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【5】あなたの『ちから』と こどもの『ちから』は つながっているのです。

幼稚園や保育園児の時だけでなく 小学生や中学生になった後でも

どうしても わが子と 周りのお友達を比べてしまいがちです。

「比べちゃいけないって わかってるんだけど・・気になって・・」

言葉が遅かったり みんなができるのに うちの子は まだできない・・・・


そんな時には  本当に気になります。



ひとつの法則があります。


それは

 「比べるのをやめると そのモノのちからが見え始める」 という法則です。



比べるという行為は どちらがよいで どちらが悪い という発想の上になり

立っています。

正確に言うと どちらがいい悪いではなく どちらが あなたにとって「都合がよい」
か だけなのです。


よーく こころの中を覗き込んでみると きっと気づくはずです。


実は 比べていたのは あなたのこどもと よそのこどもではなく

「あなた」と「世間」なのです。

こどもを比べているように見えたのは 実は あなたのこころの中の

「あなた」に対する感情なのです。


あなたと世間のどんなものも 比べる必要は ありません。


あなたは 今のままで 完全なのですから。


あなたが 「あなた」を認めてあげるだけでいいのです。

そうすると 不思議なことに その子は ちからをあらわしはじめます。

実は あなたのちからと こどものちからは、つながっているのです。


                                       (げんき)


【6】「こどもたちの写真の裏には 幸せのメッセージ」

写真というものは、その中に「時」を封じ込めています。


神社なんかでいう 「御札(おふだ)」や「お守り」のようなものです。



楽しい写真の裏には メッセージを残しておきましょう。



書く内容は


○ ○が ○○をして とても楽しい。

○ ○に 行って とても 嬉しい。


そんな 感じで記入します。


ここでの注意は ○○だった。というような過去形ではなく

楽しい というような 現在形で書きましょう。


想い出にしてしまわないのです。



今も続く そんな 現在進行形で 書くことです。


写真は 人に似ています。



「あの時は 楽しかったよ」や「あの時は 楽しかったね」

という言葉には 「区切り」が感じられるからです。


過去と現在という区切りです。


いいことや楽しいことには 「区切り」は必要ないのです。


本来 幸せは 永遠に続くものだと認識しておきましょう。



区切りというものは 流れをせき止めるものです。


幸せの流れを せき止めるのは とても もったいないですよね。


                                           (げんき)


【7】『人生で起こること』を、『食べたい気分』から学んでみる。

「ねえ、今日 何 食べたい?」
「そうだね、 カレーが食べたい気分だね」

そんな会話は、どこにでもある 家庭のひとつの風景です。

昨日の夜 焼肉の食べ放題で 思い切り 焼肉を食べたとしたら
今朝、 焼肉を 食べたいとは まず 思わないはずです。

食べたいものを考えるときに
あなたは、なにを基準に考えますか?

身体の調子で決めることもあるでしょうし
ちょっと高級なもの、そんな豪華さで決めることもあるでしょう。


すべては、「あなた自身のなにか」と相談しているはずです。

よく考えてみると 即決はしていないのです。
そこには 「基準」となる なにかと話し合ってきめています。

実は、あなた自身が決めているわけではないのです。

もう一人の自分が「希望する」ものを あなたが ただ選択したにすぎないのです。

今日、なにをしようか?
そう 考えたときも 同じです。

今日は、疲れているから  家でごろごろしていたい。
そんな感じですよね。

これも あなたではなく もう一人のあなたの選択の結果なのです。

 もうひとりのあなたの選択。 

あなたにとって必要な状況や条件を考慮して その後に待つ未来の結果
それを 終えた後のあなたの成長など、とにかく 複雑な計算をすべて 一瞬のうちに行って 
それを希望して それを引き寄せているだけなのです。

『人生で起こること』
これも 決して 例外では ありません。

すべての経験や出来事は もう一人のあなたが 選択した結果、引き寄せたものなのです。

すべては、 「あなたのために」 用意してくれた もうひとりの自分からの大きな「愛情」。

『人生で起こること』は、もうひとりの自分から頂いた 『最善の選択』なのです。 (げんき) 
 
 

【8】習い事とは 「何を習うか」ではなく 「教わることの大切さ」を知る機会なのです。

今の時代 幼い頃から 習い事やおけいこ をやっているこどもたちがたくさんいます。


将来に向けて 色んなことを 小さなうちからやること


それも大切なことです。


「何を習ったらよいですか?」 よく質問を受けます。


 実は なんでもいいのです。


もちろん、将来その道でプロになるという目標があれば


例えば ゴルフプレイヤーやスケートの選手など  明確であれば その道を進むのですが


特に 今の段階で 目標がなければ  何でもいいのです。



習い事の目的』   


それは 「教わることの大切さ」を知ってもらうことだからです。



大人になってから 誰も感じること


それは 「教えてください」と無邪気に聞くことができなくなること なのです。


「教えてください」と素直に言えること。

これは、こどもの頃に その基礎はできあがっているのです。


もし、こどもたちのおけいこ を見に行く機会があったら

「何をやっているか」 「うまくやっているか」  に注目するのではなく

できないこと わからないことを 「訊いているか どうか」に目を向けてあげましょう。



「教わる能力」


これこそ 「助けられる能力」 なのです。                  

                                 (げんき)



【9】「わかる」ということは 実は「気持ちよさ」を感じることなのです。

「あのとき  ○○しておけばよかった」
「今になってやっとわかった・・・・・あのとき わかっていたらなあ」

    誰でも そんな思いを持つことが あります。


今は わかるんだけど  あの時 もし わかっていたら・・


      今になってわかること・・

実は あの時 わかっていなくてもいいのです。

     「今」わかれば それでいいのです。

        「わかる」ということ

   本当は 「いつ」という時間はあまり関係ありません。
  何でも 早ければ早いほどいい というものでもありません。

   「わかった」時こそ 「ベストタイミング」なのです。

         そして もうひとつ
  それは 「わかった内容」も あまり関係ないということです。

  どんな内容でもいいのです
     「あの人のことが ようやくわかった」
     「数学の公式が やっとわかった」
     「自分の悪い癖に やっと気づいた」
 人それぞれ わかったことや 気づきは 違うものです。
    だから 内容も それほど関係はありません。

 『いつ』 わかってもいいのです。 『なにを』 わかってもいいのです(何に 気づいてもいいのです)。

 一番 大切なこと
   それは 「わかった」瞬間に感じる 「こころのひろがり」なのです。

  「あー!わかった!」 そうやって気づくと、パーッと こころが広がるような感じ

  頭の中のもやもや感が スーと解けるような感じ

  そう 「あーっ  そうだ!」 その時に感じる 爽快な気分こそ 大事なのです。

  気づいた瞬間の「気持ちよさ」 実はこれが 一番大切なのです。

  「毎日 気づきや発見の気持ちよさを感じてみる」

  「わかる」というのは 実は そういうものなのです。 (げんき)



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