目次
第一章 愛するということ
天使の指輪 
プロローグ 序章
プロローグ 序章
2006年 6月 ニューヨークの魅力
2006年06月3日  友達の背任行為
2006年 7月 病 
2006年07月05日  独立記念日 
2006年07月07日  七夕
2006年07月24日  病気
2006年07月25日  検査結果  
2006年07月26日  生きる理由
2006年 8月 日本へ
2006年08月04日  手術
2006年08月08日  退院 
2006年08月12日  日本へ
2006年08月23日  赤いドレスの女性
2006年08月24日  狸寝入り 
2006年08月25日  雷雨 
2006年08月26日  祈り
2006年08月31日  時代のうねり
2006年 9月 天国への階段
2006年09月07日  ローズホール
2006年09月10日  泣きじゃくる彼女
2006年09月11日  ワールド トレード センター
2006年09月21日  闘うこと  
2006年09月23日  市民権
2006年09月25日  日曜大工
2006年09月26日  朝日 
2006年10月 一緒に生きる
2006年10月03日  メルトダウン   
2006年10月05日  夜のハーレム
2006年10月08日  助手席
2006年10月09日  買い物
2006年10月14日  友達からのメール  
2006年10月16日  1週間分のキス
2006年10月17日  一緒に生きる
2006年10月18日  雨の火曜日   
2006年10月19日  友達へのメール
2006年10月25日  天使が舞い降りた。
2006年10月29日  神のご加護がありますように  
2006年11月 誕生日プレゼント 
2006年11月01日  ハロウィン
2006年11月02日  誕生日プレゼント
2006年11月16日  セントラルパーク    
2006年11月19日  キティちゃんの指輪
2006年11月20日  Left Alone  
2006年11月22日  仏心
2006年11月23日  小さいウイスキーボトル
2006年11月24日  帰還兵
2006年11月25日  旅の終わり 
2006年11月26日  パリでパン屋さん
2006年11月27日  クリスマスの買い物
2006年11月28日  神にすがる時 
2006年11月29日  スノーフレーク
2006年11月30日  もう一度病院生活に・・・
2006年12月 瞳の中に貴方が見える
2006年12月01日  ポインセチア
2006年12月02日  男の手料理 
2006年12月03日  天気の良い週末  
2006年12月06日  大切な思い出
2006年12月07日  北欧紀行
2006年12月08日  君のもとに帰る
2006年12月09日  The Show Must Go On.
2006年12月13日  東京にて
2006年12月14日  Going Home
2006年12月15日  瞳の中に貴方が見える
2006年12月16日  子守唄
2006年12月18日  クリスマスの匂い
2006年12月19日  君が世の中の全て
2006年12月23日  幸せの総量
2006年12月24日  People Get Ready  
2006年12月25日  クリスマス プレゼント
2006年12月26日  願い事
2007年 1月 天使の指輪
2007年01月01日  スローダンス
2007年01月02日  20年ぶりの友達
2007年01月06日  誕生日
2007年01月08日  天敬愛人
2007年01月13日  両親
2007年01月14日  名こそ惜しけれ  
2007年01月20日  非常勤の顧問
2007年01月22日  ただいま。
2007年01月23日  天使の指輪
2007年01月24日  ホットチョコレート
2007年01月25日  パリ
2007年01月29日  雪のニューヨーク
2007年 2月 雪のバレンタイン
2007年02月01日  愛しい人  
2007年02月02日  あたらしい発見
2007年02月04日  お帰りなさい。
2007年02月09日  残された時間
2007年02月10日  ありがとう
2007年02月11日  テネシーワルツ
2007年02月12日  やせ我慢
2007年02月13日  君が残した優しい思い出
2007年02月14日  雪のバレンタイン
2007年02月16日  僕は信じている
2007年02月19日  愛の力
2007年02月22日  ある別れ
2007年02月23日  別れの季節
2007年02月24日  I'm in.
2007年02月25日   Wild Horses  
第二章 生きるということ
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2007年 2月 陽はまた昇る
2007年02月27日  アリーがいてくれれば
2007年02月28日  陽はまた昇る
2007年 3月 さようなら
2007年03月02日  さようなら。
2007年03月03日  心の整理
2007年03月04日  独り
2007年03月05日  ドライフラワー  
2007年03月06日  冒険の旅へ
2007年03月08日  コミットメント
2007年03月14日  こみあげる涙
2007年03月16日  更正施設の子供
2007年03月19日  天は自ら助けるものを助く。
2007年03月21日  新しい下着
2007年03月22日  夜明けのキャッチボール
2007年03月24日  目標を一つ達成
2007年03月28日  最後まで日本人として
2007年 4月 独り言
2007年04月29日  独り言
2007年 5月 天涯孤独
2007年05月14日  天涯孤独
2007年05月16日  ある家族
2007年05月28日  カタロニアの太陽
2007年05月31日  リスボンにて
2007年 6月 交渉
2007年06月02日  中国での交渉
2007年06月13日  皆で家に帰ろう
2007年06月22日  ベランダに咲く草花
2007年06月24日  あと半年
2007年 7月 人に優しくするという事
2008年07月05日  独立記念日
2007年07月24日  人に優しくするという事
2007年 8月 湊川(ミナトガワ)
2007年08月02日  馬鹿爆弾
2007年08月21日  霧雨
2007年08月29日  遺言
2007年08月31日  湊川
2007年 9月 男の値打ち
2007年09月25日  男の値打ち
2007年09月30日  天気のよい週末
2007年10月 自分の夢
2007年10月10日  自分の夢
2007年10月19日  結婚式の準備
2007年10月22日  妹の結婚式
2007年11月 天敬愛人
2007年11月01日  ハロウィン
2007年11月02日  誕生日
2007年11月16日  死の準備
2007年11月22日  愛情が宿った人形
2007年11月29日  古いもの  
2007年12月 幸せの値段
2007年12月08日   ディズニーランド
2007年12月16日  幸せの値段 
2007年12月18日  綺麗な心
2007年12月21日  大事な家族
2007年12月24日  君を想う気持ち
2007年12月25日  武器よさらば
2007年12月31日  生きるということ
2008年 6月 夢の実現
2008年 6月 夢の実現
アリーが教えてくれた事
アリーが教えてくれた事
晴耕雨読
晴耕雨読
愛のある日
愛のある日
あとがき
あとがき
補足
補足
感想&レビュー
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2007年01月25日  パリ

今日は、夜中のフライトでパリに行く。

 

朝早く、アリーを病院に見舞った。

 

冷たい空気の中を歩いてきたので、アリーの手を握ると
『冷たいね』とアリーは言って、自分の息をかけ僕の手を温めてくれた。

 

ベッドの脇にパリの本が置いてあった。
 
僕がそれを見つけると、アリーはちょっと笑って、
『アタシもすっかりパリに行くつもりで、気分だけでもそうしようと思って、本を読んでいるの』と言った。

 

色々とパリの事を勉強しているアリーを見て、アリーを愛おしく思ったけれどちょっと哀しくも思った。

 

僕はアリーとパリの話をしながら昔のことを思い出した。

 

 

 

アリーと僕の馴れ初めは、ふとしたきっかけで、二人で食事に出かけた事から始まった。

 

なにかの拍子で、二人で日本食の話になり、アリーが、日本食が好きだと言ったので、
『だったら、二人で”NOBE”に行こうか?』と僕が誘った。

 

でも、二人で一緒に”NOBE”に行く事はなかった。

 

いざ二人で食事に出かける事になると、アリーが選んだレストランは、アリーが家族とよく出かけるダウンタウンのモロッコレストランだった。

 

二人で楽しく白ワインで食事をして、色々な話をした。

 

食事が終わり、僕は、アリーをアパートまで車で送ると、
『アタシの部屋を見て行かない?』と言われ、アリーのアパートの中に入れてもらい、アパートを見せてもらった。

 

寝室の壁が、バーガンディに塗られている素敵な部屋だった。

 

僕は部屋を案内してもらうと、長居をしては迷惑だと思って、
『素敵な部屋だね。部屋を見せてくれてありがとう』と言って、アリーと別れ自分の家に帰った。

 

それから二人は週に一度位の割合で、一緒に食事に行くようになり、段々その頻度が増えて行った。

 

そんな事を繰り返しているうちに冬になり、いつものように、アリーとダウンタウンのステーキハウスに行った。

 

そこでいつものように赤ワインとステーキを食べ、いつものように色々な話をした。

 

食事が終わり、冬のニューヨークの街を二人で歩いていると、アリーの方から僕の腕に手を回してきて、僕に寄り添った。

 

僕らはそのまま歩き続け、道端に止めてあった僕の車に乗り込み、僕はアリーをいつものように家まで送った。

 

アリーのアパートの前について、いつものとおり、
『おやすみ』と言うと、アリーはそっと僕にキスをしてくれた。

 

アリーは、アリーの方から僕にキスをした時の気持ちを後で告白してくれた。

 

『これだけ一緒に食事に出かけているんだから、 アタシの事を好きに違いないと思って、勇気を出して腕を組んで、それからキスをしたの。女の子にそこまでやらせるんだから、本当に貴方は嫌な人』と言ってアリーは笑ってみせた。

 

僕もアリーに、二人が付き合い始めたのは、”NOBE”に行こうと言うのが、きっかけだったのに、ふたりで一度も”NOBE”に行かなかった理由を告白した。

 

それは、二人で”NOBE”に出かけたら、それで最初の出会いの目的が達成されてしまい、もう会えなくなってしまうんじゃないか?って妙に不安に思ったから。

 

アリーにそれを告白すると、アリーは本当に可笑しそうにケラケラと笑った。

 

そして僕の鼻の頭にキスをしてくれた。

 

そんな二人が、初めて一緒に旅行に出かける事になった。

 

その初めての旅行が、パリだった。

 

僕らが始めてパリを訪れたのは1月だった。

 

パリの冬は厳しかったけれど、二人で手をつないで街中を歩き回った。

 

どんな小さな事も二人にとっては、大冒険だったし、二人で顔を突き合わせては、笑いあっていた。

 

『ここで貴方と余生を送りたい』とアリーは言った。

 

僕はそんなアリーを見つめて微笑んでみせた。

 

『アタシは、真剣だよ』とアリーは口を尖らせてもう一度言った。

 

そして自分自身がおかしかったのか、暫くして自分で笑い出した。

 

その笑顔が何もよりも素敵だった。

 

その後もパリには、アリーと何度も立ち寄った。

 

『パリは、アタシにとって特別な街なの』とアリーはいつも言っていた。

 

アリーは何かにつけてパリの話をした。

 

【 パリで余生を送る事 】がアリーの生きる希望でもあった。

 

僕はクリスマスの日に全てを捨てる決心をして、アリーと余生をパリで過ごす事に決めた。

 

そしてそれをアリーに告げた。

 

その時のアリーの笑顔を僕は決して忘れない。

 

僕はアリーをもう一度パリに連れて行くと約束をした。

 

【 いつか二人でパリに住もうね 】

 

 

 

僕が今回泊まるホテルは、セーヌ川の左岸の第6区にある静かなホテルだ。

 

アメリカ資本の入っていない、古いフランスのホテルで、窓からセーヌ川やノートルダム寺院を眺める事ができる。

 

アリーと一緒だったら、どんなに楽しい事だろう。 

 

僕は昔、アリーをそのフランスのホテルに連れて行ったことがある。
 
アリーは赤いカクテルドレスを着て、バルコニーでシャンパングラスを片手に僕に微笑んでくれた。
 
その微笑はすごく美しかった。

 

きっと今度僕は、一人でそこに立った時に、何度もアリーの幻影を見るに違いない。

 

いっそのこと、別のホテルに泊まればよかったかもしれない。

 

そんな想いが、一瞬、頭をよぎった。

 

病室でアリーの隣にすわって、ぼんやりとそんな事を考えていた。

 

隣のアリーはパリの本を広げ、パッシーの街並みの写真を眺めていた。

 

独りでパリに行くのは辛いけれど、今日の夜中のフライトで、僕はアリーの心をつれてパリに行く。

 

 

 

パリに着いてから何日かがたった。

 

こちらに着てからもいつもアリーのことを考えている。
 
日本の時は、アリーとの思い出もないので、仕事に集中できたのだが、思い出の沢山詰まったパリでは、どうも簡単にはいかないらしい。

 

どんな些細な事でも、アリーを思い出させる事がたくさんありすぎて、正直、ニューヨークにいるときよりも辛い気がする。

 

恥ずかしい話だけれど、何処に行ってもアリーを思い出してしまい、一人で目を赤くしている事が多い。

 

僕はセーヌ川の左岸の第6区のアメリカの資本の入っていない昔ながらのフランスのホテルに泊まっている。

 

ちょっと寒いけれど部屋のバルコニーに出て椅子に座り、パリの景色を眺めながらエスプレッソをすすった。

 

アリーとの思い出が沢山詰まったホテルなので、気がつくとアリーの幻影を探してしまい、とても哀しい気持ちになった。

 

気晴らしに一人で、セーヌ川の川べりを歩いた。

 

セーヌ川には、いくつもの橋が架かっているが、その一つの橋の真ん中でキスをすると、永遠の愛が叶うという橋がある。

 

都市伝説の一つにすぎないけれど、その噂を聞いて、沢山の恋人達が、この橋にやってきては願いを込めている。

 

アリーもそんな噂をどこかから聞きだしてきて、
『この橋の真ん中でキスをすると永遠の愛が叶うんだって!』と嬉しそうに言って、僕の手を引いて端の真ん中まで小走りに走り、ちょうど、船が橋の下を通る瞬間にキスをしたのを覚えている。

 

アリーは子供のように無邪気に笑って、
『永遠の愛だからね』と僕に念を押していた悪戯っぽい瞳を思い出した。

 

僕は、橋の真ん中に置かれているベンチに腰をおろして、川面を見つめた。

 

暫く川面を見つめたあと、歩いてセーヌ川をわたり右岸にでた。

 

ルーブル美術館を抜け、シャンゼリゼを凱旋門の方向に歩いていった。

 

僕は、美術館の前で座っている人達、公園で語らう人達、町を行き交う人々の中に、アリーを探していた。

 

ちょっと雰囲気の似ている人が、歩いていると知らないうちに、アリーに見え、目で追うと全く違う人だったりで、そんな事を繰り返していた。

 

ストーンズの唄に”Anybody Has Seen My Baby?”(エニバディ・シーン・マイ・ベイビー?)と言う歌がある。

 

別れてしまった恋人を思いながら、ニューヨークの下町を歩く男が、すれ違う女に別れた彼女を思うと言う歌だ。

 

最後に、もしかしたら、もともと彼女との事は夢物語で、そんな女は存在しなかったのではないか?と男が思う切ない歌だ。

 

僕はシャンゼリゼのカフェから出て、また通りを歩き出した。
 
冷たい風にあたりながら、夜のネオンに彩られた街を一人歩きながら、知らない間にストーンズの唄を口ずさんでいた。

 

 

 


パリでの仕事も大体終わり、今日の夜のフライトでニューヨークに帰ることになった。

 

アリーの財団の為の資金集めは概ね上手くいき、そろそろ財団としての具体的な活動が出来る段階になってきた。

 

僕は一人、パッシーの街から自分のホテルに戻った。

 

丁度エッフェル塔の脇を抜け、第6区の自分のホテルまで、タクシーを走らせた。

 

エッフェル塔を抜ける時にもう一度、アリーの顔がタクシーの窓に浮かんだ気がした。


 


2007年01月29日  雪のニューヨーク

パリを7時の便で発ち、ニューヨークに同日の9時過ぎに帰ってきた。

空港の外に出ると、雪が降っており、ニューヨークに帰ってきたなと言う気持ちで一杯になった。

僕は自分の車を空港に置いて行ったので、自分の車に乗り込み、雪の降るハイウェイをマンハッタンに急いだ。
 
途中かなり雪が激しくなったが、流石にマンハッタンに入ると都会の熱で、雪はまばらになった。

もう夜の10時半を回っていたけれど、僕は一路、アリーのいる病院を目指した。

見慣れた街並みを走りぬけ、車を病院の前に停め、僕は急いでアリーの病室に向かった。

アリーの病室に着くと、まだ部屋の中から薄い明かりが漏れており、アリーが起きている事がわかった。

病室のドアを開けると、アリーは僕が帰ってくるのがわかっていたようで、満面の笑顔で僕を迎えてくれた。

『おかえり』と笑って、
『雪を見ながら貴方が帰ってくるのだろうなと考えていた』とアリーは言った。

『ただいま』と僕も笑って、アリーを抱きしめた。

パリで何度もアリーの幻を見たけれど、やはり生身のアリーを抱きしめて、そのぬくもりを感じる事ができる事が、なによりも幸せに思えた。 

 

僕たちは、しばらく自分達の温もりを確かめ合った後に、僕はパイプ椅子をアリーの隣にもっていき、そこに腰を下ろして、アリーにデジカメの写真を見せながら、パリでの仕事の話を説明した。

アリーは、パリでの一瞬も逃さないかのように、色々と細かく質問をして、楽しそうに写真を眺めていた。

そして
『また貴方とパリに出かけてみたい。本当は、パリでなくても構わない。何処でもいいから、もう一度元気になって、貴方と一緒に時間を過ごしてみたい』と言った。

きっとアリーは、自分の病状を知っているに違いない。
 
それでも僕は、何も知らないかのように、
『元気になったら、二人でパリに住もう。病院を出たら、二人でパリにいって家を探そう』と言った。

アリーは全て知っているはずなのに、優しく僕を見つめて、
『そうだね。ありがとう』と言ってくれた。

全てを悟りきった優しい目で。

遅かったけど、アリーは僕にホットチョコレートを振舞ってくれた。

チョコレートにホットミルクを混ぜ、病室で二人だけでホットチョコレートを飲んだ。

病室の窓から舞い落ちる雪を眺めながら、二人で寄り添うようにしてホットチョコレートを飲んだ。
 
アリーが僕の肩に頭をもたれかけた。

僕らはそのままの姿勢で雪が降るのを見ていた。

アリーが、かすかに泣いているのがわかったけれど、僕はそれに気づかないふりをして、ただ僕の肩の上に乗せられたアリーの髪の毛を撫で続けた。

 

ホットチョコレートを飲んだ後に、アリーを寝かしつけ、僕はアリーの寝顔を見ながら色々と考え事を続け、結局、アリーの病室で一夜を明かした。

帰りの飛行機の中でも眠れなかったのだが、何故か眠る事ができず、アリーの寝顔を見ながら夜を明かしてしまった。

夜のうちに雪は止み、寒かったけれども久しぶりに眩しい朝日を見る事ができた。

そして美しい冬の朝が訪れた。
 
僕はパイプ椅子から立ち上がり、大きく伸びをして、病室の窓から下界を暫く眺めた。

気温はマイナス7度と寒かったけれど、下界を眺めていると、むしょうにチャイティが飲みたくなったので、凍りつくような寒気の中を、僕は清々しい気持ちで、スターバックスに一人チャイティを買いに出かけた。

チャイを多めに入れてもらい、熱めに作ってもらうのが、僕のチャイティの流儀だ。
 
今日もスターバックスの店員さんに、チャイを多めにいれて熱めに作ってもらうように注文をした。

チャイティを受け取り、また凍てつく朝の空気の中をアリーの病室に戻った。

病室に帰ると、アリーはもう目を覚ましていて、僕を見つけると嬉しそうな顔をして、
『おはよう。寒い空気がして目が覚めたの。貴方が帰ってきたってわかったから』と言って笑って見せた。

僕が一緒につれてきた朝の寒気で、アリーは目を覚ましたらしい。

僕は笑って、冷たい手をアリーの頬にあててアリーを驚かせてみせた。

そしてパイプ椅子に座って、アリーと一緒にチャイティをすすりあった。

アリーは、僕と思いがけず朝をすごせたのが嬉しかったらしく、
『昔に戻ったみたいで何か楽しいね』と言って一人上機嫌だった。
 
僕もアリーとの時間を楽しみ、朝から一緒にニュースを見たりして時間を過ごした。

暫くアリーと一緒の朝を楽しんだ後、僕は仕事があったのでアリーに、仕事が終わったらまた帰ってくることを伝え、病室から仕事に向かった。

パリから帰ってきたばかりと言う事もあり、色々と細かい用事で忙しい一日だった。
 
夜まで丸一日仕事をして、また気温がかなり下がったなかを、僕はコートの襟を立てて小走りに駐車場に向かい、車に飛び乗りアリーの待つ病院へと車を走らせた。

 

途中のダイナーで簡単な食事を買い、僕はそれを紙袋に入れてのアリーの病室に入り、病室で夕食を食べならがらアリーと色々と話をした。 

暫くは機嫌が良かったアリーだが、
『こんな事を言うとまた貴方は、怒るかもしれないけど』と切り出し、
『貴方は、アタシの為に色々やってくれるけれど、それを感謝しているけれど、アタシと貴方は違いすぎるし、それを見せつけられるとアタシは、価値のないような人間に思えて、ちょっとショックな時があるの』と言われた。

この話は、過去にも何度か言われた事なので、また始まったなと思って僕は
『お互い愛し合っていて、人として尊敬しあっているのならば、たまたま今の状況でどっちがどっちなんて言う事は関係ない事だよ。僕は君を人間として尊敬しているし、そんな君の夢を一緒に叶えたいと思っている。僕は君を手伝える事が、何よりも幸せなのだから』と答えた。

アリーは珍しくそれに感情的に反応し、
『貴方は社会的にも成功しているし、沢山の人が貴方のために働いているし、貴方と一緒に貴方の友達に会うと、何でアタシなんかと一緒にいるのか?見たいな目で見られるし、貴方の助けなしでは、アタシはやっていけないのはわかるけれども、アタシにもアタシのプライドがあるから』と言って泣き出してしまった。

僕はどうしてよいかわからず、アリーが落ち着くまでアリーの肩を抱きしめていた。

肩を抱きしめながら、僕はアリーの言葉を噛み締めていた。

僕はアリーを尊敬しているし、そんなアリーの助けになりたいと言う一心で、色々な事をしているけれど、それがたまに、かえってアリーにとって負担になってしまう事があるのだろう。

自分にそのつもりはなくても、知らず知らずに、“助ける”と言う事が前面に出ると、押し付けがましく、上から見下げるように誤解されてしまうのかもしれない。

人と相対する時には、その人と同じ目線に立って、同じ立場で話をすると言うのは、僕がアリーから学んだ事だ。
 
犯罪者の更正施設や、数々のボランティアで人々を接する時に、上から見下げたように誤解されてしまうと、彼らの人としての尊厳、プライドを傷つけてしまい、そもそものボランティアとしての意味が全く無くなってしまう。

 

同じ目線で、同じ立場で助け合うと言うのが基本中の基本なのに。

そんな基本的なことなのに、僕は知らず知らずに、僕の一番大事な人の気持ちを傷つけていたのかもしれない。

アリーが落ち着くのを待って、僕はアリーに素直にそれを謝った。 

謝ってすむ問題ではないけれど、兎に角、アリーに悲しい想いをさせた事、僕の非礼を謝りたかった。

アリーが眠りに着くまで、僕はそのままアリーの手を握りしめていた。

アリーも安心をしたようで、暫くして寝息を立て始めた。 

涙がこぼれた跡が顔に筋になって残っていたので、申し訳ない気持ちになり、僕はそれを手でぬぐい、暫くアリーの寝顔を見つめ続けた。

アリーの寝顔を眺めながら、僕はアリーに手紙を書くことにした。


“今日は、君を傷つけてしまってごめんなさい。
君もわかっている通り、君は、僕の人生の中でなくてはならない大事な人です。
僕は、君に沢山の事を学んだし、まともな人間として生きていくうえで、君にたくさん助けてもらいました。
これから先も、僕が強くあり続ける為に、更に人間として成長していく為に、君の助けが必要です。
これからも二人で支えあって、助け合いながら、お互いに更に人として成長していければと心から願っています。“


と手紙をしたため、最後に”I Love You”と書いて、アリーの枕元に置いて病室を後にした。

僕は家に帰ってパリの荷物を整理し、ベッドの中に入ったけれど、やはり眠る事ができず悶々としてまた一夜を明かした。

翌朝、気になってアリーの病室にまた行ってみた。

アリーは丁度病院の検査を受けていて、病室は空っぽだった。
 
ベッドの脇のテーブルをふと見ると、アリーから僕宛の手紙が置いてあった。

手紙を開けると見慣れたアリーの文字で、


“貴方は、私にとって、とても大事な人で、私たちは、これからも一緒に成長をしていきます。
私も貴方を愛しています。”


と書いてあった。

これからも二人で命の続く限り、同じ目線で助けあいながら、一緒に人として成長をしていきたいと思った。


2007年02月01日  愛しい人  

今日も底冷えのする寒い一日だった。

最近忙しくてジムに行く事も忘れていたので、今日は無理に時間を作ってトレーナーのネルに来てもらい、2時間程汗を流した。

ネルは、僕を見ると
『痩せたね』と言った。
 
痩せたのは嬉しいけれど、あんなに苦労しても痩せなかったのに、こんな事で急に痩せてしまうのだから、人間なんて皮肉なものだと思った。

僕はシャワーを浴びて着替えをして、アリーの病室に向かった。

昨日の今日だったので、アリーもまだ疲れており、会話が弾むという感じではなかったけれど、アリーは僕を見るなり、両手を広げて僕を迎え入れ、暖かいハグをくれた。

二人は口数も少なく、ただお互いの手を繋いだまま並んで座っていた。

僕は頭の中で会話のネタを探していた。
 
それを見つけては二人でちょっと話をし、話が尽きると二人で手を繋ぎ合ったまま、小さな病室の壁を見ていた。 

話す事がなくなっても、僕にとってアリーはかけがえのない、世の中で一番大事な愛おしい人だ。
 
あと二週間頑張れば、バレンタインがやって来る。

その時に、天使のデザインの指輪をアリーに渡す予定だ。

こんな事を考えてはいけないと思うのだが、もう残された時間が少ない気がして、どうにもならない焦りが僕の気持ちを狂わせる。

あともう少し時間があれば。
 
あともうちょっと時間があれば、僕はこの最愛の人と、もっと沢山の思い出をつくる事ができるのに。

焦ってもしょうがないのだけれども兎に角、悔しい。

時間がなさ過ぎる。

焦れば焦る程、うまく話をすることができず、結局、だまったままアリーの手を握り続ける事になる。

わかってはいる事だし、覚悟はできているけれど、いざとなると、どうにもならないのが人間の弱さのようだ。

今、僕にできる事はアリーの手を握ったまま、涙がこぼれないように天井を見つめる事だけだ。

2007年02月02日  あたらしい発見

ニューヨークは寒い日が続いている。

まだ雪が積もらないだけましだけれども、今週になって何回か雪が降った。
 
そんな季節になると、ニューヨークの道には凍結剤がまかれるので、そのおかげで車は真っ白になってしまう。

僕はマフラーに顔を埋めてアパートの駐車場に行き、真っ白になった僕のトラックに飛び乗ってエンジンをかけた。
 
エンジンが温まり暖房が効き始めるまで、僕は手を擦りながら白い息を吐いた。

朝の渋滞を縫いながら仕事場に向かった。
 
やりかけの仕事を一段落させ、僕はいつものように更正施設にボランティアに出かけた。
 
子供達といつものように話し合い、アリーだったらどうするかを考えながら、注意深く言葉を選んで会話をした。 

そのせいで2時間も話をしていると僕の脳みそは、カラカラになってしまう。

でも言葉は、本当に注意をして選ばないといけない。 

不注意に使った言葉で子供達の心を傷つけてしまうと、彼らは二度と心を開いてくれないからだ。

心を開いてもらうまで、どんなに時間がかかろうと、ただただ辛抱強く、言葉を選んで会話をしていかなければいけない。
 
心を開いてもらうのはこんなに大変な事なのに、心を閉ざせるのはとても簡単だ。

不用意な言葉一つで、簡単に今まで築き上げた関係を壊してしまう事ができる。

 

ボランティアを終えた後、車にのり、アリーが通っていた学校に、講義で使われた資料を受け取りに行った。
 
せっかくアリーが心機一転、決断をして学校に戻ったのに、病気のおかげで諦めないといけないのでは、あんまりなので、せめてアリーがベッドの中で勉強を続ける事ができるようにと言う想いで始めたものだ。

残念ながら単位は取れないけれども、少なくとも講義の内容を知る事はできる。

後は元気になってから、また学校に戻ればよいと思う。

学校を出て、また車に乗り、仕事場に戻って残りの仕事をこなした。
 
夜の8時半頃に、大体仕事も一段落したので、途中でメキシカンのテイクアウトを買って、アリーの病室に行った。

病室のドアを開けると、アリーは丁度、アリーのお婆さんの誕生日カードにコメントを書いている所だった。 

子供のような真剣な目つきで、カードにコメントを書いているアリーを見て、僕は、ただただ微笑んでしまった。

なんと純真で無垢な人なのだろう。

アリーは、ドアの横で微笑んでいる僕にようやく気がついたようで、
『来てたんだったら、声をかけてよ』とちょっとはにかんで笑った。
 
僕も笑いながら、いつものようにアリーの横に座って、アリーの顎を持ち上げて、いつものようにキスをした。

僕といつものようにキスをすると、アリーは、またお婆さんに渡すカードに向かい、色々と独り言を言いながら、適当なコメントを考えていた。
 
たまに独り言なのか、僕にコメントを求めているのか良くわからず、アリーに話を聞いていないと言われる事があるので、僕はアリーの独り言にも返辞をするようにしている。

そんな奇妙な会話が二人の間で暫く続き、アリーはやっと自分が満足できるコメントを考えつき、それをカードに丁寧に書いて、満足げに微笑んだ。

『お婆さんの誕生日は、いつも皆で中華料理に出かけたんだ。でもアタシは本当は中華料理が嫌いなの』とアリーは言って、鼻に皺を寄せて笑った。

そう言えばアリーとの付き合いも長いけれど、中華料理を食べたのは数える程しかなかった事を思い出した。

 

最後に二人で中華を食べたのは、2年くらい前に、僕の仕事のディナーに無理矢理付き合ってもらって、中華料理のレストランに行った時なので、本当にアリーは、中華料理が嫌いなのかもしれないと思った。

僕はアリーに
『君とはもう長いけど、まだまだ知らない事ってあるんだろうな。また新しい事を知って、なんか得した気分だな。長く一緒でも、毎日あたらしい発見があるよ』と言って笑った。
 
アリーも笑った。

その後、暫く、二人でテレビのニュースを一緒に見た。

テレビを一緒に見ていると、アリーが急に
『パリも良いけど、病院を出たらカリブの島に貴方と行ってのんびりしてみたいな』と言いだした。 

全く気まぐれだなと思ったけれど、それはそれでアリーの可愛いところなので、僕はテレビから目を離して、
『カリブの島でも良いよ。君の好きなところに行って、暫くのんびりしようか?』と答えた。

すると、アリーは嬉しそうに笑って、
『それじゃあ、早速、プランを練らなきゃ。いついけるか分からないけど、アタシは貴方との旅行のプランをしてると、何か、楽しくなっちゃうんだよね』と言った。

アリーと一緒だったら僕は何処でもいい。
 
アリーと微笑みながら時間を過ごせる場所だったら、何処に行っても、そこは、僕にとっては天国だ。

そう思いながら僕は自分の最愛の天使の方を見た。
 
アリーはすっかりカリブの島にでも行く気で、鼻歌を歌いながら雑誌をめくっていた。

僕は雑誌を見ていたアリーの顎を持ち上げ、アリーにキスをした。 

僕らは少しだけ現実世界から離れ、空想の中で、カリブの青い海と青い空を楽しんだ。


2007年02月04日  お帰りなさい。

かなり前から医者と話をしていて、アリーをちょっとの時間でも病院の外に連れ出してあげたいと言っていたのだが、ようやく医者からOKが出た。

アリーが不意に倒れて入院をしてから、早いもので、もう2ヶ月がたっていた。

色々医者と相談をして、結局、日曜日の午後に遠くに行かない事を条件に、アリーを外に連れ出す許可を貰った。

前日の土曜日にアリーを見舞い、何気なく
『明日、外出していいってさ』と言うと、アリーは最初キョトンとした顔をしていたが、僕の言った事を理解するなり、
『嘘でしょ? 嘘でしょ?』と何度も聞き、僕が
『本当だよ』と言うと、まるでプレゼントを貰った子供のように、大きな声で叫び声をあげ、僕を力いっぱい抱きしめてくれた。

よほど嬉しかったようだった。

『早く寝ないと、明日外出できないよ』と僕は遠足の前日に興奮して眠れない子供をあやす様に、アリーを諭して、眠りにつくまでアリーの隣に座っていた。

かなり長い時間がたって、ようやくアリーは寝息を立て始めたので、僕は病室を片付け電気を消しアパートに帰った。

家に帰ってアパートの掃除をし、ベッドシーツを新しいものに変え、食料品店に行って明日の晩飯の食材を買い込んだ。

アリーを遠くに連れて行くことは出来ないし、無理もさせられないので、僕はアリーをアパートに連れて行き、そこで僕の手料理をご馳走することにした。

二人でゆっくり、久しぶりに自分達のアパートで時間を過ごす事ができれば、アリーも嬉しいかなと思ったからだ。

結局、掃除をしたりで僕は一晩中おきていた。

遠足の前日に興奮して眠れない子供のようなのは、アリーではなく、僕のほうだったようだ。

日曜の朝になり、僕はいつもどおり午前中は、ジムで汗を流して、昼過ぎにアリーを病室に迎えに行った。

病室のドアをあけると、アリーはもう既に外出する準備を終えており、ベッドに座って僕が来るのを、満面の笑みで待っていた。
 
隣にいつもの看護婦が、困ったような顔をしてアリーの身繕いを手伝っていた。

『おはよう。今日も寒そうだけど、天気が良くて良かった。雪とか雨だったら嫌だなと思っていたからね』とアリーは陽気に言った。

 

僕は微笑んで、アリーと少し会話をし、病院で必要な手続きをした。 

夕方までに帰ってこないといけないのだが、どうせ帰りが夜になるのは、看護婦も感ずいているようで、
『ちゃんと電話をして下さいね』とぶっきらぼうに僕に念をおした。

この看護婦さんには本当に御世話になっている。
 
見た目はとっつきにくいけれども、僕らのことを本当に心配してくれているのは分かっているし、何度か物陰でアリーに隠れて泣いているのを見た事がある。

僕は看護婦に、
『迷惑はかけないようにするから』と言って、笑って彼女の肩を叩いた。 

用意ができたので、僕はアリーを抱き上げて車椅子にのせ、病院の前に止めてある車に向かった。
 
あまりにも前日のアリーのはしゃぎぶりが可愛かったので、意味はないけども、何となく病院に来る前の店先で、小さな白いテディベアを見つけて、それを買い車椅子にのったアリーにテディベアを渡した。

アリーはそれを素直に受け取り、自分の膝の上に置いた。
 
アリーとテディベアを乗せた車椅子は、僕に押されて病院の玄関を抜け、寒気の中を通って車の前についた。

アリーは
『思った以上に寒いんだね。ほら、息がこんなに白い』とまるではじめて北国に来た子供のように、はしゃいでいた。

僕はアリーを抱きかかえ、車に乗せ、車椅子をたたんでアパートに向かった。

本当はまっすぐにアパートに行くつもりだったのだが、アリーが海が見たいというので、ちょっと遠回りをしてマンハッタンの東側を走る高速に乗り、イースト川を横に見ながらバッテリーパークを目指した。

車の中でアリーは、あそこに二人で出かけて何をしたとか、あそこのレストランに二人で出かけたとか、途中で、二人で出かけた場所を見つけては指をさし、まるで僕たちの出会いから今日に至るまでの思い出を、一つ一つ噛み締めるように、もう一度振り返っているかのようだった。 

バッテリーパークは、マンハッタンの南端に位置する公園で、自由の女神が見守るニューヨークの港を一望できる場所だ。 

僕は公園の近くに車をとめ、車の中からアリーと一緒に海を眺めた。

アリーは、車椅子にのって外に出たがったが、風が冷たかったので、風邪をひかせないように、車の中から景色を眺める事にした。

 

近くのスターバックスでチャイティーを買い、アリーとそれを分け合いながら、港を見ながら色々な話をした。

『海はいいよね。前にアタシが眠れない時に、夜中に二人でコニーアイランドの海を見に行ったのを覚えている?
あの時に、貴方がアタシのおきているのに気がついて、夜中なのに、二人で海を見に行こうかって言ってくれたのが、凄く嬉しかった』とアリーは言った。

『こうやって考えると、アタシたちには、本当に数え切れないくらいの沢山の思い出があるんだね』とアリーは呟いた。

僕は
『そうだね。思い出が沢山あるね』と言ってアリーの肩を抱きよせた。

思い出は人によって多かったり少なかったりするのではなく、ちょっとした事でも、記憶の底に留める様な心の機微があるかどうかが、思い出の数の多さ少なさに繋がっているのだと思った。
 
僕とアリーの心の機微はアリー病気のこともあって、より小さな事にも反応するようになっているのだろう。 

夕方になり、更に気温も下がって来たので、僕らはバッテリーパークを離れ、アパートに向かった。

アパートに向かう車の中でアリーは、ずっと車の窓から外の景色を感慨深げに見つめ、一言、
『懐かしいね』と呟いた。

車をアパートに横付けし、僕はアリーを抱きかかえて、アパートの中に入った。
 
ドアを開けアリーをベッドに寝かせ、僕はアリーに
『おかえり』と言ってキスをした。

アリーは笑って
『ただいま』と言い、
『家の匂いがするね』と言って周りを懐かしそうに見回した。

『やっぱり家が良いね。たくさんの色があるし、貴方の匂いがするし、大好きなものが沢山あるし、やっぱり家が良いね』とアリーは呟いた。 

そして
『アタシを連れて帰ってくれてありがとう』と言った時に、アリーの頬に涙が流れた。

僕はもう一度アリーを抱きしめて、アリーの横に座り、アリーの手をとって、アリーと一緒に小さなアパートの隅から隅を眺めて、改めてアリーが帰って来た事を実感した。

僕は
『僕の所に帰って来てくれてありがとう』と言って、もう一度アリーにキスをした。

 

コーヒーテーブルにはアリーを迎える為に、大きな百合の花束を買って花瓶にいけておいた。 

アリーは、百合を良い香りだと言って、暫く目をつぶって匂いを楽しんでいた。

僕は暖炉に久しぶりに火を入れた。
 
暖炉に焼べられたもみの木が、パチパチと音をたてて、柔らかいオレンジ色の炎を放ち、僕とアリーは、暫く暖炉の暖かさと、炎の色と、パチパチと言う音を楽しんだ。

暖炉の炎でアリーの顔を赤く照らされた。
 
アリーは暖炉を見つめながら、
『暖かいね。そして良いにおい』と言った。

僕はアリーの瞳に映ったオレンジ色の炎を見つめていた。
 
アリーはそれに気づき僕に向かって微笑んでくれた。
 
僕もアリーに微笑んだ。 

 

車の中ではあれほど沢山話をしていたのに、家に帰ったら二人の会話が少なくなった。 

会話はなくても二人は暖かい気持ちに包まれた。

僕は何よりも幸せな気持ちになり、アリーがここに帰って来た事を神様に感謝した。

会話をする必要がなかった。
 
二人で寄り添って家の中の小さな事に、目をやり、耳を傾け、匂いを感じるだけで、二人の気持ちは通じ合った。

暫く僕らはその感覚を楽しんだ。
 
そして僕はアリーの為に夕飯の用意を始めた。
 
食事は簡単なもので、マリネートされた骨付きの肉をソースにつけてグリスしたものと、サラダにパスタを用意した。

アリーはベッドから僕が料理をするのを眺めていた。
 
たまに料理や食材について質問をした。

さっきとはかわって僕らは会話を楽しみながら、まるで二人で料理をするかのようにして時間を過ごした。

料理ができ、僕は料理をベッドに持って行った。
 
お酒は飲めないので、クランベリージュースで乾杯をした。 

アパートの灯りを消して、ロウソクをたくさん灯し、暖炉とロウソクの火の中で、ステレオからは季節外れのジャネットケイのレゲエをかけて、ゆっくりと食事を楽しんだ。

時間をかけて二人で食事を楽しみ、食事が済むと僕は、簡単に洗いものをすませ、アリーの隣に腰をおろして、また暖炉とロウソクの炎を眺めながら二人で話をした。 

なんとも静かで、優雅で、愛おしい、幸せな時間がながれた。

 

僕らはこのままずっと二人で一緒にいたかったけれど、既に病院に戻る時間を遥かに過ぎていたので、僕はアリーを諭して抱きかかえ、病院に戻る事にした。

アリーは、名残惜しそうに部屋を見回し、僕の腕の中で
『またつれて帰って来てね』と言った。

僕はアリーに笑って頷き、アパートを後にして、アリーを車に乗せて病院に戻った。

病院について、アリーを車いすに乗せようとすると、アリーが珍しく
『車椅子じゃなくてこのまま抱きかかえて、アタシを病室まで連れて行って』と甘えてみせた。

アリーが元気な頃は、御姫様だっこをするのが結構重労働だったが、病気でやせて、簡単に抱き上げられるようになっていたのが、ちょっと切なかった。

僕はアリーに言われた通り、アリーを抱きかかえたまま病室に戻った。 

例の看護婦が呆れた顔で僕らの事を出迎えた。
 
僕は看護婦にウインクをして、
『遅くなってごめんね』と謝った。
 
看護婦さんは、それには答えずに、
『早く着替えてくださいね』とだけ言って、アリーの着替えを手伝ってくれた。

僕らはアリーを病院のベッドに戻し、病室の光景は、今朝、僕がここを訪れた時と同じになった。

僕はいつものようにアリーを寝かしつけ、その後で病室を片付け病院を後にした。
 
今日の一日を思い起こして、独りでニヤニヤと笑いながら、病院の前に止めてある車に戻った。

寒さも感じない程、幸せな一日だった。



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