目次
第一章 愛するということ
天使の指輪 
プロローグ 序章
プロローグ 序章
2006年 6月 ニューヨークの魅力
2006年06月3日  友達の背任行為
2006年 7月 病 
2006年07月05日  独立記念日 
2006年07月07日  七夕
2006年07月24日  病気
2006年07月25日  検査結果  
2006年07月26日  生きる理由
2006年 8月 日本へ
2006年08月04日  手術
2006年08月08日  退院 
2006年08月12日  日本へ
2006年08月23日  赤いドレスの女性
2006年08月24日  狸寝入り 
2006年08月25日  雷雨 
2006年08月26日  祈り
2006年08月31日  時代のうねり
2006年 9月 天国への階段
2006年09月07日  ローズホール
2006年09月10日  泣きじゃくる彼女
2006年09月11日  ワールド トレード センター
2006年09月21日  闘うこと  
2006年09月23日  市民権
2006年09月25日  日曜大工
2006年09月26日  朝日 
2006年10月 一緒に生きる
2006年10月03日  メルトダウン   
2006年10月05日  夜のハーレム
2006年10月08日  助手席
2006年10月09日  買い物
2006年10月14日  友達からのメール  
2006年10月16日  1週間分のキス
2006年10月17日  一緒に生きる
2006年10月18日  雨の火曜日   
2006年10月19日  友達へのメール
2006年10月25日  天使が舞い降りた。
2006年10月29日  神のご加護がありますように  
2006年11月 誕生日プレゼント 
2006年11月01日  ハロウィン
2006年11月02日  誕生日プレゼント
2006年11月16日  セントラルパーク    
2006年11月19日  キティちゃんの指輪
2006年11月20日  Left Alone  
2006年11月22日  仏心
2006年11月23日  小さいウイスキーボトル
2006年11月24日  帰還兵
2006年11月25日  旅の終わり 
2006年11月26日  パリでパン屋さん
2006年11月27日  クリスマスの買い物
2006年11月28日  神にすがる時 
2006年11月29日  スノーフレーク
2006年11月30日  もう一度病院生活に・・・
2006年12月 瞳の中に貴方が見える
2006年12月01日  ポインセチア
2006年12月02日  男の手料理 
2006年12月03日  天気の良い週末  
2006年12月06日  大切な思い出
2006年12月07日  北欧紀行
2006年12月08日  君のもとに帰る
2006年12月09日  The Show Must Go On.
2006年12月13日  東京にて
2006年12月14日  Going Home
2006年12月15日  瞳の中に貴方が見える
2006年12月16日  子守唄
2006年12月18日  クリスマスの匂い
2006年12月19日  君が世の中の全て
2006年12月23日  幸せの総量
2006年12月24日  People Get Ready  
2006年12月25日  クリスマス プレゼント
2006年12月26日  願い事
2007年 1月 天使の指輪
2007年01月01日  スローダンス
2007年01月02日  20年ぶりの友達
2007年01月06日  誕生日
2007年01月08日  天敬愛人
2007年01月13日  両親
2007年01月14日  名こそ惜しけれ  
2007年01月20日  非常勤の顧問
2007年01月22日  ただいま。
2007年01月23日  天使の指輪
2007年01月24日  ホットチョコレート
2007年01月25日  パリ
2007年01月29日  雪のニューヨーク
2007年 2月 雪のバレンタイン
2007年02月01日  愛しい人  
2007年02月02日  あたらしい発見
2007年02月04日  お帰りなさい。
2007年02月09日  残された時間
2007年02月10日  ありがとう
2007年02月11日  テネシーワルツ
2007年02月12日  やせ我慢
2007年02月13日  君が残した優しい思い出
2007年02月14日  雪のバレンタイン
2007年02月16日  僕は信じている
2007年02月19日  愛の力
2007年02月22日  ある別れ
2007年02月23日  別れの季節
2007年02月24日  I'm in.
2007年02月25日   Wild Horses  
第二章 生きるということ
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2007年 2月 陽はまた昇る
2007年02月27日  アリーがいてくれれば
2007年02月28日  陽はまた昇る
2007年 3月 さようなら
2007年03月02日  さようなら。
2007年03月03日  心の整理
2007年03月04日  独り
2007年03月05日  ドライフラワー  
2007年03月06日  冒険の旅へ
2007年03月08日  コミットメント
2007年03月14日  こみあげる涙
2007年03月16日  更正施設の子供
2007年03月19日  天は自ら助けるものを助く。
2007年03月21日  新しい下着
2007年03月22日  夜明けのキャッチボール
2007年03月24日  目標を一つ達成
2007年03月28日  最後まで日本人として
2007年 4月 独り言
2007年04月29日  独り言
2007年 5月 天涯孤独
2007年05月14日  天涯孤独
2007年05月16日  ある家族
2007年05月28日  カタロニアの太陽
2007年05月31日  リスボンにて
2007年 6月 交渉
2007年06月02日  中国での交渉
2007年06月13日  皆で家に帰ろう
2007年06月22日  ベランダに咲く草花
2007年06月24日  あと半年
2007年 7月 人に優しくするという事
2008年07月05日  独立記念日
2007年07月24日  人に優しくするという事
2007年 8月 湊川(ミナトガワ)
2007年08月02日  馬鹿爆弾
2007年08月21日  霧雨
2007年08月29日  遺言
2007年08月31日  湊川
2007年 9月 男の値打ち
2007年09月25日  男の値打ち
2007年09月30日  天気のよい週末
2007年10月 自分の夢
2007年10月10日  自分の夢
2007年10月19日  結婚式の準備
2007年10月22日  妹の結婚式
2007年11月 天敬愛人
2007年11月01日  ハロウィン
2007年11月02日  誕生日
2007年11月16日  死の準備
2007年11月22日  愛情が宿った人形
2007年11月29日  古いもの  
2007年12月 幸せの値段
2007年12月08日   ディズニーランド
2007年12月16日  幸せの値段 
2007年12月18日  綺麗な心
2007年12月21日  大事な家族
2007年12月24日  君を想う気持ち
2007年12月25日  武器よさらば
2007年12月31日  生きるということ
2008年 6月 夢の実現
2008年 6月 夢の実現
アリーが教えてくれた事
アリーが教えてくれた事
晴耕雨読
晴耕雨読
愛のある日
愛のある日
あとがき
あとがき
補足
補足
感想&レビュー
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2006年08月24日  狸寝入り 

ニューヨークにアリーが帰って来たのは良いけれど、アリーも学校に戻ったり仕事に戻ったり、色々生活を立て直さないといけないので、今日からアリーはバイトに戻った。

アリーのバイトが終わる8時まで仕事をし、8時にアリーのバイト先に迎えに行った。
 
アリーのバイト先は、アメリカの3大ネットワークの一つであるNBCのビルの中にあるので、僕はいつもNBCのビルの向いの通りに車を止め、アリーがビルから出て来るのを待っている。

ここはロックフェラープラザと言われる有名な場所なので、まわりには万国旗がはためき、街路樹もライトアップされている。

暫くすると、アリーはビルの回転ドアを開けて姿を現し、とても自然に僕の車の助手席に滑り込んだ。

助手席に座るやいなや、僕の方に体を伸ばしてキスをして、後はアリーの一日、何が起こったかの全てについて話しを始めた。

まるでこの一ヶ月が夢であったかのように、全てが昔のままのように、アリーは自分の一日を僕に話すのに夢中になっている。

別に現実に目を背ける訳ではないけれど、まるで少女のように口を尖らせて、色々な出来事に文句を言っているアリーの横顔を見ていると、可笑しくなって、僕は信号で少し大げさにブレーキを踏み、前のめりになったアリーにキスをした。

『貴方、わざとやったでしょ?』

アリーが少しいたずらっぽい目で僕を睨んで、暫くして笑い出した。

僕らは3番街の角にあるフレンチビストロで遅い夕食を取る事にした。

僕達は通りに出されたテーブル席に陣取り、マッスル(ムール貝の料理)とフレンチオニオンスープとステーキを、それぞれ2人でシェアした。

食事の間に、アリーの生みの親、育ての親との行き違いや、フロリダで何が起こったかについてアリーの話しを色々と聞いた。

アリーの話しを聞いたからと言って、僕に何ができるという訳ではないが、少なくとも僕はアリーの話しを聞いてあげる事ができる。
 
多分、アリーを愛する事の他に僕が今できる事は、アリーの話しを聞いてあげられる事だけかもしれない。 

でもそれでアリーの気が休まるのであれば、僕は何日でもアリーの話しを聞いてあげたい。

 

食事が終わり、家に帰る前にちょっと遠回りをして、二人で橋の近くに車を止め、橋の途中まで二人で夜景を見ながら歩いてみた。
 
夏の終わりの気持ちのよい風を頬に感じながら、僕らは手をつないで橋を渡り始めた。
 
マンハッタンの摩天楼の灯りを見ながら、ブルックリンの暗がりを見ながらゆっくりと歩いた。

僕は10年前にニューヨークで大きな訴訟を経験し、ブルックリン橋の反対側にある、連邦裁判所で1ヶ月間のトライアルを経験した事がある。

自分の全身全霊を込めて闘ったが、10年前のバレンタインデイに、陪審員の評決で有罪を宣告されて、数百億円の負債をクライアントに負わせてしまい、途方に暮れてブルックリン橋を一人で歩いて渡り、真ん中から川底を眺めて死んでお詫びをしようと思った事がある。 

一時は、僕のクライアントに対して有罪の評決が出て、クライアントに数百億円の損害を出すところだったが、その後、再審査請求をして裁判官は評決を覆し、結局、無罪が確定した。

僕の人生の中で忘れられない体験だ。

当初は、僕のクライアントの取り巻きを含めて何10人もいた弁護士団が、予想外に厳しい評決を得た事で、蜘蛛の子を散らしたようにいなくなり、再審査請求を始めた時には、僅か5人に減っていた。

数百億円の評決を貰った後に、評決取り消しの再審査請求をする事は、当時無謀な事だと思われた。

でも、高裁で争った場合には、また何年もの月日がかかり、その間は、僕のクライアントは、暫定的に敗訴と思われ、アメリカでのビジネスもできずおそらく会社は潰れてしまうだろう。

評論家の批評はともかく、現場では死中に活路を見いだす方法しか残されていなかった。

それまでは、長年の友達のような顔をしていた人達が、櫛の歯が落ちて行くように、いつのまにか消えて行った。

僕らはその訴訟の間、ワールドトレードセンターの一角にあるホテルの一フロアーを借り切って、訴訟関係者の宿にしていた。

2001年の9月11日の惨劇で、そのホテルも倒壊してしまい、今はその面影もない。

僕は今でも覚えているが、評決が出た後に、今までいた関係者が蜘蛛の子を散らすようにいなくなった時に、ホテルの一室で、今後を協議する会議を開いた。

残った人間は僅かに5人だった。

 

評決取り消しを求める請求を出すという方針を表明して、周りを見回した。
 
そのとき集まった5人の男達は、誰も言葉を発せずただ黙って頷いた。
 
そしてそれから9ヶ月の死闘の後に、我々は評決の取り消しを勝ち取った。

逆転勝訴のニュースは、蜘蛛の子を散らすように去って行った人間までもまた呼び戻し、客船を借りきり、逆転勝訴を祝うパーティをやった時には、100人近い人々が集まった。

僕は敗訴の評決を貰った後の、暗いホテルの一室での会議を決して忘れない。
 
そしてあの時に残った5人の男達が、無言で首を縦に振った時の瞬間、表情を忘れない。 

まさに男が男に惚れる瞬間だった。

こいつらとであれば、地獄の底まで行けると思った。
 
苦しい時こそ、本物かどうかが分かる。

あれから月日が流れ、5人はそれぞれ異なった人生をあれから歩き始めた。

この訴訟は最終的に評決を覆して無実を勝ち取ちとり、死んでお詫びをせずにすんだが、無実を勝ち取るまでの約9ヶ月間は、全く生きた心地がしなかった事を思い出した。

今から10年以上前の話しだ。
 
アリーと橋を歩いていると急にその話しを思い出して、アリーに昔話しをした。

アリーは風に弄ばされる髪の毛に手をあてながら、僕の話しを聞いていたが、話しを聞き終わると僕の方を向いて、
『貴方が死ぬのは私の為だけで、その他の理由で死んじゃ駄目』と言って僕を見つめた。

その言い方が可笑しかったので、僕は思わず笑い出してしまった。

アリーもそれにつられて笑い出した。

『明日も早いから帰ろうか』と、どちらからともなく言い出して、二人は肩を抱き合いながら、もと来た道を戻って行った。

アパートに帰り、ソファに二人でねっころがり、暫くテレビを見て時間をすごした。

アリーはいつの間にかテレビを見ながら、僕の胸の中で寝てしまったようだ。

僕はアリーを起こさないように、自分の体をソファから引っ張りだし、アリーを抱きかかえてベッドに移した。 

やっとの事でアリーをベッドにうつし、アリーの寝顔にそっとキスをすると、アリーが目をつぶったまま笑って唇を突き出して来た。

狸寝入りしてたの??? 

明日は二人とも朝が早い。

ふざけていないで早く寝ないと。


2006年08月25日  雷雨 

今日は朝からひどい雷と大雨が降っていた。

やはり僕は誰かが言うように雨男なのかもしれない。
 
前も見えない程のひどい土砂降りだったので、雨が一段落するまで家で仕事をすることにした。

ここまで徹底した雨と雷は、潔い感じがして気持ちが良かった。

稲妻が走る以外は空も川面も地面も灰色で、大粒の雨で前も見えず、地上の全ての汚いものが洗い流されているようだった。

僕も、その汚いもの達と一緒に流され、消えてなくなってしまいたい心境になった。
 
ただ現実はそんなに簡単なものではなく、地上には沢山の汚いものが存在し、僕自身も色々悩みを抱えながらも簡単に消えてなくなってしまう事も無い。

暫く雷雨を見つめた後で、鈍った体を目覚めさせる為に、ジムに行き長めのトレーニングをした。

雨が一段落した所で、僕は車に乗り仕事場に向かった。 

仕事中に昔の古い友達のキャメロンから、ふいに電話がかかって来た。

たまたま近くに来ているのでちょっと会いたいという電話だった。

僕はキャメロンを長い間知っているのだが、お互い忙しくて、ここ何年かは会って話をするような事はなかった。

仕事が終わって待ち合わせ場所のバーに行くと、見慣れた後ろ姿がカウンターにもたれかかっているのがすぐわかった。

キャメロンに声をかけると、彼女は振り返り、昔と変わらない笑顔を僕に向けた。
 
かなり痩せたけれども、大きな緑の瞳は昔のままだった。 

久しぶりに僕らは昔話に花を咲かせた。

もうお互いに20年位の知り合いなので、気心は知れているけれど、ここ2~3年は別に喧嘩をした訳ではないのだが、忙しくて会っていなかったので、お互いの近況なんかを話し合った。

 

そんな話の中で、キャメロンはさりげなく、自分のパートナーの病気が進行し、治療に専念する為に、ニューヨークの自分のビジネスを売り払い、テキサスに移り住む決心をした事を話してくれた。

バリバリのキャリアウーマンだった彼女が、自分のパートナーの病気治療に専念し、できるだけ一緒の時間を過ごす為に、全てを投げ捨てて、ニューヨークを離れる決心をした事に、昔の仕事一本やりの彼女を知る僕としては、いささか驚きを隠せなかった。

キャメロンと別れた後、その後ろ姿を見送りながら、僕は、もう彼女に会う事は無いだろうという予感がした。

後ろ姿を見送っている時、キャメロンの姿が涙でかすんで見えた。


2006年08月26日  祈り

今日は昼前に突然の雷雨に見舞われたが、その後はめっきり涼しくなり、そろそろニューヨークも夏の終わりを感じさせる一日だった。

僕は雷雨が大好きだ。

子供の頃から雷がなると急いで窓の近くにかけてゆき、窓を開けて雷がなるのを眺めていた記憶がある。

あの空を引き裂く閃光と容赦のない雨には、地上の全ての汚れたものを押し流してくれるような、そんなイメージがある。

今日は終日、ダウンタウンのオフィスで会議があった。

このオフィスは、2001年の9月11日のあの時も僕がいた場所で、ワールドトレードセンターから100メートル足らずの所にある。
 
会議室の窓からはニューヨーク湾が一望でき、僕は雷雨にうたれる自由の女神を眺めながら物思いに耽った。

雨雲の為に空もあっという間に暗い灰色になり、灰色の海と灰色の空の隙間に、深緑色の自由の女神が雨に濡れて立っていた。

会議室のテーブルの反対側には、相手方の代表が5人程座っていたが、彼らの存在や彼らが発する言葉は僕には届かず、僕は彼らを通り越して窓の先から見える、雨に濡れて立つ女神の顔を凝視していた。

本当はいけないのだろうけれど、僕は直感で仕事をする事が多い。

仕事をする上での最初の直感は、相手方が信用できる人間かどうかと言うポイントだ。

相手方が信用できたり、相手方を好きになれば、話しは簡単に前に進む事が多いが、相手方が言葉は多くても、重みが無く信用ができない場合には、途端に僕の興味のレベルは下がってしまう。
 
先入観で判断をするのは良くないと思うが、僕の場合、最初の10分から15分の印象で、その人と仕事をするかどうかを決めてしまう事が殆どだ。

今日の会議の相手はそういった意味では、僕の心に全く響かず、それもあって僕は殆どの時間を、雨に濡れる女神を見つめて過ごしてしまった。 

何度も自分の哀しみや人の哀しみを見て来た人間としては、見せかけだけの態度は本当に虚ろに見える。

白州次郎の本を読んでいると、白州も吉田茂に請われて米国占領軍との折衝にあたる決心をしたのは、吉田の人となりが好きで、吉田を信じるに値する人間だと判断したからだというのがよくわかる。

人間の人生は短いのだから、僕はやはり本物の人間と一緒に、汗を流して生きて行きたいと心底思う。

 

見せかけの賢さや、優しさ、真意を伴わない言葉は、僕に取っては無価値だ。

また、人にそこまで求める以上は、自分も人に対して本物でありたいと思う。

そういった意味では今日のミーティングは、僕に取っては無意味だったのかもしれない。

あるいは、自分に対しても人に対しても真摯な姿勢で本物であれという反面教師だったのかもしれない。

ミーティングを終えて、雨の上がったダウンタウンから、ロックフェラープラザまでアリーを迎えに車を走らせた。
 
今日は金曜日という事もあり、アリーもバイト先の仕事を早めに切り上げ、6時半過ぎには、ビルの回転ドアをあけて僕の車に乗り込んで来た。
 
折角の金曜日の夜だったが、またいつ雨が降り出すか判らない空模様だったので、外で食事をするのは諦め、ダウンタウンのアルファベットシティに車を走らせ、こぢんまりとした日本料理店で食事をした。

日本料理店ではあるが、アルファベットシティという土地柄もあり、ファンキーな無国籍的なインテリアで、壁は全て水槽で魚が泳いでおり、奥の席はクラブのそれのようなソファがいくつも置かれており、それぞれのソファの周りには、モロッコのテントをモチーフにした布が、天井から床までかけられ、仕切りになっていた。 

そんなインテリアの店を、日本料理店などと呼んではいけないと怒る人もいるかもしれないが、まあニューヨークの事なので大目に見て頂きたい。

僕らは布で仕切られた店の奥のソファを選び、そこで色々な冷や酒を頼んで、利き酒をしながら日本食を摘んだ。

食事をしながら、いつものようにアリーの一日の話しを聞いた。

仕事の話、大学院の話、家族の話、癌の話。
 
いつもと同じような話しではあるが、今日のミーティングでの薄っぺらい話とは違い、アリーの話しには真実の重み、真実の残酷さ、真実の優しさがつまった本当の話であることがすぐ判った。

 

アリーの話を聞きながら、僕もアリーのような真摯で、正直で純粋な人間でありたいと思った。

言う事は簡単だけれども実行する事は難しい。

それが自然にできるから僕はアリーを人として尊敬し、誰よりも愛しているのかもしれない。

このか細くも自分の運命をしっかり受け止め、悩みながらも健気に凛として生き抜こうとしているこの女性に、どうか神様、幸せな人生を授けて下さいますように。 

今の僕にできる事はアリーのそばにいて、アリーの話を真剣に聞く事しかない。

後は一人になった時に、アリーに見つからないようにこっそりと、涙を流しながら神様にお願いをする事しかできない。

 

食事を終え、アパートに戻ると疲れたのかアリーはソファーの上ですぐに眠ってしまった。

 

アリーは僕の隣で静かな寝息をたてている。
 
僕はアリーの髪を撫でながら雨上がりの景色を窓から眺めている。 

テーブルに置かれたロウソクもかなり短くなり、ロウソクの炎は、その最後の命を燃やし尽くすかのように揺れている。 

僕は後で一人でアパートの屋上にあがり、神様にお願いする事にしよう。


2006年08月31日  時代のうねり

熱帯低気圧のせいで、相変わらずアメリカ東部は天気が悪い。 

今日も雨こそ降っていなかったが、空は厚い雲に覆われまるで冬が到来したかのような感じだ。

アリーは、大学院の選択科目受付の最終日だったことから、早く起きて学校に出かけた。
 
僕もいつもの通りジムに行き、1時間汗を流してから仕事場に出かけた。

アリーは大学院に行った後に病院に検査に行き、そのままバイトに行ったので、二人はそれぞれ別メニューで一日を過ごした。
 
僕は一日仕事場で電話をしたりメールをしたり、打ち合わせをしたり忙しく一日を過ごした。 

僕は音楽業界に関わっていた時に、たくさんのゴールドディスク、プラティナムディスク、ダブルプラティナム等のミリオンセールスに関わったので、仕事場の壁には、沢山のゴールドディスクが壁に飾ってある。

これは、僕ら音楽業界に携わったものの間では、古き良き昔の話で、最近はCDの売り上げが落ち込み、ゴールドディスクが出る事も少なくなった。

僕は運良く米国の音楽業界が傾く直前に音楽業界から足を洗ったので、影響を受けずにすんだが、僕の周りの友達にはその影響をまともに受けて、メインストリームから消えてしまった人が沢山いる。
 
僕の先輩で、昔アメリカで一緒に働き、僕より遥か前に、アメリカの音楽業界に見切りをつけ日本に戻り、現在は、日本でメジャーレコード会社の社長をしている人がいるが、日本の音楽業界は、例外的に儲かっているらしい。

でもそうやって生き延びている人はごく僅かだ。

 

僕のオフィスの壁には、いくつかの思い出の写真が貼ってある。 

その中の一枚は、僕と僕の古い友達のロンと一緒に、イタリアのモンツアのフェラーリのテストコースに行った時に取った写真が飾ってある。

ロンは僕より相当年上だが、昔、彼はDJという立場を活かして、数々のアーティストとのコネクションを作り、あるときDJをやめてアメリカのメジャーレコード会社に転身し、重役まで上り詰めた男だ。

しかし、音楽業界を巻き込んだデジタル化の新しい動きについていけずに、数年前に表舞台から姿を消した。

ロンは僕がアメリカに来た時に、右も左もわからないアメリカのマフィアビジネスのいろはを教えてくれたメンターの一人だった。

ロンをなくして今の僕はあり得ない。
 
しかし、時代は残酷なもので、時代の大きなうねりはロンを飲み込み、今となっては跡形もなく、ロンを思い出すのは、僕のように律儀に彼と一緒の写真を飾っているような人間だけなのかもしれない。
 
生き馬の目を盗むと言うが、まさにここでの仕事はそういうもので、情け容赦はなく、一瞬でも立ち止まったら、取り残され、過去の闇の中に葬り去られてしまう。 

ここまで来たら僕に立ち止まる事は許されない。立ち止まったら、彼と同じように時代の波に飲まれて過去の闇に葬られてしまうだろう。

僕には守らなければいけない大事な人がいる。

アリーの為にも僕には立ち止まる事は許されない。

写真の中でF40(フェラーリ)に寄っかかって満面の笑みを浮かべているロンに、僕は紙コップのコーヒーで乾杯の真似をして、暫く彼の写真を見つめた後、自分を奮い立たせて、次の会議に出かけて行った。

アリーのバイト先の仕事が7時半に終わったので、アリーをバイト先に迎えに行った。

ニューヨークの交通マナーは東京よりも悪いと思う。

自己主張をしないとどんどんおいていかれてしまい、前に進めないのは、いかにもニューヨークという感じだ。

やっとの思いで渋滞をかいくぐってアリーをピックアップし、食事に出かけた。

 

今日はニューヨーク大学の近くの行きつけのイタリア料理屋に出かけ、僕が一番気に入っているフランス産のセンセアのワインとスキャンピ(海老を使った北米料理)を食べた。

食事をしながら、アリーの大学院の色々な書類の準備や、アリーのクラスの予習を一緒にやった。
 
レストランで大学院の教材を広げて、勉強をしながら食事をするカップルというのもなかなか珍しいと思う。

勉強をした後に色々な話をしたが、アリーは摘出した癌が、他に転移していないかをひどく気にしており、首の近くのリンパ腺に腫れ物ができたので、また病院に戻る事に決めたと言った。

僕はアリーの手を握ったまま、
『用心にこした事はないから、ちゃんと病院に行った方が良い。それじゃないと安心して色々な所に遊びに行けないから』と言っていたずらっぽく笑ってみせた。

アリーも笑い出して僕の鼻を摘んだ。


”アリーは、癌がリンパ腺にとんでいる事をまだ知らない”


僕はアリーの弟からそのことを聞いていた。 

今は色々なこと全てが心配になるけれど、心配してもきりがないからお医者さんに任せるしかない。

今度の週末には、二人でいくつかの家を見に行こうという話になった。

僕は過去の恋愛での苦い経験があり、それ以来、同居というものをしないようにしてきた。

アリーが病気になったからという訳ではないが、ここに来て、アリーとだったら同居をしたいと思うようになり、今は二人であちこちを歩いて家を探している。

 
兎に角、僕は今、自分に悔いが残らないように毎日を生きたいと思う。
 
アリーにはアリーの問題があり、僕も色々な問題を抱えている。

ちょっと目をそらすとロンのように全てを失い、歴史の闇に捨てられる世界に身を置いて何年もの月日が経ち、僕自身がもう疲れてきているのも感じ始めている。

だけど今はアリーの為にできる事は何でもしたい。
 
自分が疲れたなどとは言っている暇はない。
 
アリーの幸せそうな顔と微笑みだけが、僕が明日という日を生き抜こうとする唯一の理由だ。


2006年09月07日  ローズホール

今日は仕事が終わってから、アリーを連れてタイムワーナービルディングに新設されたローズホールというコンサートホールに、エルトンジョンを観に行った。

ローズホールは、収容人数は、数千人の小さいホールで、エルトンジョンクラスのタレントは、一万人以上収容可能なマディソンスクウェアガーデンみたいなアリーナでコンサートをするのが普通だが、今回のコンサートは、エイズ撲滅の為のチャリティーコンサートだったので、一夜限りのショーという事で、ローズホールで行われた。

エイズ撲滅のチャリティで、ファッション業界のバックアップがあったので、観客の多くは、ファッション業界の人が多く、ブライアン パークで行われるファッションショーのような趣があった。

アリーには粧し込んで来るようにだけ伝え、どこに何をしに行くか言わなかったので、どこに行くか伝えた時にはちょっと面喰らっていたが、アリーを驚かす事には成功したようだ。

タイムワーナービルディングは、3年程前に、セントラルパークの南側のコロンバスサークルに新しくたてられたガラス張りの高層ビルだが、その5階が、リンカーンセンターのジャズのコンサートホールになっている。

今日はチャリティイベントという事もあり、玄関には赤絨毯が敷かれ、TV局のクルーが、赤絨毯の上を歩く有名人の取材をしているのにまぎれて、僕とアリーも会場に入った。

まわりには、カクテルドレスを着ている女の人も結構いたので、一応フォーマルな格好をしていたアリーも、ちょっと気後れがしたようで、
『前もって教えてよ』とちょっと怒られたが、ニコニコしていたので、僕のサプライズはどうやら成功したようだ。

 

コンサートは、夜の8時から11時まで新旧色々な曲を取り混ぜて3時間行われた。 

最後のメドレーは観客も総立ちで、ローズホールはダンスフロアになってしまい、かなり盛り上がったコンサートだった。

11時過ぎにコンサートが終わり、僕らはタイムワーナービルを後にして、僕の車がとめてある駐車場に二人で手をつなぎながら歩いて帰った。

コンサートの最後の方に、エルトンジョンは、新曲の”Bridge”(ブリッジ)を演奏する前に、新曲の”Bridge”に関して少し話をした。 

エルトンジョンは、39年間芸能活動をして来年から40年目に入るそうだ。

その中で紆余曲折があり、色々先の事について悩んだ時に、彼は、結局自分がやりたい事をするという基本に立ち戻り、唄を作り、唄をうたうことが一番自分のやりたい事だと再確認したそうだ。


新曲の”Bridge”の歌詞は、誰もが人生を生きて行く節目節目で、ある決断をするか、そこから去って行くかの決断を迫られる時があり、人はその都度に決断をしなければいけないというもので、彼は40年目に入るにあたって、新たにこの道を突き進むという決断をしたと語った後に新曲の”Bridge”を唄い始めた。

駐車場から車を出し、アリーのアパートに向かって車を走らせている中でアリーがその話を始めた。

そしてアリーは、
『過去の自分は人に気兼ねをして、自分を押し殺してきたけれども、エルトンジョンが言うように、自分が好きな事をする為に、今までの生活を清算し、大学に戻り、これからは、自分の為に生きて行きたい』と僕にぼそりと言った。
 
そして僕の方を向き、
『今日はありがとう』と言って優しくキスをしてくれた。

 

偶然にもカーラジオからは、エルトンジョンの”Bridge”が流れて来た。

アリーの決断を応援するように、エルトンジョンが、
『誰もが節目、節目で決断をしなければいけない。橋を渡って行くか、そのまま逃げていくのか』と唄っている。

僕は今日、夜中に仕事があるので、アリーの睡眠を邪魔しないように自分のアパートに帰る事にした。

アリーのアパートの前に車を止めて、車の中で暫く二人で話をした後に、僕は車から降り、助手席のドアを開けアリーを車から降ろした。
 
おやすみのキスをして、アリーと別れる時に、車のバックシートに隠しておいた花束をアリーにあげた。

アリーは花束を見ると言葉を失った。

アリーは過去に色々あって、自分らしさを取り戻す為に勇気を出して全てを捨て、原点に戻って頑張ろうと思った矢先に、癌を告知されてしまった。 

現実はそんなに甘いものではないという事くらい、僕も百も承知しているが、アリーにはそんなに思い詰めて欲しくない。 

まだ30そこそこの女の子なんだし、たまには歯が浮くような甘い日があっても良いと思うし、ほんのちょっとでも日常の辛さを忘れさせる事ができれば。

アリーの微笑みがちょっとでも見る事ができればと僕は心の底から思っている。 

僕にはこういう愛し方しかできないのかもしれない。

 

 

 

昨日のエルトンジョンのコンサートから一夜明けて、また平凡な毎日が僕を待っていた。

朝6時前に起きジムに行き1時間汗を流した後、朝の7時過ぎにヨーロッパとビデオ会議をして、軽い食事を食べた後、僕は仕事場に車を走らせた。

仕事場につき仕事を始めて暫くすると、目を覚ましたアリーから電話がかかって来た。 

今朝のビデオ会議の結果を話したり、アリーは自分の予定を話したりし電話を切った。 

アリーは午前中に病院に行って検査をし、その後で大学に行った。
 
授業は8時半に終わるので、僕はそれまでに仕事を一段落させて、車を飛ばし大学までアリーを迎えに行った。

アリーをピックアップし、二人で軽く食事をした後に、近くのホテルのバーでちょっと酒を飲んだ。

二人で暗いバーの止まり木に腰を下ろし、アリーの大学の話、生みの親とのいさかいの話など、とりとめのない話を続けた。

アリーから色々と悩みを打ち明けられ相談にのった。

 
厳しい顔で色々な問題について色々話をした後、アリーは暫く沈黙した。
 
どうしたのかなと心配に思ってアリーの方を覗き込むと、アリーは
『貴方に愚痴って、あーすっきりした』と涼しい顔をして僕に微笑んだ。

僕もアリーの顔を見て微笑んだ。

バーテンが一瞬こちらの方を見たけれど、何もなかったように向こうを向いて、またグラスを磨き始めた。

ニューヨークで一番美しい季節の秋が、もうすぐそこまで来ている気がした。



 



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