目次
第一章 愛するということ
天使の指輪 
プロローグ 序章
プロローグ 序章
2006年 6月 ニューヨークの魅力
2006年06月3日  友達の背任行為
2006年 7月 病 
2006年07月05日  独立記念日 
2006年07月07日  七夕
2006年07月24日  病気
2006年07月25日  検査結果  
2006年07月26日  生きる理由
2006年 8月 日本へ
2006年08月04日  手術
2006年08月08日  退院 
2006年08月12日  日本へ
2006年08月23日  赤いドレスの女性
2006年08月24日  狸寝入り 
2006年08月25日  雷雨 
2006年08月26日  祈り
2006年08月31日  時代のうねり
2006年 9月 天国への階段
2006年09月07日  ローズホール
2006年09月10日  泣きじゃくる彼女
2006年09月11日  ワールド トレード センター
2006年09月21日  闘うこと  
2006年09月23日  市民権
2006年09月25日  日曜大工
2006年09月26日  朝日 
2006年10月 一緒に生きる
2006年10月03日  メルトダウン   
2006年10月05日  夜のハーレム
2006年10月08日  助手席
2006年10月09日  買い物
2006年10月14日  友達からのメール  
2006年10月16日  1週間分のキス
2006年10月17日  一緒に生きる
2006年10月18日  雨の火曜日   
2006年10月19日  友達へのメール
2006年10月25日  天使が舞い降りた。
2006年10月29日  神のご加護がありますように  
2006年11月 誕生日プレゼント 
2006年11月01日  ハロウィン
2006年11月02日  誕生日プレゼント
2006年11月16日  セントラルパーク    
2006年11月19日  キティちゃんの指輪
2006年11月20日  Left Alone  
2006年11月22日  仏心
2006年11月23日  小さいウイスキーボトル
2006年11月24日  帰還兵
2006年11月25日  旅の終わり 
2006年11月26日  パリでパン屋さん
2006年11月27日  クリスマスの買い物
2006年11月28日  神にすがる時 
2006年11月29日  スノーフレーク
2006年11月30日  もう一度病院生活に・・・
2006年12月 瞳の中に貴方が見える
2006年12月01日  ポインセチア
2006年12月02日  男の手料理 
2006年12月03日  天気の良い週末  
2006年12月06日  大切な思い出
2006年12月07日  北欧紀行
2006年12月08日  君のもとに帰る
2006年12月09日  The Show Must Go On.
2006年12月13日  東京にて
2006年12月14日  Going Home
2006年12月15日  瞳の中に貴方が見える
2006年12月16日  子守唄
2006年12月18日  クリスマスの匂い
2006年12月19日  君が世の中の全て
2006年12月23日  幸せの総量
2006年12月24日  People Get Ready  
2006年12月25日  クリスマス プレゼント
2006年12月26日  願い事
2007年 1月 天使の指輪
2007年01月01日  スローダンス
2007年01月02日  20年ぶりの友達
2007年01月06日  誕生日
2007年01月08日  天敬愛人
2007年01月13日  両親
2007年01月14日  名こそ惜しけれ  
2007年01月20日  非常勤の顧問
2007年01月22日  ただいま。
2007年01月23日  天使の指輪
2007年01月24日  ホットチョコレート
2007年01月25日  パリ
2007年01月29日  雪のニューヨーク
2007年 2月 雪のバレンタイン
2007年02月01日  愛しい人  
2007年02月02日  あたらしい発見
2007年02月04日  お帰りなさい。
2007年02月09日  残された時間
2007年02月10日  ありがとう
2007年02月11日  テネシーワルツ
2007年02月12日  やせ我慢
2007年02月13日  君が残した優しい思い出
2007年02月14日  雪のバレンタイン
2007年02月16日  僕は信じている
2007年02月19日  愛の力
2007年02月22日  ある別れ
2007年02月23日  別れの季節
2007年02月24日  I'm in.
2007年02月25日   Wild Horses  
第二章 生きるということ
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2007年 2月 陽はまた昇る
2007年02月27日  アリーがいてくれれば
2007年02月28日  陽はまた昇る
2007年 3月 さようなら
2007年03月02日  さようなら。
2007年03月03日  心の整理
2007年03月04日  独り
2007年03月05日  ドライフラワー  
2007年03月06日  冒険の旅へ
2007年03月08日  コミットメント
2007年03月14日  こみあげる涙
2007年03月16日  更正施設の子供
2007年03月19日  天は自ら助けるものを助く。
2007年03月21日  新しい下着
2007年03月22日  夜明けのキャッチボール
2007年03月24日  目標を一つ達成
2007年03月28日  最後まで日本人として
2007年 4月 独り言
2007年04月29日  独り言
2007年 5月 天涯孤独
2007年05月14日  天涯孤独
2007年05月16日  ある家族
2007年05月28日  カタロニアの太陽
2007年05月31日  リスボンにて
2007年 6月 交渉
2007年06月02日  中国での交渉
2007年06月13日  皆で家に帰ろう
2007年06月22日  ベランダに咲く草花
2007年06月24日  あと半年
2007年 7月 人に優しくするという事
2008年07月05日  独立記念日
2007年07月24日  人に優しくするという事
2007年 8月 湊川(ミナトガワ)
2007年08月02日  馬鹿爆弾
2007年08月21日  霧雨
2007年08月29日  遺言
2007年08月31日  湊川
2007年 9月 男の値打ち
2007年09月25日  男の値打ち
2007年09月30日  天気のよい週末
2007年10月 自分の夢
2007年10月10日  自分の夢
2007年10月19日  結婚式の準備
2007年10月22日  妹の結婚式
2007年11月 天敬愛人
2007年11月01日  ハロウィン
2007年11月02日  誕生日
2007年11月16日  死の準備
2007年11月22日  愛情が宿った人形
2007年11月29日  古いもの  
2007年12月 幸せの値段
2007年12月08日   ディズニーランド
2007年12月16日  幸せの値段 
2007年12月18日  綺麗な心
2007年12月21日  大事な家族
2007年12月24日  君を想う気持ち
2007年12月25日  武器よさらば
2007年12月31日  生きるということ
2008年 6月 夢の実現
2008年 6月 夢の実現
アリーが教えてくれた事
アリーが教えてくれた事
晴耕雨読
晴耕雨読
愛のある日
愛のある日
あとがき
あとがき
補足
補足
感想&レビュー
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2007年01月01日  スローダンス

2007年1月1日のニューヨークは、深い霧が立ち込め、雨に包まれた一日だった。

3時過ぎに僕はアリーの病院に出かけた。 

アリーの病室に入り新年の挨拶をして、アリーに今年最初のハグをした。

アリーも微笑んで新年の挨拶をして、まるでそうやって僕から栄養を摂取するかのように、長い間、僕にハグをしてくれた。

もしも病室にスローな曲でも流れていたら、そのままスローダンスにでもなってしまうような長いハグだった。

でもこれが、一番お互いの体温を感じあい、血流を感じあい、お互いが生きているのだと再確認できる一番の方法だ。

僕達は長い時間ハグをして、お互いの暖かさを感じあい、互いに今、生きていて時間をともに過ごしている事を感謝した。

アリーも同じような事を考えていたようで、
『こうしていると暖かいね』と言って僕に向かって微笑んだ。

僕も微笑んでアリーの鼻の頭にキスをした。

僕はいつものようにパイプ椅子をベッドの近くにもっていき、アリーの手を握って、アリーの横に腰を下ろした。
 
僕らはいつものように、ありきたりの話をした。
 
当たり前な時間が、当たり前のように、当たり前な二人の間を通り過ぎていった。

アリーと手を繋ぎ、アリーの温もりを感じながら話をしていて、僕は、最近の若者や子供達は、自分以外の周りの人間が、生身の人間であると言う事を忘れているのではないか?と思い始めた。

 

僕は病気でボランティア活動ができないアリーに代わって、ボランティア活動に参加している。

それは、犯罪を犯した子供や若者の更正施設のカウンセリングだが、やはりそういう子供達と話をして感じるのは、社会を構成している周りの人間が、同じ生身の人間であると言う事を、再確認できる環境にないのではなか?という事だ。

ゲーム感覚でサイバーワールドと、現実世界の区別がつかないような生活をしてきた若者達に、人間がいかにか弱い存在で、生身の人間なのだと言う事を理解させるには、やはり体の温もりを感じさせながら一緒に生きていくと言う姿勢を見せる事が大事なのかな?と思うようになってきた。

殺すのは簡単だけれども、生かすのは非常に難しい。

そして周りの人を生かさないと、自分も生きていく事はできない。
 
自分も含めて人間はか弱く、たった一人では生きていく事はできない。
 
なぜならば、人間は社会生活の中で共生していく生き物だから。

そんな事をアリーに話をすると、アリーは微笑んで、
『アタシの体が元に戻るまで、貴方がかわりにボランティアをしてくれて嬉しい。貴方の話を聞いているだけで、アタシは自分のしたいことを しているような気持ちになれるから』と言って最後に
『ありがとう』と言ってくれた。

僕は黙ったまま、握っていたアリーの手をより強く握ってアリーに微笑んだ。

自分を中心にして世の中を見るのではなく、世の中にいる自分を俯瞰する。

そして、自分が生かされている世の中にたいして一体どのような貢献ができるのかを考える。

僕が10歳も年下のアリーとつきあって、アリーから学んだ事だ。

その日も僕は、また病院で夜をあかした。
 
待合室の長いすで仮眠を取るのも、もう慣れてしまった。

ただアリーの温もりを身近に感じ、少しでも一緒に時間を共有する為に。


2007年01月02日  20年ぶりの友達

結局1月1日は病院に泊まり、僕は病院の長いすで仮眠を取って2日の朝を迎えた。

僕は朝もやの中を、外のドラッグストアまで歩いていき、そこで新聞を買った。
 
病室に戻り、コーヒーを飲みながら買ってきたニューヨークポストに目を通した。

表紙は依然としてフセインで、彼の処刑が断行された事に関する続報だ。

戦争、汚職、殺人事件、ゴシップ、と暗いニュースが続く。
 
一通り記事に目を通した後、僕はライブ音楽の欄を何気なく読んでいた。

新聞を眺めていると、ウエストビレッジの小さなブルースバーに懐かしい名前を見つけた。
 
僕の古い友達の一人マイケルが、ニューヨークに戻ってきて、そこでブルースを弾いているらしかった。

マイケルと最後に会ったのは、僕がまだミュージシャンを夢見ていた頃だから20年も前の話だ。

もうとっくに死んでしまったと思っていたのに、マイケルの名前をローカル紙に見つけて、僕はちょっと嬉しくなった。

新聞を見ながら微笑んでいると、隣で寝ていたアリーが目を醒ましたようで、僕の方を向いて
『何をそんなに嬉しそうにしているの?』と聞いた。

僕はアリーに朝の挨拶をしてアリーの手をとりながら、ローカル紙で20年以上前の友達の名前を偶然見つけた話をした。

するとアリーは、僕の髪の毛を撫でながら、
『せっかくだから、そのお友達に会ってきたら?』と言った。

最初はあまりにも昔の話なので、ちょっと僕の方にためらいがあったのだが、アリーに言われるうちに、僕もすっかりその気になり、20年ぶりにマイケルに会いに行く事にした。

午前中はアリーと病院で過ごし、午後に少し仕事をして、夕方に一度家に帰って着替えをした。
 
家の郵便ポストを開けると、日本の里子たちからの手紙が幾つか入っていた。

手紙の中を開けてみると、アリーが選んだクリスマスプレゼントを着た子供達の写真が幾つか入っていた。

皆、アリーが選んだ服を着て、にこやかに笑っていた。
 
アリーに見せたら喜ぶだろうなと思い、僕はその手紙を革ジャンのポケットに押し込んだ。

僕は結構図々しいようで、20年ぶりに会う友達なのに、ちゃっかり物置から自分のギターケースを取り出して、どれを持っていくか考えていた。

 

まだマイケルが昔と同じ音楽をやっているとすれば、シカゴスタイルのエレクトリックブルースなので、僕は古いファイアーバードを持っていく事に決めた。

ギターケースを抱え、僕はウエストビレッジのバーに向かった。

丁度ステージの最中だったので、邪魔にならないようにカウンターの端に座り、マイケルの演奏を20年ぶりに聞いた。

相変わらずエッジの効いたご機嫌のブルースギターで、僕が思ったとおり、シカゴスタイルのエレクトリックブルースをやっていた。

マイケルも年をとった分、腕を上げたなと言う感じがした。

前から上手い奴だったけれど、素晴らしい演奏だった。

ステージが終わり、マイケルが舞台を降りて、バーカウンタで酒を飲みだしたので、僕はマイケルのところに行き、
『久しぶりだな』と声をかけた。

マイケルは、僕の方を見て暫くきょとんとしていたが、僕が誰だかわかったようで、飛び上がって、
『ああ、神様。ずっと連絡が取れなかったし、お前は死んだって何人かに言われたから、死んでしまったのかと思っていたよ』と言って僕を力いっぱい抱きしめた。

『何回か死に損なったけれど、まだ何とか生きているよ』と答え、僕もマイケルを抱きしめて、20年ぶりの再会をふたりで喜び合った。
 
そのままカウンターで、二人で色々な話をした。
 
20年も会っていないと、本当に積もる話が山ほどあった。

あっという間にウイスキーのビンが空になった。

客はあまり入っていなかったが、2回目のステージがあったので、僕は自分のギターケースを指差して、
『邪魔しても良いかな?』とマイケルに聞いた。

マイケルは、僕の肩を力いっぱい叩き、
『ギャラはやらないけど、それでも良いならいいよ』と言って笑った。

僕も笑った。

お客さんには、迷惑をかけてしまったと思うけど、二人で酔っ払ったまま、気ままに昔のブルースなんかを弾かせてもらった。
 
僕がファイアーバードをそのまま直接アンプに繋ぐと、マイケルはそれを笑って見て、
『お前は20年たっても全然変わらないな』と言ってまた笑った。

僕はステージでもエフェクタを使わずに、ギターをアンプに直結して演奏をする。
 
ぶっきらぼうと言えばぶっきらぼうだけど、音に細かく味付けをするよりも、カッティングと音圧で、自己主張をしたいと言うのが僕の当時のポリシーで、20年たっても同じ弾き方しかできない僕が、可笑しかったのだろう。

2回目のステージも無事に終わり、その後そのバーでマイケルとしこたま飲んだ。

あまり遅くならないうちに、アリーのところに顔を出したかったので、マイケルにそのバーで待っていてもらう事にして、僕はタクシーを飛ばして病院に戻った。

病室の扉を開けるとアリーは目を瞑っていたが、ドアの音で目を開け、僕を見つけると優しく微笑んでくれた。

僕はアリーの横に座り、マイケルにあった話をし、ポケットから日本の里子からの手紙を取り出し、写真を見せた。

アリーは、自分が選んだ服を着て、満面の笑みを浮かべている子友達の写真を眺めながら、目を細めて
『やっぱり、アタシの趣味がいいからね』と得意げに僕を見た。

暫くアリーと色々な話をした。

アリーは僕の髪の毛を撫でながら、僕の話を嬉しそうに聞いていた。

そして
『わざわざアタシの為に帰ってこなくても良かったのに』と言って微笑んだ。 

僕が
『でも子供達の写真を見せたかったから』と言うとアリーは笑って、僕を自分の子供のように包み込んだ。

そして
『アタシはもう眠るから、その友達のところに戻りなさい。でもあんまり飲み過ぎないようにね』と言って笑った。

僕も微笑んでアリーを寝かしつけ、病室を後にし、マイケルの待つダウンタウンのバーに戻った。
 
マイケルは、まだバンドの仲間達とカウンターで酒を飲んでいた。
 
マイケルは僕を見つけると、
『このファイアーバードを人質に持って行っちまおうかと思ってたよ』と大きな声で言って、また大きな声で笑った。

20年間の空白がまるで存在しなかったのように、僕らの間で自然に時間が流れた。

まるで全てが昔のようだった。

ただひとつ違うのは、お互いまだ若いつもりでも、やっぱりそれなりに年輪を重ねたところかもしれない。

マイケルにその話をすると、大きな声で笑って、
『それが生きるっていう事なんだよ。でもお前は死んだって聞いてたから、こうやって生きていてくれて、こうやってまた酒がのめるんだから、これ以上嬉しいことはないよ』と言ってくれた。

確かに、それが生きるという事なのかもしれないと思った。

 


2007年01月06日  誕生日

今日もまた暖かい一日だった。

僕は久しぶりに家に帰り少し休んだ後、ジムに行き2時間程汗を流した。
 
フロリダに休暇に行っていた僕のトレーナーのネルがニューヨークに帰って来たので、久しぶりにネルと一緒に汗をかいた。

毎日、一人で運動はしていたけれど、やはりトレーナーと一緒だとキツい。
 
2時間運動をして、ヘロヘロになりながら、久しぶりに家の掃除をして、あついシャワーを浴びて着替えをした。

今日は僕の誕生日だ。
 
この年になると、自分の誕生日などは関係なくなるのだけれども、アリーから8時半に病院に来て欲しいと言われたので、これからアリーに会いに行く所だ。

 

アリーからは、
『病室で誕生日なんて祝って貰った事ないだろうから、楽しみでしょ?』などと訳のわからないことを言われたが、本当にその通りなので、昨日の夜に
『楽しみです』と答えたら、アリーは僕の返事に満足したように、何度も頷いて悪戯っぽく笑っていた。

病室で誕生日を祝ってもらうというのも初めてだけれども、それでもアリーの気持ちは嬉しい。

 

 

 

アリーの病室に入ると、びっくりした事に、アリーはベッドにこそ横たわっていたものの、病院の寝巻きではなく、目も覚めるような真っ赤なドレスを着て、ちゃんと化粧をしていた。

『誕生日おめでとう』とアリーは言って微笑んだ。
 
そして
『貴方の誕生日くらいは、ちゃんとした格好をしないと、嫌われちゃいそうだから』と言って笑って見せた。

そのドレスは、前に何かのカクテルパーティーに呼ばれた時に、着ていった僕のお気に入りのドレスで、パリに行くときには、またどこかのカクテルパーティーに行こうと二人で話をしていた。

『思っていたよりも入院が長引いちゃったから、パリに行く前にもう一度、このドレスを見てもらおうと思ったんだけれど、やっぱり、痩せたからちょっと着られないかもしれないね』とアリーは言った。

僕は
『パリに行ける頃には、また体重も戻っているから大丈夫だよ。また新しいドレスを作ったって良いし』と言い、
『とても綺麗な誕生日プレゼントを見せてくれてどうも有難う』とアリーに微笑んだ。

自分の体も思うように動かせず、体中にチューブを突き刺されているのに、無理してこんなドレスなんか着て見せなくても良いのに、自分のできる範囲で、なんとか僕を喜ばせようとしているアリーの健気さが何とも切なかった。

隣にアリーと親しい看護婦がいた。
 
きっとその看護婦が、アリーにこのドレスを着せてくれたのだろう。

僕はアリーにもう一度
『綺麗だね』と言い、看護婦の方に目配せをして
『ありがとう』と言った。

看護婦はアリーに
『先生が帰ってくるまでに、もとの格好に着替えてくれないと困りますからね』と困ったような顔をしてアリーに言い、僕の横をすり抜けて病室から出て行った。

僕は、ここまでしてドレスに着替えてくれたアリーの気持ちに答えたいと思い、いつものパイプ椅子ではなく、アリーを正面から見る事ができるようにベッドに腰を下ろし、アリーと向き合うような形で話をした。

 

『ケーキもプレゼントもないけれどゴメンネ。病院を出られたら、もう一度、誕生日してあげるから、それまで待っていてね』とアリーは申し訳なさそうな顔をして言った。

僕は、ただ
『OK』と言って陽気に頷いて見せた。

アリーは
『せめて誕生日のカードだけでも作ったから、貰ってください』と言って自分で作ったカードを僕にくれた。

和紙のような紙を素材にして、上に貼り絵を施したカードだった。
 
下には青い光沢のある素材で、川の流れがデザインされ、上には金色の光る素材で、枯れ枝が配置され、そこからまさに落ちた一枚の落ち葉が、川の流れに乗っている貼り絵だった。

そこには、こう書いてあった。


”貴方が私の人生に登場してから、貴方はずっと私の親友であり、私が愛した男の人でした。

貴方は、私が何も言わないのに、私が必要とするものを全て与えてくれました。

私も、貴方に全てを与える事ができればと思います。

誕生日おめでとう。

私はあなたを愛しています。”


カードを読み、貼り絵を眺め、またカードを読み返した。

そしてアリーを見て、僕は
『I love you.』と言った。

シンプルだけど、アリーらしいカードだった。
 
アリーはもう一度、
『誕生日おめでとう。そしていつもどうも有り難う。貴方がしてくれた全ての事を感謝しています』と言って優しく微笑んだ。

僕は正直言って、アリーが女だっていう事を、病気が重くなってからずっと忘れていたので、アリーには申し訳ないことをしたなと反省した。
 
女の子はどんな状況でも女の子なんだなと、今日のアリーを見て思った。

アリーとしては、ドレスを着ることによって、いかに自分が変わってしまったかって事を目の当たりにしてしまうわけだから、すごく勇気が要った事だと思う。

それでも僕の為に、女である事をアピールしてくれたアリーの優しさに涙が出た。

僕にとって、何よりの誕生日プレゼントだった。


2007年01月08日  天敬愛人

1月6日、7日と病院に2泊した。
 
本当は見舞い客が病院で夜を明かすのは認められていないので、病院側も嫌がるのだが、いつの間にか、病院側もしょうがないと思うようになったようだ。

そんな事もあり、週末はずっとアリーと一緒に過ごした。
 
二人でずっと週末を過ごすなんていうのは、アリーがまだ入院する前の事だったので、ずっと昔の事のような気がした。

6日はアリーにドレスで誕生日を祝ってもらい、7日はいつものように病室で二人でゆっくりとしていた。
 
穏やかな週末だったのでDVDを何本か借りてきて二人で見たり、僕が病室の掃除をしたり新しい花を買ってきて飾ったり、そんな当たり前の事をして過ごした。

静かで平和な時間が、ゆっくりと過ぎて行った。

ただ二人でいるだけで、こんなにも心穏やかに時間を過ごす事が出来るという事をすっかり忘れていた。

二人で同じ時間を過ごせるだけで僕は幸せを感じれられた。

後どの位、二人に時間が残されているのかなどと心配するのは野暮な事だ。

どんな健康な人にも必ず終わりはある。
 
その終わりを気にして、今の幸せを満喫できないのは、不幸だと思う。 

桜の花のように、その瞬間を満喫し、感謝し、潔く、凛としていたい。
 
そんな事を考えさせられた週末だった。

今日からアリーの両親がニューヨークを訪れ、10日程滞在し、アリーの世話をするらしい。

という事は、僕はアリーに10日程会えない事になる。
 
これだけ近くにいても、会えない時は会えないのだ。

何とも言えない気持を抱えて僕は仕事を続けた。

 

自分の運命を受け入れ、天を、天命を受け入れ、それを敬う。
 
天を敬うという事は、天と同じように、自分の事はさておいて他人を敬う。
 
それが、天敬愛人(天を敬い、人を愛する)という事だ。

僕の大好きな西郷南州の言葉だ。
 
僕は西郷南州翁のように、国を背負うような器の人間でもないし、ちっぽけな存在に過ぎないが、僕の小さいなりの世界の中で、アリーを通じて学んだ事に、南州翁の言葉は、共通するものがあるような気がする。

自分にどんな運命が迫って来ても、それを嘆いたり、人のせいにしたり、恨んだりせず、天命として受け入れる。
 
天命を敬い、天命の指示に従うように、まるで天が平等に人を愛するように、自分も他人を愛する。

僕はアリーの為に生きている。
 
そして、アリーを通じて知る事ができた、数々の助けを必要とする人達の為に生きている。
 
そんな中で、僕が、自分の為にアリーの両親と喧嘩をして、アリーとの時間を勝ち取ろうとするのは、天敬愛人の精神からは反しているような気がする。

僕はその分、人の為に尽くせば良い。
 
アリーに僕の気持もきっと伝わるはずだ。
 
そんな事は言っていても、頭ではわかっていても、僕も生身の人間だから、流石にアリーに会えないのは正直辛い。

僕は自分の気持を鎮める為に、更生施設の子供達と話をして、自分自身を忙しくさせた。

でも常にアリーの事を考えている。
 
たまに上着のポケットに忍ばせたアリーの写真を引っ張りだして、それを見ながらアリーに話しかけてみたりする自分がいた。

夜になり、病院の看護婦から電話があった。

看護婦が言うには、アリーから僕に電話をするように頼まれたそうだ。
 
言われた通りに、夜の9時過ぎにアリーの病室に出かけて行った。

丁度、アリーの両親は家に荷物を取りに帰った所だった。 

15分程の時間だったけれども、僕はアリーと一緒に時間を過ごした。

まるで泥棒猫みたいでちょっと気持が萎えたけれども、15分でもアリーに会えるのは嬉しい。

病室に入ると、アリーは僕を笑顔で迎えてくれたけれども、じきに涙を一杯目に浮かべ、そして泣き出してしまった。

 

あれだけ強いアリーでも、やはり挫ける時はある。
 
僕は、ただアリーの話を聞き、アリーを抱きしめてあげる以外できる事はない。

生半可にアリーの言う事にコメントをする程、僕は無責任ではない。

いい加減な慰めほど人を傷つけるものはない。
 
僕は、ただ正直に、真摯に、同じ痛みを感じる事で、アリーの気持を和らげる事ができればと、ただそれだけ祈りながら、アリーを抱きしめ、話を聞く事しかできなかった。
 
それが僕の愛し方だ。

不器用だけれども、そんな愛し方しか僕にはできない。

僕の胸の中でアリーは色々な不安をぶちまけた。
 
僕はそれを聞き、最後にアリーに、僕は最後までアリーの傍にいる事、そして何が起ころうとも、アリーの味方でいる事だけを伝えた。

僕は逃げない。

そしてアリーを陰から支え続ける。

今の僕にできることはそれだけだ。

アリーはひとしきり泣いた後に
『どうもありがとう』と言って、涙で真っ赤になった目を僕に向け、無理に笑ってみせた。
 
そして
『もうすぐ両親が、帰って来ちゃうから』と言った。

僕はアリーにそっと口づけをして病室を出た。
 
帰り際にいつもの看護婦と目があったので、彼女におやすみとありがとうを伝えた。

看護婦も少し、涙ぐんでいるように見えた。

僕は夜の街に出て、ただ歩き続けた。
 
先週とうってかわり、刺すような寒気が、容赦なく僕の体を突き刺した。
 
独りで夜の街を歩きながら、どうしようもなく涙が出て来た。
 
頭ではわかっていても、泥棒猫同様の自分が情けなかった。

天敬愛人と独りで呟きながら、たまたま通りがかったバーに入り、止まり木に腰を下ろして、寒気を感じる事がなくなるまでウイスキーを飲み続けた。

アリーの両親がいる間は、お互いがかえって辛くなるので、来週から僕は、暫く日本に行く事にした。
 
再生をさせ、その後を託した日本人の経営者が、かなり苦労をしているのは聞いていたので、彼が無事に再生後の会社を軌道に乗せられる事ができるように、手助けをしてやるべきだろうと思った。

これも天敬愛人だと、一人呟いてみた。


2007年01月13日  両親

アリーは近日中にまた手術をする。

その為にアリーの両親はニューヨークに帰って来て、アリーの手術と術後の経過を見守る事になった。

部外者の僕は、それに立ち会う事もできなければ、アリーの両親がいる間は、見舞いに行く事もできない。

僕とアリーは恋人同士なのだから、アリーの両親の事は気にせずに一緒にいるべきだ。

あるいは、アリーの親とちゃんと話し合って理解を求めるべきだと思っている人もいると思う。

実はアリーに呼ばれて、僕はまた病院に行った。
 
アリーは涙ながらに、僕と離ればなれになりたくないと言った。
 
そして一緒に親に会って、許しを乞うように僕に哀願した。
 
僕もアリーの一途な心に感激して、もう一度アリーの親に会う事にした。

暫くしてアリーの親が病室にやって来た。
 
僕を見るなり彼らの表情は変わり、父親は声を荒げて怒鳴り散らし始めた。
 
アリーは泣きながら両親に許しを乞い、僕も同じようにしたが全ては逆効果だったようだ。

アリーはこの騒ぎのおかげで具合が悪くなってしまった。
 
僕は病室を追い出され、病室の外で親に、この騒ぎでアリーの具合が悪くなったのは、僕のせいだと言われ、本当にアリーの事を愛しているのであれば、アリーの前から消えてくれと言われた。

アリーが病気でなければ、アリーをさらって何処か二人で遠い所に行く事もできたろうが、アリーは今は、自分で歩く事もできない病人だ。
 
ドラマのような奇跡が起こる訳もなく、僕は冷静になって何が一番現実的かを考えなければいけなかった。

僕は我ながら大人げない事をしたなと少し後悔をしたけれど、これをやらなければ、アリーも僕が揉め事を嫌がって逃げたと誤解するだろうし、タイミングは悪かったけれども、やらなければならない事だったのだと思う。

夜に病院の看護婦から電話を貰って、病院の近くのダイナーで待ち合わせをした。

看護婦はアリーが書いた手紙を僕に渡しに来てくれた。 

 

僕は看護婦さんに
『ありがとう』と言った。
 
看護婦さんは、だまったまま僕を優しくハグしてくれた。
 
そして『彼女(アリー)の為にも挫けないでね』
と言って去って行った。

僕は独りでダイナーのカウンターに腰を下ろしコーヒーを飲みながらアリーの手紙を読んだ。


”今日はごめんなさい。 
アタシもどうしても我慢できなくて気持ちをぶつけてしまいました。 
貴方にも嫌な思いをさせてごめんなさい。 
でも、貴方がアタシと一緒にあそこまでお願いしてくれているのを見て嬉しかった。
アタシも自分の両親が好きだし、両親は両親で、私の為を思って色々言っているのだし、こんな時にアタシの我侭で、貴方と両親をあんな形で喧嘩させてしまって申し訳ないと思っています。
アタシが元気になれば、いつかはみんなわかってくれるんだから、アタシが元気になれば良いんだよね。
アタシは、貴方を誰よりも愛しているから、貴方の為に病気と闘って、必ず元気になってみせます。
今日は、本当にありがとう。”


と手紙には記されていた。

僕はカウンターでコーヒーを飲みながら、覚えのある可愛らしい筆跡をいつまでも指でなぞっていた。

アリーも頑張ってるのだから僕も頑張らないと。

兎に角、今度の手術はアリーに頑張ってもらって、その経過が一段落したら、ちゃんと一つ一つ両親に説明をして行こう。 

もう泥棒猫みたいにこそこそするのはやめて、時間がかかってもちゃんと正面から真摯に話をしよう。

アリーの病気が重くなり、もう残された時間が少ないと思い、回り道をしたくないと思っていたのかもしれない。
 
でもそれは僕の独りよがりな思いだったのかもしれない。
 
アリーの両親だって、アリーの事を僕と同じくらいに愛しているのだ。

コーヒーを飲み干し、僕はダイナーの外に出て夜の街を独り歩いた。

まだ店は開いていたので僕は宝石店に入り、色々品定めをしてアリーに渡す婚約指輪を買った。
 
ダイアとピンクサファイアの可愛い指輪だ。 

この指輪を堂々と渡す事ができるように、何度でも少しずつでも、アリーの両親の理解を求められるように努力をしよう。 

アリーが病気を克服して元気になろうとしているのだから、このぐらいの事は僕にもできるはずだ。

 



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