目次
第一章 愛するということ
天使の指輪 
プロローグ 序章
プロローグ 序章
2006年 6月 ニューヨークの魅力
2006年06月3日  友達の背任行為
2006年 7月 病 
2006年07月05日  独立記念日 
2006年07月07日  七夕
2006年07月24日  病気
2006年07月25日  検査結果  
2006年07月26日  生きる理由
2006年 8月 日本へ
2006年08月04日  手術
2006年08月08日  退院 
2006年08月12日  日本へ
2006年08月23日  赤いドレスの女性
2006年08月24日  狸寝入り 
2006年08月25日  雷雨 
2006年08月26日  祈り
2006年08月31日  時代のうねり
2006年 9月 天国への階段
2006年09月07日  ローズホール
2006年09月10日  泣きじゃくる彼女
2006年09月11日  ワールド トレード センター
2006年09月21日  闘うこと  
2006年09月23日  市民権
2006年09月25日  日曜大工
2006年09月26日  朝日 
2006年10月 一緒に生きる
2006年10月03日  メルトダウン   
2006年10月05日  夜のハーレム
2006年10月08日  助手席
2006年10月09日  買い物
2006年10月14日  友達からのメール  
2006年10月16日  1週間分のキス
2006年10月17日  一緒に生きる
2006年10月18日  雨の火曜日   
2006年10月19日  友達へのメール
2006年10月25日  天使が舞い降りた。
2006年10月29日  神のご加護がありますように  
2006年11月 誕生日プレゼント 
2006年11月01日  ハロウィン
2006年11月02日  誕生日プレゼント
2006年11月16日  セントラルパーク    
2006年11月19日  キティちゃんの指輪
2006年11月20日  Left Alone  
2006年11月22日  仏心
2006年11月23日  小さいウイスキーボトル
2006年11月24日  帰還兵
2006年11月25日  旅の終わり 
2006年11月26日  パリでパン屋さん
2006年11月27日  クリスマスの買い物
2006年11月28日  神にすがる時 
2006年11月29日  スノーフレーク
2006年11月30日  もう一度病院生活に・・・
2006年12月 瞳の中に貴方が見える
2006年12月01日  ポインセチア
2006年12月02日  男の手料理 
2006年12月03日  天気の良い週末  
2006年12月06日  大切な思い出
2006年12月07日  北欧紀行
2006年12月08日  君のもとに帰る
2006年12月09日  The Show Must Go On.
2006年12月13日  東京にて
2006年12月14日  Going Home
2006年12月15日  瞳の中に貴方が見える
2006年12月16日  子守唄
2006年12月18日  クリスマスの匂い
2006年12月19日  君が世の中の全て
2006年12月23日  幸せの総量
2006年12月24日  People Get Ready  
2006年12月25日  クリスマス プレゼント
2006年12月26日  願い事
2007年 1月 天使の指輪
2007年01月01日  スローダンス
2007年01月02日  20年ぶりの友達
2007年01月06日  誕生日
2007年01月08日  天敬愛人
2007年01月13日  両親
2007年01月14日  名こそ惜しけれ  
2007年01月20日  非常勤の顧問
2007年01月22日  ただいま。
2007年01月23日  天使の指輪
2007年01月24日  ホットチョコレート
2007年01月25日  パリ
2007年01月29日  雪のニューヨーク
2007年 2月 雪のバレンタイン
2007年02月01日  愛しい人  
2007年02月02日  あたらしい発見
2007年02月04日  お帰りなさい。
2007年02月09日  残された時間
2007年02月10日  ありがとう
2007年02月11日  テネシーワルツ
2007年02月12日  やせ我慢
2007年02月13日  君が残した優しい思い出
2007年02月14日  雪のバレンタイン
2007年02月16日  僕は信じている
2007年02月19日  愛の力
2007年02月22日  ある別れ
2007年02月23日  別れの季節
2007年02月24日  I'm in.
2007年02月25日   Wild Horses  
第二章 生きるということ
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2007年 2月 陽はまた昇る
2007年02月27日  アリーがいてくれれば
2007年02月28日  陽はまた昇る
2007年 3月 さようなら
2007年03月02日  さようなら。
2007年03月03日  心の整理
2007年03月04日  独り
2007年03月05日  ドライフラワー  
2007年03月06日  冒険の旅へ
2007年03月08日  コミットメント
2007年03月14日  こみあげる涙
2007年03月16日  更正施設の子供
2007年03月19日  天は自ら助けるものを助く。
2007年03月21日  新しい下着
2007年03月22日  夜明けのキャッチボール
2007年03月24日  目標を一つ達成
2007年03月28日  最後まで日本人として
2007年 4月 独り言
2007年04月29日  独り言
2007年 5月 天涯孤独
2007年05月14日  天涯孤独
2007年05月16日  ある家族
2007年05月28日  カタロニアの太陽
2007年05月31日  リスボンにて
2007年 6月 交渉
2007年06月02日  中国での交渉
2007年06月13日  皆で家に帰ろう
2007年06月22日  ベランダに咲く草花
2007年06月24日  あと半年
2007年 7月 人に優しくするという事
2008年07月05日  独立記念日
2007年07月24日  人に優しくするという事
2007年 8月 湊川(ミナトガワ)
2007年08月02日  馬鹿爆弾
2007年08月21日  霧雨
2007年08月29日  遺言
2007年08月31日  湊川
2007年 9月 男の値打ち
2007年09月25日  男の値打ち
2007年09月30日  天気のよい週末
2007年10月 自分の夢
2007年10月10日  自分の夢
2007年10月19日  結婚式の準備
2007年10月22日  妹の結婚式
2007年11月 天敬愛人
2007年11月01日  ハロウィン
2007年11月02日  誕生日
2007年11月16日  死の準備
2007年11月22日  愛情が宿った人形
2007年11月29日  古いもの  
2007年12月 幸せの値段
2007年12月08日   ディズニーランド
2007年12月16日  幸せの値段 
2007年12月18日  綺麗な心
2007年12月21日  大事な家族
2007年12月24日  君を想う気持ち
2007年12月25日  武器よさらば
2007年12月31日  生きるということ
2008年 6月 夢の実現
2008年 6月 夢の実現
アリーが教えてくれた事
アリーが教えてくれた事
晴耕雨読
晴耕雨読
愛のある日
愛のある日
あとがき
あとがき
補足
補足
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2007年05月31日  リスボンにて

バルセロナから、更に場所をポルトガルのリスボンに移し、ヨーロッパのプロジェクトの交渉を続けた。

ポルトガルはヨーロッパ大陸の西のはてで、リスボンの街からは広大な大西洋を見渡す事ができる。

プロジェクトは色々な問題を抱えており、なかなか障害を突破できない。
 
僕は、従業員の運命と生活を抱え、ただ独りで粘り強く孤独な闘いを続けている。

かなり無理をしているので、彼方此方で綻びが生じ始めているのは、わかっている。
 
ただ、リスクは承知の上での賭けなので、今更、後戻りはできない。

それが会社であれ、他の組織であれ、少なくとも人を束ねる立場にいる人間は、一番の困難や危険が振りかぶってきた時には、自分が立ち上がり責任を持つと言う鉄則がある。

上に立つものが役に立つのはその時だけだ。

普段は何もせず指示を出したり、承認をしたりするだけで、実際は現場の人たちに仕事を任せている。

彼らの努力によって、僕は食べさせてもらっているわけだから、一番危ない場面では、人に任せるのではなく、僕が現場に飛び込んで責任を取るのは当然の事だ。

ただ、なかなか障害を突破できないうえ、時間が予想以上にかかっているので、他のところで損害が出始めている。

僕は、まだ30そこそこの頃に、ニューヨークで大博打の裁判に賭け、陪審員に有罪の評決を受けた事がある。
 
1996年のバレンタインの日だ。

その評決の結果、一夜にして、数百億円の損害を生み出してしまい、ブルックリン橋からイーストリバーに飛び込んでお詫びをしようと思った事がある。

結局、自分を信じて、評決を不服とする闘いを続け、裁判官の職権で評決が覆され、幸いにも数百億円の損害と汚名を取り除く事ができた。
 
ローラーコースターに乗ったような毎日だった。

 

アリーがまだ生きていた頃、ある夜にイーストリバーを散歩して、アリーにその話をした事がある。

10年以上前の話しだし、僕としては、若気の至りの笑い話としてアリーにその話をした。

アリーは僕の話を聞くと、いつもの最高の笑みを浮かべ、
『哀しみを感じた時は、自分が負けた時だからね』と言った事を思い出した。

上手くいかない状況を嘆き、哀しみにくれた時点で、自分はその闘いに負けている。

確かにアリーの言うとおりだと思った。

仕事の合間の気分転換に大西洋岸にそそり立つ崖の上にそびえる古城にのぼり、大西洋を眺めながら大きく息を吸ってみた。

港の先には、ポルトガルの強い信仰心を現すように、大きなキリストの像が両手を広げて、海に向かって立っていた。
広大な景色を眺めながら、僕は新たな気持ちで闘いに望む気持ちになった。
 
自分の状況を嘆いた時点で負けた事になる。

最後まで自分の信じた道を貫くだけだ。
 
あと会社には150億円の資金が残っている。

それが50億円を割った時に、僕は社員全員の生活が確保されるような筋道をつけ、彼らの無事が確認された段階で、僕自身は男としてのけじめをつければ良い。

それまでは自分を信じて闘い続ける。

古城の上から大西洋に向かって、アリーの名前を叫んでみた。

崖の上を吹き抜ける強い風に僕の声は、いともたやすく打ち消されてしまったけれど、それでも少し元気になったような気がする。

僕はまだ闘える。


2007年06月02日  中国での交渉

ヨーロッパから帰ってきたばかりだが、今週末のフライトで、今度は中国に飛ぶ事になった。

ここが踏ん張りどころだから、立ち止まるわけには行かない。

先に弱音を吐いた方が負ける。

自分の夢を叶えたかったら、必ず叶うと信じて、決して諦めない事。

そして自分のもてる力の全てを出し切る事。

昔の日本人は、自分の夢が叶う事を冥加にかなうと言い、全力を尽くした後、夢破れた事を冥加に尽きると言った。
 
全力を尽くし、後は、全てを神仏に任せると言う意味だ。

僕は人生の大半を外国で過ごし、きっとこの人生を外国で終えるだろうが、それでも正真正銘の日本人だ。

日本人である以上、最後まで日本人としての自分の生き様を全うしたい。

死力を尽くして闘い続ければ、その結果が仮に思い通りにならなくとも、恥じる事はない。

もちろん僕は、自分の夢を叶えるつもりで死力を尽くしている。
 
自分の夢が叶わない等と考えた事もないし、必ず叶うと信じている。

しかし結果以上に大事なものは、自分が死力を尽くしたかどうかだと言う事を、今、深く感じている。

日本人として恥ずかしくない闘い方で、最後の最後まで全力を尽くしたい。

あくまでも正々堂々と、最後の最後まで死力を振り絞って、最後まで諦めず、決して弱音を吐かず、自分の生き様を全うしたい。 

ただ、それだけだ。

ここまで来るともう言葉は要らない。

35人の従業員は、闘い続ける僕の後姿を見て、ただ無言のまま、各自がするべきことに全力を傾けている。

それぞれが、それぞれの持ち場で黙々と死力を尽くしている。

それぞれの仲間が、それぞれの想いを胸に抱いて黙々と闘い続けている。

誰も泣き言を言わず、誰も諦める事も無く、ただただ愚直に壁にぶつかり続けている。
 
いつか、その壁が崩れると信じて。

 

僕は、こんな素晴らしい人たちと人生最後の挑戦をすることが出来て、なんて幸せな男なのだろうと思う。

彼らが黙々と闘い続ける姿を見ると、ただただ頭が下がり、目頭が熱くなる。

男冥利に尽きるとはこういう事なのだろう。

これが僕の人生なのだ。
 
ならば最後の最後まで自分らしく、自分の信念を持って、自分の生き様を全うしよう。

そう思うと逆に精神的に余裕が出て来て、中国に旅立つ前に手入れを忘れていたバルコニーを、草花で飾りたいと突然思い立った。

夜中まで仕事を続け、零時過ぎに仕事場を出て車に乗り、24時間営業のホームデポに出かけて行った。

ホームデポは、日本で言えば東急ハンズのような店で、大工道具から植木まで、家に関するものは何でも売っている。

僕は夜中過ぎにホームデポに出かけ、小さな植木を4本、紫、赤、橙の花を5株、肥料と土、プランターを装飾する大理石を砕いた石を4袋買った。

それらを車に積み込み、夜が明けるまで庭いじりをした。
 
東の空が明るくなるまでプランターに土と肥料を入れ、草木を植え、大理石を砕いた石で装飾をする。

本当はそんな時間があったら、睡眠をとった方が良いのだろうが、ふと草花の世話をしながら、草花に話しかけている自分に気がついた。
 
それはプロジェクトのシミュレーションであったり、アリーの事であったり、単なる愚痴であったり。

草花はただ黙ったまま、優しく微笑むように僕の話を聞いてくれていた。

草花も生きているし、魂はある。

そうやって僕を思いやり、僕の気持ちを静めてくれる草花に、僕は素直に感謝をし、感謝の気持ちを込めて、丁寧に一つ一つプランターに植えて行った。

朝日で色づき始めた東の空を眺め、草花のお陰で、僕はまた静かに闘志を燃やし始める事ができた。

これが、僕の生き様だ。

これから中国に乗りこみに行く。

 

 

 

中国に着いた時、流石に無理をし続けたので、正直、体も心もボロボロになってきていた。

現地に乗り込み、早速相手方と交渉を始めた。

僕に付き添っているのは、現地人の若い通訳ただ一人。

いつものように、相手は束になってかかってくる。

この劣勢を覆して、一気に自分の思いを遂げる為には、肉を切らせて骨をたつしか方法がなかった。

その為には、相手に肉を切らせて油断をさせ、一瞬の隙をついて一気に骨をたち、深追いはせずに、さっさと引くと言うのが僕のたどり着いた結論だった。

表面的に友好的なムードのまま、交渉は幕をあけた。

それも僅かの間で、彼らは、とてもアグレッシブに、容赦なく攻め込んでくる。

ここは、じっと我慢だ。

僕は色々なものを失い始めた。

彼らは手ごたえを感じたようで、一気に堰を切ったように攻め込んでくる。
 
そこには、情け容赦のかけらもなかった。

僕は、ただただ我慢をする。

彼らが少し傲慢になり、僕の狙っているポイントに落ちるまでひたすら待ち続けた。

攻め込まれても決して動じず、ただ理を説き続ける。

彼らは更に勝ち誇ったように攻め込んでくる。

こういう時の中国人のアグレッシブさは壮絶なものだ。

それでもひたすら我慢をする。

最後には、となりに座っている通訳さえも震えだした。

通訳の声もどんどん小さくなっていく。

仕方がないので通訳を使わず、僕は英語で理を説き続ける。

彼らが、僕の狙ったポイントに足を落とすのをただ待ち続けながら。

これ以上切らせる肉もなくなりかけた時に、ついに彼らは、傲慢になり僕が狙っていたポイントに自ら足を落とした。


ここだ!

 

 

満を持して、すばやく一撃を加える。
 
たった一度の攻撃で、彼らの骨まで断たなければいけない。

そして、深追いをせず、一気に引く。

この一撃を待つ為に、僕は全ての体力を使い切ってしまっているので、僕には二の太刀はない。

だから、彼らにそれを悟らせる事なく、彼らが混乱をしている間に、彼らの面子も立てながら、一気に逃げる。

幸運にも、僕が思い描いたように、渾身の一撃は彼らの骨を砕き、混乱で一気に意気消沈をしたところを、彼らの顔も立てながら、僕が求めていた条件を引き出して、逃げ切る事ができた。

全てが終わったときには、流石に疲労困憊し、歩く事もままならなかった。

無事に仕事をまとめ引き上げる時に、通訳の中国人が、
『貴方には、感服しました。貴方の姿勢に、最後に幸運が味方をしてくれたのですね』と興奮気味に言った。

幸運が味方をしたのではない。

あの一撃は、ずっと狙っていたのだ。
 
相手方が慢心のあまりに踏み込む事を予測して、それを待っていたのだ。

しかし、そんな話を彼にしたところでしょうがない。

またこれから仕事をする相手方に、気分の悪い思いをさせるのは愚の骨頂だ。

自分の望む条件を得たら、必要以上に相手を打ちのめす事はせずに、相手の気持ちを汲みながら、一気に引く。

それが日本人の闘い方だと僕は思っている。

通訳の彼には
『全く君の言うように、あれは、ラッキーだったよな』と言って微笑んで見せた。

ホテルに帰り荷物をまとめ、倒れる前にニューヨークに帰ろう。

まだ僕には、やらねばいけないことがたくさんあるのだ。

この一週間、曜日を忘れるほど、一心不乱に仕事をした。

夜、ホテルの一室に戻り、外の景色を見ながら、タバコを吹かす時だけが僕の時間だった。

夜景を眺めながら、窓の外の闇に浮かび上がる自分の疲れた姿を眺めながら、僕はニューヨークに残してきた草木の事を思い出した。
 
そしてアリーの事を思い、途方にくれる自分を思った。

僕は、おもむろに鞄の中から一通の古びたカードを取り出して、それを初めて見たかのように、暫く眺め、カードの中身を読んだ。

 

それは、昔アリーから貰ったカードだった。

まだアリーが生きている頃、仕事で旅に出かけたある朝、空港のバーでメールをチェックしようとPCを開けた時に、このカードが挟まれていた。

見慣れた字で僕の名前が書いてあった。

丁度アリーは、自分の現状と将来の事で、悩んでいた時だったので、僕はちょっと不安になって、急いでカードの封を切った事を、まるで昨日の事のように覚えている。

カードの中には、こう書いてあった。


”ここ数ヶ月、アタシは今の自分を変えたくて、将来の自分が見えなくて不安で、貴方に辛い思いをさせてしまったかもしれないけれど、貴方はいつもアタシのそばにいてくれた。
貴方がいてくれなかったら、きっと、今のアタシはここにいる事は出来なかったと思う。
全部貴方のおかげだった事を、貴方に伝えたくて。
知って欲しくて、このカードを書いています。
本当にどうもありがとう。
アタシにとって、貴方は人生で一番大事なもの。
そして、これからもアタシの人生の全てを貴方と分かち合い、貴方に知って欲しい。
永遠の愛を込めて。”


僕は、このカードを鞄の底に忍ばせていつも持ち歩いている。

そして今夜のような日に、たまにそれを思い出しては、手に取り眺めている。

思い出は時間がたつにつれて、更に鮮明に美しくなって行く。

僕は愛する人の筆跡を指でなぞり、その温もりを感じようとした。

 

昨日の午後に中国からニューヨークに帰ってきた。

昼過ぎにケネディ空港に降りたち、1週間空港の駐車場に放ったらかしにしておいた埃だらけの車に乗りこみ、僕はハイウェイをマンハッタンに向かった。

途中で花屋に立ち寄り、花を幾つか買った。

家についてシャワーを浴び、ベランダに出て草木の手入れをして、買ってきた花を植えた。
 
花の周りに蜂が飛んでいるのを見つけた。
 
僕は庭の手入れをして、少し自己満足に浸りながら、籐椅子に腰を下ろしてタバコに火をつけた。

僕の体内時計はとうの昔に壊れている。

柔らかな午後の日差しの中で、僕は草木の音と、花の間を飛び交う蜂の音を聞きながら、ゆっくりと流れる時間を感じた。

仕事は決して順調ではない。
 
しかしここまでくれば、後は自分の信じる道を進むだけなので、気持ちに焦りは無い。

最後まで自分を信じて全力を尽くすだけだ。

僕の経験上、自分の考えに100%自信が持てない時に、何か問題が起こると、必ず心に迷いと焦りが生じる。
 
ここまで血のにじむような思いで、何度も何度も、考えに考えを重ねた上での作戦だ。

脳漿を搾り出すような作業を何ヶ月もかけた上で、これしかないと確信を持つにいたったプランだから、このプランは僕と言う存在そのものになっている。
 
そして、それは僕だけでなく、アリーがこの世に生きた意義そのものになっている。

だから迷う事はない。

来週はシアトルに乗りこみに行く。

そこでの仕事を成功させなければ後はない。


 


2007年06月13日  皆で家に帰ろう

シアトルに着いたが、シアトルの朝は雨が降り出しそうな曇り空だった。

いよいよ僕の仕事は、中盤の大事な局面を迎える事になる。

中国の時は、兎に角相手が自分の懐に入り込むまで、我慢に我慢をして、懐に入った一瞬に、一撃で相手を倒すと言う作戦だったが、今度は相手が違うので、またプランが違う。

今度は、一定の方向に相手を押しに押しまくる。

押しまくる事で相手の注意をその方向にそらす。

相手の注意がそれた瞬間のタイミングで、一気に方向を変え、相手の懐のど真ん中に飛び込み、しゃにむに前進して、突き抜け、そのまま逃げ切る。

今回は最後まで押し続ける体力、根性と一瞬のタイミングを読むバランス感と、その後に相手の懐のど真ん中に飛び込む、度胸とある種の馬鹿さが肝になる。

馬鹿でなければこんな事は出来ない。

仲間を選ぶときに、ある男が僕に、
『どうして俺を選んだんだ?』と聞いた。

僕はそいつに笑いながら、
『お前は、馬鹿になれるからだ』と答えた。

そいつも僕の意を理解したようで、笑い出した。

でも、そういうことなのだ。

ある意味、馬鹿にならなければできない事もある。

信じ続ける事もある意味、馬鹿になる事なのかもしれない。

今回の相手も、僕らの100倍近い図体のでかい相手だ。

まともに組したら、僕達はひとたまりもない。

それでも彼らの心臓めがけて、僕達は体を寄せ合い、錐のように彼らの体を貫こうと言うのがプランだ。

丁度、関が原の時の島津維新のように、わずか千人で家康の本陣を抜いて一気に駆け抜ける。

島津軍で最後まで生き残ったのは、僅か数十人だったと聞いたことがある。

それでも彼らの行動は家康の度肝を抜き、島津恐ろしと言う事で、結局、西軍につきながらも領地の没収を免れ、日本一の兵という栄誉を得た。

たまには馬鹿になりきる事も必要だ。

果たして僕らの愚行は、吉と出るか、凶と出るか。

 

 

今、

まさに大方向転換をして、

本当の狙いだった、

相手のど真ん中を突き抜けるべく、

まっしぐらに走り出した。

転んだら負け。

止まったら負け。

頭が真っ白になるまで、

まっすぐに突き進むだけ。

あと少しで突き抜けられそうな気配。

でも余計な事を考えると邪心が出る。

何も考えずに馬鹿になって、

まっすぐ突き進むだけ。

 

 

僕らは、ここ1週間馬鹿になって走り続けた。

何も考えず、ただ、自分達の誇りをかけて走り続けた。

最後の最後まで、命の限り走り続けようと思った。

気がついたら、僕らは相手の体のど真ん中をつきぬけ反対側にでていた。

ここ1週間ほとんど寝てなかったので、実感があまりなかったが気がついた時には相手が僕らの前に屈していた。

僕らより数百倍大きい相手で、交渉に出てくる連中も、高そうなスーツを着込んだ連中が、高そうな弁護団に囲まれていた。

それに比べると僕らは、どうお世辞をいっても上品そうにはみえない野武士の一団のようで、見るからに格が違うという感じがした。

一時はつぶされるかとおもった。

相手が屈したのを理解するのに暫く時間がかかった。

相手方が取締役会にかけるので半日時間が欲しいといった。

それで初めて闘いが終わったことがわかった。

取締役会の結果がでるまで結局1日待たされた。

ホテルにもどり結果を待つ事にした。

皆、寝ていないのでヘロヘロだったが、結果が気になって眠りにつく人は一人もいなかった。

僕はホテルのバーに行き、コーラを飲みながら先方の結論をまった。

ipodを聞きながら周りの人に気づかれないようにそっとアリーの写真をだして、それを眺めていた。

ipodからはリトルスティーブン の”undefeated ”(アンディフィーテッド)が流れていた。


<undefeated ー 訳詞>

俺はお前の写真を
いつも肌身離さずもっている。
どうしようもない恐怖心に包まれた時は、
お前の写真を触ってみる。
お前の写真は、
自分の命が尽きるその最後の瞬間に
みるものときめている。
ここから抜け出す唯一の手立ては
打ち負かされることなく、
皆と一緒に故郷に帰ることだ。
俺とお前の間は何千マイルもの距離がある。
海があり、砂漠が俺達の間をさえぎっている。
お前が俺を覚えていてくれたら。
何故って、
俺はここで永遠に戦い続けなければ
いけないかもしれないから。

<undefeated>


リトルスティーブンの決して上手いとはいえない、しわがれた唄声を聞きながら、写真の中のアリーの笑顔を眺めながら

『打ち負かされずに、皆と一緒に家に帰ろう』

と口ずさみつづけた。

それからかなり待たされて、やっと相手方から連絡があった。

 

会議室に戻ると、相手方の責任者が
『そちらの提案のとおり、まとめさせてもらいたいと思います』と言った。

過程はともあれ、闘いが終わった時点で相手に最大の敬意をはらう。

自分達の提案を認めてもらった以上、大枠以外はできるだけ相手の顔を立てて、彼らの希望に沿うように譲歩する。

必要な終戦処理をして契約書を修正し、僕は書類にサインをした。

そして長居は無用の言葉のとおり、風のように一気に引くのが僕の流儀だ。

相手のビルを出て後ろの仲間に振り返り、僕は一言

『さぁ皆で家に帰ろう』と言って笑って見せた。

皆も笑った。


2007年06月22日  ベランダに咲く草花

二つ目のドミノまではなんとか倒すことができた。

最後のドミノが倒れれば、約束を守る事ができる。

アリーのアイディアが沢山入ったプロジェクトが無事発足し、これが上手く進めば、子供達の未来に少しでも貢献できる事だろう。

胸を張れる仕事に、僕が守るべき従業員とその家族達が、自分達を打ち込める事ができれば嬉しいと思う。

彼らの汗にまみれた笑顔が、僕の幸せになると信じたい。

アリーが僕の事を待っていてくれれば良いな。

早く、君に会いたい。

君にあったときに、胸を張って会うことが出来るように、最後のドミノを確実に倒さないといけない。

しかし、最後の3つ目のドミノを倒すのは一筋縄ではいかなく、状況は相変わらず厳しい。

ただ次から次へと仕掛けを準備し続けている。

僕らの所は、たかが35人のちっぽけな所で、僕らの相手は何万人の大所帯だ。
 
今の所、何とかしのいでいるけれど、守りに入ったら、力ではどうにもならない。

必ず押しつぶされる。

映画の300ではないけれど、35人対数万人では勝負にならない。

唯一生き残る方法は、どんなにボロボロになっても、闘って闘って闘い抜くこと、攻めて攻めて攻めまくる事しかない。

 

立ち止まった瞬間に、潰される。

アリーが天国に帰ってしまった今、僕が心を開ける唯一の話し相手は、ベランダに咲く草花になった。

花を手に取り、水をやるほんの数分の間に、草花に手を触れながら話しかける。

僕が知らない間に、本当に故郷を遠く離れてここまで来てしまった事。
 
もう今更故郷には戻れない事。

アリーの所に戻る術もない事。

僕には、もう前に進む事しか許されない。

草花も何かの縁で僕の所に来て、植木鉢のなかにおさまり、もう元に戻る事はできない。

今咲いている花もいずれは散る。

僕のベランダの小さな植木鉢の中が、彼らの最期の場所になる。

そうであれば、彼らが咲いている僅かの間でも、一生懸命に世話をして言葉を交わしたい。

草花は、僕をそんな気持ちにしてくれる。

気がかりなのは、仕事が思った以上に手間取っている関係で、アリーの為に作った財団の仕事に手が回っていない事だ。

 

ちょっとアリーに後ろめたい気持になった。
 
財団は作ったけれど、まだ子供達を助けられていない。

そして、今は僕自身の仕事の存亡の危機に直面し、そちらにかかりきりになっている。

別に諦めてしまった訳ではないけれど、僕にもしもの場合があった時に、誰かが財団とアリーの夢を引き継いで行って欲しい。

その場合、誰がアリーの夢を引き継いでくれるのか?

クリントン前大統領がハーレムで、クリントン財団を運営している。
 
あるいは、アンジェリーナジョリーとブラッドピットのジョリー-ピット財団か。 

アリーの病気が進行していたけれど、まだ入院する前に、アリーに夢の行方を少しでも見せてあげたいと思い、クリントン財団の知り合いを通じて、アリーが大学に通いながら、ボランティアをそこでできるように取り計らった事があった。

 

その時、アンジェリーナジョリー、ブラッドピット夫妻が、クリントン前大統領を訪問し、彼らに会った時の事を、興奮気味に話していたアリーの顔を思い出した。

アリーのその時の笑顔を思い出しながら、草木に触れていると、自然に僕の顔も笑顔になった。
 
そしてその笑顔でまた気力を振り絞り、仕事を何とか前に進めようと、また立ち上がる。

兎に角、今の僕には、立ち止まる事は許されない。

 


2007年06月24日  あと半年

あと6ヶ月で結果を出さないといけない。

その為には、6月中にある程度目鼻がたっていないと、今年度中に目標を達成するのは、非常に難しくなる。

一つ目と二つ目のドミノは、倒れたが最後のドミノがどうしても倒れない。

最後のドミノが倒れなければ、二つのドミノが倒れても意味が無い。

既に6月の後半になったが、最後のドミノの状況は相変わらず変わらない。

天気が素晴らしく良かったので車の幌をおろして、夏の太陽の光を浴びながらゆっくりと車を走らせた。

交差点の赤信号で止まり、僕は太陽を見上げ、アリーを思った。
 
アリーとの楽しい思い出が、走馬灯のように僕の心の中で回っては消えた。

仕事場に着き、状況を確認し作戦を練り直した。

最悪の場合には、今の会社を二つに割るつもりでいる。
 
ひとつは、引き続きドミノ倒しに挑戦する会社だ。
 
ここに大半の従業員を移し、この会社はアリーの夢を叶え社会に貢献をする。

もうひとつの会社は、大半の従業員が移る会社を成功させるために捨石になる会社だ。
 
そこには、僕とごく少数の従業員が移る。

捨石になる会社は、不要なものを全て捨て、徹底的な戦闘マシーンに姿を変え、夢の実現の妨げになっている会社に対して、その存亡をかけた訴訟を提起する。

訴訟を進めることによって、障害を取り除き、もうひとつの会社が夢を実現する事ができる。
 
しかし、訴訟をすると言う最終手段を選択した事で、この捨石になる会社と、そこに所属する社員は、会社とともに消え去る運命になる。

最終的には、この方法しかないだろうと思っている。

あと半年頑張って進展が無ければ、この方法を取らざるを得ないだろう。

 

僕が、この目でそれを見ることができなくとも、誰かが夢を継いで実現しなければならない。
 
そのためであれば、喜んで僕は捨石になる。

捨石になる会社は、贅肉を全てそぎ落とした戦闘マシーンなので、僕と数人の優秀な弁護士がいれば機能すると思うが、きっと、ビリー等、少数の人間は、僕と運命をともにしたいと言い出すだろう。

ただ先のことばかり考えていてもしょうがないので、今はそれを胸に秘めたまま、あと半年間、今の状況を打開すべく闘い続けるだけだ。

海外で仕事をしていると、まわりから、”あいつは、日本人だから”とか”あいつは、アジア人だから”とよく言われ、そういう目で見られることが多い。 

偏見で見られる場合もあるけれど、”あいつは、サムライだ”と好意的に言われる場合もある。

要は、彼らは僕の行動を一般化して、日本人の行動として見ていると言うことだ。

好むと好まざるとに関わらず、そういった意味で、僕は自分の国である日本を背負っている。
 
僕の生き様は、彼らからしてみれば日本人の生き様だから。

特に人種のるつぼであるニューヨークでは、自分の故郷に誇りを持っていない人間は相手にされない。
 
そして彼らはその誇りを胸に日々闘っている。

だから僕も自然と自分の故郷に誇りを持って、自分の言動の一つ一つが、故郷を背負っていると自覚をしながら、日々を生きていく事になる。

僕は、およそ社会性の乏しい人間だったので、まさか自分が、こんな気持ちになる事はないと思っていた。

ここまで追い込まれると、ただ日本人として恥ずかしくないように心がけたいと思っている自分がいる。



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