目次
第一章 愛するということ
天使の指輪 
プロローグ 序章
プロローグ 序章
2006年 6月 ニューヨークの魅力
2006年06月3日  友達の背任行為
2006年 7月 病 
2006年07月05日  独立記念日 
2006年07月07日  七夕
2006年07月24日  病気
2006年07月25日  検査結果  
2006年07月26日  生きる理由
2006年 8月 日本へ
2006年08月04日  手術
2006年08月08日  退院 
2006年08月12日  日本へ
2006年08月23日  赤いドレスの女性
2006年08月24日  狸寝入り 
2006年08月25日  雷雨 
2006年08月26日  祈り
2006年08月31日  時代のうねり
2006年 9月 天国への階段
2006年09月07日  ローズホール
2006年09月10日  泣きじゃくる彼女
2006年09月11日  ワールド トレード センター
2006年09月21日  闘うこと  
2006年09月23日  市民権
2006年09月25日  日曜大工
2006年09月26日  朝日 
2006年10月 一緒に生きる
2006年10月03日  メルトダウン   
2006年10月05日  夜のハーレム
2006年10月08日  助手席
2006年10月09日  買い物
2006年10月14日  友達からのメール  
2006年10月16日  1週間分のキス
2006年10月17日  一緒に生きる
2006年10月18日  雨の火曜日   
2006年10月19日  友達へのメール
2006年10月25日  天使が舞い降りた。
2006年10月29日  神のご加護がありますように  
2006年11月 誕生日プレゼント 
2006年11月01日  ハロウィン
2006年11月02日  誕生日プレゼント
2006年11月16日  セントラルパーク    
2006年11月19日  キティちゃんの指輪
2006年11月20日  Left Alone  
2006年11月22日  仏心
2006年11月23日  小さいウイスキーボトル
2006年11月24日  帰還兵
2006年11月25日  旅の終わり 
2006年11月26日  パリでパン屋さん
2006年11月27日  クリスマスの買い物
2006年11月28日  神にすがる時 
2006年11月29日  スノーフレーク
2006年11月30日  もう一度病院生活に・・・
2006年12月 瞳の中に貴方が見える
2006年12月01日  ポインセチア
2006年12月02日  男の手料理 
2006年12月03日  天気の良い週末  
2006年12月06日  大切な思い出
2006年12月07日  北欧紀行
2006年12月08日  君のもとに帰る
2006年12月09日  The Show Must Go On.
2006年12月13日  東京にて
2006年12月14日  Going Home
2006年12月15日  瞳の中に貴方が見える
2006年12月16日  子守唄
2006年12月18日  クリスマスの匂い
2006年12月19日  君が世の中の全て
2006年12月23日  幸せの総量
2006年12月24日  People Get Ready  
2006年12月25日  クリスマス プレゼント
2006年12月26日  願い事
2007年 1月 天使の指輪
2007年01月01日  スローダンス
2007年01月02日  20年ぶりの友達
2007年01月06日  誕生日
2007年01月08日  天敬愛人
2007年01月13日  両親
2007年01月14日  名こそ惜しけれ  
2007年01月20日  非常勤の顧問
2007年01月22日  ただいま。
2007年01月23日  天使の指輪
2007年01月24日  ホットチョコレート
2007年01月25日  パリ
2007年01月29日  雪のニューヨーク
2007年 2月 雪のバレンタイン
2007年02月01日  愛しい人  
2007年02月02日  あたらしい発見
2007年02月04日  お帰りなさい。
2007年02月09日  残された時間
2007年02月10日  ありがとう
2007年02月11日  テネシーワルツ
2007年02月12日  やせ我慢
2007年02月13日  君が残した優しい思い出
2007年02月14日  雪のバレンタイン
2007年02月16日  僕は信じている
2007年02月19日  愛の力
2007年02月22日  ある別れ
2007年02月23日  別れの季節
2007年02月24日  I'm in.
2007年02月25日   Wild Horses  
第二章 生きるということ
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2007年 2月 陽はまた昇る
2007年02月27日  アリーがいてくれれば
2007年02月28日  陽はまた昇る
2007年 3月 さようなら
2007年03月02日  さようなら。
2007年03月03日  心の整理
2007年03月04日  独り
2007年03月05日  ドライフラワー  
2007年03月06日  冒険の旅へ
2007年03月08日  コミットメント
2007年03月14日  こみあげる涙
2007年03月16日  更正施設の子供
2007年03月19日  天は自ら助けるものを助く。
2007年03月21日  新しい下着
2007年03月22日  夜明けのキャッチボール
2007年03月24日  目標を一つ達成
2007年03月28日  最後まで日本人として
2007年 4月 独り言
2007年04月29日  独り言
2007年 5月 天涯孤独
2007年05月14日  天涯孤独
2007年05月16日  ある家族
2007年05月28日  カタロニアの太陽
2007年05月31日  リスボンにて
2007年 6月 交渉
2007年06月02日  中国での交渉
2007年06月13日  皆で家に帰ろう
2007年06月22日  ベランダに咲く草花
2007年06月24日  あと半年
2007年 7月 人に優しくするという事
2008年07月05日  独立記念日
2007年07月24日  人に優しくするという事
2007年 8月 湊川(ミナトガワ)
2007年08月02日  馬鹿爆弾
2007年08月21日  霧雨
2007年08月29日  遺言
2007年08月31日  湊川
2007年 9月 男の値打ち
2007年09月25日  男の値打ち
2007年09月30日  天気のよい週末
2007年10月 自分の夢
2007年10月10日  自分の夢
2007年10月19日  結婚式の準備
2007年10月22日  妹の結婚式
2007年11月 天敬愛人
2007年11月01日  ハロウィン
2007年11月02日  誕生日
2007年11月16日  死の準備
2007年11月22日  愛情が宿った人形
2007年11月29日  古いもの  
2007年12月 幸せの値段
2007年12月08日   ディズニーランド
2007年12月16日  幸せの値段 
2007年12月18日  綺麗な心
2007年12月21日  大事な家族
2007年12月24日  君を想う気持ち
2007年12月25日  武器よさらば
2007年12月31日  生きるということ
2008年 6月 夢の実現
2008年 6月 夢の実現
アリーが教えてくれた事
アリーが教えてくれた事
晴耕雨読
晴耕雨読
愛のある日
愛のある日
あとがき
あとがき
補足
補足
感想&レビュー
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2007年06月13日  皆で家に帰ろう

シアトルに着いたが、シアトルの朝は雨が降り出しそうな曇り空だった。

いよいよ僕の仕事は、中盤の大事な局面を迎える事になる。

中国の時は、兎に角相手が自分の懐に入り込むまで、我慢に我慢をして、懐に入った一瞬に、一撃で相手を倒すと言う作戦だったが、今度は相手が違うので、またプランが違う。

今度は、一定の方向に相手を押しに押しまくる。

押しまくる事で相手の注意をその方向にそらす。

相手の注意がそれた瞬間のタイミングで、一気に方向を変え、相手の懐のど真ん中に飛び込み、しゃにむに前進して、突き抜け、そのまま逃げ切る。

今回は最後まで押し続ける体力、根性と一瞬のタイミングを読むバランス感と、その後に相手の懐のど真ん中に飛び込む、度胸とある種の馬鹿さが肝になる。

馬鹿でなければこんな事は出来ない。

仲間を選ぶときに、ある男が僕に、
『どうして俺を選んだんだ?』と聞いた。

僕はそいつに笑いながら、
『お前は、馬鹿になれるからだ』と答えた。

そいつも僕の意を理解したようで、笑い出した。

でも、そういうことなのだ。

ある意味、馬鹿にならなければできない事もある。

信じ続ける事もある意味、馬鹿になる事なのかもしれない。

今回の相手も、僕らの100倍近い図体のでかい相手だ。

まともに組したら、僕達はひとたまりもない。

それでも彼らの心臓めがけて、僕達は体を寄せ合い、錐のように彼らの体を貫こうと言うのがプランだ。

丁度、関が原の時の島津維新のように、わずか千人で家康の本陣を抜いて一気に駆け抜ける。

島津軍で最後まで生き残ったのは、僅か数十人だったと聞いたことがある。

それでも彼らの行動は家康の度肝を抜き、島津恐ろしと言う事で、結局、西軍につきながらも領地の没収を免れ、日本一の兵という栄誉を得た。

たまには馬鹿になりきる事も必要だ。

果たして僕らの愚行は、吉と出るか、凶と出るか。

 

 

今、

まさに大方向転換をして、

本当の狙いだった、

相手のど真ん中を突き抜けるべく、

まっしぐらに走り出した。

転んだら負け。

止まったら負け。

頭が真っ白になるまで、

まっすぐに突き進むだけ。

あと少しで突き抜けられそうな気配。

でも余計な事を考えると邪心が出る。

何も考えずに馬鹿になって、

まっすぐ突き進むだけ。

 

 

僕らは、ここ1週間馬鹿になって走り続けた。

何も考えず、ただ、自分達の誇りをかけて走り続けた。

最後の最後まで、命の限り走り続けようと思った。

気がついたら、僕らは相手の体のど真ん中をつきぬけ反対側にでていた。

ここ1週間ほとんど寝てなかったので、実感があまりなかったが気がついた時には相手が僕らの前に屈していた。

僕らより数百倍大きい相手で、交渉に出てくる連中も、高そうなスーツを着込んだ連中が、高そうな弁護団に囲まれていた。

それに比べると僕らは、どうお世辞をいっても上品そうにはみえない野武士の一団のようで、見るからに格が違うという感じがした。

一時はつぶされるかとおもった。

相手が屈したのを理解するのに暫く時間がかかった。

相手方が取締役会にかけるので半日時間が欲しいといった。

それで初めて闘いが終わったことがわかった。

取締役会の結果がでるまで結局1日待たされた。

ホテルにもどり結果を待つ事にした。

皆、寝ていないのでヘロヘロだったが、結果が気になって眠りにつく人は一人もいなかった。

僕はホテルのバーに行き、コーラを飲みながら先方の結論をまった。

ipodを聞きながら周りの人に気づかれないようにそっとアリーの写真をだして、それを眺めていた。

ipodからはリトルスティーブン の”undefeated ”(アンディフィーテッド)が流れていた。


<undefeated ー 訳詞>

俺はお前の写真を
いつも肌身離さずもっている。
どうしようもない恐怖心に包まれた時は、
お前の写真を触ってみる。
お前の写真は、
自分の命が尽きるその最後の瞬間に
みるものときめている。
ここから抜け出す唯一の手立ては
打ち負かされることなく、
皆と一緒に故郷に帰ることだ。
俺とお前の間は何千マイルもの距離がある。
海があり、砂漠が俺達の間をさえぎっている。
お前が俺を覚えていてくれたら。
何故って、
俺はここで永遠に戦い続けなければ
いけないかもしれないから。

<undefeated>


リトルスティーブンの決して上手いとはいえない、しわがれた唄声を聞きながら、写真の中のアリーの笑顔を眺めながら

『打ち負かされずに、皆と一緒に家に帰ろう』

と口ずさみつづけた。

それからかなり待たされて、やっと相手方から連絡があった。

 

会議室に戻ると、相手方の責任者が
『そちらの提案のとおり、まとめさせてもらいたいと思います』と言った。

過程はともあれ、闘いが終わった時点で相手に最大の敬意をはらう。

自分達の提案を認めてもらった以上、大枠以外はできるだけ相手の顔を立てて、彼らの希望に沿うように譲歩する。

必要な終戦処理をして契約書を修正し、僕は書類にサインをした。

そして長居は無用の言葉のとおり、風のように一気に引くのが僕の流儀だ。

相手のビルを出て後ろの仲間に振り返り、僕は一言

『さぁ皆で家に帰ろう』と言って笑って見せた。

皆も笑った。


2007年06月22日  ベランダに咲く草花

二つ目のドミノまではなんとか倒すことができた。

最後のドミノが倒れれば、約束を守る事ができる。

アリーのアイディアが沢山入ったプロジェクトが無事発足し、これが上手く進めば、子供達の未来に少しでも貢献できる事だろう。

胸を張れる仕事に、僕が守るべき従業員とその家族達が、自分達を打ち込める事ができれば嬉しいと思う。

彼らの汗にまみれた笑顔が、僕の幸せになると信じたい。

アリーが僕の事を待っていてくれれば良いな。

早く、君に会いたい。

君にあったときに、胸を張って会うことが出来るように、最後のドミノを確実に倒さないといけない。

しかし、最後の3つ目のドミノを倒すのは一筋縄ではいかなく、状況は相変わらず厳しい。

ただ次から次へと仕掛けを準備し続けている。

僕らの所は、たかが35人のちっぽけな所で、僕らの相手は何万人の大所帯だ。
 
今の所、何とかしのいでいるけれど、守りに入ったら、力ではどうにもならない。

必ず押しつぶされる。

映画の300ではないけれど、35人対数万人では勝負にならない。

唯一生き残る方法は、どんなにボロボロになっても、闘って闘って闘い抜くこと、攻めて攻めて攻めまくる事しかない。

 

立ち止まった瞬間に、潰される。

アリーが天国に帰ってしまった今、僕が心を開ける唯一の話し相手は、ベランダに咲く草花になった。

花を手に取り、水をやるほんの数分の間に、草花に手を触れながら話しかける。

僕が知らない間に、本当に故郷を遠く離れてここまで来てしまった事。
 
もう今更故郷には戻れない事。

アリーの所に戻る術もない事。

僕には、もう前に進む事しか許されない。

草花も何かの縁で僕の所に来て、植木鉢のなかにおさまり、もう元に戻る事はできない。

今咲いている花もいずれは散る。

僕のベランダの小さな植木鉢の中が、彼らの最期の場所になる。

そうであれば、彼らが咲いている僅かの間でも、一生懸命に世話をして言葉を交わしたい。

草花は、僕をそんな気持ちにしてくれる。

気がかりなのは、仕事が思った以上に手間取っている関係で、アリーの為に作った財団の仕事に手が回っていない事だ。

 

ちょっとアリーに後ろめたい気持になった。
 
財団は作ったけれど、まだ子供達を助けられていない。

そして、今は僕自身の仕事の存亡の危機に直面し、そちらにかかりきりになっている。

別に諦めてしまった訳ではないけれど、僕にもしもの場合があった時に、誰かが財団とアリーの夢を引き継いで行って欲しい。

その場合、誰がアリーの夢を引き継いでくれるのか?

クリントン前大統領がハーレムで、クリントン財団を運営している。
 
あるいは、アンジェリーナジョリーとブラッドピットのジョリー-ピット財団か。 

アリーの病気が進行していたけれど、まだ入院する前に、アリーに夢の行方を少しでも見せてあげたいと思い、クリントン財団の知り合いを通じて、アリーが大学に通いながら、ボランティアをそこでできるように取り計らった事があった。

 

その時、アンジェリーナジョリー、ブラッドピット夫妻が、クリントン前大統領を訪問し、彼らに会った時の事を、興奮気味に話していたアリーの顔を思い出した。

アリーのその時の笑顔を思い出しながら、草木に触れていると、自然に僕の顔も笑顔になった。
 
そしてその笑顔でまた気力を振り絞り、仕事を何とか前に進めようと、また立ち上がる。

兎に角、今の僕には、立ち止まる事は許されない。

 


2007年06月24日  あと半年

あと6ヶ月で結果を出さないといけない。

その為には、6月中にある程度目鼻がたっていないと、今年度中に目標を達成するのは、非常に難しくなる。

一つ目と二つ目のドミノは、倒れたが最後のドミノがどうしても倒れない。

最後のドミノが倒れなければ、二つのドミノが倒れても意味が無い。

既に6月の後半になったが、最後のドミノの状況は相変わらず変わらない。

天気が素晴らしく良かったので車の幌をおろして、夏の太陽の光を浴びながらゆっくりと車を走らせた。

交差点の赤信号で止まり、僕は太陽を見上げ、アリーを思った。
 
アリーとの楽しい思い出が、走馬灯のように僕の心の中で回っては消えた。

仕事場に着き、状況を確認し作戦を練り直した。

最悪の場合には、今の会社を二つに割るつもりでいる。
 
ひとつは、引き続きドミノ倒しに挑戦する会社だ。
 
ここに大半の従業員を移し、この会社はアリーの夢を叶え社会に貢献をする。

もうひとつの会社は、大半の従業員が移る会社を成功させるために捨石になる会社だ。
 
そこには、僕とごく少数の従業員が移る。

捨石になる会社は、不要なものを全て捨て、徹底的な戦闘マシーンに姿を変え、夢の実現の妨げになっている会社に対して、その存亡をかけた訴訟を提起する。

訴訟を進めることによって、障害を取り除き、もうひとつの会社が夢を実現する事ができる。
 
しかし、訴訟をすると言う最終手段を選択した事で、この捨石になる会社と、そこに所属する社員は、会社とともに消え去る運命になる。

最終的には、この方法しかないだろうと思っている。

あと半年頑張って進展が無ければ、この方法を取らざるを得ないだろう。

 

僕が、この目でそれを見ることができなくとも、誰かが夢を継いで実現しなければならない。
 
そのためであれば、喜んで僕は捨石になる。

捨石になる会社は、贅肉を全てそぎ落とした戦闘マシーンなので、僕と数人の優秀な弁護士がいれば機能すると思うが、きっと、ビリー等、少数の人間は、僕と運命をともにしたいと言い出すだろう。

ただ先のことばかり考えていてもしょうがないので、今はそれを胸に秘めたまま、あと半年間、今の状況を打開すべく闘い続けるだけだ。

海外で仕事をしていると、まわりから、”あいつは、日本人だから”とか”あいつは、アジア人だから”とよく言われ、そういう目で見られることが多い。 

偏見で見られる場合もあるけれど、”あいつは、サムライだ”と好意的に言われる場合もある。

要は、彼らは僕の行動を一般化して、日本人の行動として見ていると言うことだ。

好むと好まざるとに関わらず、そういった意味で、僕は自分の国である日本を背負っている。
 
僕の生き様は、彼らからしてみれば日本人の生き様だから。

特に人種のるつぼであるニューヨークでは、自分の故郷に誇りを持っていない人間は相手にされない。
 
そして彼らはその誇りを胸に日々闘っている。

だから僕も自然と自分の故郷に誇りを持って、自分の言動の一つ一つが、故郷を背負っていると自覚をしながら、日々を生きていく事になる。

僕は、およそ社会性の乏しい人間だったので、まさか自分が、こんな気持ちになる事はないと思っていた。

ここまで追い込まれると、ただ日本人として恥ずかしくないように心がけたいと思っている自分がいる。


2008年07月05日  独立記念日

 独立記念日の朝は、生憎の曇り空になった。

昨日はウイスキーのボトルを抱えたまま眠りに落ちたらしい。

明け方に夢を見たような気がする。

天使が降りて来て、大きな羽で僕を包んでくれる夢。

天使の羽に包まれて、僕は自分のアパートのベランダから飛び立ち、ハドソン川の上を天使と一緒に飛んで行く夢。

眼下にジョージワシントンブリッジを見下ろし、雲に手が届きそうだった。

僕は天使に向かって微笑んで見せた。
 
天使もそれに答えるように、僕に優しい微笑みを投げかけてくれた。

どこか懐かしい面影のある天使は、亜麻色の髪の毛をなびかせていた。

夢から覚めると、まだ外は夜の帳が明けきっておらず、薄紫色の空に灰色の雲が覆いかぶさっていた。

僕はベランダに出てハドソン川越しに橋を見つめた。

夢の中で、僕が天使に抱かれて眺めた橋だ。

ベランダのフェンスに寄りかかって、橋を見ながら煙草に火をつけた。

このままこの場所にいて、夜が明けるのを眺める事にした。

煙草の煙を吐き出しては、それが雲の中に消えて行くのを見つめていた。

今日は、独立記念日だ。

街では、きっと色々な催し物が行われ、人々の楽しそうな声が響き渡る事だろう。

若者達は酒を呑んで、仲間達と大騒ぎをするのだろう。

僕も何年か前にアリーと過ごした独立記念日のいくつかを思い出した。

色々な思い出が、浮かんでは消えた。

思い出は時間がたつに連れて、色あせるどころか更に美しくなり、鮮明なイメージを僕の心の中に照らしていく。

楽しかった思い出は、より際立つようになり、辛かった事も、時間とともに美しい思い出に変わっていく。

時間にはそう言った作用があるようだ。

朝が明けきるのをベランダで見守って、僕はベランダから部屋の中に戻っていった。

 

僕のメインの仕事は、相変わらず厳しい状況が続いている。

6月までに最期のドミノを倒さないと、年内に目標を達成する事ができないのだが、相変わらず最期のドミノはびくともしない。

もう既に7月に入っているし、ヨーロッパの夏休みは長いので、今状況が開けないという事は、秋まで状況が膠着するという事だ。

最期まで決して諦めないけれど、状況はますます厳しくなっているので、最悪の場合の奥の手もそろそろ考えなければならない。

最悪の場合は会社を二つに分け、生き残って欲しい人達を一方の会社に移し、僕は、僕を含め死んでも構わない数人だけを連れて、もう一社の会社に残り、その会社は捨て駒になる。

捨て駒になる会社はターゲットに対して、捨て身の訴訟を展開し、会社がバラバラになるまで闘い続け、頃合いを見つけて和解をして、将来をもう一方の会社に託す。

ただ、誰も訴訟をかけてくるような所と真剣に商売をしようとはしないから、この捨て駒の会社はある時点で切り捨てられ、そこに残った社員も切り捨てられる会社と同じ運命をたどる事になる。

僕はもう十分働いたし、十分生きて来たつもりなので、いつでも捨て駒になる心の準備はできている。

もう十分生きたし、十分楽しんだから。

ただ、今頑張っている社員全員は、皆で窮地を乗り越えて、ともに成功をする事を望んでいるし、信じているから、捨て駒を使って仲間を犠牲にしてまで掴んだ成功を、潔しとしないだろう事も理解している。

だから、最期の最期まで頑張りたいと思っている。

その最期の最期を見極めるのが大将の僕の役目だ。

その時が来るまで、皆が動揺をしないように、仕事に集中できるように、泰然自若としているのが僕の仕事だ。

それまでは花に水をやり、朝日に手を合わせ天を敬い人を愛したい。

 


2007年07月24日  人に優しくするという事

天気のよかった週末とはうってかわって、今日は朝から雨模様だった。

強い雨が降る灰色の空の下、渋滞をぬって僕は仕事場に向けて車を走らせた。 

暫く走ると渋滞にはまってしまい、僕は車の中から街を見回した。
 
ワイパーが、忙しげにフロントグラスの雨を吹き飛ばしていた。

色々な傘をさした人々が、雨を避けるように早足で行き交っていた。

僕はそれらをぼーっと見つめながら考え事をしていた。

僕の仕事は相変わらず厳しい状態が続いている。

次の取締役会は9月の上旬に、アムステルダムで行われる事が既に決まっている。

8月中に進展が無ければ、僕は会社を二つに割るつもりでいる。

辛い決断だが、皆の生活を守る為にはそれしかない。

心の中では奇跡が起きる事を期待しているけれど、世の中がそんなに甘くない事も僕は良く知っている。

仕事場に着きいくつかの会議をこなし、午後になって、僕はハーレムにあるクリントン財団を訪れた。

クリントン財団は、クリントン米大統領が、大統領任期終了後に始めた慈善団体だ。 

万が一、僕が失敗した場合、アリーの慈善団体の活動をクリントン財団に託すためだ。 

僕が志半ばで倒れても、誰かがアリーの夢を継がなければならない。

アリーの夢を実現するのは僕だと信じているけれど、アリーの夢を僕が理由で絶える事がないように、最悪の場合に備えて手を打っておく必要があると思ったからだ。

僕はクリントンのアーカンソー時代からの知り合いが何人かいるので、アリーのインターンシップ(研修)先としてここでアリーの面倒を見てもらった事がある。

久しぶりに財団のオフィスを訪れた。

クリントン元大統領を始め、財団の多くの人々は、アフリカへの食料援助のためアフリカに行っており、ハーレムのオフィスは閑散としていた。

僕は担当者と簡単な打ち合わせをしながら、オフィスの窓からハーレムの街並を見渡した。

見渡しながら、ここに初めてアリーを連れて来たときの事を思い出した。

ここでは、人権問題、エイズ、食料援助、医療援助等の活動を幅広く行っている。

アリーは国連のフードプログラムか、エイズや他の人権問題の領域で働きたいという夢を持っていた。

 

毎晩研修が終わる頃に、僕は車でハーレムまでアリーを迎えに行ったものだった。
 
帰りの車の中で、アリーは僕にその日あった事を全て説明してくれ、クリントン元大統領に会った時などは、子供のように興奮して僕に話をしてくれた。

クリントン元大統領は、アリーの憧れの人だった。
 
在任中は、色々なスキャンダルもあったけれども、引退後にはじめた人権運動には、彼の熱意と行動力を感じた。

アリーは大学を出て、いくつかの仕事をした後に、5年の間、普通の会社のOLとして働いていた。

しかしOLとして働き続ける自分に疑問を感じ、本当に自分がやりたい事は何か?を問い続け、結果としてボランティア、人権問題に身を投じて社会に貢献したいと言う結論に達した。

その為にアリーは安定したOLの生活を辞め、昼間は二つのバイトをしながら、夜学で大学院に戻った。

アリーがその決断をした時には、既に30歳を超えていた。

学校では、10歳近くも年の離れた子供達に混じって授業を受け続けた。
 
いくつかのインターンシップ(無償の試験採用)も経験した。

自分は既に30半ばで社会経験も十分にあるのに、大学に入ったばかりの20歳そこそこの子供達と同等に扱われて、悔し涙にくれた事も何度もあった。

でも、自分の将来のために必要な事だからとプライドを捨て頑張り続けた。

いくら自由の国アメリカと言っても、30半ばの女性が、新卒の若者と就職戦線で争っていくのは大変な事だった。

アリーは、焦り、後悔し、自分のプライドをかなぐり捨て、自分の夢のために全てをかけた。

何度も悔し涙にくれ、僕もアリーと一緒に泣いた。

そして、アリーは夢半ばで力尽き逝った。

 

そんなアリーの横顔が、雨に濡れた財団のオフィスの窓に浮かんでは消えた。

アリーとの約束を、僕はまだ守れていない。
 
アリーの名前がついた財団を無事に独り立ちさせなければいけない。
 
僕が息絶えた後もアリーの財団が、活動していけるように手はずを整えなければならない。

去年のクリスマスにアリーと約束をした。

アリーは子供の頃に事件に巻き込まれて被害者になった辛い経験を持ち、両親の離婚や、複雑な家庭環境などから、永遠のものなど信じないと言っていた。

僕はその言葉を覚えていたので、アリーに
『永遠のものって、実はあるんだよ』と言った。
 
そしてアリーの名前のついた財団が、僕ら二人が死んだ後も活動を続けていく事で、アリーの夢は永遠に生き続けるんだと説明をした。

僕は、あの時のアリーの涙を忘れない。

だからアリーとの約束を守らなければならない。
 
そうじゃないと死んでアリーに再会した時に、
『やっぱり、永遠のものなんてなかったじゃない』と言われてしまうから。

アリーの事を頭の片隅で考えながら、僕は財団での打ち合わせを続けた。

打ち合わせが終わり帰ろうとすると、財団の担当者の一人が、突然思い出したようにアリーの思い出話を始めた。
 
その担当者は、アリーと歳が近かった事もあり、仕事以外でも食事に行ったり、アリーと付き合いがあったようだった。

その担当者が、ひとしきりアリーの思い出話をした後に、
『そういえば彼女(アリー)は、”いつも心に傷を持ち、哀しい想いをした人は、その分だけ人に優しくできる”と言っていましたね』と僕に語りかけた。

アリーらしい言葉だなと思った。  

 

僕は財団の建物を後にして、雨のハーレムを歩いた。

【心に傷を持ち、哀しい想いをした人は、その分だけ人に優しくできる】

僕はアリーの言葉を、凍えそうな胸の中に抱きしめた。



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