目次
第一章 愛するということ
天使の指輪 
プロローグ 序章
プロローグ 序章
2006年 6月 ニューヨークの魅力
2006年06月3日  友達の背任行為
2006年 7月 病 
2006年07月05日  独立記念日 
2006年07月07日  七夕
2006年07月24日  病気
2006年07月25日  検査結果  
2006年07月26日  生きる理由
2006年 8月 日本へ
2006年08月04日  手術
2006年08月08日  退院 
2006年08月12日  日本へ
2006年08月23日  赤いドレスの女性
2006年08月24日  狸寝入り 
2006年08月25日  雷雨 
2006年08月26日  祈り
2006年08月31日  時代のうねり
2006年 9月 天国への階段
2006年09月07日  ローズホール
2006年09月10日  泣きじゃくる彼女
2006年09月11日  ワールド トレード センター
2006年09月21日  闘うこと  
2006年09月23日  市民権
2006年09月25日  日曜大工
2006年09月26日  朝日 
2006年10月 一緒に生きる
2006年10月03日  メルトダウン   
2006年10月05日  夜のハーレム
2006年10月08日  助手席
2006年10月09日  買い物
2006年10月14日  友達からのメール  
2006年10月16日  1週間分のキス
2006年10月17日  一緒に生きる
2006年10月18日  雨の火曜日   
2006年10月19日  友達へのメール
2006年10月25日  天使が舞い降りた。
2006年10月29日  神のご加護がありますように  
2006年11月 誕生日プレゼント 
2006年11月01日  ハロウィン
2006年11月02日  誕生日プレゼント
2006年11月16日  セントラルパーク    
2006年11月19日  キティちゃんの指輪
2006年11月20日  Left Alone  
2006年11月22日  仏心
2006年11月23日  小さいウイスキーボトル
2006年11月24日  帰還兵
2006年11月25日  旅の終わり 
2006年11月26日  パリでパン屋さん
2006年11月27日  クリスマスの買い物
2006年11月28日  神にすがる時 
2006年11月29日  スノーフレーク
2006年11月30日  もう一度病院生活に・・・
2006年12月 瞳の中に貴方が見える
2006年12月01日  ポインセチア
2006年12月02日  男の手料理 
2006年12月03日  天気の良い週末  
2006年12月06日  大切な思い出
2006年12月07日  北欧紀行
2006年12月08日  君のもとに帰る
2006年12月09日  The Show Must Go On.
2006年12月13日  東京にて
2006年12月14日  Going Home
2006年12月15日  瞳の中に貴方が見える
2006年12月16日  子守唄
2006年12月18日  クリスマスの匂い
2006年12月19日  君が世の中の全て
2006年12月23日  幸せの総量
2006年12月24日  People Get Ready  
2006年12月25日  クリスマス プレゼント
2006年12月26日  願い事
2007年 1月 天使の指輪
2007年01月01日  スローダンス
2007年01月02日  20年ぶりの友達
2007年01月06日  誕生日
2007年01月08日  天敬愛人
2007年01月13日  両親
2007年01月14日  名こそ惜しけれ  
2007年01月20日  非常勤の顧問
2007年01月22日  ただいま。
2007年01月23日  天使の指輪
2007年01月24日  ホットチョコレート
2007年01月25日  パリ
2007年01月29日  雪のニューヨーク
2007年 2月 雪のバレンタイン
2007年02月01日  愛しい人  
2007年02月02日  あたらしい発見
2007年02月04日  お帰りなさい。
2007年02月09日  残された時間
2007年02月10日  ありがとう
2007年02月11日  テネシーワルツ
2007年02月12日  やせ我慢
2007年02月13日  君が残した優しい思い出
2007年02月14日  雪のバレンタイン
2007年02月16日  僕は信じている
2007年02月19日  愛の力
2007年02月22日  ある別れ
2007年02月23日  別れの季節
2007年02月24日  I'm in.
2007年02月25日   Wild Horses  
第二章 生きるということ
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2007年 2月 陽はまた昇る
2007年02月27日  アリーがいてくれれば
2007年02月28日  陽はまた昇る
2007年 3月 さようなら
2007年03月02日  さようなら。
2007年03月03日  心の整理
2007年03月04日  独り
2007年03月05日  ドライフラワー  
2007年03月06日  冒険の旅へ
2007年03月08日  コミットメント
2007年03月14日  こみあげる涙
2007年03月16日  更正施設の子供
2007年03月19日  天は自ら助けるものを助く。
2007年03月21日  新しい下着
2007年03月22日  夜明けのキャッチボール
2007年03月24日  目標を一つ達成
2007年03月28日  最後まで日本人として
2007年 4月 独り言
2007年04月29日  独り言
2007年 5月 天涯孤独
2007年05月14日  天涯孤独
2007年05月16日  ある家族
2007年05月28日  カタロニアの太陽
2007年05月31日  リスボンにて
2007年 6月 交渉
2007年06月02日  中国での交渉
2007年06月13日  皆で家に帰ろう
2007年06月22日  ベランダに咲く草花
2007年06月24日  あと半年
2007年 7月 人に優しくするという事
2008年07月05日  独立記念日
2007年07月24日  人に優しくするという事
2007年 8月 湊川(ミナトガワ)
2007年08月02日  馬鹿爆弾
2007年08月21日  霧雨
2007年08月29日  遺言
2007年08月31日  湊川
2007年 9月 男の値打ち
2007年09月25日  男の値打ち
2007年09月30日  天気のよい週末
2007年10月 自分の夢
2007年10月10日  自分の夢
2007年10月19日  結婚式の準備
2007年10月22日  妹の結婚式
2007年11月 天敬愛人
2007年11月01日  ハロウィン
2007年11月02日  誕生日
2007年11月16日  死の準備
2007年11月22日  愛情が宿った人形
2007年11月29日  古いもの  
2007年12月 幸せの値段
2007年12月08日   ディズニーランド
2007年12月16日  幸せの値段 
2007年12月18日  綺麗な心
2007年12月21日  大事な家族
2007年12月24日  君を想う気持ち
2007年12月25日  武器よさらば
2007年12月31日  生きるということ
2008年 6月 夢の実現
2008年 6月 夢の実現
アリーが教えてくれた事
アリーが教えてくれた事
晴耕雨読
晴耕雨読
愛のある日
愛のある日
あとがき
あとがき
補足
補足
感想&レビュー
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2006年12月24日  People Get Ready  

昨日は、夜10時に仕事を終えてアリーを見舞いにいき、僕はそのまま病院に泊まった。

病院の堅いベンチで横になり寝ていたが、まだ外が薄暗いうちに目をさました。

朝の6時過ぎ頃だったと思うがアリーの病室に戻ると、アリーはもう目を醒ましており、僕を見つけると、ほっとしたように小さく笑った。

僕もアリーに笑いかけ、アリーの頬にキスをした。
 
病室の窓のカーテンをあけると、まだ外は薄暗かった。
 
花瓶の水を取り替えて、僕はまたアリーのベッドのとなりに置かれたパイプ椅子に腰を下ろし、アリーの手を握って、アリーをもう一度見て笑った。

アリーは小さな声で、
『おはよう。また新しい朝を迎える事ができて、目を開けると貴方がいて幸せだね』と呟いた。
 
僕は黙ったまま、アリーの手を握っていたその手に力を入れた。

アリーはそれを感じ取って微笑んだ。

二人で手を繋いだまま、話をするでもしないでもなく、そのまま夜があけるのを見ていた。
 
静かでゆっくりとして、少し神々しい時間が二人を包んだ。

僕はアリーの手を握りながら、パイプ椅子にもたれかかり、完全に夜があけたニューヨークの曇り空を眺めていた。
 
何となくカーティス・メイフィールドの”People Get Ready”(ピープル・ゲット・レディ)を口ずさんでいた。


<People Get Ready ー 訳詞>

用意はいいかい。

列車がやって来る。

荷物なんかいらないよ。

ただ列車に飛び乗れば良いんだ。

ディーゼルの音を聞いて、ただ信じる気持ちさえあれば良い。

切符なんていらないよ。

ただ感謝する気持ちがあれば良い。

用意はいいかい。

このヨルダン行きの列車に乗ろう。

街から街へ、人々を乗せながら。

信じる事が全てだよ。

ドアを開けて、人々を乗せてあげよう。

神を信じる全ての人々に望みがありますように。

誰でも乗れるけど、自分の事しか考えないで、その為に他人を傷つけてしまうような人は、乗れないよ。

用意はいいかい。

ほら、お迎えが来たようだ。

<People Get Ready>


呟くでもなく、唄うでもなく”People Get Ready”を口ずさみながら、アリーとの色々な楽しい思い出が浮かんでは消えた。

 

アリーの言うように、新しい朝を二人でまた迎えられた事を心から感謝した。

今まで当たり前だと思っていたが、実は大変な事で、当たり前だと思っていた事に、心から感謝ができるのは、僕の心が少し大人になったからかな?などと思った。

本当は全てアリーのおかげで、僕自身はちっとも成長していない。
 
どんどん先に大人になってしまうアリーを、僕は後から懸命に追いかけているだけだ。

僕ら二人に迎えの列車がくるまで、汽笛が聞こえるようになるまで、僕は自分の荷物を、がつがつトランクに入れて列車を待つのではなく、全てを手放して、体一つで列車に乗れるような、心の綺麗な人間になるように努力をしないと。

アリーが乗れて、僕が乗れないなんて事になると困るから。

僕は用事があったので、アリーにまた夜に見舞いに来ると告げてアリーの病室を後にした。

明日はクリスマスだ。


2006年12月25日  クリスマス プレゼント

クリスマスの日は曇り空だった。
 
空が低く、手を伸ばせば雲に手が届くような感じがした。

いつものように朝早く起きてジムに行き、身支度をして、既に家に届けられていた、沢山の友達や、日本の里子達からのクリスマスカードの束をバッグに入れた。

アリーが戻って来る訳ではないけれど、僕は、部屋をピカピカになるまで綺麗に掃除をし、誰も見る訳ではないけど、クリスマスの飾り付けをした。

綺麗になった部屋の真ん中に腰を下ろし、一人でゆっくりと紅茶を飲んだ。

窓を開け空気を入れ替え、裏庭に出てポインセチアの世話をした。

これだけ綺麗にすれば、もしも僕に何かあったとしても恥ずかしくないなと一人で悦に入り、僕は綺麗になった部屋を眺めた。

約束の時間になったので、僕は荷物を持ちアリーの病院に向かった。
 
タクシーで行っても良かったのだが、僕は何となく歩きたいと思い、街をゆっくりと眺めながら、周りの景色を自分の目に焼き付けるようにして、ゆっくりと歩いて病院に向かった。

曇ってはいたけれど、いつも見慣れた景色が、僕には透き通ったように美しく見えた。

いつもより時間をかけ、僕はゆっくりと歩いて病院に向かった。

病室のドアを開けると、いつものようにアリーは僕を見つけて微笑んだ。

どこで手に入れたのか、アリーは赤いサンタクロースの帽子を被って、笑いながら僕の事を待っていた。

『メリークリスマス』と僕は言ってアリーの頬にキスをした。
 
アリーも
『メリークリスマス』と言って僕に微笑んでくれた。

『どこでその帽子を手に入れたの?』と聞くと、アリーは
『姪っ子から貰った』と言った。

『これじゃあ、ドレスも着る訳にはいかないし、せめて帽子だけでもと思ってね』とアリーは言って笑った。

白いベッドに、白いシーツ、アリーのまわりは白一色だったので、アリーの頭に乗っていた小さなサンタクロースの帽子の赤が、目に刺さるように鮮やかだった。

 

僕はいつものようにベッドのとなりのパイプ椅子に座り、アリーの手をとって、昨日の出来事と、今朝の出来事を一通り話をした。
 
アリーは、窓の方に目をやって、僕の話を聞きながら、
『そろそろ外に出てみたい。病院にいてもつまらないから』と呟いた。 

僕は、ただアリーの手を取って強く握りしめ、アリーを見て微笑んだ。

アリーは一瞬哀しげな表情をしたが、すぐ思い直したように、僕をみて同じように微笑んでくれた。

僕は、家に届いた沢山のクリスマスカードをアリーに渡し、そのひとつひとつをアリーとあけてみた。
 
古い友達からのカード、最近の友達からのカード、日本の里子からのカード、様々な人達から心のこもったカードを貰った。
 
そのひとつひとつを読みながら、アリーと色々話しをした。

アリーは嬉しそうに、そして懐かしそうに、そのひとつひとつに書かれた言葉を指でなぞり、声を上げてそれを読んだ。

 

そして、それらを全て読み終わって、僕の方を向いてにっこりと笑いキスをしてくれた。

そしてもう一度
『メリークリスマス』と言った。

一段落して、僕はアリーに持って来たクリスマスプレゼントを渡した。
 
アリーは子供のように喜んで、そのひとつひとつの包装を開けた。
 
アリーが入院している間に読みたがっていた本が殆どだったが、僕はそれ以外に、二つのサプライズプレゼントを用意しておいた。

アリーは、まず小さい方のプレゼントの包みを開けた。 

そこにはパリ行きの飛行機チケットが二人分入っていた。

アリーは、包みの中から飛行機のチケットが出て来ると、
『パリ?』と言って微笑んだ。

僕は、だまったまま微笑んで頷いた。

チケットの下には、フランスのCDを何枚か入れておいた。

『パリに行くまでは、雰囲気だけでもパリを味わっていて』と僕は言って笑った。

 

アリーは、暫くパリ行きの飛行機のチケットを灯りに透かして見るように見つめた後、
『ありがとう』と言って笑った。

暫くしてアリーは、最後のプレゼントを開けた。
 
包みを開けると、そこには額に入れられた書類と、それとは別に分厚い契約書が出て来た。

アリーはそれを暫く見つめて怪訝な顔をして、
『これは、なに?』と聞いた。

僕は微笑んで、その書類の説明を始めた。

僕はアリーが病気になってから、アリーがやろうとしていた更生施設のボランティアを代わりにやり始めて、アリーが自分の人生でやろうとしていた事が、何なのかを理解しようと一生懸命考えた。

人に尽くすという事。

子供達の面倒を見るという事。

ボランティアをする事。

僕なりにアリーが人生のなかでやりたい事は、なんだったのだろう?と考え、あのアリーの純真さ、無垢な心、慈愛の心は、全て弱いものに尽くすという一点にあるのだろうと思った。

昔、アリーと話をしている時に、アリーが大学院に戻って弁護士の資格を取り、子供のチャリティ基金の仕事に関わりたいと言っていたのを思い出した。

僕はアリーに会うまでに散々の人生を送り、アリーと巡り会って、アリーと時間をともに過ごす事で、全うな人間として、本来の優し自分を取り戻す事ができた。

そういった意味では、僕もアリーに救われた子供達と同様に、アリーに魂を救われた一人だ。

アリーに巡り会わなければ、今の僕はいない。
 
アリーへの恩返しの意味も含めて、僕はアリーの生きる証を目に見える形で残してアリーにプレゼントをしたいと思った。

 

僕は、別にお金持ちでも何でもないけれど、アリーへのクリスマスプレゼントの為に、僕の財産の半分を子供達を救う基金として寄付をし、その寄付金をベースに、アリーの名前がついた慈善事業財団を設立し、アリーを初代の理事長にした。

額に入れた書類は、その財団の設立趣意書を額にいれたものだった。

『これは、なに?』と言うアリーに、僕は
『これは、君が理事長に就任する、子供の為の教育基金運営の財団の設立趣意書だよ。君が理事長で、僕は理事だから。これで、君の名前と、君と僕の夢は、僕達がいなくなった後でも永遠に残るから』と言ってアリーに微笑んだ。

 

額を握りしめていたアリーの手が震え始めた。
 
アリーは、言葉を発する事ができず、ただ額縁を握りしめて泣いていた。

僕も言葉が続かずアリーの肩をただ抱いていた。 

暫くして、アリーは涙を一杯溜めた目を僕に向け、
一言、
『I love you.』と言ってくれた。

僕はアリーの肩を抱いたまま、
『そういうことだから、理事長さんは早く元気になって子供達を幸せにしてください』と言ってアリーの涙を指で拭い、アリーに笑いかけた。

かなり長い間、アリーの病室にいたので、病室を出た時には既に夜になっていて、雨がかなり降っていた。
 
僕は傘を持っていなかったので、そのまま雨に濡れながら、クリスマスの夜の街を一人で歩いた。

結構思い切った事をしたので、僕の財布も僕自身も身軽になってしまったけれど、お金は墓には持って行けないし、これで良いと思った。
 
アリーに生きたい、生きなければいけないと思う気持がふえて、アリーの名前が基金の存在する限り永遠に残り、アリーの夢が、アリーがいなくなった後も誰かに受け継がれるのだとすれば、それが一番良い事だと思った。

雨はますます強く降っていた。

僕はずぶ濡れになりながら、クリスマスのライトアップのされた街を歩き続け、雨のクリスマスも悪くないなと思った。


2006年12月26日  願い事

クリスマスから一夜明け、僕らの生活もまたいつも通りのものに戻った。

仕事を6時頃に終え、僕は病院に向かった。 

アリーの病室のドアを開けると、アリーは僕がプレゼントした本を読んでいるところだった。
 
アリーは僕を見つけると、読んでいた本を閉じ
『おかえり』と言って微笑んだ。

”おかえり”と言うのには少し面食らったが、アリーはここにもう長い間住んでいるのだから、アリー的には、”おかえり”なんだろうと思い、僕も
『ただいま』と言って微笑んだ。

いつもの通りアリーにキスをして、パイプ椅子をアリーの枕元に持って行きそこに腰を下ろした。
 
手を繋いで、お互いの一日についてそれぞれ報告をした。
 
これはもう二人の日課になっている。 

もう当たり前になった事を、当たり前に毎日行い、当たり前に、平凡な二人の毎日について話をした。

こんな当たり前な事をできる事を感謝しながら。
 
こんな当たり前な事を、明日も明後日もする事ができますようにと祈りながら話をした。

暫く話をした後に、二人でテレビのニュースをつけた。

色々なニュースの中で、タイで起こった大津波から丁度2年が経ったニュースが流れていた。
 
あれから、もう2年も経ったのかと思った。
 
あれだけの惨事でありながら、人の記憶からどんどん遠ざかって行ってしまう。
 
特に被害の大きかった地域のレポートがあり、仮設住宅等はかなり建てられ、仮設の学校も建てられたが、多くの子供が津波の直接の被害で死んでしまったらしい。

アリーはそのニュースを見ながら涙を流していた。 

そして
『人は他人事だと思うと、すぐに色々な事を忘れ去ってしまう』と言った。
 
そして
『何かあった時に、他人事としてニュースを見ているか、何が自分にできるのか?と考えて行動を起こすのか、人間は常にその二者択一を迫られていると思う。そんな時にアタシは後者を選びたい』と言った。
 
小さい声だったけれども、力強い声だった。

 

こんな体になってまで、まだ人の為に自分にできる事がないか、考えているアリーには本当に頭が下がった。

なんでそこまでして、人の為に尽くそうとするのだろう。

もう十分やったから、そろそろ自分の事を考えてゆっくりした方が良いよ。
 
喉元までその言葉が出そうになったけど、僕は何も言わずに、ただアリーの手を握ったままアリーの手にキスをした。
 
きっとこの人は、そんな事は百も承知の上で、自分の身を削りながら、自分の目標の為に、ただひたすら前を向いて歩いて行く人なのだろうと知っているから。

津波のニュースが終わり、フセインの死刑が確定したニュースが次に流れたので、僕はTVのチャンネルをかえた。
 
こんなに傷ついてしまった僕の最愛の天使に、これ以上、この地上で起こっている何も生産しない殺し合いのニュースを見せるのは忍びなかった。

コメディのTVを流しながら、僕はアリーが眠りにつくまで色々と話を続けた。
 
アリーが寝入ったのを確かめ、アリーの手を離してシーツの中に入れTVを消した。

アリーの病室を後にして、僕は夜の街を歩いてアパートに戻った。
 
夜の街を歩きながら僕は色々な事を考えた。

アリーにはなんとしても良くなってもらって、いつまでも一緒にいたいと思うけれども、一方で、アリーにこれ以上辛い思いをさせるのではなく、場合によっては近い将来、僕の天使が元々いた場所に、アリーを返してあげる事も、僕としては受け入れざるをえないのではないか?とか、色々と考えつづけた。

僕は、自分の命も含めて他のものは全て投げ出す用意はあるけれど、まだひとつだけ僕にできないことは、今、アリーを手放す事だ。
 
それだけは、今の僕にはできない。

他のものは全て諦めますから、せめてアリーだけは、僕から取り上げないでください。

僕はポインセチアの中で神様にそうお願いしてみた。

ひとつぐらい、お願いを聞いてもらえないかな。

 


2007年01月01日  スローダンス

2007年1月1日のニューヨークは、深い霧が立ち込め、雨に包まれた一日だった。

3時過ぎに僕はアリーの病院に出かけた。 

アリーの病室に入り新年の挨拶をして、アリーに今年最初のハグをした。

アリーも微笑んで新年の挨拶をして、まるでそうやって僕から栄養を摂取するかのように、長い間、僕にハグをしてくれた。

もしも病室にスローな曲でも流れていたら、そのままスローダンスにでもなってしまうような長いハグだった。

でもこれが、一番お互いの体温を感じあい、血流を感じあい、お互いが生きているのだと再確認できる一番の方法だ。

僕達は長い時間ハグをして、お互いの暖かさを感じあい、互いに今、生きていて時間をともに過ごしている事を感謝した。

アリーも同じような事を考えていたようで、
『こうしていると暖かいね』と言って僕に向かって微笑んだ。

僕も微笑んでアリーの鼻の頭にキスをした。

僕はいつものようにパイプ椅子をベッドの近くにもっていき、アリーの手を握って、アリーの横に腰を下ろした。
 
僕らはいつものように、ありきたりの話をした。
 
当たり前な時間が、当たり前のように、当たり前な二人の間を通り過ぎていった。

アリーと手を繋ぎ、アリーの温もりを感じながら話をしていて、僕は、最近の若者や子供達は、自分以外の周りの人間が、生身の人間であると言う事を忘れているのではないか?と思い始めた。

 

僕は病気でボランティア活動ができないアリーに代わって、ボランティア活動に参加している。

それは、犯罪を犯した子供や若者の更正施設のカウンセリングだが、やはりそういう子供達と話をして感じるのは、社会を構成している周りの人間が、同じ生身の人間であると言う事を、再確認できる環境にないのではなか?という事だ。

ゲーム感覚でサイバーワールドと、現実世界の区別がつかないような生活をしてきた若者達に、人間がいかにか弱い存在で、生身の人間なのだと言う事を理解させるには、やはり体の温もりを感じさせながら一緒に生きていくと言う姿勢を見せる事が大事なのかな?と思うようになってきた。

殺すのは簡単だけれども、生かすのは非常に難しい。

そして周りの人を生かさないと、自分も生きていく事はできない。
 
自分も含めて人間はか弱く、たった一人では生きていく事はできない。
 
なぜならば、人間は社会生活の中で共生していく生き物だから。

そんな事をアリーに話をすると、アリーは微笑んで、
『アタシの体が元に戻るまで、貴方がかわりにボランティアをしてくれて嬉しい。貴方の話を聞いているだけで、アタシは自分のしたいことを しているような気持ちになれるから』と言って最後に
『ありがとう』と言ってくれた。

僕は黙ったまま、握っていたアリーの手をより強く握ってアリーに微笑んだ。

自分を中心にして世の中を見るのではなく、世の中にいる自分を俯瞰する。

そして、自分が生かされている世の中にたいして一体どのような貢献ができるのかを考える。

僕が10歳も年下のアリーとつきあって、アリーから学んだ事だ。

その日も僕は、また病院で夜をあかした。
 
待合室の長いすで仮眠を取るのも、もう慣れてしまった。

ただアリーの温もりを身近に感じ、少しでも一緒に時間を共有する為に。


2007年01月02日  20年ぶりの友達

結局1月1日は病院に泊まり、僕は病院の長いすで仮眠を取って2日の朝を迎えた。

僕は朝もやの中を、外のドラッグストアまで歩いていき、そこで新聞を買った。
 
病室に戻り、コーヒーを飲みながら買ってきたニューヨークポストに目を通した。

表紙は依然としてフセインで、彼の処刑が断行された事に関する続報だ。

戦争、汚職、殺人事件、ゴシップ、と暗いニュースが続く。
 
一通り記事に目を通した後、僕はライブ音楽の欄を何気なく読んでいた。

新聞を眺めていると、ウエストビレッジの小さなブルースバーに懐かしい名前を見つけた。
 
僕の古い友達の一人マイケルが、ニューヨークに戻ってきて、そこでブルースを弾いているらしかった。

マイケルと最後に会ったのは、僕がまだミュージシャンを夢見ていた頃だから20年も前の話だ。

もうとっくに死んでしまったと思っていたのに、マイケルの名前をローカル紙に見つけて、僕はちょっと嬉しくなった。

新聞を見ながら微笑んでいると、隣で寝ていたアリーが目を醒ましたようで、僕の方を向いて
『何をそんなに嬉しそうにしているの?』と聞いた。

僕はアリーに朝の挨拶をしてアリーの手をとりながら、ローカル紙で20年以上前の友達の名前を偶然見つけた話をした。

するとアリーは、僕の髪の毛を撫でながら、
『せっかくだから、そのお友達に会ってきたら?』と言った。

最初はあまりにも昔の話なので、ちょっと僕の方にためらいがあったのだが、アリーに言われるうちに、僕もすっかりその気になり、20年ぶりにマイケルに会いに行く事にした。

午前中はアリーと病院で過ごし、午後に少し仕事をして、夕方に一度家に帰って着替えをした。
 
家の郵便ポストを開けると、日本の里子たちからの手紙が幾つか入っていた。

手紙の中を開けてみると、アリーが選んだクリスマスプレゼントを着た子供達の写真が幾つか入っていた。

皆、アリーが選んだ服を着て、にこやかに笑っていた。
 
アリーに見せたら喜ぶだろうなと思い、僕はその手紙を革ジャンのポケットに押し込んだ。

僕は結構図々しいようで、20年ぶりに会う友達なのに、ちゃっかり物置から自分のギターケースを取り出して、どれを持っていくか考えていた。

 

まだマイケルが昔と同じ音楽をやっているとすれば、シカゴスタイルのエレクトリックブルースなので、僕は古いファイアーバードを持っていく事に決めた。

ギターケースを抱え、僕はウエストビレッジのバーに向かった。

丁度ステージの最中だったので、邪魔にならないようにカウンターの端に座り、マイケルの演奏を20年ぶりに聞いた。

相変わらずエッジの効いたご機嫌のブルースギターで、僕が思ったとおり、シカゴスタイルのエレクトリックブルースをやっていた。

マイケルも年をとった分、腕を上げたなと言う感じがした。

前から上手い奴だったけれど、素晴らしい演奏だった。

ステージが終わり、マイケルが舞台を降りて、バーカウンタで酒を飲みだしたので、僕はマイケルのところに行き、
『久しぶりだな』と声をかけた。

マイケルは、僕の方を見て暫くきょとんとしていたが、僕が誰だかわかったようで、飛び上がって、
『ああ、神様。ずっと連絡が取れなかったし、お前は死んだって何人かに言われたから、死んでしまったのかと思っていたよ』と言って僕を力いっぱい抱きしめた。

『何回か死に損なったけれど、まだ何とか生きているよ』と答え、僕もマイケルを抱きしめて、20年ぶりの再会をふたりで喜び合った。
 
そのままカウンターで、二人で色々な話をした。
 
20年も会っていないと、本当に積もる話が山ほどあった。

あっという間にウイスキーのビンが空になった。

客はあまり入っていなかったが、2回目のステージがあったので、僕は自分のギターケースを指差して、
『邪魔しても良いかな?』とマイケルに聞いた。

マイケルは、僕の肩を力いっぱい叩き、
『ギャラはやらないけど、それでも良いならいいよ』と言って笑った。

僕も笑った。

お客さんには、迷惑をかけてしまったと思うけど、二人で酔っ払ったまま、気ままに昔のブルースなんかを弾かせてもらった。
 
僕がファイアーバードをそのまま直接アンプに繋ぐと、マイケルはそれを笑って見て、
『お前は20年たっても全然変わらないな』と言ってまた笑った。

僕はステージでもエフェクタを使わずに、ギターをアンプに直結して演奏をする。
 
ぶっきらぼうと言えばぶっきらぼうだけど、音に細かく味付けをするよりも、カッティングと音圧で、自己主張をしたいと言うのが僕の当時のポリシーで、20年たっても同じ弾き方しかできない僕が、可笑しかったのだろう。

2回目のステージも無事に終わり、その後そのバーでマイケルとしこたま飲んだ。

あまり遅くならないうちに、アリーのところに顔を出したかったので、マイケルにそのバーで待っていてもらう事にして、僕はタクシーを飛ばして病院に戻った。

病室の扉を開けるとアリーは目を瞑っていたが、ドアの音で目を開け、僕を見つけると優しく微笑んでくれた。

僕はアリーの横に座り、マイケルにあった話をし、ポケットから日本の里子からの手紙を取り出し、写真を見せた。

アリーは、自分が選んだ服を着て、満面の笑みを浮かべている子友達の写真を眺めながら、目を細めて
『やっぱり、アタシの趣味がいいからね』と得意げに僕を見た。

暫くアリーと色々な話をした。

アリーは僕の髪の毛を撫でながら、僕の話を嬉しそうに聞いていた。

そして
『わざわざアタシの為に帰ってこなくても良かったのに』と言って微笑んだ。 

僕が
『でも子供達の写真を見せたかったから』と言うとアリーは笑って、僕を自分の子供のように包み込んだ。

そして
『アタシはもう眠るから、その友達のところに戻りなさい。でもあんまり飲み過ぎないようにね』と言って笑った。

僕も微笑んでアリーを寝かしつけ、病室を後にし、マイケルの待つダウンタウンのバーに戻った。
 
マイケルは、まだバンドの仲間達とカウンターで酒を飲んでいた。
 
マイケルは僕を見つけると、
『このファイアーバードを人質に持って行っちまおうかと思ってたよ』と大きな声で言って、また大きな声で笑った。

20年間の空白がまるで存在しなかったのように、僕らの間で自然に時間が流れた。

まるで全てが昔のようだった。

ただひとつ違うのは、お互いまだ若いつもりでも、やっぱりそれなりに年輪を重ねたところかもしれない。

マイケルにその話をすると、大きな声で笑って、
『それが生きるっていう事なんだよ。でもお前は死んだって聞いてたから、こうやって生きていてくれて、こうやってまた酒がのめるんだから、これ以上嬉しいことはないよ』と言ってくれた。

確かに、それが生きるという事なのかもしれないと思った。

 



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