目次
第一章 愛するということ
天使の指輪 
プロローグ 序章
プロローグ 序章
2006年 6月 ニューヨークの魅力
2006年06月3日  友達の背任行為
2006年 7月 病 
2006年07月05日  独立記念日 
2006年07月07日  七夕
2006年07月24日  病気
2006年07月25日  検査結果  
2006年07月26日  生きる理由
2006年 8月 日本へ
2006年08月04日  手術
2006年08月08日  退院 
2006年08月12日  日本へ
2006年08月23日  赤いドレスの女性
2006年08月24日  狸寝入り 
2006年08月25日  雷雨 
2006年08月26日  祈り
2006年08月31日  時代のうねり
2006年 9月 天国への階段
2006年09月07日  ローズホール
2006年09月10日  泣きじゃくる彼女
2006年09月11日  ワールド トレード センター
2006年09月21日  闘うこと  
2006年09月23日  市民権
2006年09月25日  日曜大工
2006年09月26日  朝日 
2006年10月 一緒に生きる
2006年10月03日  メルトダウン   
2006年10月05日  夜のハーレム
2006年10月08日  助手席
2006年10月09日  買い物
2006年10月14日  友達からのメール  
2006年10月16日  1週間分のキス
2006年10月17日  一緒に生きる
2006年10月18日  雨の火曜日   
2006年10月19日  友達へのメール
2006年10月25日  天使が舞い降りた。
2006年10月29日  神のご加護がありますように  
2006年11月 誕生日プレゼント 
2006年11月01日  ハロウィン
2006年11月02日  誕生日プレゼント
2006年11月16日  セントラルパーク    
2006年11月19日  キティちゃんの指輪
2006年11月20日  Left Alone  
2006年11月22日  仏心
2006年11月23日  小さいウイスキーボトル
2006年11月24日  帰還兵
2006年11月25日  旅の終わり 
2006年11月26日  パリでパン屋さん
2006年11月27日  クリスマスの買い物
2006年11月28日  神にすがる時 
2006年11月29日  スノーフレーク
2006年11月30日  もう一度病院生活に・・・
2006年12月 瞳の中に貴方が見える
2006年12月01日  ポインセチア
2006年12月02日  男の手料理 
2006年12月03日  天気の良い週末  
2006年12月06日  大切な思い出
2006年12月07日  北欧紀行
2006年12月08日  君のもとに帰る
2006年12月09日  The Show Must Go On.
2006年12月13日  東京にて
2006年12月14日  Going Home
2006年12月15日  瞳の中に貴方が見える
2006年12月16日  子守唄
2006年12月18日  クリスマスの匂い
2006年12月19日  君が世の中の全て
2006年12月23日  幸せの総量
2006年12月24日  People Get Ready  
2006年12月25日  クリスマス プレゼント
2006年12月26日  願い事
2007年 1月 天使の指輪
2007年01月01日  スローダンス
2007年01月02日  20年ぶりの友達
2007年01月06日  誕生日
2007年01月08日  天敬愛人
2007年01月13日  両親
2007年01月14日  名こそ惜しけれ  
2007年01月20日  非常勤の顧問
2007年01月22日  ただいま。
2007年01月23日  天使の指輪
2007年01月24日  ホットチョコレート
2007年01月25日  パリ
2007年01月29日  雪のニューヨーク
2007年 2月 雪のバレンタイン
2007年02月01日  愛しい人  
2007年02月02日  あたらしい発見
2007年02月04日  お帰りなさい。
2007年02月09日  残された時間
2007年02月10日  ありがとう
2007年02月11日  テネシーワルツ
2007年02月12日  やせ我慢
2007年02月13日  君が残した優しい思い出
2007年02月14日  雪のバレンタイン
2007年02月16日  僕は信じている
2007年02月19日  愛の力
2007年02月22日  ある別れ
2007年02月23日  別れの季節
2007年02月24日  I'm in.
2007年02月25日   Wild Horses  
第二章 生きるということ
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2007年 2月 陽はまた昇る
2007年02月27日  アリーがいてくれれば
2007年02月28日  陽はまた昇る
2007年 3月 さようなら
2007年03月02日  さようなら。
2007年03月03日  心の整理
2007年03月04日  独り
2007年03月05日  ドライフラワー  
2007年03月06日  冒険の旅へ
2007年03月08日  コミットメント
2007年03月14日  こみあげる涙
2007年03月16日  更正施設の子供
2007年03月19日  天は自ら助けるものを助く。
2007年03月21日  新しい下着
2007年03月22日  夜明けのキャッチボール
2007年03月24日  目標を一つ達成
2007年03月28日  最後まで日本人として
2007年 4月 独り言
2007年04月29日  独り言
2007年 5月 天涯孤独
2007年05月14日  天涯孤独
2007年05月16日  ある家族
2007年05月28日  カタロニアの太陽
2007年05月31日  リスボンにて
2007年 6月 交渉
2007年06月02日  中国での交渉
2007年06月13日  皆で家に帰ろう
2007年06月22日  ベランダに咲く草花
2007年06月24日  あと半年
2007年 7月 人に優しくするという事
2008年07月05日  独立記念日
2007年07月24日  人に優しくするという事
2007年 8月 湊川(ミナトガワ)
2007年08月02日  馬鹿爆弾
2007年08月21日  霧雨
2007年08月29日  遺言
2007年08月31日  湊川
2007年 9月 男の値打ち
2007年09月25日  男の値打ち
2007年09月30日  天気のよい週末
2007年10月 自分の夢
2007年10月10日  自分の夢
2007年10月19日  結婚式の準備
2007年10月22日  妹の結婚式
2007年11月 天敬愛人
2007年11月01日  ハロウィン
2007年11月02日  誕生日
2007年11月16日  死の準備
2007年11月22日  愛情が宿った人形
2007年11月29日  古いもの  
2007年12月 幸せの値段
2007年12月08日   ディズニーランド
2007年12月16日  幸せの値段 
2007年12月18日  綺麗な心
2007年12月21日  大事な家族
2007年12月24日  君を想う気持ち
2007年12月25日  武器よさらば
2007年12月31日  生きるということ
2008年 6月 夢の実現
2008年 6月 夢の実現
アリーが教えてくれた事
アリーが教えてくれた事
晴耕雨読
晴耕雨読
愛のある日
愛のある日
あとがき
あとがき
補足
補足
感想&レビュー
感想&レビュー

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2006年11月 誕生日プレゼント 

2006年11月01日  ハロウィン

今日、アリーは女の子達だけで集まってハロウィンパーティがあり、僕はゲイの友達にハロウィンパーティに呼ばれているので、お互い別行動になる。

夜一緒にいられないので、アリーが学校に行く前に会おうということになり、3時過ぎに6番街のスターバックスで、アリーと待ち合わせをした。

僕は仕事場を途中で抜け出し、ハロウィンで浮かれ気味の街を歩いて、待ち合わせ場所のスターバックスへ急いだ。

スターバックスに近づくと、既にアリーはスターバックスで紅茶を買って、通りに立って僕が来るのを待ちながら、紅茶を飲んでいた。

路上でアリーを抱きしめ、キスをして二人は、セントラルパークの方向に手を繋いで歩き始めた。 

セントラルパークに入ると、沢山の観光用の馬車が客待ちをしており、馬丁が僕らに、
『馬車に乗らないか?』と盛んに誘った。
 
アリーは、
『馬車に乗って学校に行こうか?』と冗談を飛ばした。

僕らは笑いあい、落ち葉を蹴っ飛ばしながら歩き続けた。 

どこまでもアリーとあるいて行きたかった。
 
このまま地球の果てまで歩いて行きたかった。

でもそういうわけにも行かないので、半分ほど歩いたところで、アリーと別れ、僕は自分の仕事場に戻った。

アリーは、ウエストビレッジのハロウィンパーティに女友達と連れ立って出かけた。 

僕はゲイの友達に拉致され、イーストビレッジのゲイのハロウィンパーティに付き合わさせられた。

 

パーティーはオールナイトで続くが、僕は明日の仕事が早かったので、夜中前に帰ることにした。 

丁度深夜の0時になった。 

今日は、アリーの誕生日だ。
 
僕はアリーの携帯にメッセージを送った。

”誕生日おめでとう。僕は、最愛の人の誕生日を一緒に祝う事が出来て最高に幸せです。本当に沢山の愛をいつもありがとう。君の誕生日は、僕にとってとっても重要な日です。なぜならば、今日は、僕がこの世の中で一番愛している人がこの世に生を受けた日だからです。この日がなければ、今の僕はいなかったし、今日のこの日をこんな最高な気持ちで過ごせてはいなかったでしょう。僕は貴方を何よりも強く愛しています。そして、その愛が決して変わらないことを約束します。”

すぐにアリーから返事のメッセージが届いた。

”メッセージありがとう。私も貴方をなによりも愛しています。その愛の深さは、貴方が想像している以上に遥かに深く強いものです。”

 

と書いてあった。

僕はイーストビレッジの雑踏を歩きながら、携帯に光るアリーのメッセージを何度も読み返した。

 


2006年11月02日  誕生日プレゼント

今日はアリーの誕生日だ。

朝早く起きてジムに行き、トレーナーのネルと2時間汗を流し、まずは鈍った体を覚醒させた。

ネルは最近ユダヤ人の彼氏と別れたようで、ジムの最中に、元カレの悪口を色々聞かされた。

こっちは運動をしながらなので、青息吐息でネルの話を聞いていたのだが、たまに、
『アタシの話、ちゃんと聞いてるの?』と強い口調で問いつめられ、僕はタジタジになってしまう。

ネルは僕に雇われているトレーナなのに。

僕はジムの時間に一生懸命運動をしながらネルの失恋話を聞いていないと怒られる。

でも、これも僕の人生だからしょうがない。

トレーニングが終わり、僕は熱いシャワーを浴びて、いつもアメリカでは硬い格好はしないのだけれども、今日はアリーの誕生日なので、久しぶりに背広を着てネクタイをしめた。

午後からは、ダウンタウンでミーティングがあったので、先ずはそちらに向かって会議を行った。

会議が終わりしだい僕は車に乗り、仕事場の近くにある有名な花屋さんに向かった。

そこで誕生日用の花束を作ってもらう為だ。 

花屋に入り、誕生日用の花束のアレンジをお願いした。
 
基本的には薔薇なのだが、紅葉した楓を入れたり、秋の装いをアレンジしてもらった。

そのまま花束を車に積み込み、いつもの仕事場に戻った。

アリーとその後も何度かメールのやり取りをしながら、できるだけ早く仕事を片付けるべく真面目に働いた。

後、小一時間で僕はバイト先にアリーを迎えに行く。
 
ディナーをダウンタウンの落ち着いた店に行く事に決めた。

プレゼントも持った。



楽しい夜になると良いな。



8時前にバイト先にアリーを迎に行き、そのままトライベッカにある、フランス料理のレストランに出かけた。

僕は店の奥のほうのテーブルを予約しておいた。
 
いつもそうなのだが、僕はあまりドアの近くや、隣の席が近いところには座りたくないので、いつも一番奥のテーブルを予約する。

アリーは、僕の性格を知り尽くしているので、奥のテーブルに案内されながら、また僕の方を向いて笑っていた。


僕はキャンドル越しに、一際眩しく見えるアリーの手を取って席についた。
 
段取りは事前にレストランに指示をしてあるので、僕らは席についても自分たちの会話を邪魔される事はない。 

こういう気遣いをするニューヨークのレストランは、非常に大人だなと言うか、お客の要望にプロフェッショナルに対応するところは流石だと思う。

先ずはピンクシャンパンで、アリーの誕生日を祝して乾杯をした。 

アリーは、バイト先の同僚から誕生日の花束を沢山貰った事、午後にカップケーキでちょっとした誕生日のお祝いをして貰った事、フロリダの兄弟から誕生日を祝った電話を貰った事などを、僕に教えてくれた。

ちょうどハロウィンの翌日だったので、昨日のハロウィンでの出来事など、色々な話で盛り上がった。

料理にあわせて白ワインを頼み、料理とワインを楽しみながら、僕らはゆっくりとした時間を過ごした。

最後に小さなケーキでまた乾杯をした。

アリーは、料理が一杯でもう食べられないと言っていたが、笑いながら、またケーキに口をつけた。

ようやく食事も終わり、レストランを後にし、僕らはトライベッカの街並みを少し歩いた。

アスファルトの舗装ではなく、石畳の道にナトリウム電気の黄色い光が差し、ストリートに立ちならぶレンガ造りの建物の窓からこぼれる灯りが、僕らを優しく照らした。

僕らは、アリーのハイヒールが石畳の隙間に挟まらないように、ゆっくりと歩いた。 

アリーは僕の肩にもたれかかりながら、
『今日は、本当にありがとう。でも、アタシは貴方とだったら、近くのダイナーでサンドイッチを食べるだけでも幸せなのよ』と言って笑った。
 
僕も笑った。

僕はアリーのそういった拘らない気さくなところも大好きだ。

暫くトライベッカを散策した後、僕は助手席のドアを開け、アリーを車に乗せて、アリーのアパートを目指した。

アパートに到着し、僕はリアシートに隠していた花束をアリーにあげ、もう一度
『お誕生日おめでとう』と言った。
 
アリーは大きく手を広げて僕にハグをくれ、とっても素敵な花束だと喜んでくれた。

 

花瓶付きの花束で、結構大きいものなので、僕が花束を持って、アリーの後をついていくような形で、二人で家に戻った。
 
家の中に入りキッチンに花束を置いて、僕は隠していたもう一つのプレゼントをアリーに渡した。

それは、アリーが欲しがっていたバッグだった。
 
アリーの好みはなかなか難しいし、アリーを連れて行ってアリーのいる前でプレゼントを買うのは野暮なので、なにか言い方法がないかとずっと考えていた。

その結果、僕はある方法を思いついて、それを1ヶ月前に実行した。

その方法とは、アリーに日本に住んでいる僕の姪っ子の大学入学祝いにバッグをプレゼントしなければいけないので、バッグ選びを一緒にやってくれと頼んだのだ。

アリーと有名なバッグの店を何件も回り、アリーは色々と僕の姪っ子の為にバッグを探してくれた。 

バッグをアリーに選んでもらう中で、アリーが自分で使うのだったらどれが良いかとか色々さりげなく聞いてみた。

アリーと僕の姪は歳が違うので、アリーは姪っ子には、もっと若めのバックを選ぶが、
『アタシが使うんだったら、こっちの色でこの形が良いけど、姪っ子さんだったら、そっちの方が良いわね』と一度だけ言った事があった。

僕はその言葉を頼りに、アリーが気づかない間に、姪っ子用のバッグの他に、アリーが言った別のバッを買い、別のバッグは、後で店に取りに来るからとそっと店員に告げ、姪っ子用のバッグだけを持ってアリーと店を出た。

僕のトリックを途中でバッグ店のゲイの店員に伝えると、まるで大事な秘密を打ち明けられたかのように、ゲイ独特のポーズで驚きの表情を見せ、喜んで僕のプランに協力してくれた。

そうやってやっとの思いで選んだバックだった。

アリーは包みを開けて中からそのバックが出てくると、全てを理解したようで、急に笑い出した。

『絶対何かやってると思ったのよ』とアリーは言った。

でもそれがこのバックだったとは分からなかったようだ。
 
アリーはバッグをとても気に入ってくれたようで、もう一度大きなハグを僕にくれた。

僕はアリーを抱きかかえ、ベッドまで連れて行き、アリーを寝かしつけた。

僕はアリーの髪の毛を撫でながら、これから長い間、何回も何回もアリーの誕生日を祝う事が出来たら、なんて幸せだろうと思った。

 


2006年11月16日  セントラルパーク    

天気予報では今週一杯、雨模様のようだ。

だからちょっとでも太陽の日が差し込むと、どうしても窓から外の様子を覗ってしまう。
 
やはり人間は太陽の光が必要な生き物らしい。

アリーもどうやら同じ事を考えていたようで、アリーから午後になって僕の仕事場に電話があった。

『夕方の講義が始まる前に、何処かで待ち合わせて、セントラルパークを一緒に歩かない?』とアリーは言った。
 
僕の方は、仕事が溜まっている事は溜まっていたのだが、何とかスケジュールを都合して、アリーと3時過ぎに57丁目の交差点で待ち合わせる事にした。

革のジャケットを羽織り、僕は11月の街に出た。
 
太陽が出ているせいかいつもより暖かく感じた。
 
街は、既にクリスマスの飾り付けが始まり、観光客の数も増えてきたような気がする。

僕は57丁目の交差点につき、アリーを待った。
 
57丁目の交差点は、ティファニー、ブルガリ、ルイビトンが4つ角のうちの3つを押さえているショッピング街の中心地で、57丁目と5番街の交差点の上には、クリスマスシーズンになると巨大なオーナメントが飾られる有名な場所だ。

僕はその4つ角に立ち、アリーが歩いてくるのを待ちながら、ぼーっと行き交う人達を眺めていた。

暫くして、アリーがiPodを耳につけながら歩いてくるのが見えた。
 
穴の開いたジーンズをはき、銀色のラメの入ったフード付きのパーカーの上に、赤いバックスキンのジャケットを着たアリーは、僕を見ると大きく手を振り、交差点で僕らは大きなハグをした。

僕らは手を繋いでセントラルパークサウスに向かい、公園の中を散策した。

公園の木々は既に紅葉のピークを過ぎ、多くの木々が葉を散らし始めていた。

落葉が遊歩道にじゅうたんのように敷き詰められ、僕らはそれを蹴飛ばしながら歩いた。

太陽が出ているといっても、アリーの手が冷たくなってきたので、僕は握っていた手をほどき、両手をジャケットのポケットの中に突っ込んだ。
 
アリーも右手を自分のジャケットのポケットに突っ込み、左手を僕のジーンズのお尻のポケットに突っ込んできて、
『こっちの方が、暖かいや』と言って笑った。

 

二人で笑いながら、子供のように落ち葉を蹴っ飛ばして遊歩道を歩いた。 

反対側から歩いてくる人達は、自然に僕達に道を譲ってくれる。
 
アリーはそれが可笑しかったらしく、一人でニヤニヤとしていた。

知らないおばあさんが、僕達とすれ違いざまに振り向き僕らに微笑んだ。
 
僕らもおばあさんに微笑み返した。

歩きつかれたのでベンチに二人で腰を下ろした。

アリーは週に2時間、犯罪や家庭崩壊で社会に適合できなくなった子供たちのカウンセリングのボランティアを始めたので、その事を夢中で僕に話をした。

『アタシは自分の世話も出来ないのに、犯罪を犯した子供たちの世話をしようって言うだから、どうかしてるよね』とアリーは僕の肩にもたれかかりながら呟いた。 

『でもアタシは自分が情熱を感じる事をしたいから』とアリーは続けた。

あとどの位、生きられるかわからないアリーにとって、自分の生きた証を感じられる対象が、社会に適合できなくなった子供の更正にあるのだとすれば、僕はアリーを精一杯サポートしたいと思った。 

ただ、今でさえ十分時間がないのに、更に他人の世話までするわけだし、真面目なアリーの事だから、人の問題をまるで自分の問題のように悩む事は目に見えており、それがアリーの体力を消耗する事を僕は恐れた。

だけれども、色々考えれば、アリーが情熱を傾けられるものに、情熱を傾ける事が、今のアリーにとっては一番大事なことだろうと考え、僕はアリーに
『それは、素晴らしい事だと思うから、頑張ってやったらよい。僕も何でも手伝うし相談にのるから』と言ってアリーに微笑みかけた。

暫くその話や家族の話をした。

そのうちアリーは、カバンの中から学校のレポートを取り出し、僕に色々と説明を始め、コメントを求めた。
 
アリーは、政治学を専攻していて、国際連合とエイズの取組みが、今回のアリーのレポートのテーマだった。 

話をしている間も、木々からは、絶えず木の葉が落ちてきて、その一枚が広げているノートの上に落ちた。

アリーは話をやめ、落ち葉をつまみ、暫くそれを眺めていた。
 
そして何かを決心するような顔をした後に、僕の方を向いて微笑み、
『少し歩こうか?』と言った。

 

二人でまた遊歩道を歩いた。
 
途中で小さい動物園のそばを通った。 

アリーがオットセイを見たいというので、暫く二人でオットセイの水槽の前に腰を下ろした。
 
丁度エサの時間だったので、エサ欲しさに、色々な動きをするオットセイを、アリーは子供のように喜んで眺めていた。

アリーの大学の授業の時間が近づいて来たので、68丁目で公園の外に出て、僕はアリーを大学まで歩いて送っていった。

時間は丁度4時をちょっと回ったところだった。
 
ほんの一時間ほどだったが、急に日が傾き、あたりが暗くなってきた。

薄暗くなってきたパークアベニューを僕は、アリーの肩を抱きかかえるようにして歩いた。 

アリーがぼそっと、
『アタシ達は、いつまでこうやって一緒に歩く事ができるのかな?』と言った。

僕はそれには答えずに、ただアリーの肩を強く抱いた。
 
アリーもそれに答えるように、僕に回した手に力を込めた。

大学の角まで来て、アリーを抱きしめキスをして、アリーは大学の中に消えていった。

校舎に消えていったアリーの後姿を暫く見送って、僕はもと来た道を仕事場に向かった。

さっきまでは二人で楽しく歩いた道のりを、一人でポケットに両手を突っ込み僕は歩き続けた。

さっきと全く同じ風景が僕には全く違って見えた。
 
一人で落ち葉を蹴っ飛ばして歩いてみた。 

冬はもうそこまで来てるようだ。


2006年11月19日  キティちゃんの指輪

カーテンを開けたまま寝てしまったので、朝、肌寒い湿った風に頬を撫でられて目が覚めた。

アリーは僕の隣で、まだ猫のように丸くなって可愛い寝息をたてており、僕が髪の毛を撫ぜると、一瞬微笑んだように見えたが、それは僕の気のせいのようで、またスースーと寝息をたてていた。

紅茶を飲みたいなと思ったが、僕がベッドから起きるとアリーを起こしてしまうので紅茶は我慢して、そのままベッドで時間になるまで、低い空が奏でる色々な音を聞いて時間を過ごした。

じきにアリーが目を覚ました。

『おはよう』と言って僕を見上げ、朝のキスをくれた。

僕もアリーに、
『おはよう』と朝の挨拶をして、シーツの中のアリーを抱きしめた。 

アリーは、起きぬけに強く抱きしめられるのが好きだと言っていた。

そうすると寝覚めが良いと聞いたが、それが本当かどうかは未だに分からない。

ただアリーにそういわれて以来、朝目が覚めるとベッドの中で、アリーを抱きしめるのが僕の習慣になった。

アリーを抱きしめ朝の挨拶をして、僕はベッドから出て紅茶を立てた。 

ベッドに紅茶を持って行き、二人で紅茶を飲みながら少し話をした。

僕は朝早く目が覚めてしまい、空が低かったので、色々な音を聞いたことと、紅茶が飲みたくなったが、アリーが起きるまで我慢していた事を話した。

アリーはそれを聞いて笑い出した。

アリーは
『アタシは貴方と話がしたいからいつも起こしちゃうけれど、貴方は、ちゃんと寝かしてくれるのにね』と言って笑い出した。

僕も笑って、
『僕は起こしてもらって、一緒に話をする方が嬉しいから』と答えた。

今朝はアリーは病院に行くことになっていたので、二人で出かける準備をし、僕はアリーを病院まで車で送って行く事にした。

いつも通り助手席のドアを開け、アリーを車に乗せてから僕も車に乗り込み、イグニッションキーを回して車を目覚めさせ、ギアを右手で握りながらアリーの手を握った。

いつも通りアリーの手を握ると、小指に小さな指輪をしているのに気がついた。

アリーは指輪が嫌いで、アリーが指輪をしているのをあまり見た事がない。

 

気になって、アリーの手を取ってみて見ると、それは小さなキティちゃんの指輪だった。

『なんでこんな物してるの?』と僕が思わず聞くと、アリーは笑いながら、
『これは私のラッキーリングだから』と言った。 

アリーのお姉さんには一人娘がいる。 

アリーのお姉さんは旦那さんと別れてから、女で一人で一人娘を育てているが、収入が少ないので、アリーが生活費のかなりの部分を助けている。

アリーは17歳の時に、通り魔に襲われて強姦された悲しい過去がある。

その時、子宮が破裂してしまい、肉体的にも精神的にも傷を負い、アリーは子供を産めない体になった。

子供を産む事ができないアリーにとって姪っ子は、自分の分身のようなもので、
『世の中で一番大事な人は姪っ子で、二番目はアナタ』と僕はいつもアリーに言われている。

その姪っ子が自分のおもちゃの宝箱を開けて、
『これをあげる』と言われてもらったのが、何かのおまけのおもちゃの、キティちゃんのリングだった。

もうキティちゃんの絵柄が剥げかかっているプラスチックのリングが、アリーの小指に不釣り合いに収まっていた。

アリーらしいなと思ったので、僕は微笑み、
『なかなか似合うじゃないか』と言って笑った。

アリーも笑った。

アリーを病院で降ろして、僕は自分の仕事場に向かった。

今日はアリーは実家に戻り妹と話があったので、僕は夜遅くまで働きアリーを実家まで迎えに行って、二人でアリーのアパートまで帰った。 

アパートに着いた時には夜10時を回っていた。

アリーの具合があまり良くなかったので、薬を飲ませてベッドに寝かせた。 

アリーは、まだ寝たくないと言ったので、僕もベッドに入り、二人でベッドに横になりながらテレビを見た。 

アリーは、眠くないと言っていたが、暫くすると薬のせいもありテレビを見ながら眠りにおちた。

 

ベッドから出ると、アリーを起こしてしまうかもしれないと思ったので、僕はベッドの中に入ったまま、チャンネルをいくつか変えた。
 
昔のコメディの再放送を見たり、色々時間を潰したけれど、僕は寝つく事ができなかったので、テレビを消して、真っ暗になった部屋で風に揺れるバーガンディのカーテンを見ながら、また考え事をした。

アリーの今朝のキティちゃんの指輪の話を思い出し、僕は、一人でまた思い出し笑いをした。

いかにもアリーらしい話で、何度思い出しても思わず微笑んでしまう。

恋は盲目で、あばたもえくぼと言うが、僕は、アリー程、純粋な心の持ち主に会った事がない。

僕にとってアリーは、かけがいのない天使だ。

僕の人生に光を照らす為に降り立った天使。
 
死ぬ事だけを考えていた僕に生きる喜びを教えてくれた天使。
 
僕にとっては、アリーは間違いなく天使なのだ。

ベッドで横になりながら、指輪嫌いのアリーだけれども、キティちゃんのプラスティックの指輪をはめてくれるのであれば、僕のエンゲージリングもはめてくれるかな?とか色々と考え始めた。

医者は、アリーの余命は、もっても1年かもしれないと言っている。
 
僕はそんな医者の言う事は信じないけれど、こんな状況でアリーと永遠の誓いをするのは、馬鹿げているかもしれないけれど、今日、キティちゃんの指輪を見ていたら、そんな事を考え始めた。

僕のそんな気持ちを知る由もなく、僕の天使は、僕の胸の上に頭をのせて翼を休めていた。


2006年11月20日  Left Alone  

今朝も天気が良かったが、その分気温が冷え込み、秋の終わりを感じさせるようになった。

今日はアリーは実家で過ごす事になっていたので、僕も自分の家に帰る事にした。

アリーのアパートを二人で出て、車の助手席のドアを開けてアリーを助手席に乗せ、アリーの荷物をバックシートに放り込んだ。

ストリートの街路樹は殆ど葉を落とし、僕の車のボンネットの上に乗っていた枯れ葉が、エンジンをかけると踊りだした。

赤いボンネットの上で舞う枯れ葉に少し目をやり、僕は助手席のアリーを見て微笑み、いつものようにアリーの手を取り車を走らせた。

アリーの実家は、ダウンタウンのユニオンスクエアの近くにある。 

アパートから実家までは、渋滞がなければ20分程の道のりだ。

途中で薬局に立ち寄り、アリーの薬を買った。

アリーは急に
『お茶飲みたい?』と僕に聞いて車を飛び降り、スターバックスにチャイティーを買いに出かけた。
 
暫くしてアリーは、両手にチャイティーのカップを大事そうに抱え戻って来た。

助手席に戻り、僕にとびきりの微笑みを一つくれて、チャイティーのカップを僕に渡してくれた。

僕は微笑んでそれを受け取り、一口飲んで、甘いジンジャーを味わって、アリーにキスをした。

日曜の昼で道も空いていたので、ほどなくアリーの実家に到着した。
 
僕は助手席のドアを開け、アリーを助手席からおろし、アリーの荷物を取って手渡した。

アリーは
『ありがとう』と微笑んで、僕に大きなハグをくれた。
 
アリーがビルの中に消えるまで、僕はそこに立ち尽くしてアリーを見送った。

僕は車に戻り、一人ニューヨークの街を流した。

助手席との間にはチャイティーのカップが二つ。
 
僕は、少しぬるくなった自分のチャイティーを飲み干した。
 
まっすぐ家に帰ろうと思ったが、何故か車のハンドルを反対方向に切り、僕はイーストリバーサイドに向かった。

車を止め、僕はイーストリバー沿いの遊歩道を歩き、マンハッタン橋を眺めるベンチに腰を下ろし、マンハッタン橋を眺めた。
 
手には、空になったチャイティーのカップを持ったままだった。

暫くすると、黒人の青年が一人やって来てサックスの練習を始めた。

なかなか良い音を出す青年だった。

周りには僕ら以外誰もいなかった。

 

イーストリバーの川の音と、ハイウェイからこぼれる車の音、彼のサックスと風の音だけが、僕の周りを舞っていた。

他に人がいなかった事もあり、何となく僕はその青年と言葉を交わし始めた。
 
彼は、僕がジャズが好きだとわかると嬉しくなったようで、色々と話をしてくれるようになった。 

彼が
『どの曲が一番好きか?』と聞いたので、

僕は
『Left Alone(レフト・アローン)』だと答えた。

そうすると彼は僕に背を向け、イーストリバーを向いたまま”Left Alone”を吹き始めた。
 
背を向ける時に彼は、
『人の方を向くと緊張するから、川の方を向かしてもらうよ』と言って笑った。

その青年の”Left Alone”は、なかなかの物だった。

僕は彼の”Left Alone”を聞きながら、その歌詞を口ずさんだ。


<Left Alone ー 訳詞>

心を満たしてくれたあの愛は、どこに行ってしまったのだろう?

決して別れる事はないと言ってくれたあの人は、どこに行ってしまったのだろう?

人は、皆、私を傷つけ、そしてその場を立ち去ってしまう

私は置き去りのひとりぼっちで、他に誰もいない

私には、自分の家と呼べる家などどこにもない

私が、彷徨わない場所などどこにもない

街の雑踏もただ虚しく、私は、一人置き去りにされるだけ

他に誰もいない

探し求め見つけなさいと人は言うけれど、今まで、それが叶った事はない

きっと運命が彼を去らせたのだとするならば、

もしかしたら私が死ぬ前にもう一度彼に出会えるかもしれない

きっと彼にまたあえる時には、私の心が、放たれると願っているけれど、

その時までは、私は、ずっとひとりぼっちで、他に誰にもいない

<Left Alone>


ジャズは夜に聞くものだと思っていたが、昼間に外で聞くジャズも悪くない。
 
僕は晩秋の風にあたりながら、イーストリバーを眺め彼の音楽に耳を傾けた。

何曲か彼の音楽を聴いた後、僕はベンチから立ち上がり、彼にチップを払って車に戻った。

車に乗り、一人でさっきアリーと二人で走った道を走った。

カーステレオのラジオチャンネルをジャズのチャンネルに変えた。

車の中には アリーが飲み残したチャイティーのカップが一つ残っていた。


2006年11月22日  仏心

僕の大好きなミュージシャンの一人である、トムウェイツの新譜”Orphans”(オーファンズ)が発売された。
 
2004年の”Real Gone”(リアルゴーン)以来の新譜だが、なんと3枚組という大作だ。

早速CDを買い、仕事場で一日中かけ続けた。

音的には、昔の時代に少し戻ったような感じがあるけど、相変わらずぶっ飛んだ楽器でぶっ飛んだ唄を唄っている。

たまにトムウェイツの朗読みたいのも入っていて”息子がいなくて寂しいです”って朗読が面白い。

ネタばらしちゃいけないのかもしれないけど、


男が夜中にスーパーマーケットに行ったら、老婆がいて、自分の子供がずっと行方知らずでその男に似ているので、一度で良いから、
『ママ さようなら』って言ってくれって頼むんです。
 
男は、その老婆が可哀想になって、そういってやることにするんです。

老婆は、まず、スーパーの買い物をすませて、スーパーの前のバス停で、バスに乗り込む時に男に向かって
『息子や、元気でね』って手を振るんです。 

男も感極まって、老婆に、
『お母さん! またね』って手を振るんです。

それでバスは去っていき、男も買い物を済ませてキャッシャーに行くと、店員が、
『全部で$400です』って言うんです。
 
ツナフィッシュとミルクを買っただけで、$400って事はないだろうって、男は反論すると、店員は、
『貴方の前に買い物をした貴方のお母さんが、支払いは息子さんがするって言ってました』って言うんです。

男は、
『あれは、俺のお袋じゃない』って言うんだけど、

店員は、
『さっき、大きな声で、”お母さん、さようなら”って 言ってたじゃないですか』って言うんです。


話には続きがあるんだけど、本当にトムウェイツは、こういうのが上手いなあと思って僕は思わずニヤッとした。

午前中は、トムウェイツの御陰で快調に仕事を続ける事ができた。

午後になって、突然、僕はある人の来客を受けた。
 
それは、会社のお金を横領したことが発覚して解雇したが、逆に僕らを不当解雇で訴えた例の元社長、山藤だった。

 

既に僕らは訴訟の手続きが始まっており、立場上は、山藤が原告で、僕が被告なので、裁判外で訴訟の当事者は、弁護士抜きであうべきではないのは、日本でもアメリカでも常識だ。

最初は、ビルの警備員に追い返すように言ったが、山藤は外から携帯で僕の所に電話をかけてきて、ちょっとでも良いから会って話がしたいと哀願をした。

山藤に哀願されても心は動かなかったが、ちょっと話を聞いてやろうという気になり、僕は山藤を部屋に通して話をする事にした。

10分程して山藤は僕の仕事場に現れた。
 
山藤と会ったのはもう何ヶ月も前の事だ。

僕の目の前にたっている山藤は、僕が知っている時から比べると随分やつれ、精気のない感じに見えた。

僕のオフィスの壁には、写真が沢山貼られているが、その中に、会社を創った頃に資金集めで立ち寄ったフィリピンのマニラのバーで撮った二人の写真が飾ってある。

山藤はその写真には気づかなかったが、僕は山藤と、どうでも良い話をしながら、その写真にふと目をやった。

写真の中の山藤はもっと精悍で精気に満ちていた。

二人とも若かったというのもあるのだが、今、僕の前にたっている山藤は、だらしなく太り、冬なのに汗をかきながら、僕に愛想を売っている中年男で、昔の面影のかけらもない。

僕は山藤の話を聞きながら、この男をこのまま訴訟で潰してしまうか、ある程度の金を掴ませて僕の前から消えて行ってもらうか、どちらにするかを考えていた。

昔の山藤は僕の良き理解者で、ともに夢を実現しようとする同士だった。

山藤の方が年長という事もあり、僕は山藤を兄貴のように尊敬し、彼をたてた。

山藤が僕らの成功を全て自分の手柄にしても僕は、別に何とも思わなかったし、自叙伝をゴーストライターに書かせ始めた時にも、僕は別に何も言わなかった。

 

 僕も年長者の山藤を顔として利用した事は事実なので、彼が成果を自分のものにするのは、尤もな事だと思っていた。 

しかし山藤は、だんだん僕らに相談をせずに勝手に自分で色々な事を決めるようになった。

昔は毎日のように電話で連絡を取り合っていたのに、電話の回数が減っていった。

だんだん山藤は僕らを避けるようになり、最終的には、会社のお金を横領するようになってしまった。
 
横領が発覚した時に、山藤は久しぶりに僕に電話をかけてきて、横領の疑惑を彼の部下に全て負わせ、即刻その部下を解雇し、僕らとの関係を回復して事態を闇に葬ろうとした。

僕はその時には流石に何かがおかしいと感じていたので、会社の内偵を続けており、罪を負わされそうになった部下も内偵をしていた僕の身内であったこともあり、事態が発覚したその日に、当時の社長だった山藤を即刻解雇した。
 
その時にそのまま何処かに消えてくれれば、僕は過去の山藤の貢献に対して、それなりの対価を支払って、人目につかないように消えて行く段取りを考えるつもりだった。
 
それが、武士の情けだと思った。

ところが山藤は何を血迷ったのか、不当解雇を理由に僕らを裁判所に訴えた。 

僕らを訴えた事で今回の事件が明るみに出て、今となっては山藤にもう再就職の道はない。

自分で闘う道を選んでおきながら、かつて僕が尊敬していたその男は僕に取り入ろうと、なりふり構わず脂汗を流しながら語り続けている。

 

山藤の話を上の空で聞きながら、適当な時間に山藤を追い返した。

山藤が去って行った後で、僕は壁にかけられた僕と山藤の写真を暫く眺め、それを壁から外してゴミ箱に捨てた。

それから僕の弁護士に電話をかけ、山藤が訴訟を取り下げるのであれば、山藤にある程度のお金を渡して僕の前から消えさせるように指示をした。

この男を裁判で社会的に殺すまでの価値はない。
 
僕には、そんなことに付き合う時間もない。
 
このまま僕の前から消えてくれればという思いが大半だったが、裁判をして山藤を社会的に抹殺するのではなく、ここで訴訟を取り下げさせる事により、山藤にもう一度真っ当な人生を送って欲しいという気持ちもあった。

何となく嫌な気持になったので午前中に聞いていたトムウェイツをもう一度聞き直した。

こうやって友達をなくすのは哀しい。

男の傷心にトムウェイツの唄声は優しく響いた。
 
人間はみな孤独だ。
 
でもトムウェイツの曲のように、唯我独尊、自分の信じる道を歩んで行くしかない。 

僕は、僕の道を行く。
 
トムウェイツの唄を聞きながら僕はただ当たり前にそう思った。

アリーのアパートに帰ると、アリーは、具合がまだ良くないので、もうベッドに入って寝ていた。

そっと部屋に入るとアリーは目を醒ました。
 
僕はだまってアリーにキスをして、服を脱ぎ顔を洗ってアリーのベッドに滑り込んだ。
 
アリーの胸に子供のように僕は、抱きすくめられた。

アリーは目を閉じたまま、
『何かあったの?』と小さな声で僕に聞いた。

僕はアリーの勘の良さに驚きながら、
『ちょっと仏心が出て、とどめを刺すのをやめた』と答えた。 

アリーは僕の頭を彼女の胸に抱いたまま、
『あなたは、心の優しい人。アタシは、あなたのそういう所が好きよ』と目を閉じたまま言い、僕を優しく包み込んだ。



 


2006年11月23日  小さいウイスキーボトル

アリーは最近具合が悪いので、アリーの両親の強い要求もあり、数日、病院がすぐ近くにあるアリーの実家に帰る事になった。 

僕は早めに仕事を切り上げ、アリーのアパートに戻った。
 
僕がアパートに戻ると、アリーはベッドに横たわり目を閉じて休んでいた。

静かにドアを開けたつもりだったが、僕がドアを開けるとアリーは目を開け、僕の方を向き微笑んで
『おかえり』と言った。 

僕はコートを着たままベッドサイドに向かい、横たわったままのアリーにキスをして、ベッドの端に腰を下ろし、僕の一日についてアリーに話をした。
 
アリーは微笑みながら僕の一日の話を聞いてくれ、幾つか質問をしたり、コメントをしたりしてくれた。

アリーの顔が青白かったので、僕はお湯を沸かせてレモンを入れ、それをアリーに飲ませた。
 
まだ湯気を上げているカップをアリーに渡した。

アリーはカップを両手で持ち、お湯を冷やす為に息をかけた。
 
アリーの息で、カップから上がる湯気が揺れた。

外は雨が降っていたので、
『あまり遅くならないうちに出かけた方が良い』と僕はアリーに言った。
 
アリーは軽く頷き、起き上がり簡単な用意を始めた。

ほんの数日の事なので、必要な物だけをバッグに詰め込み、僕らはアパートを後にした。

僕はアリーの両親に嫌われているので、たまにアリーを実家に帰さないといけない。

アリーの両親は、僕が日本人だという事も気に入らないし、婚約が破談になったのも僕のせいだと誤解しているし、大体外人の僕がやくざな商売で羽振りが良いのも気に入らないらしい。

アメリカは明日、感謝祭で、日本で言えば正月のようなものがあり、その性格上、親戚一族が集まる事が多いので僕のような部外者が、アリーを隔離しているよりは、アリーを潔く家族に引き渡すべきだとも思った。

こんな事でアリーを板挟みにはしたくないので、ここは僕が引いて数日我慢すれば良いのだと自分に言い聞かせた。

 

車の中で、アリーは僕の手を握り、
『アタシは自分の病気の事よりも、貴方の事の方が心配だわ』と僕を見つめて言った。

アリーの実家に行くまでの車の中で、僕は酒を飲み過ぎるなとか、ちゃんと野菜を食べろとか、珍しくアリーに一連の生活指導を受けた。

僕はアリーに
『大丈夫。全部ちゃんとするから心配しないで』と言って笑ってみせ、アリーにキスをした。
 
『嘘ついちゃ駄目よ』とアリーは僕の顔を両手で押さえて目を見つめて言い、アリーも微笑んで、僕にキスをした。

アリーの実家に着き、雨の中をアリーを助手席から下ろし、アリーの荷物を下ろして、ビルのドアマンに渡した。 

別れ際にアリーは、とびきり大きなハグを僕にくれた。

そして
『アタシがいない間、アタシのアパートに泊まっていてね』と言った。

僕は、なぜアリーがそんな事を言ったのか理解できなかったが、言われた通りに、アリーのアパートに一人で帰った。

 

いつもはアリーがいるアパートはがらんとしており、僕が一人だけでいると異様に寂しく思えた。
 
僕はキッチンに行きウイスキーを探した。

いつも置いてあるウイスキーの大きなボトルはそこになく、小さなウイスキーボトルが置いてあった。
 
ボトルには、小さなカードがついていた。

カードをあけるとアリーの字で、
”アタシが帰って来るまではあまり飲み過ぎないように、この瓶だけで我慢してね”と書いてあった。

僕はそのカードを丁寧にボトルからはがして、ベッドサイドのテーブルの上に置いた。

いつもはアリーと一緒にいるベッドに寝そべり、小さなウイスキーボトルを抱え窓から外の景色を眺めた。
 
ボトルが半分程空になった頃に、アリーから携帯メールが送られて来た。

メールを読むとそこには、ただ”貴方を愛してる”と書いてあった。
 
僕はそれを読んで少し微笑み、”僕も君を愛してるよ”と返信をした。


 


2006年11月24日  帰還兵

昨日は結局、アリーのベッドで小さなウイスキーボトルを抱いて寝てしまったようで、夜明け前に閉め忘れた窓から吹き込む冷気で目を醒ました。

 

折角の感謝祭なのに、空は暗いままで雨が冷たい音を立てていた。

 

僕はベッドに入ったまま、枕を重ねて背中の後ろにおき、テレビのスイッチを入れてニュースを見た。
 
今日は、感謝祭だ。
 
どこのニュースも感謝祭のパレードについて、賑やかにニュースを流していた。

 

生憎の雨模様だが、各州からやってきた鼓笛隊が、綺麗な衣装をずぶ濡れにしながら、パレードの準備をしている模様が映された。

 

一方では、バグダッドで最大規模のテロがあり、160人が殺されたらしい。

 

この世の中は、多くの喜怒哀楽を巻き起こし、混沌としながらも確実に時を刻んでいる。

 

暫くして、携帯電話がなった。
 
アリーかなと思って電話を取ると、僕のベネズエラ人の友達のサムソンからの電話だった。

 

サムソンは2度目のイラクから帰ってきたようだ。

 

サムソンは、ニューヨークの北にある田舎町、オルタモントで大工をしている僕の古い友達に、引き取られ彼らに育てられた。

 

サムソンの実の親は、僕の古い友達の兄夫婦だったが、実の親が酷い家庭内暴力をふるい、結局、家庭は崩壊し、離婚等の一連の問題がおきたことから、それを見かねた弟(=僕の友達)が、サムソンを引き取り、自分の息子として育てる事にした。

 

サムソンは、育ての親を誰よりも愛している。

 

決して裕福ではないが、礼儀正しい若者に成長した。

 

ただ、サムソンは高校を卒業したが、満足な仕事もなく、家計が厳しかったこともあり大学には行かず、高校を卒業すると軍隊に志願した。

 

育ての親に負担をかけまいとするサムソンなりの配慮だったのだと思う。

 

そして戦争が始まり、彼はイラク戦争に先兵として駆り出された。 

 

一度だけではなく二度もイラクに送られた。
 
僕は戦争は嫌いだし、アメリカ政府の政策は間違っていると思う。

 

でも実際に戦場に行った人には、そういった政策とは無関係の別次元で、やむにやまれぬ事情がある。

 

人間とはある意味、悲しい性の生き物だ。

 

アメリカは実は貧富の差が激しい国で、田舎の街に行けば失業率も高くなり、特にそれが、黒人やメキシコ系の階層になると更に失業率があがり、そういうところに軍のスカウトマンは奇麗な軍装で着飾って、志願兵の勧誘に行く。

 

軍に入れば、大学の費用を軍が負担してくれる制度とかもあり、あの手この手で勧誘をする。

 

汚い仕事は下層階級にやらせるという、アメリカの醜いひずみを僕は嫌というほど垣間みてきた。

 

イラク戦争に国を巻き込んだアメリカの主導者は間違っていても、サムソンのように家族のために軍に入り、疑問を持ちながらもイラクに行かざるおえない人もいる。 

 

戦争の現実は、個人にとっては重過ぎる影を投げかける。

 

それでも僕らは、生き抜かなければならない。

 

電話のサムソンはいつもどおりの明るい声だったけれども、彼の声は、やはり疲れており、凄く年を取ったような感じがした。

 

やはりイラクで戦争の意義に疑問を感じながらも、自分の生活と家族の生活を守るために戦い続かざるを得ないサムソンの複雑な心境と悩みが、痛いほど伝わってきた。

 

僕にできる事は、サムソンのそういった板ばさみの心境を理解し、彼がその心境をぶちまけたい時に、そばにいて話を聞いてやる事だけだ。

 

友達とはきっとそういうものなのだろう。

 

サムソンは2度目のイラクから無事に帰還し、感謝祭の休みを、オルタモントの育ての親の家で過ごしていると言った。

 

僕らはその昔、よく感謝祭を一緒に祝ったので、それを思い出して、サムソンは電話をしてくれたようだ。

 

オルタモントは、マンハッタンから車で2時間程の距離にあるが、僕は雨の中車にのり、久しぶりにサムソンに会いに行く事にした。

 

僕はマンハッタンを離れ、北に向かって車を走らせた。

 

ハドソン川を右手に見ながら、どこまでもどこまでもまっすぐに伸びて行く高速道路を走った。

 

周りの景色は紅葉の時季は過ぎ、既に冬山の様相を呈しいており、水墨画のように荒涼とした灰色の山々が連なっていた。

 

一人で車を飛ばしながら色々な事が、僕の頭の中に浮かび消えて行った。

 

僕はオルタモントに着いた。

 

この前ここに来たのはもう何年も前だったのに、その時から時間が止まっているかのように、周りの景色や空気までもがそのままだった。

 

僕は雨が降り続ける砂利道の端に車を止め、途中で買ったビールのケースを両脇に抱えて、僕の古い友達の家のドアを叩いた。

 

中から懐かしい顔がドアを開け、僕を迎えてくれた。
 
僕はビールケースをドアの所におき、サムソンを力一杯抱きしめた。
 
『しばらくぶりだね』と長い抱擁の後にサムソンが言った。
 
『本当にしばらくぶりだ。無事に帰って来てくれて嬉しいよ』と僕は言って彼にビールを渡した。

 

僕らは暫く、色々な昔話をした。 

 

サムソンはイラクの話はしなかったが、イラクでの生活が、過酷なものであった事は、彼を一目見ればすぐに分った。

 

サムソンは以前よりも無口になり、時々見せるその笑顔も哀しげなものになっていた。

 

彼らの家で七面鳥を食べ、その後に場末のバーに行って、ビリヤードをして遊びバーカウンターに座り、酒を飲みながらまた暫く話をした。

 

あまり遅くまでいると帰れなくなってしまうので、僕は何杯目かのウイスキーグラスを空けたところで立ち上がり、サムソンに別れを告げた。
 
別れ際にもう一度、彼を抱きしめて、
『何かあったら相談に乗るから、電話をして来て欲しい』と告げた。

 

サムソンは、寂しげな顔で微笑んで、
『ありがとう、おじさん。また電話をするよ』と言った。

 

僕はサムソンを彼の家の前で降ろし、雨の中を一人マンハッタンに戻った。

 

帰りの車の中でも、色々な思いがよぎった。

 

この世の中は沢山の喜怒哀楽をのせて、混沌としたまま動いている。

 

そして誰の為に立ち止まる事もせず、時間は、誰に対しても無情にその時を刻んで行く。

 

全ての人には、それなりの喜怒哀楽があり、それぞれの問題と向かい合って、なんとか生き続けようと努力をしている。 

 

そこには、正しいとか間違っているとかは存在しない。

 

ただ、皆、目の前の問題をなんとかしようと必死に生きているだけだ。

 

車のラジオが、今日のバグダットのテロで160人死んだ事に関してまた論調を加えていた。
 
共和党の敗北で、イラク戦争の終結が早まる事を皆が期待している。 

 

民主党の議員は、政府が間違った戦争をなかなかやめようとしないのは、戦争を貧困層や少数民族に押し付けて、議員の家族や、議員の選挙地盤の支持層の子供達が、戦争に駆り出されて死ぬ危険性がないからだと指摘し、徴兵制を復活させれば、不用意な戦争はしなくなるはずだと主張していた。

 

乱暴な主張だとは思ったけれど、そういう側面もあるのかもしれない。
 
サムソンのように、真面目に生きていても日々を生きるのが精一杯で、彼を救ってくれた育ての親に負担をかけない為にやむを得ず軍隊に志願をした者もいる。

 

そういった人達が実際には戦地に送られ、議員の子供達が、志願をしてイラクに行った等という話は聞いた事がない。

 

僕はこの国の政治には興味がないが、ただサムソンのような境遇にいて、必死に生きている人達が、少しでも報われ、普通で静かな生活を送る事ができるように祈るだけだ。

 

マンハッタンに近くなった頃に、アリーから今日何度目かの電話があった。 

 

僕はアリーに今日の出来事を伝えて、オルタモントまで車を飛ばして、帰還したサムソンを見舞った事を伝えた。

 

雨は相変わらず降り続き、対向車のヘッドライトをイルミネーションのように輝かせていた。

 

僕はアリーと話を続けながら、闇のように暗い一本道の高速を南に走り続けた。


2006年11月25日  旅の終わり 

オルタモントから帰って来ても色々と考え事を続け、僕は眠る事ができなかった。

アリーのベッドに一人で潜りこみ、電気を消したまま色々な事を考え続けた。
 
アリーの事、友達の事、仕事の事、僕の過去に起こった様々な事、次から次へと頭に浮かんでは、消えた。

僕は今度の誕生日で44歳になる。
 
若い頃は音楽で生きて行こうとした。

最初の彼女(エリカ)と出会い、二人で音楽を目指し、僕は才能のあるエリカの夢を潰さない為に自分は音楽から身を引いた。

エリカは、ほそぼそと音楽の仕事を続け夢をつないだ。 

エリカの夢が僕の夢だった。 

ただエリカは僕を成田に迎えに来てくれた帰りに、交通事故を起こし、車を運転していたエリカは、僕の目の前で焼け死んでしまい、助手席に乗っていた僕は生き残った。

病院でエリカが妊娠していた事を聞いた。

僕は薬に溺れ、手首を切り、何度も死の衝動にかられた。
 
それでも死ぬ事ができず、結局僕は日本を捨て海外に逃げた。
 
海外に移り住んでからも、僕はその思いから逃げ出す事ができず、いつも危ない仕事だけを引き受け、死ぬ事を望んでいた。

エリカを失い、子供を失った事から、自分が生きている間に、何か罪滅ぼしをしたいと思い、東南アジアから来るジャパ行きさんが、日本に来て日本人の男に騙され、日本人とハーフの子供を生んでしまい、途方に暮れる人達の里親になった。

子供にちゃんとした国籍を与え、保険の手当をして、ちゃんとした義務教育を受けさせるのが、僕のボランティアの内容だった。 

 

いざ始めると僕はのめり込む方なので、そういった子供達が、他の日本人の子供に学校で苛められないように、子供達に満足な教育を施したいと思い、自分の私財を投げ打った。

自分の助けている子供達が、何の苦労も知らない、生意気な心ない日本人の子供達に差別されるのが許せなかった。

その子供達のプライドは、僕のプライドだった。

その子供達は、僕をアメリカの伯父さんと呼び、学校で書いた絵や手紙を未だに僕に送って来てくれる。

僕は人を助ける事で、自分が生きて来た意味をなんとか見つけようとした。
 
そして死んでしまった、エリカと自分の子供への償いをしようとした。

その後にも何度か恋愛をして、出会いと別れを繰り返したが、僕の心が一度も満たされる事はなかった。

2001年にアラブ人の友達と命をかけた大博打をうち、血を吐き、地べたをのたうち回るような死闘を3年続けた。
 
そのアラブ人の友達は僕に
『男が男に惚れた』と言い、二人は義兄弟になった。

3年の死闘の末、その事業は2004年に大当たりをし、会社は一生使いきれない程の富を得た。

他の役員が全員相当の配当を受けたが、僕は自分の配当分を放棄し、僕がいなくなっても従業員が生きて行けるように、従業員40人にそのお金を均等に分け与えた。 

2004年に、その会社の実権をアラブ人の義兄弟に譲り、僕は別の会社を幾つか買って、それらの会社の更正の為に、命を削る事にした。
 
それが、僕が生き残る理由だと信じようとした。

そして僕は運命の女性と恋に落ちた。 

今の彼女、アリーだ。

 

アリーを知れば知る程、その心の美しさ、純粋さに胸を打たれた。 

こういう人に自分もなりたいと思った。

アリーと生きて行く事で、僕の心から死亡願望が無くなっていった。

僕はアリーの為に、アリーと一緒に生きたいと思った。

そうする事で僕の魂も、アリーの魂のように、純粋に美しいものになるかもしれないと思った。 

そうなりたいと思った。

アリーの癌が発覚したのが今年の7月だった。
 
それから4ヶ月、坂を転がり落ちるような毎日だったが、運命を凛として受け入れ、それでも無垢で純粋な心を持ち続け、周りの人に愛を与えるアリーの生き方を目の当たりにした。

僕はこの人と添い遂げようと思った。

アリーの命が尽きるまで、僕はアリーの傍にいて、アリーを守ろうと思った。
 
そしてアリーの命が尽きた時に、僕のこの世での使命も終わると思った。

そんな事を延々と考えていたら、結局一睡もする事ができなくなった。
 
僕はカーテンの隙間から、夜明け前の澄んだ空を見つめていた。

気がついた時にはベッドから出て身支度をして、銀色のヘルメットを手に取り、アリーのアパートを後にしていた。

感謝祭の翌日で、街はまだ死んだように眠りについていた。
 
僕は一人、鉄の馬にまたがり、夜明け前のハイウェイを西に目指した。
 
別に行くあてなどなかった。 

その昔、開拓民が西を目指したように、僕も一人鉄の馬にのり、西を目指した。

このままカリフォルニアまで走って行けそうな気がした。

ニューヨークを抜けニュージャージーを横断し、ペンシルバニアに入った。 

ニュージャージーを横断している間に日が昇ってきた。

このまま全てを忘れて、カリフォルニアまで走ったら、どんなに気持いいだろうと思った。

 


2006年11月26日  パリでパン屋さん

今朝もまた美しい日になった。

僕は前の晩、ペンシルベニアの一晩$40の小さなモーテルに泊まった。 

モーテルにつき、着替えを幾つかを詰めたサイドバックをバイクから外して、肩にかけ、僕はモーテルのオフィスに行き、お金を払い、大きなキーチェーンのついた鍵を貰った。

部屋は赤い蛍光灯のイルミネーションが、所々切れていて、誘蛾灯のようにブーン、ブーンという独特の音をたてていた。

その晩も寝られなかったので、翌朝、夜があける前にモーテルを引き払い、ハイウェイに戻った。

前方にそびえる山脈を見ると、山の頂の方は既に雪化粧をして白くなっていた。山に入る前にハイウェイ沿いのダイナーに入り、紅茶を頼んだ。 

紅茶をすすっていると、携帯がなった。

電話を取るとアリーからだった。
 
アリーには何も言っていなかったのだが、いつものアリーの感で、開口一番、
『今は、どの辺を走っているの?』とアリーは言った。

僕は笑いながら、ペンシルバニアを抜ける所で、山は、もう雪化粧をして美しい事をアリーに伝えた。

アリーは、空気が澄んでいて美味しいのかとか、山の気温は冷たいのかとか、いくつか僕に質問をして、
『それで、貴方は何をしてるの?』と聞いた。

僕はまた笑ってアリーに
『西部劇のまねごと』と答えた。 

アリーもその答えは結構予想外だったらしく、久しぶりにケラケラと声を立てて笑った。

暫く冗談を飛ばしあったが、急にアリーの声が真面目になり、どうしても会って話がしたいので、ニューヨークまで戻って来てくれないかと言われた。

アリーも具合が良くないので、長い間一緒にいる事はできないけれど、1時間でも良いから会って話がしたいとアリーは言った。

最初は、山を越えてウエストバージニアからケンタッキー位までは行きたいと思っていたが、アリーの話を聞く為に、反転をしてニューヨークを目指した。

 

ニューヨークが近くになってから、アリーの携帯に電話をし、実家の近くの小さなカフェで待ち合わせる事にした。
 
そのカフェは、小さくて暗いので、ローカルの人以外は殆ど立ち寄る事もなく、片隅に暖炉と座り心地のよいソファがあるので、僕らがよく隠れ家として使っているカフェだ。

僕は待ち合わせの時間より少し遅れてカフェの前についた。

バイクをカフェの前にとめ、サイドバックを外して肩にかけ、カフェのドアを開けて暗い室内に入った。
 
僕の最愛の人は、暖炉の前のソファに腰を下ろし紅茶を飲んでいた。

アリーはドアの音でこちらに振り向き、僕を見つけると微笑んで立ち上がり、僕を出迎えてくれた。

僕をハグしながらアリーは、
『カウボーイがヒロインを助けに来てくれたのね』と言って笑った。

僕も笑った。

僕とアリーはソファに一緒に腰を下ろし、暖炉を見ながら二人で紅茶を飲み、話をした。

アリーは治療の方法に関して医者から提案を受け、僕がどう思うかを聞きたいようだった。
 
僕は医者の提案する方法を、アリーが試してみたいのであれば、僕もそれに賛成すると答えた。

アリーは、暫く考えて、
『もしも上手く行かなかったら、どうしよう?』と僕に聞いた。
 
僕はアリーに
『そうしたら僕も仕事をやめて引退し、二人だけでパリにでも引っ越して、小さなパン屋でもやって余生を送ろう』と言った。 

アリーは、僕の答えが気に入ったようで、何度か僕が言った言葉を繰り返して呟いた。

『パリでパン屋さん』『パリでパン屋さん』と繰り返して呟き、そのうちアリーは決心がついたようで小さく笑い出した。 

そして
『アタシは貴方のそういう所が好き』と言ってキスをしてくれた。

 

カフェは感謝祭あけという事もあり、他に客はおらず閑散としていた。 

僕らは暖炉の火を眺めながら、いつものとおり色々な話をした。

アリーがふと、
『このまま、アタシを何処かにさらってくれないかな?』と呟いた。 

『どこに行きたい?』と僕が聞くと、

アリーは僕を見つめて小さな声で、
『天国に行きたい』と呟いた。

僕は
『あそこは、こっちから行きたいと思っても、迎えが来ないと行けない所だからね』と答え、
『でも、もしも君に迎えが来たとしても、君一人では行かせないから、僕も一緒について行くよ。でもその前にまず、パリでパン屋だ』と言って微笑んだ。

アリーも微笑んで
『ありがとう』と言った。

 

そして
『まずは、パリでパン屋さんね』と呟いた。

あまり長い時間、アリーを外に出しておく訳にもいかないので、後もう一杯紅茶を飲んだら、帰ろうとアリーを諭した。

夜になると冷えるので、僕はアリーの肩を抱いて、すぐ近くの実家までアリーと一緒に歩いた。

実家の建物の入り口でアリーに別れを告げた。 

店の前にとめてあったバイクにサイドバックを取り付け、またがろうとしたら、アリーから携帯メールが届いた。

メールには、ただ、
『ありがとう』と書いてあった。

 

 


2006年11月27日  クリスマスの買い物

ここ何日か一人で色々と考え抜き、大体、今後の自分の身の振り方について考えをまとめた。

また昨日、思いがけずアリーと会って話をして、アリーの気持ちも、僕の気持ちとずれはない気がしたので、短い時間ではあったけど、アリーと時間を共有できたのは嬉しかった。

これで僕の心に曇りはなくなった。
 
あとは今までのように目標に向かって突き進むだけだ。
 
僕にはそれをやり遂げる自信が有る。

今までそうやって生きて来たから。 

一夜明けて、今日はまた素晴らしい天気になった。

僕はアリーに電話をして、午後のまだ暖かい時間に1時間程外に出て来れないか聞いてみた。
 
それはアリーに子供服の見立てをしてもらう為だった。

アリーは、過去に強姦事件に巻き込まれ、子供を産む事ができない。
 
その為も有り、姉の一人娘を自分の子供のように可愛がっている。

僕にも、里親ならびに保証人になっている子供が東京に何人もいる。
 
アリーとあってから、僕のその子供達へのクリスマスプレゼントは、アリーが見立てた洋服と決めている。
 
けっこうアリーの見立てた洋服は子供達に評判が良く、クリスマスが終わるとその洋服を着た笑顔の子供達の写真などが送られて来ることがある。

そうするとアリーは、さも嬉しそうに、
『やっぱりアタシのセンスが良いからね』と自画自賛をしながら、写真を冷蔵庫に貼って嬉しそうに眺めている。

今年もそんな季節がやって来た。
 
アリーの具合を考えて、今年は自分で適当にプレゼントを選ぼうかなとも思ったが、そうするとアリーの楽しみが一つ減るような気がして、アリーに電話をして聞いてみた。

 

アリーに電話をすると、
『確かに貴方が見立てをしたら、子供達から写真は送られてこないだろうからね』と憎まれ口を聞いて小さく笑った。

僕も笑った。

アリーは、何か言い逃れを作って、その為に1時間程外に出て来てくれた。
 
アリーを遠くに引っ張り回す訳には行かないので、近くのユニオンスクエアの子供服屋に二人で出かけた。

僕達はアリーの姪っ子の服と、僕が里親をしている子供達の服を沢山買った。
 
去年の写真を見ながら、どのくらい大きくなったかを適当に想像して、サイズを選び、洋服を選んでいった。

自分の子供に洋服を選んでいるようにアリーは幸せそうな顔をして服を選び、僕にコメントを求めた。

とても幸せな時間が過ぎた。
 
僕を幸せにするのはとても簡単だ。

ただ最愛の人と、当たり前な事をする。

どんなに沢山お金をだしても買えない幸せ。
 
人から見れば何でもない時間だが、僕にとっては、かけがえのない幸せな時間だった。

プレゼントを買い、今度はクリスマスカードを買う為に、僕らは近くのカード屋さんに向かった。 

店の中はすっかりクリスマスモードで、緑や赤のリボンがいたるところに飾られていた。

アリーは散々迷った挙げ句、まずアリーの姉さんと姪っ子にカードを選んだ。

そして姪っ子から、姪っ子のお母さん(アリーのお姉さん)に渡させるカードを選んだ。

それが終わって、僕が里親をしている子供達にカードをそれぞれ選んだ。

僕達は目的の買い物を済ませ、大きな紙袋を僕は両手に抱え、アリーは僕の腕を掴み、二人でゆっくりとユニオンスクウェアを抜けて帰路についた。

アリーは実家の建物の前で、別れ際に、
『楽しかった。どうもありがとう』と言って小さく笑った。
 
僕も
『今日は、手伝ってくれてどうも有り難う。おかげでまたセンスの良い服が選べたよ』と言って笑った。

アリーと別れ、僕は車にたくさんの紙袋を詰め込み、アリーのアパートに戻った。
 
いつもは、クリスマスプレゼントのラッピングは、アリーと二人でやるが、今年は僕一人でラッピングをした。

子供達に配るクリスマスカード、ひとつひとつに、それぞれの顔を思い浮かべながら丁寧に、
『お母さんに感謝をして、心の優しい人になってください。メリークリスマス』と書いた。

 

やっとラッピングが終わった時には、もう外は暗くなっていた。
 
赤や緑、銀や金のきれいなラッピングペーパーに包まれたプレゼントで、アリーのアパートは一杯になった。

僕も少し心が温かくなった。
 
僕は子供達を助けているつもりでいるけれど、結局助けられているのは僕の方かもしれないなと思い、少し照れくさくなった。

アリーと一緒にプレゼントを選べるのは、今年で最後かもしれない。
 
でもその時はその時だ。
 
今この瞬間を精一杯生きていれば、この先何が起こっても、きっと分ってくれる人は分ってくれるだろう。

僕は、まだ二つ、アリーに言っていないサプライズがある。

これから僕はまた忙しくなる。

 


2006年11月28日  神にすがる時 

今日もまた素晴らしい日だった。

僕は朝早くから仕事場に行き仕事をこなした。

午前中の仕事をこなし午後の仕事が始まる前に、僕は街を散歩する事にした。

街に出た理由の一つは、アリーのクリスマスプレゼントを探す事だった。 

僕がストーカーだったら、完璧なストーカーになれると思う。

僕はアリーと立ち寄った店は全て覚えていて、全ての店の店員を覚えている。

今回、アリーが通っている店の中から4件選び、それぞれの店の店員をひとりずつ捕まえて、彼らにチップをはずみ、アリーが最近手に取った商品や、探していたものに関する情報を全部集めた。

そういった店の店員は、男女間のプレゼントが日常茶飯事なので、イベント性の高いものには喜んで協力してくれるような気がする。 

前回、アリーの誕生日で活躍した、グッチのゲイの店員のピーターを始め、今回も各店舗からひとリづつピックアップして、アリーの欲しがっているものをリサーチした。

面白いのは、それぞれの店員は、当然自分の店の品物を推薦するだろうと思っていたのだが、各店舗の店員さんは、本当に僕とアリーの為に、店の売り上げを別にして色々情報を提供してくれた。

 

今回もアリーを驚かす準備は着々と進んでいる。

アリーは誕生日に
『貴方は色んな所にスパイを隠しているのね』と冗談で言っていたが、それはなまじ冗談ではない。 

仕事もそうだが、どうやって情報を正確に早く掴むかは、ニューヨークで生きて行く重要なスキルの一つだ。 

ピーターの店を出て何となく僕の足は、セントパトリック大聖堂に向かっていた。

僕は信心深くないので、普段教会などに足を止めた事はないが、10年に一度位の頻度で、教会やお寺、神社に足を向ける事がある。

前に教会に行ったのは、今から5年前の9月11日、同時多発テロの後だったと思う。

あの時に、僕は6人の友達を一度に失った。
 
最初にWTCに突っ込んだ飛行機に2人の友達が乗っており、残りの4人はWTCの倒壊と一緒に命を落とした。

沢山の人間が空から降って来るのをこの目で見た。
 
一日で何百という死体や体の部分を見た。
 
それだけたくさんの死骸を見ると、神を信じない僕でも自然と足が教会に向いていた。

でもそれから僕が教会に足を向ける事はなかった。
 
あれから5年経って、最愛の人が病魔と闘っている時に、僕の足は自然に教会に向かっていた。

開け放たれていた教会のドアをくぐり、暗い聖堂の中に入ってろうそくに火を灯した。

周りにいる人はまばらで、皆お互いに有る程度の距離を保ち、お互いに干渉をしないように、それぞれに祈りを捧げていた。

僕も見よう見まねで教会の椅子にひざまずき、手を合わせてアリーの事を祈った。

少し前にアリーが、キティちゃんの指輪をしているのを見つけた時、僕はアリーにエンゲージリングを渡そうかどうかで悩んだ。

 

あの時は、僕には迷いがあった。
 
僕がエンゲージリングをアリーに渡す事で、アリーが病気の自分に求婚をする僕に、自分が死んだ後の事を考え、僕を不憫に思って僕のエンゲージリングを受け取らないのではないかと思った。

あと、アリーの親は僕のことが嫌いなので、僕がエンゲージリングを渡す事で、アリーに不必要な親との軋轢を与える事にならないかと心配した。

僕にとってはアリーに求婚するのは、当然の事でアリーがいなくなった後の、僕の人生などを考える必要はない。 

アリーがあっての僕で、僕は今までで十分幸せな時間をアリーから貰った。
 
僕には、アリーがいなくなった後の事などを考える必要はない。

その点についてアリーが、僕と同じ考えかどうかがわからなかったので結構悩んでいたのだが、先日アリーと会って話をして、二人とも考え方に違いがない事がわかったので、僕の悩みも解消した。

僕はエンゲージリングを渡すタイミングを色々考えた。

クリスマスには他のサプライズをもう仕込んであるので、バレンタインにアリーに渡そうと今は考えている。

エンゲージリングは、ダイアモンドと相場が決まっているようだが、アリーのイメージはサファイヤなので、アリーにはサファイヤの指輪を渡したいと思った。
 
そして友達に相談した時に、ダイアの脇にサファイヤを入れるというアイディアを教えて貰った。
 
そのアイディアをベースに、これからリングのデザインをするところだ。
 
友達にはジュエリーのプロもいるから、色々な人の意見を聞いて、僕ならではのエンゲージリングを作るつもりだ。

それまではアリーに元気でいてもらわないと。

暫く教会の中で時間を過ごし、丁度昼の1時になって賛美歌が流れ始めた時に僕は教会を後にした。


 


2006年11月29日  スノーフレーク

僕は来週からカリフォルニアを皮切りに、ヨーロッパと日本を回る世界一周の仕事があり、またプライベートでも色々準備をしなければいけない事が多いので、急に色々と忙しくなった。

僕はアリーの声が聞きたくなったので、仕事場からアリー電話をして二人でいろいろな話をした。

アリーは兄弟でクリスマスプレゼントの欲しいものリストを交換したという話をしてくれた。 

アリーの兄弟は、みな、特別裕福という訳ではないので、アリーは、兄弟に遠慮をして、スターバックスのプレイペイドカードだとか、薬局で売っているような$10もしない化粧ポーチだとか、そんなものをリストにあげていた。

『僕にはそんなに遠慮をしなくていいから、欲しい物のクリスマスプレゼントのリストを送ってくれないか?』と聞いてみた。

アリーは電話口で笑って、
『アタシは貴方と一緒にいるだけで毎日クリスマスみたいに楽しいから、プレゼントはいらない』と言った。

そして、
『アタシは貴方と一緒になってから毎日幸せよ』と言ってくれた。

僕は
『それじゃあ、プレゼントを考えるヒントには全然ならないな』と文句を言った。

アリーはそれを聞いて小さな声で笑った。 

その後も二人の会話は続いた。
 
アリーは犯罪を犯した少年達の、カウンセリングのボランティアの件を気にしていた。

ボランティアに参加した途端にアリーの病状が悪くなって、結局何もできていない事に、後ろめたさを感じているようだった。

僕はアリーがきっとその事を気にしているだろうと思ったので、数日前に更生施設に出向き、アリーがカウンセリングをできない間、僕がかわりにカウンセリングのボランティアをやる手配をした。 

僕は今、アリーのかわりに週に2時間、更生施設に行きカウンセリングを手伝っている。

 

僕はアリーにその旨を伝えて、心配しないように言った。 

アリーは、その話を聞くと、
『全く貴方って人は』と言って言葉を詰まらせた。

『君の具合が良くなるまで、君ができない事は僕がやるから』と言って僕は小さく笑った。 

アリーも
『ありがとう』と言って小さく笑った。

あまり長い間話をするとアリーも疲れるだろうと思い、適当な所で会話を切り上げ電話を切った。

受話器を下ろした後も暫くアリーの事を考えた。
 
アリーの事が、頭から離れなかった。
 
色々考えだすと気持が萎えてしまいそうになるが、何とか自分を奮い立たせ僕は仕事に戻った。

今日は、夜遅くまで仕事場で仕事を続けなければいけない。 

僕は仕事で、来週カリフォルニアでスピーチをすることになっていて、その原稿を準備していたら、原稿をセーブする為に使った古いフラッシュメモリーから昔の写真が出てきた。

昔の友達の誕生日パーティの写真だ。

多分8年位前に取ったもので、その写真に写っている友達との連絡はもう何年もない。

パーティの場所だった、友達のアパートも今はそこには無く、友達の電話番号ももう変わってしまった。

あの時はあんなに楽しそうに、皆笑っていたのに、あの時には、その後全く皆と音信不通になってしまっている今日を予想する事も無かった。

一期一会と言うけれど、数え切れないほどのさよならを乗り越えて、今日の僕がいる。

夜になってお腹がすいたので、夕食を調達しにビルの外に出た。
 
街はもうすっかりクリスマス気分で、観光客や買い物客が、街にあふれていた。

僕はジャンバーの襟をたて、楽しそうで幸せそうな人々の間を抜け、近くのデリにサンドイッチを買いに出かけた。

途中で5番街と57丁目の交差点に飾られた、大きな雪の結晶のオーナメントを見上げた。

その巨大なスノーフレークは、白と青に輝くクリスマス前の夜空を美しく飾っていた。

 


2006年11月30日  もう一度病院生活に・・・

今日は11月末にしては暖かい一日だった。 

今朝も早めに起きて仕事場に向かった。
 
薄い雲が一面に張っていたが、雲の隙間から朝日の帯がこぼれていた。

エンパイアステートビルは雲の中に隠れ、僕はハドソン川沿いのハイウェイを走りながら、まるで北欧の街に来ているようだと思った。

今日はロックフェラープラザのクリスマスツリーの点灯式があるので、ミッドタウンは、朝から交通規制で混雑していた。

ニューヨークで最大のクリスマスツリーなだけに、観光客が朝から群がり、交差点を渡るのも一苦労だった。

人の海を何とか泳ぎきり、僕は仕事場にたどり着いた。

昼時にアリーから電話があった。

アリーは、医者や両親と話した結果もう一度病院に戻ることになってしまった。 

覚悟はしていたけれど、それを聞いたときは、正直、少しショックだった。
 
でもアリーにはそれを悟られないように平静を装い、
『入院すれば、僕も見舞いにいけるから、今よりもっと会えるね』とだけ言った。

今はアリーは実家にいるので、アリーの両親に嫌われている僕は、アリーを見舞う事ができない。
 
それに比べれば、病院の方がアリーに会うことが出来る。

アリーは
『そうね』と頷き、
『毎日、見舞いに来てくれないと怒るからね』と言って悪戯っぽく笑った。

アリーは、病院に戻る前にアパートに戻って、何日か僕と一緒に過ごしたいと言った。
 
アリーの親もその位の情けはあるようだった。

これが最後になるかもしれないなと思いつつ、僕は
『それじゃあ、部屋を慌てて掃除しなきゃ。空のウイスキーボトルも隠さないといけないし』とおどけて見せた。 

アリーはそれを聞いて、
『アタシの部屋なんだから、綺麗にしてね』と言って笑った。

アリーとその後もいろいろと話をしたあと電話を切り、僕は仕事に戻った。