目次
第一章 愛するということ
天使の指輪 
プロローグ 序章
プロローグ 序章
2006年 6月 ニューヨークの魅力
2006年06月3日  友達の背任行為
2006年 7月 病 
2006年07月05日  独立記念日 
2006年07月07日  七夕
2006年07月24日  病気
2006年07月25日  検査結果  
2006年07月26日  生きる理由
2006年 8月 日本へ
2006年08月04日  手術
2006年08月08日  退院 
2006年08月12日  日本へ
2006年08月23日  赤いドレスの女性
2006年08月24日  狸寝入り 
2006年08月25日  雷雨 
2006年08月26日  祈り
2006年08月31日  時代のうねり
2006年 9月 天国への階段
2006年09月07日  ローズホール
2006年09月10日  泣きじゃくる彼女
2006年09月11日  ワールド トレード センター
2006年09月21日  闘うこと  
2006年09月23日  市民権
2006年09月25日  日曜大工
2006年09月26日  朝日 
2006年10月 一緒に生きる
2006年10月03日  メルトダウン   
2006年10月05日  夜のハーレム
2006年10月08日  助手席
2006年10月09日  買い物
2006年10月14日  友達からのメール  
2006年10月16日  1週間分のキス
2006年10月17日  一緒に生きる
2006年10月18日  雨の火曜日   
2006年10月19日  友達へのメール
2006年10月25日  天使が舞い降りた。
2006年10月29日  神のご加護がありますように  
2006年11月 誕生日プレゼント 
2006年11月01日  ハロウィン
2006年11月02日  誕生日プレゼント
2006年11月16日  セントラルパーク    
2006年11月19日  キティちゃんの指輪
2006年11月20日  Left Alone  
2006年11月22日  仏心
2006年11月23日  小さいウイスキーボトル
2006年11月24日  帰還兵
2006年11月25日  旅の終わり 
2006年11月26日  パリでパン屋さん
2006年11月27日  クリスマスの買い物
2006年11月28日  神にすがる時 
2006年11月29日  スノーフレーク
2006年11月30日  もう一度病院生活に・・・
2006年12月 瞳の中に貴方が見える
2006年12月01日  ポインセチア
2006年12月02日  男の手料理 
2006年12月03日  天気の良い週末  
2006年12月06日  大切な思い出
2006年12月07日  北欧紀行
2006年12月08日  君のもとに帰る
2006年12月09日  The Show Must Go On.
2006年12月13日  東京にて
2006年12月14日  Going Home
2006年12月15日  瞳の中に貴方が見える
2006年12月16日  子守唄
2006年12月18日  クリスマスの匂い
2006年12月19日  君が世の中の全て
2006年12月23日  幸せの総量
2006年12月24日  People Get Ready  
2006年12月25日  クリスマス プレゼント
2006年12月26日  願い事
2007年 1月 天使の指輪
2007年01月01日  スローダンス
2007年01月02日  20年ぶりの友達
2007年01月06日  誕生日
2007年01月08日  天敬愛人
2007年01月13日  両親
2007年01月14日  名こそ惜しけれ  
2007年01月20日  非常勤の顧問
2007年01月22日  ただいま。
2007年01月23日  天使の指輪
2007年01月24日  ホットチョコレート
2007年01月25日  パリ
2007年01月29日  雪のニューヨーク
2007年 2月 雪のバレンタイン
2007年02月01日  愛しい人  
2007年02月02日  あたらしい発見
2007年02月04日  お帰りなさい。
2007年02月09日  残された時間
2007年02月10日  ありがとう
2007年02月11日  テネシーワルツ
2007年02月12日  やせ我慢
2007年02月13日  君が残した優しい思い出
2007年02月14日  雪のバレンタイン
2007年02月16日  僕は信じている
2007年02月19日  愛の力
2007年02月22日  ある別れ
2007年02月23日  別れの季節
2007年02月24日  I'm in.
2007年02月25日   Wild Horses  
第二章 生きるということ
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2007年 2月 陽はまた昇る
2007年02月27日  アリーがいてくれれば
2007年02月28日  陽はまた昇る
2007年 3月 さようなら
2007年03月02日  さようなら。
2007年03月03日  心の整理
2007年03月04日  独り
2007年03月05日  ドライフラワー  
2007年03月06日  冒険の旅へ
2007年03月08日  コミットメント
2007年03月14日  こみあげる涙
2007年03月16日  更正施設の子供
2007年03月19日  天は自ら助けるものを助く。
2007年03月21日  新しい下着
2007年03月22日  夜明けのキャッチボール
2007年03月24日  目標を一つ達成
2007年03月28日  最後まで日本人として
2007年 4月 独り言
2007年04月29日  独り言
2007年 5月 天涯孤独
2007年05月14日  天涯孤独
2007年05月16日  ある家族
2007年05月28日  カタロニアの太陽
2007年05月31日  リスボンにて
2007年 6月 交渉
2007年06月02日  中国での交渉
2007年06月13日  皆で家に帰ろう
2007年06月22日  ベランダに咲く草花
2007年06月24日  あと半年
2007年 7月 人に優しくするという事
2008年07月05日  独立記念日
2007年07月24日  人に優しくするという事
2007年 8月 湊川(ミナトガワ)
2007年08月02日  馬鹿爆弾
2007年08月21日  霧雨
2007年08月29日  遺言
2007年08月31日  湊川
2007年 9月 男の値打ち
2007年09月25日  男の値打ち
2007年09月30日  天気のよい週末
2007年10月 自分の夢
2007年10月10日  自分の夢
2007年10月19日  結婚式の準備
2007年10月22日  妹の結婚式
2007年11月 天敬愛人
2007年11月01日  ハロウィン
2007年11月02日  誕生日
2007年11月16日  死の準備
2007年11月22日  愛情が宿った人形
2007年11月29日  古いもの  
2007年12月 幸せの値段
2007年12月08日   ディズニーランド
2007年12月16日  幸せの値段 
2007年12月18日  綺麗な心
2007年12月21日  大事な家族
2007年12月24日  君を想う気持ち
2007年12月25日  武器よさらば
2007年12月31日  生きるということ
2008年 6月 夢の実現
2008年 6月 夢の実現
アリーが教えてくれた事
アリーが教えてくれた事
晴耕雨読
晴耕雨読
愛のある日
愛のある日
あとがき
あとがき
補足
補足
感想&レビュー
感想&レビュー

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2006年10月 一緒に生きる

2006年10月03日  メルトダウン   

今朝は早くから仕事があったので、僕は朝早く家を出た。

アリーは医者の診察があり、手術の段取りを決める事になっていた。 

ちょっと気になったので、アリーに電話をしたが、留守電につながったので、メッセージを残してそのまま仕事を続けた。
 
それから3~4時間しても連絡が来ないので、おかしいと思って、アリーのバイト先に電話をした。

アリーは受話器を取ったが、その声で、直ぐに僕は、何かおかしいことがわかったので、アリーに
『大丈夫か?』と聞くと、アリーは
『大丈夫じゃない』と答えた。
 
アリーはバイト先の人達に病気の事を知られて同情されたくないので、
『今は、話ができないから後で電話をする』と言って電話を切った。

僕は全く様子が分からないので、最悪の場合を考えてしまい、アリーと電話を切ってからは何も手につかなくなってしまった。
 
アリーはアリーでバイト先で一生懸命頑張っているのに、僕が何度も電話をする訳にもいかず、悶々とした気持ちでアリーの電話を待った。

暫くしてアリーから電話があった。

どうやらアリーの話では、今日逢うはずだったお医者さんに緊急の手術の為にドタキャンをされ、彼の診察が来週に変更されたそうだ。

今日まで頑張れば先が見えると何とか気持ちを張って頑張って来たアリーの緊張の糸が切れてしまい、メルトダウンを起こしてしまったようだった。

兎に角、最悪の状況ではなかったのでちょっとホッとしたが、アリーのナーバスブレイクダウンも、もっともの話だった。


8時にバイト先にアリーを迎えに行った。
 
車に乗って暫くはアリーも気丈に振る舞っていたが、ちょっとしたきっかけで涙が止まらなくなり、まるで子供が泣きじゃくるように泣き通した。

アリーのアパートにつき、僕はアリーを抱きかかえるようにしてアリーの部屋に入った。

アリーはその後も泣き続け、息ができなくなるまで泣きじゃくった。

 

僕には気休めの言葉などかけられるはずもなく、ただ黙ったまま、アリーを抱きしめている事しかできなかった。

アリーはしゃくり上げながら全てをぶちまけた。

アリーは、過去にアリーが巻き込まれた強姦事件の加害者が、16年の刑期を終えて出所し、その為に、忘れようとしていた過去にまた苛まされるようになったり、婚約者と別れたり、仕事を辞めたり、34歳になって大学院に戻る不安、全てを投げ出して、自分の幸せの為に人生を再出発した矢先での病気になったりと、この2~3年程は多くの事が、アリーを次々と襲った事もあり、アリーの人生の選択が間違っていたのではないかと、泣きながら僕に訴えかけた。

僕は前の職場にいた時に、アリーが自分の境遇を不幸に思って毎晩泣いていたのを知っていたので、今は辛い事が立て続けに起こっているけれど、34歳になってアリーは、初めて自分の意思で人生を切り開いて行く事にしたのだから、その判断そのものは、間違っていないと思うと伝えた。

アリーは完全に緊張に糸が切れてしまったようで、
『もうアタシには、これ以上頑張り続ける事ができない』と言って泣きじゃくった。

僕らは部屋の電気もつけずに、真っ暗な部屋のソファでただ二人で抱き合ったままアリーは狂ったように泣き続け、僕はなす術もなく、ただただアリーを抱きしめているだけだった。

 

こんなに大切な人が、こんなに苦しんでいるのに、僕には何もできない。

 

途方もない無力感が押し寄せて、決してアリーの前では涙はみせないと随分前に誓ったのだけれども、涙がこぼれて来てどうしようもなかった。

 

何時間このまま抱き合っていただろうか。

かなり時間が経ってアリーも落ち着いて来たので、アリーをベッドに移した。
 
ただベッドに移した後でも、アリーは僕の手を離そうとしないので、アリーが眠りにつくまで、僕はアリーの手を握り、もう片方の手でアリーの頭を撫で続けた。

何もできない自分が情けなかったし、ふがいない自分に無償に腹が立った。

何処にも持って行きようのない怒りを抱えながら、僕はなんとか気持ちを落ち着かせようとしたが、考えれば考える程、何の役にもたっていない自分が情けなく思えた。

アリーが泣きつかれて寝てしまったのを見計らい、僕はウイスキーのボトルを片手に、またビルの屋上に上った。 

誰もいない屋上で僕は涙を流した。
 
ボトルを開けてしまっても全く酔う事もできなかった。 

叫び声をあげる訳にもいかず、何かを殴りつける訳にもいかず、なんとか心の平静を保とうと歯がギリギリと音を立てるまで、歯を食いしばった。

月もない真っ暗な夜の闇の中で、僕は一人、木箱に腰を下ろしながら歯を食いしばり続けた。

 

 

 

昨日は結局一睡もできなかった。

アリーが寝ている間は、僕は一人で色々と考え事を続け、アリーが目を覚ますと、またアリーを抱き寄せて、落ち着かせ、結局、一睡もせずに悶々とし、朝日がカーテンの隙間から差し込んで来るまでずっと起きていた。

アリーも熟睡をしていた訳ではなく、寝たり目を覚ましたりを繰り返し、朝日がカーテンの隙間から差し込む頃には、アリーも目を開いていた。

僕はアリーにおはようのキスをして、簡単な朝ご飯をアリーの為に作った。
 
食事をトレーにのせてベッドまで持って行き、ベッドの中で、二人で簡単な朝食を取った。

今日は素晴らしい天気で、まるで夏が一時的にもどったような感じだった。

アリーは昨日の事がなかったかのように機嫌が良く、僕がベッドまで食事を持って行くと子供のように喜んだ。
 
『ウェイターさん、ミモザを頂戴』とアリーは冗談を言って笑った。

僕も笑った。 

でもアリーの目は、昨日大泣きしたせいで腫れ上がり、声もかすれていて、その陽気さがかえって痛々しく僕には哀しかった。 

アリーは朝の10時に別の医者の予約が入っていたので、僕は少し遅めに仕事場に行く事にして、アリーをセントラルパークウエストの医者の所まで送って行く事にした。

非常に天気が良かったので、アリーは茶色のホットパンツに、ベージュのタンクトップに白いラメのサマーセータを重ね着して、まるでどこかのリゾートにでも行くような格好をした。

アリーを車の助手席にのせ、夏のような日差しのニューヨークの街に僕は車を走らせた。 

79番ストリートを通って、セントラルパークを車で突っ切り、セントラルパークウエストに向かった。 

僕は左手でハンドルを握り、右手でアリーの手を握り、ギアシフトの時には、右手でアリーの手を握ったままシフトチェンジをした。
 
アリーは、この僕のギアチェンジの仕方が気に入っている。

アリーは手や指フェチで、男が車のギアシフトをするのを見ているのが好きだと、昔聞かされた事がある。

それを聞いた時に、僕は思わず笑ってしまい、それだったら、もっと君が好きになるやり方があると言って、アリーの手を使ってシフトチェンジをしてみせて、アリーにいたずらっぽく笑ってみせた。

まだ僕達が病気の事なんて何にも知らなかった時の事だ。

 

僕はアリーを医者のオフィスの近くで車から降ろした。

僕らは今朝からずっと昨日の夜の話はしなかったが、アリーは車を降り際に、僕の方に振り返り、
『昨日の夜は、ありがとう』と言って笑みを浮かべた。

僕は、そのまま車を仕事場に向け駐車場に車を滑らせた。

昼過ぎにアリーから電話があった。
 
丁度医者の診断が終わり、これから継母の所に行く前に、あんまり天気が良いので、コロンバスサークルにひなたぼっこに行くとアリーは言った。
 
丁度昼過ぎだったので、僕も昼休み代わりに外に出る事にし、アリーとコロンバスサークルで待ち合わせる事にした。

 

僕の仕事場からコロンバスサークルまでは7ブロックあるが、天気は最高で、僕はセントラルパークサウスを、夏のような日差しを満喫しながら歩いてコロンバスサークルに向かった。

サークルを取り巻くように設置された噴水の周りを歩いて、アリーを捜すと、アリーはベンチに横になって、iPodを聞きながら目をつぶり日光浴をしていた。

僕はこっそりアリーに近づいて、何も言わずにアリーにキスをした。

驚かそうと思ったのだがアリーは全く驚かず、僕にそのままキスを返しにっこりと微笑んだ。

アリーは、ここで日光浴をしていて暑くなったので、サマーセーターを脱いだら、隣にいた中年に、公共の場所なんだから裸になるなと注意されたと言って笑った。

確かにアリーのタンクトップはベージュなので、そう誤解されたのかな?と思ったが、その場面を想像しただけで、僕は可笑しくなってけらけらと笑ってしまった。

それにつられてアリーも笑った。

僕らは別に話す事もなく、たまに言葉を交わしながら、手をつないだまま公園のベンチに座って、暫く二人でひなたぼっこをした。

ずっとそこに座っていたかったがそうする訳にもいかず、30~40分ふたりでひなたぼっこをした後で、アリーと別れ、僕は仕事に戻った。

たった小一時間の事だったが、僕はとっても気持が落ち着き、優しい気分になれたような貴重な一時間だった。

明日の4時には、また別の医者の診察があり、そこで手術の具体的な日程が決まる事になる。

 


2006年10月05日  夜のハーレム

仕事場に向かう途中にアリーから電話があった。

アリーの声が元気そうなので少し安心した。

アリーも精一杯無理をして元気に振る舞っているのは良くわかるが、それでも、やはり元気な声を聞くと安心する。 

今日は仕事が忙しかったので、何回かアリーと電話で話をした以外は、僕は自分の部屋にこもっていた。
 
ただ、アリーの医者とのアポイントメントには、一緒に行こうと思っていたけども、アリーが、手術の日取りを決めるだけだから一人で大丈夫だと言い張り、結局一人で医者の所にでかけた。

すぐに帰って来るだろうと思ったが、2時間以上帰ってこないので、僕は心配になり、アリーのバイト先にメールを入れた。

僕がメールを出してから一時間以上してようやくアリーから返事があった。

アリーによると、医者は、診察をしたものの、手術の部位が頭に近い首のリンパ腺の部分なので、頭部専門の医師でないと手術はできないと言い出し、結局自分では手術をせずに、頭部専門の外科医を紹介されたらしい。

結局またたらい回しだ。
 
僕はいい加減に腹が立って来た。

その医者のおかげで6週間も全てが宙ぶらりんになっているのに、また別の医者の診察を受けて、手術の段取りを決めなければいけない。 

あまりの理不尽な状況に、僕はアリーがまたナーバスブレイクダウンを起こすのではないかと心配したが、夜にバイト先にアリーを迎えに行くと、意外な程アリーはケロっとしていた。

アリーは、もういい加減にどうでもいいと思い始めたようで、月曜の時点では、緊張のレベルが目一杯で、自分でもどうしようもなくなってしまったが、今となっては、死ぬ時は死ぬのだから、もうどうでも良くなったと言って僕に笑ってみせた。

きっと本当は、心の中はちぎれるように辛いはずなのに、いつもの気丈なアリーに戻ったようで、アリーはつとめて陽気に振る舞っていた。
 
その気丈な姿勢がより一層哀しく見えた。

アリーは、明日提出のレポートをまだ書き上げていなかったので、僕らはアリーの家の近くのイタリアレストランに出かけた。

 

そこは外から見たレストランの作りがぱっとせず、いかにも面白くなさそうなレストランなので、一度も入った事がなかったのだが、前に一度、行こうと思ったレストランに入れず、他にチョイスがなくそこにはいったら、とんでもなく子牛の肉料理が美味しかったので、それ以来、僕らのお気に入りになっているレストランだ。

レストランに着く頃には大粒の雨が降り出した。
 
小さな折りたたみの傘が一つしかなかったので、小さい傘の中で二人で寄り添いながら、小走りにレストランに向かった。
 
いつものとおり、レストランには客が少ししかおらず、ウェイターの数の方が客の数より多いように見えた。

僕らはいつものとおり子牛の肉料理を頼んだ。
 
いつもの通り、味は、絶品だ。

二人で子牛の肉料理をあっという間に平らげ、雨の中、僕らはアリーのアパートに戻った。

僕は夜遅くに東京とビデオ会議があったので、暫くアリーのレポート作りを手伝った後に、自分の家に帰る事にした。 

アリーと別れ、一人で車に乗り、アクセルを踏んだ。

今日アリーに起こった事と、アリーが無理をして振りまく笑顔を思い浮かべると、何とも切ない気持ちになり目頭が熱くなった。

外は雷がなり始め、雨足が強くなって来た。
 
人通りもなくなり、僕は人目を気にする事なく涙を流す事ができた。 

ビデオ会議までには時間があったし、すぐには家には帰りたくなかったので、僕は自然に車をハーレムに向けた。

僕は一人で考え事をしたい時、手に余る程の問題が僕に降り注いでどうして良いかわからなくなった時には、ハーレムに一人で行く事が多い。

土砂降りの雷雨の中、車を走らせ、125番ストリートのバーの前に車を止め、僕は傘もささずにバーに向かった。

バーの止まり木にとまり、ウイスキーを注文して、僕は琥珀色の液体を見つめながら、アリーの事を考えた。

 

突き放した言い方をすれば、これはまだまだ序の口で、これからどんどん状況は厳しくなるだろう。

僕は、どんなに辛くとも、アリーの為であれば、そこから逃げ出すつもりは毛頭ないし、逃げ出す事はないと思うが、果たして、最後まで僕自身が冷静でいられるかどうか、全く自信がなかった。

僕の人生にも色々な事があり、それなりに幾つかの修羅場は超えて来たつもりだが、今回の事で、自分の情けなさをこれほど痛感するとは思わなかった。 

ただ、僕にはこの場から逃げ出すという選択もないわけだから、自信があろうがなかろうが、このまま行ける所まで行くしかない。

その覚悟はできているのだが、あまりの自分の情けなさに腹がたった。

グラスにつがれたウイスキーを飲み干し、お金をテーブルの上において、僕は雷雨が降り注ぐ表通りに踏み出して空を見上げた。 

真っ黒な空から大粒の雨が降り注ぎ、短い間隔で空が真っ白に輝き、雷が落ちた。

僕はずぶ濡れになりながら車に戻り、エンジンをかけワイパーを動かした。

ワイパーがフロントガラスにたまった水を豪快に吹き飛ばすと、その先にアポロ劇場のネオンサインが歪んで見えた。


2006年10月08日  助手席

今日はアリーと久しぶりに夜遅くに出かけた。

最近、アリーの夜遊び服とカクテルドレスを着る機会がないなあと気がついたので、たまにそういった機会を作るようにしている。

8時にアリーをバイト先に迎えに行き、アリーのアパートにまず帰って荷物を下ろし、アリーは小一時間、洋服を着替えた。

その間、僕はアリーのファッションショーとストリップショーを鑑賞させられた。

女の人の服って本当に決まらないんだよね。

『アナタが着てるもので、アタシの着てるものを変えなきゃいけない』って言うから、僕が最初に着替えて、それを見てからアリーは色々考え始める。

夜遊びだから結構、露出度高くてキャミソールとかも見える服を着るから、下着から全部着替える。

だから、すごーく待たされる。
 
でも、そこで
『まだ~?』とか言うと絶対喧嘩になるから、ずーっとニコニコしながら、
『それ、良いじゃない』とか言って座って待っている。

結局、アリーは色々悩んだ挙げ句、大きなスリットの入った黒い革のロングスカートと膝丈の黒い編み上げのブーツを履き、パール色のキャミソールの上に、黒いシースルーの半袖のセーターを着た。

着替えたアリーは眩しいくらいに美しく見えた。

僕の方は、ワンパターンだが、黒い細身のスラックスに黒いブーツを履き、黒い薄手のタートルネックに黒い革のジャケットを着た。

アリーは夜遊び用の化粧を施し、僕らはミートパッキングディストリクトに車を走らせた。

”Sex and the City”の影響もあり、ミートパッキングディストリクトは、今まで以上に人が増え、多くのレストランや、バー、クラブができていた。

僕らは、車を止めた後、ミートパッキングディストリクトを少し二人で手をつなぎながら散策した。

 

今週は本当に二人の間に色々な事があった。

アリーのナーバスブレイクダウンもあり、僕らはどれだけの夜を涙でくれたかわからない。

結局、何も解決していないし、何も状況は変わっていないが、今二人は、こうやって手をつないで、まるで何事もなかったように街を歩いている。

この世界全体に取っては、取るに足らないようなちっぽけな存在の僕達二人は、どうにもならない運命に翻弄されながら、右往左往しながら、こうやって生き続けて行くのだろう。 

粧し込んで、僕の手を握り、嬉しそうな顔をして歩いているアリーの横顔を見ながら、僕はふとそんな事を考えた。

僕らは日本料理のレストランに入ることにした。

20分程待たされた後、テーブルに案内された。

白で統一された室内は、いかにも最近流行のチェルシーのレストランという感じで、食事も文句なく美味しかった。

久しぶりに僕らは日本酒をたのみ、色々な食事に舌鼓をうちながら日本酒を楽しんだ。
 
テーブル越しに手を握りながら、グラスを重ね、食事を楽しみ、会話を楽しみ、楽しい時間を過ごした。
 
テーブルが遠かったので、となりのテーブルの客が帰った後に、僕はアリーの隣に腰を下ろし、二人で色々と話をしながら食事をした。 

日本酒が余ってしまったので、アリーが僕に日本酒を飲み干すように言った。
 
僕はアリーに、
『これ以上飲んだら、車を運転できなくなるから、日本酒を飲み干して欲しいのだったら、帰りは君が車を運転してね』と頼んだ。 

食事も終わり、店を出た時にはもうかなり遅くなっていた。 

二人で肩をならべ、手をつないでゆっくりと駐車場に戻った。

ちょっと風が冷たかったけれど、寒くなるとアリーを抱きしめてアリーの温もりを感じ、また歩き出した。

駐車場に着くと、アリーが車を運転すると言い出した。

 

僕は冗談で言ったつもりだったのだが、アリーに運転してもらうのも、悪くないなと思いアリーにキーを渡した。

アリーは
『笑わないでね』と言って僕に目配せをして、右足のブーツだけを脱ぎ、僕のハマーのハンドルを握った。
 
確かにヒールの高いブーツだったので、運転は大変かなと思ったが、大胆に、しかも片方だけブーツを脱いで、ハマーを運転し始めたアリーを見て、僕は笑ってしまった。

そんな事はおかまいなしに、アリーはアクセルを踏み込んで1番街を疾走した。

ハマーは車体の大きな車なので、その運転席に、セクシーな洋服を着た華奢なブロンドがいるのは、人目を引いたらしく、信号で止まるたびに隣の車から色々ヤジが飛んで来た。

アリーはそんなヤジを鼻で笑い飛ばしながら、カーステレオのボリュームをあげ、深夜の1番街を家に向かって走った。

僕はアリーの男勝りなハンドルさばきを横目で見ながら、可笑しくて始終笑っていた。

アリーのアパートにつき、二人とも洋服を床に脱ぎ散らかしたまま、ベッドの中に潜り込み、二人で体を温めあった。

アリーの寝息を肩に感じながら、僕は色々と考え事をした。 

明後日から僕はまた日本だし、アリーの手術の段取りはまだ決まっていないし、医者もこれで6人目だし、二人の間には問題が山積みだ。

考えていれば良いアイディアが浮かんで来るという訳ではないのだが、僕は僕の胸に頭をのせて平和そうな寝息をたてている最愛の女性に、いったい何ができるのだろうか。

どうすればアリーを幸せにする事ができるのだろうかと、思いを巡らせた。

知らない間に小鳥のさえずりが聞こえ、カーテン越しに外が明るくなって来るのが感じられた。


 


2006年10月09日  買い物

明日から日本なので、今朝はいつもより少し長めにジムで頑張った。
 
僕のトレーナーのネルも、ちょっと驚いたようで、『やれば、できるじゃないの』と感心していた。

26歳の小娘に感心されるのも癪に触るが、こっちは階段を上がるのもぜいぜい言っているのだから仕方がない。

2時間半ほどみっちりトレーニングをして、丁度ストレッチをしている時にアリーから電話があった。

アリーは丁度午前中に自分の買い物に出かけていたので、2時にユニオンスクエアで待ち合わせをする事にした。

トレーニングを終え、シャワーを浴びて着替えをして、僕は車に飛び乗りユニオンスクエアを目指した。

素晴らしい天気だったので、僕はコンバーチブルのトップを降ろし、吸い込まれそうな何処までも青い秋空を見上げた。

ユニオンスクエアに到着し、車を路肩に止め、アリーがいる洋服屋に入って行った。

アリーは、ミニスカートに白いシースルーのTシャツの上に、胸の大きく空いたピンクのTシャツを重ね着して、ちょうどレジに並んでいる所だった。

僕はアリーを見つけ、ゆっくりとレジに向かい、アリーを抱きしめてキスをした。

毎日アリーと顔を合わせているのに、レジにアリーを見つけた時に、僕の心は、アリーとしばらくぶりに逢ったかのようにときめき、アリーを力一杯抱きしめずにはいられなかった。

アリーの荷物を持ち、僕はアリーの買い物につきあって、何件かの店を一緒に回った。

まだアリーは昼を食べていなかったので、買い物の後に、二人でユニオンスクエアのカフェに入り、遅い昼食を取った。

最初は二人ともアイスティーを頼んだのだが、暫くしてアリーが
『やっぱりコスモポリタンにしようか?』と宗旨替えをし、アイスティをコスモポリタンに変え乾杯をした。

カフェで太陽の光を楽しみながら、ゆっくりと時間を過ごした。

 

昼食の後は、アリーが僕の買い物に付き合う事になった。

僕には18歳になる姪っ子がいる。 

姪っ子の誕生日にバックを買ってあげると約束したので、アリーにそれを手伝ってもらった。
 
ルイビトン、グッチ、フェラガモ、フェンディ、コーチと、まるで観光客のように色々歩き回った。
 
アリーも色々探してくれたが、なかなか気に入ったものがなくて、グッチの店に入った。

アリーが一つのバッグを見つけた。

そのバッグは形が変わっていてグッチらしくなかったので面白いなと思った。

茶色の定番、黒のスウェードと、クリーム色のスウェードの3色があって、アリーは
『アタシだったら、黒のスウェードが良いけど、姪っ子だったら茶色が良いと思う』と熱心に勧めた。

僕は良くわからないので、アリーにバックを持って歩いて貰った。

それを見ているうちに黒いバックはアリーに似合うなと思った。

姪っ子に茶色のバックを買う事に決めて、アリーが目を離している間に、僕は、僕らの接客をしてくれていた店員を僕の方に引っ張って、
『茶色のバックと黒いバックを両方買うが、黒いバックは、アリーへのプレゼントで秘密にしておきたいので、今日は代金だけ払うから、 プレゼント用に包装して預かっておいてくれ』と頼んだ。

店員は僕の言った事をすぐ理解して、僕に
『わかりました』と言ってウインクをした。

暫くして店員が、茶色のバックを包装して、僕らのところに戻って来た。
 
僕が包装を受け取り代金を支払うと、店員は僕らに、
『姪っ子さんが、気に入ると良いですね』と言って、僕の方をもう一度見て、いたずらっぽくウインクをした。
 
僕も彼にいたずらっぽくウインクを返した。

アリーの誕生日のプレゼントを何にしようかずっと考えていたんだけれども、アリーが気に入るものを選ぶ自信がなかったし、アリーをつれて買いに行くのも何か嫌だったので、丁度何か良い方法を考えていた所だった。

 

僕はアリーが喜んでくれれば良いなと思いながら、何も知らないで僕と手をつなぎ5番街を歩いているアリーの横顔を見た。

買い物が終わり、二人でアリーのアパートに戻った。
 
途中でスーパーマーケットに寄り夕食の食材を買った。

明日から暫く逢えないので、今日はアリーが手料理をごちそうしてくれると言ったのだが、家に帰って二人で寝転がってテレビを見ている間に、アリーは僕の腕の中で眠り始めてしまった。

最初は僕の体の上にアリーは足をのせ、テレビを見ていたのだが、背中が寒いというので、僕が後ろからアリーを抱きしめるようにして、暖めながらテレビを見ていたら、アリーは暖かくなったのか、本当に眠ってしまったようだ。

今週は色々な事がアリーの身の上に降り掛かり、眠れない夜を何度も過ごした。

アリーが疲れていないはずがなかったので、アリーを寝かせてあげようと、テレビを消してアリーを後ろから抱きしめたまま、アリーの微かな寝息を聞いていた。

かなりたってから、アリーはようやく目を醒ました。

僕は振り返ったアリーに微笑んでキスをした。

アリーはすまなそうに、
『疲れたから、眠っちゃったみたい。折角食材を買ったのに、今日は料理できそうもない』と言った。

僕はもう一度彼女にキスをして、
『心配しないで、近くに食べに行こう』と提案した。

今週は本当に色々な事があった。 

月曜日には、アリーが初めてナーバスブレイクダウンを起こし、一睡もできなかったし、その後も医者がまたかわったりで、殆ど眠れない夜を過ごして来たので、せめて日本に行く前の週末位、平和な時間をアリーと過ごしたいと願っていたが、どうやら、神様に僕の願いは通じたようで、今週末は、二人で平和な時間をゆっくりと楽しむ事ができた。

明日から日本だ。

 

 

 

午後4時半に成田に着いた。

飛行機を出て、日本の携帯のスイッチを入れ、留守番電話のメッセージをチェックした。 

いくつかのつまらない仕事関係のメッセージの中に、アリーからのメッセージが入っていた。

アリーからのメッセージは、短いもので、ただ僕におやすみを言うものだったが、最後にいたずらっぽい声で、
『携帯のスイッチを入れて最初に聞く声が、アタシのだったら、貴方も嬉しいだろうと思って』とコメントされていた。

メッセージを聞きながら、アリーは僕の喜ばせ方を知っているなと思い、少し可笑しくなった。

空港で迎えの車に乗り込み、東関道を東京に向かった。

丁度夕暮れ時で、美しい夕焼けが街のシルエットを映し出した。 

六本木の家について荷解きをした後に、友達と待ち合わせて麻布十番の馴染みの店に食事に行った。
 
久しぶりの日本だったので、食事をしながら色々と話を聞いて、キャッチアップをした。
 
やはり頻繁に日本に来ていないと、どうも情報に遅れてしまう。

夜の10時頃にアリーの携帯に電話をして少し話をした。

アリーにメッセージのお礼を言って、
『僕の喜ばせ方を良く知っているね』と言うと、アリーは悪戯っぽく笑って、
『知らないようじゃ、困るでしょ』と言ってまた笑った。

アリーは午後、大学で授業があるので、少しお互いの一日に着いてそれぞれ簡単に報告をして、日本の朝の10時頃にまた電話をする約束をして電話を切った。

ここからニューヨークは本当に遥か彼方だなあ、などと当たり前のことを考えた。
 
窓から東京湾やベイブリッジを眺める事は出来るが、太平洋は更にその先だし、そこから先には、カリフォルニアがあり、ロッキー山脈を越えて、中西部を飛び越え、アパラチア山脈を越えて、はるかに遠い6,000マイルが僕の前に存在している。

遠くに来てしまったなあと本気で思える瞬間だった。

アリーとは6,000マイルの距離があるが、ここ5日間は電話とアリーを思い続ける事で、この距離を乗り越えよう。


 


2006年10月14日  友達からのメール  

今日は予想外に仕事に時間がかかったので、夜の予定が全て狂ってしまい、遅くまで仕事場で仕事をした。

仕事場の机に足を乗せ、窓から彼方に見えるベイブリッジの明かりを見ながら、アメリカとヨーロッパと電話会議をしていた。
 
時計は夜中の0時を指していた。

周りには誰もいないので、僕は椅子に深く腰をかけ煙草を吸いながら話をした。

外の暗さのため窓は鏡のようになり、僕の姿が亡霊のように窓の外に浮かび上がっていた。

電話では延々と僕にとってはどうでも良い議論が続いていた。

僕はメールをしたり内職をしながら電話を聞いていた。
 
その時、突然メールが1通飛び込んできた。 

僕の20年来の仕事上の友人のジョンからだった。

ジョンは色々なプロジェクトを一緒に進めてきた僕の信頼できる人だ。

いつもの仕事のメールだろうと思って何気なくタイトルを見ると、ジョンの奥さんの名前がタイトルになっていた。

いやな予感がしたが、メールの中身は、長患いをしていたジョンの奥さんが、昨日の夜に亡くなったというメールだった。 

奥さんはずっと病気で、最近は階段の上り下りもできなくなってきていたが、まさかそこまで悪くなっているとは思わなかった。

ジョンらには、娘が一人いたが、奥さんが病気になってから、生きるハリを出すために、麻薬で子供が育てられなくなった黒人のある家族から、男の子を引き取り、養子にしていた。
 
奥さんの病気が進んだので、彼は自分の家を売り、奥さんに不自由がないように階段のない家を買ったばかりだった。

引越しは、たしか2週間前だったはずだ。

娘はまだ11歳で、養子にした息子はまだ5歳だったはずだ。

どうしようもない寂しさに僕は包まれた。
 
人には、どうしようもない運命がある。
 
どうにもならない運命を抱えながら、それでも凛として懸命に生きようとする人達がいる。
 
僕自身も運命に翻弄されているが、電話を切り、窓に浮かんだ僕の亡霊を見つめながら、僕はジョンを思った。


 


2006年10月16日  1週間分のキス

離れていると、僕は、アリーの事をいかに必要としているかを再確認させられる。
 
6,000マイルの距離は、お節介にも、嫌と言うほどそれを僕に感じさせてくれる。

わずか1週間の日本での仕事だったけれども、こんなにニューヨークに帰るのが嬉しかったのは久しぶりだ。

日本での仕事は辛いものだった。 

僕の会社の社員のうち、3人をリストラしなければならなかった。 

成績が悪ければ、解雇をされても仕方がない。

リストラをしないと他の従業員にしめしがつかないし、会社の業績も厳しく、取引先や株主からリストラをするよう圧力があり、僕も彼らのパフォーマンスに不満だったので、解雇は当然なのだが、いざという時に僕は冷酷になれない。

結局、僕はその3人の再就職先を自分で探し、一人の再就職の面接には自分も同行し、なんとか3人の再就職先を見つける事ができた。

人のくびを切るのは決して気持ちのいい事ではない。
 
何とも言えない後ろめたさに僕は包まれる。
 
もとはと言えば経営者である僕がだらしないから、人員の整理をしなければいけないのだ。

その後ろめたさを、僕は、再就職先を見つける事で言い逃れようとしている。

そんな中でも僕の心は常にニューヨークにあり、ニューヨークに戻る日を指折り数えていた。

やっと帰国の日になり、僕はアリーに少しでも早く逢いたくて、僕は雨の成田を発ち、ニューヨークを目指した。

僕は空港にいる時にはいつも独ぼっちだ。
 
雨の成田でも、僕は一人で飛行機が来るのを待っていた。 

飛行機は満員のようで、周りを見回すと、日本人、アメリカ人、たくさんの雑多多様な人達が、様々の気持ちで、ゲートの付近に集まっていた。 

僕がもっとも孤独を感じる瞬間だ。
 
僕は仕事がら毎月飛行機に乗って色々な所に出かけるが、小さなバッグを片手にこの空間にたつ時に、それが成田であれ、何処であれ、自分が一人である事を強く感じる。

別に、一人が嫌だという訳ではないが、その時の精神状態によって、寂しい気持の時には、どうしようもなく寂しくなる。

 

搭乗時間になり機内に案内されると、案の定、飛行機は満員だった。
 
窓際の席に座り、隣になった女性と二言三言会話をした後で、僕は早々に眠りに落ちた。

結局、食事も飲み物も取らず、目が覚めた時にはニューヨークに到着の1時間前だった。

今日はこのままアリーに会うので、飛行機の中で簡単に身繕いをした。 

飛行機が着陸し滑走路からゲートに向かう機内から、アリーに電話をした。

アリーは元気な声で電話を取り、
『おかえりなさい』と言って小さく笑った。
 
僕はまだ滑走路を走っているとアリーに言って、アリーの家には1時くらいに着くと伝えた。

飛行機から降りる時に、スチュワーデスが、搭乗客の一人一人に挨拶をしてまわるが、僕の顔を見ると、
『あなたとは良く一緒に飛ぶから、また近いうちに会えるわね』と言った。

きっと、こんなに良く寝て、手間のかからない乗客はいないから、僕の事を覚えていたのだろう。

僕は出口に一番近かったので、一番最初に飛行機を降り、入国管理局に向かって人の全くいない暗い通路を歩いた。
 
入国管理局の審査官は、僕のパスポートに帰国のスタンプを押しながら、
『おかえりなさい』と言って微笑んだ。
 
知らない人にでも、おかえりなさいと言われると、なぜか気持が安らぐ。

入国手続きを済ませ、ターミナルの外に出ると、天気はよかったのだが、冷たい風にちょっと首をすくませた。

僕は車をアリーのアパートに向かわせた。
 
アリーは友達とブランチをすると言っていたので、1時にアリーの家に行くと言っておいたが、予定よりも早くアリーの家についてしまった。

僕はアリーの家の鍵を持って行かなかったので、アリーのアパートの前の花壇に腰を下ろし、アリーが帰って来るのを待った。

15分程して、アリーが2番街の方から歩いて来るのが見えた。

 

僕がアリーを見つけるのと同時くらいに、アリーも僕を見つけたようで、ジーンズのジャケットに袖無しのダウンを重ね着し、大きめのサングラスをかけて、僕をみて微笑みながら歩いて来た。

僕も花壇から腰を上げ、太陽の木漏れ日が街路樹から降り注ぐ通りで、しっかり抱き合い、1週間分のキスをした。

僕の荷物をアリーのアパートに置き、僕らは手をつないで近くのスーパーに買い出しにでかけた。 

アリーは友達のファッションショーに行くのをやめたようで、二人でゆっくりと日曜日を過ごす事にした。

ちょっと外は肌寒かったので、家でビデオでも見てごろごろする事にして、グラミーを幾つか取った映画”クラッシュ”を近くのビデオ屋で借り、晩ご飯の食材をスーパーで買ってアパートに戻った。

部屋に戻り、僕はシャワーを浴びて旅の汚れを落とした。 

”クラッシュ”を見て、少し二人で昼寝をし、アリーはラムチョップをメインにしたディナーをご馳走してくれた。

その後、二人で片付けをして、また寝転がってテレビをみたり、のんびりとした午後を過ごした。
 
とても幸せな時間だった。
 
アリーが隣にいるだけで、アリーを時折抱きすくめる事ができるだけで、アリーの髪の毛を撫でることができるだけで、僕は何よりも幸せな気持ちを味わう事ができた。
 
幸せな気持ちに感謝をする為に、僕はアリーのありとあらゆる場所にキスをした。 

アリーは微笑んだまま、僕を優しく包み込んだ。

明日からまた新しい一週間が始まる。 

僕の隣で生まれたままの無防備な格好で、寝息をたてている最愛の人の為にも、僕はここで負ける訳にはいかない。


 


2006年10月17日  一緒に生きる

今日はアリーのバイトが早く終わりそうだったので、早めにアリーをピックアップすることにした。

僕は午後からの仕事を終わらせ7時にアリーを迎えに行った。

車に入って来るや否や、アリーはお腹がすいたと言った。 

僕らはダウンタウンのベトナム料理のレストランに行く事にした。

車の中でアリーは、医者から最近の病状と、首のリンパ腺付近のしこりは、癌である事を告げられたと言った。
 
『私は、大丈夫だから心配しないで。』とアリーは毅然として言った。

僕はアリーの手を握ったままで、車をダウンタウンに走らせた。 

二人は、こういった話を今まで何度もして乗り越えて来たので、僕は心配だったけれども、アリーの毅然とした態度を尊重してきわめて客観的にその話をした。

というか、しようとした。

アリーが話題を変えたので、僕も話題を変えた。
 
もう僕らの間には言葉は必要ないような気がした。
 
手を握っているだけでアリーの不安や哀しみや、アリーの全てが伝わって来るような気がした。
 
僕の愛情もアリーに伝わっていたら良いなと思った。

レストランに電話をすると窓際のいつもの席をふたりの為に取っておいてくれた。

黒檀でできた大きなドアを開けると、いつものように、ロウソクが沢山ならぶ暗い店内から、みなれたベトナム人の店主が、笑顔を浮かべながら僕らの方に近づいて来た。

僕は、最近気のせいかもしれないが、たまに色々なものが、凄くゆっくり動いているような錯覚をする。

今日もレストランのドアを開けたあたりから、テーブルに案内されるまでの全てが、まるで映画のスローモーションのようにゆっくりと動いているように見えた。

いつものようにテーブルに向かい合わせに座り、左利きの僕にあわせて、僕の右手でアリーの左手を握り食事をした。

ありきたりの二人の一日についての話や、二人で行こうと話し合っているロンドンの話、今度いつ東京に行くのかとか、そんな話をした。

食事をしている時も、会話をしている時も、常に僕らは手をつなぎ、二人の気持ちを交わさせようとしていた。 

食事が終わり、僕はアリーの手を握ったまま、車を1番街に向けて走らせた。

 

そのうちアリーが、僕に見られないように、髪の毛をかきあげるような振りをして涙を拭いているのに気がついた。

僕はアリーに言葉をかける代わりに、握っているアリーの手を更に強く握った。

アリーも僕の手を強く握り返して来た。

二人の間に言葉はいらなかった。
 
僕は、アリーの恐怖や哀しみやしさを、アリーの手の温もりをとおして感じる事ができた。

あえて言葉にする必要はなかったけれど、僕は前を向いたまま車を走らせながら、アリーに僕のアリーに対する気持ちを伝えた。

アリーに会うまでの僕の人生は、たくさんの人々に裏切られて、自暴自棄になり、人を信じる事を否定してきたが、アリーと出逢えた事で人間らしさを取り戻す事ができた。
 
僕はアリーの御陰で人として生き直す事ができるようになった。

僕はそれに対して、アリーに心からお礼が言いたかったので、
『本当にありがとう』とアリーに伝えた。

そして、ありきたりな事だけれども、アリーなしで楽しく平穏に暮らすよりも、アリーと一緒に苦労を分かち合いたいと伝えた。

最後にもう一度、僕を救ってくれたお礼を言って、僕と一緒に生きて欲しいという願いを込めて、
『僕のそばにいてほしい』とアリーに伝えた。

気持ちを伝えた時には、既に車はアリーの家の前についてた。

サイドブレーキを引く僕の右手を、アリーは優しく掴んで、自分の胸に押しあて、僕の目をみてにっこり笑い、
『私は、貴方のそばを離れない』と言った。

暗い車内の中でも、アリーの頬をつたって落ちた涙の後を見る事ができた。 

でも、凛として精一杯の笑顔を見せるアリーにどうしようもない哀しさを感じながら、僕は精一杯の力でアリーを抱きしめた。

僕は過去に何度も挫折をして、何度も自殺未遂をしたことがある。

手首のためらい傷は数えきれないくらいだし、この世になんの未練もなかった。

今はアリーの為だけに生きている。
 
アリーが精一杯生きようとしている限り、僕は生き続けないといけないと思う。

アリーと一緒に時間を過ごし、アリーを看取る事が、僕の生きる目的だと心から思っている。
 
二人で精一杯、生き抜こう。
 
どんなに辛くて哀しい事が待っていても。

 


2006年10月18日  雨の火曜日   

天気予報で前から知っていた事だが、今日は朝から雨がちらつき、午後になって本格的な雨になった。

僕は革のジャケットを着込み、秋の出で立ちで仕事場に向かった。

アリーは昼過ぎまで継母の事務所で働き、午後4時から夜の8時半まで、学校で授業を受ける事になっていた。

学校の授業が終わった頃に、アリーを迎えに学校まで車を走らせた。

雨がフロントガラスを濡らし、信号の灯りや、車のテールランプをクリスマスのイルミネーションのように輝かせた。

学校の前に車を止め、僕は、最愛の人が出て来るのを待った。 

暫くしてアリーは、ライトブルーの折り畳み傘をなんとかさしながら、僕の車に向かって来た。 

僕はアリーを車に乗せ、土砂降りの雨の中を、先週の日曜日に二人でたまたま見つけたフランスレストランに向かわせた。

車を道端に止め、僕の小さな折り畳み傘をさし、二人で抱き合うようにして小さな傘で雨をしのぎ、小走りにレストランに向かった。

小さなレストランだが、いかにもフレンチという感じで、座り心地のよい赤いビロードのソファがあり、室内の内装もライトも赤を基調にした面白いテイストのレストランだった。

僕らはボルドーの白ワインを一本頼み、オニオンスープとエスカルゴに、ショートリブを注文した。

ワインを飲みながら、二人の一日や、今週の予定についてお互いに報告をした。
 
そのうちに話が、先週僕が日本に行ってるときに奥さんを亡くした僕の友達のジョンの話になった。

アリーは以前ジョンの秘書をしていた事もあり、アリーもジョンと奥さんの事を良く知っていた。

僕が、ジョンにまだ個人的にメールを出したりコンタクトをしたりしていない事をアリーに話すと、アリーは僕に、すぐジョンに連絡を取るべきだと言った。
 
僕はアリーに、僕はアメリカに十何年住んでいるけれども、いつも異邦人で、この土地に根付いている訳ではなく、文化の違いもあり、人が悲しんでいる時に慰めを言う事が、本当にジョンの求めている事なのかどうか自信がないと正直に話した。

 

きっとジョンは、たくさんの激励や慰めのメールや電話を貰っているだろうし、僕が同じような事をしたとしても、本当にそれが、ジョンの助けになるのか?

むしろ、ジョンをそっとしておいた方が良いのではないか?

と思って、まだメールも電話もしていないとアリーに説明をした。

アリーは僕に、たとえジョンから返事が来なくても、すぐにメールを出すべきだと助言した。
 
アリーはジョンの秘書だったので、ジョンが僕と一緒に仕事をしたり、遊びに行ったりするのを、何よりも楽しみにしていたのを知っていたらしく、僕にそれを教えてくれた。 

アリーは僕に、
『アナタは、彼の数少ない本当の友達の一人なんだから、彼が誰かに辛さをぶちまけたいと思っているのであれば、アナタがそれを聞いてあげるべきだ』と言った。

僕の実生活の友達は殆ど僕の過去を知らない。
 
アリーは数少ない僕の過去の全てを知っている人だ。

先週の日曜日にアリーと一緒に”クラッシュ”という映画を見た。
 
その中で、ある警官が、ある黒人の夫婦に職務質問をし、人種差別的な行動をとり、それが原因で黒人の夫婦が仲違いをしてしまうシーンがあった。

奥さんは旦那の仕事場に行き、仲直りをしようとするが、旦那に拒絶され、泣きながら車を運転していると事故にあって、ひっくり返った車の中に閉じ込められてしまう。

そこにたまたま同じ警官が出くわし、ガソリンが引火して爆発する寸前の車の中から、彼女を救い出すシーンがあった。

僕は同じようなシーンを20年前に自分で見ていた。

当時の僕の恋人、エリカが逆さになって車の中に閉じ込められ、助手席にいた僕はフロントガラスを突き破って、地面の上に放り出されていた。
 
映画と同じようにガソリンが漏れ、ガソリンが引火した。
 
映画と違うのは、僕はエリカを映画のように助け出す事ができず、エリカは生きたまま車の中で焼け死んでしまった。

アリーと深い仲になる頃に、僕は誰にも話した事のないこの話を、はじめてアリーに話した。

 

アリーは僕の手を取って、
『アナタもそれだけの辛い目に逢ったんだから、今の彼の辛さをわかってあげられるはず。全てを彼に話す必要はないけれど、ジョンに僕も過去に同じような経験をしているので、ジョンが吐き出したいものがあれば、友達として、いつでもそばにいる』と言ってあげるべきだと言って優しく微笑んだ。

ジョンには11歳の女の子がいる。 

アリーは自分が14歳の時に、実の母親が癌になり、アリーが30歳になるまであらゆる治療と転移を繰り返し、アリーが30歳になった時にもう疲れ果てて、その後の治療を拒否して死ぬ事を希望した事があった。 

アリーは14歳の時に、癌になった母親に怒りを感じたらしい。
 
アリーが言うには他の友達の家族は幸せなのに、なぜ自分の家族は離婚をしてしまい、自分を引き取った母親がよりによって癌にかかって死なねばならないのだろうという事が非常に理不尽に思え、母親を含め全てのものに怒りを感じたそうだ。 

ただそのうちに自分の怒りよりも、こんな事になってしまった母親の方が色々な事に怒りを持っているはずだと気づき、それから母親に対する愛情を確認して、母親の為に尽くそうと思ったそうだ。 

ジョンの娘もまだ11歳だから、自分が子供の時に感じたように、死んでしまった母親に対して怒りを感じているに違いないと感じており、自分の経験から、ジョンの娘に、
『怒りを感じる事は悪い事ではないのだよ』と説明して、気持の整理の手伝いをしてあげたいと言った。

今は自分が癌を患っており、転移を宣告されたばかりなのに、11歳の女の子と、女の子の精神状態を真剣に気遣うアリーを見ていて、僕は正直、胸をうたれた。 

これだけ純粋な心の持ち主に対して、僕は尊敬の念を感じた。

僕はアリーの助言の通り、明日ジョンにメールを出してみる事にした。

レストランを出ると雨は殆ど上がっていた。
 
アリーの腰に手を回し、僕らは人気の少なくなった3番街を歩いた。

二人とも手ひどい傷を負っているけれど、二人でかばい合い、真摯に凛として生きている。

自分の境遇を嘆くのではなく、周りの人に愛を注ぎながら、精一杯生きて行く。 

僕は今日もアリーに人の道を教えられた気がした。


 


2006年10月19日  友達へのメール

昨日、アリーに言われたので、僕はジョンにメールを出す事にした。

何から書き出したら良いのかもわからず、暫くPCのモニターの前で、ただただ考え事をしていた。
 
ジョンとの色々な思い出が頭の中を巡った。

少し考え続け、僕はゆっくりとキーボードを打ち始めた。


”今回の事を聞いて本当に悲しく思います。

メールを出そうと思っていたのだけれども、自分の気持ちをなんと表現したら良いのかわからずに、今までメールを出す事ができませんでした。

僕らはずっと一緒に働いてきたし、僕は君の事を仕事の仲間ではなく、僕自身の良い友達としてずっと考えてきました。
 
だから、君の奥さんの事を知った時に、君の悲しさがわかるし、君の子供達の悲しみがわかる気がしたので、なおさら僕の心を締め付け悲しい気持ちになりました。

僕はアメリカの友達には、自分の過去について何も話をした事がありませんが、実は昔、車の事故で恋人と、恋人が身籠っていた僕の子供をなくしてしまい、君と同じような悲劇を味わった事があります。

僕が、日本を離れてアメリカに住む決心をした一つの理由は、この悲しみが強すぎて、日本ではもう生きて行く事ができなくなった為です。

だから、僕は君と同じような悲しみを経験した友達の一人として、君が必要とする時には、いつでも君の話を聞く為にここにいるという事を、君に覚えておいてもらいたいと思います。

君が誰かに怒りをぶつけたい時、怒鳴り散らしたい時、君が望めば、僕はここにいて、いつでも君の話を聞きたいと思います。

今はそれどころではないだろうけど、気が向いたら連絡を下さい。”


と書いて何度か読み返し、ジョンにメールを出した。

メールを出した後、仕事場の窓に下がったシェードの隙間から、マンハッタンの下界を見下ろし、僕は大きなため息を一つついた。

返事は期待していなかったが、暫くしてジョンからメールが返って来た。

 

短いメールだったが、奥さんの生まれ故郷の中西部に奥さんを埋葬してから、ニューヨークに戻るので、その時に話をしたいと書いてあった。 

そして最後に、気遣いと君の過去の出来事をシェアしてくれて有り難うと書いてあった。

きっと彼は今頃、11歳の娘とまだ5歳の養子の息子の手を引いて、中西部の田舎町の教会に彼の奥さんを埋葬している事だろう。

暫くマンハッタンの下界を見下ろし、気持ちの整理をして僕はまた淡々と仕事をこなした。 


2006年10月25日  天使が舞い降りた。

今日は朝から肌寒かった。

すっかり秋を通り越して冬が来るかのような感じがした。

革のコートをはおり、車に乗り込みリバーサイドを走った。

ハイウェイから東側を見ると、曇ってはいたが、雲の切れ間から朝日が差し込み、光の帯がいくつもマンハッタンの摩天楼に降り注いでいるように見えた。

まるで、天使がこの街に降りて来たようで、何とも美しい光景だった。
 
僕は路肩に車を留め、暫くその光景を見つめていた。

きっとこの街で沢山の人が、僕と同じように、この朝日を眺めているに違いないのに、僕はなんとなく、これは僕だけが見る事ができた宝物のような感じがした。
 
そしてちょっとだけ幸せな気分になった。
 
今日は、天使に会えるかもしれない。

そんな気持ちがした。

ふと我にかえり、僕は車に乗り込み仕事場に向かった。 

仕事を8時までに片付け、僕はアリーを大学に迎えに行った。
 
学校の校門の前に車をとめ、アリーが出て来るのを待った。
 
暫くして、アリーはブロンドの髪をなびかせながら、寒そうに肩をすぼめて校門から姿を現し、僕の車に一目散に走って来た。

車に乗り込んで来たアリーを運転席側から抱きしめると、アリーの体は氷のように冷たかった。
 
僕はアリーの手を自分の手で暖めながら車を走らせた。

アリーのアパートに帰る前に、家の近くの日本レストランに立ちよって遅い夕食を二人で食べた。

日本食とお酒を頼み二人で料理をつついた。
 
レストランの中は暖かかったし、日本酒のおかげで体もかなり暖まったようで、アリーの頬にも赤みがさしてきた。 

それでもアリーの手は病人のように青白かった。

もともとアリーは白人だし、今は癌を患っているから、手が青白いのは当たり前だが、僕と手をつないでいる事もあり、僕の手と比べるとその青白さが目立った。

 

アリーは、つないだ手を見つめ、
『こうやってアナタの手と比べると、アタシの手は本当に青白い』と言った。

僕は
『有色人種の手と比べればどんな手だって青白く見えるさ』と冗談を言った。 

でも、アリーが自分の病気の事を気にしているのはすぐにわかった。 

それを打ち消すように、僕はつまらない冗談を幾つか飛ばした。 

アリーも僕の気遣いをわかったようで、ぼくのつまらない冗談に笑い、話を変えた。

食事が終わり、二人で手をつないでアパートに帰った。

途中でアリーが寒いと言ったので、お互いの体温でお互いを暖めあうようにアリーを僕のコートの中に包んで歩いた。

 

アリーが
『まわりの人が見てるよ』と言ったが、僕はアリーに
『僕は君が好きだから、周りが見ていても気にしないよ』と答えた。

アリーが僕のコートの中で笑った。

確かにこの街には天使が降りて来たと僕は思った。
 
それは僕だけにしか見えない天使。 

翼がおれて飛べなくなっているけれど、なんとか弱った体にむち打って、大空にもう一回飛び立とうと努力している天使。 

僕は、この街に舞い降りた天使をコートに包んで、冗談を言いながら家路を急いだ。


2006年10月29日  神のご加護がありますように  

僕は仕事を終えて、夜8時にアリーのバイト先に迎えに行った。

僕らは雨の中を、小さな傘に二人の体を何とかおさめて、通りに停めてある車に飛び乗り、日本料理のレストランに向かった。

日本料理と言っても、それは名ばかりで、ニューヨーク独特の日本風味の無国籍料理だ。

内装も豪華で、流石に流行っているだけあって、予約を入れて行ったが、暫くバーで待たされる程だった。

キャンドルライトに照らされた、一際美しく見えるアリーを前にして、僕は食事と酒と会話と雰囲気を十分楽しんだ。

アリーも楽しかったようで、僕らはキャンドル越しに手をつないだまま、色々な料理と酒に舌鼓をうって楽しい時間を過ごした。

二人がレストランを後にした時には、既に夜中を回っていた。 

まだ小雨が降る中を、小さな折り畳み傘で二人は雨を避け、駐車場まで歩いて行った。

食べきれなかった料理をドギーバックにして持ち帰った。
 
駐車場に行く途中のストリートの片隅に、小雨に濡れながら地面に座っているホームレスが一人いた。

アリーは何を思ったのか、そのホームレスの前で膝を曲げ、彼と視線を同じ高さに合わせた上で、持っていたドギーバックの袋を微笑んで、そのホームレスに手渡した。

ホームレスは、象のような小さく窪んだ目をアリーに向け、料理の入ったバッグを受け取り、
『神様のご加護がありますように』とアリーに言った。

アリーは微笑んで立ち上がり、また僕の腕に手を回し駐車場に歩き始めた。

駐車場で車を受け取り小雨の中を僕らは、アリーのアパートに車を走らせた。

 

途中で渋滞した事もあり、アリーは僕の右手を握りしめたまま、助手席で可愛い寝息をたて始めた。

僕は小さな声で、先程のホームレスと同じように、アリーに対して
『神のご加護がありますように』と呟いた。

アリーの病気は確実に進行している。

食事もあまりできなくなり、かなり痩せてしまった。

僕は小雨で曇りがちのフロントガラスを睨みながら、アリーの手を握りアリーの事を考えた。

こんなに心の綺麗な人に僕は今まで会った事がない。
 
アリーと一緒にいる事で僕の心が何度浄化され、何度生き返った事だろう。 

でもアリーの体の中の病魔は確実にアリーの体を蝕みつつある。

いつまで僕はアリーとこうやっていることができるのだろうか。

そんな事を考えているとアリーの幸せそうな寝息が、なによりも哀しく聞こえ、僕はアリーが寝ているのを良い事に、泣きながら車を運転した。
 
雨でフロントグラスが霞んでいるのか、僕が泣いているから涙で霞んでいるのか、わからなかった。

アリーのアパートの前に車が着く頃に、まるでわかっていたかのように、アリーは目を醒ました。
 
車を停め二人で小雨の中を寄り添うように歩き、アリーのアパートに帰った。

僕らはベッドの中に体を横たえた。

僕はアリーを抱きかかえ、アリーにおやすみのキスをした。

アリーは目をつむりながら
『今日は、本当にありがとう』と言った。

アリーの顔は僕の胸に埋められていたが、僕は胸に冷たい涙の滴が落ちたのを感じた。
 
僕はそれには気づかない振りをして、もう一度アリーの額にキスをした。



もうすぐ、アリーの誕生日だ。

誕生日プレゼントは用意したし、ディナーの場所も3つ予約して、これからどこに行くか絞り込みをするだけだ。 

僕が必死で探したプレゼントを喜んでくれるかな?
 
レストランを気に入ってくれるかな?

楽しい時を過ごせるといいな。思いは尽きない。