目次
第一章 愛するということ
天使の指輪 
プロローグ 序章
プロローグ 序章
2006年 6月 ニューヨークの魅力
2006年06月3日  友達の背任行為
2006年 7月 病 
2006年07月05日  独立記念日 
2006年07月07日  七夕
2006年07月24日  病気
2006年07月25日  検査結果  
2006年07月26日  生きる理由
2006年 8月 日本へ
2006年08月04日  手術
2006年08月08日  退院 
2006年08月12日  日本へ
2006年08月23日  赤いドレスの女性
2006年08月24日  狸寝入り 
2006年08月25日  雷雨 
2006年08月26日  祈り
2006年08月31日  時代のうねり
2006年 9月 天国への階段
2006年09月07日  ローズホール
2006年09月10日  泣きじゃくる彼女
2006年09月11日  ワールド トレード センター
2006年09月21日  闘うこと  
2006年09月23日  市民権
2006年09月25日  日曜大工
2006年09月26日  朝日 
2006年10月 一緒に生きる
2006年10月03日  メルトダウン   
2006年10月05日  夜のハーレム
2006年10月08日  助手席
2006年10月09日  買い物
2006年10月14日  友達からのメール  
2006年10月16日  1週間分のキス
2006年10月17日  一緒に生きる
2006年10月18日  雨の火曜日   
2006年10月19日  友達へのメール
2006年10月25日  天使が舞い降りた。
2006年10月29日  神のご加護がありますように  
2006年11月 誕生日プレゼント 
2006年11月01日  ハロウィン
2006年11月02日  誕生日プレゼント
2006年11月16日  セントラルパーク    
2006年11月19日  キティちゃんの指輪
2006年11月20日  Left Alone  
2006年11月22日  仏心
2006年11月23日  小さいウイスキーボトル
2006年11月24日  帰還兵
2006年11月25日  旅の終わり 
2006年11月26日  パリでパン屋さん
2006年11月27日  クリスマスの買い物
2006年11月28日  神にすがる時 
2006年11月29日  スノーフレーク
2006年11月30日  もう一度病院生活に・・・
2006年12月 瞳の中に貴方が見える
2006年12月01日  ポインセチア
2006年12月02日  男の手料理 
2006年12月03日  天気の良い週末  
2006年12月06日  大切な思い出
2006年12月07日  北欧紀行
2006年12月08日  君のもとに帰る
2006年12月09日  The Show Must Go On.
2006年12月13日  東京にて
2006年12月14日  Going Home
2006年12月15日  瞳の中に貴方が見える
2006年12月16日  子守唄
2006年12月18日  クリスマスの匂い
2006年12月19日  君が世の中の全て
2006年12月23日  幸せの総量
2006年12月24日  People Get Ready  
2006年12月25日  クリスマス プレゼント
2006年12月26日  願い事
2007年 1月 天使の指輪
2007年01月01日  スローダンス
2007年01月02日  20年ぶりの友達
2007年01月06日  誕生日
2007年01月08日  天敬愛人
2007年01月13日  両親
2007年01月14日  名こそ惜しけれ  
2007年01月20日  非常勤の顧問
2007年01月22日  ただいま。
2007年01月23日  天使の指輪
2007年01月24日  ホットチョコレート
2007年01月25日  パリ
2007年01月29日  雪のニューヨーク
2007年 2月 雪のバレンタイン
2007年02月01日  愛しい人  
2007年02月02日  あたらしい発見
2007年02月04日  お帰りなさい。
2007年02月09日  残された時間
2007年02月10日  ありがとう
2007年02月11日  テネシーワルツ
2007年02月12日  やせ我慢
2007年02月13日  君が残した優しい思い出
2007年02月14日  雪のバレンタイン
2007年02月16日  僕は信じている
2007年02月19日  愛の力
2007年02月22日  ある別れ
2007年02月23日  別れの季節
2007年02月24日  I'm in.
2007年02月25日   Wild Horses  
第二章 生きるということ
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2007年 2月 陽はまた昇る
2007年02月27日  アリーがいてくれれば
2007年02月28日  陽はまた昇る
2007年 3月 さようなら
2007年03月02日  さようなら。
2007年03月03日  心の整理
2007年03月04日  独り
2007年03月05日  ドライフラワー  
2007年03月06日  冒険の旅へ
2007年03月08日  コミットメント
2007年03月14日  こみあげる涙
2007年03月16日  更正施設の子供
2007年03月19日  天は自ら助けるものを助く。
2007年03月21日  新しい下着
2007年03月22日  夜明けのキャッチボール
2007年03月24日  目標を一つ達成
2007年03月28日  最後まで日本人として
2007年 4月 独り言
2007年04月29日  独り言
2007年 5月 天涯孤独
2007年05月14日  天涯孤独
2007年05月16日  ある家族
2007年05月28日  カタロニアの太陽
2007年05月31日  リスボンにて
2007年 6月 交渉
2007年06月02日  中国での交渉
2007年06月13日  皆で家に帰ろう
2007年06月22日  ベランダに咲く草花
2007年06月24日  あと半年
2007年 7月 人に優しくするという事
2008年07月05日  独立記念日
2007年07月24日  人に優しくするという事
2007年 8月 湊川(ミナトガワ)
2007年08月02日  馬鹿爆弾
2007年08月21日  霧雨
2007年08月29日  遺言
2007年08月31日  湊川
2007年 9月 男の値打ち
2007年09月25日  男の値打ち
2007年09月30日  天気のよい週末
2007年10月 自分の夢
2007年10月10日  自分の夢
2007年10月19日  結婚式の準備
2007年10月22日  妹の結婚式
2007年11月 天敬愛人
2007年11月01日  ハロウィン
2007年11月02日  誕生日
2007年11月16日  死の準備
2007年11月22日  愛情が宿った人形
2007年11月29日  古いもの  
2007年12月 幸せの値段
2007年12月08日   ディズニーランド
2007年12月16日  幸せの値段 
2007年12月18日  綺麗な心
2007年12月21日  大事な家族
2007年12月24日  君を想う気持ち
2007年12月25日  武器よさらば
2007年12月31日  生きるということ
2008年 6月 夢の実現
2008年 6月 夢の実現
アリーが教えてくれた事
アリーが教えてくれた事
晴耕雨読
晴耕雨読
愛のある日
愛のある日
あとがき
あとがき
補足
補足
感想&レビュー
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2006年09月25日  日曜大工

秋の空は、青く澄んでとても美しい。

今日は、アリーのアパートの押し入れの棚を作る約束をしていたので、僕は車に飛び乗り、早めにアリーのアパートに行く事にした。

アリーのアパートに着いたのは、丁度12時くらいだった。 

僕がアパートに入ると、アリーは自分の服をベッドの上一杯に広げて洋服を区分けしている所だった。

アリーのアパートの押し入れにある、衣装をかけるロッド(木の棒)が、衣装の重みに耐えかねて折れてしまったのだが、それを機会に、アリーは着られなくなった洋服を処分する事にした。 

アリーは病気のせいもあり、この1年でかなり痩せてしまい、殆どの洋服が大きすぎて着られてなくなってしまったのだが、それらを集めて教会に寄付をする事にした。

寄付をする洋服を選び出し、袋につめて二人でダウンタウンの教会まで出かけた。

教会で服を寄付して、二人はそのままウエストビレッジの小さなバーに行き、昼過ぎだったけれども、ビールとナッツで昼代わりにした。

外に出されたテーブルに腰を下ろし、昼間から二人でまったりとビールを片手に時間を過ごした。

本当は、二人ともこのままのんびりしたかったが、色々やらねば行けない事があるのでビールを飲み干し、車でアリーのアパートまで戻った。

アパートに戻り、僕は押し入れに入り、コンクリート用のドリルで壁に穴を開け、中にアンカーを入れて棚を取り付けた。 

押し入れの中は暑いので、僕は上半身裸になり、大汗をかきながらも二段の棚を取り付け、新しいロッドを取り付けた。

 

僕が日曜大工をしている間、アリーは料理を準備していた。

2時間程で棚とロッドの取り付けが終わり、ベッドの上に並べられた洋服をロッドに吊るし、靴を整理した。

掃除が終わり、アリーと二人で、料理に足りない素材を近くのスーパーまで買いに行った。
 
外に出た時には、気持ちのよい秋の風が吹いていた。
 
僕とアリーは、どちらからともなく手をつなぎ、秋の風を楽しみながら歩いた。

アリーは歩きながら僕の方を向いて、
『本当に何から何までどうもありがとう』と言って微笑んだ。
 
そして、
『何でそこまで優しくするの?』と聞いた。
 
僕は、
『君が好きだから』と言って笑った。

アリーも笑った。 

僕には理由なんかない。

アリーが好きだから、アリーに幸せでいて欲しいから、アリーの哀しみや辛さを少しでも分かってあげたいから、アリーといると心が安らぐから、ただそれだけだ。 

アリーが微笑めば僕も心が優しくなるし、アリーの涙を見れば僕も心が沈む。 

こうやって自然を感じながら、二人で手をつないで歩く事になりよりも幸せを感じる。
 
僕には小さな幸せが何よりも嬉しい。

スーパーで買い物を終え、買い物袋を下げて、また二人で手をつなぎながらアパートまで歩いて帰った。
 
秋の風は相変わらず優しく僕らに吹いていた。


2006年09月26日  朝日 

僕のアパートは川に面しているので、カーテンを開けたまま寝ていると、朝日が川面を反射する光で目を覚ます事が多い。 

今朝もあまり眠れずうとうとしている時に、目をさす川面の光で目を覚ました。

今日は数日ぶりに美しい日になった。

風はちょっと強かったけど、秋の澄んだ空がなんとも美しかった。

僕はベッドから抜け出し、ベランダで秋の涼しい風を感じ、川面の光に目を細め日の光に自然に手を合わせた。

生き馬の目を抜くような毎日の中で、ほんの一瞬だけ全てを忘れる事ができる時間だ。

ジムに行き1時間程汗を流した後、熱いシャワーを浴びて身繕いをし、車に飛び乗り仕事場を目指した。

今日は、昔レコード会社の社長をしていた古い知り合いのロンと昼飯を食べる事になっていた。

ロンはメジャーアーティストを何人も手がけて一時代を築いた人だった。

僕はアメリカに来てレコード業界のしきたりを全てロンから学んだと言っても良い、僕にとってはメンター(師匠)の一人だ。

既に生活に困らないだけのお金を稼いだはずだが、浪費と度重なる結婚、離婚でかなりのお金をなくしたようで、iPod等のインターネットの流れについて行けずに、メインストリームから消えてしまった人だ。

そんなロンから連絡があり、今日の久しぶりの再会になった。

ロンと再会し、色々昔話に花を咲かせたが、結局は生活に困っているので仕事が欲しいという話だった。

往年のロンの成功を見て、僕がニューヨークに流れ着いた時の彼の羽振りの良さを考えると、時が流れて当時小僧だったアジア人の僕の所に仕事を貰いに来るなんて、どんな気持ちだったのだろうと思うと、ちょっと寂しくなった。

 

僕はあくまでもロンに最大限の敬意を払い、昔の社長と小僧の時のように彼に接した。 

僕の仕事場の最上階は、役員用のダイニングになっており、お客さんが来た時の接待用の場所として使えるようになっている。
 
僕はロンをそのダイニングに招待し、ニューヨークを一望しながら、昔話に花を咲かせ彼と2時間程食事をした。

別れ際にロンにいくつかの仕事を紹介し、また再会を約束して僕はロンを見送った。

生き馬の目を抜かないと生き残れないのが、この街、ニューヨークだ。 

僕だっていつ敗者になるかわからない。
 
ただ今の僕にできる唯一の事は、お世話になった恩のある人に対しては、最大の礼儀をつくして恩返しをする事だけだ。 

僕はアリーの病気を通じて、人間の無力さ、儚さを身を以て学んだ。

今の世の中でのちょっとした成功なんて取るに足りないものだ。 

それよりも、天を敬い、人を愛する、西郷南州のように生きる事によって、神様になんとかアリーを救って欲しいと身勝手にも考えている。

今日も僕がロンに優しく接したのは、彼の事を思ったからではなく、アリーを救って欲しいが為に、他人に優しくしたような気がする。 

動機は不純で自分勝手だけれども、今の僕には人に優しくして、その分だけアリーが助かるんだと信じ込まないと、気が狂ってしまいそうだ。

 

一日の仕事が終わり、8時過ぎにアリーのバイト先に、アリーをピックアップしに行った。 

定刻通り、黄色のセーターに白いスカートを履いたアリーが、ブロンドの髪をなびかせながら建物から出て来た。 

まるで映画のスローモーションの一コマを見るように、僕はアリーがゆっくり僕の車に向かって来るのを見つめていた。

アリーは明日が期限のレポートがあるので、そのことで頭が一杯だ。

二人で急いで家に帰り、アリーは今、僕の隣でレポートと格闘している。

アリーが何か真剣に取り込めるものがあればそれで良い。

たまに色々と質問をされたり、意見を求められたりする。
 
政治学は僕の専門外だから質問されても困るのだけど、だてにアリーより10歳年上ではない所を見せないといけないので、一生懸命賢そうにコメントをしている自分が滑稽だ。

もう少ししたらアリーの誕生日がやって来る。
 
アリーの誕生日のプランをまた考えないと。
 
大変だけれども、そういう事に時間を使っている時が、僕は何よりも幸せだし楽しい。
 
アリーの不安や哀しさを少しでも少なくする為に、不器用な僕は毎日色々と考えている。

もしもアリーがいなくなってしまったら、いったい僕はどうなってしまうのだろう?
 
ふとそんな事を考えて怖くなる事がある。

また僕は昔のように目標を失って、手に触れるものを全て壊してしまうようになってしまうのだろうか?
 
今度こそ僕は自分の手で自分の事を殺してしまうだろう。

たまに僕の心の中に悪魔が頭をもたげ、そんな事を考えさせようとする。 

だけれども今の僕にはアリーがいつも近くにいる。

アリーを幸せにする為に余計な事を考えている暇はない。


2006年10月03日  メルトダウン   

今朝は早くから仕事があったので、僕は朝早く家を出た。

アリーは医者の診察があり、手術の段取りを決める事になっていた。 

ちょっと気になったので、アリーに電話をしたが、留守電につながったので、メッセージを残してそのまま仕事を続けた。
 
それから3~4時間しても連絡が来ないので、おかしいと思って、アリーのバイト先に電話をした。

アリーは受話器を取ったが、その声で、直ぐに僕は、何かおかしいことがわかったので、アリーに
『大丈夫か?』と聞くと、アリーは
『大丈夫じゃない』と答えた。
 
アリーはバイト先の人達に病気の事を知られて同情されたくないので、
『今は、話ができないから後で電話をする』と言って電話を切った。

僕は全く様子が分からないので、最悪の場合を考えてしまい、アリーと電話を切ってからは何も手につかなくなってしまった。
 
アリーはアリーでバイト先で一生懸命頑張っているのに、僕が何度も電話をする訳にもいかず、悶々とした気持ちでアリーの電話を待った。

暫くしてアリーから電話があった。

どうやらアリーの話では、今日逢うはずだったお医者さんに緊急の手術の為にドタキャンをされ、彼の診察が来週に変更されたそうだ。

今日まで頑張れば先が見えると何とか気持ちを張って頑張って来たアリーの緊張の糸が切れてしまい、メルトダウンを起こしてしまったようだった。

兎に角、最悪の状況ではなかったのでちょっとホッとしたが、アリーのナーバスブレイクダウンも、もっともの話だった。


8時にバイト先にアリーを迎えに行った。
 
車に乗って暫くはアリーも気丈に振る舞っていたが、ちょっとしたきっかけで涙が止まらなくなり、まるで子供が泣きじゃくるように泣き通した。

アリーのアパートにつき、僕はアリーを抱きかかえるようにしてアリーの部屋に入った。

アリーはその後も泣き続け、息ができなくなるまで泣きじゃくった。

 

僕には気休めの言葉などかけられるはずもなく、ただ黙ったまま、アリーを抱きしめている事しかできなかった。

アリーはしゃくり上げながら全てをぶちまけた。

アリーは、過去にアリーが巻き込まれた強姦事件の加害者が、16年の刑期を終えて出所し、その為に、忘れようとしていた過去にまた苛まされるようになったり、婚約者と別れたり、仕事を辞めたり、34歳になって大学院に戻る不安、全てを投げ出して、自分の幸せの為に人生を再出発した矢先での病気になったりと、この2~3年程は多くの事が、アリーを次々と襲った事もあり、アリーの人生の選択が間違っていたのではないかと、泣きながら僕に訴えかけた。

僕は前の職場にいた時に、アリーが自分の境遇を不幸に思って毎晩泣いていたのを知っていたので、今は辛い事が立て続けに起こっているけれど、34歳になってアリーは、初めて自分の意思で人生を切り開いて行く事にしたのだから、その判断そのものは、間違っていないと思うと伝えた。

アリーは完全に緊張に糸が切れてしまったようで、
『もうアタシには、これ以上頑張り続ける事ができない』と言って泣きじゃくった。

僕らは部屋の電気もつけずに、真っ暗な部屋のソファでただ二人で抱き合ったままアリーは狂ったように泣き続け、僕はなす術もなく、ただただアリーを抱きしめているだけだった。

 

こんなに大切な人が、こんなに苦しんでいるのに、僕には何もできない。

 

途方もない無力感が押し寄せて、決してアリーの前では涙はみせないと随分前に誓ったのだけれども、涙がこぼれて来てどうしようもなかった。

 

何時間このまま抱き合っていただろうか。

かなり時間が経ってアリーも落ち着いて来たので、アリーをベッドに移した。
 
ただベッドに移した後でも、アリーは僕の手を離そうとしないので、アリーが眠りにつくまで、僕はアリーの手を握り、もう片方の手でアリーの頭を撫で続けた。

何もできない自分が情けなかったし、ふがいない自分に無償に腹が立った。

何処にも持って行きようのない怒りを抱えながら、僕はなんとか気持ちを落ち着かせようとしたが、考えれば考える程、何の役にもたっていない自分が情けなく思えた。

アリーが泣きつかれて寝てしまったのを見計らい、僕はウイスキーのボトルを片手に、またビルの屋上に上った。 

誰もいない屋上で僕は涙を流した。
 
ボトルを開けてしまっても全く酔う事もできなかった。 

叫び声をあげる訳にもいかず、何かを殴りつける訳にもいかず、なんとか心の平静を保とうと歯がギリギリと音を立てるまで、歯を食いしばった。

月もない真っ暗な夜の闇の中で、僕は一人、木箱に腰を下ろしながら歯を食いしばり続けた。

 

 

 

昨日は結局一睡もできなかった。

アリーが寝ている間は、僕は一人で色々と考え事を続け、アリーが目を覚ますと、またアリーを抱き寄せて、落ち着かせ、結局、一睡もせずに悶々とし、朝日がカーテンの隙間から差し込んで来るまでずっと起きていた。

アリーも熟睡をしていた訳ではなく、寝たり目を覚ましたりを繰り返し、朝日がカーテンの隙間から差し込む頃には、アリーも目を開いていた。

僕はアリーにおはようのキスをして、簡単な朝ご飯をアリーの為に作った。
 
食事をトレーにのせてベッドまで持って行き、ベッドの中で、二人で簡単な朝食を取った。

今日は素晴らしい天気で、まるで夏が一時的にもどったような感じだった。

アリーは昨日の事がなかったかのように機嫌が良く、僕がベッドまで食事を持って行くと子供のように喜んだ。
 
『ウェイターさん、ミモザを頂戴』とアリーは冗談を言って笑った。

僕も笑った。 

でもアリーの目は、昨日大泣きしたせいで腫れ上がり、声もかすれていて、その陽気さがかえって痛々しく僕には哀しかった。 

アリーは朝の10時に別の医者の予約が入っていたので、僕は少し遅めに仕事場に行く事にして、アリーをセントラルパークウエストの医者の所まで送って行く事にした。

非常に天気が良かったので、アリーは茶色のホットパンツに、ベージュのタンクトップに白いラメのサマーセータを重ね着して、まるでどこかのリゾートにでも行くような格好をした。

アリーを車の助手席にのせ、夏のような日差しのニューヨークの街に僕は車を走らせた。 

79番ストリートを通って、セントラルパークを車で突っ切り、セントラルパークウエストに向かった。 

僕は左手でハンドルを握り、右手でアリーの手を握り、ギアシフトの時には、右手でアリーの手を握ったままシフトチェンジをした。
 
アリーは、この僕のギアチェンジの仕方が気に入っている。

アリーは手や指フェチで、男が車のギアシフトをするのを見ているのが好きだと、昔聞かされた事がある。

それを聞いた時に、僕は思わず笑ってしまい、それだったら、もっと君が好きになるやり方があると言って、アリーの手を使ってシフトチェンジをしてみせて、アリーにいたずらっぽく笑ってみせた。

まだ僕達が病気の事なんて何にも知らなかった時の事だ。

 

僕はアリーを医者のオフィスの近くで車から降ろした。

僕らは今朝からずっと昨日の夜の話はしなかったが、アリーは車を降り際に、僕の方に振り返り、
『昨日の夜は、ありがとう』と言って笑みを浮かべた。

僕は、そのまま車を仕事場に向け駐車場に車を滑らせた。

昼過ぎにアリーから電話があった。
 
丁度医者の診断が終わり、これから継母の所に行く前に、あんまり天気が良いので、コロンバスサークルにひなたぼっこに行くとアリーは言った。
 
丁度昼過ぎだったので、僕も昼休み代わりに外に出る事にし、アリーとコロンバスサークルで待ち合わせる事にした。

 

僕の仕事場からコロンバスサークルまでは7ブロックあるが、天気は最高で、僕はセントラルパークサウスを、夏のような日差しを満喫しながら歩いてコロンバスサークルに向かった。

サークルを取り巻くように設置された噴水の周りを歩いて、アリーを捜すと、アリーはベンチに横になって、iPodを聞きながら目をつぶり日光浴をしていた。

僕はこっそりアリーに近づいて、何も言わずにアリーにキスをした。

驚かそうと思ったのだがアリーは全く驚かず、僕にそのままキスを返しにっこりと微笑んだ。

アリーは、ここで日光浴をしていて暑くなったので、サマーセーターを脱いだら、隣にいた中年に、公共の場所なんだから裸になるなと注意されたと言って笑った。

確かにアリーのタンクトップはベージュなので、そう誤解されたのかな?と思ったが、その場面を想像しただけで、僕は可笑しくなってけらけらと笑ってしまった。

それにつられてアリーも笑った。

僕らは別に話す事もなく、たまに言葉を交わしながら、手をつないだまま公園のベンチに座って、暫く二人でひなたぼっこをした。

ずっとそこに座っていたかったがそうする訳にもいかず、30~40分ふたりでひなたぼっこをした後で、アリーと別れ、僕は仕事に戻った。

たった小一時間の事だったが、僕はとっても気持が落ち着き、優しい気分になれたような貴重な一時間だった。

明日の4時には、また別の医者の診察があり、そこで手術の具体的な日程が決まる事になる。

 


2006年10月05日  夜のハーレム

仕事場に向かう途中にアリーから電話があった。

アリーの声が元気そうなので少し安心した。

アリーも精一杯無理をして元気に振る舞っているのは良くわかるが、それでも、やはり元気な声を聞くと安心する。 

今日は仕事が忙しかったので、何回かアリーと電話で話をした以外は、僕は自分の部屋にこもっていた。
 
ただ、アリーの医者とのアポイントメントには、一緒に行こうと思っていたけども、アリーが、手術の日取りを決めるだけだから一人で大丈夫だと言い張り、結局一人で医者の所にでかけた。

すぐに帰って来るだろうと思ったが、2時間以上帰ってこないので、僕は心配になり、アリーのバイト先にメールを入れた。

僕がメールを出してから一時間以上してようやくアリーから返事があった。

アリーによると、医者は、診察をしたものの、手術の部位が頭に近い首のリンパ腺の部分なので、頭部専門の医師でないと手術はできないと言い出し、結局自分では手術をせずに、頭部専門の外科医を紹介されたらしい。

結局またたらい回しだ。
 
僕はいい加減に腹が立って来た。

その医者のおかげで6週間も全てが宙ぶらりんになっているのに、また別の医者の診察を受けて、手術の段取りを決めなければいけない。 

あまりの理不尽な状況に、僕はアリーがまたナーバスブレイクダウンを起こすのではないかと心配したが、夜にバイト先にアリーを迎えに行くと、意外な程アリーはケロっとしていた。

アリーは、もういい加減にどうでもいいと思い始めたようで、月曜の時点では、緊張のレベルが目一杯で、自分でもどうしようもなくなってしまったが、今となっては、死ぬ時は死ぬのだから、もうどうでも良くなったと言って僕に笑ってみせた。

きっと本当は、心の中はちぎれるように辛いはずなのに、いつもの気丈なアリーに戻ったようで、アリーはつとめて陽気に振る舞っていた。
 
その気丈な姿勢がより一層哀しく見えた。

アリーは、明日提出のレポートをまだ書き上げていなかったので、僕らはアリーの家の近くのイタリアレストランに出かけた。

 

そこは外から見たレストランの作りがぱっとせず、いかにも面白くなさそうなレストランなので、一度も入った事がなかったのだが、前に一度、行こうと思ったレストランに入れず、他にチョイスがなくそこにはいったら、とんでもなく子牛の肉料理が美味しかったので、それ以来、僕らのお気に入りになっているレストランだ。

レストランに着く頃には大粒の雨が降り出した。
 
小さな折りたたみの傘が一つしかなかったので、小さい傘の中で二人で寄り添いながら、小走りにレストランに向かった。
 
いつものとおり、レストランには客が少ししかおらず、ウェイターの数の方が客の数より多いように見えた。

僕らはいつものとおり子牛の肉料理を頼んだ。
 
いつもの通り、味は、絶品だ。

二人で子牛の肉料理をあっという間に平らげ、雨の中、僕らはアリーのアパートに戻った。

僕は夜遅くに東京とビデオ会議があったので、暫くアリーのレポート作りを手伝った後に、自分の家に帰る事にした。 

アリーと別れ、一人で車に乗り、アクセルを踏んだ。

今日アリーに起こった事と、アリーが無理をして振りまく笑顔を思い浮かべると、何とも切ない気持ちになり目頭が熱くなった。

外は雷がなり始め、雨足が強くなって来た。
 
人通りもなくなり、僕は人目を気にする事なく涙を流す事ができた。 

ビデオ会議までには時間があったし、すぐには家には帰りたくなかったので、僕は自然に車をハーレムに向けた。

僕は一人で考え事をしたい時、手に余る程の問題が僕に降り注いでどうして良いかわからなくなった時には、ハーレムに一人で行く事が多い。

土砂降りの雷雨の中、車を走らせ、125番ストリートのバーの前に車を止め、僕は傘もささずにバーに向かった。

バーの止まり木にとまり、ウイスキーを注文して、僕は琥珀色の液体を見つめながら、アリーの事を考えた。

 

突き放した言い方をすれば、これはまだまだ序の口で、これからどんどん状況は厳しくなるだろう。

僕は、どんなに辛くとも、アリーの為であれば、そこから逃げ出すつもりは毛頭ないし、逃げ出す事はないと思うが、果たして、最後まで僕自身が冷静でいられるかどうか、全く自信がなかった。

僕の人生にも色々な事があり、それなりに幾つかの修羅場は超えて来たつもりだが、今回の事で、自分の情けなさをこれほど痛感するとは思わなかった。 

ただ、僕にはこの場から逃げ出すという選択もないわけだから、自信があろうがなかろうが、このまま行ける所まで行くしかない。

その覚悟はできているのだが、あまりの自分の情けなさに腹がたった。

グラスにつがれたウイスキーを飲み干し、お金をテーブルの上において、僕は雷雨が降り注ぐ表通りに踏み出して空を見上げた。 

真っ黒な空から大粒の雨が降り注ぎ、短い間隔で空が真っ白に輝き、雷が落ちた。

僕はずぶ濡れになりながら車に戻り、エンジンをかけワイパーを動かした。

ワイパーがフロントガラスにたまった水を豪快に吹き飛ばすと、その先にアポロ劇場のネオンサインが歪んで見えた。


2006年10月08日  助手席

今日はアリーと久しぶりに夜遅くに出かけた。

最近、アリーの夜遊び服とカクテルドレスを着る機会がないなあと気がついたので、たまにそういった機会を作るようにしている。

8時にアリーをバイト先に迎えに行き、アリーのアパートにまず帰って荷物を下ろし、アリーは小一時間、洋服を着替えた。

その間、僕はアリーのファッションショーとストリップショーを鑑賞させられた。

女の人の服って本当に決まらないんだよね。

『アナタが着てるもので、アタシの着てるものを変えなきゃいけない』って言うから、僕が最初に着替えて、それを見てからアリーは色々考え始める。

夜遊びだから結構、露出度高くてキャミソールとかも見える服を着るから、下着から全部着替える。

だから、すごーく待たされる。
 
でも、そこで
『まだ~?』とか言うと絶対喧嘩になるから、ずーっとニコニコしながら、
『それ、良いじゃない』とか言って座って待っている。

結局、アリーは色々悩んだ挙げ句、大きなスリットの入った黒い革のロングスカートと膝丈の黒い編み上げのブーツを履き、パール色のキャミソールの上に、黒いシースルーの半袖のセーターを着た。

着替えたアリーは眩しいくらいに美しく見えた。

僕の方は、ワンパターンだが、黒い細身のスラックスに黒いブーツを履き、黒い薄手のタートルネックに黒い革のジャケットを着た。

アリーは夜遊び用の化粧を施し、僕らはミートパッキングディストリクトに車を走らせた。

”Sex and the City”の影響もあり、ミートパッキングディストリクトは、今まで以上に人が増え、多くのレストランや、バー、クラブができていた。

僕らは、車を止めた後、ミートパッキングディストリクトを少し二人で手をつなぎながら散策した。

 

今週は本当に二人の間に色々な事があった。

アリーのナーバスブレイクダウンもあり、僕らはどれだけの夜を涙でくれたかわからない。

結局、何も解決していないし、何も状況は変わっていないが、今二人は、こうやって手をつないで、まるで何事もなかったように街を歩いている。

この世界全体に取っては、取るに足らないようなちっぽけな存在の僕達二人は、どうにもならない運命に翻弄されながら、右往左往しながら、こうやって生き続けて行くのだろう。 

粧し込んで、僕の手を握り、嬉しそうな顔をして歩いているアリーの横顔を見ながら、僕はふとそんな事を考えた。

僕らは日本料理のレストランに入ることにした。

20分程待たされた後、テーブルに案内された。

白で統一された室内は、いかにも最近流行のチェルシーのレストランという感じで、食事も文句なく美味しかった。

久しぶりに僕らは日本酒をたのみ、色々な食事に舌鼓をうちながら日本酒を楽しんだ。
 
テーブル越しに手を握りながら、グラスを重ね、食事を楽しみ、会話を楽しみ、楽しい時間を過ごした。
 
テーブルが遠かったので、となりのテーブルの客が帰った後に、僕はアリーの隣に腰を下ろし、二人で色々と話をしながら食事をした。 

日本酒が余ってしまったので、アリーが僕に日本酒を飲み干すように言った。
 
僕はアリーに、
『これ以上飲んだら、車を運転できなくなるから、日本酒を飲み干して欲しいのだったら、帰りは君が車を運転してね』と頼んだ。 

食事も終わり、店を出た時にはもうかなり遅くなっていた。 

二人で肩をならべ、手をつないでゆっくりと駐車場に戻った。

ちょっと風が冷たかったけれど、寒くなるとアリーを抱きしめてアリーの温もりを感じ、また歩き出した。

駐車場に着くと、アリーが車を運転すると言い出した。

 

僕は冗談で言ったつもりだったのだが、アリーに運転してもらうのも、悪くないなと思いアリーにキーを渡した。

アリーは
『笑わないでね』と言って僕に目配せをして、右足のブーツだけを脱ぎ、僕のハマーのハンドルを握った。
 
確かにヒールの高いブーツだったので、運転は大変かなと思ったが、大胆に、しかも片方だけブーツを脱いで、ハマーを運転し始めたアリーを見て、僕は笑ってしまった。

そんな事はおかまいなしに、アリーはアクセルを踏み込んで1番街を疾走した。

ハマーは車体の大きな車なので、その運転席に、セクシーな洋服を着た華奢なブロンドがいるのは、人目を引いたらしく、信号で止まるたびに隣の車から色々ヤジが飛んで来た。

アリーはそんなヤジを鼻で笑い飛ばしながら、カーステレオのボリュームをあげ、深夜の1番街を家に向かって走った。

僕はアリーの男勝りなハンドルさばきを横目で見ながら、可笑しくて始終笑っていた。

アリーのアパートにつき、二人とも洋服を床に脱ぎ散らかしたまま、ベッドの中に潜り込み、二人で体を温めあった。

アリーの寝息を肩に感じながら、僕は色々と考え事をした。 

明後日から僕はまた日本だし、アリーの手術の段取りはまだ決まっていないし、医者もこれで6人目だし、二人の間には問題が山積みだ。

考えていれば良いアイディアが浮かんで来るという訳ではないのだが、僕は僕の胸に頭をのせて平和そうな寝息をたてている最愛の女性に、いったい何ができるのだろうか。

どうすればアリーを幸せにする事ができるのだろうかと、思いを巡らせた。

知らない間に小鳥のさえずりが聞こえ、カーテン越しに外が明るくなって来るのが感じられた。


 



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