目次
第一章 愛するということ
天使の指輪 
プロローグ 序章
プロローグ 序章
2006年 6月 ニューヨークの魅力
2006年06月3日  友達の背任行為
2006年 7月 病 
2006年07月05日  独立記念日 
2006年07月07日  七夕
2006年07月24日  病気
2006年07月25日  検査結果  
2006年07月26日  生きる理由
2006年 8月 日本へ
2006年08月04日  手術
2006年08月08日  退院 
2006年08月12日  日本へ
2006年08月23日  赤いドレスの女性
2006年08月24日  狸寝入り 
2006年08月25日  雷雨 
2006年08月26日  祈り
2006年08月31日  時代のうねり
2006年 9月 天国への階段
2006年09月07日  ローズホール
2006年09月10日  泣きじゃくる彼女
2006年09月11日  ワールド トレード センター
2006年09月21日  闘うこと  
2006年09月23日  市民権
2006年09月25日  日曜大工
2006年09月26日  朝日 
2006年10月 一緒に生きる
2006年10月03日  メルトダウン   
2006年10月05日  夜のハーレム
2006年10月08日  助手席
2006年10月09日  買い物
2006年10月14日  友達からのメール  
2006年10月16日  1週間分のキス
2006年10月17日  一緒に生きる
2006年10月18日  雨の火曜日   
2006年10月19日  友達へのメール
2006年10月25日  天使が舞い降りた。
2006年10月29日  神のご加護がありますように  
2006年11月 誕生日プレゼント 
2006年11月01日  ハロウィン
2006年11月02日  誕生日プレゼント
2006年11月16日  セントラルパーク    
2006年11月19日  キティちゃんの指輪
2006年11月20日  Left Alone  
2006年11月22日  仏心
2006年11月23日  小さいウイスキーボトル
2006年11月24日  帰還兵
2006年11月25日  旅の終わり 
2006年11月26日  パリでパン屋さん
2006年11月27日  クリスマスの買い物
2006年11月28日  神にすがる時 
2006年11月29日  スノーフレーク
2006年11月30日  もう一度病院生活に・・・
2006年12月 瞳の中に貴方が見える
2006年12月01日  ポインセチア
2006年12月02日  男の手料理 
2006年12月03日  天気の良い週末  
2006年12月06日  大切な思い出
2006年12月07日  北欧紀行
2006年12月08日  君のもとに帰る
2006年12月09日  The Show Must Go On.
2006年12月13日  東京にて
2006年12月14日  Going Home
2006年12月15日  瞳の中に貴方が見える
2006年12月16日  子守唄
2006年12月18日  クリスマスの匂い
2006年12月19日  君が世の中の全て
2006年12月23日  幸せの総量
2006年12月24日  People Get Ready  
2006年12月25日  クリスマス プレゼント
2006年12月26日  願い事
2007年 1月 天使の指輪
2007年01月01日  スローダンス
2007年01月02日  20年ぶりの友達
2007年01月06日  誕生日
2007年01月08日  天敬愛人
2007年01月13日  両親
2007年01月14日  名こそ惜しけれ  
2007年01月20日  非常勤の顧問
2007年01月22日  ただいま。
2007年01月23日  天使の指輪
2007年01月24日  ホットチョコレート
2007年01月25日  パリ
2007年01月29日  雪のニューヨーク
2007年 2月 雪のバレンタイン
2007年02月01日  愛しい人  
2007年02月02日  あたらしい発見
2007年02月04日  お帰りなさい。
2007年02月09日  残された時間
2007年02月10日  ありがとう
2007年02月11日  テネシーワルツ
2007年02月12日  やせ我慢
2007年02月13日  君が残した優しい思い出
2007年02月14日  雪のバレンタイン
2007年02月16日  僕は信じている
2007年02月19日  愛の力
2007年02月22日  ある別れ
2007年02月23日  別れの季節
2007年02月24日  I'm in.
2007年02月25日   Wild Horses  
第二章 生きるということ
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2007年 2月 陽はまた昇る
2007年02月27日  アリーがいてくれれば
2007年02月28日  陽はまた昇る
2007年 3月 さようなら
2007年03月02日  さようなら。
2007年03月03日  心の整理
2007年03月04日  独り
2007年03月05日  ドライフラワー  
2007年03月06日  冒険の旅へ
2007年03月08日  コミットメント
2007年03月14日  こみあげる涙
2007年03月16日  更正施設の子供
2007年03月19日  天は自ら助けるものを助く。
2007年03月21日  新しい下着
2007年03月22日  夜明けのキャッチボール
2007年03月24日  目標を一つ達成
2007年03月28日  最後まで日本人として
2007年 4月 独り言
2007年04月29日  独り言
2007年 5月 天涯孤独
2007年05月14日  天涯孤独
2007年05月16日  ある家族
2007年05月28日  カタロニアの太陽
2007年05月31日  リスボンにて
2007年 6月 交渉
2007年06月02日  中国での交渉
2007年06月13日  皆で家に帰ろう
2007年06月22日  ベランダに咲く草花
2007年06月24日  あと半年
2007年 7月 人に優しくするという事
2008年07月05日  独立記念日
2007年07月24日  人に優しくするという事
2007年 8月 湊川(ミナトガワ)
2007年08月02日  馬鹿爆弾
2007年08月21日  霧雨
2007年08月29日  遺言
2007年08月31日  湊川
2007年 9月 男の値打ち
2007年09月25日  男の値打ち
2007年09月30日  天気のよい週末
2007年10月 自分の夢
2007年10月10日  自分の夢
2007年10月19日  結婚式の準備
2007年10月22日  妹の結婚式
2007年11月 天敬愛人
2007年11月01日  ハロウィン
2007年11月02日  誕生日
2007年11月16日  死の準備
2007年11月22日  愛情が宿った人形
2007年11月29日  古いもの  
2007年12月 幸せの値段
2007年12月08日   ディズニーランド
2007年12月16日  幸せの値段 
2007年12月18日  綺麗な心
2007年12月21日  大事な家族
2007年12月24日  君を想う気持ち
2007年12月25日  武器よさらば
2007年12月31日  生きるということ
2008年 6月 夢の実現
2008年 6月 夢の実現
アリーが教えてくれた事
アリーが教えてくれた事
晴耕雨読
晴耕雨読
愛のある日
愛のある日
あとがき
あとがき
補足
補足
感想&レビュー
感想&レビュー

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2007年 1月 天使の指輪

2007年01月01日  スローダンス

2007年1月1日のニューヨークは、深い霧が立ち込め、雨に包まれた一日だった。

3時過ぎに僕はアリーの病院に出かけた。 

アリーの病室に入り新年の挨拶をして、アリーに今年最初のハグをした。

アリーも微笑んで新年の挨拶をして、まるでそうやって僕から栄養を摂取するかのように、長い間、僕にハグをしてくれた。

もしも病室にスローな曲でも流れていたら、そのままスローダンスにでもなってしまうような長いハグだった。

でもこれが、一番お互いの体温を感じあい、血流を感じあい、お互いが生きているのだと再確認できる一番の方法だ。

僕達は長い時間ハグをして、お互いの暖かさを感じあい、互いに今、生きていて時間をともに過ごしている事を感謝した。

アリーも同じような事を考えていたようで、
『こうしていると暖かいね』と言って僕に向かって微笑んだ。

僕も微笑んでアリーの鼻の頭にキスをした。

僕はいつものようにパイプ椅子をベッドの近くにもっていき、アリーの手を握って、アリーの横に腰を下ろした。
 
僕らはいつものように、ありきたりの話をした。
 
当たり前な時間が、当たり前のように、当たり前な二人の間を通り過ぎていった。

アリーと手を繋ぎ、アリーの温もりを感じながら話をしていて、僕は、最近の若者や子供達は、自分以外の周りの人間が、生身の人間であると言う事を忘れているのではないか?と思い始めた。

 

僕は病気でボランティア活動ができないアリーに代わって、ボランティア活動に参加している。

それは、犯罪を犯した子供や若者の更正施設のカウンセリングだが、やはりそういう子供達と話をして感じるのは、社会を構成している周りの人間が、同じ生身の人間であると言う事を、再確認できる環境にないのではなか?という事だ。

ゲーム感覚でサイバーワールドと、現実世界の区別がつかないような生活をしてきた若者達に、人間がいかにか弱い存在で、生身の人間なのだと言う事を理解させるには、やはり体の温もりを感じさせながら一緒に生きていくと言う姿勢を見せる事が大事なのかな?と思うようになってきた。

殺すのは簡単だけれども、生かすのは非常に難しい。

そして周りの人を生かさないと、自分も生きていく事はできない。
 
自分も含めて人間はか弱く、たった一人では生きていく事はできない。
 
なぜならば、人間は社会生活の中で共生していく生き物だから。

そんな事をアリーに話をすると、アリーは微笑んで、
『アタシの体が元に戻るまで、貴方がかわりにボランティアをしてくれて嬉しい。貴方の話を聞いているだけで、アタシは自分のしたいことを しているような気持ちになれるから』と言って最後に
『ありがとう』と言ってくれた。

僕は黙ったまま、握っていたアリーの手をより強く握ってアリーに微笑んだ。

自分を中心にして世の中を見るのではなく、世の中にいる自分を俯瞰する。

そして、自分が生かされている世の中にたいして一体どのような貢献ができるのかを考える。

僕が10歳も年下のアリーとつきあって、アリーから学んだ事だ。

その日も僕は、また病院で夜をあかした。
 
待合室の長いすで仮眠を取るのも、もう慣れてしまった。

ただアリーの温もりを身近に感じ、少しでも一緒に時間を共有する為に。


2007年01月02日  20年ぶりの友達

結局1月1日は病院に泊まり、僕は病院の長いすで仮眠を取って2日の朝を迎えた。

僕は朝もやの中を、外のドラッグストアまで歩いていき、そこで新聞を買った。
 
病室に戻り、コーヒーを飲みながら買ってきたニューヨークポストに目を通した。

表紙は依然としてフセインで、彼の処刑が断行された事に関する続報だ。

戦争、汚職、殺人事件、ゴシップ、と暗いニュースが続く。
 
一通り記事に目を通した後、僕はライブ音楽の欄を何気なく読んでいた。

新聞を眺めていると、ウエストビレッジの小さなブルースバーに懐かしい名前を見つけた。
 
僕の古い友達の一人マイケルが、ニューヨークに戻ってきて、そこでブルースを弾いているらしかった。

マイケルと最後に会ったのは、僕がまだミュージシャンを夢見ていた頃だから20年も前の話だ。

もうとっくに死んでしまったと思っていたのに、マイケルの名前をローカル紙に見つけて、僕はちょっと嬉しくなった。

新聞を見ながら微笑んでいると、隣で寝ていたアリーが目を醒ましたようで、僕の方を向いて
『何をそんなに嬉しそうにしているの?』と聞いた。

僕はアリーに朝の挨拶をしてアリーの手をとりながら、ローカル紙で20年以上前の友達の名前を偶然見つけた話をした。

するとアリーは、僕の髪の毛を撫でながら、
『せっかくだから、そのお友達に会ってきたら?』と言った。

最初はあまりにも昔の話なので、ちょっと僕の方にためらいがあったのだが、アリーに言われるうちに、僕もすっかりその気になり、20年ぶりにマイケルに会いに行く事にした。

午前中はアリーと病院で過ごし、午後に少し仕事をして、夕方に一度家に帰って着替えをした。
 
家の郵便ポストを開けると、日本の里子たちからの手紙が幾つか入っていた。

手紙の中を開けてみると、アリーが選んだクリスマスプレゼントを着た子供達の写真が幾つか入っていた。

皆、アリーが選んだ服を着て、にこやかに笑っていた。
 
アリーに見せたら喜ぶだろうなと思い、僕はその手紙を革ジャンのポケットに押し込んだ。

僕は結構図々しいようで、20年ぶりに会う友達なのに、ちゃっかり物置から自分のギターケースを取り出して、どれを持っていくか考えていた。

 

まだマイケルが昔と同じ音楽をやっているとすれば、シカゴスタイルのエレクトリックブルースなので、僕は古いファイアーバードを持っていく事に決めた。

ギターケースを抱え、僕はウエストビレッジのバーに向かった。

丁度ステージの最中だったので、邪魔にならないようにカウンターの端に座り、マイケルの演奏を20年ぶりに聞いた。

相変わらずエッジの効いたご機嫌のブルースギターで、僕が思ったとおり、シカゴスタイルのエレクトリックブルースをやっていた。

マイケルも年をとった分、腕を上げたなと言う感じがした。

前から上手い奴だったけれど、素晴らしい演奏だった。

ステージが終わり、マイケルが舞台を降りて、バーカウンタで酒を飲みだしたので、僕はマイケルのところに行き、
『久しぶりだな』と声をかけた。

マイケルは、僕の方を見て暫くきょとんとしていたが、僕が誰だかわかったようで、飛び上がって、
『ああ、神様。ずっと連絡が取れなかったし、お前は死んだって何人かに言われたから、死んでしまったのかと思っていたよ』と言って僕を力いっぱい抱きしめた。

『何回か死に損なったけれど、まだ何とか生きているよ』と答え、僕もマイケルを抱きしめて、20年ぶりの再会をふたりで喜び合った。
 
そのままカウンターで、二人で色々な話をした。
 
20年も会っていないと、本当に積もる話が山ほどあった。

あっという間にウイスキーのビンが空になった。

客はあまり入っていなかったが、2回目のステージがあったので、僕は自分のギターケースを指差して、
『邪魔しても良いかな?』とマイケルに聞いた。

マイケルは、僕の肩を力いっぱい叩き、
『ギャラはやらないけど、それでも良いならいいよ』と言って笑った。

僕も笑った。

お客さんには、迷惑をかけてしまったと思うけど、二人で酔っ払ったまま、気ままに昔のブルースなんかを弾かせてもらった。
 
僕がファイアーバードをそのまま直接アンプに繋ぐと、マイケルはそれを笑って見て、
『お前は20年たっても全然変わらないな』と言ってまた笑った。

僕はステージでもエフェクタを使わずに、ギターをアンプに直結して演奏をする。
 
ぶっきらぼうと言えばぶっきらぼうだけど、音に細かく味付けをするよりも、カッティングと音圧で、自己主張をしたいと言うのが僕の当時のポリシーで、20年たっても同じ弾き方しかできない僕が、可笑しかったのだろう。

2回目のステージも無事に終わり、その後そのバーでマイケルとしこたま飲んだ。

あまり遅くならないうちに、アリーのところに顔を出したかったので、マイケルにそのバーで待っていてもらう事にして、僕はタクシーを飛ばして病院に戻った。

病室の扉を開けるとアリーは目を瞑っていたが、ドアの音で目を開け、僕を見つけると優しく微笑んでくれた。

僕はアリーの横に座り、マイケルにあった話をし、ポケットから日本の里子からの手紙を取り出し、写真を見せた。

アリーは、自分が選んだ服を着て、満面の笑みを浮かべている子友達の写真を眺めながら、目を細めて
『やっぱり、アタシの趣味がいいからね』と得意げに僕を見た。

暫くアリーと色々な話をした。

アリーは僕の髪の毛を撫でながら、僕の話を嬉しそうに聞いていた。

そして
『わざわざアタシの為に帰ってこなくても良かったのに』と言って微笑んだ。 

僕が
『でも子供達の写真を見せたかったから』と言うとアリーは笑って、僕を自分の子供のように包み込んだ。

そして
『アタシはもう眠るから、その友達のところに戻りなさい。でもあんまり飲み過ぎないようにね』と言って笑った。

僕も微笑んでアリーを寝かしつけ、病室を後にし、マイケルの待つダウンタウンのバーに戻った。
 
マイケルは、まだバンドの仲間達とカウンターで酒を飲んでいた。
 
マイケルは僕を見つけると、
『このファイアーバードを人質に持って行っちまおうかと思ってたよ』と大きな声で言って、また大きな声で笑った。

20年間の空白がまるで存在しなかったのように、僕らの間で自然に時間が流れた。

まるで全てが昔のようだった。

ただひとつ違うのは、お互いまだ若いつもりでも、やっぱりそれなりに年輪を重ねたところかもしれない。

マイケルにその話をすると、大きな声で笑って、
『それが生きるっていう事なんだよ。でもお前は死んだって聞いてたから、こうやって生きていてくれて、こうやってまた酒がのめるんだから、これ以上嬉しいことはないよ』と言ってくれた。

確かに、それが生きるという事なのかもしれないと思った。

 


2007年01月06日  誕生日

今日もまた暖かい一日だった。

僕は久しぶりに家に帰り少し休んだ後、ジムに行き2時間程汗を流した。
 
フロリダに休暇に行っていた僕のトレーナーのネルがニューヨークに帰って来たので、久しぶりにネルと一緒に汗をかいた。

毎日、一人で運動はしていたけれど、やはりトレーナーと一緒だとキツい。
 
2時間運動をして、ヘロヘロになりながら、久しぶりに家の掃除をして、あついシャワーを浴びて着替えをした。

今日は僕の誕生日だ。
 
この年になると、自分の誕生日などは関係なくなるのだけれども、アリーから8時半に病院に来て欲しいと言われたので、これからアリーに会いに行く所だ。

 

アリーからは、
『病室で誕生日なんて祝って貰った事ないだろうから、楽しみでしょ?』などと訳のわからないことを言われたが、本当にその通りなので、昨日の夜に
『楽しみです』と答えたら、アリーは僕の返事に満足したように、何度も頷いて悪戯っぽく笑っていた。

病室で誕生日を祝ってもらうというのも初めてだけれども、それでもアリーの気持ちは嬉しい。

 

 

 

アリーの病室に入ると、びっくりした事に、アリーはベッドにこそ横たわっていたものの、病院の寝巻きではなく、目も覚めるような真っ赤なドレスを着て、ちゃんと化粧をしていた。

『誕生日おめでとう』とアリーは言って微笑んだ。
 
そして
『貴方の誕生日くらいは、ちゃんとした格好をしないと、嫌われちゃいそうだから』と言って笑って見せた。

そのドレスは、前に何かのカクテルパーティーに呼ばれた時に、着ていった僕のお気に入りのドレスで、パリに行くときには、またどこかのカクテルパーティーに行こうと二人で話をしていた。

『思っていたよりも入院が長引いちゃったから、パリに行く前にもう一度、このドレスを見てもらおうと思ったんだけれど、やっぱり、痩せたからちょっと着られないかもしれないね』とアリーは言った。

僕は
『パリに行ける頃には、また体重も戻っているから大丈夫だよ。また新しいドレスを作ったって良いし』と言い、
『とても綺麗な誕生日プレゼントを見せてくれてどうも有難う』とアリーに微笑んだ。

自分の体も思うように動かせず、体中にチューブを突き刺されているのに、無理してこんなドレスなんか着て見せなくても良いのに、自分のできる範囲で、なんとか僕を喜ばせようとしているアリーの健気さが何とも切なかった。

隣にアリーと親しい看護婦がいた。
 
きっとその看護婦が、アリーにこのドレスを着せてくれたのだろう。

僕はアリーにもう一度
『綺麗だね』と言い、看護婦の方に目配せをして
『ありがとう』と言った。

看護婦はアリーに
『先生が帰ってくるまでに、もとの格好に着替えてくれないと困りますからね』と困ったような顔をしてアリーに言い、僕の横をすり抜けて病室から出て行った。

僕は、ここまでしてドレスに着替えてくれたアリーの気持ちに答えたいと思い、いつものパイプ椅子ではなく、アリーを正面から見る事ができるようにベッドに腰を下ろし、アリーと向き合うような形で話をした。

 

『ケーキもプレゼントもないけれどゴメンネ。病院を出られたら、もう一度、誕生日してあげるから、それまで待っていてね』とアリーは申し訳なさそうな顔をして言った。

僕は、ただ
『OK』と言って陽気に頷いて見せた。

アリーは
『せめて誕生日のカードだけでも作ったから、貰ってください』と言って自分で作ったカードを僕にくれた。

和紙のような紙を素材にして、上に貼り絵を施したカードだった。
 
下には青い光沢のある素材で、川の流れがデザインされ、上には金色の光る素材で、枯れ枝が配置され、そこからまさに落ちた一枚の落ち葉が、川の流れに乗っている貼り絵だった。

そこには、こう書いてあった。


”貴方が私の人生に登場してから、貴方はずっと私の親友であり、私が愛した男の人でした。

貴方は、私が何も言わないのに、私が必要とするものを全て与えてくれました。

私も、貴方に全てを与える事ができればと思います。

誕生日おめでとう。

私はあなたを愛しています。”


カードを読み、貼り絵を眺め、またカードを読み返した。

そしてアリーを見て、僕は
『I love you.』と言った。

シンプルだけど、アリーらしいカードだった。
 
アリーはもう一度、
『誕生日おめでとう。そしていつもどうも有り難う。貴方がしてくれた全ての事を感謝しています』と言って優しく微笑んだ。

僕は正直言って、アリーが女だっていう事を、病気が重くなってからずっと忘れていたので、アリーには申し訳ないことをしたなと反省した。
 
女の子はどんな状況でも女の子なんだなと、今日のアリーを見て思った。

アリーとしては、ドレスを着ることによって、いかに自分が変わってしまったかって事を目の当たりにしてしまうわけだから、すごく勇気が要った事だと思う。

それでも僕の為に、女である事をアピールしてくれたアリーの優しさに涙が出た。

僕にとって、何よりの誕生日プレゼントだった。


2007年01月08日  天敬愛人

1月6日、7日と病院に2泊した。
 
本当は見舞い客が病院で夜を明かすのは認められていないので、病院側も嫌がるのだが、いつの間にか、病院側もしょうがないと思うようになったようだ。

そんな事もあり、週末はずっとアリーと一緒に過ごした。
 
二人でずっと週末を過ごすなんていうのは、アリーがまだ入院する前の事だったので、ずっと昔の事のような気がした。

6日はアリーにドレスで誕生日を祝ってもらい、7日はいつものように病室で二人でゆっくりとしていた。
 
穏やかな週末だったのでDVDを何本か借りてきて二人で見たり、僕が病室の掃除をしたり新しい花を買ってきて飾ったり、そんな当たり前の事をして過ごした。

静かで平和な時間が、ゆっくりと過ぎて行った。

ただ二人でいるだけで、こんなにも心穏やかに時間を過ごす事が出来るという事をすっかり忘れていた。

二人で同じ時間を過ごせるだけで僕は幸せを感じれられた。

後どの位、二人に時間が残されているのかなどと心配するのは野暮な事だ。

どんな健康な人にも必ず終わりはある。
 
その終わりを気にして、今の幸せを満喫できないのは、不幸だと思う。 

桜の花のように、その瞬間を満喫し、感謝し、潔く、凛としていたい。
 
そんな事を考えさせられた週末だった。

今日からアリーの両親がニューヨークを訪れ、10日程滞在し、アリーの世話をするらしい。

という事は、僕はアリーに10日程会えない事になる。
 
これだけ近くにいても、会えない時は会えないのだ。

何とも言えない気持を抱えて僕は仕事を続けた。

 

自分の運命を受け入れ、天を、天命を受け入れ、それを敬う。
 
天を敬うという事は、天と同じように、自分の事はさておいて他人を敬う。
 
それが、天敬愛人(天を敬い、人を愛する)という事だ。

僕の大好きな西郷南州の言葉だ。
 
僕は西郷南州翁のように、国を背負うような器の人間でもないし、ちっぽけな存在に過ぎないが、僕の小さいなりの世界の中で、アリーを通じて学んだ事に、南州翁の言葉は、共通するものがあるような気がする。

自分にどんな運命が迫って来ても、それを嘆いたり、人のせいにしたり、恨んだりせず、天命として受け入れる。
 
天命を敬い、天命の指示に従うように、まるで天が平等に人を愛するように、自分も他人を愛する。

僕はアリーの為に生きている。
 
そして、アリーを通じて知る事ができた、数々の助けを必要とする人達の為に生きている。
 
そんな中で、僕が、自分の為にアリーの両親と喧嘩をして、アリーとの時間を勝ち取ろうとするのは、天敬愛人の精神からは反しているような気がする。

僕はその分、人の為に尽くせば良い。
 
アリーに僕の気持もきっと伝わるはずだ。
 
そんな事は言っていても、頭ではわかっていても、僕も生身の人間だから、流石にアリーに会えないのは正直辛い。

僕は自分の気持を鎮める為に、更生施設の子供達と話をして、自分自身を忙しくさせた。

でも常にアリーの事を考えている。
 
たまに上着のポケットに忍ばせたアリーの写真を引っ張りだして、それを見ながらアリーに話しかけてみたりする自分がいた。

夜になり、病院の看護婦から電話があった。

看護婦が言うには、アリーから僕に電話をするように頼まれたそうだ。
 
言われた通りに、夜の9時過ぎにアリーの病室に出かけて行った。

丁度、アリーの両親は家に荷物を取りに帰った所だった。 

15分程の時間だったけれども、僕はアリーと一緒に時間を過ごした。

まるで泥棒猫みたいでちょっと気持が萎えたけれども、15分でもアリーに会えるのは嬉しい。

病室に入ると、アリーは僕を笑顔で迎えてくれたけれども、じきに涙を一杯目に浮かべ、そして泣き出してしまった。

 

あれだけ強いアリーでも、やはり挫ける時はある。
 
僕は、ただアリーの話を聞き、アリーを抱きしめてあげる以外できる事はない。

生半可にアリーの言う事にコメントをする程、僕は無責任ではない。

いい加減な慰めほど人を傷つけるものはない。
 
僕は、ただ正直に、真摯に、同じ痛みを感じる事で、アリーの気持を和らげる事ができればと、ただそれだけ祈りながら、アリーを抱きしめ、話を聞く事しかできなかった。
 
それが僕の愛し方だ。

不器用だけれども、そんな愛し方しか僕にはできない。

僕の胸の中でアリーは色々な不安をぶちまけた。
 
僕はそれを聞き、最後にアリーに、僕は最後までアリーの傍にいる事、そして何が起ころうとも、アリーの味方でいる事だけを伝えた。

僕は逃げない。

そしてアリーを陰から支え続ける。

今の僕にできることはそれだけだ。

アリーはひとしきり泣いた後に
『どうもありがとう』と言って、涙で真っ赤になった目を僕に向け、無理に笑ってみせた。
 
そして
『もうすぐ両親が、帰って来ちゃうから』と言った。

僕はアリーにそっと口づけをして病室を出た。
 
帰り際にいつもの看護婦と目があったので、彼女におやすみとありがとうを伝えた。

看護婦も少し、涙ぐんでいるように見えた。

僕は夜の街に出て、ただ歩き続けた。
 
先週とうってかわり、刺すような寒気が、容赦なく僕の体を突き刺した。
 
独りで夜の街を歩きながら、どうしようもなく涙が出て来た。
 
頭ではわかっていても、泥棒猫同様の自分が情けなかった。

天敬愛人と独りで呟きながら、たまたま通りがかったバーに入り、止まり木に腰を下ろして、寒気を感じる事がなくなるまでウイスキーを飲み続けた。

アリーの両親がいる間は、お互いがかえって辛くなるので、来週から僕は、暫く日本に行く事にした。
 
再生をさせ、その後を託した日本人の経営者が、かなり苦労をしているのは聞いていたので、彼が無事に再生後の会社を軌道に乗せられる事ができるように、手助けをしてやるべきだろうと思った。

これも天敬愛人だと、一人呟いてみた。


2007年01月13日  両親

アリーは近日中にまた手術をする。

その為にアリーの両親はニューヨークに帰って来て、アリーの手術と術後の経過を見守る事になった。

部外者の僕は、それに立ち会う事もできなければ、アリーの両親がいる間は、見舞いに行く事もできない。

僕とアリーは恋人同士なのだから、アリーの両親の事は気にせずに一緒にいるべきだ。

あるいは、アリーの親とちゃんと話し合って理解を求めるべきだと思っている人もいると思う。

実はアリーに呼ばれて、僕はまた病院に行った。
 
アリーは涙ながらに、僕と離ればなれになりたくないと言った。
 
そして一緒に親に会って、許しを乞うように僕に哀願した。
 
僕もアリーの一途な心に感激して、もう一度アリーの親に会う事にした。

暫くしてアリーの親が病室にやって来た。
 
僕を見るなり彼らの表情は変わり、父親は声を荒げて怒鳴り散らし始めた。
 
アリーは泣きながら両親に許しを乞い、僕も同じようにしたが全ては逆効果だったようだ。

アリーはこの騒ぎのおかげで具合が悪くなってしまった。
 
僕は病室を追い出され、病室の外で親に、この騒ぎでアリーの具合が悪くなったのは、僕のせいだと言われ、本当にアリーの事を愛しているのであれば、アリーの前から消えてくれと言われた。

アリーが病気でなければ、アリーをさらって何処か二人で遠い所に行く事もできたろうが、アリーは今は、自分で歩く事もできない病人だ。
 
ドラマのような奇跡が起こる訳もなく、僕は冷静になって何が一番現実的かを考えなければいけなかった。

僕は我ながら大人げない事をしたなと少し後悔をしたけれど、これをやらなければ、アリーも僕が揉め事を嫌がって逃げたと誤解するだろうし、タイミングは悪かったけれども、やらなければならない事だったのだと思う。

夜に病院の看護婦から電話を貰って、病院の近くのダイナーで待ち合わせをした。

看護婦はアリーが書いた手紙を僕に渡しに来てくれた。 

 

僕は看護婦さんに
『ありがとう』と言った。
 
看護婦さんは、だまったまま僕を優しくハグしてくれた。
 
そして『彼女(アリー)の為にも挫けないでね』
と言って去って行った。

僕は独りでダイナーのカウンターに腰を下ろしコーヒーを飲みながらアリーの手紙を読んだ。


”今日はごめんなさい。 
アタシもどうしても我慢できなくて気持ちをぶつけてしまいました。 
貴方にも嫌な思いをさせてごめんなさい。 
でも、貴方がアタシと一緒にあそこまでお願いしてくれているのを見て嬉しかった。
アタシも自分の両親が好きだし、両親は両親で、私の為を思って色々言っているのだし、こんな時にアタシの我侭で、貴方と両親をあんな形で喧嘩させてしまって申し訳ないと思っています。
アタシが元気になれば、いつかはみんなわかってくれるんだから、アタシが元気になれば良いんだよね。
アタシは、貴方を誰よりも愛しているから、貴方の為に病気と闘って、必ず元気になってみせます。
今日は、本当にありがとう。”


と手紙には記されていた。

僕はカウンターでコーヒーを飲みながら、覚えのある可愛らしい筆跡をいつまでも指でなぞっていた。

アリーも頑張ってるのだから僕も頑張らないと。

兎に角、今度の手術はアリーに頑張ってもらって、その経過が一段落したら、ちゃんと一つ一つ両親に説明をして行こう。 

もう泥棒猫みたいにこそこそするのはやめて、時間がかかってもちゃんと正面から真摯に話をしよう。

アリーの病気が重くなり、もう残された時間が少ないと思い、回り道をしたくないと思っていたのかもしれない。
 
でもそれは僕の独りよがりな思いだったのかもしれない。
 
アリーの両親だって、アリーの事を僕と同じくらいに愛しているのだ。

コーヒーを飲み干し、僕はダイナーの外に出て夜の街を独り歩いた。

まだ店は開いていたので僕は宝石店に入り、色々品定めをしてアリーに渡す婚約指輪を買った。
 
ダイアとピンクサファイアの可愛い指輪だ。 

この指輪を堂々と渡す事ができるように、何度でも少しずつでも、アリーの両親の理解を求められるように努力をしよう。 

アリーが病気を克服して元気になろうとしているのだから、このぐらいの事は僕にもできるはずだ。

 


2007年01月14日  名こそ惜しけれ  

明日、僕は久しぶりに日本に行く。

何度も仕事でニューヨークを離れた事はあるけれども、今回程、感傷的になったのは、初めてかも知れない。

日本を離れて20年以上の年月が経った。

日本を離れる時には、もう二度と祖国の土を踏む事はないだろうと思った。
 
二度と自分の親族にも会う事はないだろうと思った。
 
その後、長い間日本に帰る事はなかったが、バブルの後に外国の禿鷹ファンドと一緒になって、日本に舞い戻った。

その時には、昔の日本での色々な悲惨な思い出がトラウマになって、復讐をするような気持ちだった。
 
お金は儲けたけれども、心が満たされる事はなかった。

色々な目にあって、色々自分でも考えた。

アリーと一緒になって、生まれ変わって、今までの自分の人生の許しを乞うように、心を入れ替えて人の為に生きる事にした。

しかし、今、僕の過去の生活の報いか、自分が一番愛してやまない人を病気で失おうとしている。

12月に、アリーのクリスマスプレゼントの為に、自分の財産の半分を処分した。

日本で持っていた会社も全て経営権を売り払ってしまった。 

僕はその時点で、もう生きて日本に帰る事はないだろうと思っていた。

でも、譲った日本の会社が、僕がいなくなった事で、おかしくなっていると聞いてしまった。
 
昔の僕だったら、売った後の話は買った人間の問題で、僕がのこのこ出て行くような事はなかった。

だけど僕は、今は日本に行ってこの人達が、僕なしで独り立ちできるようにしなければいけないと心から思う。
 
その為だけに日本に行く。

なぜならば、彼らが支払ったお金が、アリーの慈善団体の資金の大きな部分を占めているからだ。

 

万が一、誰かがアリーの慈善団体の資金を、僕が日本から騙しとったなどと言われたら、死んでも死にきれない。

だから僕は日本の会社を助けに行く。

自分の全てを失っても彼らを成功させ彼らの生活を守り、彼らが僕から会社を引き継いで良かったと心から思ってもらわないといけない。

これは僕が祖国を離れて20年以上たって、初めて感じる大和魂だ。

僕はどうなってもよいけれども、アリーの名誉に恥を塗る事はできない。

という事で、僕は明日の飛行機で日本に行く。

全てはアリーの名誉の為に。

何としても僕がいなくとも彼らだけで、利益をあげられるように、自分の全てをかけて闘うつもりだ。
 
昔の日本人は自分の名誉の為に命をかけた。 

”名こそ惜しけれ”と言う事だ。
 
時代は変わったけれども、僕は昔の日本人のように、アリーの名誉と僕の誇りを守る為に日本に行ってきます。


2007年01月20日  非常勤の顧問

日本に来て1週間、色々あったけれども、日本での仕事を何とかこなして、アリーの名誉を守る事ができたと思う。

アリーの財団を作る資金にするために、僕は自分の日本の会社の権利を売却したが、僕がいなくなったことで、会社の価値が下がったと判断され、ビジネスに色々の障害が出てきたのが原因だった。

別にそういった事は、会社の売買では良くあることで、それ自体、人に後ろ指をさされる事ではないのだが、アリー財団の設立にあたって、アリーの夢の実現にあたって、不幸な人を一人でも作る事はその性格上、許されないと僕は思った。

ビジネス上、頻繁に起こることであっても、きっとアリーが知ったら、それを悲しむであろうと思った。

僕が手放した会社の従業員の笑顔、その家族の笑顔、子供達の笑顔、アリーにとっては、それらは、皆等しく価値があり、守るべきものである気がした。

だから僕は、このまま素通りする事ができなかった。

日本に来て、売却した会社の経営陣と話し合い、僕は結局、その会社の非常勤の顧問となり、引き続き経営に関与する事にした。
 
それで会社に不安を感じ始めていた主要な取引先も、安心をし始めたようだ。

それが決まった後に、僕は、主要な取引先を新しい経営者と一緒に回り、引き続き経営に関与する事を告げ、関係の修復に努めた。

僕は、社員達が僕が顧問として戻ってきた事、会社に顔を出したことを素直に喜んでくれた事が、何よりも嬉しかった。

人の笑顔は僕の心を癒してくれた。
 
結局、僕が人に尽くすような体裁をとりながら、人の笑顔に、人の心に、僕が救われた気がした。

 

僕は自分にけじめをつけるために、顧問の仕事を無給で引き受けることにした。
 
一度売った会社からお金を貰う事はできない。

アップルの社長のスティーブ ジョブスも、社長でありながら給料は、年間一ドルしか貰っていない。

当然、沢山のストックオプションを持っているから、彼の場合は、会社の業績があがれば、彼も儲かる仕組みになっているが、会社の業績が下がれば、彼は損をするわけで、最低保証金額としての給料は、一ドルしか貰っていない。

この業界で体を張るという事は、そういうことなのだろう。 

だから僕もジョブスを見習い、この仕事では一切の対価を要求しない事にした。

それがせめてもの、僕の社員達に対する気持ちであり、アリーの夢に殉じたいという気持ちだ。

日本での仕事が一件落着したので、明日のフライトでニューヨークに帰る事にした。

この1週間は死ぬほど働いた。

そのあいだもアリーのことはいつも考えていた。
 
と言うか、気持ち的にはアリーと一緒にいたような気がした。

僕のテーブルの脇にはいつもアリーの写真があり、僕に向かって微笑んでいてくれる。

僕はその微笑を直接見たくなった。
 
明日にはその微笑を見る事ができる。

僕は君の微笑を見る為に、明日また飛行機に乗ります。


2007年01月22日  ただいま。

6時半出発のフライトだったので、成田を旅発つ時には、夜になった。
 
第2ターミナルのメインターミナルからサテライトに向かう途中のモノレールの窓から、色とりどりの灯りにともされた滑走路を眺めてみた。
 
窓ガラスにそれをぼーっと見つめる自分の年老いた顔も反射して見えた。

仕事が終わった今となっては、考える事はアリーの事だけだ。
 
それ以外は、全ての事が僕には虚ろに思えた。

望む事は一刻も早くニューヨークに戻って、最愛の人の顔を見る事だった。

やっと搭乗の時間になり僕はゲートに向かい、自分の席に腰を下ろすなり、いつものように深い眠りに落ちた。 

目を開けた時には、既にケネディ空港到着30分前だった。 

飛行機は零下2度の空港に滑り降り、僕は入管を抜け税関を抜け、自分を待っている運転手を見つけ、久しぶりのニューヨークの寒気を感じながら車に乗り込んだ。

一度家に帰りシャワーを浴びて、仕事を片付け、僕はアリーが待つ病院に向かった。
 
9日ぶりのアリーの笑顔を見るために。

病室の扉を開けると、そこには、僕が待ちこがれた笑顔でアリーが待っていてくれた。
 
僕は微笑んでアリーに
『ただいま』と言った。

嬉しかったし、全く悲しくなかったけれど、何故か涙がボロボロと出て来た。

涙を出しながら、僕はただ微笑んでアリーに
『ただいま』と言った。

アリーも、優しく微笑んで
『おかえり』と言ってくれた。
 
そして
『ただいま。って素敵な響きだよね』と言ってまた微笑んだ。

 

僕は、いつものようにパイプ椅子をベッドの脇に置き、二人は、昨日もこうしていたかのように話を始めた。

アリーは病院の話、僕は日本の話。

『自分の思うようにできたの?』とアリーは聞いた。
 
僕は笑って頷いた。
 
アリーは決して”上手く行ったの?”とは聞かない。

アリーにとって大切なのは、僕が自分の思うようにできたか、悔いは残らなかったか?ということでしかない。

だから、他の事は聞かない。

アリーは今回の日本行きが、アリーの財団に関するものだとは知らない。
 
でもアリーの事だからもう知っているのかもしれない。

アリーは、僕が悔いを残さないように思いっきりやったという事を聞くと、嬉しそうに微笑み、僕の頭を撫で、
『よかったね』と言って後は何も聞かなかった。

そして僕の頭を抱きかかえたまま、病院でできた新しい幼い子供の友達の話、アリーが最近読んだ本の話などを、まるで母親が子供に寝物語をするように聞かせてくれた。

僕は、ただただ幸せな気持になり、もう一度アリーの胸の中で
『ただいま』と呟いた。

アリーはそれに答えるように、僕の肩をポンポンと2度軽く叩いてくれた。

やっと、逢いたい人に会えた。


 


2007年01月23日  天使の指輪

ニューヨークに帰ってきて一夜が明けた。

病室には結局夜中の1時過ぎまでいて、アリーが寝息をたてはじめたのを聞いて、僕は家に帰った。

外は死ぬほど寒かったけれど、僕の気持ちはとても暖かかった。 

僕はアリーに、人を愛する事を教えてもらった。

その気持ちは僕の心に根付いて、更に成長し、アリーを愛するだけでなく、子供達や友達、仲間や隣人、この世界で僕と関わりのある全ての人に注がれる大きな愛に昇華していった。

人を愛する事で、自分を愛し、自分も成長して行く。

僕はアリーから貰った溢れる様な愛を、更正施設の子供達や、周りの人達とシェアをして行く。
 
それがアリーを、命を受け継ぐ唯一の方法だと思う。

アリーの名前のついた財団とか、そんな形だけのものでなくて、アリーの命を僕の心の中に大事に受け継いで、その灯火を僕の心の中で燃やし続け、周りの人に分け与えていく事の大事さが判るような気がした。

アリーの名前の財団なんか作って、ちょっと自己満足していた自分が恥ずかしくなった。

命を受け継ぐという事は、そんな表面的なことではなく、その人の命の灯火を心の中で受け継ぐ事なのだ。

財団はアリーの名前を後世に残し、アリーの志を目に見える形で残すものだから、それはそれで意味があるものだと思うけど、一番大事な事は、アリーの命を、僕が精一杯受け継ぐ事だと思うようになった。

アリーは僕の天使なのだから、遅かれ早かれ、天使は天使のいる場所へ返してあげないといけない。

こんな事を言うと、僕が医者の言う事を聞いてアリーのことを諦めたと思うかもしれないけれど、そんな事ではない。

僕もいつかは死ぬ。
 
誰もが死ぬように、アリーも死ぬ。
 
だからもしもアリーが天国に帰るのであれば、僕はアリーの命を、アリーと時間を過ごした証として受け継いで、僕の心の中で燃やし続けていきたいと思う。

医者が、アリーの病気は骨にまで達してしまったので、もう医者としてできることは無いと僕らに告げた。 

だから暫くしたらアリーは病院を退院する。

最後の日々を悔いなく過ごす為に。

きっと聡明なアリーのことだから、全て分かっているだろう。

 

僕はアリーの両親とアリー抜きで話をしようと思う。

アリーの最後の時をいがみ合っているのは、アリーにとってあんまり可哀想だ。 

アリーの親も、僕も、アリーを愛しているのであれば、表面的であっても、アリーのためだけを思って、お互いのわだかまりを捨てたい。

奇跡を信じていないわけではない。
 
きっと奇跡は、起こる人には起こるだろう。
 
だけど神様は時に気まぐれで、我々凡人にはわからないような悪戯をする。

だから僕は何があっても神様をうらむような事はしない。
 
全ての事には理由がある。
 
今はその理由がわからなかったとしても、悲しい事が起こったとしても、きっといつか時間が経てば全てがわかるはずだ。

僕が生きている間はわからないかもしれない。
 
死んだ後になってやっと理解できるかもしれない。

それでも良いんだ。

ただ、僕は最後までアリーに教えられたように、凛として清潔な人間であるように努力をしたい。

アリーに少しでも近づく為に。
 
僕の夢が消えてしまう前に、やらなければいけないことが色々ある。

アリーを見舞い、いつものように何時間も話を続け、色々な事を話した。

僕はアリーの手を握りながら、アリーに
『僕は、君にもうひとつサプライズを持っているんだよ』と言ってみた。

アリーは悪戯っぽい目をキラキラさせて、
『何? 何?』と興味津々だ。
 
僕も悪戯っぽく笑って、
『もう少ししたら教えるから、それまでは秘密』と言ってもう一度笑って見せた。

今日、宝石屋さんから電話がかかり、僕が頼んだ指輪が完成したと言われた。 

僕は、サプライズで婚約指輪と、小指につけるピンキーリングをセットで用意している。

婚約指輪は定番のダイアなんだけど、ピンキーリングは、ダイアとピンクサファイアにして、二つはめると、薬指のダイアと小指のピンクサファイアで、天使のデザインになる。

ピンキーリングだけ貰ったら、僕の細工に気づかないようになってるからいっぺんにあげるか、どっちを先にあげるか、色々悩みは尽きないけど渡すのが今から楽しみだ。

後は、いつアリーにそれを渡すか、そのタイミングを考えるだけだ。

神様、僕はどんな苦労も受け入れる準備があるのだけれど、あとちょっとだけ、僕に夢の続きを見させてください。

あと少しだけ。あと少しだけ。


2007年01月24日  ホットチョコレート

今日もアリーが眠りにつくまで、病院のパイプ椅子に座ってアリーの隣に座っていた。

アリーが眠りに落ちた事を確かめて、僕は席を立ち、灯りを消して病室を後にした。

一人、夜中のニューヨークのストリートを歩いて家に帰った。

零下の寒気が突き刺すように感じられたが、そのお陰でいつもより空気は澄んでいる気がした。

僕は立ち止まり、冷たい空気を胸に吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。

交差点で、乞食が僕に歩み寄り物乞いをした。
 
僕は乞食に小銭を渡し、彼の肩をたたいて、世の中の全ての人の幸せを祈ってくれるように頼んだ。

乞食は、きょとんとして僕の顔を見た。

僕は、真正面から乞食を見すえ、
『僕に物乞いをするのであれば、あなたも社会に貢献をすべきだ。社会への貢献の仕方がわからないのであれば、せめて世の中の人々の為に祈るべきだ。貴方にも祈るくらいの時間は、あるだろう』と言った。

世の中には自分の事だけを考える人が多すぎる。
 
自分の事を考えるのは仕方ないけれども、そのちょっとの部分を人の事を考える時間に使えば、もっと世の中に対する考え方、視野が広がるはずだ。
 
少なくとも僕はそういう人間でありたいと思う。

天敬愛人とはそういう事を言うのだろう。
 
あるいは日本の武士道、西洋の騎士道とは、そういう事を言うのだと思う。
 
深く考える人には、それだけ社会に対する義務を負うのだと思う。

乞食は僕に恐れをなしたのか、あるいは僕が気がふれていると思ったのか、お金を受け取る事なく僕の前から消え去った。

僕は手の中に残った小銭をポケットに押し込み、また夜の道を歩き出した。

僕は明日の夜の飛行機でパリに行く。
 
今回パリには4~5日いる事になるだろう。
 
アリーの財団を設立するにあたり、僕の友達のフランスの政治家にも話をしたので、その関係でファンドレイジング(募金集め)の集会に出かける事になった。

理由はともあれ、正直、独りでパリに行くのは辛い。

 

アリーと、余生を送るのであればパリだと常々話しているので、僕の気持の中では、パリはアリーと行くものと決まっていた。

アリーにその話をすると、
『貴方が独りでパリに行くのは、悔しいけど、子供達を助ける為だから、アタシの分も頑張って来てね』と言われた。

そして
『浮気なんかしたら、しょうちしないからね』と言って悪戯っぽく笑った。

僕は、思わず吹き出してしまい、ただアリーを抱きしめて、
『I Love You.』と言った。 

そんな事は、言わなくてもわかっているのだけれども、アリーがあえて女としての冗談を言った事が、なぜか嬉しくて、可笑しかった。
 
だから、思わず
『I Love You.』と言ってしまった。
 
どんなに病気が進行しても、どんなに体重が落ちてしまっても、髪の毛がなくなってしまっても、アリーは僕にとっては、いつでも最愛の女性で、常に一番魅力的な女だ。

アリーは
『お土産は、ホットチョコレートが欲しいの。帰って来たら、そのまま病院に来てね。そうしたらアタシが貴方にホットチョコレートを作ってあげるから』と言った。 

だから僕はパリでホットチョコレートを探さないといけない。

僕は黙って頷き、微笑んでアリーにキスをした。

僕はアリーの手を握りながら、僕の一日をアリーに説明をした。
 
仕事の話、財団の話、更生施設の子供達の話、日本の里子の話、色々な話をした。

アリーはそれを聞きながら目を細めて僕の手を握った。
 
そして
『いつか、また二人で手を繋ぎながら街を歩いて、どこかでのんびりブランチができたら嬉しいね』と言った。

僕はアリーを見つめて、
『また二人でそうするつもりだよ』と答え、微笑んだ。

僕は明日の夜、アリーの心をつれてパリに旅立つ。



2007年01月25日  パリ

今日は、夜中のフライトでパリに行く。

 

朝早く、アリーを病院に見舞った。

 

冷たい空気の中を歩いてきたので、アリーの手を握ると
『冷たいね』とアリーは言って、自分の息をかけ僕の手を温めてくれた。

 

ベッドの脇にパリの本が置いてあった。
 
僕がそれを見つけると、アリーはちょっと笑って、
『アタシもすっかりパリに行くつもりで、気分だけでもそうしようと思って、本を読んでいるの』と言った。

 

色々とパリの事を勉強しているアリーを見て、アリーを愛おしく思ったけれどちょっと哀しくも思った。

 

僕はアリーとパリの話をしながら昔のことを思い出した。

 

 

 

アリーと僕の馴れ初めは、ふとしたきっかけで、二人で食事に出かけた事から始まった。

 

なにかの拍子で、二人で日本食の話になり、アリーが、日本食が好きだと言ったので、
『だったら、二人で”NOBE”に行こうか?』と僕が誘った。

 

でも、二人で一緒に”NOBE”に行く事はなかった。

 

いざ二人で食事に出かける事になると、アリーが選んだレストランは、アリーが家族とよく出かけるダウンタウンのモロッコレストランだった。

 

二人で楽しく白ワインで食事をして、色々な話をした。

 

食事が終わり、僕は、アリーをアパートまで車で送ると、
『アタシの部屋を見て行かない?』と言われ、アリーのアパートの中に入れてもらい、アパートを見せてもらった。

 

寝室の壁が、バーガンディに塗られている素敵な部屋だった。

 

僕は部屋を案内してもらうと、長居をしては迷惑だと思って、
『素敵な部屋だね。部屋を見せてくれてありがとう』と言って、アリーと別れ自分の家に帰った。

 

それから二人は週に一度位の割合で、一緒に食事に行くようになり、段々その頻度が増えて行った。

 

そんな事を繰り返しているうちに冬になり、いつものように、アリーとダウンタウンのステーキハウスに行った。

 

そこでいつものように赤ワインとステーキを食べ、いつものように色々な話をした。

 

食事が終わり、冬のニューヨークの街を二人で歩いていると、アリーの方から僕の腕に手を回してきて、僕に寄り添った。

 

僕らはそのまま歩き続け、道端に止めてあった僕の車に乗り込み、僕はアリーをいつものように家まで送った。

 

アリーのアパートの前について、いつものとおり、
『おやすみ』と言うと、アリーはそっと僕にキスをしてくれた。

 

アリーは、アリーの方から僕にキスをした時の気持ちを後で告白してくれた。

 

『これだけ一緒に食事に出かけているんだから、 アタシの事を好きに違いないと思って、勇気を出して腕を組んで、それからキスをしたの。女の子にそこまでやらせるんだから、本当に貴方は嫌な人』と言ってアリーは笑ってみせた。

 

僕もアリーに、二人が付き合い始めたのは、”NOBE”に行こうと言うのが、きっかけだったのに、ふたりで一度も”NOBE”に行かなかった理由を告白した。

 

それは、二人で”NOBE”に出かけたら、それで最初の出会いの目的が達成されてしまい、もう会えなくなってしまうんじゃないか?って妙に不安に思ったから。

 

アリーにそれを告白すると、アリーは本当に可笑しそうにケラケラと笑った。

 

そして僕の鼻の頭にキスをしてくれた。

 

そんな二人が、初めて一緒に旅行に出かける事になった。

 

その初めての旅行が、パリだった。

 

僕らが始めてパリを訪れたのは1月だった。

 

パリの冬は厳しかったけれど、二人で手をつないで街中を歩き回った。

 

どんな小さな事も二人にとっては、大冒険だったし、二人で顔を突き合わせては、笑いあっていた。

 

『ここで貴方と余生を送りたい』とアリーは言った。

 

僕はそんなアリーを見つめて微笑んでみせた。

 

『アタシは、真剣だよ』とアリーは口を尖らせてもう一度言った。

 

そして自分自身がおかしかったのか、暫くして自分で笑い出した。

 

その笑顔が何もよりも素敵だった。

 

その後もパリには、アリーと何度も立ち寄った。

 

『パリは、アタシにとって特別な街なの』とアリーはいつも言っていた。

 

アリーは何かにつけてパリの話をした。

 

【 パリで余生を送る事 】がアリーの生きる希望でもあった。

 

僕はクリスマスの日に全てを捨てる決心をして、アリーと余生をパリで過ごす事に決めた。

 

そしてそれをアリーに告げた。

 

その時のアリーの笑顔を僕は決して忘れない。

 

僕はアリーをもう一度パリに連れて行くと約束をした。

 

【 いつか二人でパリに住もうね 】

 

 

 

僕が今回泊まるホテルは、セーヌ川の左岸の第6区にある静かなホテルだ。

 

アメリカ資本の入っていない、古いフランスのホテルで、窓からセーヌ川やノートルダム寺院を眺める事ができる。

 

アリーと一緒だったら、どんなに楽しい事だろう。 

 

僕は昔、アリーをそのフランスのホテルに連れて行ったことがある。
 
アリーは赤いカクテルドレスを着て、バルコニーでシャンパングラスを片手に僕に微笑んでくれた。
 
その微笑はすごく美しかった。

 

きっと今度僕は、一人でそこに立った時に、何度もアリーの幻影を見るに違いない。

 

いっそのこと、別のホテルに泊まればよかったかもしれない。

 

そんな想いが、一瞬、頭をよぎった。

 

病室でアリーの隣にすわって、ぼんやりとそんな事を考えていた。

 

隣のアリーはパリの本を広げ、パッシーの街並みの写真を眺めていた。

 

独りでパリに行くのは辛いけれど、今日の夜中のフライトで、僕はアリーの心をつれてパリに行く。

 

 

 

パリに着いてから何日かがたった。

 

こちらに着てからもいつもアリーのことを考えている。
 
日本の時は、アリーとの思い出もないので、仕事に集中できたのだが、思い出の沢山詰まったパリでは、どうも簡単にはいかないらしい。

 

どんな些細な事でも、アリーを思い出させる事がたくさんありすぎて、正直、ニューヨークにいるときよりも辛い気がする。

 

恥ずかしい話だけれど、何処に行ってもアリーを思い出してしまい、一人で目を赤くしている事が多い。

 

僕はセーヌ川の左岸の第6区のアメリカの資本の入っていない昔ながらのフランスのホテルに泊まっている。

 

ちょっと寒いけれど部屋のバルコニーに出て椅子に座り、パリの景色を眺めながらエスプレッソをすすった。

 

アリーとの思い出が沢山詰まったホテルなので、気がつくとアリーの幻影を探してしまい、とても哀しい気持ちになった。

 

気晴らしに一人で、セーヌ川の川べりを歩いた。

 

セーヌ川には、いくつもの橋が架かっているが、その一つの橋の真ん中でキスをすると、永遠の愛が叶うという橋がある。

 

都市伝説の一つにすぎないけれど、その噂を聞いて、沢山の恋人達が、この橋にやってきては願いを込めている。

 

アリーもそんな噂をどこかから聞きだしてきて、
『この橋の真ん中でキスをすると永遠の愛が叶うんだって!』と嬉しそうに言って、僕の手を引いて端の真ん中まで小走りに走り、ちょうど、船が橋の下を通る瞬間にキスをしたのを覚えている。

 

アリーは子供のように無邪気に笑って、
『永遠の愛だからね』と僕に念を押していた悪戯っぽい瞳を思い出した。

 

僕は、橋の真ん中に置かれているベンチに腰をおろして、川面を見つめた。

 

暫く川面を見つめたあと、歩いてセーヌ川をわたり右岸にでた。

 

ルーブル美術館を抜け、シャンゼリゼを凱旋門の方向に歩いていった。

 

僕は、美術館の前で座っている人達、公園で語らう人達、町を行き交う人々の中に、アリーを探していた。

 

ちょっと雰囲気の似ている人が、歩いていると知らないうちに、アリーに見え、目で追うと全く違う人だったりで、そんな事を繰り返していた。

 

ストーンズの唄に”Anybody Has Seen My Baby?”(エニバディ・シーン・マイ・ベイビー?)と言う歌がある。

 

別れてしまった恋人を思いながら、ニューヨークの下町を歩く男が、すれ違う女に別れた彼女を思うと言う歌だ。

 

最後に、もしかしたら、もともと彼女との事は夢物語で、そんな女は存在しなかったのではないか?と男が思う切ない歌だ。

 

僕はシャンゼリゼのカフェから出て、また通りを歩き出した。
 
冷たい風にあたりながら、夜のネオンに彩られた街を一人歩きながら、知らない間にストーンズの唄を口ずさんでいた。

 

 

 


パリでの仕事も大体終わり、今日の夜のフライトでニューヨークに帰ることになった。

 

アリーの財団の為の資金集めは概ね上手くいき、そろそろ財団としての具体的な活動が出来る段階になってきた。

 

僕は一人、パッシーの街から自分のホテルに戻った。

 

丁度エッフェル塔の脇を抜け、第6区の自分のホテルまで、タクシーを走らせた。

 

エッフェル塔を抜ける時にもう一度、アリーの顔がタクシーの窓に浮かんだ気がした。


 


2007年01月29日  雪のニューヨーク

パリを7時の便で発ち、ニューヨークに同日の9時過ぎに帰ってきた。

空港の外に出ると、雪が降っており、ニューヨークに帰ってきたなと言う気持ちで一杯になった。

僕は自分の車を空港に置いて行ったので、自分の車に乗り込み、雪の降るハイウェイをマンハッタンに急いだ。
 
途中かなり雪が激しくなったが、流石にマンハッタンに入ると都会の熱で、雪はまばらになった。

もう夜の10時半を回っていたけれど、僕は一路、アリーのいる病院を目指した。

見慣れた街並みを走りぬけ、車を病院の前に停め、僕は急いでアリーの病室に向かった。

アリーの病室に着くと、まだ部屋の中から薄い明かりが漏れており、アリーが起きている事がわかった。

病室のドアを開けると、アリーは僕が帰ってくるのがわかっていたようで、満面の笑顔で僕を迎えてくれた。

『おかえり』と笑って、
『雪を見ながら貴方が帰ってくるのだろうなと考えていた』とアリーは言った。

『ただいま』と僕も笑って、アリーを抱きしめた。

パリで何度もアリーの幻を見たけれど、やはり生身のアリーを抱きしめて、そのぬくもりを感じる事ができる事が、なによりも幸せに思えた。 

 

僕たちは、しばらく自分達の温もりを確かめ合った後に、僕はパイプ椅子をアリーの隣にもっていき、そこに腰を下ろして、アリーにデジカメの写真を見せながら、パリでの仕事の話を説明した。

アリーは、パリでの一瞬も逃さないかのように、色々と細かく質問をして、楽しそうに写真を眺めていた。

そして
『また貴方とパリに出かけてみたい。本当は、パリでなくても構わない。何処でもいいから、もう一度元気になって、貴方と一緒に時間を過ごしてみたい』と言った。

きっとアリーは、自分の病状を知っているに違いない。
 
それでも僕は、何も知らないかのように、
『元気になったら、二人でパリに住もう。病院を出たら、二人でパリにいって家を探そう』と言った。

アリーは全て知っているはずなのに、優しく僕を見つめて、
『そうだね。ありがとう』と言ってくれた。

全てを悟りきった優しい目で。

遅かったけど、アリーは僕にホットチョコレートを振舞ってくれた。

チョコレートにホットミルクを混ぜ、病室で二人だけでホットチョコレートを飲んだ。

病室の窓から舞い落ちる雪を眺めながら、二人で寄り添うようにしてホットチョコレートを飲んだ。
 
アリーが僕の肩に頭をもたれかけた。

僕らはそのままの姿勢で雪が降るのを見ていた。

アリーが、かすかに泣いているのがわかったけれど、僕はそれに気づかないふりをして、ただ僕の肩の上に乗せられたアリーの髪の毛を撫で続けた。

 

ホットチョコレートを飲んだ後に、アリーを寝かしつけ、僕はアリーの寝顔を見ながら色々と考え事を続け、結局、アリーの病室で一夜を明かした。

帰りの飛行機の中でも眠れなかったのだが、何故か眠る事ができず、アリーの寝顔を見ながら夜を明かしてしまった。

夜のうちに雪は止み、寒かったけれども久しぶりに眩しい朝日を見る事ができた。

そして美しい冬の朝が訪れた。
 
僕はパイプ椅子から立ち上がり、大きく伸びをして、病室の窓から下界を暫く眺めた。

気温はマイナス7度と寒かったけれど、下界を眺めていると、むしょうにチャイティが飲みたくなったので、凍りつくような寒気の中を、僕は清々しい気持ちで、スターバックスに一人チャイティを買いに出かけた。

チャイを多めに入れてもらい、熱めに作ってもらうのが、僕のチャイティの流儀だ。
 
今日もスターバックスの店員さんに、チャイを多めにいれて熱めに作ってもらうように注文をした。

チャイティを受け取り、また凍てつく朝の空気の中をアリーの病室に戻った。

病室に帰ると、アリーはもう目を覚ましていて、僕を見つけると嬉しそうな顔をして、
『おはよう。寒い空気がして目が覚めたの。貴方が帰ってきたってわかったから』と言って笑って見せた。

僕が一緒につれてきた朝の寒気で、アリーは目を覚ましたらしい。

僕は笑って、冷たい手をアリーの頬にあててアリーを驚かせてみせた。

そしてパイプ椅子に座って、アリーと一緒にチャイティをすすりあった。

アリーは、僕と思いがけず朝をすごせたのが嬉しかったらしく、
『昔に戻ったみたいで何か楽しいね』と言って一人上機嫌だった。
 
僕もアリーとの時間を楽しみ、朝から一緒にニュースを見たりして時間を過ごした。

暫くアリーと一緒の朝を楽しんだ後、僕は仕事があったのでアリーに、仕事が終わったらまた帰ってくることを伝え、病室から仕事に向かった。

パリから帰ってきたばかりと言う事もあり、色々と細かい用事で忙しい一日だった。
 
夜まで丸一日仕事をして、また気温がかなり下がったなかを、僕はコートの襟を立てて小走りに駐車場に向かい、車に飛び乗りアリーの待つ病院へと車を走らせた。

 

途中のダイナーで簡単な食事を買い、僕はそれを紙袋に入れてのアリーの病室に入り、病室で夕食を食べならがらアリーと色々と話をした。 

暫くは機嫌が良かったアリーだが、
『こんな事を言うとまた貴方は、怒るかもしれないけど』と切り出し、
『貴方は、アタシの為に色々やってくれるけれど、それを感謝しているけれど、アタシと貴方は違いすぎるし、それを見せつけられるとアタシは、価値のないような人間に思えて、ちょっとショックな時があるの』と言われた。

この話は、過去にも何度か言われた事なので、また始まったなと思って僕は
『お互い愛し合っていて、人として尊敬しあっているのならば、たまたま今の状況でどっちがどっちなんて言う事は関係ない事だよ。僕は君を人間として尊敬しているし、そんな君の夢を一緒に叶えたいと思っている。僕は君を手伝える事が、何よりも幸せなのだから』と答えた。

アリーは珍しくそれに感情的に反応し、
『貴方は社会的にも成功しているし、沢山の人が貴方のために働いているし、貴方と一緒に貴方の友達に会うと、何でアタシなんかと一緒にいるのか?見たいな目で見られるし、貴方の助けなしでは、アタシはやっていけないのはわかるけれども、アタシにもアタシのプライドがあるから』と言って泣き出してしまった。

僕はどうしてよいかわからず、アリーが落ち着くまでアリーの肩を抱きしめていた。

肩を抱きしめながら、僕はアリーの言葉を噛み締めていた。

僕はアリーを尊敬しているし、そんなアリーの助けになりたいと言う一心で、色々な事をしているけれど、それがたまに、かえってアリーにとって負担になってしまう事があるのだろう。

自分にそのつもりはなくても、知らず知らずに、“助ける”と言う事が前面に出ると、押し付けがましく、上から見下げるように誤解されてしまうのかもしれない。

人と相対する時には、その人と同じ目線に立って、同じ立場で話をすると言うのは、僕がアリーから学んだ事だ。
 
犯罪者の更正施設や、数々のボランティアで人々を接する時に、上から見下げたように誤解されてしまうと、彼らの人としての尊厳、プライドを傷つけてしまい、そもそものボランティアとしての意味が全く無くなってしまう。

 

同じ目線で、同じ立場で助け合うと言うのが基本中の基本なのに。

そんな基本的なことなのに、僕は知らず知らずに、僕の一番大事な人の気持ちを傷つけていたのかもしれない。

アリーが落ち着くのを待って、僕はアリーに素直にそれを謝った。 

謝ってすむ問題ではないけれど、兎に角、アリーに悲しい想いをさせた事、僕の非礼を謝りたかった。

アリーが眠りに着くまで、僕はそのままアリーの手を握りしめていた。

アリーも安心をしたようで、暫くして寝息を立て始めた。 

涙がこぼれた跡が顔に筋になって残っていたので、申し訳ない気持ちになり、僕はそれを手でぬぐい、暫くアリーの寝顔を見つめ続けた。

アリーの寝顔を眺めながら、僕はアリーに手紙を書くことにした。


“今日は、君を傷つけてしまってごめんなさい。
君もわかっている通り、君は、僕の人生の中でなくてはならない大事な人です。
僕は、君に沢山の事を学んだし、まともな人間として生きていくうえで、君にたくさん助けてもらいました。
これから先も、僕が強くあり続ける為に、更に人間として成長していく為に、君の助けが必要です。
これからも二人で支えあって、助け合いながら、お互いに更に人として成長していければと心から願っています。“


と手紙をしたため、最後に”I Love You”と書いて、アリーの枕元に置いて病室を後にした。

僕は家に帰ってパリの荷物を整理し、ベッドの中に入ったけれど、やはり眠る事ができず悶々としてまた一夜を明かした。

翌朝、気になってアリーの病室にまた行ってみた。

アリーは丁度病院の検査を受けていて、病室は空っぽだった。
 
ベッドの脇のテーブルをふと見ると、アリーから僕宛の手紙が置いてあった。

手紙を開けると見慣れたアリーの文字で、


“貴方は、私にとって、とても大事な人で、私たちは、これからも一緒に成長をしていきます。
私も貴方を愛しています。”


と書いてあった。

これからも二人で命の続く限り、同じ目線で助けあいながら、一緒に人として成長をしていきたいと思った。