に歩く姿など、明日は何処に行こうかと思案する二人には、想像だにできるものではありませんでした。

共に白髪の生えるまでは、今の若者も、その当時の私達も、ほとんど使わない言葉だったのです。それが、二人同行の言葉が、今は妙に美しい風景だな感心したりするのは、その裏にある意味に気がついたからです。

肯定的に言えば、二人してゆくということですが、私は、一人では歩いて行けないと、否定的に捉えた時、この言葉の意味が、鮮明に意識できるようになったからです。二人同行は、なぜか明るい四国の遍路を歩く姿が浮かびますが、同じ姿は、実は、一人では耐えられなく、生きてゆけないという姿に、実は、同じ姿なのだと見えてきたからなのです。

そうすると、四国のお遍路から、実は、毎日が遍路であり、その道は、毎日が旅立ちの、旅の途中の、辿り着いたりの道でもありました。夫婦にとっては、二十年来の旅路の途中です。その二十年の旅路の中の、十五年は、上の男の子との旅路に、十二年は、下の男の子との旅路です。病気した母とは、二年半の旅路ですが、今の病院に入院してからは、二年近くの旅路です。 手厚い看護に、安らぐ時を刻んでいた母も、ここ一ヶ月は、タンが絡み、食べ物も、喉に上手く入らず、辛い咳をする時、思わず目を背けてしまいます。呼吸が止まるのではないかと、不安に覚えます。
つい一年ほど前に、口から入った、空気と食べ物を見事に交通整理できることをあらためて見つめ、これこそ人間の高度な技の一つだと、感心していた私でした。それは、いずれは来るであろう、この交通整理が出来なくなる時の、今は、生きているということ証のようなものだったのです。
父が具合悪かった時、母が懸命に看病し、毎日病院に行くのを、車で送ったり、週に一度は母と交代はしたものの、あくまで私は母を支えていたのだと思いました。母が支えられていたかは聞きようがなく、今は知りようもない。これも母と私の二人同行。

父が逝ってからの、母にとっての父との二人同行の姿は、やはり寂しかったに違いない。どうしても、今の母の姿を見て、父の姿が重なり、ここから、私ら夫婦の二人同行が、またはじまる。
母とは、具合の悪くなった時、無理して生かすのではなく、自然な処置をすることで、尊厳を大切にすることを、話し、納得したものでした。
母の病人としての症状と変化に、その母と話し合った言葉を、担当医師に伝え、医師も同意見と話し合ったのでした。無理して生かすのではなく、あくまで自然な処置を施すことをすることで、母の尊厳を保つことの意味を、形にすることができるのだと思ったからです。しかし、それは私と母とが乖離して歩き始めたことだと、後で気がつきました。

二人同行は、二人三脚であり、大切なことは、同時に進むことです。かってに描いて、決め付けるのではなく、母本人の様態の変化や病気の進行と、見守る家族の看護、知識とが、同時進行することこそ、病人と家族の二人三脚です。それも、あの時、この時、今、明日と二人三脚の状態にいます。今生きていることが、あらゆるもの、できごとと二人三脚であり、二人三脚こそ、私の、貴方の姿です。改めて、人が生きるということは、あらゆるものと二人三脚だということが解かってきました。

そして、そのことは、共に歩むきりない選択肢において、人は別の選択肢を選ぶことによって、選んで、厄介なことに直面するようなのです。
さて、仏教で、深信因果(じんしんいんが)という言葉があります。因みに、因果を信ずる人を、仏教徒と言い、因果を信じない人を、外道と言いますが、その因果を深く信ずることを、深信因果と言うのです。因果は、因縁果であり、果は起に通じ、ここより縁起と同じ意味を持つことは、あまり意識しないというより、ほとんど現代では、問題にしていないように思える。

それで、その因果を深く信ずると言うことは、どういうことかと言いいますと、因果をくらまさない、因果をあきらかにするということなのです。禅の問答に、因果に落ちずと言って、五百年間輪廻転生した狐の話がありますが、因果に落ちずとは、この法則に背き、無視することに違いありません。この世の中が因果の道理によってなりったっていることを深く知れば、因果をどう生きるのかが、問題になります。
そこに、随順因果(ずいじゅんいんが)という、次の言葉があります。因果の法則に、随うということです。自ら随うことの意味は、随う以外に選択肢がないという、絶対随順の意を含んでいます。因果をあきらかにし、くらまさずとは、随うということなのです。因果を古人は、影は形に随い、音は響きを伴うと言い表わしていますが、このことは千年経っても変らぬ事実です。

また、因果の道理を示すために、釈迦や仏が出現したとするなら、因果に落ちずは、釈迦や仏を、更には、神までも否定することになってしまうではないか。善を行ずれば天国に行き、悪を行ずれば地獄に行くことも、因果の道理に含まれると喝破したのは、道元禅師だったのです。
因を母とし、果を私として、因を私として、果を母として、因を過去として、果を今として、今を因として、未来を果として置き換えた時、因と果、縁と起こそ、二人同行、二人三脚の根拠でもあるのです。


生老病死

生老病死

 ある人、
「和尚さん。ご相談なのですが。独り者の知人が、とある寺の合葬墓の永代埋葬権利を120万円で、購入したのです。
檀家縁者だったので、2割引で購入したと言う。自分が亡くなった後、お骨は一部を除いてみんな撒いてしまうのですが、翡翠の小さな骨壷を10万円で売っていまして、それに小さなかけらのお骨を入れて、13回忌まで本堂に安置してくれて、永代供養してくれるというのです。」

私、「そうですか。それはさぞ安心して良かったですね。」
ある人Kさん、「そこで、和尚さん13回忌が終りましたら、私のお墓に引き取って埋葬してよろしいでしょうか。あちらのお坊さんは、どうぞお好きなようにと言ってくれているのですが。」
私、「ちょっと待ってください。本人の意思は、何処にあるのですか。」
Kさん、「それが!本人は身体を悪くして、入院しているのです。多少痴呆が入っていて……。」

私、「貴方のお気持ちはわかりますが。少し変ですよ。知人が自分の安住の地として、その寺と合葬墓を選択したのですから。13回忌が過ぎて、お骨が撒かれてしまうからといって、寂しいからといって、こちらに移すのは、本人の意思に背くものです。もし移すことを承知しているのなら、最初からKさんのお墓に入ることを考えるべきです。そうすれば、Kさんの安堵と無駄な出費を抑えられたはずです。」
私、「いいですか、これから多くの独り者が年老いて、同じような徹を踏まないように願うことですが、安住の地を決めることも大切ですが、本当に大切なことは、その人が終末を迎えるに当たって、家族・友人・仲間と堅い絆を結んでいることが大事なのです。だって、自分の死は、自分が確認できないからです。あたりまえの事なのですが、自分の死を確認するのは、自分以外なのです。

お釈迦様が出家する原因になった、『四つの門』のお話があります。誕生門、老門、病門、死門のことです。出家する前ですから、お城に四っの門から外に出ました。誕生、老い、病、死に対するそれぞれの悲哀をつぶさに観察し、出家にいたります。生は誕生、老は成長を含んでいます。それに病と死で、人の一生を表現するものですが、はたして本当に、自分自身もそう言えるものでしょうか。自分以外の他人の一生を考えてみた場合、確かに生老病死は現実を表現しているものです。しかし、私と言う自己を考えてみた場合は、本当にそうだろうかと思います。

それは、現実の私にとって、誰でも、自分自身の誕生と死を確認することは絶対に出来ないからです。喩え数分後に亡くなることを知っても、それは最後まで生きていることの証でありつづけることから、最後まで自分自身の死を見届けることは絶対にないのです。つまりは、人は生き続けることをもって、終末を迎えるのですが、真の終末を迎えるときには、自身は存在しないということが現実の事実なのです。誕生の確信も持たず、死の確信も持たない私に、死は存在しない。ずっと生きつづける以外、私にとっての選択肢はないといってもよいことです。つまり、自分自身にとって、生老病死の生と死は、存在しないと言ってもよいかもしれません。問題は、成長と老いに病です。これが現実に遭遇する事件なのです。

禅は、”生きる”ということに重点をおいていますが、考えてみると、老と病は、生きるという事実そのものです。すべての私にとって、世の中すべては、自分が生きていることの証なのだと思います。そして、その私は、最後の最後まで、生き続けるということで、死なないという意味を持つこともできますでしょう。

そう悟ってみると、Kさんのお話のように、死なない人が、お墓の心配をするのも妙な話ですね。お墓は、死を確認する手段を持つ人がいて、意味があるのだと考えることが必要なのです。人間、最後の最後まで生きているということは、それが死の証しということでもあります。
人は諦めてはいけないという言葉に説得力をもつ響きがあります。そしてそう信じて、最後の最後まで生き続けられることこそ、人の使命といえないでしょうか。そして、また、感謝して生きるということも、意味のあることです。感謝しないわけにはいかない、老と病を人は授かるからです。感謝することは、老と病の証でもあります。老と病は又、命ということでもあります。

それにしても、Kさんのお話で、妙なお寺があったものです。霊感商法を真似したことにも気がついてないのでは、困ったものです。


筋肉番付

筋肉番付

 スポーツを究めた人は、賞賛に値する。
子供達の将来の夢を聞いた時、坊さんになりたいという子供はかって聞いたことはない。考えてみれば、お坊さんも健康管理に気をつけて、お金がかからない健康管理、お金がかかる健康管理と、自分の体を厭うこと一般人と何ら変わるものではないが、肉体を鍛錬することとなると話は別です。
野球選手、サッカー選手、プロゴルファーと圧倒的にスポーツ選手が、子供達の夢を独占することでしょう。過去の時代は、プロレスラー、ボクシング、相撲力士と、スポーツ人気の変遷は、大勢の知るところです。
今年、アメリカのオーガスタで、マスターズにアメリカで自分の力で参加した、日本人のゴルファーがいました。彼は10歳で、父からゴルフを教わったそうです。

「今、夢にまで見たマスターズに参加し、このゴルフ場に居るということが、幸せなことなのです。」
「子供の頃、自分の将来の夢を抱きながらも、大人になって達成することの出来る人は、何人も居る者ではありません。そう思うと、自分の幸せを思わずにはいられません。」
私達ファンは、彼が少しでも上位に入ることを、求めます。勢いのあるスポーツマンこそ、子供たちにとっては、人気があります。子供達の憧れは、晴れやかに、スポットライトを浴びるテレビの画面の中の彼に、自分を重ね合わせるからです。大人も子供も、テレビの画面に釘付けになって見るものは、美しいスイング、ピンに絡むボール、カップに吸い込まれるボールの軌跡です。
同じマスターズに、十何年も通いながらも、日本の試合と違って一向に優勝できない、肩を落として弁明する姿のゴルファーは、プロ野球から転向した人物です。彼には辛く屈辱のマスターズかも知れません。

子供達の憧れの姿である、若く勢いのあるスポーツ選手だからこそ、マスコミのスポットライトは、汗をかき辛い姿も、格好が良く映ります。さわやかさを伴って、大勢の人を引き付けることが出来ます。
しかし、何故にこのスター選手に憧れますかの問いには、格好良いからと同じように、夢イコール、金銭感覚が現われます。頂点に到る過程は見えず、栄光のゆえに勝ち取る報酬に、自己の金銭感覚との隔たりを埋めるものに、気が付きません。
速さと力、速さは時間を競うことです、力は空間を作用することと言えばよいのでしょうか。その為にも、あちこちの筋肉をつけ、贅肉を削ぎ落とし、瞬発力、判断力、持続力を身に付けます。
美しく価値ある肉体を作り上げることは、その精神をも、美しく己が肉体に宿ることと考えたのか、ギリシャ彫刻に見る思想は、東洋の思想とはっきりと違います。

精神性こそ東洋の要だと思うのですが、その精神の捉え方が、安易で、即物的、刹那的です。
さて日本の文化を代表する一つに、茶道があります。今の日本を見て、かって歴史の中に、禅の侘び・寂びの文化が芽生えたことに、逆に驚きを感じる時代になってしまったようです。

≪ものがたりの余白(ミヒャエル・エンデ)岩波書店≫に、「茶道の茶碗には、まるで子どもが粘土をひねったかに見えるものもありますね。路傍の石のように、釉薬が、こう、外側を流れている。そして、まさにこの粗野なところが、まさにこれこそが、その茶碗の美なのです。なによりも、それが、自ずからそうなったのであって、意図されていないこと。意図したけれど、しかし、(同時に)意図しないことなのです。これが、あの、まるで原理なんですね。なにかする意思があり、同時にその意思がない。ちょうど弓術のように、弓と矢は使うけれど、しかし、的は忘れ去る。思うに、これが世界中の芸術全般における決定的な原理なのですが、ただ、わたしたちヨーロッパでは、はっきりと意識されたことがありませんでした。」

茶器の偶然に出来た上薬の柄や、土の肌は、けっして偶然に出来たものではなく、作ろうとして、作れない美を、作るところが、自然と表現されたものです。限られた空間の茶室に、限りない空間を表現し、静寂が松風の音を引き立て、松風の音が静寂を研ぎ澄ます、主人は客をもてなし、客は主人を引き立てる。一期一会の現出、在るがままとはこのことをいいます。

ミヒャエル・エンデの言葉です。「このことが日本で理解される前に、全部壊れてしまわないように、それだけをわたしは願っているんです。日本でも、日ごとに消えてゆきますから。……若者達の大多数は、ますますアメリカ化され、よくみかける悪趣味にどんどん無感覚になってきているようです。」≪ものがたりの余白(岩波書店)≫



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