閉じる


あとがき

あとがき

 タイトルの「ディスタンス」は、「隔たり」や「距離」を意味する、英語または仏語から来ています。連作の「隔たり」と「符合」に出てくる店の名前でもあります。いろいろな解釈ができる、含みのある言葉です。
 本作品には、「見る」と「視線」という言葉がよく出てきます。当然のことですが、「見る」ためには「距離・隔たり」が必要です。その「距離・隔たり」を埋めるのが「言葉」であり「イメージ」ではないか? 書きながら、何度かそう思いました。また、「ディスタンス」とは、人と人の間にあって、決して埋めることのできないものであるようにも感じました。

 

 一編一編が独立した小品として読めるにもかかわらず、緩やかにつながっている。そんな連作を目指して書いてみました(連載ではなく、あくまでも連作です)。とはいうものの、実際に書いてみると難しいですね。
 文章や文体の面でも、いろいろな試みをしてみました。部分的に現在形を多用してみたり、主語を極力省いてみたり、最終章ではそれまでの一人称からいきなり三人称もどきに変えてみたりといった感じです。でも、こうしたことは、小説では「裏方さん」に当たりますから、読者のみなさんに気付かれないことが大切ですけど。

 

 私は長い小説は読むのも書くのも苦手で、ストーリーよりもシチュエーションを重視した小説が好きです。自分でも、そうした書き方を身に付けたいと願っています。
 小説とは面白いもので、長いものを削る、あるいは逆に短いものを伸ばすという作業が可能です。個人的には削るほうが好きです。削ることによって、読んでくださる方の「想像力=創造力」にゆだねることができるからです。
 削った分だけ、読者が「想像力=創造力」を膨らませてくれて、読者と一緒に書くような状態になる――。ややこしい言い方ですが、作品を書く時にはいつもそう考えています。読者と一緒に夢を見るという、たとえ方もできるかとも思います。

 

 そういえば、夢日記を書いていた時期がありました。こういう夢を見てやろう、などと企んだこともあります。もちろん、無理でした。夢と小説とは違います。文字にすることを前提に夢を見るというのは難しいですね。でも、頭に浮かぶ夢の欠けらを膨らませて、どれだけでもそれに近い小説を書いてみたい――。それなら、何とかできそうな気がします。私の「夢」です。