目次
第一章 愛するということ
天使の指輪 
プロローグ 序章
プロローグ 序章
2006年 6月 ニューヨークの魅力
2006年06月3日  友達の背任行為
2006年 7月 病 
2006年07月05日  独立記念日 
2006年07月07日  七夕
2006年07月24日  病気
2006年07月25日  検査結果  
2006年07月26日  生きる理由
2006年 8月 日本へ
2006年08月04日  手術
2006年08月08日  退院 
2006年08月12日  日本へ
2006年08月23日  赤いドレスの女性
2006年08月24日  狸寝入り 
2006年08月25日  雷雨 
2006年08月26日  祈り
2006年08月31日  時代のうねり
2006年 9月 天国への階段
2006年09月07日  ローズホール
2006年09月10日  泣きじゃくる彼女
2006年09月11日  ワールド トレード センター
2006年09月21日  闘うこと  
2006年09月23日  市民権
2006年09月25日  日曜大工
2006年09月26日  朝日 
2006年10月 一緒に生きる
2006年10月03日  メルトダウン   
2006年10月05日  夜のハーレム
2006年10月08日  助手席
2006年10月09日  買い物
2006年10月14日  友達からのメール  
2006年10月16日  1週間分のキス
2006年10月17日  一緒に生きる
2006年10月18日  雨の火曜日   
2006年10月19日  友達へのメール
2006年10月25日  天使が舞い降りた。
2006年10月29日  神のご加護がありますように  
2006年11月 誕生日プレゼント 
2006年11月01日  ハロウィン
2006年11月02日  誕生日プレゼント
2006年11月16日  セントラルパーク    
2006年11月19日  キティちゃんの指輪
2006年11月20日  Left Alone  
2006年11月22日  仏心
2006年11月23日  小さいウイスキーボトル
2006年11月24日  帰還兵
2006年11月25日  旅の終わり 
2006年11月26日  パリでパン屋さん
2006年11月27日  クリスマスの買い物
2006年11月28日  神にすがる時 
2006年11月29日  スノーフレーク
2006年11月30日  もう一度病院生活に・・・
2006年12月 瞳の中に貴方が見える
2006年12月01日  ポインセチア
2006年12月02日  男の手料理 
2006年12月03日  天気の良い週末  
2006年12月06日  大切な思い出
2006年12月07日  北欧紀行
2006年12月08日  君のもとに帰る
2006年12月09日  The Show Must Go On.
2006年12月13日  東京にて
2006年12月14日  Going Home
2006年12月15日  瞳の中に貴方が見える
2006年12月16日  子守唄
2006年12月18日  クリスマスの匂い
2006年12月19日  君が世の中の全て
2006年12月23日  幸せの総量
2006年12月24日  People Get Ready  
2006年12月25日  クリスマス プレゼント
2006年12月26日  願い事
2007年 1月 天使の指輪
2007年01月01日  スローダンス
2007年01月02日  20年ぶりの友達
2007年01月06日  誕生日
2007年01月08日  天敬愛人
2007年01月13日  両親
2007年01月14日  名こそ惜しけれ  
2007年01月20日  非常勤の顧問
2007年01月22日  ただいま。
2007年01月23日  天使の指輪
2007年01月24日  ホットチョコレート
2007年01月25日  パリ
2007年01月29日  雪のニューヨーク
2007年 2月 雪のバレンタイン
2007年02月01日  愛しい人  
2007年02月02日  あたらしい発見
2007年02月04日  お帰りなさい。
2007年02月09日  残された時間
2007年02月10日  ありがとう
2007年02月11日  テネシーワルツ
2007年02月12日  やせ我慢
2007年02月13日  君が残した優しい思い出
2007年02月14日  雪のバレンタイン
2007年02月16日  僕は信じている
2007年02月19日  愛の力
2007年02月22日  ある別れ
2007年02月23日  別れの季節
2007年02月24日  I'm in.
2007年02月25日   Wild Horses  
第二章 生きるということ
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2007年 2月 陽はまた昇る
2007年02月27日  アリーがいてくれれば
2007年02月28日  陽はまた昇る
2007年 3月 さようなら
2007年03月02日  さようなら。
2007年03月03日  心の整理
2007年03月04日  独り
2007年03月05日  ドライフラワー  
2007年03月06日  冒険の旅へ
2007年03月08日  コミットメント
2007年03月14日  こみあげる涙
2007年03月16日  更正施設の子供
2007年03月19日  天は自ら助けるものを助く。
2007年03月21日  新しい下着
2007年03月22日  夜明けのキャッチボール
2007年03月24日  目標を一つ達成
2007年03月28日  最後まで日本人として
2007年 4月 独り言
2007年04月29日  独り言
2007年 5月 天涯孤独
2007年05月14日  天涯孤独
2007年05月16日  ある家族
2007年05月28日  カタロニアの太陽
2007年05月31日  リスボンにて
2007年 6月 交渉
2007年06月02日  中国での交渉
2007年06月13日  皆で家に帰ろう
2007年06月22日  ベランダに咲く草花
2007年06月24日  あと半年
2007年 7月 人に優しくするという事
2008年07月05日  独立記念日
2007年07月24日  人に優しくするという事
2007年 8月 湊川(ミナトガワ)
2007年08月02日  馬鹿爆弾
2007年08月21日  霧雨
2007年08月29日  遺言
2007年08月31日  湊川
2007年 9月 男の値打ち
2007年09月25日  男の値打ち
2007年09月30日  天気のよい週末
2007年10月 自分の夢
2007年10月10日  自分の夢
2007年10月19日  結婚式の準備
2007年10月22日  妹の結婚式
2007年11月 天敬愛人
2007年11月01日  ハロウィン
2007年11月02日  誕生日
2007年11月16日  死の準備
2007年11月22日  愛情が宿った人形
2007年11月29日  古いもの  
2007年12月 幸せの値段
2007年12月08日   ディズニーランド
2007年12月16日  幸せの値段 
2007年12月18日  綺麗な心
2007年12月21日  大事な家族
2007年12月24日  君を想う気持ち
2007年12月25日  武器よさらば
2007年12月31日  生きるということ
2008年 6月 夢の実現
2008年 6月 夢の実現
アリーが教えてくれた事
アリーが教えてくれた事
晴耕雨読
晴耕雨読
愛のある日
愛のある日
あとがき
あとがき
補足
補足
感想&レビュー
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2006年10月17日  一緒に生きる

今日はアリーのバイトが早く終わりそうだったので、早めにアリーをピックアップすることにした。

僕は午後からの仕事を終わらせ7時にアリーを迎えに行った。

車に入って来るや否や、アリーはお腹がすいたと言った。 

僕らはダウンタウンのベトナム料理のレストランに行く事にした。

車の中でアリーは、医者から最近の病状と、首のリンパ腺付近のしこりは、癌である事を告げられたと言った。
 
『私は、大丈夫だから心配しないで。』とアリーは毅然として言った。

僕はアリーの手を握ったままで、車をダウンタウンに走らせた。 

二人は、こういった話を今まで何度もして乗り越えて来たので、僕は心配だったけれども、アリーの毅然とした態度を尊重してきわめて客観的にその話をした。

というか、しようとした。

アリーが話題を変えたので、僕も話題を変えた。
 
もう僕らの間には言葉は必要ないような気がした。
 
手を握っているだけでアリーの不安や哀しみや、アリーの全てが伝わって来るような気がした。
 
僕の愛情もアリーに伝わっていたら良いなと思った。

レストランに電話をすると窓際のいつもの席をふたりの為に取っておいてくれた。

黒檀でできた大きなドアを開けると、いつものように、ロウソクが沢山ならぶ暗い店内から、みなれたベトナム人の店主が、笑顔を浮かべながら僕らの方に近づいて来た。

僕は、最近気のせいかもしれないが、たまに色々なものが、凄くゆっくり動いているような錯覚をする。

今日もレストランのドアを開けたあたりから、テーブルに案内されるまでの全てが、まるで映画のスローモーションのようにゆっくりと動いているように見えた。

いつものようにテーブルに向かい合わせに座り、左利きの僕にあわせて、僕の右手でアリーの左手を握り食事をした。

ありきたりの二人の一日についての話や、二人で行こうと話し合っているロンドンの話、今度いつ東京に行くのかとか、そんな話をした。

食事をしている時も、会話をしている時も、常に僕らは手をつなぎ、二人の気持ちを交わさせようとしていた。 

食事が終わり、僕はアリーの手を握ったまま、車を1番街に向けて走らせた。

 

そのうちアリーが、僕に見られないように、髪の毛をかきあげるような振りをして涙を拭いているのに気がついた。

僕はアリーに言葉をかける代わりに、握っているアリーの手を更に強く握った。

アリーも僕の手を強く握り返して来た。

二人の間に言葉はいらなかった。
 
僕は、アリーの恐怖や哀しみやしさを、アリーの手の温もりをとおして感じる事ができた。

あえて言葉にする必要はなかったけれど、僕は前を向いたまま車を走らせながら、アリーに僕のアリーに対する気持ちを伝えた。

アリーに会うまでの僕の人生は、たくさんの人々に裏切られて、自暴自棄になり、人を信じる事を否定してきたが、アリーと出逢えた事で人間らしさを取り戻す事ができた。
 
僕はアリーの御陰で人として生き直す事ができるようになった。

僕はそれに対して、アリーに心からお礼が言いたかったので、
『本当にありがとう』とアリーに伝えた。

そして、ありきたりな事だけれども、アリーなしで楽しく平穏に暮らすよりも、アリーと一緒に苦労を分かち合いたいと伝えた。

最後にもう一度、僕を救ってくれたお礼を言って、僕と一緒に生きて欲しいという願いを込めて、
『僕のそばにいてほしい』とアリーに伝えた。

気持ちを伝えた時には、既に車はアリーの家の前についてた。

サイドブレーキを引く僕の右手を、アリーは優しく掴んで、自分の胸に押しあて、僕の目をみてにっこり笑い、
『私は、貴方のそばを離れない』と言った。

暗い車内の中でも、アリーの頬をつたって落ちた涙の後を見る事ができた。 

でも、凛として精一杯の笑顔を見せるアリーにどうしようもない哀しさを感じながら、僕は精一杯の力でアリーを抱きしめた。

僕は過去に何度も挫折をして、何度も自殺未遂をしたことがある。

手首のためらい傷は数えきれないくらいだし、この世になんの未練もなかった。

今はアリーの為だけに生きている。
 
アリーが精一杯生きようとしている限り、僕は生き続けないといけないと思う。

アリーと一緒に時間を過ごし、アリーを看取る事が、僕の生きる目的だと心から思っている。
 
二人で精一杯、生き抜こう。
 
どんなに辛くて哀しい事が待っていても。

 


2006年10月18日  雨の火曜日   

天気予報で前から知っていた事だが、今日は朝から雨がちらつき、午後になって本格的な雨になった。

僕は革のジャケットを着込み、秋の出で立ちで仕事場に向かった。

アリーは昼過ぎまで継母の事務所で働き、午後4時から夜の8時半まで、学校で授業を受ける事になっていた。

学校の授業が終わった頃に、アリーを迎えに学校まで車を走らせた。

雨がフロントガラスを濡らし、信号の灯りや、車のテールランプをクリスマスのイルミネーションのように輝かせた。

学校の前に車を止め、僕は、最愛の人が出て来るのを待った。 

暫くしてアリーは、ライトブルーの折り畳み傘をなんとかさしながら、僕の車に向かって来た。 

僕はアリーを車に乗せ、土砂降りの雨の中を、先週の日曜日に二人でたまたま見つけたフランスレストランに向かわせた。

車を道端に止め、僕の小さな折り畳み傘をさし、二人で抱き合うようにして小さな傘で雨をしのぎ、小走りにレストランに向かった。

小さなレストランだが、いかにもフレンチという感じで、座り心地のよい赤いビロードのソファがあり、室内の内装もライトも赤を基調にした面白いテイストのレストランだった。

僕らはボルドーの白ワインを一本頼み、オニオンスープとエスカルゴに、ショートリブを注文した。

ワインを飲みながら、二人の一日や、今週の予定についてお互いに報告をした。
 
そのうちに話が、先週僕が日本に行ってるときに奥さんを亡くした僕の友達のジョンの話になった。

アリーは以前ジョンの秘書をしていた事もあり、アリーもジョンと奥さんの事を良く知っていた。

僕が、ジョンにまだ個人的にメールを出したりコンタクトをしたりしていない事をアリーに話すと、アリーは僕に、すぐジョンに連絡を取るべきだと言った。
 
僕はアリーに、僕はアメリカに十何年住んでいるけれども、いつも異邦人で、この土地に根付いている訳ではなく、文化の違いもあり、人が悲しんでいる時に慰めを言う事が、本当にジョンの求めている事なのかどうか自信がないと正直に話した。

 

きっとジョンは、たくさんの激励や慰めのメールや電話を貰っているだろうし、僕が同じような事をしたとしても、本当にそれが、ジョンの助けになるのか?

むしろ、ジョンをそっとしておいた方が良いのではないか?

と思って、まだメールも電話もしていないとアリーに説明をした。

アリーは僕に、たとえジョンから返事が来なくても、すぐにメールを出すべきだと助言した。
 
アリーはジョンの秘書だったので、ジョンが僕と一緒に仕事をしたり、遊びに行ったりするのを、何よりも楽しみにしていたのを知っていたらしく、僕にそれを教えてくれた。 

アリーは僕に、
『アナタは、彼の数少ない本当の友達の一人なんだから、彼が誰かに辛さをぶちまけたいと思っているのであれば、アナタがそれを聞いてあげるべきだ』と言った。

僕の実生活の友達は殆ど僕の過去を知らない。
 
アリーは数少ない僕の過去の全てを知っている人だ。

先週の日曜日にアリーと一緒に”クラッシュ”という映画を見た。
 
その中で、ある警官が、ある黒人の夫婦に職務質問をし、人種差別的な行動をとり、それが原因で黒人の夫婦が仲違いをしてしまうシーンがあった。

奥さんは旦那の仕事場に行き、仲直りをしようとするが、旦那に拒絶され、泣きながら車を運転していると事故にあって、ひっくり返った車の中に閉じ込められてしまう。

そこにたまたま同じ警官が出くわし、ガソリンが引火して爆発する寸前の車の中から、彼女を救い出すシーンがあった。

僕は同じようなシーンを20年前に自分で見ていた。

当時の僕の恋人、エリカが逆さになって車の中に閉じ込められ、助手席にいた僕はフロントガラスを突き破って、地面の上に放り出されていた。
 
映画と同じようにガソリンが漏れ、ガソリンが引火した。
 
映画と違うのは、僕はエリカを映画のように助け出す事ができず、エリカは生きたまま車の中で焼け死んでしまった。

アリーと深い仲になる頃に、僕は誰にも話した事のないこの話を、はじめてアリーに話した。

 

アリーは僕の手を取って、
『アナタもそれだけの辛い目に逢ったんだから、今の彼の辛さをわかってあげられるはず。全てを彼に話す必要はないけれど、ジョンに僕も過去に同じような経験をしているので、ジョンが吐き出したいものがあれば、友達として、いつでもそばにいる』と言ってあげるべきだと言って優しく微笑んだ。

ジョンには11歳の女の子がいる。 

アリーは自分が14歳の時に、実の母親が癌になり、アリーが30歳になるまであらゆる治療と転移を繰り返し、アリーが30歳になった時にもう疲れ果てて、その後の治療を拒否して死ぬ事を希望した事があった。 

アリーは14歳の時に、癌になった母親に怒りを感じたらしい。
 
アリーが言うには他の友達の家族は幸せなのに、なぜ自分の家族は離婚をしてしまい、自分を引き取った母親がよりによって癌にかかって死なねばならないのだろうという事が非常に理不尽に思え、母親を含め全てのものに怒りを感じたそうだ。 

ただそのうちに自分の怒りよりも、こんな事になってしまった母親の方が色々な事に怒りを持っているはずだと気づき、それから母親に対する愛情を確認して、母親の為に尽くそうと思ったそうだ。 

ジョンの娘もまだ11歳だから、自分が子供の時に感じたように、死んでしまった母親に対して怒りを感じているに違いないと感じており、自分の経験から、ジョンの娘に、
『怒りを感じる事は悪い事ではないのだよ』と説明して、気持の整理の手伝いをしてあげたいと言った。

今は自分が癌を患っており、転移を宣告されたばかりなのに、11歳の女の子と、女の子の精神状態を真剣に気遣うアリーを見ていて、僕は正直、胸をうたれた。 

これだけ純粋な心の持ち主に対して、僕は尊敬の念を感じた。

僕はアリーの助言の通り、明日ジョンにメールを出してみる事にした。

レストランを出ると雨は殆ど上がっていた。
 
アリーの腰に手を回し、僕らは人気の少なくなった3番街を歩いた。

二人とも手ひどい傷を負っているけれど、二人でかばい合い、真摯に凛として生きている。

自分の境遇を嘆くのではなく、周りの人に愛を注ぎながら、精一杯生きて行く。 

僕は今日もアリーに人の道を教えられた気がした。


 


2006年10月19日  友達へのメール

昨日、アリーに言われたので、僕はジョンにメールを出す事にした。

何から書き出したら良いのかもわからず、暫くPCのモニターの前で、ただただ考え事をしていた。
 
ジョンとの色々な思い出が頭の中を巡った。

少し考え続け、僕はゆっくりとキーボードを打ち始めた。


”今回の事を聞いて本当に悲しく思います。

メールを出そうと思っていたのだけれども、自分の気持ちをなんと表現したら良いのかわからずに、今までメールを出す事ができませんでした。

僕らはずっと一緒に働いてきたし、僕は君の事を仕事の仲間ではなく、僕自身の良い友達としてずっと考えてきました。
 
だから、君の奥さんの事を知った時に、君の悲しさがわかるし、君の子供達の悲しみがわかる気がしたので、なおさら僕の心を締め付け悲しい気持ちになりました。

僕はアメリカの友達には、自分の過去について何も話をした事がありませんが、実は昔、車の事故で恋人と、恋人が身籠っていた僕の子供をなくしてしまい、君と同じような悲劇を味わった事があります。

僕が、日本を離れてアメリカに住む決心をした一つの理由は、この悲しみが強すぎて、日本ではもう生きて行く事ができなくなった為です。

だから、僕は君と同じような悲しみを経験した友達の一人として、君が必要とする時には、いつでも君の話を聞く為にここにいるという事を、君に覚えておいてもらいたいと思います。

君が誰かに怒りをぶつけたい時、怒鳴り散らしたい時、君が望めば、僕はここにいて、いつでも君の話を聞きたいと思います。

今はそれどころではないだろうけど、気が向いたら連絡を下さい。”


と書いて何度か読み返し、ジョンにメールを出した。

メールを出した後、仕事場の窓に下がったシェードの隙間から、マンハッタンの下界を見下ろし、僕は大きなため息を一つついた。

返事は期待していなかったが、暫くしてジョンからメールが返って来た。

 

短いメールだったが、奥さんの生まれ故郷の中西部に奥さんを埋葬してから、ニューヨークに戻るので、その時に話をしたいと書いてあった。 

そして最後に、気遣いと君の過去の出来事をシェアしてくれて有り難うと書いてあった。

きっと彼は今頃、11歳の娘とまだ5歳の養子の息子の手を引いて、中西部の田舎町の教会に彼の奥さんを埋葬している事だろう。

暫くマンハッタンの下界を見下ろし、気持ちの整理をして僕はまた淡々と仕事をこなした。 


2006年10月25日  天使が舞い降りた。

今日は朝から肌寒かった。

すっかり秋を通り越して冬が来るかのような感じがした。

革のコートをはおり、車に乗り込みリバーサイドを走った。

ハイウェイから東側を見ると、曇ってはいたが、雲の切れ間から朝日が差し込み、光の帯がいくつもマンハッタンの摩天楼に降り注いでいるように見えた。

まるで、天使がこの街に降りて来たようで、何とも美しい光景だった。
 
僕は路肩に車を留め、暫くその光景を見つめていた。

きっとこの街で沢山の人が、僕と同じように、この朝日を眺めているに違いないのに、僕はなんとなく、これは僕だけが見る事ができた宝物のような感じがした。
 
そしてちょっとだけ幸せな気分になった。
 
今日は、天使に会えるかもしれない。

そんな気持ちがした。

ふと我にかえり、僕は車に乗り込み仕事場に向かった。 

仕事を8時までに片付け、僕はアリーを大学に迎えに行った。
 
学校の校門の前に車をとめ、アリーが出て来るのを待った。
 
暫くして、アリーはブロンドの髪をなびかせながら、寒そうに肩をすぼめて校門から姿を現し、僕の車に一目散に走って来た。

車に乗り込んで来たアリーを運転席側から抱きしめると、アリーの体は氷のように冷たかった。
 
僕はアリーの手を自分の手で暖めながら車を走らせた。

アリーのアパートに帰る前に、家の近くの日本レストランに立ちよって遅い夕食を二人で食べた。

日本食とお酒を頼み二人で料理をつついた。
 
レストランの中は暖かかったし、日本酒のおかげで体もかなり暖まったようで、アリーの頬にも赤みがさしてきた。 

それでもアリーの手は病人のように青白かった。

もともとアリーは白人だし、今は癌を患っているから、手が青白いのは当たり前だが、僕と手をつないでいる事もあり、僕の手と比べるとその青白さが目立った。

 

アリーは、つないだ手を見つめ、
『こうやってアナタの手と比べると、アタシの手は本当に青白い』と言った。

僕は
『有色人種の手と比べればどんな手だって青白く見えるさ』と冗談を言った。 

でも、アリーが自分の病気の事を気にしているのはすぐにわかった。 

それを打ち消すように、僕はつまらない冗談を幾つか飛ばした。 

アリーも僕の気遣いをわかったようで、ぼくのつまらない冗談に笑い、話を変えた。

食事が終わり、二人で手をつないでアパートに帰った。

途中でアリーが寒いと言ったので、お互いの体温でお互いを暖めあうようにアリーを僕のコートの中に包んで歩いた。

 

アリーが
『まわりの人が見てるよ』と言ったが、僕はアリーに
『僕は君が好きだから、周りが見ていても気にしないよ』と答えた。

アリーが僕のコートの中で笑った。

確かにこの街には天使が降りて来たと僕は思った。
 
それは僕だけにしか見えない天使。 

翼がおれて飛べなくなっているけれど、なんとか弱った体にむち打って、大空にもう一回飛び立とうと努力している天使。 

僕は、この街に舞い降りた天使をコートに包んで、冗談を言いながら家路を急いだ。


2006年10月29日  神のご加護がありますように  

僕は仕事を終えて、夜8時にアリーのバイト先に迎えに行った。

僕らは雨の中を、小さな傘に二人の体を何とかおさめて、通りに停めてある車に飛び乗り、日本料理のレストランに向かった。

日本料理と言っても、それは名ばかりで、ニューヨーク独特の日本風味の無国籍料理だ。

内装も豪華で、流石に流行っているだけあって、予約を入れて行ったが、暫くバーで待たされる程だった。

キャンドルライトに照らされた、一際美しく見えるアリーを前にして、僕は食事と酒と会話と雰囲気を十分楽しんだ。

アリーも楽しかったようで、僕らはキャンドル越しに手をつないだまま、色々な料理と酒に舌鼓をうって楽しい時間を過ごした。

二人がレストランを後にした時には、既に夜中を回っていた。 

まだ小雨が降る中を、小さな折り畳み傘で二人は雨を避け、駐車場まで歩いて行った。

食べきれなかった料理をドギーバックにして持ち帰った。
 
駐車場に行く途中のストリートの片隅に、小雨に濡れながら地面に座っているホームレスが一人いた。

アリーは何を思ったのか、そのホームレスの前で膝を曲げ、彼と視線を同じ高さに合わせた上で、持っていたドギーバックの袋を微笑んで、そのホームレスに手渡した。

ホームレスは、象のような小さく窪んだ目をアリーに向け、料理の入ったバッグを受け取り、
『神様のご加護がありますように』とアリーに言った。

アリーは微笑んで立ち上がり、また僕の腕に手を回し駐車場に歩き始めた。

駐車場で車を受け取り小雨の中を僕らは、アリーのアパートに車を走らせた。

 

途中で渋滞した事もあり、アリーは僕の右手を握りしめたまま、助手席で可愛い寝息をたて始めた。

僕は小さな声で、先程のホームレスと同じように、アリーに対して
『神のご加護がありますように』と呟いた。

アリーの病気は確実に進行している。

食事もあまりできなくなり、かなり痩せてしまった。

僕は小雨で曇りがちのフロントガラスを睨みながら、アリーの手を握りアリーの事を考えた。

こんなに心の綺麗な人に僕は今まで会った事がない。
 
アリーと一緒にいる事で僕の心が何度浄化され、何度生き返った事だろう。 

でもアリーの体の中の病魔は確実にアリーの体を蝕みつつある。

いつまで僕はアリーとこうやっていることができるのだろうか。

そんな事を考えているとアリーの幸せそうな寝息が、なによりも哀しく聞こえ、僕はアリーが寝ているのを良い事に、泣きながら車を運転した。
 
雨でフロントグラスが霞んでいるのか、僕が泣いているから涙で霞んでいるのか、わからなかった。

アリーのアパートの前に車が着く頃に、まるでわかっていたかのように、アリーは目を醒ました。
 
車を停め二人で小雨の中を寄り添うように歩き、アリーのアパートに帰った。

僕らはベッドの中に体を横たえた。

僕はアリーを抱きかかえ、アリーにおやすみのキスをした。

アリーは目をつむりながら
『今日は、本当にありがとう』と言った。

アリーの顔は僕の胸に埋められていたが、僕は胸に冷たい涙の滴が落ちたのを感じた。
 
僕はそれには気づかない振りをして、もう一度アリーの額にキスをした。



もうすぐ、アリーの誕生日だ。

誕生日プレゼントは用意したし、ディナーの場所も3つ予約して、これからどこに行くか絞り込みをするだけだ。 

僕が必死で探したプレゼントを喜んでくれるかな?
 
レストランを気に入ってくれるかな?

楽しい時を過ごせるといいな。思いは尽きない。

 



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