目次
第一章 愛するということ
天使の指輪 
プロローグ 序章
プロローグ 序章
2006年 6月 ニューヨークの魅力
2006年06月3日  友達の背任行為
2006年 7月 病 
2006年07月05日  独立記念日 
2006年07月07日  七夕
2006年07月24日  病気
2006年07月25日  検査結果  
2006年07月26日  生きる理由
2006年 8月 日本へ
2006年08月04日  手術
2006年08月08日  退院 
2006年08月12日  日本へ
2006年08月23日  赤いドレスの女性
2006年08月24日  狸寝入り 
2006年08月25日  雷雨 
2006年08月26日  祈り
2006年08月31日  時代のうねり
2006年 9月 天国への階段
2006年09月07日  ローズホール
2006年09月10日  泣きじゃくる彼女
2006年09月11日  ワールド トレード センター
2006年09月21日  闘うこと  
2006年09月23日  市民権
2006年09月25日  日曜大工
2006年09月26日  朝日 
2006年10月 一緒に生きる
2006年10月03日  メルトダウン   
2006年10月05日  夜のハーレム
2006年10月08日  助手席
2006年10月09日  買い物
2006年10月14日  友達からのメール  
2006年10月16日  1週間分のキス
2006年10月17日  一緒に生きる
2006年10月18日  雨の火曜日   
2006年10月19日  友達へのメール
2006年10月25日  天使が舞い降りた。
2006年10月29日  神のご加護がありますように  
2006年11月 誕生日プレゼント 
2006年11月01日  ハロウィン
2006年11月02日  誕生日プレゼント
2006年11月16日  セントラルパーク    
2006年11月19日  キティちゃんの指輪
2006年11月20日  Left Alone  
2006年11月22日  仏心
2006年11月23日  小さいウイスキーボトル
2006年11月24日  帰還兵
2006年11月25日  旅の終わり 
2006年11月26日  パリでパン屋さん
2006年11月27日  クリスマスの買い物
2006年11月28日  神にすがる時 
2006年11月29日  スノーフレーク
2006年11月30日  もう一度病院生活に・・・
2006年12月 瞳の中に貴方が見える
2006年12月01日  ポインセチア
2006年12月02日  男の手料理 
2006年12月03日  天気の良い週末  
2006年12月06日  大切な思い出
2006年12月07日  北欧紀行
2006年12月08日  君のもとに帰る
2006年12月09日  The Show Must Go On.
2006年12月13日  東京にて
2006年12月14日  Going Home
2006年12月15日  瞳の中に貴方が見える
2006年12月16日  子守唄
2006年12月18日  クリスマスの匂い
2006年12月19日  君が世の中の全て
2006年12月23日  幸せの総量
2006年12月24日  People Get Ready  
2006年12月25日  クリスマス プレゼント
2006年12月26日  願い事
2007年 1月 天使の指輪
2007年01月01日  スローダンス
2007年01月02日  20年ぶりの友達
2007年01月06日  誕生日
2007年01月08日  天敬愛人
2007年01月13日  両親
2007年01月14日  名こそ惜しけれ  
2007年01月20日  非常勤の顧問
2007年01月22日  ただいま。
2007年01月23日  天使の指輪
2007年01月24日  ホットチョコレート
2007年01月25日  パリ
2007年01月29日  雪のニューヨーク
2007年 2月 雪のバレンタイン
2007年02月01日  愛しい人  
2007年02月02日  あたらしい発見
2007年02月04日  お帰りなさい。
2007年02月09日  残された時間
2007年02月10日  ありがとう
2007年02月11日  テネシーワルツ
2007年02月12日  やせ我慢
2007年02月13日  君が残した優しい思い出
2007年02月14日  雪のバレンタイン
2007年02月16日  僕は信じている
2007年02月19日  愛の力
2007年02月22日  ある別れ
2007年02月23日  別れの季節
2007年02月24日  I'm in.
2007年02月25日   Wild Horses  
第二章 生きるということ
page 1
2007年 2月 陽はまた昇る
2007年02月27日  アリーがいてくれれば
2007年02月28日  陽はまた昇る
2007年 3月 さようなら
2007年03月02日  さようなら。
2007年03月03日  心の整理
2007年03月04日  独り
2007年03月05日  ドライフラワー  
2007年03月06日  冒険の旅へ
2007年03月08日  コミットメント
2007年03月14日  こみあげる涙
2007年03月16日  更正施設の子供
2007年03月19日  天は自ら助けるものを助く。
2007年03月21日  新しい下着
2007年03月22日  夜明けのキャッチボール
2007年03月24日  目標を一つ達成
2007年03月28日  最後まで日本人として
2007年 4月 独り言
2007年04月29日  独り言
2007年 5月 天涯孤独
2007年05月14日  天涯孤独
2007年05月16日  ある家族
2007年05月28日  カタロニアの太陽
2007年05月31日  リスボンにて
2007年 6月 交渉
2007年06月02日  中国での交渉
2007年06月13日  皆で家に帰ろう
2007年06月22日  ベランダに咲く草花
2007年06月24日  あと半年
2007年 7月 人に優しくするという事
2008年07月05日  独立記念日
2007年07月24日  人に優しくするという事
2007年 8月 湊川(ミナトガワ)
2007年08月02日  馬鹿爆弾
2007年08月21日  霧雨
2007年08月29日  遺言
2007年08月31日  湊川
2007年 9月 男の値打ち
2007年09月25日  男の値打ち
2007年09月30日  天気のよい週末
2007年10月 自分の夢
2007年10月10日  自分の夢
2007年10月19日  結婚式の準備
2007年10月22日  妹の結婚式
2007年11月 天敬愛人
2007年11月01日  ハロウィン
2007年11月02日  誕生日
2007年11月16日  死の準備
2007年11月22日  愛情が宿った人形
2007年11月29日  古いもの  
2007年12月 幸せの値段
2007年12月08日   ディズニーランド
2007年12月16日  幸せの値段 
2007年12月18日  綺麗な心
2007年12月21日  大事な家族
2007年12月24日  君を想う気持ち
2007年12月25日  武器よさらば
2007年12月31日  生きるということ
2008年 6月 夢の実現
2008年 6月 夢の実現
アリーが教えてくれた事
アリーが教えてくれた事
晴耕雨読
晴耕雨読
愛のある日
愛のある日
あとがき
あとがき
補足
補足
感想&レビュー
感想&レビュー

閉じる


2006年12月 瞳の中に貴方が見える

2006年12月01日  ポインセチア

アリーの入院が決まって、その前に数日だけでも二人で時間を過ごしたいとアリーが言った。

僕らは今日から今週末まで、昔のように僅かな時間を二人で過ごす事にした。

今朝の仕事は、全てキャンセルして、朝の9時半にアリーを実家に迎えに行った。
 
僕がアリーの実家についたのは、9時半よりちょっと前だったが、既にアリーは玄関の前に立っていて、僕が来るのを待っていた。

車を横付けし、アリーの荷物を後部座席に放り込み助手席にアリーを座らせた。
 
車に乗るとアリーは、
『おはよう』と言って満面の笑みを浮かべ、僕にキスをしてくれた。

僕も笑顔を浮かべ、アリーに
『おはよう』と言った。

僕は久しぶりにアリーを助手席に乗せて、アリーと数え切れないほどドライブをした道を、アリーのアパートを目指して走った。

家に帰り、久しぶりに二人でアパートのドアを開けた。

アリーは暫くぶりに帰ってきたかのように、アパートの中を見回し、振り返って僕に大きなハグをしてくれた。

そして
『思ったよりも綺麗にしていたのね』と憎まれ口をひとつきいて、悪戯っぽく笑った。
 
アリーは、ダイニングテーブルの真ん中に置かれた、大きなバラの花束を見つけた。 

『おかえり』と僕は言った。

アリーは花束を見てニッコリと微笑み、
『どうもありがとう』と答えた。

僕は午後からの仕事があったので、アリーをベッドに寝かせて、食事をさせてから仕事場に戻ることにした。

僕はもうひとつ、アリーにサプライズを準備していた。

 

実は沢山のポインセチアの鉢を買い込み裏庭に敷き詰めて、庭中をポインセチアで埋め尽くした。
 
アリーはベッドに入ってから、カーテンを少し開けて庭をみるだろうから、その時にびっくりさせたいと思い、ポインセチアを敷き詰める事を考えた。

僕はアリーにその事は触れずに、昼食を一緒に取った後、仕事場に戻った。

1時からの会議があったが、会議場所にギリギリ12時59分に滑り込み午後の仕事を始めた。

暫くしてアリーから携帯メールが来た。

会議中だったが携帯メールを開いてみると、予想したとおりベッドから庭を見て、ポインセチアに驚いたアリーからのメールだった。

僕はアリーからのメールを見てちょっと笑い、何事もなかったかのように会議に戻った。
 
アリーが喜んでくれたのが素直に嬉しかった。

今日は仕事をできるだけ早く終わらせてアパートへ帰ろう。
 
今日から日曜日まではほんの数日しかないけれど、二人に残された僅かな時間の一瞬一瞬をアリーと一緒に、悔いなく過ごしたい。


 


2006年12月02日  男の手料理 

昨日の夜は、アリーが久しぶりに帰ってきたこともあり、アパートでゆっくり時間を過ごした。

外で長い時間食事をするのも、心配だったので久しぶりに僕が料理をした。

別にたいしたものを作ったわけではないけれど、マッシュルームのソテーとラムチョップ、小さなポテトをガーリックで炒めたものと、温野菜の4品を用意した。

アリーのアパートで、まともな料理をしたのは初めてだったけれど、料理をしているうちに段々自分でも調子が出てきたようで、キッチンでワインを開けてからは絶好調で、ほろ酔い気分で料理を続けた。

アリーは、それが面白かったようで、何度も用もなくキッチンに来ては、僕の料理を楽しそうに見ていてくれた。 

料理がようやく出来上がり、アリーはソーダー水で、僕はキッチンから飲み続けていたワインで乾杯をして料理を食べた。

アリーが
『ワインで一緒に乾杯できないけど我慢してね』と言って笑った。
 
僕は
『一緒に水で乾杯しろって言われたら困るけどね』と言っておどけて見せた。

暖かい夜ではあったが、せっかくだったので暖炉に火を入れた。
 
ろうそくの灯と暖炉の灯が、やわらかく揺れたお陰で、僕の見栄えの悪い料理も、ちょっとは美味しそうに見えたかもしれない。

食事が終わり、二人でソファにもたれて横になっていると、裏庭を見ながらアリーが
『もう12月だね。本当だったら、ロンドンに行くはずだったのに、ゴメンネ』と小さな声で言った。 

僕は
『ロンドンは、君が元気になったらいつでも行けるから』と答えた。

アリーはソファの上の僕に背を向けて寄りかかっているので、僕からはアリーの顔を見る事はできなかった。 

暗い話をしないように、僕は頭の中をフル回転させた。
 
楽しい話、くだらない映画、テレビドラマ、音楽、話を変えてくれるものだったらなんでも良かった。

でもこういう時には、なかなか良いアイディアがすっとは浮かばず、僕は、ただ黙ったままアリーを後ろから抱きしめる事しかできなかった。

 

暫くしてアリーは、そのまま手足を猫のように伸ばして、大きなあくびをしながら、僕を振り返り、
『もうそろそろ寝ようか?』と言って微笑んだ。

僕も微笑んでソファから立ち上がり、ソファに座っていたアリーを抱き上げ、ベッドに連れて行った。

アリーは、抱き上げられながら、
『一番会いたかったのは、抱き上げられてベッドに連れて行ってもらうことだったかもしれない』と言って笑った。

アリーをベッドに寝かせ、片付け物を簡単にすませてから僕もベッドに入った。
 
アリーが猫のように僕に寄って来た。

僕はアリーのぬくもりを感じながら、アリーが寝付くまで、アリーの髪の毛を撫で続けた。
  
アリーが眠りに落ちたのを確認して、そっとアリーの腕を離し、僕はベッドから出た。

夜になって少し雨が降ったようだが、気温は余り下がらず、生暖かい夜になった。

僕はウイスキーのボトルを持って裏庭に出た。
 
椅子についた雨の露を取り払い、椅子に腰を下ろしてウイスキーをラッパ飲みした。

中年オヤジが、よれよれの黒いコートを羽織り、ポインセチアの花畑の中で、一人壊れかけの椅子に座ってウイスキーを飲んでいる。

全く絵にならない風景だが、僕はそうやって酒を飲み続けた。 

窓越しにアリーの寝顔が見えた。

花を眺め、アリーの寝顔を眺め、夜空を眺めて、たまに目に溜まった涙をぬぐい、僕は一人でウイスキーを飲み続けた。


2006年12月03日  天気の良い週末  

今日は朝から素晴らしい天気になった。

昨日の夜もあまりよく眠れなかったので、朝方うつらうつらしていると、アリーも早く目を醒ましたようで、僕の上に覆いかぶさりおはようのキスをしてくれた。

カーテンをあけ、外の光を室内に入れながら、僕らは、まだベッドの中に潜ったままで色々と話をした。

僕が
『今日は、何をしたい?』と聞くと、アリーは
『髪の毛を切って、それから貴方と街を一緒に歩きたい』と言った。

天気も良く気温もそれほど寒くないので、僕らはアリーの言う通りに土曜日を過ごす事にした。

明日の午後には、僕はまたカリフォルニアに行かなければならないので、二人で一緒にいられるのは今日が最後だ。

日曜日に飛行場に行く前に、僕はまたアリーを実家に戻さなければならない。

何で髪を切りに行きたいのかな?と思って、それとなく聞いてみたら、アリーは笑いながら、
『せっかく大好きな人と一緒にいるんだから、綺麗に見せたいと思うのは女として当然でしょ』と言った。

馬鹿な事を聞いちゃったなと思って、ちょっと照れてしまったけれども、綺麗な所を僕に見せたいっていうアリーの気持ちが嬉しかった。

午前10時近くまで、ベッドの中でテレビを見たりしてゆっくりと過ごし、アリーに簡単な朝食を食べさせて、僕はアリーを美容院まで車で送って行った。

美容院の前で、アリーは振り返り、
『綺麗になって来るから待っていてね』と言って微笑み、キスをして美容院の中に消えて行った。

 

髪の毛を切ったアリーを2時半に迎えに行き、アリーの具合も良さそうだったので、冬の訪れを見せるセントラルパークの中を、二人で手を繋いでゆっくりと散策をした。

その後二人で少し買い物をした。立ち寄った店のひとつで、何気なくアリーの指輪のサイズを測った。

薬指が6号で小指が3号だった。
 
これで、バレンタインのサプライズの情報がかなり集まってきた。

サイズがわかったので、後はアリーの好みを研究しながら、アリーの好きそうな指輪をデザインするだけだ。

買い物を終え、二人でアパートに戻った。 

途中でデリに寄り、チーズとサラミとクラッカーを買った。

家に帰ってソファに横になりながら、チーズとサラミをつまみ、二人で映画を見た。

予想通り、アリーは途中で寝てしまい、結局二人がおきたときには、夜の10時を回ったところだった。

どうしようか迷ったけれど、アリーが外食したいというので、アパートの近くの行きつけのイタリア料理屋に出かけた。

レストランに着いた時には、11時近かったけれど、オーナーは嫌な顔をせずに、僕とアリーのためだけに料理を出してくれた。

レストランのオーナーは、事情は全く知らないが、僕らのテーブルに腰をおろし、色々と話をしてくれ、帰るときには、
『神のご加護がありますように』と言ってくれ、僕らに大きなハグをしてくれた。

レストランを後にして僕とアリーは、手を繋いで一緒にアパートまで歩いて戻った。
 
僕はエンジェルをコートに包んで、歩きなれた街角を、二人でかみ締めるようにして歩いた。

次に二人を待ち受けるものを見る事が怖くて、このまま二人で永遠と街を歩き続けたい気持ちがした。
 
覚悟はしているけれどやはり怖い。
 
どうしようもない恐怖が僕を支配した。

 

アパートに帰り、二人で残っていたクリスマスプレゼントのラッピングを少しした。
 
日本の子供たちに、アリーも一言ずつメッセージを書き込んでいった。
 
アリーは、まるでマリアのような優しさで、自分が会った事もなく、おそらく会うこともないであろう子供たちに慈愛に満ちたメッセージを一言一言、大事に書きとめていった。

夜もかなり更けたので、アリーに寝るように諭した。
 
アリーは、最後の夜だったので眠りたくないといったが、具合が悪くなるといけないので、二人でベッドに入った。

僕はアリーを抱きかかえたまま、結局一睡もせずに夜を明かした。
 
アリーも寝付かれないようだった。

色々辛い事も多いけど、僕はアリーの体温を感じながら、アリーと一緒に時間を過ごせる事を神様に感謝した。

このまま朝が来なければ良いと思ったが、そんな願いがかなうはずもなく、いつものように朝が来た。

僕が目を醒ました時には、アリーも目を醒ましていた。

僕はアリーにキスをしてベッドを出て、シャワーを浴び、服を着て飛行場に行く準備をした。

アリーは、まだ裸のままベッドの中で休んでいた。
 
服を着替え、旅行の準備を済ませた僕に、アリーがまたベッドに手招きをした。

僕はアリーに招かれるまま、服を着たままベッドに横になり、アリーと一緒にテレビを見た。 

10時半過ぎになって、アリーが、
『私もシャワーを浴びて用意をしないといけないから』と言い、やっとその言葉をきっかけにして、僕も飛行場に出かける決心がついた。

アリーに見送られ、僕はアパートを出て車に乗り飛行場に向かった。

アリーとの楽しい4日間は、あっという間に終わってしまい、僕は仕事の為にカリフォルニアに向かう事になった。


2006年12月06日  大切な思い出

カリフォルニアに来ると、いつも時差の関係で、早朝から仕事を始めないといけない。

僕は朝の5時に起きて今日のスピーチの用意をした。

午前中にスピーチを終え、少し外の空気を吸いにホテルの外に出た。

別にどこに行くと言う当てがあるわけではなかったが、清々しい朝の空気を吸いながら、ホテルの周りを歩いた。

ちょうどニューヨークの10時過ぎだったので、アリーに電話をして、歩きながら少し話をした。

毎日の電話なので別にたいした話があるわけではない。

ただいつものようにお互いを気遣い、それぞれの一日について話をした。

アリーに、カリフォルニアの気候は素晴らしく、今、一緒に散歩をする事ができれば、どんなに楽しいだろうと言った。

アリーは
『自分だけで楽しんでないで、早く仕事を終わらせて帰ってらっしゃい』と悪戯っぽく冗談を言って笑った。

僕も笑った。

次の仕事の時間が迫ってきたので、僕はアリーとの電話を切り、ホテルに戻って、僕に会いに来た仕事の関係者と、昼食を兼ねたミーティングをした。

その人は、つい最近まで映画会社で働いていたが、最近会社を退職して起業をし、ベンチャーファンドから活動費として8億円を調達してまさに活動を始めたばかりの若者だ。

 

僕は2001年にレバノン人の友達(ビリー)の会社を買収し、2004年に大当たりをさせた事から、西海岸の起業家の中では、それなりに名前が知れ、この手の起業家から、相談を持ちかけられることが多い。

今日会った若者もそういった起業家の一人だ。
 
彼のビジネスがうまくいくかどうかは、僕にはわからないが彼と昼食を取りながら、色々話を聞いて僕のわかる範囲でアドバイスをした。 

この手の相談事は、全くの善意でやっているので、全くお金にはならないが、この業界は結局人間関係だし、誰が大当たりするかわからないので、誰にでも出来るだけ、時間を割いて真摯に対応をするように心がけている。

彼とのミーティングが終えてホテルの部屋に戻り、ホテルをチェックアウトし、迎えの車に乗り込んで、太平洋を見渡すベニスと言う街に出向いた。

そこで、また別の人と夕食を食べながら話をする事になっていた。 

ベニスは、イタリアのベニスをまねて町をデザインし、ベニスのように水路をめぐらせようとしたが結局計画が挫折し、町の名前だけが残ったと言う奇妙な歴史を持つ海沿いの街だ。

一時はヒッピーブームの頃に若者の町になり、その後ドラッグや色々な犯罪問題でスラム化したが、最近は再計画ですっかり綺麗になった。
 
ハリウッドスターが大きなレストランを出店していたり、最近はむしろお洒落な街という印象だ。

僕は海沿いの中華料理屋で、別の人と待ち合わせをした。
 
その店はビーチの方向に大きなデッキがあり、サンデッキで海を見ながら食事ができる。

僕はそこの一番奥のテーブルを予約し、海を眺めながらソーダー水を注文して、その人が来るのを待った。

暫く遅れて、彼らは現れた。

 

今度は、映画会社の人で、新しい映画の資金集めと配給についてのミーティングだった。
 
ハリウッドの場合、映画の製作には、大体1年半から2年の月日がかかるのが一般的だ。
 
最近は、撮影の他にCGがふんだんに導入されている事もあり、費用は更にかかるようになってしまった。

最近僕は、エンターテイメントの仕事からは遠ざかっていたので、彼らの話を聞きながら、ちょっと金額の桁が違うのではないかと思いながら、彼らの話を半分聞き流しながら、海を見つめていた。 

彼らが帰った後も、僕はその場所に暫く座っていた。

アリーとこの前、海に来たのはいつだったろう?と考えた。
 
何ヶ月か前に、夜眠れずにアリーと一緒にコニーアイランドまでドライブして、朝日を一緒に見た事を思い出した。

色々な事があったなあと思いをめぐらした。
 
僕の思い出には、いつもアリーが関わっていた。
 
アリーとの思いでは、楽しいものでも、哀しいものでも、僕にとってはかけがえのない宝物だ。

僕は今、その儚い、壊れてしまいそうな、思い出をなんとか両手でかき集め、自分の胸の中で守ろうとしている。

海を見ていてちょっとセンチメンタルな気分になったが、僕はこの後、サンフランシスコで別の仕事があったので、車をロサンゼルス国際空港のバンカーに向かわせ、そこに待たせておいた飛行機に乗り、サンフランシスコに向かった。

今日の夜から、今度はヨーロッパに移動する。

ヨーロッパではクリスマスツリーのためのオーナメントを買って帰ろうかな?等と楽しい事を考えるように努めた。

両手からこぼれてしまいそうな大切な思い出が、なくならない様に一生懸命、楽しい事を考えようとした。


2006年12月07日  北欧紀行

前日の夜遅くにニューヨークを発ち、朝にはフランクフルトに着いた。

ドイツに来るのは久しぶりだ。

生憎、今朝は曇り空で、灰色の低い空の下に、ドイツの田園地帯が静かに広がっていた。

迎えの車に乗り、フランクフルトでの最初の仕事に向かった。 

途中でアリーに電話をした。
 
ニューヨーク時間はまだ早かったので、アリーはまだベッドに入っていたが、僕の電話を待っていたようで、少しの間だったが話をした。

アリーは、若い頃ドイツに住んでいた事があるので、ドイツ語がはなせる。
 
僕はドイツ語があまり得意ではないので、
『君が一緒だったら、もっと仕事も楽なのにね』と言うと、アリーは
『アタシは、高いわよ』と言って笑った。

午後にはフランクフルトの仕事を終え、空港で待たせておいた飛行機に乗り、コペンハーゲンに向かった。

コペンハーゲンは、あの人魚姫で有名なヨーロッパの港町だ。

ここでの仕事は簡単だったので、数時間で仕事を終え、街に出る事もなく、僕はそのまま今日の最終地のストックホルムに向かった。

僕は仕事の関係で、ノルウェーやスウェーデンと言った北欧諸国に来る事が多いが、北欧は、他のヨーロッパの国と違った独特の雰囲気がある。

空港を出て迎えの車に乗り込み、ハイウェイを目的地に向かって走った。
 
まだ4時頃だったが既に日は沈み、まるで夜のように暗くなった。

これも北欧の特徴だ。

 

何とも言えない切なさを胸に抱えたまま、僕は大きな車の後部座席に深く腰をかけ、北極海の黒い海を眺めていた。

少し北極海の風にあたりたいと思い、車の窓を少し開けると冷たい海風が僕の顔を撫でた。

暗い空と、暗い海の間を走る一本の高速道路。
 
僕は窓を開けたまま、暫く北極海の風に自分をさらしてみた。

やっとミーティング場所につき、仕事を始めた。 

議事進行を聞きながら、僕はパソコンを立ち上げた。
 
パソコンにはアリーからのメールが入っていた。

”あなたがいなくて本当に寂しいです。私はあなたを愛しています。”

とアリー独特の短いメッセージが入っていた。

僕は他の取締役の手前、難しい顔をしながら、指でアリーからのメールをなぞってみた。

 


2006年12月08日  君のもとに帰る

朝、まだ北欧独特の暗い中、僕はストックホルムを発った。
 
目的地はパリ。

朝まだ早いうちにドゴール空港に到着し、迎えの車に乗り、パリの市内を目指した。

車の中からアリーに電話をしたが、繋がらなかったので簡単なメッセージを入れた。

市内に入り、凱旋門を回って近くのホテルに到着してここでの仕事を始めた。

空は相変わらず灰色で、冬の雲がはっていて、何か寂しい気持ちを掻き立てるものだった。

ホテルのミーティングルームには既に人が集まっており、僕が到着すると同時に議論が始まった。

僕は話を聞きながらホテルの窓から外を眺め、灰色の低い空の下を、群れからはぐれたのか、一人で飛んでいく鳥を見ていた。

ここでの仕事が終われば、ヨーロッパは一段落で、その結果を持って東京に行く。 

午前中のミーティングが終わった。
 
感触はそれなりに良いと思ったが、午後にもう少し、議論を集中させる必要を感じた。

丁度昼食が終わり、エスプレッソを飲んでいる時に、僕の携帯がなった。
 
てっきりアリーだと思って電話に出たら、それはアリーのお姉さんだった。

アリーの両親は、僕を認めていないので、僕が彼らと話をする事はない。

そういった意味で、アリーの家族の中で僕が話をするのは、アリーの腹違いの弟と、このお姉さんの二人だけだ。
 
アリーはいつも口癖のように、
『もしもアタシに万一のことがあったら、その知らせは、私のお姉さんに頼んであるから』と言っていた。
 
でも実際に、僕がお姉さんと話をしたのは、一回か二回だけだった。

そのお姉さんから電話があった。

お姉さんは、アリーの様態が急変し、病院に緊急入院をした事を教えてくれた。
 
病状はあまり良くないようだった。

お姉さんにお礼を言い、動揺しているようだったので、元気づけの言葉をかけ電話を切った。

目の前が、真っ暗になった。

 

午後の会議が始まるところだった。
 
僕はそのまま会議室に戻り議論を続けた。

しかし、頭の中はアリーのことで議論どころではなかった。

このままニューヨークに帰るべきか、パリでの仕事を完結させるべきかと考えていた。

僕は同業者から、いつも甘い奴だと馬鹿にされている。 

最後の詰めが甘い。

情に流されて最後の判断を誤りやすい。

そういう批判をいつも聞いてきた。

だから今度のヨーロッパの仕事には細心の注意を払い、常人離れしたスケジュールで、ここまで話を進めてきた。
 
そして、このパリの午後のミーティングで全てが決まる。

アリーがこれを聞いたら、きっと、パリに残って最後まで仕事をまとめるべきだと言うだろう。

きっとそういうに違いないと思った。

考えあぐねて、僕は、またホテルの窓から外の景色を眺めた。

あの群れから離れてしまった鳥が、まだ凱旋門の周りを回っていた。

”やっぱり帰ろう。”と僕は思った。

僕は自分の部下の一人を呼び、午後のミーティングを取り仕切るように指示をして、車に乗り空港に向った。

僕は夕方のフライトでニューヨークに帰ることにした。 

アリーの病状を聞くと帰らないわけにはいかなかった。

また周りの皆は甘いとか無責任だとか言うだろうが、これは僕の人生だ。

僕の人生はアリーのためにある。

そう考えると迷いもなくなった。

今日の夜にはニューヨークに帰れるだろう。
 
それまでアリーには頑張ってもらわないと。 

誰も受話器を取るはずのないアリーの携帯に電話をして、
『僕は今夜、君のもとに帰ります』とメッセージを入れた。


2006年12月09日  The Show Must Go On.

僕の飛行機がニューヨークに降り立った時にはもう辺りは暗くなっていた。 

氷点下の寒風が吹き抜ける滑走路を横切り、僕は迎えの車に乗り込んだ。

アリーのお姉さんの電話では、僕の飛行機がニューヨークに降り立つ直前に、アリーは意識を取り戻したらしい。 

アリーが意識を取り戻し一段落した事もあり、お姉さんは、僕とアリーをあわせる為に、気を利かせて、アリーの両親を暫く連れ出してくれる事になった。

夜の8時過ぎにお姉さんに病院に来るように言われた。

僕はお姉さんの計らいに感謝をし、夜の8時に病院に行く事にした。

時間的には一度家に帰る時間はあったのだが、そんな事は頭に浮かばず、僕は車を病院の近くでおり、病院の近くのダイナーで紅茶をすすりながら、8時になるのを待っていた。

僕が入ったダイナーは客はまばらで、病院に近いせいもあり、客は病院関係者か看病に来ている人達のように思えた。
 
皆、一応に疲れた表情で、ある者はテレビを呆然と見つめていたり、ある者は小さな声で話し合っていたり、ある者は新聞を読んでいたり、思い思いに疲れた表情で過ごしていた。

僕もその中の一人らしく、疲れた表情で映りの悪いテレビを眺めていた。
 
ふと我に返り時間を見ると8時を回っていた。

僕は紅茶の代金をテーブルに置き、ダイナーを後にして病院に向かった。

お姉さんの言った通り、アリーの病室には誰もいなかった。

僕の最愛の人は、一人ベッドに横たわっていた。
 
アリーの鼻にはチューブが入れられ、腕には何本ものチューブが刺されていた。

アリーは目を閉じており、疲れ果てて眠っているように見えた。

その姿を見た途端に、僕は哀しくて涙が止まらなかった。 

僕はアリーのベッドの脇のパイプ椅子に腰を下ろした。

 

一時間ほどしてアリーは静かに目を開けた。
 
そして僕を見つけると、静かに小さく笑みを浮かべた。

アリーが僕の方に手を伸ばしたので、僕はアリーの手を両手で握り、自分の胸の上に置いた。
 
そして、アリーに向かって微笑んで
『ただいま』と言った。

アリーは、もう一度微笑んで暫く僕を見つめ、それからまた静かに目を閉じた。

閉じられたアリーの目から涙があふれだし、筋になって顔を濡らした。
 
アリーは、ただ
『ごめんなさい』と言った。

僕はもう一度アリーの手を強く握り、アリーの手に口づけをした。
 
そして
『大丈夫だから』とだけ答えた。

僕はアリーの前で努めて平静を装い、何事もなかったかのように、アリーに色々とおもしろ可笑しく話をした。

アリーは微笑みながら僕の話を聞き、たまに小さく笑った。
 
力のない消え入りそうな笑い声だったけれども、僕には笑っているように聞こえた。

暫くしてアリーは両手で僕の頭を撫でながら、
『アタシは闘っている時の強い貴方を見ているのが好き』と言った。

最初は何を言っているのか判らなかったので、アリーに聞き返した。 

アリーは小さい声のまま、
『アタシは、闘っている時の強い貴方を見ているのが好き』と繰り返して微笑んだ。

そして
『アタシは貴方が帰って来るまで、死なないでここで待っているから、日本に行って仕事を済ませて来て』と言った。

僕は微笑んで
『仕事は、またいつでもやり直しができるから、気にしなくて良いんだよ』と言った。

アリーは
『アタシは、貴方の仕事が上手く行くのを自分の目でみたいの。だから、仕事を済ませて来て』と小さな声で言った。

そして
『そんなに簡単には、死なないから』と言ってまた小さく微笑んで見せた。

そして
『Show Must Go On』と呟いた。
(ショーは先へ進まなければなりません)

僕は、アリーの前では泣くまいとして平静を装っていたが、アリーのその言葉を聞いて急に涙が溢れ出してしまった。

 

それを見てアリーの目も急に赤くなった。
 
そして真っ赤になった目で僕を見つめ、
『Show Must Go On』ともう一度呟いて頷いてみせた。 

そして
『これが終わったら、もうどこにも行かないでアタシのそばにいて。でも、ここまで二人で頑張って来たんだから、アタシの為にも、この仕事は最後までやって、一緒にちゃんと幕をひかせて』と言った。

こんなに強い意思を持ったアリーの表情を見たのは初めてだった。

アリーの強い決意を感じた。

僕はただ頷いて、アリーの両手を握りしめた。
 
アリーを抱きしめたかったが、体中にチューブがあったので、そうもできず、ただただアリーの両手を握りしめた。
 
僕はアリーの両手を握りしめたまま、
『必ず帰って来るから』とだけ伝えた。

アリーはそれを聞くと微笑んで、
『必ずここで待っているから』と言った。

僕は、最後にアリーの口にそっとキスをしてアリーの病室を後にした。
 
振り返ると、また帰れなくなってしまうし、その場で泣き出してしまいそうだったので、振り返る事なく、後ろ向きに手を振ったまま病室を出た。

病院の外にでると、零下の寒風が吹き僕のコートの裾を揺らした。 

僕はこぼれ落ちる涙を拭く事もせず、そのまま夜の街を歩いた。

僕は、アリーの為に明日、日本に行く。
 
そしてアリーと一緒に頑張って来た何年かの生活に区切りをつける。 

これで最後だ。


2006年12月13日  東京にて

覚悟はしていたけれど、やはりメールも電話もできないで、6,000マイルも彼方にいるという事は、大変辛いものだ。

なるべく考えないようにして、仕事に集中するようにしているけれど、やはり色々と考えてしまう。

お姉さんのところに電話をして、色々聞こうかなとも思うけれども、やはり迷惑をかけたくないので、そういう事も出来ない。

ただ今の僕にできることは、自分のやるべき事に集中する事と、たまに空を見たり、花を見たり、街を行き交う人を見たりしながら、遠くにいるアリーの事を思う事だけだ。

あれほどメールや電話でやりとりをしていると、急にそう言ったものから遠ざかってしまうと、どれだけ寂しいのかという事が、痛いほどわかった気がする。

常に携帯で話ができるようになったのはここ十何年の事で、メールが普及するようになったのはもっと最近の事だ。
 
だから僕が若かった頃は、まさに今の僕の状況のように、メールも携帯もなかったわけで、そう考えると、いかに生活様式が変わってしまったかと言う事が良くわかる。

そういった機器に依存できない今の状況では、僕は、昔の人々が遠くはなれてお互いを思いあったように、空や花等の森羅万象に目をやりながら、アリーのことを心の中で深く考え、思う事しかできない。

僕の気持ちがアリーに届くといいな。

 


2006年12月14日  Going Home

東京での怒涛の5日間の後、今日、ニューヨークに帰ることにした。

日本にいる間は、殆ど満足な食事もしていないし、睡眠もできなかった。

取り付かれたように仕事をして、今は心身ともに憔悴しきってしまった。 

もうこれ以上歩けないほど努力をしたので、ここで一応区切りをつけてニューヨークに帰ることにした。

今は、空港のラウンジで飛行機が来るのを待っている。

僕のニューヨークの携帯に、アリーのお姉さんから留守電が一つ入っていた。

アリーは相変わらず病院におり、容態はすぐれないが、一応小康状態を保っているようだった。

ニューヨークについたらお姉さんに電話をして、僕が病院に行ってもよいようだったら、アリーに会いに行きたい。

でも、このままで会うとアリーも、消耗しきった僕をみて驚くだろうから、せめて飛行機の中で眠って、少し元気を取り戻さないといけない。

アリーは今、何を思っているのだろう。

2006年12月15日  瞳の中に貴方が見える

ニューヨーク時間の夕方に、僕の乗った飛行機は、滑るようにニューヨークの空港に降り立った。

フライトは、ほぼ満席だった。
 
ニューヨークに帰る日取りを突然決めたので、僕のアシスタント達は、東京サイドもアメリカサイドもかなりてんてこまいだったようで、全ての飛行機会社に予約を入れてもキャンセル待ちのところがほとんどだったようだ。

最後に、幸運にもそのうちの一つのキャンセル待ちが取れたので、そのフライトに乗って帰る事ができた。

日本にいる間は殆ど寝ていなかったので、成田に着き、飛行機に乗り込むと、まだ飛行機がゲートを離れる前から、僕はそのまま寝てしまい、結局食事もとらずに11時間半、そのまま眠り続けたようだ。

目を醒ますと、ちょうど飛行機は既に着陸準備の為に高度を落としている所で、着陸10分前だった。 

窓の下には見慣れたマンハッタンの風景が広がっていた。
 
僕はその中に、アリーのアパートを思わず探していた。
 
アリーは今病院に入院しているのに、思わずアパートを探していた自分に苦笑をした。

飛行機を降り、税関を抜け、迎えの車に乗り込んだ。

携帯のメールをチェックすると、アリーのお姉さんから、今日の夜は両親がアリーを見舞っているので、彼らが帰ったら僕に連絡をするとメッセージが入っていた。

今すぐにでもアリーの病室に飛んで行きたい気持は一杯だが、アリーの病室で、また彼らと喧嘩をする訳にもいかず、どうしようもない気持を抱えながら、僕は取り敢えず家に帰って、お姉さんからの連絡を待つ事にした。

いつもだったら、アリーと電話で話をしている車の中で、僕は鳴らない携帯を弄びながら、ニューヨークの灰色の空を見ていた。

家に戻った頃には、もうあたりは暗くなっていた。

誰もいない家に戻り荷物を置き、冷蔵庫から水を出して取り敢えず水を飲んだ。

そういえば昨日から何も口に入れていなかったので、水が胃袋の底に流れ込むのを感じ取る事ができた。

こうなっては、僕は待つ事しかできない。

街は買い物客や観光客で賑わっている。
 
街並は既にクリスマス一色で、様々なイルミネーションで飾られている。

 

そんな中で僕は一人電話を待っている。
 
こんなに近くにいても、まだアリーに会う事ができない。
 
ただ待っているものは一本の電話。 

かなり遅くなってからお姉さんからメールがあった。

ようやく両親が帰ったので、面会時間はとっくに過ぎてしまったけれど、今からだったら病室に来ても大丈夫というメールだった。

僕はメールを見てすぐに病院に向かった。
 
病院に着いた時には、もう夜の11時に近かった。

街は相変わらずクリスマス一色で、タイムズスクウェアの店は、かなりの所が遅くまで営業をしており、観光客でまだ賑わっていた。

僕はそんな楽しそうな喧噪を抜け、一人病院に向かった。
 
アリーに会う事だけを考えて。

アリーの病室のドアを開けると、そこに僕が、ここずっと夢に見続けた天使が横たわっていた。
 
前よりも体にささっているチューブの数が増えてしまったけれど。 

前よりも周りの恐ろしげな機械の数が増えてしまったけれど。
 
でも、アリーはそこにいた。

僕を見つけると、アリーは疲れた微笑みを浮かべ、
『こんな姿になっちゃったけど、ちゃんと死なないで待っていたでしょ』と消えそうな声で言った。

僕も微笑んで
『僕にとっては、君は誰よりも美しいよ』と言ってアリーの手を取った。
 
そしてもう一度微笑んで
『ただいま』と言った。

アリーも
『お帰りなさい』と言って微笑んでくれた。

その姿はさらにやせ細り、体中にさされたチューブや、青ざめた顔色が、病気の進行を物語っていたけれど、アリーは、僕との約束を守って僕を待っていてくれた。


僕は
『僕を待っていてくれてありがとう。もうどこにも行かないから』と言った。

アリーは
『急いで帰って来てくれてありがとう。こんな格好を貴方に見せたくはなかったけれど、でも貴方に会いたかった』と言った。

僕はアリーの隣にすわり、アリーの手をとったまま、ヨーロッパでの仕事や、東京の仕事の話をした。

アリーに会う前までは、僕は会社の乗っ取り屋のような仕事をしていた。
 
経営陣の無策で潰れる直前になった会社を安値で買い、不要な部分は容赦なく切り落とし、望みのある所だけを高値で売り飛ばしていた。

人に胸を張って言えるような仕事ではない。

アリーと会って、アリーから色々な事を学んで、僕は会社を乗っ取って切り売りするのではなく、買い取った会社を、何とかそのまま再生させることができないかと考えるのが、僕の仕事に変わった。

そのお陰で僕の収入はがた落ちしたけれど、僕は人としての自信を持ち直す事ができた。

ここ何年かやっていた仕事は、切り捨てるのではなく、アリーから学び取った、再生をするという精神で取り組んだプロジェクトだった。

僕の同業者は皆、僕をお人好しの馬鹿者だと嘲った。

それでも良かった。
 
僕はアリーのように、人として、その生き方に自信を持てる人間になりたかった。

そのプロジェクトをここ何年か続け、今回のヨーロッパと日本での仕事で、倒産寸前で買い取った会社を、切り売りや従業員を解雇する事なく、なんとか事業再生をさせ、黒字復活させ、もっと安定した会社に合併させる事になんとか成功した。

僕はアリーに、プロジェクトがうまくまとまった事を報告して、アリーにお礼を言った。
 
僕が自分に自信を持てる真っ当な人間になれたのは、他ならぬアリーのおかげだった。

 

アリーは、ただ微笑んだままそれを聞いて
『アタシも嬉しい』と言ってくれた。

僕と仕事で絡んだ人達は、僕がこのままいなくなってしまう事が、容認できないようで、どうかそのまま仕事を続けて欲しい。

いなくならないで欲しいと言ってくれる。

ありがたい事だ。
 
それもこれもアリーのおかげで、アリーに会う前の僕だったら、人に恐れられる事はあっても、求められる事はなかった。

人の気持ちはありがたい。
 
ただ僕は、もう自分のミッションを成し遂げた気がする。

『これから、どうしようか?』とアリーに聞いてみた。

アリーは、力なく笑って、
『アタシの近くにいて、アタシの面倒を見なさいよ』と言った。

僕も笑った。

僕は
『その為には元気になって、パリに行けるようにならないと。その前にこのチューブを取り去って、僕が、君を抱きしめる事ができるようにしてくれないと』と言って笑った。

アリーも笑った。

もう夜中をまわり、かなり夜も更けて来た。
 
このままアリーを起こし続けるのも良くないと思い、僕は帰る事にした。

帰り際にアリーは、僕の頭を両手で掴み、自分の胸に抱きかかえるようにして、
『貴方は、アタシに何があっても死んじゃ駄目よ』と言った。
 
僕は一瞬言葉を失ったけれど、何か答えなといけないと思い、
『君はそんなに簡単に死なないよ』と答えた。

アリーは僕の頭を自分の胸に抱えたまま母親のように笑った。

そして
『今、アタシの瞳の中に、貴方が見える。それがとっても嬉しい。貴方がいない間ずっと貴方の事を考えていたけれど、やっぱり自分の目で貴方を見たかった』と言って小さく笑った。 

【 瞳の中に、貴方が見える 】

僕はアリーのフレーズを繰り返して呟いてみた。


 


2006年12月16日  子守唄

今週はハニカ、来週はクリスマスと、もうニューヨークは、年末ムード一色だ。
 
僕は、時差ボケでだるい体を起こす為にジムに行き、久しぶりに汗を流した。
 
ここ暫くジムにも行っていなかったので、随分痩せたなと思いつつ、せめてジムにいる時は、色々な事を考えないですむので、ただ無心にマシンに向かった。

ジムが終わって、たまった洗濯物を片付け、アリーのかわりに約束したボランティアのカウンセリングに出かけた。 

犯罪を犯して服役中の子供達の更生施設でのカウンセリングだ。

彼らの目を見ていると、昔の自分を思い出すような気がする。
 
簡単に結論めいた事を言うのは、良くないけれど、やはり、周囲の愛に飢えているのかな?という気がしたのは僕だけなのだろうか。

カウンセリングをしながらも、心は常にアリーの事を考えていた。 

僕はこれを、あくまでもアリーのかわりにしているに過ぎない。
 
だから、アリーのボランティアをしようと思った気持ちが妥協されないように、アリーだったら何がしたかったのだろうと考え、今日のボランティアをこなした。

ボランティアの後は仕事場に行き、色々と雑務をこなした。
 
気がついたら夜の8時を回っていた。
 
お姉さんからメールを貰ったので、アリーの病室にアリーを見舞いに行った。

アリーはいつも通りのアリーだったけれど、すこし疲れていて気が立っていた。

僕は、だから両親も早く帰ったのだな?と勝手に想像をしながら、ベッドの隣の椅子に座り、アリーの話を聞き続けた。

 

アリーのそういった話を聞くのは辛いけれど、何もできない自分自身はもっと辛かった。

ただ僕にできる事は話を聞くだけ。
 
だから僕はアリーの話を聞き続けた。
 
ただ、アリーの話を聞く。
 
それが今の僕にできる唯一の事。

悲しいけれど、それが現実だ。

一通りアリーの話を聞いてると、アリーも話し疲れたのか、僕の手をとり、目を閉じて暫く黙っていた。

小さい病室に静寂が訪れ、アリーの周りに並べられた機械の不気味な電気音だけが部屋に響いた。 

その音だけが部屋中に響くのに耐えかねて、僕が話を始めた。
 
どうでも良い僕の一日についてだった。
 
独り言とも、アリーに話しているともつかない小さな声で、ボランティアに行った時にあった子供達の事、その時に僕が話した事、感じた事、そんな事を話し続けた。

僕の手を握るアリーの手に、少し力が入ったような気がした。
 
アリーを見ると、目を閉じたまま涙を流していた。

僕はそのまま、独り言ともアリーに話しかけているとも、はたまた子守唄を唄っているともつかない小さな声で、アリーが眠りに落ちるまで、そうやって話を続けた。

話す事が見つからなくなると、自分の知っている昔話までした。

自分の子供を寝かしつけるように、ずっと話を続けた。

アリーの寝息が聞こえるまで。

アリーを寝かしつけ、僕はそっとアリーの手を離し病室の窓から外を見た。
 
病院の周りはアパートが建ち並んでいる住宅街だが、そのアパートの窓にも、クリスマスの飾り付けやイルミネーションが思い思いに飾られていた。

僕は窓から見える外の景色と、窓に反射して見えるアリーの姿を重ねて、暫く外を眺め続け、アリーの事を考えた。

時間がかなり遅くなっていたこともあり、病院の人に、いい加減に帰ってくれと言われたので、僕は病室を出て病院を後にした。

風に吹かれながら暫く夜の街を彷徨い、目に留まったバーに入り、ウイスキーを注文した。
 
そして僕自身を飲み込むように、ウイスキーを飲み込んだ。


 


 


2006年12月18日  クリスマスの匂い

僕は今日も、相変わらず良く眠れなかったので、朝早いうちにベッドを出て、ジムで2時間程汗を流した。

僕のパーソナルトレーナーのネルは、今日が今年最後で、今週、家族とクリスマスをフロリダで過ごすそうだ。

僕は彼女に早めのクリスマスプレゼントを渡した。

ネルは、愛くるしい目をくりくりさせながら、
『どうもありがとう。ちゃんと休みの間もストレッチを忘れないでね』と言って去って行った。

僕は実は、ジムの運動は好きなのだが、ストレッチは大嫌いなのだ。
 
どうもあのストレッチというのは、運動をやっている気がしない。

僕は貧乏性なので、重いウェイトとかを大汗をかいてあげたりしていないと、運動をしている気がしないのだ。
 
ただ、トレーナーのネルによると、僕のような人間が歳を取った時に、畳の縁に躓いて骨折をしたりするらしい。
 
『そんな歳になるまで、生きているつもりはないから、余計な心配をしないでくれ。』と僕はネルに言って笑った。

ジムでの運動が終わり、シャワーを浴びて、着替えをし、アリーの見舞いに出かけた。
 
アリーのお姉さんから、12時くらいに来て欲しいと言われたので、その通りに病院に行った。 

天気の良い日だったので、アリーの病室の中にも柔らかな冬の光が差し込んでいた。
 
僕はアリーの隣に座り、アリーの手をとって、求められるままに色々な話をした。

日本の里子から気の早いクリスマスカードが来ていたので、アリーにそれを見せた。 

最近の日本では、小学校でも英語の授業があるらしい。

今年のクリスマスカードには、子供達が一生懸命英語で書いてきたものが幾つかあった。

アリーは嬉しそうにそれを眺め、鉛筆で書かれた下手くそだが、一生懸命書かれた文字を、細い指でなぞっていた。

 

僕達は日本の里子の話をし、アリーの姪っ子の話をし、アリーの代わりに僕が行っているボランティアの子供達の話をした。

暫くしてアリーは、眩しそうに目を細めて、外からさす冬の光を見た。 

そして
『貴方ともう一度、手を繋いで外を歩いてみたい』と言った。
 
僕は黙ったまま、握っていたアリーの手を僕に近づけて、手に口づけをした。 

『直ぐに良くなって歩けるようになるから』なんていい加減な事を言う事はできなかった。
 
だから僕の思いを一杯込めて、アリーの手に口づけをした。
 
アリーは、ただ笑みを浮かべて僕を見つめた。

3時にはアリーの両親が見舞いに来るので、僕は彼らが来る前にアリーの病室を出た。
 
この期におよんで、アリーの両親と議論をしたりするのは意味がない。
 
僕が我慢をすれば良いのだ。

病院を出て、僕はあてもなく歩いてみようと思い街を歩いた。

ジャケットのポケットに手を突っ込み、人気の少ないストリートから公園をいくつか抜け、普段は見落としている風景に立ち止まりながら、たまにすれ違う人達と声をかけ、歩き続けた。

暫く歩いて、教会の前で足を止めた。
 
丁度、そこでは午後のサービスが行われている所だった。
 
僕はどこの宗教にも属していないけれど、なんとなく開け放たれたままのドアから中に入り、遠巻きにサービスを眺めていた。 

別にそれに参加する訳でもなく、ただ遠くから眺めているだけだったが、何となく気持ちが落ち着いたのでサービスが終わるまでそこに立ち止まっていた。

サービスが終わり、そろそろ外に出ようと思っていると、暗い中から一人の年配の男性に声をかけられた。

『アンタもここに来ていたのか。私はアンタを良く見かけるからね』と言われたので、どこの誰かと思っていると、アリーの病院の掃除夫の一人だった。

いつも僕が面会時間を過ぎた後に、忍び込むようにアリーの病室に行くのを見ていたようだ。
 
ちょっと恥ずかしくなって照れ笑いをしていると、その老人は象のような窪んだ目を僕の方に向け、
『神のご加護がありますように』と言って外に出て行った。

サービスが終わって教会の外に出ると、街にはかなりの人通りがあった。
 
僕はその人混みの中をまた歩き出した。

少し暖かくなった心を、そのまま大事に両手で包み込むように。

 


2006年12月19日  君が世の中の全て

今日もまた暖かい日だった。 

僕は午前中はアリーの代わりに、更生施設でカウンセリングのボランティアをした。 

強姦で服役中の男の子と、麻薬と傷害で服役中の女の子とそれぞれ話をした。 

彼らと話をすると、本当にスポンジに水分を取られてしまうような疲労感を感じる。

それだけ、色々と貪欲なコニュニケーションが要求されるという事だ。
 
やはり彼らは、人とのつながり、コミュニケーションに飢えているという事なのだろうか。

彼らと2時間も話していると、こちらは疲弊してヘロヘロになってしまう。
 
癌を患っていながら、こんなことまでしようとしていたアリーの心意気には、今更ながら驚かされた。

アリーに対する愛情から、発作的にこんな事を引き受けてしまったが、本当に僕のような人間が話し相手になって彼らの為になるのか?等と色々悩みは尽きない。

ボランティアを終え、僕は自分の仕事に戻る前に、アリーの病室にちょっと顔を出した。
 
アリーには訪問を告げていなかったので、アリーはドアを開けた僕を見つけると、予想以上に喜んでくれた。
 
僕は素直にそれが嬉しかった。

今日は夜にアリーを見舞う事になっていたので、ほんの15分位立ち寄っただけだったが、わざわざ15分の為に時間をかけて来た事が、アリーはなりより嬉しかったようだ。

僕はいつものようにアリーのベッドの隣に腰をかけ、アリーの手を握って、今日のこれまでの出来事を色々と報告をした。

僕はアリーに正直に、更生施設の子供達とどう接していいかわからなくて、いつも帰る時には、自分自身が空っぽになってしまうと伝えた。 

アリーはただ微笑んで僕の顔を撫で、
『それは貴方がそれだけ真面目に取り組んでいるって言う事』と言った。
 
そしてまた微笑んだ。


最近アリーと話す時には、アリーがまるで悟りを開いた行者のように見える事が多い。

アリーの言葉とその全てを悟ったような微笑みに、僕はただ、そんなものかな?と半ば感心しながらアリーの顔を見た。
 
そんな僕の考えにおかまいなしに、アリーは優しい微笑みを僕に投げかけている。

僕はアリーの手を握りながら、昨日起こった事や今日する事に着いて更に話をした。 

アリーは僕の手の上で軽くリズムを取りながら、
『貴方の話を聞いていると、アタシがここで寝ている間も地球は、何の変わりもなく一日一日動いているっていう感じがするね』と言ってかすかに笑った。

確かに世界に取ってはアリー、一人の問題など取るに足らない問題だけれども、僕に取ってはこの世で一番大事な問題だ。
 
アリーが笑えば僕の世界は明るくなるし、アリーが泣けば僕の世界は闇で包まれる。

僕はアリーに
『僕に取っては、君が世の中の全てだから』と言うと、アリーは笑って
『貴方は、いつも優しいね。アタシにとっても貴方が世の中の全てだから』と言ってくれた。

僕らは二人で顔を見合わせて笑った。
 
冬の柔らかい日差しが病室の窓に差し込んでいた。

『もう行かなくちゃ』と僕はアリーに告げ、アリーの手にキスをして立ち上がった。

『また、後でね』とアリーは微笑んで手を振った。

アリーの病室を出て僕は自分の仕事場に戻った。
 
もう何処にも行かないと決めた後でも、色々と残務整理はあるので、色々と忙しく午後を過ごした。

仕事の合間に、今度のクリスマスの、アリーへのサプライズも準備をしなければならない。
 
今年のクリスマスプレゼントは、物ではない。

 

色々とその準備に時間がかかった。

でも、今週中に片付けないと間に合わないので、ちょっと焦り気味に作業を続けた。

仕事を片付け、夜の8時過ぎにまたアリーの病室に戻った。

先ほどと同じようにアリーのベッドの隣に腰を下ろして、アリーの手を握ると、
『外も寒くなって来たんだね。貴方の手が冷たくなっている』と言って、僕の手を自分の口に持っていき、自分の息で手を温めてくれた。

僕はアリーが眠りに落ちるまで色々な話をした。
 
アリーが眠ったのを確認して、僕はアリーの手をほどき病室を後にした。

アリーが言ったように外の気温は下がり始めていた。

僕はジャケットの襟をたてて、冬のニューヨークの街を歩きながらアリーへのクリスマスプレゼントの事を考えた。

元々は、アリーのクリスマスプレゼントに色々な物を準備していた。
 
それはそれで、アリーにプレゼントするのだが、退院の目処がつかない入院中のアリーに、そんな、物だけをプレゼントしてもしょうがないと思い、僕は何か他のアイディアを探し始めた。

病室で寝たきりでも、貰って嬉しいプレゼント。

病気と闘って、頑張って生きようと思ってくれるようなプレゼント。
 
アリーが、この世の中で生きて来た証を確認できるようなプレゼント。

アリーが死んでも、皆がアリーの事を思い出すようなプレゼント。

花束とか、装飾品とか、車とか、家とか、結婚指輪とかじゃなくて、アリーの生き様を伝えるようなプレゼント。

僕は、このところそれだけを考えている。

夜も昼も時間があれば、その事だけを考えている。
 
これが最後のクリスマスかもしれない。

二人に取って悔いのないクリスマス。 

何となくアイディアが浮かんで来た。
 
問題は、25日までに間に合うかどうか。

頑張らないと。

僕がこの世の中で一番大切にしているアリーの為に。



 


2006年12月23日  幸せの総量

今年はなかなか厳しい一年だったけれど、僕の会社の人たちは皆頑張ったので感謝をしている。

来年の事を考えると鬼が笑うけど、僕としては、会社で働いてくれている人達を路頭に迷わさない為に、どう道筋をつけるかを真剣に考えないといけない。

僕は一人、仕事場のデスクで仕事をしている。

夜の7時半過ぎだけれども、仕事場には僕以外はもう誰もいない。

ビルの掃除の人達が、入ってきてフロアの掃除をしていたので、彼らに一足早いクリスマスプレゼントをあげた。

プレゼントと言っても、お金を包んで渡すだけだけれども、彼らは一応にニッコリと笑い、グラシアスと言ってくれる。

僕はどうしてもこういった人達のことが気になってしまう。

色々な環境で真面目に頑張っている人達。
 
陽気にスペイン語の唄を歌いながら、誰もいなくなったビルで掃除をする人達。

彼らにも彼らの家庭があり、その人達の為にこうやって一生懸命働いているのだろう。

一方、僕の仕事関係では、お金をお金とも思わない人も一杯いる。

今年のアメリカの大企業のトップのボーナスは55億円だったそうだ。

55億円なんて何に使うんだろう?

僕だって、アリーの入院費用や保険の効かない色々な薬等の費用は結構高いし、お金は欲しいけれど、どうも僕の周りにいるお金持ちは幸せそうに見えない。

今日、僕の仕事関係のパートナーが、休暇で家族をつれてフランスに発った。 

彼もボーナスは10億円ほど貰っているけれど、いくらはなしを聞いても、決して幸せそうには思えない。 

僕のやっかみもあるのだと思うが、最近は、人間の幸せは絶対量が決まっていて、どこかで恵まれすぎている人は、他の部分で辛い事があり、相対的には、全ての人間の幸せの総量は、あまり差がないのではないかと思うようになってきた。

 

そんな中で僕は、ビルを掃除に来ているような人達と5分でも、話をして、ホリデイを互いに祝う方が、よっぽど楽しく気持ちが癒される気がする。

今日は10時頃までここで働いて、アリーの病室に見舞いに行く。 

今日の昼ごろにアリーのところに行き、1時間ほどアリーと話をしたけれど、最近、一日に二回見舞いをするのが習慣になってきてしまった。

流石に40歳を過ぎると、サンタクロースも来てくれなくなるけれど、もしもプレゼントをくれるんだったら、アリーに元気な体をあげて下さい。
 
僕の寿命を半分にしても、アリーがもう一度元気になってくれれば、僕はサンタクロースの為に、ニューヨーク中の煙突掃除をしても良いと思う。

世界中の人に心の優しくなるクリスマスがきますように。


2006年12月24日  People Get Ready  

昨日は、夜10時に仕事を終えてアリーを見舞いにいき、僕はそのまま病院に泊まった。

病院の堅いベンチで横になり寝ていたが、まだ外が薄暗いうちに目をさました。

朝の6時過ぎ頃だったと思うがアリーの病室に戻ると、アリーはもう目を醒ましており、僕を見つけると、ほっとしたように小さく笑った。

僕もアリーに笑いかけ、アリーの頬にキスをした。
 
病室の窓のカーテンをあけると、まだ外は薄暗かった。
 
花瓶の水を取り替えて、僕はまたアリーのベッドのとなりに置かれたパイプ椅子に腰を下ろし、アリーの手を握って、アリーをもう一度見て笑った。

アリーは小さな声で、
『おはよう。また新しい朝を迎える事ができて、目を開けると貴方がいて幸せだね』と呟いた。
 
僕は黙ったまま、アリーの手を握っていたその手に力を入れた。

アリーはそれを感じ取って微笑んだ。

二人で手を繋いだまま、話をするでもしないでもなく、そのまま夜があけるのを見ていた。
 
静かでゆっくりとして、少し神々しい時間が二人を包んだ。

僕はアリーの手を握りながら、パイプ椅子にもたれかかり、完全に夜があけたニューヨークの曇り空を眺めていた。
 
何となくカーティス・メイフィールドの”People Get Ready”(ピープル・ゲット・レディ)を口ずさんでいた。


<People Get Ready ー 訳詞>

用意はいいかい。

列車がやって来る。

荷物なんかいらないよ。

ただ列車に飛び乗れば良いんだ。

ディーゼルの音を聞いて、ただ信じる気持ちさえあれば良い。

切符なんていらないよ。

ただ感謝する気持ちがあれば良い。

用意はいいかい。

このヨルダン行きの列車に乗ろう。

街から街へ、人々を乗せながら。

信じる事が全てだよ。

ドアを開けて、人々を乗せてあげよう。

神を信じる全ての人々に望みがありますように。

誰でも乗れるけど、自分の事しか考えないで、その為に他人を傷つけてしまうような人は、乗れないよ。

用意はいいかい。

ほら、お迎えが来たようだ。

<People Get Ready>


呟くでもなく、唄うでもなく”People Get Ready”を口ずさみながら、アリーとの色々な楽しい思い出が浮かんでは消えた。

 

アリーの言うように、新しい朝を二人でまた迎えられた事を心から感謝した。

今まで当たり前だと思っていたが、実は大変な事で、当たり前だと思っていた事に、心から感謝ができるのは、僕の心が少し大人になったからかな?などと思った。

本当は全てアリーのおかげで、僕自身はちっとも成長していない。
 
どんどん先に大人になってしまうアリーを、僕は後から懸命に追いかけているだけだ。

僕ら二人に迎えの列車がくるまで、汽笛が聞こえるようになるまで、僕は自分の荷物を、がつがつトランクに入れて列車を待つのではなく、全てを手放して、体一つで列車に乗れるような、心の綺麗な人間になるように努力をしないと。

アリーが乗れて、僕が乗れないなんて事になると困るから。

僕は用事があったので、アリーにまた夜に見舞いに来ると告げてアリーの病室を後にした。

明日はクリスマスだ。


2006年12月25日  クリスマス プレゼント

クリスマスの日は曇り空だった。
 
空が低く、手を伸ばせば雲に手が届くような感じがした。

いつものように朝早く起きてジムに行き、身支度をして、既に家に届けられていた、沢山の友達や、日本の里子達からのクリスマスカードの束をバッグに入れた。

アリーが戻って来る訳ではないけれど、僕は、部屋をピカピカになるまで綺麗に掃除をし、誰も見る訳ではないけど、クリスマスの飾り付けをした。

綺麗になった部屋の真ん中に腰を下ろし、一人でゆっくりと紅茶を飲んだ。

窓を開け空気を入れ替え、裏庭に出てポインセチアの世話をした。

これだけ綺麗にすれば、もしも僕に何かあったとしても恥ずかしくないなと一人で悦に入り、僕は綺麗になった部屋を眺めた。

約束の時間になったので、僕は荷物を持ちアリーの病院に向かった。
 
タクシーで行っても良かったのだが、僕は何となく歩きたいと思い、街をゆっくりと眺めながら、周りの景色を自分の目に焼き付けるようにして、ゆっくりと歩いて病院に向かった。

曇ってはいたけれど、いつも見慣れた景色が、僕には透き通ったように美しく見えた。

いつもより時間をかけ、僕はゆっくりと歩いて病院に向かった。

病室のドアを開けると、いつものようにアリーは僕を見つけて微笑んだ。

どこで手に入れたのか、アリーは赤いサンタクロースの帽子を被って、笑いながら僕の事を待っていた。

『メリークリスマス』と僕は言ってアリーの頬にキスをした。
 
アリーも
『メリークリスマス』と言って僕に微笑んでくれた。

『どこでその帽子を手に入れたの?』と聞くと、アリーは
『姪っ子から貰った』と言った。

『これじゃあ、ドレスも着る訳にはいかないし、せめて帽子だけでもと思ってね』とアリーは言って笑った。

白いベッドに、白いシーツ、アリーのまわりは白一色だったので、アリーの頭に乗っていた小さなサンタクロースの帽子の赤が、目に刺さるように鮮やかだった。

 

僕はいつものようにベッドのとなりのパイプ椅子に座り、アリーの手をとって、昨日の出来事と、今朝の出来事を一通り話をした。
 
アリーは、窓の方に目をやって、僕の話を聞きながら、
『そろそろ外に出てみたい。病院にいてもつまらないから』と呟いた。 

僕は、ただアリーの手を取って強く握りしめ、アリーを見て微笑んだ。

アリーは一瞬哀しげな表情をしたが、すぐ思い直したように、僕をみて同じように微笑んでくれた。

僕は、家に届いた沢山のクリスマスカードをアリーに渡し、そのひとつひとつをアリーとあけてみた。
 
古い友達からのカード、最近の友達からのカード、日本の里子からのカード、様々な人達から心のこもったカードを貰った。
 
そのひとつひとつを読みながら、アリーと色々話しをした。

アリーは嬉しそうに、そして懐かしそうに、そのひとつひとつに書かれた言葉を指でなぞり、声を上げてそれを読んだ。

 

そして、それらを全て読み終わって、僕の方を向いてにっこりと笑いキスをしてくれた。

そしてもう一度
『メリークリスマス』と言った。

一段落して、僕はアリーに持って来たクリスマスプレゼントを渡した。
 
アリーは子供のように喜んで、そのひとつひとつの包装を開けた。
 
アリーが入院している間に読みたがっていた本が殆どだったが、僕はそれ以外に、二つのサプライズプレゼントを用意しておいた。

アリーは、まず小さい方のプレゼントの包みを開けた。 

そこにはパリ行きの飛行機チケットが二人分入っていた。

アリーは、包みの中から飛行機のチケットが出て来ると、
『パリ?』と言って微笑んだ。

僕は、だまったまま微笑んで頷いた。

チケットの下には、フランスのCDを何枚か入れておいた。

『パリに行くまでは、雰囲気だけでもパリを味わっていて』と僕は言って笑った。

 

アリーは、暫くパリ行きの飛行機のチケットを灯りに透かして見るように見つめた後、
『ありがとう』と言って笑った。

暫くしてアリーは、最後のプレゼントを開けた。
 
包みを開けると、そこには額に入れられた書類と、それとは別に分厚い契約書が出て来た。

アリーはそれを暫く見つめて怪訝な顔をして、
『これは、なに?』と聞いた。

僕は微笑んで、その書類の説明を始めた。

僕はアリーが病気になってから、アリーがやろうとしていた更生施設のボランティアを代わりにやり始めて、アリーが自分の人生でやろうとしていた事が、何なのかを理解しようと一生懸命考えた。

人に尽くすという事。

子供達の面倒を見るという事。

ボランティアをする事。

僕なりにアリーが人生のなかでやりたい事は、なんだったのだろう?と考え、あのアリーの純真さ、無垢な心、慈愛の心は、全て弱いものに尽くすという一点にあるのだろうと思った。

昔、アリーと話をしている時に、アリーが大学院に戻って弁護士の資格を取り、子供のチャリティ基金の仕事に関わりたいと言っていたのを思い出した。

僕はアリーに会うまでに散々の人生を送り、アリーと巡り会って、アリーと時間をともに過ごす事で、全うな人間として、本来の優し自分を取り戻す事ができた。

そういった意味では、僕もアリーに救われた子供達と同様に、アリーに魂を救われた一人だ。

アリーに巡り会わなければ、今の僕はいない。
 
アリーへの恩返しの意味も含めて、僕はアリーの生きる証を目に見える形で残してアリーにプレゼントをしたいと思った。

 

僕は、別にお金持ちでも何でもないけれど、アリーへのクリスマスプレゼントの為に、僕の財産の半分を子供達を救う基金として寄付をし、その寄付金をベースに、アリーの名前がついた慈善事業財団を設立し、アリーを初代の理事長にした。

額に入れた書類は、その財団の設立趣意書を額にいれたものだった。

『これは、なに?』と言うアリーに、僕は
『これは、君が理事長に就任する、子供の為の教育基金運営の財団の設立趣意書だよ。君が理事長で、僕は理事だから。これで、君の名前と、君と僕の夢は、僕達がいなくなった後でも永遠に残るから』と言ってアリーに微笑んだ。

 

額を握りしめていたアリーの手が震え始めた。
 
アリーは、言葉を発する事ができず、ただ額縁を握りしめて泣いていた。

僕も言葉が続かずアリーの肩をただ抱いていた。 

暫くして、アリーは涙を一杯溜めた目を僕に向け、
一言、
『I love you.』と言ってくれた。

僕はアリーの肩を抱いたまま、
『そういうことだから、理事長さんは早く元気になって子供達を幸せにしてください』と言ってアリーの涙を指で拭い、アリーに笑いかけた。

かなり長い間、アリーの病室にいたので、病室を出た時には既に夜になっていて、雨がかなり降っていた。
 
僕は傘を持っていなかったので、そのまま雨に濡れながら、クリスマスの夜の街を一人で歩いた。

結構思い切った事をしたので、僕の財布も僕自身も身軽になってしまったけれど、お金は墓には持って行けないし、これで良いと思った。
 
アリーに生きたい、生きなければいけないと思う気持がふえて、アリーの名前が基金の存在する限り永遠に残り、アリーの夢が、アリーがいなくなった後も誰かに受け継がれるのだとすれば、それが一番良い事だと思った。

雨はますます強く降っていた。

僕はずぶ濡れになりながら、クリスマスのライトアップのされた街を歩き続け、雨のクリスマスも悪くないなと思った。


2006年12月26日  願い事

クリスマスから一夜明け、僕らの生活もまたいつも通りのものに戻った。

仕事を6時頃に終え、僕は病院に向かった。 

アリーの病室のドアを開けると、アリーは僕がプレゼントした本を読んでいるところだった。
 
アリーは僕を見つけると、読んでいた本を閉じ
『おかえり』と言って微笑んだ。

”おかえり”と言うのには少し面食らったが、アリーはここにもう長い間住んでいるのだから、アリー的には、”おかえり”なんだろうと思い、僕も
『ただいま』と言って微笑んだ。

いつもの通りアリーにキスをして、パイプ椅子をアリーの枕元に持って行きそこに腰を下ろした。
 
手を繋いで、お互いの一日についてそれぞれ報告をした。
 
これはもう二人の日課になっている。 

もう当たり前になった事を、当たり前に毎日行い、当たり前に、平凡な二人の毎日について話をした。

こんな当たり前な事をできる事を感謝しながら。
 
こんな当たり前な事を、明日も明後日もする事ができますようにと祈りながら話をした。

暫く話をした後に、二人でテレビのニュースをつけた。

色々なニュースの中で、タイで起こった大津波から丁度2年が経ったニュースが流れていた。
 
あれから、もう2年も経ったのかと思った。
 
あれだけの惨事でありながら、人の記憶からどんどん遠ざかって行ってしまう。
 
特に被害の大きかった地域のレポートがあり、仮設住宅等はかなり建てられ、仮設の学校も建てられたが、多くの子供が津波の直接の被害で死んでしまったらしい。

アリーはそのニュースを見ながら涙を流していた。 

そして
『人は他人事だと思うと、すぐに色々な事を忘れ去ってしまう』と言った。
 
そして
『何かあった時に、他人事としてニュースを見ているか、何が自分にできるのか?と考えて行動を起こすのか、人間は常にその二者択一を迫られていると思う。そんな時にアタシは後者を選びたい』と言った。
 
小さい声だったけれども、力強い声だった。

 

こんな体になってまで、まだ人の為に自分にできる事がないか、考えているアリーには本当に頭が下がった。

なんでそこまでして、人の為に尽くそうとするのだろう。

もう十分やったから、そろそろ自分の事を考えてゆっくりした方が良いよ。
 
喉元までその言葉が出そうになったけど、僕は何も言わずに、ただアリーの手を握ったままアリーの手にキスをした。
 
きっとこの人は、そんな事は百も承知の上で、自分の身を削りながら、自分の目標の為に、ただひたすら前を向いて歩いて行く人なのだろうと知っているから。

津波のニュースが終わり、フセインの死刑が確定したニュースが次に流れたので、僕はTVのチャンネルをかえた。
 
こんなに傷ついてしまった僕の最愛の天使に、これ以上、この地上で起こっている何も生産しない殺し合いのニュースを見せるのは忍びなかった。

コメディのTVを流しながら、僕はアリーが眠りにつくまで色々と話を続けた。
 
アリーが寝入ったのを確かめ、アリーの手を離してシーツの中に入れTVを消した。

アリーの病室を後にして、僕は夜の街を歩いてアパートに戻った。
 
夜の街を歩きながら僕は色々な事を考えた。

アリーにはなんとしても良くなってもらって、いつまでも一緒にいたいと思うけれども、一方で、アリーにこれ以上辛い思いをさせるのではなく、場合によっては近い将来、僕の天使が元々いた場所に、アリーを返してあげる事も、僕としては受け入れざるをえないのではないか?とか、色々と考えつづけた。

僕は、自分の命も含めて他のものは全て投げ出す用意はあるけれど、まだひとつだけ僕にできないことは、今、アリーを手放す事だ。
 
それだけは、今の僕にはできない。

他のものは全て諦めますから、せめてアリーだけは、僕から取り上げないでください。

僕はポインセチアの中で神様にそうお願いしてみた。

ひとつぐらい、お願いを聞いてもらえないかな。